ウルトラマンティガ THE SECOND   作:ヤステル

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遅くなって本当にすみませんでしたああああああああああああああああああああああ!



学業復帰してから全く時間がなかったんです!まさか全部レポートからなんやらで時間とられるなんて思わなかったんです!
そして、まさか、こんなに長くなるなんて思ってもみなかったんです!まさか前回の二倍の長さになるなんて思ってもみなかったんです!本当にすいませんでした!

毎度の如く、作中の科学的言論は無理矢理ですので、辻褄が合わないと思いますが、笑ってスルーしてください。


第4話 知の探究者―The Darkness―
其の1


   *

 

 数人の男たちがいた。

 見ただけで四人。

 それぞれが、それぞれの職務を持ち、表から見れば真面目に仕事をしている。実績もあり、それぞれの地位も高い。

 だが、彼らには裏がある。

 一年と数か月前に発動したFO計画の中心となる人物たち――それが彼らなのだ。

 定期的に彼らは、それぞれの結果を報告する。

 仮に彼らをA、B、C、Dとしよう。

 周辺からは、昔馴染みの間柄の些細な会話だとしか思わないだろう。そのため、自分たちを疑う者は誰一人としていない。

 今までが順調に事が進んでいた。

 だが――。

 ここに来て一つ、懸念すべき点があった。

 計画の核になる存在の正体――それが一体誰なのか、それを知ることが出来ずにいた。

「さて、今回もこれで報告を終わるとするが……」

 Bが言う。狡猾な声だ。

「皆も分かっていると思うが、計画の序盤だというのに進行に支障をきたしてしまっている。誰か説明できる者はいないのか?」

 Bの言葉に、誰も手を上げる者はいない。他の三人には分からないのだ。だから、どう答えろ、と言われても答えようがない。

「光の巨人が現れてから二か月弱。それこそ光の巨人が現れたのは数回と少ないが、しかし、どうしてだろうか」

 Aが言う。

「何故、巨人に変身している人間が我々には認知出来ないのか」

 と、CがAの言葉に続けて言った。

「少し前に、S‐GUTSがC県の怪獣騒動を解決した際も、短時間ながら、光の巨人が現れたと報告は受けている。その際に正体は掴めていないのか?」

 BがDに聞いた。

「私の部下を十数名、現場の本部に潜り込ませ、光の巨人の正体を探りましたが、一向に正体を掴めなかったようで……」

「何故だ……どうしてこうなった」

 Aが呟く。

「先のマドカ・ダイゴ、アスカ・シンの時は、簡単に正体を見破れたというのに、何故今回に限って誰も正体を見破れないのか」

 Aは肩を落とす。

「ウルトラマンは人であることを証明出来た。そして、今、ここで正体を見破れなければ今後の計画において、どれだけ人類に損害が起こるか分かったものじゃない」

「巨人となった者の正体を探るために、多くの人々の因果律を操作したというのに、成果が上がらないとは、これは無駄骨ですな」

 と、Cが溜息を吐きながら言った。

 多くのものを犠牲にして発動された計画が、こうも簡単に障害に行き当たるとは、AもCもDも予想だにしていなかったのだ。

 だが、Bだけは狼狽えない。

「まだ終わったわけではないだろう?」

 Bは三人に言う。

「これだけ監視の目を光らせているというのに、正体を暴けないというのは、我々の監視の目の外にその者がいるということにはならないのか?」

「外……つまり、一般市民に紛れ込んでいるということか?」

 と、Aが尋ねる。

「可能性としてはあり得るかもしれませんな。光の巨人が現れてから幾度もコスモネットを通じての光の巨人の目撃情報を探らせてみたものの、どれも噂話程度で信憑性は皆無だ」

「おまけに、アカシックレコードを、検索を入れても該当する人物は思い当たらない」

 と、DとCがそれぞれ言った。

「アカシックレコードに記載されていない記録……となると、やはり、ブラックボックスに入れたと考えるべきか……」

 と、Bが言った。

「だが、現在存在しているブラックボックスは、マドカ・ダイゴが光の巨人であったという情報だけだ。そのほかは我々が管理している計画の内容を記した書類があるだけで、それ以外は私の権限で閲覧しても何も無かったぞ」

 と、Aが言った。

「マドカ・ダイゴの家系はどうだ? 光であり人であった彼の家族も、その系譜に連なるのではないのか?」

 と、Cが聞いた。

 確かに可能性が無いわけではない――そう、数か月前までは。

「駄目ですな。マドカ・ダイゴはもう光にはなれないことはもう調査済みです。彼の妻はただの人間であることは分かっている」

 Dは、部下に調査させて纏めさせた書類に目を通しながら言った。

「確か、彼には娘と息子がいましたが……これもあり得ないでしょう」

 Dの言葉に三人が、だろうな、と納得する。

「マドカ・ヒカリは……確か訓練学校の生徒だったか。彼女は光の意志は確かにあるものの、それは普通の人間より少し大きいくらいだ。光の巨人になれる素質ではない」

 Aの言葉にDが続く。

「それに、戦闘方法が違います。訓練学校での実戦訓練の映像とティガの戦闘の動きを比較しましたが、明らかに違いました。ティガの動きは、どこかたどたどしいが、動きは女性ではなく、男性の動きでした」

「ふむ……なら、消去法で絞るなら、必然的にマドカ・ツバサが残るわけだが……」

 Aが言うと、Bが首を横に振る。

「マドカ・ツバサは二か月前にメルバの襲撃で命を落としている」

「アカシックレコードに記載された通りか……」

「それに宇宙空間に漂っていた、シャトルの乗員のDNAを全て採取させたが、その中に間違いなくマドカ・ツバサのDNAが発見されている」

「打つ手なしか……」

 Aが首を傾げる。

「やはり、マサキ・ケイゴと同じように、光の遺伝子を持った第三者の可能性が高いようですな」

 と、Dが予想すると、

「そうかもしれないな……」

 と、Bが答えた。

「C県の怪獣騒動にいち早く現れたことを考えると、もしかしたらあの周辺に住む人間かもしれません」

 Dの予想にAが反論した。

「光の巨人に変身すれば、どこからでも一瞬で辿りつけるだろう。あまりに根拠のない話だ」

 だが、Dも負けじと自分の仮説を伝えた。

「しかしですね、『地霊神と地霊魔』は、表面が岩石とはいえ、内部は溶岩です。ティガの握力をもってすれば表面は軽く壊れ、中の溶岩が漏れます」

 しかし、とDは続けて言う。

「ティガは、それらも把握していた。力をコントロールして、表面を傷つけずにいた。尚且つ、ティガは、怪獣の正体からその対処法まで詳しく把握していました」

 ふむ、とAとCが興味深く聞く。

「そう考えると、確かにあの周辺に住んでいる人以外でもあり得ることですが、もしかしたら、巨人に変身している者は学者かもしくはそれ寄りの男ではないか、と予想できます」

「なるほど。昨今の戦いにおいて、ティガは学者が研究しているほどの知識を用いて怪獣の正体や仕組みを分析したことを考えれば、そういう予想がつくということだな」

 Aがそう言うと、Dは頷いた。

 なるほど、中々いい読みだ。若いながらに中々優秀な考察力と判断力を持っているようだ、とAは内心感心する。

「中々いい予想だな。やはりお前は優秀だな」

 Cがそう言うと、Dが頭を下げる。

「怪獣騒動を引き起こすよう因果律を変えてくれと言われた時は、何をトチ狂ったのか、と思ったが、これほどまでの情報を集めてくるためだとは。『地霊神と地霊魔』を地上に呼び起こした甲斐があった」

「有難うございます」

 CとDが笑う。

「お前の主には、気づかれていないだろうな」

 BがCに聞く。

「大丈夫だ。こちらとあちらの仕事は全て問題ない。あなたのおかげで気づかれることなく事が進めている」

 と、Cは得意げに言った。

 ……中々おめでたい奴だ。見ていてイライラする、とBは思った。

「では、進めても大丈夫でしょうか?」

 と、Dが聞く。

「……いいだろう。お前がそう思うのなら、思うがままに調べてみろ。たとえ失敗したとしても、計画には差し支えはない」

 Bの言葉にDは安心したように、はい、と答える。

「何なら、私の部下を使っても構わない。時と場合によっては、S‐GUTSなどの特殊チームを利用しても構わない」

「はい、必ず成果を上げて見せます」

 Dの宣誓と共に、今回の定期報告会は終了した。

 

