角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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暗闇に紛れて足音は響く 7

「結婚は家に女性をいれるだけではなく、二つの家の関係を強めるのはいい?」

 

テレナは何冊かの本を持って歩きながら言う。図書室からの持ち出しを特別に許可された貴族年鑑の要録だ。

 

「うん」

 

「でも、どの二つの家でもいいというわけでもない。結婚に適した年齢で独身の人物がいないといけないから」

 

「……結構広くない?」

 

「まあ、妻が亡きあと若い二人目を迎えるとかあるけれどもね。それでも基本は若者同士。色々と理由は挙げられるけど」

 

そう言うテレナにシェプルスキアは頷いた。

 

「さて、統合王国で最も注目を集めている家は?」

 

「……王室じゃないの?」

 

「そう。逆に言えば、子供を王子の世代で産めればいいことが多い」

 

「……王子の妻になれるような家の格とかってないの?」

 

「よく理解しているわね、シェプ」

 

テレナは少し嬉しそうに言った。

 

「でも、多少の格を超えた婚姻が許されることもあるのよ。特に人が余っている場合には」

 

「どういうこと?」

 

「家にとって男児と女児どちらが望まれているかは場合によって異なるけど、そもそも産まないといけない。そうすると家の格に見合った相手が見つからない場合があるのよね。でも、少し妥協すれば悪くない貴族のところに嫁げるか、嫁がせることができるとしたら?」

 

「……ああ、下のほうの貴族からすれば上がれる機会になるのか」

 

「だからこの世代は全体的に人が多くなるのよ」

 

そう言って、テレナは厳重な扉の前に立った。

 

「失礼します」

 

「ようこそ、テレナ嬢、シェプルスキア嬢」

 

そこで待っていたのは教授であるヨルワだった。学院の卒業生の名簿の守護者にするには、いささか偏った人物だなというのがテレナの印象だった。

 

彼女は明確に統合王国に繋がりのある人物である。本来であれば、この手の文書は学院自体に忠誠を持つ人物によって守られるべきだ。とはいえ、そのような人材がいないのが事実であった。

 

学院は常に最先端の知識を必要とするし、多くの派閥が学院に教授や講師を派遣したがる。もちろんリュクバーンのように枢要僧自らが教壇に立つことは稀であるが、それでも経験豊富な貴族が教えることはヨルワ教授の例を含めて決して珍しいものではなかったし、それが学院の価値を作っていた。

 

「例のものは?」

 

「用意してあるわ。汚さないようにね?」

 

「もちろんです」

 

テレナはヨルワにそう言って、丁寧に机の上に置かれた鍵付きの木箱を開けた。既にヨルワ教授によって鍵は開けられていたが、逆に言えばヨルワ教授はこの名簿を誰かに渡したり、あるいは改竄できる立場にあるということだ。

 

「これが?」

 

箱の中身を見たシェプルスキアは、その簡素さに驚いた。確かに製本はされているが、図書室にあるような本と違って飾りがない。テレナが持ってきていた貴族年鑑と比べれば、その差ははっきりとしていた。

 

「そう。北側世界を陰から支配する悪党たちの名簿よ」

 

「テレナ、言い方」

 

「大丈夫よ、概ねまちがっていないもの」

 

そう言ってヨルワ教授は笑う。シェプルスキアも笑い返そうとしたが、上手く口角が上がらなかった。

 

「それにしてもかなり詳しいですね、年鑑は不要だったかもしれません」

 

「だから学生にはまず見せないのよ」

 

ヨルワはそう言いながら、テレナの手でめくられる紙を見ていた。読みやすい文字で誕生年、出身地、入学年、卒業年、完全な名前、家柄、そして推薦者などが書かれていた。これだけあれば、テレナほどの知識があればその人物についてかなりの情報を得ることができる。

 

「第三王子の三つ上の世代あたりを見てみましょう。その頃にはもう徐々に統合王国の関係者がいるはず」

 

そう言って、テレナは名簿を丁寧に見ていった。

 

「ほら、例えばこの年に公爵家の娘が来ている。第三王子の二つ上だけど、確か第一王子の妃候補の一人だっけ?」

 

「結局そうはならなかったけれどもね」

 

ヨルワは呟くように言った。彼女が邸宅社交界を通して統合王国という舞台の役者を演じていた時期だ。あの時の荘厳で派手な衣装と道具は今はないが、それでも力という点では学院という場所は劣るものではない。

 

刃を打ち合わせる剣舞のようなものだ、というのがヨルワの印象だった。一つ間違えれば死に至る武器が、そのまま置かれている。華美なものではなく、機能がそこにはある。もちろん、そこでの舞は見事なものだが、それは役者の鍛えた身体から出るものだ。

 

「こういうふうに見れば、今では重要になった人物も多いのよ。さすがにここの連絡先からは変わっていることもあるだろうけど、手紙の内容によっては今の場所に転送してくれることもあるだろうし」

 

「すごい……」

 

シェプルスキアはそこにある知らない肩書を見ながら、彼らが自分の先人なのだと理解した。学院に来るということは、これだけの人物と繋がりを持つことを意味するのだ。テレナが今まで言っていたことが、ようやく理解できたような気がした。

 

「もし見たければ、シェプルスキアの知っている名前もあるはずよ」

 

「そうかな」

 

「女総権者って、いま何歳でしたっけ」

 

「二十五年ほど前に卒業したはずよ」

 

「なるほど」

 

テレナが紙をまとめてめくっていく。そう時間もかからず、目的のものは見つかった。

 

「ほら、これ。……でも、ここから彼女のことを読み取るのは難しいわね」

 

テレナが言うように、そこにあったのは騎士団領の名家の娘であった。卒業後の進路についても、騎士団領に戻るとしか書かれていない。

 

ただ、このような書かれ方は大抵の場合はその後の結婚に相応しい時が来るまでの待機というのが普通であった。場合によっては配偶者が名簿に記載されることもあるが、彼女の場合はそうではなかったようだ。

 

後に彼女は初代総権者の息子に嫁ぎ、彼は血まみれの継承によって玉座を手にする。とはいえ、それも長い期間ではなかった。そして、今の女総権者が台頭することになる。

 

「それで、テレナ嬢は見たいものは見れましたか?」

 

「ええ、改めて誰が学院の卒業生かを確認できました」

 

「なら、この名簿を見せた価値はあったわね」

 

学院の教授であるヨルワにとって、自分にも開けることのできる箱に入った名簿というのは大きな武器であった。とはいえ、これは誰かに見せることで初めて意味を持つ。

 

例えばテレナは、今後有力人物に学院の後進として自信を持って教えを請うことができる。あるいは、ある人物と学院でのつながりがあった可能性のある人を探し出すこともできる。シェプルスキアの教育のためという名目で閲覧許可が降りた名簿は、北側世界の概略図でもあった。

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