ウルトラマンティガ THE SECOND   作:ヤステル

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しかし、これただの探偵ものになってねえか?
ティガらしさ消えてないか?
書き終わって今更なんですけどね……


其の3

   6.

 

 沖津の家に集合したツバサはイガワとその数人の部下たちと合流した。

 全員はそのまま沖津の書斎に入った。イガワとその部下はツバサの言われたとおり、沖津の持ち物を持ってきた。そして、それを沖津が死亡した当時の状況に配置した。

「一体どういうことだ? 被害者は心筋梗塞で死んだんじゃないのかよ」

 イガワが聞いた。

「殺されたかどうかは別として、少なくとも、沖津教授がここで亡くなる時に、第三者――つまり異星人がここにいたという可能性が高くなったんです」

 ツバサがそう説明する。

 ツバサとは違い、何一つ情報を得られていないイガワは、混乱するばかりだった。

「だから、どうして何だよ! とにかく説明してくれ! 何も分からずじまいじゃこっちが気持ち悪い!」

 イガワは諦めたようにツバサに叫んだ。ツバサは、少しだけ微笑んで、机の方を見やった。

 机の上には、メモ帳、そしてその横に数本のペンと便箋。その奥にはペン立て。それ以外は何もないシンプルなものだった。

 ツバサは、椅子に座り、沖津が死亡する直前の状況をシミュレートした。

「メモが机の手前にあり、さらにその横にペンがあったと考えると、沖津教授はメモ帳に何かを書き込んでいた可能性がありますね」

 ツバサがそう言うと、イガワはそれを眺めた。

「まあ確かに……場所的にはそう見えなくもないが……」

 ツバサは、メモ帳を手に取った。

「一般的なメモ帳ですね……特に仕掛けはない……紙の枚数は五十枚ですか……」

 そう言って、ツバサはメモ帳をぺらぺらと全てめくった。

「このメモ帳……紙が四十八枚残ってますね。ということは、これはまだ買ってから新しいものなのでしょうか……」

 ツバサが紙をめくりながら言うと、イガワが警察手帳を確認しながら言った。

「ああ……それは助手が数日前に買ってきたものらしいな。どうやら、今まで使っていたメモが切れたから、適当に買ってこい、と言われて近くのコンビニに急いで買ってきたものらしいな」

 なるほど、とツバサは言う。

「どんなに天才でも、メモを残すという基本は大事にしていたんだなあ……やっぱり科学者だったんだな」

 ツバサは、改めて沖津を尊敬した。

「そんなに大事なのか? メモを取るっていうのは」

 大事ですよ、とツバサは言った。

「それこそメモが後の大発明に繋がることだってあるんですから」

「何故だ」

「科学者にとって、メモに記入することは、とても重要なんです。何気ないものから閃いたものまで、その場で記入することから研究というものが始まります。警察が人から情報を聞いて手帳に書くのと同じです」

 なるほどな、とイガワは納得する。

「人の『話す』というのは多くの情報があります。たった一文字でその言葉の意味を変えてしまうほどの大きなものがね」

 ツバサは、そう言うと、もう一度メモ帳を見る。

「最近買ったものなら、最初の二枚は何に使ったのかを考える必要がありますね」

 ツバサはそう言った。

「そうだが……そもそもその二枚はどこにあるんだ? 俺たちが調べた時は使ったメモなんて無かったぞ」

 イガワが言った。

 そうだ。使った二枚のメモが無いということは、いくつかの可能性が浮かび上がってくる。

 一つ目は、使ってしまって必要のないことを書き込んだために、ごみに捨ててしまったか。

 二つ目は、誰かにメモを渡したか。

 可能性として高いのは二つ目だが……。

 ツバサは、頭の中で予測を思い巡らす。

 そして、その中で、一つだけ、あることを思いついた。

 ツバサは、メモ帳を開いた。

「おい、一体何を……」

「メモ帳に何かを書いたのなら、その何かを探ればいい。なら……」

 ツバサはメモ帳の一番上――つまり三枚目のメモ帳を広げる。そして、ペン立てにあった鉛筆を手に取り、メモを塗りつぶしていった。

「そうか。書いた時の圧力で下のメモ帳にも書いた所が窪んで跡になる」

 イガワもツバサの思惑に気づいた。

 ツバサは、上から少しだけ力を入れて黒く塗りつぶしていった。

 そして……。

「出ました」

「それで、なんて書かれていたんだ?」 

ツバサはメモをイガワに見せた。

 

