角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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信仰を解いて対立を探る 10

「……という感じのことをリュクバーンが。それで、ヨルワ教授のほうでは心当たりがありますか?」

 

「ない、わけではないけど具体的に詳しい話を知っているわけではないわ」

 

教授室で話すヨルワとテレナを見ながら、シェプルスキアは柔らかい椅子に身体を埋めていた。

 

「やはり、社交界から離れたのは大きいですか?」

 

「私が学院に来てからもう六年よ。宮廷社交界ならともかく、もっと個人的な邸宅社交界となると噂すら届かないこともありうるわ」

 

宮廷社交界が表であれば、邸宅社交界は裏だ。公的な側面や執務にも繋がることの多い宮廷社交界と比べて、邸宅社交界はより閉じた、個人的付き合いの多いものだった。もちろんその境目は曖昧であり、王室の開く邸宅社交界のような微妙なものもある。

 

「……なるほど」

 

「ただ、リュクバーンがそういった話を聞けたというのは重要ね。それなら候補をある程度絞ることはできる」

 

そう言いながら、ヨルワは古い知り合いの名前を思い出していった。ここ数年で、社交界の様子は変わってきている。角灯主義者を招くことはかつては一過性の流行だと思われていたが、最近ではかなり一般的なものとなっているはずだ。

 

しばしば、それらは秘密会合と合わせて語られることがある。もちろん、そのように振る舞う悪趣味な人々はいるという。ヨルワですら噂に聞いているということは、実際にやっている人がいるのだろう。

 

日頃の重責から逃れ、享楽にふける。それ自体はよくあることだ。村人とて、祭りの日には酒を浴びるように呑み、翌日が休みであれば昼まで寝ることもあるだろう。同じようなものだ。使える金額と人数が違うだけである。

 

「心当たりがあるのですか?」

 

「新しいもの好きの人たちが、ね。とはいえ、もともと地方派は聖座、というかフェルヴァジュ管区の組織が嫌いなのよ」

 

「王室派と繋がっているから、でしょうか」

 

「その通り。聖職者の名簿を見てみるといいわよ、どこかで見たような家名がずらりと並ぶから」

 

家を継げない貴族の息子たちにとって、聖職者というのはよくある仕事であった。しかし、そこに入ることの人数はどうしても限られている。そして限られた集まりに新参者を招くとなれば、何らかの縁があったほうがいい。

 

そうして、現代のフェルヴァジュ管区の上位聖職者の過半数が王室派と言っていい今の状態が作られていた。リュクバーンはここにテワドレーム公爵令嬢を含む地方派を増やし、王室派との繋がりを弱めようをしているのであった。

 

「質問いいですか」

 

話を聞いていたシェプルスキアが手を挙げた。

 

「構わないわ、シェプルスキア嬢」

 

「王室派が嫌いだからフェルヴァジュ管区の教会も嫌いってなると思うんですが、敵の敵は味方なら地方派って聖座の味方だと思っていいんですか?」

 

「必ずしもそうではないの。もちろん傾向としてはそういうところもあるけど、逆にフェルヴァジュ管区も聖座も嫌い、反普遍派なんてことになることもあるでしょうね」

 

「ああ、そうすると角灯主義のやばいやつみたいに……」

 

「そういうこと。シェプも気をつけてね、そういうやばいやつらに絡まれると本当に厄介だから」

 

テレナの警告に、シェプルスキアは深く頷いた。

 

「しかし、リュクバーンがわざわざ学院で危ないことをしてまで地盤を固めねばならないほどなのですか?」

 

そう聞いたテレナにとって、リュクバーンの動きはかなり挑戦的なものに思えていた。宗教的に微妙な場所に、聖座の中枢人物がやってくる。これの大きな問題は、抗議派との均衡を保っているという意思表示ができないことだ。

 

抗議派には階層構造が存在しない、ということになっている。有名な神学者や指導者はいるが、彼らが聖座の枢要僧のような権力を持っているとはいい難い。そのような意見を押さえるための博物学の講師としての招聘だったのだろうが、それでも無茶なものは無茶であった。

 

「リュクバーンだけが警戒している、わけではないわ。やはり例の婚約破棄以降、不穏な要素を感じている人はいる」

 

「……なるほど」

 

「テレナもそうだよね」

 

シェプルスキアにいきなり言われ、テレナはついに心の中を読むようになってきたのかと驚いた。

 

「そうなの?」

 

「ええと、なんか悩みがちで、どこか考えすぎっていうか……」

 

「シェプが考えなしなだけじゃない?」

 

「考えたってどうしようもないことはその場でどうにかしろ、聖典にもあるでしょ?」

 

自慢げに言うシェプルスキアに、テレナは該当箇所を一瞬で思い出すことができた。確かに言われれば思い悩みすぎなところはある。しかし、なにかがあった時に事前に考えておいたことがなければ瞬時に動くのは難しいものなのだ。

 

シェプルスキアはその場の直感的な判断と瞬発的な行動ができるという能力を持っている。それは戦場を生きる中で磨かれたものだし、そうなるように育てた周囲の人間あってのものだ。それは分析と思考を主とするテレナが、削ってきたものである。

 

「……そうね、何かがあっても今はシェプがいるもの」

 

「あたし?」

 

「そう。もう事態は動き始めているはず。学院の補修だってそういうことでしょう?」

 

「……長期計画よ、さすがに問題が多いと保護者からも言われてね。予算も限りがあるし」

 

「いっそのこと築城学の一環として補修でもさせたらいかがでしょうか?僻地の要塞をどうにかすることはあるでしょうし、そこで戦争に直接参加しない層を動かす指揮の練習だということにしてしまえば」

 

「……テレナ嬢も、なかなか怖いこと考えるわね」

 

「えっ」

 

「一応案にはあったのよ。学生たちから反発が起こると思って止めていたけど」

 

そう言うヨルワ教授ももっともだな、とテレナは考えていた。テレナやシェプルスキア、あるいは情勢をわかっているか軍人としての道を進む学生であれば飲み込めるだろうが、そうでない人も多い。

 

「……以前、ヴィンサート教授によって銃を打つ授業をやりましたが、あれって」

 

「様子の調査よ。彼から聞いた限り、反応は悪くなかったそうだけど」

 

「見本としてシェプルスキアが前に出たからでしょう。だから反発を避けられた」

 

女子学生に負けてなるものかという男子学生の意地や、あるいは女子学生でも触っていいのだという安心感。大人になろうとしている年代の少年少女にとって性別の壁はやはり存在したし、それは共学という場であっても変わりはなかった。

 

「じゃあ、二人にはちょっと手伝いをしてもらおうかしら」

 

そう言うヨルワに、二人の女子学生はなにか嫌なものを感じていた。

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