角灯の下で乙女らは学ぶ   作:小沼高希

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暗闇に紛れて足音は響く 9

学院の学生はおよそ半分になった。第四学年が抜け、そしてそれ以外にも学院を離れている学生がいるせいである。そして残った学生たちは、新しい学年に向けた準備をしていた。

 

「ネア先輩の行く上級生の寮ってどういうものなんですか?」

 

間もなく第二学年になろうとするテレナは、間もなく第三学年になるネアと陣棋(シャセ)を打っていた。この談話室をネアが使えるのもあと数日である。寮には入寮者以外の入室が原則禁じられていたため、既に荷物を移し終えたネアにとっては名残惜しさが少しだけあった。

 

「別にそうかわりはないわよ」

 

「一応憧れではあるんですけどね、第一学年にとっては」

 

「過度な期待は身を滅ぼすわよ」

 

「はぁい」

 

あくまで私的な時間の暇つぶしとして、二人は早指しをしていた。長期的な戦略を持たず、その場その場で勘に従って進めていく。二人とも深い思考を得意とする方であったため、このようなやり方だと大抵は盤面が酷いことになるのだがあくまで会話の裏で行うものであった。

 

「新しい学生に、テレナ嬢ほどの人は来るかしら」

 

「どうでしょうね、ネア先輩の代にはいました?」

 

テレナに聞かれて、ネアは首を振った。もちろん、成績や学問への理解という点でネアの上を行く人はいた。しかし、ネアの視点をすぐに共有できるような人物はいなかった。第三学年はファーネスタ閥などという面倒な集団がいる以上、可愛い後輩を構いたくなるのも仕方がないとネアは自分の行動を正当化していた。

 

「面白くないのよ、どいつもこいつも」

 

「そう言うなら、私の代は豊作でしたね」

 

「シェプルスキアさん以外にも?」

 

「ええ、面白いところではテアリアさんとか。ご存知ですか?」

 

「ナイフを突き立てられた子でしょう?」

 

「毎回訂正しているんですが、シェプルスキアがやったのはナイフの柄を喉に当てることですからね?シェプルスキア曰く明確な警告で、教育に過ぎないとのことです」

 

「甘いわね、シェプルスキアさんも」

 

そこで甘いという言葉が出てくるあたり、この人は普通ではないなとテレナは考えながら兵の駒を雑に動かして、すぐに槌に取られた。失敗したと思う間もなく、次の駒を打っていく。

 

「おや。商人からするとそうなるのですか」

 

「見せしめにするべきだったのよ、その時に」

 

「ああ、個人的なものではなく、ですか」

 

シェプルスキアはあくまでテアリアからのその侮辱を自分と彼女だけの問題にした。それは余裕でもあったし、テアリアを大人として認めていなかったということでもある。

 

しかし、その発言は公に行われた。シェプルスキアの名誉が傷つけられたわけである。当時のシェプルスキアにとってその程度でつけられた名誉への傷は気にするべきことではなかったし、相手の発言がなにか大きな意味を持つほどのものではないと読み取れることもできた。

 

「で、そのテアリア嬢がどうしたの?」

 

「今ではシェプルスキアの親友ですよ。あれでもきちんと貴族として教育を受けている、私以上に統合王国流のやり方には詳しいわけですから」

 

他人を変えることを考えてこなかったな、とネアは少し悔しく思っていた。自分がそれができたかは別として、挑まなかったことは事実だ。相手に合わせた交渉を前提としすぎて、相手を動かすことを怠っていたのかもしれないと考えられる程度にはネアは柔軟だった。

 

「テレナさんは教本を読んだだけだものね」

 

「実践している人は、やはり有能ですよ」

 

盤上では大駒である将が討たれ、弓が僧を狙う。ネアの馬がテレナの帝を狙ったかと思えば、その馬を取ると同時にテレナはネアに帝と僧の選択を迫った。

 

「で、結局のところ私達は平穏な学院での生活を手に入れられそう?」

 

「何もなければ、ですが」

 

「なにかがありそうな口ぶりね」

 

ネアの言葉に、テレナは少しだけ周囲を見渡して声を潜めた。

 

「何も起こらないようにそれぞれの勢力が動くせいで、逆に何かが起きてしまうということがありうるのですよ」

 

「なるほど」

 

そう返すネアは、自分の盤面が詰みになっている事に気がついた。とはいえ、それをテレナが気がついているかどうかは別だった。

 

「ネア先輩の方では、面白い話はありませんか」

 

「父とはちょっとした手紙のやりとり程度しかしていないわ。春と夏の間は商会の人とも会うことがなかったし」

 

平然とネアは駒を進める。そしてテレナが最善ではない手を指し、ネアは窮地を抜け出せた。しかし、それを悟らせないだけの軽い笑顔を浮かべて手を動かす。

 

「なら、大丈夫そうですね」

 

「新大陸への投資を進めるという話もあったけど、そのあたりはよくわからない。まあどこか国が一つ消えた程度では、ティツン商会は滅びないわよ」

 

それは強がりではなかった。ティツン商会の紋章が入った船、畑、工房、販売店は極東方から新大陸まであらゆる場所に存在した。もちろん、ティツン商会以上の拡大をしている組織もいくつかあり、国家による植民地に比べればティツン商会は緩やかなものだったが、それでも純粋な販路という点においてはティツン商会は世界最大と言っても良いほどであった。

 

文明的な人間の求める服の素材をほぼ支配しているティツン商会は、ある意味では食料生産と同等のものを握っていると言えた。何より、繊維は腐らないのである。

 

「そう考えると私の立場なんかは不安定ですね」

 

「安定した立場なんてないわよ。特に今は」

 

ネアはそう言いながら、テレナから奪った駒を手の中で回した。

 

「新大陸事業の企業が消えた話もありましたけどね」

 

「ティツン商会はあれで結構痛手を負ったのよ、先々代がその後始末を任せられたわけだけど」

 

「ネア先輩の義理の祖父、でしたっけ」

 

「ええ。私の父は彼の養子で、母は北の方の貴族だから私とは血はつながっていないけどいい人よ、ちょっと自慢話が長いけど」

 

「そういうものですよ。っと、私の負けですか?」

 

「……そうね」

 

ネアはテレナを詰ませていたことに遅れて気がついた。もちろん、ここでの勝敗は特に意味のないものだ。あくまで遊びである。テレナとてもし金が賭けられているのならもっと集中したのだろうが、秋の授業が始まるまでの暇な数日を潰すのであればそんなに気を張っていては疲れてしまう。

 

「もう一局、しますか?」

 

「やめとくわ。これ、かなり疲れるもの」

 

「そうですか」

 

ちょっと悲しそうなテレナを見て、案外この後輩にも弱点はあるのだなとネアは考えていた。

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