角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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暗闇に紛れて足音は響く 8

黒く染めた羊毛の外套を着て、テレナとシェプルスキアは学院の城塞趾の屋上に来ていた。打ち下ろすように設置された目標からは離れて何人かの学生と教職員が立ち入りを規制していた。

 

決して安くはない火薬と実弾を使った演習、それも条件は悪い方に揃っていた。立ち込める霧のせいで、本来なら火薬はあまりいい状態にはならないはずだ。

 

目標になっていたのは、鎧代わりに鍋を胸に相当する場所に持たされた木の板だった。距離はテレナの足で二百歩、十分な威力を弾丸が持つ距離である。なお、この鍋は食堂の調理場から壊れたものを拝借してきたものである。

 

「シェプ、ヴィンサートが合図の旗を上げた。準備はできた?」

 

「今から」

 

銃を構えるシェプルスキアと隣の望遠鏡を覗くテレナはうつ伏せの状態だった。屋上という場所もあって、まず下からは気がつかれないような状態だ。この姿勢はシェプルスキアが一番銃で狙うのに気に入っているものだったが、一発しか撃てないという問題があった。

 

シェプルスキアの細くて長い指が器用に引き金のまわりにある用心金を回す。ねじ仕掛けが下がり、銃身の末端が顔をのぞかせる。手早く弾丸と火薬を詰め込んで用心金を戻し、火薬を払うように覆いを挙げた火皿に落とした。

 

呼吸をする。あとは狙うだけだ。専用の照準合わせのための金具が重なるように調整しながら、シェプルスキアは目標を見た。

 

「周囲に人は?」

 

「いない」

 

「撃つよ」

 

シェプルスキアがそう言うと、テレナは手元の紐を引いた。屋上から外側に吊り下げられている旗が動いて、狙撃の準備が始まったことを知らせるのだ。

 

一発目の銃声が響く。銃の先端と点火装置からは白い煙が吹き出す。それが晴れるより先に、シェプルスキアの手が動いていた。

 

捻る。弾丸を込める。火薬を金属の容器から注ぐように入れる。逆向きに捻って止める。もう一回狙いを定める。

 

「さっきは少し下にあたっていた。板にできた穴は見える?」

 

「うん、打ち下ろす経験はないから分かる場所で助かった」

 

そう言って、また引き金が絞られる。強い風は既に煙を吹き飛ばしていて、鍋に穴が開く。少し遅れて、金属音が響いた。

 

「もう三発、行ける?」

 

「問題ない」

 

流れるような作業が続き、合計で五回の音が響いた。その間、ずっとシェプルスキアとテレナはうつ伏せのままである。

 

もう間もなく第二学年になる、屋上にいる二人の同級生であるヤトンはその様子をヴィンサートのそばで見ていた。彼の父にとってヴィンサート大将は恐るべき教官であり、その繋がりから人手が必要な今回の実験に呼ばれたのである。なお、報酬は特になかった。とはいえ、暇であったのでヤトンにとっては好都合だった。

 

「ふむ、こんなものか」

 

旗が回収されて屋上の二人が見えなくなったのを確認してから、ヴィンサートは目標になっていた板に近づいた。五発のうち最初の一発が外れ、残りの四発のうち一発は鍋をかすめるように傷を残すだけだった。しかし、鍋にはしっかりと三つの穴が空いていた。

 

大きさからすれば、頭か胸を貫くことには相当しているだろう。致命傷だ。

 

「……これは、すごいものなのでは?」

 

ヤトンは的の様子を見ていったが、ヴィンサートは首を振った。

 

「このような場所でなければ使えん銃だ。せめてこのぐらいはやってもらわなければ困る」

 

この精度も、ヴィンサートにとっては前提に過ぎなかった。かつて東側に名を轟かせた傭兵団の突撃部隊の隊長が軽い訓練の後に用いてこれである。天候の悪さすら、あまり太陽に愛された戦場を通ってこなかった彼にとっては普通のことであった。

 

「慣れた指揮官なら狙われているとわかればすぐに逃げる。シェプルスキアとて、動いている目標を狙うのは一気に難易度が高くなるだろう」

 

「使えないというのは、どういう意味ですか?」

 

「そろそろ来る射手に聞きたまえ」

 

そうヴィンサートが言う頃に、銃を持ったシェプルスキアとテレナが少し駆け足でやってきていた。

 

「……シェプルスキア嬢、その銃を見せてもらっても」

 

「はい」

 

そう言って渡された銃を見て、ヤトンはかなり精巧だなという印象を受けた。

 

「掃除なしなら途中で弾丸変えたほうがいいと思います。詰まった感じがしました」

 

「やはりそうか、さすがに清掃はうつ伏せのままでは無理か?」

 

「そうですね」

 

「……うつ伏せのまま、連続であの速度で撃てるわけですよね?」

 

ヴィンサートとシェプルスキアの会話を遮るように、ヤトンは口を開いた。

 

「別に何丁か銃を用意しておけば同じことはできるよ」

 

「立ち上がって装填の必要がないのは利点だがな、そのための機構が脆弱だ」

 

「あたしの連隊には渡さないほうがいいですね、すぐに壊します」

 

「君のところでもなくとも、だ。卵のように丁寧に扱う必要があるものは、戦場には向かん」

 

シェプルスキアとヴィンサートの会話は、明確にこの銃を使う場所を想定しているものだった。学院の防衛戦。その意味は、ヤトンにもおぼろげながら理解できた。

 

「で、この銃自体は例えばヤトン君に渡したらすぐに使えるものなのでしょうか?」

 

隣に立っていたテレナが言う。ヤトンは少し考えて、軽く首を振った。

 

「あたしはすぐ使えたのに」

 

「……シェプルスキア嬢。あなたを基準にしないでもらいたい」

 

ヤトンとて、将来的には士官となることが決まっていた。そして自分の先にいる士官である父が、ヴィンサートやシェプルスキアを超えられない人物であることを理解していた。

 

「やっぱり、ヤトン君から考えてもシェプルスキアって特異?」

 

「学院に来た時にあのイヴェリャン団の人だと知って驚いたぐらいだ」

 

「それは私も。指導役をやることになってもっと驚いたけれどもね」

 

「……まあ、テレナ嬢はそれに相応しいだけの力があるからな」

 

テレナはヤトンの言葉に首をかしげた。とはいえ、ヤトンからすれば噂で聞くだけでもテレナも大概な人物であった。普通は第一学年が学院有数の打ち手になることはないのである。そしてヤトンがそれを知っているのはたまたま同学年で距離が近かったからであって、多くの学生がそれに気がついていないこともわかっていた。

 

戦場において最も恐るべきは、見えない部隊である。相手の数が少ない時は伏兵を疑うべきだが、そもそも存在を察知されていない相手がいた時、指揮は混乱し、ちょっとした優位はすぐにひっくり返りうる。

 

少なくとも学院にいる間はテレナとシェプルスキアが敵に回さないように振る舞わなければな、とヤトンは思いつつ手に持った銃の重さを感じていた。

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