 一人、自らのデスクに戻ってきたBは、椅子に座って呟いた。

「Dはしばらく自由にさせておくとして……しかし、いい意味で予想を裏切ってくれた」

 Bは言う。

「まさか半分正解してくるとは思わなかったな……」

 BはPCのHDに保存されているブラックボックスからFO計画の書類を表示させた。

 数か月前と何も記載は変わっていない。これから新たに様々な記述が増えていくわけだが、それらはどうでもいい情報だ。

 Bは、それを見ながらにやりと口元を歪ませた。

「ユザレめ……やはりこちらの動きを察知しているか……」

 あの女の仕業なら、今までのことも納得がいく。

 自分たちが光の巨人の正体を知ることが出来ないのも、様々な方法を使っても情報を探り当てられないのも。

 ――全てユザレが仕組んだことだと考えれば全て納得がいく。

 巨人の正体は、今後の人類の未来において最も重要な情報であり、鍵だ。それを恐らく、ユザレが予言している「その時」まで隠し通したいという魂胆なのだろう。

「まあ、別にそれでも構わないがな……」

 正体を知ることが出来ないということは、計画の中に織り込み済みだ。正体を知ることが出来なくても、因果律は変わらない。Dが因果律を操作しても、これから来る宿命は決して変わることはない。

 どんな選択肢があっても、最後に行きつくのは一つの同じ答えだ。

 それに――。

「敵はもう、前回、前々回の時よりも凶悪で狡猾だ。そして、それに比例するように、人類もまた内に秘める闇の部分を解放し、お前を闇へ蝕んでいく」

 そして、とBは続ける。

「光の巨人は自ら、私の巣に飛び込んでくる……それまで迫りくる脅威と、人間の無意識の闇に耐えられるかどうか……私に見せてみろ、ウルトラマンティガ」

 Bは高らかに笑った。

 

   1.

 

 マドカ・ツバサとイチカ・マリナの乗ったガッツイーグルα号がメトロポリス上空にたどり着いたのは、昼頃を少し過ぎてからの事だった。

 α号は、メトロポリスの上空を旋回しながら飛行している。

 高度は雲より下――高度千メートルといったところか。

 下からメトロポリスを行き交う人々がよく見えた。やはり昼頃――昼食時だからだろうか、人の歩みが少しばかり速い。お目当ての昼食にありつけるか、周りの他人と無意識に対決している所為だろう。

 ツバサはそんなことを思いながら、予定のポイントに向かって進む。

 メトロポリスの丁度中心に位置する場所で、α号は静止した。

 ツバサは通信機を取る。

「こちらα号。本部応答願います」

『こちら本部』

 シンイチの声だ。本部にはフドウとシンイチ――隊長副隊長が司令室に待機していた。

 通信は良好だ。やはり、妨害がないと通常の通信でもよく繋がる――まあ、当然だろうが。

「これより、α号と司令室の間による新しい通信システム――システムν(ニュー)のテストを開始します」

『了解した』

「通信終了後に、α号を中心とした半径二十メートルに妨害電波を放出します。周辺に航空機の航行はなし。いつでも行けます」

『分かった。こちらもシステムν(ニュー)に切り替える。さて、お前の開発の成果がここで知られることになるわけだが……準備はどうだ?』

 フドウが聞いてきた。

「準備は完了していますよ。ただ、まあ緊張はしてますけど」

『だろうな』

 フドウは笑った。

 ツバサは実験前に自室内でテストを行い、成功しているが、だがやはり不安はあった。

 事前の成功など、本番では何の意味もない。事前に成功していた、という結果があるだけで、それが信頼を勝ち得るということには繋がらない。

 だから、事前の成功ほど不安なものはないのだ。出来ることなら、事前のが失敗していれば、本番も先延ばし出来るのに、というのがツバサの気持ちだった。

 だが、これは重要なテストだ。

 今まで頑張ってきた成果がここで試されるのだから、自分の為にも是非とも成功させたい。

 無駄に深呼吸をして、自分を落ち着かせる。

 そして、通信を切って、予め仕込んでおいた、電波妨害の波長を流した。

 試しに通信を使ってみる――だが、ノイズが流れるだけで向こうの声は一切聞こえなかった。

 そして、新システムの通信機を使う。簡単な改造を戦闘機及び、W.I.T.に施されており、スイッチ一つで簡単に切り替えられるようになっている。

 ツバサはスイッチを新システムの方に切り替えた。

「本部、本部。応答願います」

 ツバサは意を決して呼びかける。あまり必要のない鬼気迫る表情がツバサから現れる。地球の危機というわけでもないが、こういう時、無駄に力が入ってしまう。

『……』

 返事がない。もしかしたら、失敗したのか? とツバサは焦り始めた。

 いや、待て。通信が失敗したとしたら、ノイズが入っていたり、『CONNECTION ERROR!』 と表示されたりするはずだ。なのに、それらが無いということは、まさか新手の誤作動なのだろうか!?

 だが、それもすぐに間違いだと気づいた。

 突然、通信の向こうから笑い声が響いてきたのだ。

『はっはっは! こちら本部だ! ツバサ、通信は大成功だぞ!』

 フドウが笑いながら答えると、ツバサは胸を撫で下ろした。

『多分、気づいていると思うが、この声は、お前が質問した後すぐに送っている』

 シンイチが間に入って言った。わざとらしい棒読みだ。

「嘘はやめてくださいよ。声が遅れてくる仕様なんて大迷惑すぎますって……」

 ツバサが、呆れたように言うと、フドウは笑いながら謝った。

『いやあ、すまんすまん。少しはこういうどっきりも必要だと思ってな』

「いりませんって……」

 はあ、とツバサは座席にもたれかかる。フドウはユーモアある人だが、こういう瞬間的に冗談をやられると、どうにも調子が狂ってしまう。まあ、緊張は解けたからいいのだが。

 ツバサは、後部に座っているマリナに顔を向けた。

「マリナ隊員。こっちは完了したから、そっちのW.I.T.で通信出来るか試してくれ」

 後部座席に座っているマリナは、少しばかり不機嫌だった。

「了解したわ。っていうか、あんたのW.I.T.はやらなくていいわけ?」

「僕のは、前回の騒動で既にテスト済みだから」

 あっそ、とマリナは、ぶっきらぼうに自分のW.I.T.から本部に通信を入れた。

「……はい、通信良好です。……ってそんな冗はいりませんから! ……もう……はい、了解。これより帰投します」

 またマリナにくだらない冗談を言ったに違いない。ツバサは気づかれないように微笑した。

「全く……揃いもそろって冗談を言うんだから……本当に隊長副隊長なのかしら」

 マリナは、どっと疲れた表情になって言った。

「まあ、仕方ないんじゃない。ああ見えて優秀じゃないか」

「でもねえ……」

「それにヒビキ総監やアスカ・シンの系譜だと考えれば……」

「ああ、なるほど。それなら納得したわ。……っていうか……」

 マリナは、普通に会話するツバサに向かって一言。

「あんた、本気でため口であたしと会話するのやめない?」

 マリナの言葉に、なんで? とツバサは聞いた。

「いや、もう再三再四言うけどさ……先輩後輩としてのモラルがあるから……」

 また、その話か。もう耳に胼胝が出来るくらい聞いた。

 ここ数日で、マリナはツバサがため口で会話してくる度にそれを言う。ツバサも繰り返し、罰ですよ、と言うが、それとこれとは話が違う! と強引に押し通そうとするのだ。

 だから、ここは第三者の許可も得てマリナを黙らせようと考えたのだ。

 それが、

「隊長の命令を無視したことに関しては、何のお咎めもないだなんて……上司部下のモラルがなってないんじゃないですか?」

 で、あった。

 フドウの目の前でそう言った所、フドウは、笑って、そうだな! それに関して罰を与えないとな、と言った。

 そして、その罰が、ツバサがため口で話すということになったのだ。

 マリナは、ぐぬぬ……と口を噤んだ。これで完璧にマリナを黙らせることが出来るなんて、得した気分だ。恐らく、しばらくしたらまた別の事で押し通そうとするだろうから、その時も上司を交えて色々いじることが出来そうだ、とツバサは内心ほくそ笑んでいた。