 A-18

 

「『A-18』? 一体何のことだ?」

 イガワが尋ねると、ツバサは本棚を指さした。

「本棚に敷き詰められているファイルのラベルでしょうね。昨日僕が読んだファイルが『E-4』と書かれていました」

「なるほどな。しかし、これは何のためのラベルなんだ?」

「恐らく、それぞれの学問の英訳をラベルにしたものでしょうね。昨日読んだのが『E-4』で、そのファイルには『Economics』――つまり経済学に関することが書かれていましたから」

 イガワは、なるほどな、と呟く。そして、本棚に近づいていき、メモに書かれてあった『A-18』のファイルを手に取った。

 イガワはファイルを開くと、ん? と唸った。ツバサは、イガワの方へ顔を向けた。

「どうしたんですか?」

「いや、お前の言う通りなら、『A-18』のファイルには、『A』から始まる学問があるってことだよな?」

「恐らくそう言うことになると思いますが……」

 どうしたというのだろうか。イガワが納得いかない顔をしている。

「だったら、おかしいな。このファイルに書かれている学問……『P』から始まっているんだが……」

 イガワの言葉を聞いて、ツバサは耳を疑った。

 ツバサはイガワから、ファイルを借り、この目でそれを確かめた。

 

 Paleontology

 

 ツバサは、それを見て、はっと気づく。そして、隣のファイルを手に取って確認した。

「隣のファイルは、『A』で始まっている……」

「ということは、これは間違って『A』のファイルに挟んであったということか?」

 沖津が間違えてしまった……ツバサはその可能性を考える。

 老人だから記憶力は低下しているだろう、と思うだろうが、沖津は現役の科学者だ。全人類の頭脳やら何やら呼ばれていた沖津が間違えるだろうか。

 するわけがない。

 ツバサは、『P』の記載がされたラベルのファイルが入っている棚の列の前に立った。

 順番からして、『P』の最初あたりのファイルだが……。

 ツバサはファイルを開き、ページをめくっていった。

「イガワさん」

「どうした?」

「こっちにもありましたよ」

 ツバサはイガワにファイルを渡した。

 開かれたままのファイルには、『Paleontology』と書かれた項目と、それに関連する文章が記載されていた。

「おい。これってそっちのファイルにもあったじゃないか」

「ええ。両方を見比べると、同じものですね」

「つまり、どっちかがコピーってことか?」

「そうなりますね」

 しかし、そう考えると一つ疑問が浮かぶ、とイガワが言った。

「何でコピーが『A-18』のファイルに挟んであるんだ?」

 ツバサは、答えない。確証はないが、そこにコピーがある理由は予測していた。だが、全てを語るにはまだ足りない。

「空のファイルを埋めるためなのか……それともやっぱり間違えたのか……ん?」

 イガワは、ファイルをぺらぺらと適当にめくる。

 すると、ファイルの中から、するり、とある物が落ちてきた。

「ん? 何だこれは? ファイルに挟まっていたようだが……」

 イガワはそれを拾い上げた。

「何だこれ? 写真……としわくちゃになったメモ?」

 イガワがそう言うと、ツバサは、目を丸くした。

 一瞬の思考の停止。そして、ツバサの脳が活動を再開すると同時に驚愕の感情が一気に込みあがってきた。

「ちょっと見せてください」

 ツバサがそう言うと、イガワはツバサの言動に慌てつつもそれらを渡した。

 ツバサは、最初にメモを見た。

 罫線や紙の大きさから、机にあったメモ帳と同じであることが見て取れた。無くなった二枚のうちの一枚だろう。

 しかし、そこには何も書かれていなかった――正確には、さっきのメモと同じように筆圧で文字が紙に写っている状態だった。

 そしてもう一つ――写真を見つめた。

 最近撮られたものだろうか――四人の人物が写っていた。

 前に沖津、その横に沖津の助手であるキリュウ。その二人の間に、割って入るように写っているのがエミだった。

 そしてもう一人――。

 ツバサは、その人物を見て言葉を失った。

 まさか……ここで……こんなところで接点があったなんて……。ツバサは状況をうまく呑み込めなかった。

 なぜ、ここにいるんだ? この男は、僕が考えている以上に全てに絡んでいるというのか……!?

