角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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暗闇に紛れて足音は響く 4

「あとテレナさんは何が残ってるの?」

 

テアリアに廊下で問いかけられ、寮に帰る最中のテレナは息を吐いた。

 

「古典」

 

「そうなんだ」

 

「慣れない言葉で、更に慣れない言葉について書くのはもどかしいのよ」

 

テレナは統合王国語を、一見は流暢に操っていた。しかし、彼女の思考が全て統合王国語で行われていたわけではない。故郷の言葉で考えることも多いし、専門的な文献を読む時にはそれなりに時間をかけて精神を丸ごと聖語に切り替えることもある。

 

「そういう意味なら、シェプはもっと大変ね」

 

「耳から覚えるのが早いとわかってなかったら、彼女はきっと落第よ。学院に来て最初に学ぶのが教授に慈悲を乞う言葉なんて、笑えないでしょう?」

 

「……そうだね」

 

テアリアはそこまで成績が壊滅的に悪いわけではなかったが、彼女の先輩の中にはテワドレーム公爵の令嬢の関係者として、その実力が不足しているのに送り込まれた学生もいた。

 

もちろん、表面的な言葉において彼女たちには問題はないように見える。ただし、それはきちんとその言葉を操れることを意味しない。テアリアからすれば、与えられた役目があるならそれをしっかりと果たすべきであって、ただの幸運と生まれに甘んじるのは単なる怠惰であった。

 

もちろん、そのようなことを自覚したのはここしばらくに過ぎなかったのだが。

 

「テアリアさんは?」

 

「さっき全部出したけど、添削されて返ってくるものがあるかも」

 

「いいわね、私なんて受け取られたらそれで終わりよ」

 

「そっちのほうが楽でいいでしょ」

 

「知りたいのは私の考えと教授や講師の考え方の違いなのよ。もちろん教えるのに忙しいのはわかるし、私一人に割く時間があれば十人の学生にもう少し支援ができる」

 

「……大変だね」

 

テアリアに言われて、テレナは頷きながらも本当にわかっているのかどうかという呆れを心のなかに持たざるを得なかった。もちろん、その呆れは今までテレナがずっと心の奥底にしまってきたものだった。

 

テレナは、学ぶことと理解することについては天賦といってもいいほどの才覚があった。学院への入学も、最小限の推薦状と地域産業についての見解を述べた論文で通過した。もちろん、普通の自分と同年代の人物がそれを平然と書けるわけがないという認識はあった。

 

多くの機会と社会的背景にテレナは支えられていた。それを与えられている事自体は、別にテレナにとっては前提の話だった。問題はその前提をどれだけ活かして、どれだけ先に進めるかだ。社会からそう義務付けられている、とテレナは考えていた。

 

「……シェプルスキアから聞いたんだけど」

 

テアリアは口を開く。

 

「何を?」

 

「テレナさんが、最近その……危ないって」

 

「課題は今のところ期日に余裕を持って出せているわよ」

 

「全体的に無理が出ているって。死ぬ兵にありがちだと」

 

「……そう言われると、嫌なものがあるわね。学院で死んでまでやりたいことがあるわけでもなし」

 

ほとんどの学生にとって、学院は通過点でしかなかった。もちろん、そこで全力を尽くせばその後の人生がしばらく安泰な学生もいる。とはいえ、それは少数派だった。

 

「別に私はテレナさんがどうなっても知らないけど、シェプルスキアに相談されると駒が狂うのよね」

 

「……はい」

 

テアリアなりの心配のされ方をされているな、とテレナには理解できた。直接の利害関係がない相手を気遣う素振りを見せるというのは、美徳でもあると同時に弱点にもなりうる。きちんと第三者を挟んで自分の問題として表明しているという点で、テアリアもしっかり成長しているなと考えてから自分はテアリアの何なんだとテレナは息を吐いた。

 

「それと、ファーネスタ様から伝言よ。王子を動かしてくれてありがとう、だって」

 

「それを言っていいのかな……」

 

「ああ、じゃあ私のお世話になってる先輩が何か知らないけどテレナさんにありがとうだって。これならいいでしょ」

 

「はいはい」

 

「……実際、リュクバーンが何をやったのかは聞いた。エネトのやつが全部悪いなら、別に切り捨てても良かったのもわかった」

 

「それなりには聖座も手間を払っているのよ。テワドレーム公爵も握った拳をゆっくりとはいえ開けるぐらいには」

 

「……それで、その公爵からなんだけど」

 

「ん?」

 

「卒業したら、私に女学園で働かないかって声をかけられたの」

 

「統合王国でそんな動きが?」

 

「……ほら、別荘にしている屋敷」

 

「なるほどね」

 

テアリアが直接言える言葉は少ないのだろう、と考えながらテレナは断片から全体の様子を組み上げていた。王室の管理していた地方の屋敷の管理の一部が、取引の過程でテワドレーム公爵に移譲される。

 

一般的に、屋敷というのは金がかかるものだ。庶民からすればその生涯で一度も見ることがないような大金が一調度品で使われることも珍しくない。王室からすれば金銭的支出を抑えられるし、必要な時には使える状態に維持してもらえるということだろう。

 

そしてその屋敷を教育機関へと組み替える、という話をテレナは以前ヨルワから教授室で聞いていた。女子への教育の要求は高まっていたが、それを実現できる機関はほぼなかった。大学は門をまず開かず、修道院には教師がいない。学院のみ、と言っても過言ではない。

 

だから、その動きが本格的になっているということは統合王国が学院から距離を取ろうとしていることにほかならない。もちろん設立の過程では学院を多く模倣することになるだろうが、次第に統合王国の学院派は統合王国独自の教育機関の卒業生によって置き換えられていくだろう。

 

「……そうすると、三陣営の連帯をどう取るかよね。二十年ぐらいは変化にかかるから、その間になにか大きな事が起こるのかもしれないけど」

 

「待ってテレナ、なに考えているの?」

 

「なにって、統合王国内部の勢力変化よ。まだ第一学年の地方派の令嬢を組み込むことまで考えているなら、計画者は数十年先を見ているでしょう?」

 

「そういうものかな……、ただ単に人が足りないからだと思うけど」

 

「人が足りないってことは、きちんと目標があるということよ。別に仕事には字数制限や枚数制限が与えられているわけではないし、そもそもやらないことだって選べるんだから」

 

「そっか……」

 

どうしても届きそうにないなという悔しさと、それでも私のほうがシェプルスキアとはいっぱい追棋(アファト)をしているのだという子供らしい意地を自覚しつつ、テアリアは曖昧に頷いた。

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