「ま……まあ、隊長の命令でもあるし、あんたの不躾な態度には目をつぶるわ。だけど、調子に乗らないでよね。誰が何を言おうと、あたしが先輩なんだから」

 ツバサは、分かってる、と適当に返事をした。

 それじゃ、帰投しよう、とツバサが再び操縦桿を握った時だった。

 α号が、何かをサーチしていた。

 ツバサはすぐにそれに気づく。そして、正面の窓にそのサーチしたものを表示させた。

 コックピットの窓は、α号を管理するシステムと繋がっている。そのため、レーダーや航空システムなど、操作できるものを全て窓に表示させ、指でタップして操作することが出来る最新鋭のものだ。

 表示されたのは、メトロポリスの交差点の一角だった。

 交差点は、昼頃ということもあって多くの人々でごった返していた。東へ、西へ、北へ、南へ、とそれぞれが違う方向に進んでいるだけに誰も接触せず、流れるように歩み続けていた。

 だが、その中に一人だけ――。

 こちらを――α号を直視する男の姿があった。

 行き交う人々の中にただ一人だけ直立不動で空を見上げている男。流れるように進む人々を横目にただ一人立っているのはあまりにも不自然だった。

 行き交う人々も何故、彼に気づかないのだろうか。明らかに行く手を阻んでいる。通行の邪魔であるのは一目瞭然だった。

 男の年齢は三十代くらいか。特に容姿に特徴はないが、ただ一人交差点の中央に立っている姿は遠巻きからでも異質に見える。

 何かおかしい、とツバサは感じた。表示された映像から男だけをピンポイントに拡大した。

 男は、スーツを着ているビジネスマンに逆らうように、今まで見たことのない服を着ていた。

 いや、ローブと言った方がいいか。中にどのような服を着ているかは分からない。フードがついていて、全身が黒に近い茶色のローブを着ている。

 明らかに場違いである。数世紀前の西洋なら分かるが、この二十一世紀にあの姿は時代にそぐわない。

 そんな男が、悪意に満ちた笑顔で交差点の一角で空を見上げている。。その不気味さゆえにツバサは眼を逸らしたくなる衝動を抑えられない。

 ツバサは、マリナにちょっと確認して欲しい、と言ってマリナに映像を送った。

 マリナもその映像を後部座席にあるモニターで確認する。

「何、こいつ? 凄い気持ち悪い……」

 生理的に受け付けられないわ……とマリナは口を手で覆う。

 気持ち悪さは確かにある。だがそれ以上に、ツバサはあの男から得体のしれない何かを感じ取っていた。

 ツバサは男の視線を見つめた。

 空を見つめている……? いや、違う……。

 ツバサは男の瞳孔を観察した。

 瞳は小さく、空を一点に見つめている。特に動いている様子もない。動揺もしていないようだ。ただ一点を集中してみていることがよく分かる。

 だが、ツバサはずっと観察している内にあることが分かってきた。

 拡大した映像を見ながら、ツバサは冷や汗をかいた。

 寒気とは違う何かの感触。汗が額から首に流れる。汗の感触がこれ以上ないほど肌に伝わっているのが分かった。

 あの男……もしかして……、とツバサは呟いた。

 

 空ではなく、このα号を――いや、僕を見つめているのでは……!?

 

 ふと、そんな予感が頭をよぎったのだ。

 ツバサは思わず、映像から目を逸らした。

 いや、まさかそんな……とツバサはその予想を無理矢理振り払う。

 もし、そんなことがあるのだとしたら、それは……その答えは一つしかないではないか。

 ああ、そうだ。あり得ないよ。全てユザレの言う通りにしているんだ。何一つ間違ったことはしていない。うまくやれているはずだ。

 そうだ、きっとそうだ、とツバサは自分に言い聞かせた。

 そして、もう一度ツバサは映像を見ようとした時――。

 ふと、右手の人差し指が、映像の録画ボタンに無意識に触れてしまっていた。

 喋っている――。

 ツバサは、すぐに分かった。

 男が、口を開いて、何かを言っている。

 映像からは音声までは拾えない。音声を拾えるのには、有効範囲があるからだ。

 何を言っているかは、口や舌の動きで判断するしかない。

 ツバサは、何を言っているのか調べようとした。だが、あまりに唐突だった所為か、一瞬一瞬の動きから何を言っているのか予測することが出来ず、殆どを見逃した。

 だが、ある一言だけ――ツバサが理解した開口があった。

「……えっ?」

 ツバサは思わず呟いた。

「何? どうしたの?」

 マリナが聞いてきた。

 そんなまさか……何かの見間違いか……いや、しかし……。

 ツバサの脳裏には、あの男が発したワンフレーズしかなかった。

 それ以外は何を言ったのか分からないが、しかし、そのワンフレーズはツバサの心に大打撃を与えるには充分すぎるほどだった。

「ちょっと……! 聞いてるの?」

 マリナが大声でツバサを呼んだ。

 ツバサはその声でようやく我に返った。

「あ……ああ、ごめん」

「どうしたの? あんた、すごい汗よ」

 えっ? とツバサは呟いて右手で首や額を触った。掌が湿る。ツバサは、掌を見つめた。

 思っていた以上に汗を掻いていたようだ。

 あの男の聞こえていない言葉で、ここまで動揺をきたしてしまった……? まさか、ここまで?

 ツバサは、深呼吸をしてマリナに言う。

「実験が成功したから、あまりに嬉しくてさ……ちょっと我を忘れてたよ……結構日数を要したから、その所為だと思う」

「でも、あんた、あの男を見た途端にそんな顔になってたわよ?」

 誤魔化しにはなっていないようだ。マリナは、ツバサがあの男に対して臆しているのを予測している。

「大したことじゃないよ。ただ、あの人はちょっと……失礼だけど、苦手だなって一目見てそう思ったんだ」

 そう言うと、マリナは納得した。

「まあ、あんたの言うことはあたしも同意かな。あたしも何だか、あの男は嫌いね。何というか、自分に酔っているみたいな感じで気持ち悪いし」

 はあ、とツバサは息を大きく吐いた。

「とにかく、帰ろう。この結果を報告書に纏めないと」

 ツバサがそう言うと、マリナは適当に了解、と言った。

 α号は反転してアンダーグラウンドへ向けて、全速前進した。

 操縦している間、ツバサはまたあの男について考えていた。

 まさか……いや、本当にそうなのか?

 ツバサは、小さく、マリナに気づかれないように呟いた。

「僕は、彼を恐れているのか……」

 戦うことに恐怖感を覚えたことのないツバサの、初めての恐怖だった。

 

「ただいま、戻りました」

 扉が開かれると同時に、ツバサはそう言った。

 ツバサが入ってくると、その後にマリナが続いた。

「おう、お帰り」

 フドウが言った。

 ツバサとマリナは、フドウの返事に会釈し、そのまま真っ直ぐと中央のデスクの椅子に腰かけた。大した実験じゃなかったものの、精神的に大きな重圧の所為で、余計に体がだるかった。

 もちろん、ツバサに関してはそれだけが原因ではなかったが。

「結構疲れているな」

 シンイチが、二人にお茶を差し出した。

「ああ、有難うございます。いや……自分の研究が実用化されるための実験なんて生まれて初めてで……」

 ツバサが気力を振り絞ったかのように言った。シンイチは、まあ、無理もないな、と同情する。

「ふつうそういうのは、大人になってからだもんな。若いうちにそれだけのプレッシャーを受けていたらそりゃそうなる」

 シンイチがそう言うとその後に、マリナが、先走りすぎとも言うかな、とにやけながら皮肉を言った。

 後者がなければシンイチの言葉でどれだけ気が楽になったか、と内心思った。だが、マリナの言葉はもうどうでもよくなっていた。慣れてしまったのだろう。

「しかし、大変なのは実験以上に、周りの説得だったな。かなり手間暇を取ってしまったから、そっちに気疲れしてるんじゃないか」

 ヒロキがデスクに座って言った。

 ツバサは、そうですね、と言ってそのことを思い出す。

 実験は、簡単に出来るものではなかった。特に外部で、大掛かりな実験ほど周辺の理解と実験の手続きを要するからだ。

 空での実験には、各航空会社や領空権を持つ政府との交渉が必要だった。

 最初は、協力してくれるだろう、と持っていたツバサだったが、いとも簡単に断られた。すぐに気を取り直してもう一度コンタクトを取ると、今度は罵声を浴びせられた。

「あんたらの言い分は分かるが、こっちにもこっちの事情があるんだよ! TPCだからと言って、何でも協力すると思うなよ!」

 正確に言えばもっとひどい罵声だが、ツバサの脳内で台詞を変換させなければ聞けないほどのものだった

 交渉事はツバサの十八番でも何でもない。もちろん下手な人は火に油を注ぐような言動を無意識に言ってしまうだろう。

 だが、ツバサは言葉を考えていた。相手の琴線に触れるようなことは何一つ言っていなかった。

 何かがおかしい……ツバサは全ての実験を終えてそう思った。

 政府への手続きは、簡単に取れた。だが、いざ航空会社へ問い合わせを行おうとしたときに、異変は感じていた。

 最初に話した時は温和で口調もしっかりしている男の声が耳に届いた。

 そして、自分の素性を明かし、実験のために領空を貸してもらえるか尋ねた時に男の態度が一変したのだ。

 突然の罵声。

 ツバサは、一方的に電話を切られるまで、一体何が起こっているのか把握できなかった。

 ただ、目を丸くして電話を見つめていた。

 それから、他の航空会社も似たようなものだった。

 罵声は無いものの、強い口調で言う者、TPCに関しての文句でお願いすらさせない者、冷静とした声だが心を突き刺すような言葉を吐く者――全ての会社から断りの言葉が出た時には、ツバサは自分でも気づかない間に涙を流していた。

