角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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信仰を解いて対立を探る 3

淡々と、リュクバーンは手元の紙の数字を読み上げていく。いくつもの都市の名前と、そこにかつていた人口と、様々なものが終わったあとの人口を。

 

「ケラフェツ。一万五千六百人が、八百五十六人に」

 

今の学院のある、かつて都市だった場所。そこで行われた包囲と、その後の惨劇。それはあの当時の戦いの、たった一つに過ぎなかった。

 

教室の中には、悲痛な空気が流れていた。しかし、誰も止めろとは言えなかった。シェプルスキアでさえ、少しではあるが表情を歪めていた。

 

都市の攻略を支援した経験はあった。膨大な糧秣を喰らう騎兵を養うために、非道にも手を染めた。統率の取れない暴徒のようになった兵たちが、恐慌と支配欲の中で行う行為についても知っていた。ただ、それでもなお、そこまで行くのは相当だなという実感があった。なまじ数について実感できるからこそ、シェプルスキアはリュクバーンの言葉を理解できてしまった。

 

明らかな不必要だった。多くの場合、略奪にはそれ相応の反動が来る。手間と時間をかけ、兵士たちを宥め、金で大体のことを解決したほうが結果的に傭兵団としては楽ができる場合が多いことをシェプルスキアは知っていた。しかし同時に、それができる傭兵団がそうそう無いことも知っていた。

 

リュクバーンが語らない戦場を、シェプルスキアは知っていた。そして、かつての大宗派戦争がシェプルスキアが知っているものよりも陰惨であったことも察していた。

 

「当時抗議派の都市の一つが陥落した時に、その包囲を行った将軍に送られた、当時の聖座からの書簡を読み上げましょう。聖語になりますが」

 

そう言って、リュクバーンは声を響かせた。

 

「普遍派の素晴らしき行いを行った全ての勇敢なる兵士たちの上に平穏あれ。その罪人たちの血が悪徳の都市という祭壇に注がれ、神への宥めと赦しが得られたことを共に感謝しましょう。あなたの前の全ての敵と反抗者が、あなたの手にもたらされた主の力によって滅ぼされますように。栄光あれ」

 

リュクバーンの話していることは、まさに聖座が推奨していたことであった。異端の壊滅を成し遂げた将軍を称えただけの手紙である。それを堂々と読み上げることに、何の問題があろうか。

 

「……昔の話になります。我々が寛容という言葉をきちんと受け止める前の、他人の信仰を力で左右しようとしていた時代のことです。そして、二つの陣営は互いに血を流し続けました」

 

テレナはこれが明確な聖座批判ではなくて何なのだという驚きと、これが聖座批判にはなり得ないという確信を合わせてリュクバーンの言葉を聞いていた。

 

「従わなければ、あるいは反抗しなければ死ぬとなれば、多くの人々は剣を取るでしょう。互いに守るべきものがあるからこそ、あるいは信じるものがあるからこそ、彼らは平穏を求めて、殺し合うしかなかったのです。かつて神聖連邦だったものが跡形もなくなるまで、それは止まりませんでした」

 

リュクバーンは語らなかったが、シェプルスキアはその戦争が止まった理由のいくつかを知っていた。軍が軍として維持できないほどに、略奪する食料すらなくなるほどの人の消失。それぞれの陣営が既に目標を達成できない状況にあるという認識。あるいは、南側陣営という問題。

 

長い戦争に比べて、交渉は相対的にあっさりと終わった。もちろん、それは簡単なものではなかった。しかし戦争に関わった人の規模と期間に比べれば、小さな事業でしかなかった。

 

「結果として、今の三陣営が生まれました。総権国の前身であった国との間には共和王冠国が作られ、南側とは寛容を相互に認める条約が締結されました。……最初から適切な話し合いがあれば、もっと平和裏に、もっと適切な形に世界を変えることができたのかもしれません」

 

リュクバーンはそう言ったが、同時にそれができたかが怪しいことも理解していた。あれだけの血を流してやっと、領主たちは自分が何をしているのか理解できたのだ。戦争が始まる前から、多くのものが結末について叫んでいたというのに。

 

「だからこそ、この学院が作られました。それについて知っている人は、どれぐらいいますか?」

 

リュクバーンは学生たちを見渡した。おずおずと、何人かが手を挙げた。

 

「では、そこの方。学院の設立目的について、言えますか?」

 

「理性によって、大宗派戦争のような惨劇を防ぐため……でしょうか?」

 

「その通りです。創立者であるヴェツァーが『戦争体系論』で唱えたように、彼は必要なのはいかなる時でも対話ができるような共通理性である、と考えたわけだね」

 

シェプルスキアは、その概念を学院に来てから初めて理解した。テレナの音読を聞きながら、それがきちんと言葉になっているという驚きと、言葉にしなければならなかったのかという呆れを同時に感じたのはしばらく前の話だ。

 

それは戦争を単なる殺し合いではなく、ある基準と規則に基づいた戦いへと変えるためのものだった。シェプルスキアが育ったイヴェリャン族が故地で名誉とともに築き上げ、遊牧民の間で広く共通されていた価値観の再発明と言ってもいい。

 

「だからこそ、彼は判断をする場に共通理性を持った人がいることを望んだわけです。大宗派戦争後の混乱から復興するためにも、そういった知識を持った人材が必要でした。知恵の光を灯して、人々を導けるような存在が」

 

リュクバーンの言葉に頷く学生は多かった。この言葉はしばしば語られるし、今日の角灯主義と呼ばれる思想潮流の根幹でもあったからだ。しかしどこまでその光を強めるか、そしてその角灯を誰が持つかについては今なお議論が戦わされており、結論は出ていなかった。

 

「しかし、その背景には教主国の、つまり帰伏教の概念がありました」

 

リュクバーンの言葉に、教室にざわめきが走る。テレナはそのことを知っていたが、確かに知らなければ驚きだろうなというのが正直な印象だった。ヴェツァーが教主国で学んでいた時、つまり大宗派戦争が起き始めている時代においては、未だ世界の重心は南側にあったのである。

 

「では、明日の授業はそれについて話しましょう。もう講義も終わりの時間ですからね」

 

そう言うと同時に、学院の中に鐘の音が響いた。隣の友人たちと先程のリュクバーンの言葉はどういう意味かを尋ね合う学生たちを見ながらテレナは背中を伸ばし、考え込んでいる様子のシェプルスキアの背中を軽く叩いた。

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