角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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信仰を解いて対立を探る 9

「無茶をしすぎですよ、おじさま」

 

エネトはリュクバーンの講師室で溜息を吐きながら言う。本当は二人きりの時に文句を言いたいのだが、この場を問題視されないようにテレナとシェプルスキアを呼んでいる以上は限界があった。

 

「聖座も詳しい授業内容を監視するほど暇じゃないさ」

 

「別にさらなる権威が必要とまではいいませんが、侮られたらそれはそれで終わりですよ?」

 

「聖座なんて昔からずっとそういう扱いを受けていたじゃないか、今の聖座の発言がどれほど意味を持って人々に届いてくれる?」

 

そう言うリュクバーンは、だからこそ人々に直接声を届かせるだけの組織が必要だと考えていた。

 

「……結局第三王子は消極的ですが折れてくれましたよ」

 

「おや、すると卒業後に一年ぐらいは修行かな、いきなり僧となるのは色々と手続きもあるだろうし」

 

「そこでも私は監視役ですか?」

 

「そうなるだろうね、本当は君みたいな優秀な子はもっと早く別のところにいかせたいんだが」

 

「神がそのように定めた、とでも思っておきますよ」

 

「すまないね」

 

「それが私達の役目でしょう?」

 

そう話す二人を見ながら、テレナとシェプルスキアは出された茶を飲んでいた。前に飲ませてもらったものとは別の比較的馴染みのある味だが、それでも十分上等と言えるものだった。

 

「ねえ、テレナ」

 

「なによ」

 

「結局さ、リュクバーンって何で学院に来たの?」

 

「……まず、シェプのわかってる範囲で分析してみて」

 

「例の王子の件をまとめるため、あとは学院の学生と繋がるため、でしょ?」

 

「そう。納得がいかない?」

 

「わざわざ数ヶ月もかけて授業をする必要があった?」

 

「ここは学院よ、いい教育者が来たなら教壇に立ってもらわないと」

 

「そうじゃなくて」

 

まだ不満そうなシェプルスキアに、テレナは頷いた。

 

「そう。かならずしもここでリュクバーンを出す必要はない。枢要僧という立場、あるいは聖座の外交官という力。それを数ヶ月、この同君地域の隅に留め置くというのは、少なくともリュクバーン個人にとってそこまで有利ではない」

 

「……いやでも、なら逆にリュクバーンの敵には有効なのか」

 

「敵という言葉を安易に使うべきではないよシェプルスキア嬢、僕と意見が合わない人であったとしても、隣人には違いないのだから」

 

会話を聞いていたリュクバーンは、少しだけ二人の方を振り向いて言った。

 

「ですってよ、シェプルスキア嬢」

 

「やめてよテレナ、そういう言い方は。……聖座の中でも、リュクバーンは別に味方が多いわけじゃないよね」

 

「昔ながらの聖座……というか、彼らの言うところの本来の聖座のあり方みたいなものから見ると、リュクバーンは確かに勢力を削っておきたいというのはわかる。学院での数カ月が、この情勢でどう響くかはわからないけど」

 

「はは、確かに今の聖座は少し過激だがね。そろそろまたいつもの反道徳的な思想と書物への批判宣言でも出るんじゃないかな?」

 

「一応は聖座からの勧告にあたるのですよ、おじさまも名を連ねるわけではないですか」

 

「だからこそ、その内容には責任を持たねばならないと考えているよ」

 

そうエネトに言いながら、確かに今の情勢はそこまで安心できないなとリュクバーンは考えていた。聖座に対する反感自体が、いわゆる角灯主義の中で急速に拡大している。幸いにして学院ではそのような空気は流れていなかったが、特に統合王国の邸宅社交界を中心とした人々の中での聖座の嫌われようは独特だ。

 

もちろん、中には嫌われても仕方がないような聖職者はいる。王から免税の特権を得て、領主として各地を治め、そしてその上位は大抵は貴族の次男や三男が占めていた。彼らはフェルヴァジュ管区が聖座から政治的影響を受けることを嫌い、国内で一定の政治的勢力となっている。

 

しかし、リュクバーンは彼らの実態もよく知っていた。いわゆる聖職者の大半は、農民と大差ない暮らしをしている。裕福に見える領主たちでさえ、その財政は厳しいものだ。農民から直接税を取り立てる下級領主はしばしば領民から目の敵にされる。王室は時折そうやって直接的な不満を宗教層に転嫁してきた。

 

そしてさらに厄介なのが、聖職者に対する免税というのはその直轄地にのみかかるということである。大抵の場合、土地の所有や統治というのは複雑な階層関係を構築している。リュクバーンの知る限りでは、直轄地の割合はせいぜい三割であった。それでも大きいものであるが、教会の運営費用を考えればあまり大きな額ではない。

 

とはいえ、そのような実態は批判者たちにとってどうでもいいものであった。貴族の言いなりとなった堕落した宗教勢力が、無知な農民に将来の救いを唱えながら税を絞り尽くしているという風刺画は非常に受けが良い。

 

ただ、それを表立って弁明すること自体が聖座にとっての弱みとなりうるのが現状であった。処刑台に首を据えられた悪人がわめくことを聞くものは少ない。それならば、聖座の学生たちに対して今の聖座の立場を語るほうがよほど有意義であった。

 

「……エネト嬢とシェプルスキア嬢、よろしいですか?」

 

話をしていた二人は、口を開いたリュクバーンに視線を向け、頷いた。

 

「少しだけ、今の聖座の話をします。統合王国の一部において、今の聖職者がどのように見られているか……。もちろん、僕の話がどこまで正しいかの確認は、君たちでやってほしい」

 

「聖座の人間の語ることとして、誤りがあるかもしれないからですか?」

 

「それもあるけど、君たちの見るものと僕たちの見るものが根本的に異なる可能性があるから、と言ったほうがいいかな。僕は君たちが何を見ているのかを、できれば知りたい」

 

抗議派の貴族令嬢と、東方の女領主。いずれも聖座の枢要僧が接触し、意見を聞くことは難しい人物である。しかしこの学院という場所であれば、あるいはそこで繋がった教育者と教え子という関係であれば、リュクバーンは新たな視点を手に入れることができる。

 

リュクバーンが聖座の中で独特の立ち位置を持っている理由の一つが、このような人脈であった。普通の聖職者が気が付かないような点に一足先に着目し、問題が大きくなるのと並行して対応策を用意する。しばしば彼の仕事は目に見える成果がないために評価されにくかったが、それでも起こしてしまった事態を収拾してもらった恩というのはしばしば大きな力になるのだった。

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