 今まで体験したことのないことだった。

 罵声がこんなにも胸を締め付けるものだとは思わなかった。怪獣と戦って負けそうになるより、人の言葉で簡単に負けそうになるなんて思いもしなかった。

 マリナの皮肉とはまた一味違う――彼女の言葉はムッとするが、本意で言っているわけじゃない。マリナの言葉は、人を怒らすこともなく、呆れさせることもなく、絶妙に笑わせる方向へ持っていけるものだ。

 だが、これは違う。

 明らかな本意だ。相手がどう思おうと知ったことではない――全てはこちらの都合が重要だ、と言葉だけじゃなく雰囲気からも読み取れるほどだった。

 心が痛んだ。今まで罵声を浴びたことなんて一度もなかった。周りがいい人たちだったからだろう。いつか罵声を浴びることは予期していた。そして、浴びた。そして心が痛いということを体験できた。

 何か思っていたのと違う。

 ツバサは、胸をさする。

 ただ単に罵声を言われて心が痛んだだけではない。何か別の……言葉ではうまく説明出来ないような、変な感覚が胸を襲っている。それが一体何なのかは分からない。

 何かがおかしい、とツバサは思った。

 そう……人の雰囲気が……何か変わったような……丁度、『地霊神と地霊魔』の騒動が終わった直後に……。

 ツバサは、その何かを懸命に考えていた。それを見ていたマリナは、呆れた顔でツバサの背を叩く。

「痛っ!」

 ツバサは我に返って後ろを向く。

「ほら、シャキッとしなさい。また何か考え事していたんでしょ」

 マリナが怪訝な顔をしていた。

 マリナがあんな顔をするなんて思いもしなかった。また皮肉を言うのだと

 ばかり思っていた。

「そうだな。まあ、今回は疲れても仕様がないからな。また何かあったら俺やイルマ参謀や総監を頼っていいんだから」

 フドウが言った。ツバサは、はあ、と言って頷いた。

 そう――結局、航空会社への交渉はフドウにお願いして、イルマとヒビキの二人が直々にお願いすることで何とか了承を得ることが出来たのだ。無論、その際もねちねちと何かを言われたようだが、二人は、何も気にしなくていい、と一点張りだった。

 今回で終わればいいと思うが、そうもいかない。

 まだ実験は終わっていないのだ。

 ツバサは、この先の事を予想し、溜息を吐いた。頭を切り替えよう。

 辺りを見回す。一つだけ違和感があった。

 実験に出かける前にはいたはずの――オペレーターデスクにいつもいるはずの隊員の姿がそこにはなかったからだ。

「あれ? エミ……隊員は?」

 ツバサは全員に聞いた。

「そういえば、いないわね。朝方はいたのに」

 マリナが言った。

 フドウは、ああ、と思い出したかのように言った。

「エミなら、今日から一週間ほど休みだぞ」

 フドウの言葉に、ツバサとマリナは少し驚いた。

「休み? 有給使ったんですか?」

 ツバサが聞く。

「いや、特別に休みを与えたんだ。特に有給を使ったということにはならない」

「またですか? 三か月前にもエミって休んでましたよね? 何度も休みってもらえないはずなのに」

 マリナが思い出したように言った。

「体調を崩したとかですか?」

 と、ツバサは聞いた。

「いや、朝方にエミの親族から電話が来てな。大叔父が亡くなったという報せが届いたそうなんだ。それで葬式の準備があるから、エミに手伝ってほしいんだと」

 なるほど、とツバサは思った。

「エミの親族か……。あたしはあまり聞いたことないわね」

 マリナが言う。

「まあ、互いに家族のことなんか聞かないもんなあ。このメンバーの五割は、親族が有名人扱いされてるから聞かなくても分かるし」

 ヒロキが辺りを見回しながら言った。

 確かに、とマリナは言う。ツバサも納得した。

 しかし、親族が亡くなったか……とツバサは少し不思議に思う。

 葬式に出るだけでも大変なのにその準備も手伝う、となると相当なものだ。

 生憎、エミの家族がどれだけ大所帯なのかは分からない。大叔父の葬式というだけあって、相当のものなのは間違いないが。

 ツバサは、エミが座っていたオペレーターデスクを見つめながらそう思った。

 ヒロキは、ツバサを見てにやりと笑う。

「おお、どうした。エミがいなくて寂しいのか?」

 ヒロキがツバサの背中を叩いた。

「何ですか……急に」

「何でエミのいた場所を見つめて寂しそうにしているんだよ。おっと……もしかして、お前、エミの事……」

 ツバサは、はあ!? と声を荒げた。

「違いますよ! 何を言っているんですか」

「おお、慌ててる。もしかしてマジか!」

「違いますよ……ただ……」

 ツバサはただ……、と呟く。

「誰かいない司令室っていうのが、僕には初めてのことだから……。何かが欠けてるっていう雰囲気に陥っちゃてるんですよね……」

 ふむ、とフドウが言った。

「お前も中々ここに溶け込んでいる、という証拠だな」

 結構結構、とフドウは笑った。

「まあこの先、休暇とかで誰かがいないということはあり得るかもしれないからな。まあ、そういうのも含めて慣れていくしかないな」

 シンイチが言った。

 ツバサは、はい、と頷いた。

 

 そして、ツバサは、実験の結果と今後の改善点を報告書として纏める作業をマリナと共に、夜になるまで徹した。

 その間、ツバサはマリナから感じる妙な視線に小さな恐怖を抱いていた。何故、こちらを睨むのだろうか、という答えをツバサは、知る由もなかった。

 

   2.

 

 その夜。

 ツバサは、報告書を纏め情報局へ送信した後で、マリナの視線から逃げるように自室へ逃げ込んだ。

 マリナも後を追う様についていったが、ツバサが自室へ入り、鍵をかけてしまったことに気が付くと、ちっ、と舌打ちをして戻っていった。

 当然、ツバサは中から気づいていた。何で舌打ちなんかしたんだ? と思ったが、考えたら負けだと思い、すぐに頭を切り替えた。

 ツバサの机は、相変わらず工具や部品で溢れかえっていた。システムν(ニュー)の開発をしている時のまま、片付けずに放置していたからだ。

 それを見る度に、はあ、とため息を吐きたくなる。まるで、さっさと新人賞用の小説を終わらせればいいのに、二次創作を優先して執筆している、どこぞの某作者と同じくらい汚い。

 ツバサは、また後にしよう……と、消極的だった。そして、何も見ていないかのように、椅子に座り、PCを起動した。

 さて……とツバサは顔を引き締める。

 ツバサは、懐からメモリースティックを取り出した。

 それは、α号でツバサが撮影した、あの不気味な男を撮影したものだった。

 マリナの目を盗んで、映像をメモリーに移したのだ。

 ツバサは、PCにメモリーを差し込んでデータを表示させた。

 どうしても、確かめなければならないことがあったのだ。

 あの時――あの男が呟いていた言葉――音は拾えないものの、あのワンフレーズだけは、読み取ることが容易に出来た。

 ただ、何かの見間違いかと、思う自分もいた。咄嗟の出来事だったから、もしかしたら間違いなのかもしれない、と内心そう信じたい自分がいたのだ。

 ツバサは、データをダブルクリックして映像を映し出した。

「……えっ?」

 ツバサは、映像を見るなり戦慄する。

「何で……どういうことなんだ?」

 あり得ない――という現象を前に、ツバサは自身の思考を完全に止めてしまった。

 

