角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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包みを覆っていた蝋を炙って溶かし、圧縮された葉をリュクバーンは丁寧に取り出していく。化学者のような集中力で茶沸かし器に丁寧に入れると、部屋の中に独特の香りが漂った。

 

「……いい匂いですね」

 

エネトが呟いた。花か栗にも似た、それでいて葉らしさも感じさせる複雑な風味。

 

「老木から春に出る芽だけを摘んで作るようだ。基本的には国外への持ち出しが禁止されているのだがね」

 

リュクバーンは沸騰したお湯を冷ましながら言う。

 

「そんなものをいただいていいのですか?」

 

驚いたテレナに、リュクバーンは頷いた。

 

「早く飲まないと悪くなってしまうし、なにより聖座では持て余していてね」

 

「贈り物にでもすればいいのに」

 

「そうはいかないんだよテレナ嬢、これを飲んでいることを冷海同盟の人に知られれば恐ろしいことになる。その場できちんと処分しないとね」

 

口止め料か、とテレナは納得した。もともと部外者には言えないような会話ばかりのこの講師室であったが、さらに面倒なものをリュクバーンは乗せてきた。賭け金の上乗せのようなものだ。どうせ負けたら破産するのであれば、有り金全てを賭けてもいいという暴挙。

 

もちろん、それが酒場で自暴自棄になった博徒の考え方とは違うとテレナは理解していた。むしろリュクバーンは胴元に近い。相手を降ろさせないための見せ金か、と考えられる程度にはテレナには博打の知識があった。学院の学生たちの間でも些細なことを賭けて行う遊戯があったのである。なお、テレナは最終的な結果で言うのであればシェプルスキアに勝ったことがなかった。

 

小さなコップにリュクバーンは一口づつ薄く黄色い色をした液体を注いでいく。

 

「はい、どうぞお嬢様がた」

 

もっと飲みやすいもののほうが良かったかな、とシェプルスキアは思いながらもゆっくりと一口飲んだ。熱いが、予想していたほどではなかった。

 

「甘い……」

 

シェプルスキアにもいいものだ、とわかる味だった。口の中に独特の風味が広がりながら、飲んだ時に残るようなことがない。

 

「さて、リュクバーン講師。少し聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」

 

先ほどまであった部屋の緊張が少し解けたところで、テレナは言った。

 

「うん、構わないよ」

 

「第三王子のルメン・デリロスについて、私には単純な理想主義者だとは思えないのです」

 

「なぜだい?」

 

「勘です」

 

テレナにしては珍しい言い方だな、とシェプルスキアは考えてコップの底に残った茶の雫を舐めようと見えないように舌を伸ばした。

 

「……彼の視点から状況を捉えてみようか。まずは婚約破棄の時からだな」

 

リュクバーンは直接その場にいたわけでは無いが、複数の人からその状況を確認していた。テレナも同様である。

 

「ええ。学年が始まってから最初の舞会。運営理事議員も訪れる、かなり公的なものでした」

 

「しかしながらそこまで礼儀正しくしなければならないわけではない。統合王国風であるが、あくまで統合王国風だ。厳格な規則も、一定以上複雑な政治的やり取りもない」

 

「第四学年でそこまでできるなら、今頃学院は北側世界の政治と外交を支配しているでしょう」

 

テレナはそう言ったが、それを聞きながら少し冷ました茶を飲んでいたエネトはテレナの言うように北側世界の政治と外交において学院が支配とまでは言わなくともかなりの割合に食い込んでいることを知っていた。枢要僧ですら学院卒業者がおり、学院出身の人物の弟子や、そういった人物の書いた本を経由して影響を受けた層を考えれば事実上支配してると言ってもいいかもしれない。

 

ただ、それは全てが統一された意志のもとで動いているというわけでも、ましてや強固な団結があるわけでもなかった。盤上遊戯の上級者の集まりのように、部外者には容易に太刀打ちできない研鑽の結果として彼らは支配のような形を実現していたのだ。

 

「ともあれだ、テレナ嬢。ルメン・デリロスの宣言は簡潔に、しかし曖昧に行われた。婚約の破棄自体はあくまで個人間の問題であり、その場にいたファーネスタ嬢に対する宣言となっていれば問題はない」

 

「そして、彼に同調する人も反論する人もいなかった。準備がされていなかったと見るべきでは?」

 

「そのあたりはどう思うかね、エネト嬢」

 

話を振られて、エネトはコップを机の上に置いた。

 

「破棄の前日ぐらいに、僕がどうにかするから、エネトは信じてくれ、とか言っていましたね。本来であればファーネスタ嬢にすべき同伴者を私にした時点で、警戒するべきでした」

 

「しかし、それぐらいならままあることだろう。別に婚約者とは言え、他の友人を選ぶことぐらいあるだろうし」

 

同伴者はあくまである程度の信頼と社会的保証を示すものであり、逆に言えばある男性が妻や婚約者以外の女性を同伴することは珍しいものではなかった。特に共学の学院においてはその傾向は強まる。

 

もちろん、愛人関係にある相手を同伴者とすることは多い。しかし学生の身でそこまでやることは珍しいと言ってよかった。

 

「ええ、私の見たところ、せいぜい学友か、あるいはファーネスタへの牽制程度の意味を込めた同伴だと思っておりました。婚約破棄を隣で言い出した時は少し考えが止まりましたね」

 

「そこでなお動ける人は少ないさ、僕でもそうなった時になにか気の利いたことを言えるかと言えば怪しい」

 

「以降は皆様も知っての通り。私が全てを裏で差配しているなどと考える人もいるようですが、そこまでのことはやっていないし、できなかったのですよ」

 

テレナがシェプルスキアの脇腹を軽く押して目を見ると、シェプルスキアは小さく頷いた。嘘はない、とシェプルスキアは感じていた。

 

テレナはシェプルスキアの判断を土台として思考を続けていく。もしそうだとすれば、実質的に婚約破棄事件を差配したのは第三王子となる。しかし彼の計画は綿密な準備であるというよりも衝動的に思える。それでいて、彼は今なお口を閉ざしている。

 

「……確かに、単なる正義感とはまた異なるかもしれないな」

 

リュクバーンが呟く。

 

「彼を貫く一本の理念の軸があるはずなのに、それが見えないんです。そうでなければここまで強情に見える態度をとるはずがないのに」

 

テレナが言うと、リュクバーンとエネトは頷いた。

 

「僕は背後について改めて調べてみるよ。あるいは、彼が何かを待っているのかもしれない」

 

「私の方でもやっておきます」

 

リュクバーンとエネトは目配せをして、頷きあった。

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