角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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「そういえばさ」

 

二人きりの女子寮の談話室で、シェプルスキアはテレナに言う。

 

「なに?」

 

「テレナってさ、秘密を作らないよね」

 

「……まあ、隠すような情報がないからではあるけど」

 

テレナは情報のやり取りの重要な点にいながら、そこで情報を操作するようなことをあえてしないでいた。もちろん、そのような工作がもたらすものもよく理解した上である。

 

「どういうこと?」

 

一方で、シェプルスキアはそのようなことができるのにしないテレナの意図を読みきれずにいた。もちろん、それが非常に難しいことはよく理解している。それでも特定の陣営の情報を阻害し、あるいはちょっと解釈を変えるだけでテレナならかなり動きを誘導できるだろうということもわかっていた。

 

「私は誠実である、ということに価値を見出されたいの」

 

「……嘘をつかないで、きちんと情報を伝えてくれるということ?」

 

「そう。逆に言えば、私に言ったことは常に別の陣営に流れるから安易に内部の秘密を言えないということでもあるけど」

 

「それっていいの?」

 

「シェプの言いたいこともわかるわよ、もし私がもっと動かせる権力を持っていたらたぶんそういうことをしていたし」

 

「……テレナがただの学生だから、そういう事ができないってこと?」

 

「ええ。私は主役じゃないし、脇役だとしても敵対的ではないと色々な陣営に思っておいてほしいの」

 

「……でも、それって別にテレナじゃなくてもいいよね?」

 

「でも、立場的に私しかできない。例えば、今回の婚約破棄に直接関わる陣営ってどうなる?」

 

「ええと、統合王国の王室派と地方派、そして聖座だよね」

 

「そこからさらに考えて、利害関係を持つのは?」

 

「王室派と地方派の対立は学院派と購官貴族とかかわっていたはずだよね、それとネア先輩を経由して冷海同盟の商会ともかかわってくる」

 

「聖座については?」

 

「同君地域の普遍派地域とかが……あれ、じゃあテレナってやっぱり関係ないよね」

 

「でも、もし大きな事が起こったら嫌でも巻き込まれる位置にある。そしてその時に、何が起こっているか知るために使える繋がりはない」

 

「学院の学生っていうのは?」

 

「その立場を強くするためには抗議派としての立場ならではの強さを見せなくちゃいけない。別に学院の卒業生は奉仕のための互助会じゃないのよ」

 

「利益で動くってこと?」

 

「もちろん全てではないけど。例えば出資なんかでは学院で育まれた共通の価値観があるから信じられる、みたいなところもあるだろうけど外交とか政治とかについてはもっと難しくなる」

 

「なるほど……」

 

そう言って、テレナは眼の前の少女の立場について考えていた。今の時点では、多くの人が東側の実態を知らないためにテレナの価値を高く売ることができる。しかし、それも時間の問題だろう。

 

総権国は文明的であろうとしている。そのために多くの文化を取り入れ、強権的なやり方ででも国家のあり方を変えようとしている。それはかつて統合王国がやったものに近いが、それをもっと改善した手法が取り入れられるはずだ。

 

その時に、共和王冠国は対応できるだろうか。もちろん、ある意味ではかの国は最も先進的とも言える。独自の選挙構造や地主たちの意志が王の名のもとに届くまでの過程は、それ以外の地域と比べて明らかに別種だと言っていい。あれを王国というのはふさわしくない、というのがテレナの意見だった。

 

「ねえ、テレナ」

 

「なによ」

 

「じゃあさ、テレナがもし裏切るなら、それは最後の最後になるってこと?」

 

「……その時は、相手を騙しても意味がない状態になるわよ。自分の身を守るので精一杯だし、そのためならいくらでも嘘をつく。私だけじゃなくて、人間というのはそういうもの」

 

「そうかな……」

 

「統合王国の粛清の時の話よ。互いに裏切りの証言をさせて両方を吊るすなんてことができたのは王室の目と耳がどこにでもあったから、というだけではない」

 

「……そんなこと、させたんだ」

 

「どうしたの?今更こっち側のやり方に怖気付いた?」

 

「ううん、ただ、名誉っていうものが命にかかわらない事が多いと受け取り方が違うんだなって」

 

「……シェプの方だと死ぬのは確定で、どう死ぬかで名誉が決まるところがあるからね。生き残れる可能性があるなら足掻いてしまうものよ。息を止めて死ぬことはできないでしょう?」

 

「そうなのかな……」

 

シェプルスキアは自身の命と名誉とであれば名誉のために死ぬことができる、と思っている。だからこそ戦場を今まで駆けてこれたし、服の下によく見れば残る傷跡を作ってもなお傭兵団の団長でいることができた。

 

そうではない人もいることは、よく理解していた。そして彼らを特段臆病であるとは思わなかった。ほとんどの人は自分の命が惜しい。傷を恐れ、痛みを怖がる。それでもなお彼らを死に向けて行進させるのが指揮官の役目であったし、事実そうしてシェプルスキアは多くの死を作ってきた。

 

だからこそ、共和王冠国の地主に、あるいは西側で言うところの広義の貴族になるにあたってはその覚悟を更に強くしていた。次からシェプルスキアが命を懸けるのは一族や傭兵団を維持するための金と名誉というより、もっと漠然とした王冠というものである。

 

「……いや、そうだね」

 

シェプルスキアは言った。自分がこれから軍を率いる時、彼らを王冠のために死なせなければならないのだ。そのためには名誉をいくら賭けたって構わない。

 

「何か気がついたの?」

 

「いや、軍をまとめるのって難しいなって」

 

「だから真っ当な人は軍に入らないのよ。騎士団領がやっとまともな給与を出してどうにか職業としての兵士を作ろうとして苦労しているのに」

 

「まあ傭兵はろくでもない奴らばかりだけどさ……」

 

「イヴェリャン団はかなり統率されていたということ、お忘れなきよう」

 

「わかってるよ、だからあたしたちは強かったんだから」

 

騎兵で少し小突いただけで散り散りになった敵を思い出しながらシェプルスキアは言った。あとから知ったことであるが、彼らは農村からはした金と言ってもいい値段で連れてこられた傭兵たちだったそうだ。

 

彼らにかける憐れみはもはやない。戦場に立つ時点で、ある意味で死は平等にやってくる。ただ、それでもなお、彼らにも事情があるのだと理解しなければ戦争以外の手段を取れない領主となってしまうのだろうなとシェプルスキアは考えていた。

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