 答えは一向に見つからない。

 だが、これでいくつかの疑問を残しつつも、ツバサは、この事件の全貌が見えてきた気がした。

 この写真に写るもう一人の男――ガッツイーグルに乗っていたときに、「ティガ」と呟いたあのフード姿の謎の男がここに写っていた――やはりこの事件は昨日今日の出来事が全てリンクしている。

 そして、事件の調査を依頼した白衣と眼鏡の男――沖津の助手であるキリュウは、何らかの事情を知っている。

 なら、これから先何をすべきかは決まった。

 ツバサは、イガワに尋ねた。

「この写真とメモ……少しの間僕に貸していただけませんか?」

「こいつらを? まあ、別にかまわないが……一体どうするつもりなんだ」

 ツバサは沖津の死体を撮ったときに使ったカメラを見せた。

「これは、僕が作った多目的調査用のカメラです。動植物の生態や体内、サーモグラフィーによる温度調査など、生物学において調査に必要な機能が備わっています」

 ツバサがそう説明すると、イガワは、はあ、とあまり理解出来なくとも、それがすごい物なのだと理解する。

「で、そのカメラが一体何だったんだ?」

「先ほど、沖津教授の葬式に行ってきました。その時に、死体を『レントゲン』モードで撮ったんです」

 何だと、とイガワは言う。

「確か、沖津教授は司法解剖した結果、心筋梗塞だと分かり、教授の私生活から見て、孤独死によるものだと判断したそうですね?」

 ツバサが尋ねると、イガワは頷いた。

 だからですよ、とツバサは言った。

「だから、今回の事件の奇異性に気付かなかったんです。死因からではなく、初めから孤独死だと断定して司法解剖していれば、これを『事件』として扱うことが出来たんです」

「どういうことなんだ?」

 イガワが聞くと、ツバサは、『レントゲン』で撮った沖津の死体の画像を見せた。

 イガワはそれを覗く。そして、ツバサが言ったその「奇異」である部分にすぐに気が付いた。

 

「脳が……無い!?」

 

 そう。

 沖津の頭――脳が影も形もなかったのだ。

「孤独死は、心筋梗塞などの心身の病気を引き起こすだけではなく、脳溢血などの脳の病気を引き起こすことも考えられます」

 イガワは、なるほど、と頷く。

「アルツハイマーなど記憶障害などなら、脳の一部が壊死して無くなってしまう場合がありえます。例外としても、過去に水頭症で脳が圧縮されてしまい、頭がい骨の内側に脳細胞がわずかながら存在するのみの場合もありえますが、脳がまるまる一個――脳細胞がひとつ残らずないのは異常です」

「それも異常なのか?」

「ええ。水頭症のせいで脳はないが、脳細胞がわずかに残っている状態でも人は普通に暮らしていけます。しかし、その場合、IQなどの知識における知数は極限に下がります。沖津教授が仮にそうであった場合、彼の経歴やここにある膨大な学問を研究することは不可能なんです」

