角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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破棄が始めの骨牌を倒す 9

日が暮れたあとの談話室の隅で、三人の少女が机を囲んでいた。

 

「それにしてもテレナさんもよくやるわね」

 

そう言いながらネアは骨牌(デネマ)を机の上に置く。少女の小さな手に入るほどの正方形が二つ繋がったような骨の板には、賽の目を模した記号が二つ描かれている。

 

「そうでしょうか。私はただ、手紙の確認をお願いしただけですよ」

 

同じ目を繋げるようにして骨牌を伸ばしつつ、目の和を計算して卓上に置いたり取ったりしていく。卓上遊戯は紳士淑女にとっての嗜みであり、推奨はされていないものの多くの卒業生が残していった、あるいは寄付したものが談話室にもあった。

 

「ええと、ここかな……」

 

不慣れな手つきで骨牌をシェプルスキアが置いた。その視線は夕方に学んだように、二人の口元をゆっくりと見ていた。

 

「はい、ここで二と三と五で十になるのでシェプルスキアさんはここの骨牌を取れますよ」

 

「……ほんとだ、気がついてなかった」

 

「先輩は、この手の数字の計算がお上手ですね」

 

「商人の家ですもの、テレナさんが文字を見るように、私は数字も見ることができるの」

 

そう言ってネアは手の中で白く冷たい骨牌を手の中で小さく弄った。

 

「……ところで、全然わからなかったから説明してもらっていい?」

 

「何が?」

 

シェプルスキアの言葉に、テレナはそう言ってネアの方を見た。

 

「ヨルワ教授との話でしょう。慣れていない人には読み取れないものが多かったので、私が解説させてもらいますね」

 

布張りの卓に骨牌が置かれる、小さな音が談話室に響いた。

 

「まず手紙の話。テレナさんは暗号を手紙の中に使ってお父上とやり取りをなされていたのですよね?」

 

「……そんなわかりやすいものかな、あれ」

 

テレナは否定しなかった。そもそも、手紙を定期的にやり取りしているならその中に学院で得られた情報を含ませるのは当然のことであり、かつ検閲がある以上は何らかの形で隠すことは考えられることだった。

 

「暗号って、もっとこう読みにくい数字みたいなものじゃないの?」

 

シェプルスキアが聞くと、ネアは少し驚いた表情をした。

 

「そっか、シェプルスキアさんはこのあたりの専門家よね」

 

「あたしはそんな指揮とか作戦とかそういうことしなくて、言われた通りに動くかみんなの案を黙って聞いているかだったし……」

 

ネアは頷いて、シェプルスキアの話を聞いた。

 

「テレナさんのような手法のいいところは、その隠された意味を読み取る前にそこに秘密が隠されていると気がつくのが難しい点にあります。娘から父親に送る日頃の生活や友達との話は、そうおかしいものではないですよね?」

 

「テレナは書きすぎだと思うけど。他の人はそんなにやってないよ」

 

「それも作戦のうちです。普段から多く書いていれば、紛れ込ませるのも楽になるでしょう?」

 

ネアの説明に、テレナは骨牌を置きながら苦笑いをするしかなかった。テレナの方法はたとえそこに暗号があるとわかっても解読が困難なようになっていた。特定の方法で単語の中の文字を取ると内容が伝わるというものだが、そのためには送りたい内容より格段に多い文書を用意する必要があった。

 

また、その制限のためにしばしば単語が不自然になることがあった。父との事前の取り決めやテレナの語彙がそれを多少は覆い隠したが、それでも慣れた人からすればおかしな単語が選ばれていたのだろう。

 

「でも、ヨルワ教授は手紙を出してもいいって」

 

「でも、単語を変えたうえで、でしょう?テレナさんの暗号を破壊した上で、表面上は日常のことについての、しかし肝心なことは書かれていないやり取りを続けさせようってことね」

 

「すごいこと考えるんだな……。で、これって当たっているの?」

 

「言えるわけ無いでしょう」

 

不満げにテレナは言った。ただ、その表情を見ればかなり正解に近いことをネアが言ったのだろうということをシェプルスキアには理解できた。

 

「それに、ヨルワ教授とならネア先輩もやり込められていましたよね」

 

「そうなんだよ、せっかく統合王国の情勢に詳しい人に聞いたのに、それでもわからないとなったら私にはもう無理かな」

 

「……どういうこと?」

 

疑問を持ったシェプルスキアがネアを見ると、ネアはテレナに話を促すように手のひらを向けた。

 

「……ヨルワ教授は、ネア先輩の商会がどの連隊に服を納入するかまで知っていました」

 

「そう。あの時点で負けたなってなった」

 

ネアの父が総経理を務めるティツン商会は確かに大きいが、それでも軍服の納入が社交界の噂になるかは怪しい。学生関連の情報収集の過程で知ったのか、あるいは包括的な会話の中で聞いたのかはわからなかったが、どちらにしても驚異的と言えた。

 

「そして、そこまでの知識があると見せた上でこの先がどうなるかわからないとヨルワ教授は言ったわけです。学生たちにできることはないから、静かにしておけということでしょう」

 

そう言ってテレナは深く息を吐いた。テレナもネアも、ある程度の目的は達成した上でヨルワ教授に勝つことができなかったのだ。あるいは、それほど複雑な何かが動きそうな予感がするという社交界の重鎮からの見解が二人の得た最大のものであった。

 

「ところで、紫旗連隊の話があったよね」

 

シェプルスキアがネアに聞くと、ネアは頷いた。

 

「テワドレーム公爵の影響が強いところね、精強とは聞いている」

 

「つまり、公爵は自分の手で動かせる部隊を持っているということ?」

 

「それで王を討つ、とは行かないからね」

 

シェプルスキアの思考を先読みして、テレナは言った。

 

「どうして?」

 

「首都の金旗連隊……近衛たちを突破できるだけの軍となると、準備にはそれなりに時間がかかる。表向きは従順な姿勢を取っている地方貴族たちが軍勢をすぐに出せるわけでもない。小さな連隊を懐柔するか、あるいは中立に留め置く工作も必要」

 

「……じゃあ、公爵自らが精鋭を率いて王宮に突撃なんてことは」

 

「できない。ただ、それをするぞって脅しはされるでしょうね。それとあとは王子の身柄の確保とかだけど……学院に攻め入るほど、馬鹿ではないはず」

 

シェプルスキアは頷いた。それは単なる要塞としての学院の評価だけではなかった。

 

学院は様々な勢力から学生を集めている組織である。もしここで学院に公爵の手勢による攻撃がなされれば、北側世界全体が敵に回る可能性まである。シェプルスキアの嗅覚は戦場向きであったが、それゆえに手を出してはいけないものを見極めることができていた。

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