角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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来客を伴って脚本は進む 4

鐘の音が鳴る。テレナは目を閉じて、自分の脈を数える。

 

たっぷり百二十回。目を開けて、歩き出す。

 

「あれ、エネト先輩」

 

「あら、テレナさん。こんにちは」

 

テレナは進んでいた方向を変え、エネトの隣を歩くようにする。たまたまその方向の先にはシェプルスキアが歩いてくるのが見える。

 

周辺の学生たちが視線を一瞬だけ向けて逸らす。普通の学院の風景だ。

 

「失礼します」

 

シェプルスキアが講師室の扉を開ける。たまたま、リュクバーンの視線がテレナの方を見る。

 

「おや、テレナ嬢もいるじゃないか。一緒にどうだい?」

 

部屋の中からの声に、テレナとエネトは足を止めた。

 

「すみませんがちょっと、今は先輩と」

 

「あら、私ならいいわよ?」

 

エネトは笑顔で言う。全ては偶然を装って行われ、誰かが見ていても言い訳ができる程度に滑らかに行われた。そして、分厚い扉が閉まる。

 

「……さて、こんにちはお嬢様方。もてなしの菓子はないが、構わないかい?」

 

「ええ、手短にした方がいいかしら」

 

テレナの言葉に、リュクバーンは小さく首を振った。普段であれば、このような態度は長話を好まないという意思表示となる。

 

「ゆったりとはしない、というだけだよ」

 

そうしてリュクバーンに促されてテレナとシェプルスキアは長椅子に、エネトは小椅子に座った。

 

「さて、エネト。調子は?」

 

「相変わらず王子は強情。とは言え最終的に理解はしてくれると思う」

 

「最近の接触は?」

 

「あまりできていないけど、たまに話すぐらいなら。どうやらまだ私に執着しているみたい」

 

「大変だな、彼も」

 

「ええ」

 

ぽかんとするテレナとシェプルスキアを横に、二人は滑らかに話していった。

 

「じゃあ……やっぱりリュクバーンが黒幕だったの?」

 

「火をつけて脅そうとはしたけど思ったより燃えたから消火に走って水を持ってきた恩を売ろうとしているのよ」

 

「じゃあ未遂ってやつか」

 

「そうね」

 

テレナとシェプルスキアのひそひそ声の会話を二人は聞いていたが、反論できるほどの立場もなかったのでさらりと流すことにした。

 

「それで、おじさまの方は?」

 

「色々と統合王国で遍歴だよ、おかげで他の地域から忘れられているんじゃないかと言われているのさ」

 

「おじさまなら代替案ぐらいあるんじゃないの?」

 

「名代を送ってはいるが本人ではないしね。どうしても侮られたと思われてしまうのさ」

 

「ならほかの枢要僧に頼めば」

 

「成功すれば聖座の威光、失敗すれば僕個人の問題。そういう約束でやっているんだ」

 

「……そう」

 

エネトは自分の後見人にして師匠がかなり追い詰められていることに、そしてそれを自分が助けられないことに怒りを感じながらもそれを表には出さなかった。自分が学院で王子と話そうとしながら学生生活をしている間に、リュクバーンは貴族の話をまとめ、書簡を運び、約束を結んでいる。

 

それは決して容易なものではないはずだ。本来であれば王室と地方派の間の取り返しのつかない失態をリュクバーンは聖座の看板と自身の力でなんとかしようとしているのだ。どうしても無理は出るし、多くの歪みが存在する。

 

「つまり、統合王国の破綻を防ぐ作戦は今のところ予定通りということかしら?」

 

テレナはリュクバーンに声をかけた。

 

「そうだね、最初からずっと劣勢のままさ。この打ち手はなかなか手強くてね」

 

「なんていう名前なのでしょうか?」

 

「多神教の時代の神々かもしれないね、運命の糸を手繰るものたちだ」

 

エネトとシェプルスキアは少し戸惑っていたが、テレナには古い叙事詩だなとすぐにわかった。劇の脚本に流用されることもある程度には知名度があるが、敬虔な乙女であれば手に取らないような本でもあった。

 

「おや、さすが猊下。古典にまで精通しておられるとは」

 

「古の賢人たちを知るには、邪教となったものへの知識も不可欠なのさ」

 

そう言ってリュクバーンは笑みを浮かべた。

 

「現状を整理しましょう。今の時点での大きな弊害はなんですか?」

 

エネトに聞かれ、リュクバーンは少し考えた。

 

「王室派と地方派の声の大きいやつらを静かにさせるだけのものがね」

 

「金ですか?」

 

シェプルスキアの直截すぎる言葉を聞いて、テレナとエネトは顔を歪めた。しかし、リュクバーンは小さく笑っただけだった。

 

「地の富ってやつだ。最近の不信心は嘆かわしいことだ」

 

リュクバーンはそう言ったが、信仰のために意見を変えるような人たちは相手にしたくないと考えていた。金で動く人たちは、利益で取引ができる。信心深いと思っている人たちとの交渉は、多くの場合妥協のために時間がかかる。それに比べれば何があれば動けるかをきちんと説明する貴族たちを、リュクバーンはその仕事への忠実さゆえに尊敬していた。

 

「さて、テレナ嬢は本当によくやってくれているよ。シェプルスキア嬢への手紙は報酬となったかね?」

 

「ええ、まあ私はあくまで代筆人ですのでそこまで手にできたわけではないのですが」

 

「あれ、テレナって何か貰ってたっけ?」

 

シェプルスキアは首を傾げた。シェプルスキアの知る限り、テレナが受け取っている報酬はないように思えたからだ。リュクバーンと手紙のやり取りをできる立場はあるが、それはあくまでシェプルスキアを経由したものだった。

 

「抗議派の私が聖座の関係者とやり取りできるっていうのは十分大きいのよ。宗派の壁というのは今でも大きいし」

 

「信仰の兄弟とか、聖座が言ってないっけ」

 

シェプルスキアは最近テレナに読んでもらった本を思い出していた。普遍派の人物が書いたもので、大宗派戦争後の宗教的対立がいかに改善されたかを書いたものだった。もちろん半分程度は反語的な意味での改善なのであるが、もう半分は文字通りの意味で改善しているのであった。

 

「聖典を最初から読んでみなさい。兄弟で殺し合う話がすぐ出てくるわよ。それと、リュクバーン講師経由で色々な人を紹介してもらえる」

 

「僕の推薦でよければ、何枚かは手紙を書くよ」

 

社交辞令とはいえいくらでも、とは言わない程度にはリュクバーンはテレナを警戒していた。一度口にした言葉を違えるのは聖職者としての品格の問題もあったし、リュクバーンはいくら不正に手を染めようとも逃げることのできる一線は常に確保しておく用意周到な人物であった。

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