 映像に、あの男の姿はなかったのだ。

 

 交差点の中央に立っていた男の姿は、どこにもなく、ただ人々が行き交っている映像がそこには長々と流れているだけだった。

 男が立っていた場所が、どこにあったのか、それすら把握出来ない。どこにも立てる場所が見当たらない。

 まるで、昼間のあの光景は、自分の見間違いだったかのように……。

 ツバサは、椅子にもたれかかる。全部見間違い……? 自分が先走った所為で、ありもしない幻を見てしまったのではないだろうか。

 

「……いや、そんなことはない」

 

 ツバサは、雑念を振り払った。

 見間違いではない。あれは――あの男は、確かにあそこにいた。あそこにいて、α号を――僕を見つめていた。

 間違いないはずだ。だって、マリナ隊員も、あの時、あの男を確認出来ていた。あの男に向かって気持ち悪い、と言ったのだから。

 二人揃って、同じ――そこにいるはずのない男を見ていたなんて、あり得ないことだ。

 ツバサは、念のためソフトを使って映像を解析した。

 映像が編集された形跡は一つもない。それはそのはずだ。映像を撮った後で、すぐにメモリーに入れて、ここに戻るまで一度だって開いてもいなかったのだ。

 では、一体何故録画したものに男の姿が無かったのか。

 考えられることとしたら、一つ。

 肉眼でしか見ることが出来なかったということ。

 だが、そう考えると、行き交う人々があの男を特に気にしていないというのも気になる。

 あの時、誰一人としてあの男の奇異な姿に疑問を抱かなかったのはあまりに不自然だ。

 気にする余裕が無かったといえば、納得は出来るが、全員がそう思うだろうか。少なくとも誰かはあの男を気にするだろう。

 そう考えた時、ツバサはさらに想像を飛躍させた。そして、汗を掻く。

 そもそも、人々には、あの男が見えなかったとしたらどうなるだろうか。

 行き交う人には見えず。ツバサやマリナだけが見える状況であったとしたら……、とツバサは想像する。

 そう考えると、あれは幻だった可能性が高い――それも、ツバサとマリナにしか――α号に乗っている隊員にしか見えなかった幻という可能性が。

 そう。

 あの男は、初めからα号にいる人間に自分が発見されるように仕向けたのかもしれないのだ。

 もし、そう考えるなら、ツバサは、余計にあのワンフレーズが脳裏で再生され、恐怖してしまう。

 あのワンフレーズの所為で、ツバサの持っていた強さや想いを全て瓦解させられた。あの男に対して強い恐怖の念に駆られてしまっているのだ。

 あれが自分にだけしか見えていなかったとしたら……、と考えると、ツバサの脳裏には、あってはならない最悪の事態が起こっていることを意味しているのだ。

 

 あの男の言っていた言葉――それは、口の動きである程度察知することが出来る。

 人間の言葉は、母音と子音の組み合わせだ。

 口の動きを理解していれば、その国の人の言語を理解していれば、その人の口の動きで何を言っているのか、把握することが出来る。

 声が届かない――遠巻きの状態でも、いわゆる口パクである程度の意志疎通が可能になる。

 ツバサが、捉えていたフレーズは、ある単語だった。

 口の動きは、思い出せば簡単なものだった。

 第一の動きは、舌を前歯の先にくっつけ、そして弾くように舌をひっこめた。第二の動きは、口を中くらいに広げていた。

 これらの動きから、ツバサが読み取ったのは、その言葉は外来語であるということだった。

 前者の動きと後者の動きから読み取れる文字数は、アルファベットなら四文字、カタカナなら三文字の単語だ。

 まず、最初の動きを考えると、あの動きはアルファベットのTを意味している。カタカナなら「テ」だ。

 そしてTの母音はIだ。

 だが、カタカナでは「テ」の母音は「え」になる。口の動きからだと「テ」単体だと、舌が前歯の先に触れた後、引っ込めるのではなく、舌に降ろす動作になる。

 そう考えると、カタカナではあの動きは「ティ」という動きだと考えれば、英語のTと一緒になる。

 そして次の動きは、母音がAで始まることを意味している。Aの母音の言葉は、口の動きがほぼ類似しているから、どの文字を言ったのかは判別しづらい。

 だが、最初の動きのおかげで、最後の文字が何なのかは簡単に予想がつく。

 TとIから始まり、母音Aの言葉で終わる単語……。

 あの口の動きから、予測できる言葉は……。

 

 T……I……

 

 T……I……G……A……

 

 TIGA。

 

 ――ティガ。

 

 そう。

 あの男が口にしていた言葉は、まさしくウルトラマン「ティガ」だったのだ。

 それを読み取った時、ツバサの脳裏で浮かんだ考えは――。

 

 自分がウルトラマンティガであることを見破られた!?

 

 という不安だったのだ。

 あり得ない、とツバサは、最初は雑念を払っていた。

 ユザレが言っていたではないか。来たる時が来るまで、誰にも、信用できる相手にも自分の正体を晒してはいけない、と。

 それはつまり、逆に考えれば、ユザレが、ツバサがティガであることを、イルマを除いた周囲に知られないようにしてくれている、ということでもあるのだ。

 だが、あの男が、α号を――自分自身に対して、「ティガ」というフレーズを使ったことを考えると、完全に正体を見破られたと考えるのが妥当なのだ。

 そう考えると、一体いつ、正体が見破られたかを考察する必要がある。

 ツバサがティガに変身した回数はまだ手で数えられるほどだ。

 その中で、ツバサが変身した中で、ツバサが他人に見られるかもしれない状況だったのは、思いつくのが一つ。

『方舟』事件の時……だろう。

 最初にティガになった時は、ユザレと彼岸で対面した時だ。あの時に誰かが覗き見る可能性は皆無だ。

 そして『地霊神と地霊魔』騒動の時は、周囲を気にしてガッツウィングから変身した。見られていないという自信はある。

 だが、『方舟』事件に関しては、あまりに唐突だった所為か、ビルの物陰に隠れて変身しているから、恐らく見られたとしたらこの時かもしれない。

 そう考えると、あの男は、その時それを見ていたことになる。

 だとすると、これから自分自身に何が起こるか分かったものじゃない。

 あらゆる可能性がツバサの頭の中に過る。下手をすれば、命の覚悟だってしなければならない。

 まさか、こんなに早く……危機が訪れるなんて思いもしなかった。

 ツバサは、欠伸をする。

 突然の眠気。

 緊迫した空気の中で突如襲う眠気。ツバサは懸命に戦った。何故、どうして眠気が急激に襲ってくるのか理解出来なかった。

 実験の疲れがここにきてぶり返した……? あまりに不自然だ。

 

 何か……薬を……盛られた? いや、ここまで口にしたものなんて一つも……ない……。

 ああ……体……が……動か……ない……。

 

 ツバサは、机の上で目を閉じた。

 

   *

 

 いつからだろうか――。

 世界が狂ってしまったのは――。

 

 全てが平和だった。

 争いもない。傷つけることもない。絶望に打ちひしがれることもない。

 全てが上手くいっていたはずだった――。

 なのに――。

 どうしてこうも世界は、悪手を選ぶのだろうか。

 これは人類が受けなければならない試練なのか。それとも、神の罰なのか。

 だが、起こってしまったものに、原因を追究しても、何が始まりなのか分かる筈もない。

 

 戦士としての才能を認められた。

 文明を脅かす敵を打ち倒すための力、そしてその才能を。

 自分にも、光があった。

 その光で、敵を薙ぎ払う。

 そして、大切なものを――彼女を守る。

 そのために戦う術を学ばなければならない。

 才能があっても、力と技術が無ければ、何も意味をなさないのだから。

 周りも沢山いた。多くの仲間がいた。

 敵は強大だ。だからこそ、多くの光が必要だと。

 戦うために。

 守るために。

 光の巨人として、これから戦うのだ。

 

   *

 

