角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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信仰を解いて対立を探る 2

「それでは、大宗派戦争について説明していこうか」

 

下級生向け歴史の講義に現れた臨時教員に、テレナは驚きと呆れと恐怖の混じった複雑な表情をした。それを見たのか、リュクバーンは微笑みを教室の学生たちに向けた。

 

聖座の枢要僧がこのような講義をすることに何か問題があるのかと言われると、おそらく相当にあるのだろう。例えば聖座が取っている抗議派や南側の帰伏教への立場、あるいは神聖連邦からハッヘンヴルト家が引き継いでいる聖冠の扱いについて。

 

どれ一つとっても各地域の意見があり、そして聖座からの立場以外言えないはずのリュクバーンであればまともな授業はできないはずだった。いつもの聖座の公式意見として、これこそが普遍的なものであると言わんばかりの傲慢さとともに勧告だの勅令だの書簡だのを出す、というのが抗議派に言わせるところの普遍派であった。

 

「まずは神聖連邦とその周囲を取り巻く情勢についてだけれども、あくまで僕が語るのは過去の出来事だ。もちろん当時を生きた人々に敬意を払うが、どうしても限界があるかもしれない。もし詳しい人がいれば、その人に更に説明をしてもらうかもしれない」

 

その手があったか、とテレナは息を吐いた。直接的に聖座の人間が言うのではなく、あくまで第三者の意見としてであれば彼自身の見解への疑義は避けられる、ということになる。

 

「それと、地名については今のものを使わせてもらうよ。当時には冷海同盟はなかったけれども、その構成地域を呼ぶときにわざわざ古いものを使うと君たちも面倒だろう?」

 

頷く学生たちがいた。古地図を見る時にその地名が変化したのか、あるいは都市がなくなって近隣の都市が書かれるようになったのかを判別するのは知識がない限り大変だったのだ。例えば学院の近くにある商業都市のケラフェツは、本来この城塞趾が城塞であった時代の市街区が大宗派戦争によって壊滅したことを受けて移設されたために拡大された地図では場所が移動しているが、より大きな縮尺では場所がほとんど変わっていない。

 

「戦争は大きく三つに分けられる。神聖連邦の都市、ティロ市で起こった普遍派と抗議派の対立が拡大していくもの。今の冷海同盟の地域における争い。そしてハッヘンヴルト家と今の統合王国の衝突。もちろん、これ以外にも語るべき物語は多い。傭兵団たちがどう動いたか、各地で行われた忌むべき行為。あるいは、聖座がこれに対してどのように動いたか。そうそう、教主国や大君侯国の干渉もきちんと説明しなければいけない」

 

つらつらと語るリュクバーンに、学生たちの中には嫌な顔を浮かべる人がいた。当然だ。ただでさえ歴史は単調な記憶が多いのに、これ以上面倒な要素を増やされては溜まったものではない。

 

「だから、君たちが知りたい場所を重点的にやってもいい。幸い、ここには多くの場所から学生が来ている。同じ戦いでも、異なる視点から語ることによって見えてくるものがあるだろう。一つの戦いにおいて騎士として参じたもの、指揮官として丘の上に立っていたもの、あるいは夫の無事を祈った妻は、全て同じ戦争の中にあった」

 

ヴェツァー、戦争体系論。テレナにはリュクバーンの言葉の背景にある百年前の古典をすぐに理解することができた。そしてここには、その末裔たちがいる。

 

大宗派戦争の中心となった普遍派勢力の中心、ハッヘンヴルト家の血は、北側世界の貴族に染み付いている。抗議派勢力の系譜を引き継ぐ冷海同盟の子女たちがいる。ハッヘンヴルト家の影響を受けながらも抗議派という微妙な立場にある家すら、テレナという形で学院にいるのだ。あるいは、当時北側世界を駆け巡った傭兵たちの精神的末裔すら。

 

「ええと……そこの手を上げている方、何か言いたいことがあるのかい?」

 

「テレナと申します。リュクバーン講師に質問が」

 

「構わないよ。僕の講義ではこういうふうにしてくれれば対応しよう」

 

「大宗派戦争は……聖座にとっても大きなものであったと聞きます」

 

「そうだね。僕たち聖職者は、多くの血の原因となった。かつて神聖連邦だった地域は弔うものなき亡骸で埋まり、その嘆きに向き合う余裕がなかった。それは、憶えられなければならないものだ」

 

綱渡りのような言葉選びだな、と聞いていたテレナは思った。宗教的対立という大きな問題にすり替えることで聖座ではなく聖職者という立場で問題を捉え、あくまで人々の苦しみに寄り添う姿勢を見せる。

 

もしこれが一般的な普遍派であれば、抗議派を殺しきれなかったことが問題だとでも言ったかもしれない。そのような発言は学院では軽蔑されるだろうが、それでも間違っていると見なされることはなかった。

 

「そのような立場からも、お話を聞かせていただけるのでしょうか」

 

「……そうしたいところはあるんだけど、宗教的側面から話をするとややこしくなることも多くてね。大宗派戦争の名前のように宗派の対立として捉えることができればよかったんだけど、実態はそう単純じゃない」

 

統合王国とハッヘンヴルト家の衝突を見ればいい。双方ともに普遍派の信奉者であったし、そして宗教よりも実利を優先していた。だから統合王国は当時冷海同盟の前身となっていた経済同盟に接近して軍事協力を行ったし、ハッヘンヴルト家は南側と内通して北側を荒らす許可を与えた。

 

「先程のテレナ嬢の質問はとてもいいものだった。君たちが学院の創設者、ヴェツァーの本を読んでいるかはわからないけれども、彼のような意見はある意味では正しいし、ある意味では間違っている。あらゆるところに戦争の影響は出るが、結局は決定するのは領主になる」

 

そしてここにいる学生の多くは領主にならず、その裏で動く人たちであった。

 

「そして今は寛容と理性の時代であり、たとえ異端であろうが異教徒であろうが兵士以外を殺すことは忌むべきことであるし、不必要な力の行使は避けねばならない。それは戦争のもたらす害悪を少しでも抑え、残虐な結末を避けるべきだと我々があの惨劇から学んだ教訓だよ」

 

リュクバーンはそう言いながらも、自分の言葉の軽さを痛感せずにはいられなかった。聖座は各地で起る紛争にしばしば積極的に手を貸しているし、新大陸で起こった統合王国による虐殺にもしばしば無関心であった。そのくせ、異教である教主国や異宗派である冷海同盟がそのようなことをした時には声高らかにその罪を叫ぶのであった。

 

それでもなお、叫ぶだけいいとリュクバーンは理解していた。何も言えない組織としてあるよりも、せめて声を上げるべきだ。もちろん、それだけに留まらないように彼は様々な手段を用いて動いていたのであるが。

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