エネトとリュクバーンの情報共有は終わり、会話は日常生活の話に移っていた。
「……ずっと話してるね」
シェプルスキアは隣のテレナに少しだけ体重をかけながら言った。
「旧友との再会の時間を邪魔するのは無粋というものよ」
そう言いながらも、テレナは二人の会話に集中していた。エネトの語る学院の生活はテレナも知るものであるが、確かにそれを外部の人間が知ることは難しいなという内容であった。食堂で出される料理の特徴、寮監の巡回、あるいは退屈な授業の時間の潰し方。
「エネト先輩も退屈な授業があるんだ」
「彼女にとっては常に舞台の上みたいなものだからね、たまにはこういう開放された役を演じておかないと役目を忘れるのかも」
「そんな簡単に演技前の自分って忘れられるものかな」
「演技をしていることを忘れれば、そう難しくはないわよ」
「うーん」
シェプルスキアはよく飲み込めなかった。とはいえ、これは彼女の知る文化との差異が大きかったのもある。固定された舞台を構築するような生活ができない遊牧民文化においては、持ち運べる楽器と声が物語を演じるための手法として採用されていた。
特殊な衣装を纏うという側面でいうと道化芝居を見たことがあった。しかしそれはシェプルスキアが育ったイヴェリャン族の文化というよりも、傭兵団と旅芸人がたまたま出くわしたというべきものだった。
一方で、テレナは劇というものを教養としてそれなりに見ていた。角灯主義は演劇の世界にも広がり、しばしば様式の否定と新しい表現の導入の試み、そして理性や人間としての徳を含んだものになった。
楽器の発展は歌劇をより高度なものとし、様々な作曲家が新しい音楽を作り出していた。もちろん、テレナの家庭教師のようにそのような複雑さは自然に反しており感情を蔑ろにするものだと批判するものもいたが、テレナはそういった技巧を丁寧に読み解くのが好きだった。
もちろん、これらの劇はしばしば既存の権力に対して挑戦的であった。王や貴族はしばしば脇役として描かれ、商人や職人、あるいはただの街娘が主役となる劇が生まれた。そして時事問題を折込み、摘発されない程度にぼかしながらも事前に知っていればあからさまで脚本家の無事が気になるようなものも存在した。
これらの劇には舞踏も組み込まれることも多く、同時に舞台や劇場の建築や音響についても様々な考察が行われるようになった。このような環境を踏まえたテレナが世界を舞台に喩える時、それはどうしてもシェプルスキアの知る演技的要素のある娯楽とは別のものになってしまうのであった。
「喉乾いたな……」
シェプルスキアが呟くと、エネトとリュクバーンが話を止めた。
「お茶でも出そうかい?」
「いいんですか?」
リュクバーンの言葉に目を輝かせたシェプルスキアの反応に、エネトとテレナはこれがどこまで演技なのだろうかと軽く目配せをしながら考えていた。
ゆったりとした社交の時間ではなく、より実務的な情報共有の時間であることの象徴としてリュクバーンは来訪者に茶を出さないことを選んでいるはずだった。もしシェプルスキアの発言がそれを踏まえているのであればより個人的な友好を深めたいという意思表示でもあるし、リュクバーンがそれを受けたのは対話の準備をしていることを意味する。
同時に、シェプルスキアがそこまで考えられるかどうかという問題があった。エネトはシェプルスキアを聡明だが未だ西方流の規則に慣れていない少女だと考えていたし、テレナはシェプルスキアであれば理解の有無を隠して無邪気さを纏うことができると考えていた。
「それじゃあおじさま、私に用意させてくださいな」
エネトがリュクバーンにいつもの学生のような調子で言うと、リュクバーンは首を振った。
「はは、とっておきの茶葉を他人に淹れさせたくはなくてね」
「……そう言うのであれば」
エネトが引き下がると、リュクバーンは小さな紙包みを出した。
「テレナ嬢はこれを読めるかい?」
見せられた文字を見て、テレナは首を振った。
「東方の字ですよね、これが茶、って意味だったはず」
横から指を伸ばしたシェプルスキアにテレナは驚いたが、考えてみれば地理的にはシェプルスキアのほうが茶の産地に近いのだった。
「……再包装されていないということですか?」
テレナはその意味を少し遅れて理解した。一般的に極東方、つまり陸路で言うなら山脈と砂漠と草原と山脈と大河と高原をと多くのものを通りながら、船であったとしても十を超える港を経由するような場所から茶は運ばれてくる。
生産地の時点では劣化が起こらないように梱包がされるが、それでも長期の旅に全ての茶葉が耐えられるわけではない。蒸すことによって劣化を押さえる工程が入るために生産地で飲むものとは風味が大きく異なるということは、テレナは知識としてのみ知っていた。
「その通り。大内海経由で直接聖座に送られてきたものだよ」
「極東方貿易は基本的に冷海同盟の独占だと思っていましたが」
「聖座には色々と秘密があるのさ、特に普遍派は一時期苦労して伝道をしたからね」
リュクバーンはそう言いながら、背景にあった宗派争いについて考えていた。大宗派戦争から更に遡ること百五十年程前、腐敗した聖座に対する本来の信仰を取り戻すとして反聖座運動が各地で起こった。それはそれまでの分裂や異端とはまた違った形で勢力を伸ばし、抗議派と呼ばれる一派を形成する。
もちろん、普遍派側とてこれを座視していたわけではなかった。一部の有志が結成した巡礼団は聖座より叙任を受け、清貧を旨としながら教育と布教を行う組織を立ち上げた。今では半ば形骸化しているが、リュクバーンの知的系譜を辿ればそのような組織にたどり着く。
そして彼らが行ったことの一つは、当時教主国によって発見された新大陸、あるいは船の発展によってより容易に到達できるようになった極東方における普遍派勢力圏の拡大であった。そしてそれは多くの困難と犠牲を抱えながらも、部分的には成功した。
もちろん、彼らが全て信仰に感銘を受けたわけではない。教主国との対抗のために、あるいは技術や知識を受け入れるために。しかし、その程度の事は布教を行った人々も理解していた。それでもなお、聖座が消えた時に普遍派の教えをどこかに残すために、彼らは魂を捧げたのだった。
もちろん、大宗派戦争で双方の宗派が滅ぼされることはなかった。しかし、彼らの苦労が無駄だったわけではない。ある意味では、彼らによって教主国は弱体化し、北側世界が優勢となったと言えなくもないのだから。