 なるほど、とイガワは唸った。

「だとすると、元からあった脳が消えたということになるが、解剖では頭は一切開いてない! ましてや被害者が頭の手術をして脳を取り除いたなんて話は一切なかったんだ」

 そうなると、とツバサは推測する。

 沖津は脳の病気を患ってもいない――となると、結論は、何者かが意図的に沖津の脳を、頭を開かずに取り除いたことになる。

 その何者かは一体誰か。決まっている。それが宇宙人の仕業ではないか、と。

「だが、これだけでは本当に宇宙人が関与したかどうか分からない。お前は一体どれだけ核心に迫っているんだ?」

 と、イガワは真相を聞くのを待ちきれないような表情で言った。

 ツバサは、まだ全ての真相を解き明かしていない。まだ、知りたいことが二、三あるのだ。

 だが、もうここで情報を明かしても構わないだろう、という結論に至り、ツバサは、イガワに自分が集めた情報から割り出した答えをイガワに伝えた。

 イガワは、絶句してしばらく動けなかった。

 ただの死亡事故だと思っていたものが、宇宙人による侵略計画の一部であったことに、イガワは現実味を感じなくなっていた。それほどまでに大きな事件を、自分たちは気づけなかった、いや、相手の思惑に嵌って気づかれないようにされていたことに、大きなショックを受けていたのだ。

「しかし……これが本当なら、すぐにでも事件を公表して、市民を避難させるべきなんじゃないのか?」

 イガワはそう提案した。

 だが、ツバサは否定した。

「何でだよ」

 ツバサは、苦笑しながら答えた。

「白状すると、最初に言った匿名の情報を聞いたというのは、僕が個人的に聞いたということなんです。つまり、TPCはこの件について一切気づいていないはずです」

 何だと!? とイガワは愕然とする。

「すみません。一応事件については、後で上層部に言うつもりだったんですが、こういう一情報だけで部隊が調べるなんてことは出来なかったので、あれやこれやを使って個人で調べていたんです」

 それに、とツバサは続けた。

「沖津教授の件は、そのままの報道のままでいいと思います」

「何故だ?」

 イガワが聞くと、ツバサは答えた。

「もし、宇宙人によるものであると公表すれば、確かにTPCも警戒レベルを上げて宇宙人へ対抗するでしょうが、だけど、あなたがた警察を出し抜いた敵です。知略が高いのでしょう。もしかしたら作戦を変えて新たに犠牲者を作るかもしれない」

「だから、気づかない振りをして、敵を奇襲するっていうのか……?」

 イガワが予想すると、ツバサは頷いた。

「だから、ここからは僕がやります。イガワさんは、恐らく後で住民の避難の誘導の指示が来ると思いますので、その時はよろしくお願いします」

 ツバサはそう言った。

 イガワは、ツバサの覚悟を知った。これから先、死ぬこともあるかもしれない敵地に、飛び込もうとしている。自分には何も出来ない。ただ、目の前にいる少年の無事を祈るしか出来なかった。

 

 一足先に、ツバサは沖津が、もとい、助手が在籍しているR大学の理工学部の棟へ足を運んだ。

 まず、ツバサは事務室へ向かった。

「S‐GUTSのエンジョウです。今日は、キリュウさんはいらっしゃいますでしょうか?」

 事務室の女性は、「キリュウ」という言葉を聞いて、該当する人物かどうか確認した。

「キリュウさんというと……理工学部のキリュウ助教授のことですか?」

「多分そうだと思います。頭髪がオールバックにセットされてて、眼鏡をかけて白衣姿の……」

 ツバサがそう言うと、女性は、予想通りだったのか明るくなって言った。

「あー。だったら、その人ですね」

 ちょっと待ってください、と言って女性はPCで何かを調べる。

「あの……すみません。これからキリュウさんは講義があるらしくて……この時限の後なら時間が空くんですけど……駄目ですか?」

 と、女性は言った。

 だが、それでは困る。一刻も早く情報を聞き出さなければ事態は最悪の展開になってしまうかもしれないのだ。

「何とかかけあってもらえないですかね? 緊急の用件なんです」

 ツバサの必死さが伝わったのか、女性は、受話器を手に取り、ちょっと待ってくださいね、と言って電話を始めた。

「あの、すみません。事務室の川本です。……はい……はいそうです。S‐GUTSの方がお見えになっていまして……。ああ、いいんですか? 分かりました、はい」

 女性は、受話器を戻してツバサに言った。

「会っていただけるそうです」

「そうでしたか。良かった」

「キリュウさんの研究室は三階の『B345』のプレートがある部屋です。どうぞ、そちらに行ってください」

 