 目を覚ました時に、目に飛び込んできたのは、PCに表示された見慣れない画面だった。

 ツバサは、急に体を起こす。辺りを見回した。特に何も変化はないようだが……。

 ツバサは、時計を見つめた。自室に入ったのが、午後十一時を回った頃だ。

 眠ってしまったのが、もうすぐ十一時になろうとしている時だった。

 まだ五分ほどしか経っていないのか……、とツバサは不思議がる。

 脳裏にこびりついていた、あの妙な夢……ツバサは、思い出していた。

 五分の睡眠の間とはいえ、内容は物凄く濃い。まるで、映画を見ていたようだった。

「……考えていても仕方がないな」

 ツバサは夢の中の出来事を忘れて、PC画面に目をやった。

 画面上に、メールのアイコンがある。そこに小さく、「1」と表示されてあったのだ。

 寝ている間にメールが来たようだ、とツバサは思った。なら、と早速ツバサはメールを開いてみた。

 受信箱には何も新着は来ていない。

 あれ、と不思議に思い、ツバサはメールボックスを漁った。

 すると、一つだけ、妙なメールがあった。

 新着メールではない。

「何だ……これ……」

 ツバサは呟く。

 

 それは、下書きに保存されているメールだった。

 

 下書きに保存した――ということは、ツバサが後で送信するために保存したことになる。

 だが、ツバサにはその記憶が全くない。

 むしろ、下書き保存を使ったことは一度もないのだ。

 今までメールを中途半端に終わらして、下書きで保存したことなど一度もなかった。全て、最後まで書ききってメールを送信している。

 それなのに、ここに下書き保存のメールが残っている――あまりに不気味な光景だ。

 送り先は空欄。作成された日を確認する。

 

 日付は今日――時間は、ツバサが眠っていた間に打ち込まれていたことが分かる。

 

 寝ている間に誰かが部屋に入り込んで、下書きを書いたということか?

 いや……まさか……、とツバサは振り向いて扉を見る。

 部屋に入るには、本人のIDとパスワードが必要だ。他人が入ることは出来ない。出来るとするなら、インターフォンで呼びかけるぐらいだ。

 そんなことをするくらいなら、W.I.T.で通信した方が簡単だ。

 後は、何か? 寝ながらも自分でタイプした、と?

 自分にそんな特技は一切ない――ましてや聞いたこともない。

 では、それ以外にこの現象が可能となる方法はあるのだろうか。

「いや……一つだけあるとしたら……」

 ツバサは呟く。

「ハッキングして、下書きをした……?」

 そうとしか考えられない。

 だが、それもあり得ない、とツバサは否定した。

 TPCのPCは、それぞれTPC内で作られたセキュリティーで守られている。中でもツバサの所持しているものは全て他のものよりセキュリティーが強い。

 と、いうのも、イルマが万が一に備えて、セキュリティーを強化していたのだ。そのため、ツバサのPCを閲覧できるのはイルマとツバサのみになっている。

 仮に閲覧出来たとしても、本物とは違うダミー画面が表示される仕組みになっている。

 だが、仮に、セキュリティーを全て突破したとして、何故そんなことをした? ハッキングなら情報を盗むはずだ。

 ツバサはPCを確認するが、盗まれたデータはおろか、閲覧された形跡もウィルスを流された形跡も、ましてやハッキングされた形跡もないのだ。

 紛れもなくツバサかイルマのどちらか――普通に考えてイルマが下書きをしたということになる。

 だが、それでもイルマがそんなくどいやり方をするのが信じられない。

 とにかく、メールを見てそれから判断しよう。ツバサは、メールを開いた。

 その瞬間、ツバサはまた戦慄する。

 

 TPC本部特殊部隊S‐GUTS科学技術班隊員である、エンジョウ・ツバサ――もとい、ウルトラマンティガにこの文章を綴る。

 これを見ているということは、既に夢から覚めている状態だ、と認識させてもらう。

 このような形で伝えることを深く詫びたい。こちらもあまり動けない状態で、君にメッセージを送るのはこの方法しかなかった。

 明日正午にS‐GUTSが市内パトロールをするはずだ。その際に君も乗り込んでもらい、中心地二番街の交差点にあるコーヒースタンドに来てもらいたい。

 何とか隊員と共に、そこに留まるよう説得してもらいたい。声をかける時は、こちらから声をかける。君は、その場で待っていてくれればいい。

 要件はここでは伝えられない。直接君に会いたいと思う。ウルトラマンティガである君にどうしても頼みたいことがある。

 本来なら、私自身でやればいいことなのだろうが、今の私は自由にすることが出来ないのだ。

 もし出来るのなら、君と会えることを楽しみにしている。

 尚、このメールは読んだ後で自動的に消去されることをご了承願いたい。

 

「……」

 直後、メールが消去される。

 ツバサの脳裏に浮かんだのは、昼間の男の顔だった。

 口の動きから、「ティガ」と呟いたこと――。

 そして、名指しで自分自身をウルトラマンティガであることを指摘していること――。

 確信に至るには充分だった。

 

 第三者に正体が見抜かれた――。

 

 ツバサは、両手を握り、机を叩いた。

「やっぱり……迂闊だったんだ……」

 目の前のことに精一杯だった所為で、周りが見えていなかった。

「こんなに早くばれるなんて、思ってもみなかった……」

 正体がばれた以上、この先どうなるか分からない。ユザレにとっても予想外の展開かもしれない。

 いや、それよりイルマ参謀だ、とツバサは考える。

 イルマ参謀に何を伝えればいい? 正直に伝えるべきか? いや、そうなれば、この先自分自身はおろか、家族にも命の危険が及ぶかもしれない。

 どうすれば……どうすればいい。

 従わない方がいいのか? いや、それだと正体を周辺にばらされるかもしれない。しかし従えば、一生敵の言いなりになる可能性がある。どちらにしても地獄だ。

 ツバサは、とにかくもう一度頭の中を空っぽにして、メールを思い出した。

「……よし」

 

 そして、ツバサが出した結論は――。

 メールに従うということだった。

 

   2.

 

   *

 

 少し未来の話。

 TPC情報局参謀のイルマは、その日参謀閣僚会議に出席した後で、自室に戻っていった。

 参謀になると、前線に出ない分、色々楽なように見えるが、実際は前線にいる方がましと思えるほど激務だった。

 イルマの顔には疲労が覗いていた。

 自室に戻り、大きく溜息を吐く。

 部屋は、必要最低限のものしか置いていなかった。一般職員のように娯楽は無いに等しく、しかし重役らしい豪華な品が置いてあるわけでもなかった。ただただ殺風景な部屋だった。

 そんなイルマが自室に戻って一番にやることがあった。

 机に座り、PCの横に置いてあるいくつかの写真盾を見ることだ。

 そこには、イルマの息子の写真が飾ってあった。イルマはそれを手に取る。

 幼いころの写真、そして最近一緒に撮った写真――イルマにとっての心の拠り所の一つが息子の存在だった。

 ふふっ、と小さく微笑む。

 その直後だった。

 PCにメール受信音が流れた。

 イルマは、やれやれ、と思いながら写真盾を置いてPCに目をやった。

 慣れた手つきでメールボックスまでたどり着く。

「……え?」

 それは、見慣れないメールアドレスだった。

 外部の――それもどこかの一般PCから送られたものだ。

 TPCのPCは、外部からのメールの送受信は出来ない。

 メール、とはいえ届けられるのはTPC職員のものだけだ。ただ、イルマのPCに限っては例外として息子にもメールを送られるようにはなっているが。

 だから、息子のアドレス以外で外部からのメールはあり得ないのだ。

 もしかすると、何者かにハッキングされた可能性が高い。イルマは、電話を取って、セキュリティーの強化とハッキングの痕跡の調査を即座に部下に命じた。

 イルマは、まず、メールにウィルスが混入されてないか調べた。ツールを使って調べてみたが、特にそんな形跡は見当たらない。本当に単純に、ただのメールのようだ。

 イルマは、恐る恐るメールを開く。

 件名は空欄。だが、そこに書かれている内容は、イルマを愕然とさせるには充分な内容だった。

 わずか一行の文――その文は、イルマだけを戦慄させる特殊な文だった。

 イルマは一歩下がる。

「まさか……また……?」

 イルマがそう呟いた時、何かの気配を感じた。

「誰!?」

 イルマは、咄嗟に腰のホルダーからガッツブラスターを取り出しながらそう叫んだ。

 

 目の前には――不気味な笑みを浮かべた男が立っていた。

 

 ――そしていくつかのやりとりの後、男は言った。

「……やむを得ないのか……。あなたには何度も拒絶されたが、期待していた……だがやはりそれは無意味だったということか」

 男が右の掌をイルマに向ける。それと同時にイルマは自身の危機を悟った。すぐさまガッツブラスターを構える。

 イルマの視界が歪む。腹部に重い一撃が入った。

 

