「角灯主義は理性を頼みにしている」
リュクバーンの語り出しを聞いて、シェプルスキアは少しだけ今までの講義と雰囲気が違うと感じた。柔らかいものではない。もっと真剣な、これから古式の剣による決闘にでも出るかのような感じがある。
「理性は様々なことを明らかにした。今や天の星は惑うのではなく、それぞれの定められた道を通っていることが明らかになった。かつては不幸の予兆とされた彗星であっても、周期を持って天を巡っているだけだと明らかになった」
シェプルスキアは天文学の話だな、とすぐに納得した。その計算の方法や観測のための機械の作り方はよくわかっていなかったが、これがあってもなお占星術師が廃業していないのは不思議に思えるものだった。
「物質の本質についてさえ、精密な測定と分離によって新しいことが次々と示されている。見えず、掴むことのできない気体でさえ、複数の成分からなることが実験によって示された」
ここのあたりは前にテレナが調べていたな、とシェプルスキアは思い出していた。燃焼や生命を保つために必要な気体と、そうではない気体が存在する。それは水への溶けやすさや中での生命によって比較することができ、近年は水銀の灰から生命のための気体を作り出すことができるとかなんとか。
このあたりはシェプルスキアがそこまで興味を持てる範囲ではなかった。もしそのような気体が植物に、つまり農作物に必要だとしても、せいぜい畑を風通しのいい場所に作るぐらいしか対応できるものはない。
「迷信は消え失せつつある。外界の刃物は人体を切り刻み、魂の籠ると言われた場所まで解剖し尽くした。もはや人体と時計には、同じように神秘がない。地の果てから、海の底から様々なものが集められ、分類され、陳列される。そして、そこに神の技を見出すものは、残念ながら少ない。多くの人にとってそれは知識の探求という名のもとに、珍品を楽しむ場所になっている」
言われてみればそうだな、とシェプルスキアは考える。変なものを見るのは面白い。遠くの地で育つ植物、珍しい動物の骨格、あるいはガラスの容器に入ったすこし背筋をぞくりとさせるようなものまで。授業では示されることはないが、学院の一室にそういうものが保管されている場所があることをテレナとこっそり覗いたことのあるシェプルスキアは知っていた。
「顕微鏡と望遠鏡は、人間に見えないものを無くしつつある。かつては神の怒りとされた災害すら、調査と分類の対象となった。……諸君はこれを、理性の勝利であると思うかね?君たちはきちんと理性に殉じることが、果たしてできるかね?」
リュクバーンの問いかけに、小さくシェプルスキアは首を振った。だってまだ、彼女にとっての重要な問題は理性の範囲外にあったからだ。
一体の構造として作られ、砲弾を共有できる砲は、確かに理性の産物かもしれない。しかしそれを使う兵たちの覚悟をいかにして産めばいいかは、理性はあまり答えてくれなかった。
「未だ明らかでない分野もいずれは、と考えるものもいるだろう。では、我々はどこまで行くのだろうか?大地がいつ、どのようにしてできたかという謎を解き明かす日が来るのだろうか?思考と感覚を分析し、我々が神への信仰と呼んでいるものの正体を明らかにする日が来るのだろうか?」
難しいんじゃないかな、とシェプルスキアは直感的に考えていた。それでも、無理だとは言えなかった。例えばシェプルスキアにとって空気というものが明確に存在して、矢がいつか勢いを落として止まるのは矢自身の問題ではなく空気のせいであり、そしてその空気が異なる種類の空気の混合されたものであるという発想は、傭兵団にいた頃には持ち得ないものだっただろう。
空気を分けることができるなら、同じように精神を分けることができない道理はない。触れられないものを操るのは、戦場の気配を操る指揮官たちのやっていることではないか。
「……僕は、そうは思わない。角灯の光が明るくなればなるほど、それが消えた夜は恐ろしくなる。誰かが夜を知恵で照らすというなら、その光が届かない場所で怯える人々に寄り添う役目を果たす人物が必要だ」
なるほど、とシェプルスキアは納得した。シェプルスキアにとって夜は慣れたものだったが、それでも見えないということによる警戒は存在する。それに、夜が怖いという感情はわからないものではない。屈強な戦士であれ、夜襲を受ければその心に傷が残ることはある。
「宗教者は、長くそういう立場にあった。幼子に進むべき道を教え、若者の過ちを止め、進むものが最後にたどり着くものが恐れるべき所ではないと告げてきた。神への立場はどうあれ、その下で敬虔に、できることをしていくのが宗教者だ」
リュクバーンの語りは、確かに敬虔な人には届くかもな、と思ってシェプルスキアは隣のテレナを見た。そのつまらなさそうな表情を見て、シェプルスキアは少しだけ共感できるような気がした。
シェプルスキアの幼い頃に、宗教者はいなかった。いや、いなかったわけではないがあれは呪い師や占い師に近いものだし、シェプルスキアは彼らから敬虔さを学ぶことはなかった。
ただそれでも彼らは進むべき道を教えてくれたし、しばしば諫言を述べた。誰もが口を開かない会議の場において、口を開いた老婆を幼い頃にシェプルスキアは見ていた。
「知恵には、それは難しいと僕は思う。暗闇を暗闇として受け入れ、そこにいる人とともにあるということは、角灯を持っていてはできないことだ。もちろん、これは角灯を持つ人を批判したいわけじゃない。役割の問題なんだよ」
リュクバーンはそう言いながら、どこまでこの言葉が学生に届くだろうかと考えていた。それが形になるのは二十年後か三十年後か、あるいはもっと先かもしれない。彼らの代ではなく、次の世代において芽吹くかもしれない。その時には、リュクバーンは地獄にいるかもしれない。
リュクバーンは自身が敬虔であろうとしているとは思っていたが、敬虔であるとは思っていなかった。ただ、それで責め苦を受けるのであれば、納得ができるような歩みをしたかった。そういう意味では、リュクバーンはここで講義ができたことは自身の生涯の中でかなり満足のできるものだった。