 エレベーターを使って一気に三階へ向かう。

 天井に吊るされているプレートの案内に、目当ての数字が書かれていた。ツバサは、そのプレートに従いつつ、進んでいった。

 歩いて一分ほどしたところに研究室はあった。

 理工学系の研究室が並ぶ一角にそれはあった。肌が焼けるような、そんな熱さを感じる。

 中には人の気配がする。ツバサは、軽くノックをして部屋に入った。

 そこには、一昨日見たあの白衣の男――キリュウがいた。

「やあ。よく来たね」

 キリュウはそう言った。

 頭の中に響いてこない。どうやらテレパシーではなく実際に会話をしているようだ。

「頭の中で会話しなくていいのか?」

「ご心配なく。ここでは大丈夫だ」

 ツバサはゆっくりと男へ歩み寄る。白衣の胸の部分に、『理工学部助教授 桐生』と書かれていた。

「これから講義だって聞いたが……」

「まあ、遅れたって構わないさ。今日は、もうほとんど教えることはなかったから、適当に次回のテストの話をして解散させる予定だったからね。今丁度事務室の人に代理で行かせているから大丈夫だ」

 なるほど、とツバサは頷く。

「では、本題に入ろうか」

 キリュウは、そう言った。

「沖津教授の事件は、どこまで調べることが出来たかな?」

 キリュウがそう尋ねたが、ツバサは答えない。逆に、質問で返した。

「その前に、どういうつもりだ?」

 ツバサはかなり高圧的だった。

「質問の意味が分からないな。君は何を聞きたいんだ?」

 キリュウはとぼけながら言った。

 ツバサは攻め続ける。

「とぼけるな。もう調べはついているんだ」

「……」

 ツバサは説明した。

「お前がテレパシーで僕に会話したとき、お前は言ったな。『沖津教授が異星人に殺された可能性がある』、と」

 言ったね、とキリュウは頷いた。

「それと同時に僕はお前のことも気になっていた。テレパシーを使って僕に会話をして、沖津教授の事件に関心を持たせようとしていたようだが、だが、同時にお前のその力の原因をずっと予想していたんだ」

 キリュウは喋らない。

「沖津教授が異星人に殺された可能性がある……お前が言った通り、確かに沖津教授は異星人の介入で死んだ可能性が高くなった」

 ツバサはキリュウに沖津のレントゲン画像を見せた。

「沖津教授の脳が全て消え去っている。特に頭を開けた形跡もない。つまり、宇宙人が彼の脳を持ち去ったとされる。どういう方法かは分からないが……」

 そしてツバサは結論付けた。

 

「それは宇宙人であるお前にも可能なことだろう?」

 

 キリュウは鋭い目でツバサを睨んだ。

「沖津教授が宇宙人に殺された……一体どこから得た情報かは分からないが、だが、お前が宇宙人なら――その現場にいたならその情報を得ることが出来るよな」

 キリュウは、ふむ、と呟く。特に動揺している様子もなく、落ち着いた様子でツバサに聞いた。

「仮に、私がそうだと仮定しよう。そうだとして、その証拠はどこにある?」

 ツバサは、即答した。

「エミや周りの人が泣いていたというのに、どうしてお前はそんな態度でいられるんだ? お前が狂気だからか?」

 キリュウは、目を見開いた。

「沖津教授は、二十五年ほど前に交通事故で奥さんと息子を亡くしている。そして、公式では行方不明となった三年間は、実際は精神病棟で入院していた。そこに、お見舞いに来ていたKISANUKIグループの現会長――エミの祖父がそこで見知らぬ青年と出会ったと言っている」

 ツバサは、そこまで言って、キリュウに答えるはずもない質問をした。

 

「どうして、会長はお前を『見知らぬ人(・・・・・)』だと言ったのだろうか?」

 

 キリュウの口が歪んだ。

「お前の顔を知らないはずがないんだ。会長もエミも、沖津教授をよく知っている人なら、誰もがみんな、お前の顔を知らないというのはあり得ないんだ。なのに、みんなは、お前の矛盾に気づかない」

 ツバサは力強く言った。

 