   *

 

 時間が戻り――。

 メールによる動揺を隠せないツバサは、そのまま次の日の朝を迎えた。

 まだ余裕そうな顔を見せられないツバサは、意気消沈したまま司令室に入っていった。

「おう、おはよう」

 フドウが声をかける。

 ツバサは、おはようございます、と覇気のない返事をした。

「どうした? 何か元気ないが……」

「いえ。昨日の実験で安堵した所為か、嬉しくてあまり寝付けなくて……」

 咄嗟の嘘。何だか嘘を吐くことが自分の得意技の一つになりそうだ。

「ああ、そうか。まあ、初の実験成功だからな。寝付けないのも無理はないが……」

 フドウがヒロキに目をやりながら言った。

 ヒロキは、ツバサの背後に回り、首に片腕を回した。

「今日は、市内パトロールだ。俺の当番だが、生憎相手がいなくてね。相手になってくれよ」

 パトロール――メールの書いてあった通りだ。一緒に行くことを懇願する必要性はなくなったが、しかし、今日は自分が行く必要はないはずだ。

「順番的にマリナ隊員では?」

 ツバサがそう言うと、マリナは、淡々と、あたしは駄目だから、と答えた。

「何でさ」

「今日は用事でZEROに行かないといけないから。まあ、どうしてもっていうならあたしが行ってあげてもいいけど」

 安い挑発だ。

 どうせムキになることを期待しているのだろうが、こんなのに反論してもどうにもならない。

 それに、今回はどうなったとしても行かなければならないのだ。ここは大人しくしておこう。

「よし、それじゃ、行こうか」

 ツバサは、はい、と返事をして自分のヘルメットを掴み、そのままヒロキと共に司令室を後にした。

 

 メトロポリスはつかの間の平和を手にしていた。

 人々が行き交い、物を消費し、人が交渉している。

 ゼレットⅡは、市内を安全運転で走る。

 ツバサは、進行ルートを記憶していた。このまま進んでいけば、メールの指定場所は近くなる。

 ツバサは時計を確認する。

 そろそろいい頃合いか。

「ヒロキ隊員」

「あ?」

 ツバサは通りを指さす。

「向こうの角にコーヒースタンドがあるんですよ。結構おいしいと評判で、休憩がてらに一杯飲みませんか? 僕がおごりますので」

 ツバサがそう言うと、ヒロキは簡単に食いついた。

「おお、いいね。業務中なのはいただけないが、まあちょっとならいいか」

 良かった、とツバサは思った。これがフドウやシンイチだったら、多分簡単には了承してくれないだろう――いや、何となくしてくれる気もあるんだが。

 とにかく、ここまでメールに従った。後は接触だけだ。

 ゼレットⅡは、ツバサが言った通りの道を行った。

「おお、あれだな」

 メールに書かれた通り、コーヒースタンドがあった。

 ツバサの咄嗟の嘘で、あれが評判かどうかは分からないが、数人が並び、数人がその場で飲んでいる所を見ると、中々好評のようだ。

 ゼレットⅡは、道路の脇にある一時駐車のスペースへ止まった。

 二人は、車を降りて、そのままコーヒースタンドまで歩いた。

「俺が買ってきてやるよ。何がいい?」

 ヒロキが唐突に言った。

「じゃあ……キャラメルで」

 ツバサはそう言って代金を渡した。

 ヒロキは、意気揚々と列に並んでいく。ツバサは、スタンドの横で待った。

 深呼吸をする。

 時刻は間もなく十二時になる。言われた通りに、ここまでやってきた。後は向こうからの接触だけだが……。

 一体どこから来るのだろうか、検討もつかない。しかもヒロキ隊員もいる。個人的に話をすることなど出来ない。

 だとしたら、紙で情報を伝えてくるのだろうか。この状況なら、それしか方法はないが……。

 いや、常識では考えられない方法もあり得るかもしれない。ツバサは、気を強くして待った。

 しばらくして、ヒロキがやってくる。

「ほら、言われた通りのものだ」

 蓋のついた紙コップを手渡される。

「ヒロキ隊員は何を買ったんですか?」

「ああ、ただのカプチーノだよ。知らない名前のやつを選んでも地雷にしかならないからな」

 なるほど、とツバサは頷く。

 ヒロキは、嬉しそうにしながら横でカプチーノのミルクをすする。ツバサは、息を吹きかけて冷ましながら飲んでいく。

 コーヒーは好きではないが、研究で夜更かしするツバサには必需品なのだ。

 ツバサは、飲みながら周囲を見回す。

 ここまで誰との接触もない。

 機会を伺っているのか、それともあのメールは嘘だったのか、それもまだ定かではない。

 辺りを見ても、昨日の男の姿はなかった。

 自分の周りにいるのは、横にいるヒロキ隊員と鞄を持ち、このコーヒースタンドで買ったコーヒーを飲んでいる白衣姿の男性だけだった。

 やはり、あれははったりだったのか――、そう思った時だった。

 

 ――はったりかどうか、これで証明されたか、ツバサ君?

 

 男の声が聞こえてきた――。

 いや。

 ツバサは、周囲を見回した。

「ん? どうしたんだ、ツバサ」

 ヒロキが不思議そうに聞く。

「ああ……いや……誰かが僕を呼んだ気がして……」

「お前を? いいや、誰も呼んでねえけど……。ていうか、お前を知っているのはここでは俺だけじゃないか」

「そ……そうですよね……」

 ツバサは、また辺りを見回す。

 ヒロキ隊員が言っていたように、誰も声をかけていない。なのに何故、自分を呼ぶ声が聞こえたのか。

 いや、声を聞いたというのは表現として正しくない。

 そう――。

 強いて言うなら、イヤホンで自分だけが音を聞いているという感覚だ。それに近い。

 

 ――そうだな。その表現なら他人にも分かりやすく伝えられる。

 

 まただ。

 しかし、もうツバサは驚かない。ツバサは冷静に『声』の主を探した。

 ふと、さっきの白衣の男と目を合わせた。

 年齢は三十代くらい。ワックスで整った髪型に黒縁眼鏡。そしてプレートが付いてある白衣を着ている。中からはネクタイが見えた。

 

 ――正解だ。

 

 また『声』がした。

 男は、ツバサに目をやる。ツバサが真剣な表情で見つめると、男は、微笑みで返した。

 男を見た時、ツバサは、若干混乱していた。

 

 違う男だ、と。

 

 最初に予想していたことが悉く外れに向かっていってしまった。

 ツバサが最初に考えていたのは、ここに来るのは昨日のローブ姿の男だった。

 ティガと口走った直後に、昨日の謎のメール――これらを考えた時、必然的に同一人物であると予測出来る。

 だが、答えは違った。

 メールの主は、今まで全く別の――会ったこともない男だった。

 昨日と今の男たちは別人――そう考えた時、ツバサの脳裏には、二つの仮定が生まれていた。

 一つは、昨日の男以外にも、この男にも自分の正体が知られていたこと。最悪の場合、他にもその正体を知っている人間がいるかもしれない。

 そしてもう一つは、この男が昨日の男の仲間で、代理で来ているのでは、ということ。

 それ以外にも、確率性の低い可能性を複数同時に予想していた。

 男は、ふう、と息を吐いた。

 

 ――どうやら、色々考えているようだが……まあ、仕方がない。

 

 男は、立ち上がって、自然な流れでツバサの横に立ちながらコーヒーを飲んだ。

 

 ――よく、メールを信じてここに来てくれた。心から感謝する。

 

 男が礼を『言う』。ツバサは、『答えた』

 

 ――テレパシーだな、これは。

 

 男は、ふっ、と微笑しながら答えた。

 

 ――理解が早くて助かるよ。私たちの特技の一つだ。こんな状況でも秘密の会話をするには持って来いとは思わないか?

 

 確かにそうだ、とツバサは思う。

 

 ――ならいい。だったら本題に入らせてもらおう。

 

 男がそう『言った』時、ツバサは止めた。

 

 ――待て。

 ――ん?

 

 男は、無表情になる。

 

 ――あんたは一体何者なんだ? どうして僕の正体を知っている?

 

 ツバサはどうしても聞きたかったことを吐き出すように言う。だが、男は、有無を言わさずに答える。

 

 ――君に質問する権利はない。今は、こちらの用件が大事だ。

 ――何だと?

