色々と話すエネトとリュクバーンを観察しながら、シェプルスキアは二人が父娘のようだなと考えていた。もちろん、シェプルスキアの知る自身と父のような関係とはまた異なる。
「しかしエネト、本当に王室の教育はどうなっているんだ?」
「すくなくとも修女に手をすぐ出さないぐらいには女の扱いについて教えられているようですよ、おじさま」
「まあ、既に公爵令嬢を知っているのであればエネトが横から入るのも難しいところだったからな」
「汚されたと主張する事もできますが、さすがにそれは問題を大きくしすぎます。それに、私はそういう訓練を受けていませんしね」
「残念ながら僕はそういう方面に詳しい知り合いがいないんだよな、そこはどうにも弱点だ」
二人は淡々と会話を交わしていく。しかし、懐かしさと落ち着きがそこにはあった。
「……ところでさ、テレナ」
シェプルスキアは隣の集中していたテレナの肩を小突いた。
「なに」
「なんていうか……乙女が大人の男性と真顔で話す内容?」
「そりゃ嫁入りをする娘にはこの程度の話がされるでしょうよ」
「ああ……うん……」
「なによ、シェプはそういうのないの?」
「いや、もっとお姉さんたちがわいわいと刺繍でもしながらやるものだと思っていたからさ……」
「逆に身近なのね」
「そういうことなのかな」
シェプルスキアはどうにも納得できない様子で二人を見ていた。シェプルスキアの生まれ育った傭兵団には兵士以外の人も多く含まれていた。銃を取り、馬を駆る女性も珍しいものではなかったが、それでも女性の多くは食事を作り、使い古された布を繕い、天幕を組み立て、茶を沸かしていた。
そして、男たちがいない中で彼女たちは様々な議論に花を咲かせた。どの男が端麗か、夫の自慢話、あるいは姑への悪口。幼い、しかし大人びていたシェプルスキアはそのような女性たちの間で下世話な噂話を聞くこともあった。
それは女性の世界に触れさせることでもあったし、将来的に傭兵団で力を持つことになる可能性が高い族長の娘を自派閥に招き入れるための戦略でもあったし、可愛い妹分をみんなで愛でるというものでもあった。
もちろん、男女が夜の天幕で布に包まれてすることについても多少は知っていた。経験はなかったのであるが。
思い出に浸るのを止めるために首を軽く振り、シェプルスキアは話しているエネトに視線を向けた。
「あの王子が一番読めないのよね、悪くない男子ではあるのだけど」
「君がそう言うと、保護者としては心配になるんだけどね」
リュクバーンの言葉に、エネトは優しいほほ笑みを浮かべた。
「自分が星々の中心にいると思っているような男よ。幼いところがあるし、自分の力で不幸になった少女を救えると思っている。その過程でたとえ爵位の可能性を失っても、ね」
「辛辣じゃないかい?」
「健気で可愛らしいのですよ、今のような関係でなければ……」
エネトの表情に、リュクバーンは自分が恐ろしい娘を学院に推薦してしまったのではないかと少し背筋を冷やした。
「冗談はさておき、問題は王子の発言です。彼の一言がこの問題を引き起こしたわけですから」
「君の方では、彼の背後はわからないのかい?」
「……彼が王になるということはなさそうです。さすがに二人の兄を排除するだけの力もありませんし、背後関係も私の調べられた限りではありますが、有望なものは」
そう言うエネトの限界を、リュクバーンはよく理解していた。二人とも聖座の関係者であり、統合王国の中枢に食い込むことはできていない。もし野望を持った貴族が第三王子をそそのかしたのだとしたら、彼らはそれを見抜くことができないのだ。
「つまり、個人的なものか……」
「それにしては強情というか、覚悟ができているのですよ。少なくとも何が起こるかまではわかっていたでしょうし、それに対して恐れも臆病もありませんでした。私が世間知らずの娘であれば、悪女から救い出してくれた第三王子に恩義と親愛、 場合によってはもっと先のものを感じていたでしょう」
この言葉には、シェプルスキアもテレナもあまり同意できていなかった。二人とも既に脳髄が全て政治と謀略で染まりきっており、相手からの好意の裏を読むか、それがもたらす影響を踏まえた上で行動することをまずは考えるからだ。
「……つまり、最も簡単な発想はかの王子は高潔な精神の持ち主ということか」
「舞台の上か小さな村であれば、ですけどね。学院でその程度の素直な心というのは、駒の隙間に罠とも知らずに自身の強駒をねじ込む初心者と同じですよ」
「そのような初心な少年を騙すとは、悪い娘だ」
「きっと教師から良くないことを学んだのでしょうね、聖座は彼を背徳者として処断するべきでは?」
「もしそうなれば、連座であと十人は巻き込んでやるとも」
笑いながらリュクバーンは言い、扉の方を見た。講師室は十分に広く、誰かが壁や扉に耳を立てていたとしても中の会話が聞こえないほどになっている。
それに、ここでの会話は単なるシェプルスキアによるリュクバーン教授への質問のはずなのだった。それはたまたま通りがかって一緒に話を聞いていたエネトとテレナが証言してくれる。そういう手筈になっていた。
「……聖座の枢要僧をそれだけ吹っ飛ばせるなら、悪くないでしょうか」
枢要僧は合計で百人に満たない規模であった。その中で起こる普遍派信仰領域全土に影響を与える多くの派閥対立は有名であったが、同時にそれらは密かに行われるためにどのような対立があるかは不透明だった。それでも聖座の混乱は大きいだろうし、普遍派と抗議派の争いはしばらく抗議派の優勢で安定すると思わせるには十分な被害になるだろうものだった。
「テレナ嬢、もしそういうことを君が言っても流石に誰も信じないからな?」
リュクバーンは念の為、とテレナに確認した。この中で学生たちの信用は非常に低い。声をそのまま記録することなどできない以上、結局はもっとも信用のあるものの発言がそこで起こったことを決定するのだった。
「そうなのですよね、ならせめて醜聞の方に持っていきますか……?」
「学院の乙女が王子のみならず枢要僧まで籠絡しようとしている、とか?」
「なんて悪女なのかしら」
そうエネトに言うテレナは強かな女性たちを多く知っていたが、ここまでの人は見たことも聞いたこともなかった。もしそれが実現すれば、歴史に大きく名を残すか、あるいは完全に抹消されるかのどちらかになるほどには大変なものであった。