角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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信仰を解いて対立を探る 5

「リュクバーンの話、面白いよね」

 

シェプルスキアは食堂で隣に座るテレナに言う。

 

「基本的な修辞を押さえているからね」

 

「どういうこと?」

 

不思議そうに言うシェプルスキアに、テレナは息を吐いてスープを一口飲んだ。

 

「シェプルスキアが感覚とか観察でやっていることを、ある程度体系的に学んでいるのよ。声の出し方、言葉の選び方、あるいは振る舞いとか」

 

「そういう古典があるの?」

 

「あるけど……私はどれもあまり好きではないわね」

 

「じゃあさ、テレナの言葉で教えてよ」

 

「いいわよ」

 

そう言って、テレナは昔読んだ内容を頭の中で片端から思い出していた。古典の時代より、修辞のための技法は様々な議論を呼んでいた。それは不変たるものを追い求めるのではなく、あるいは哲人たる素養でもなく、蒙昧な群衆を操るための下賤な術でしかないと言った哲学者がいた。

 

テレナはそのような意見に腹を立てる側であった。その蒙昧な群衆とやらが、日々何もせず過ごす哲学者たちの日々の糧を作っていたのだ。仕事をしない哲人どもがまともな統治ができるわけがない。血も流さず、交渉の席にも立たず、権威ももたらさぬ存在を、なぜ人々が養おうとするのだろうか?

 

とはいえ、この後の大支配地(イルパティム)の時代の議論もテレナの趣味とは異なっていた。現代に伝わる最も有名な修辞の書の一つは、権威の批判を行うための技術をまとめたものだった。別にそれが悪いことではない、とテレナは考えていた。批判なしには人は驕るし、下に起こる変化を察知するためには言葉が不可欠だ。

 

ただ、言葉を並べただけで何かを成したつもりになる人々をテレナは嫌っていた。例えば税を安くしろと主張する民がいる。もちろん、重税を課す領主はいる。テレナの育ったエルンツィンガー伯爵領でさえ、多くの改革を行ってもなお周囲の地域に比べて税が安いとは言えない状態だった。

 

例えば農民からの税を無くすとしよう。そうすると貴族は贅沢ができなくなる。贅沢というのは多くの人々を動かす必要がある。つまり、それだけ高級な仕事が減るのだ。銀細工師が、織物職人が、あるいは音楽家が職を失う。その影響は徐々に都市を蝕み、その住人の食料を生み出す農村にも影響を与えるだろう。

 

もちろん、これは貴族側の修辞に過ぎないこともテレナは理解していた。誰だって飢えて死にたくはない。単純な倫理の問題で述べれば、餓死を引き起こすほどの税が許されるのは、それをしなければ他の人が飢えて死ぬときだけだ。

 

「……テレナ?」

 

「どうでもいいことを考えていただけ。そうね、まず修辞、つまり言葉が影響をもたらすものを考えましょう」

 

「議論で相手の心を動かすってこと?」

 

「別に心を動かす以外の方法もあるわ。ある意見を通すための方法は、相手に金を積むことでもいいし、剣で脅してもいい」

 

「確かに」

 

シェプルスキアはかつての部下たちをまとめる方法を思い出していた。下級兵の中には恐怖でなければ統率できない者たちもいた。それは実に面倒で、実際に誰かの血を流さない限りは聞き従うこともなかった。

 

「相手を動かすためには四つの手法がある。理性、徳、感情、一貫性。理性というのは物質的な損得とも言ってもいい。徳というのは宗教的要素が強いわね、そう行動することがふさわしい、とでも言えばいいかしら」

 

「例えばこの戦いに出れば多くの戦利品があるぞと言うのと、戦うことは戦士の誇りであると言うようなもの?」

 

「そうね。感情というのは徳というよりももっと個人的なものに近い。例えば愛するものを救うであったり、恐怖を含むものは感情かしら」

 

「戦わないなら、この剣は敵ではなくお前の喉元を切り裂くぞ、と言ったような?」

 

「よくまあそういう物騒な例を出してくるわね、その通りよ」

 

シェプルスキアからすれば今後使うことのあるだろう事例を用いただけだったのだが、確かに言われてみれば学院の食堂でするには過激だったかもなと思いつつシェプルスキアはパンをかじった。

 

「一貫性っていうのは?」

 

「行動が矛盾していないか、というようなものね。例えば勇敢な兵士たちを率いる将軍は剣を振るう姿を見せなければならないし、陣の先頭にいることが望ましい」

 

「狙われやすいとかそういうのは一旦置いとくとしても、確かにそういう人の言葉には説得力があるね」

 

テレナはシェプルスキアの言葉を聞いて頷いた。

 

「そして、相手も色々ある。完全に同意しないものから、既に同意しているものまで。この両者には、修辞は無意味」

 

「うん、どうせ動かない人と、言わなくたって動く人だもんね」

 

「その間のどこに相手がいるかを見極めた上で、彼らと自分たちの間のどこに齟齬があるのかを知ることが重要。色々な技法はあるけど、あくまでそれらは技法に過ぎない。本質は相手と自分の差異を見つけて、もし上手く行けばその差異を超えて新しい合意をもたらすこと。それが修辞の本質よ」

 

「あー、そう言われると馬の上での言葉ってあまり合意じゃなくて頼んだり押し付けるっていうか、やり取りがないものになるかも」

 

「リュクバーンの講義もそうね。どうしても一人と多人数の場合だと限界があるから仕方がないのだけど」

 

「でもさ、そういうのって普通のことじゃない?」

 

そう言ったシェプルスキアに、テレナは首を振った。

 

「いいえ。もちろんこれはいくつかの古典には書かれているし、修辞学をきちんと学んだ人ならすらすらと言えるような内容だけど、それを実際の会話の場でできるかは別」

 

「ああ、訓練の通りに身体が動ければ苦労はないものね」

 

「だからシェプルスキアが私は怖いのよ」

 

「……もしかしてあたしってさ、特に訓練もしてない村娘が器用に槍を操って軍馬の突撃にも怯まずに串刺しにしたとか、そういう感じの扱いされてる?」

 

「よくおわかりで」

 

もちろん、今の学院においてはシェプルスキアの能力は東方の領主としての、あるいは傭兵団の団長だった経験から来ていると思われている。しかし、テレナからすればたとえいくら実践的な体験があったとしても、それを知識に転換することができるのは間違いなく才能であった。

 

そのような才能を持った人間を社交界という戦場に入れた時に彼女が何を学び、何を身につけるのかはテレナにも、もちろんシェプルスキアにもわからなかった。

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