角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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来客を伴って脚本は進む 8

「それでは失礼いたします、テレナ嬢、シェプルスキア嬢」

 

「……はい、エネト先輩」

 

リュクバーンの講師室を出てすぐにエネトと別れたシェプルスキアとテレナは、しばらく無言のままで歩いていた。

 

「……ねえ」

 

「まだ」

 

「うん」

 

話しかけようとしたシェプルスキアをエネトは止めた。相談できそうな場所は、と考えて外を見たがそろそろ日は暮れようとしていた。夕食の時間の終わりに駆け込んで食べるとなると、もう寮の門限が近い。

 

シェプルスキアは自分が疲れていることに遅れて気がついた。自分がテレナの手助けになれたのはせいぜい終盤で話の流れを単なる情報提供という関係からより深い共犯者に変えるぐらいのことであったが、それがテレナの求めていたものかどうかは確証が持てなかった。

 

たとえ熟練の指揮官であっても、戦場の空気を読み切ることは難しい。多くの要素が絡み合い、そして知り得ないものまで織り込んで最適な行動を取ることは不可能に近いからだ。完全に相手の駒の場所も、その動かし方もわかっているような盤上遊戯でさえ三手先を読んだ上での最適な手すらわからないのである。

 

酒を飲んで、目隠しをして盤上遊戯を行うようなものだ、とシェプルスキアは思っていた。相手の駒がどこにあるのかもわからないし、自分の駒ですら思っていた場所とは別かもしれない。自分の兵であれば信頼の置ける部下たちが勝手に行動できるだろうが、相手がそれを読み、裏をかいてくるとなると一気に考えるべきことが多くなるのだった。

 

以前のシェプルスキアは、もっと果断な行動ができた。今の時点で知っていることだけで部隊を率いることができた。それは、前線の指揮官に必要な力であった。しかし領主としてより大きな目線を持たなくてはならなくなった時、自分がどれだけちっぽけな範囲しか見ていなかったのだろうかと思うことは避けられなかった。

 

「……なに、シェプ。らしくないわよ、そんな考え込んだような顔をして」

 

そう言われたシェプルスキアは、テレナが他人の機微を読める事に少しだけ驚いた。

 

「……大丈夫だよ、テレナ」

 

「大丈夫じゃないでしょ、まずはいっぱい食べるわよ。あの茶のせいか頭が冴えているし」

 

シェプルスキアが頷いたのを見て、テレナは今の情勢を考えた。もしこのまま第三王子が大監僧としての道へ進むのであれば、少なくとも問題は聖座の中で留まってくれる。もしフェルヴァジュ統合王国の普遍派の教会が聖座から距離を取ったり、あるいは独立するような事があったとしても、せいぜい統合王国の中の問題だ。

 

ただ、もっと大きな問題になる可能性をテレナは捨てきれなかった。考えても明確な理由を見つけることができないが、そういう予感がするとしか言いようがないのだ。

 

自分の中の焦燥感が茶のせいだな、と無理に決めつけて二人は食事の残っている席に座った。

 

「しっかり全部食べないとね」

 

そう言いながら、シェプルスキアは大皿に残った食事をまとめて自分の皿に乗せていった。上流階級においてはあまり行儀の良くない行為であるが、食事の処理の面倒さを考えれば全て腹に入れてしまうことは悪いことではなかった。何より、出されたものをきちんと食べきることは美徳でもある。

 

「食べすぎないようにね」

 

そう言いながらも、テレナも同じように食べていく。この時間になると学生ではなく教授や講師、あるいは学院内の様々な仕事をしている人たちが多くなっていく。本来は学生の食事の時間とはずらされているはずなのだが、遅めに来る学生の場合には出くわすことは珍しくはなかった。

 

「でも冷めてもおいしいのってすごいよね」

 

「統合王国の料理はそうね、総権国のほうだと一皿ずつ出てくるらしいわよ」

 

テレナは本で読んだ料理の光景を思い出しながら言った。統合王国もここ数十年で塊ではなく丁寧に一口大に切り分けで出すことが多くなっていたが、それを踏まえてより先進的な例として提示されていたものだった。とはいえ作者は総権国に招聘された経験のある外交官であり、どこまで素直に受け取れば良いのかテレナにはわからなかった。

 

「寒いから?」

 

「そうじゃないかしら。もちろんそれだけ手間はかかるし洗い物は増えるだろうけど」

 

テレナは家庭教師から家の中の雑用をするように言われていた時期がある。きちんと管理されずに腐った残飯の匂いを知っていれば、舐めるように食べることは善行と言ってもいいと思われた。

 

「でもそっちのほうがきれいな盛り付けのまま食べれそうだね」

 

シェプルスキアは皮だけが残る無惨な状態になったガラスの皿を見ながら言った。

 

「まあ、見事な果物細工を切り分ける時に変な気分にならないと言えば嘘になるけど」

 

「ああ、そっか。もう収穫の時期だもんね」

 

「季節のものを食べるっていうのは大切ね、変化をしっかりと感じることができる」

 

「夏の羊と冬の羊って味が違うしね」

 

「……そこまで食べないから正直わからない」

 

「おいしいのに」

 

ふてくされたようにシェプルスキアは言い、金属のコップで水を飲む。窓から見た外はもう暗くなっていた。

 

「……真面目に授業を受ける以上に、できそうなことがないわね」

 

骨からしっかりと肉をナイフで剥ぎ取りながらテレナは言う。

 

「じゃあさ、あたしのわかんなかったところあとで教えてよ」

 

「教授か講師に聞けばいいじゃないの」

 

「だって気難しそうな人だったし……」

 

「領主になる人が相手を選り好みしないの」

 

テレナはそう言ったが、実際のところ社交界における人間関係の多くは表面的な印象で決まることも多かった。逆に言えば適切な仮面さえつけていればしばらく舞台で踊ることが許されたのである。テレナのひとまずの目標であった仮面をつけるようにシェプルスキアに促すことは、今のところ成功しているように思えた。

 

「学院でぐらい選り好みさせてよ」

 

「わからなくはないのは嫌よね……」

 

テレナとて、好きな人と嫌いな人はいる。嫌いではなくとも苦手な人もいる。敵であるはずであっても話していて楽しい相手はいる。問題はそれに飲まれないことであったが、どれだけ意識しても印象に引きずられることは避けられないものだった。

 

ただ、この同級生は好きだし話していて楽しいし、苦手ではないなと美味しそうに料理を食べるシェプルスキアを見てテレナは微笑んだ。

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