 

 ここまで一方的だとは思わなかった。ツバサが予想していたのとは違う。

 

 ――交渉でここまで不利なら、僕は何も従わないという選択肢を選んでもいいんだぞ。

 

 まずはこちらが有利にならなくては、とツバサは後手を取られないようにする。相手が指名して頼み事をしているということは、自分でなくてはならない理由があるからだ。だったら、それを摘み取ればいい。

 だが、男は、常に先手を取っていた。

 

 ――そうしても構わない。ただ、この頼み事を引き受けてくれないなら、近い未来に侵略が起こるだろうがな。

 ――何……!?

 

 ツバサは愕然とした。

 

 ――侵略だと。まさか、貴様……!

 

 ツバサは男を睨んだ。

 

 ――別に私が、とは言っていない。むしろ、私がそうするなら君に接触なんてせずに勝手にやってるだろう。

 

 確かにそうだ、とツバサは冷静になる。

 だが、それでも、侵略の魔の手が伸びることは、断固として阻止しなければならない。

 だが、それは、男の頼み事を引き受けなければ回避できないというジレンマがある。

 

 ――別に私の頼み事を引き受けても引き受けなくても侵略は起こる。

 

 ツバサはさらに愕然とする。

 

 ――だったら無意味じゃないか。どちらにしても損得なんて何もないじゃないか。

 

 むしろ、損の方が多い。平等も何もない、一方的かつ理不尽なことだ。

 だが、男は話を続けた。

 

 ――得することはあるぞ。

 ――どこにだ? 

 ――敵の情報を知っているか、知っていないかの違いだ。敵を知ることは戦闘において重要なことだ。君が一番得意としていることだろう。

 

 男がそう『言った』時、ツバサは反論する言葉を失った。

 

 ――これから来る侵略者は、次元を超えた強さを持っている。何も知らない状態で挑んでみたまえ。君はどうなる? 勝てると思うか?

 ――……。

 

 正直なところ、勝ち目はゼロだろう。

 実力では、隊員の中では最下位だ。ましてやまともな喧嘩にすら勝てる気がしない。

 そんなツバサでも、相手と互角に戦うために、敵を知る、ということを身に付けたのだ。男の言い分は、正にそれだ。

 敵を知れば、勝てない戦いに、僅かながらの勝ち目が浮かび上がる――男はそう言いたいのだ。

 

 ――……分かった。出来る範囲なら引き受けてもいい。

 

 ツバサは、諦めるように言った。折れてしまったと言った方がいいか。討論で初めて負けたという、学者を志す者においては、悔しいことだが。

 男は、安心した。

 

 ――そうか。感謝する。

 ――感謝はいい。それで、僕は何をしたらいいんだ? 殺しとかは御免だぞ。

 

 ツバサの勝手な想像に男は、微笑しながら答えた。

 

 ――別に犯罪に手を染めろとは言っていない。君には私に代わってあることを調査してもらいたいだけなんだ。

 

 ある調査……? とツバサは思わず呟いた。

 ヒロキは、突然呟いたツバサに、どうした、と言った。ツバサは、何でもありません、と慌てて答えた。

 ヒロキは、構わずコーヒーを啜った。

 喋っているような感覚でテレパシー会話をしているから、口にして言ってしまう衝動に駆られてしまう。

 男は、慣れだ、と『言った』

 

 ――まあ、話を戻そう。調査と言っても大したことじゃない。いや、場合によっては大したことになるかもしれないが……。

 ――何だっていいさ。犯罪じゃなければ。それで、何を調べたらいいんだ?

 

 ツバサが本題を聞きだす。男は、まず、あることを聞いた。

 

 ――君は、沖津浩三教授を知っているか?

 

 その名前を聞いて、一瞬で理解した。

 

 ――知っているも何も、学会では知らない人がいないだろうな。知らない人がいたら、学者としてはにわかだ。

 ――やはり学問に勤しむ君にも、彼のことはよく分かるか。

 ――皆が知っているような簡単なプロフィールだけだ。一応、教授の論文は、最近いくつかは読んだ。信奉者というわけではないが、学者志望にとっては目指すべき人なのは、間違いない……性格とかを除いてはな。

 

 ふふ、と男はまた笑った。

 

 ――何が可笑しい?

 

 ――いや、人となりなんてその人次第だからな。実際に見るのと聞くのとでは大違いなんだな、と思っただけだ。

 ――どういうことだ?

 ――こっちのことだ。特に関係はない。忘れてくれ。

 

 何か知っているようだが、まあいいだろう、とツバサは思った。

 

 ――それで、沖津教授がどうかしたのか。

 

 ツバサが尋ねると、男は、真っ直ぐに答えた。

 

 ――沖津教授が亡くなった。

 

 死亡した、という言葉を聞いて、ツバサは驚愕した。

 

 ――亡くなった? あの人が? そんなことは一度も聞いたことがなかった。

 ――つい昨日のことだ。今日の新聞で、一面に出ているからそこから伝えられている情報を確認するといい。

 

 まさか、死んでいたとは……と、ツバサは思った。それだけ、ツバサを含めて、研究者や学者になりたい人にとっては、沖津浩三は、憧れの存在なのだ。

 彼が成し遂げた研究成果は、一つの革命と言ってもいいほどのもので、まさしく人類の英知が彼にある、と言っても過言ではなかったのだ。

 ツバサはいくつかの論文を読んで、大いに共感していたのだ。

 ツバサは残念がるが、今はそれどころではないことを理解する。すぐに本題に戻った。

 

 ――沖津教授が亡くなったことを僕に伝えて、一体何をさせたいんだ。

 

 男は、ツバサの質問に少し間をあけて答えた。

 

 ――君に、沖津教授が亡くなった原因について調べてもらいたい。

 

 突然のことにツバサは動揺する。よほど深刻だったのか、男の言葉に重みが感じられた。

 だが、しかし、それは――。

 

 ――待て。それは、僕の管轄じゃないだろ? それは警察の仕事だ。

 ――そうだな。

 ――それに新聞に出ているということは、ある程度死因も分かっているということだぞ。何で、無駄な調査を僕にさせたいんだ?

 

 ツバサはそう尋ねる。だが、男は、それについて正しい回答をしなかった。

 

 ――まあ、とにかく調べてくれ。君が真実に近づいた時、私たちはまた出会うだろうから。

 

 男は、そう言って立ち上がる。

 どうやら、ツバサの質問は一切答えないようだ。

 

 ――ちょっと待て! そんなことを言われても……!

 

 男は、背を向けたまま『言った』

 

 ――後は、察してくれ、としか言えない。

 

 察する、と言われてツバサは冷静になる。男は、本気でそう思っていると雰囲気から読み取ったからだ。

 

 ――君には、それを推測出来るほどの情報は与えた。後は、それを導き出して、私の頼み事を遂行してもらいたい。次に会う時には、君の質問のいくつかに答えることを約束しよう。

 

 では、と男は歩いていく。そして、そのまま人ごみの中に紛れ、そして消えていった。

 ツバサは、その姿をじっと見つめていた。

 唐突にテレパシーで会話され、そして唐突に、強引に押し付けられた頼み事。

 色々納得出来ないことは多いが、少なくとも、男が言ったように、確かに今までの情報で、男が何故察して欲しいと言ったのか、その理由は分かった。そして、今までのことからして、ツバサは、男に正体を知られたことに関しては特に、今後の影響はないという可能性が高いことも読み取れていた。

 まだ、理不尽なところは多いが、次に会う時に、お言葉に甘えて色々聞いてみよう。その時に、対等になる条件を突きだせばいい。

 気が付けば、ツバサの紙コップは空になっていた。

「……ああ、美味かった。ツバサの言った通り、評判がいいという理由が分かったぜ。これから時々パトロールがてら買っていこう。隊長もきっと喜ぶぞ」

 どうやら、ヒロキも同じくらいで飲み終えたようだ。

 ツバサは、ヒロキに先にゼレットⅡに戻るように言った。

「どうしたんだ? 何か用事か?」

「いえ、ちょっと新聞が欲しいんで、そこで買ってくるだけです」

「まあ、別に構わないが……はあ……今時の若者は、新聞が必需品ですか」

 冗談交じりの皮肉を言うヒロキ。いや、ヒロキ隊員も若いじゃないですか、とツバサは内心で反論しつつも、新聞を購入した。

 そして、そのまま二人は、基地へ帰投した。




其の二に続きます。
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