角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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暗闇に紛れて足音は響く 2

学院の授業は多少前後しながら終わっていく一方で、期末の課題の提出が求められることがあるために差し引きでは忙しくなることが多い。特に春期の長い授業の終ともなれば、そのまとめの分量は多くなる。

 

「お、噂の人物だ」

 

テレナは声を潜めて隣のシェプルスキアに言った。

 

「やめなよ」

 

そう言いながらもシェプルスキアの視線の先にはフェルヴァジュ統合王国第三王子、ルメン・デリロスがいた。

 

二人はしばらく黙ったまま本棚の間を進み、いつも使っている机と椅子の場所にまでついた。

 

「あれが?」

 

「そう。あまり見る機会がなかったけど、彼が」

 

「……嫌な感じはしないんだけど、手強そうな感じはした」

 

「どういうこと?」

 

そうテレナに聞かれて、シェプルスキアは上手く言葉にできないまま悩んでいた。

 

「うーんと、テレナはいつも嫌な感じがする。テアリアは時々手強そうな感じがする。リュクバーンはエネトと話している時は嫌な感じがするけど、いつもは手強そうな感じ」

 

「ネア先輩は?」

 

「手強そうだけど、もっと嫌な感じ」

 

「なるほど、素直かどうかと上手かどうかみたいな感じね、なんとなくだけど」

 

「あー、そうかも」

 

「で、元傭兵団長殿は彼を指揮官として見た時にどう思う?」

 

「ちゃんと話したりしないとわかんないって、それでも戦場では確実なものなんてないのに」

 

シェプルスキアの反論に、テレナはもっともだと頷いた。そんな簡単に人の心を読むことができれば誰も苦労はしない。それはそれとして、シェプルスキアの洞察力はテレナの知る一流の交渉者たちとくらべても引けを取らないものであった。

 

「雰囲気でいいのよ」

 

「勝てはする、ただなかなか撤退しなさそう」

 

「士気がしっかりしているということ?」

 

「かわりに戦術は普通のやつだろうけどね。まともな軍がまともな物量でまともな戦術取ってきたら、それにはまず勝てないけど」

 

シェプルスキアはそのような軍の面倒さを知っていた。だからこそ、父の時代には率先してイヴェリャン団はまともな軍とともに戦い、あるいはまともな軍を相手とすることを避けてきた。それは傭兵団として生き残るためのものであったが、時折避けられない事態は起こるものであった。

 

制度、糧食、あるいは作戦。それらを全て完璧に敵が揃えられることは少ない。そしてイヴェリャン団は、適切な対価を払えばその弱点を喰い荒らすだけの実力を持った集団であった。

 

「……そういう相手が、策謀を巡らせると思う?」

 

「第三王子が何かを考えているか、ってこと?」

 

「うん」

 

「……テレナが前に言ってたみたいに、何かを待つとかならかなり強いと思う。籠城戦の指揮官をやらせたら、かなり強いかな」

 

「そういう認識なのね」

 

「逆に、戦場に合わせて臨機応変に動くのは苦手だと思う。あと搦め手にも弱そう」

 

「……まあ、要は使いようね。王には向いていないけど」

 

「そもそも領主に向いている人なんていないって、あたしだって指揮官に本当に向いているとは思ってないし」

 

「……シェプルスキアの勘からしても、やっぱり何かあるか」

 

「でももう卒業でしょ?学院に関連することはないんじゃない?」

 

「だといいけど、まだファーネスタとエネトがいるのよ。もう一年。そして、もう動き出すのに十分な時間は経過してしまった」

 

冬の会合での取引内容は、既に北側世界に広まっている。重大な情報ほど届くのは遅いのに、噂話というやつはどんな馬よりも素早く世界を駆け巡るのだ。

 

「でも、何も起きてないでしょ。リュクバーンも仕事してたし」

 

「リュクバーンがあれほど動いて食い止められているのよ。逆に言えば、私達が計算に入れていない要素が一つでもあれば崩れかねない」

 

「テレナは考えすぎだよ」

 

「……シェプルスキアは何も感じないの?」

 

「うーん、確かにここしばらくは教授たちが少し神経質になっているとは思うかな。修理も進んでいるし、食料の運び込みも多くなってない?」

 

「あー……その方面では見ていなかった。見るべきね」

 

シェプルスキアは毎朝、学院の校舎に運び込まれる荷車を見ていた。その数、運び出している人の疲れ具合、あるいは箱の大きさ。

 

「テレナ、気がついてなかったの?」

 

「そうよ、観察力が低いもので」

 

「いや、でもたしかに思い返してみれば最近食事の量が多いし食材も多かった気がするし」

 

「収穫が早い地域から集めたり……いえ、それにも無理があるわね。今のうちに古い食材をまとめて処理しておこう、ということかしら」

 

「倉庫に空きを作るため?」

 

「そう。そのあたりの具体的な数字は多分隠されているだろうけど、知っている人に噂を聞くことぐらいはできる」

 

北側世界社交界において、テレナの役割はちっぽけなものだった。情報の結節点としての学院における、ただの仲介者。誠実で、必要な情報を広めることはできるが、ある程度以上の秘密を話すに足るだけの信用はない。

 

一方で、学院内の情報収集と分析においてはテレナはかなりの打ち手であった。もしテレナに優位性があるなら、逆に言えばそこしかないのだ。

 

「……あのさ、何かがありそうだって気に病むのはわかるけど、気に病むこと自体は意味がないからね?」

 

「想定をするなり、訓練をするなりしろってことでしょう?やってあるわよ」

 

テレナはそう言って服の下に隠していた紙束を取り出した。誰かに見られないように、常に肌身離さず持っているものである。

 

「学院が巻き込まれる前提の、各勢力の動き。最悪の場合、統合王国の南側が教主国の影響下に入り、共和王冠国の国土は大きく分割される。さすがにここまでは起きないと思うけど」

 

それはテレナにとって遊びに近いものだった。ありうる未来の一つを描くことは、訓練にこそなれそこまで役に立つものではない。しかし、その紙束の中にあった地図を見たシェプルスキアは嫌そうな顔をした。

 

「……これ、ツィノドは」

 

「シェプルスキア女領主の治める地であるツィノドは大君侯国の支配下になる。首を落とされる可能性も十分あるわ」

 

「別にそれはいいんだけど」

 

「良くはないでしょう」

 

「それで地域と兵士が陣営を名声の損失なしに変える事ができるなら、指揮官一人の命は安いよ」

 

そう言うシェプルスキアに、確かに平和な世の領主に向いていない人物だなとテレナは考えた。

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