「お前は、二十五年前に死んだはずの沖津教授の息子――悠仁であることに」

 

 キリュウは微動だにしない。ただ、ツバサをまっすぐに見つめていた。

「悠仁の顔を知っているのはエミを含めた沖津教授の親族だけだ。なのに、沖津教授の助手であるキリュウの顔を見ても、誰一人として死んだ息子の悠仁と瓜二つの人がそこにいることに不思議に思わない。となると……」

 ツバサはキリュウを威圧しながら結論付けた。

 

「お前……死んだ息子の悠仁と助手であるキリュウを関連づけさせないように、エミたちの記憶を弄ったな」

 

 ツバサは続けて言った。

「エミたちには悠仁の顔の情報だけを消して、自分自身――つまりキリュウが目の前に現れても初対面ということにするように記憶を操作した。沖津教授の助手として新たにエミたちとの関係を再構築していった」

 ツバサがそう言うと、キリュウは、はあ、と溜息を吐いた。

「エミは……混乱していただろう?」

 ツバサは一瞬だけ怒りが込み上げてきた。記憶を弄った目の前の男があまりにも罪悪感を抱いていなかったからだ。

「ああ……涙を流して、どうして気づかなかったのか、本当に混乱していた」

「そうか……」

 キリュウはそう言って、ツバサに背を向け、窓の外を見つめた。

「話してもらおうか。一体お前は……いや、お前らは何を企んでいる」

 ツバサが、そう言うと、キリュウは小さく苦し紛れに笑った。

「何を企んでいる……か……。君はもう気づいている癖にそう言う……」

 キリュウは、もう一度ツバサの方へ体を向けてようやくツバサの質問に答えた。

「お察しの通りだ。私は人間ではない。この体は確かに、死んだ悠仁の体だ」

「ということは、お前が悠仁に憑依しているということか?」

「憑依……まあ、その表現で正しいのかもしれない。実際には、人の体を借りていると言った方がいいのかもしれないが……」

 中には、遠隔して人を操ることも出来る、とキリュウは言った。

 キリュウは、机にあった飲みかけのコーヒーを一口啜ってから、ツバサの質問に答えていった。

「何を企んでいるか……それを答える前に、いくつかの訂正と弁解をさせてほしい」

 弁解? とツバサは言った。宇宙人に弁解――ましてやこれから悪事を働く輩を信用していいものか。

「まず、私は教授を殺してはいない。あの日、確かに教授の家に行ったのは事実だが、その時にはすでに教授は亡くなっていた。第一警察に通報したのは私だぞ。私が犯人ならどうしてそんな自分の首を絞める行為をする?」

「犯人は現場に戻る心理が働いたのではないか?」

「それは人間だろう? 私は宇宙人だ。そんな心理は通らない」

 人の心理が宇宙人にも通用するのかどうかは置いといて、果たして、キリュウは本当のことを言っているのだろうか。

「二つ目に、確かにエミや会長らから私と悠仁の関連性の記憶を操作した。だが、それは私が意図してやったことではない」

 それこそ嘘だ、と言える。都合の悪いことだからこそ、記憶を弄ったのだから、意図してやったことは明らかだ。

「まあ待て。私の、というより、今までの出来事を聞いてくれれば納得してもらえると思う。まずは、その椅子に座りたまえ。かいつまんでだが、話をしよう」

 キリュウは、そこにあった椅子を指さした。

 ツバサは、少しの間悩んだが、キリュウの言葉に従って、腰かけた。

 キリュウも椅子に座り、自らの過去を話し始めた。

 

「我々が地球に来たのは、人類を導くためだった」

 キリュウはそう言った。

「遥か昔――今で言えば中世期頃だったか、我々は地球に来て、この世界の支配者である人間を導くためにやってきた――まるで我々を神であると思わせるほどにね」

 神、とツバサは呟いた。

「だが、羊飼いのように、羊を正しく誘導するといった優しいものではなかった。我々は、人間を家畜以下としか見ていなかった。愚かな星に住まう愚かな生き物共を導くためにわざわざ来てやったのだ、敬意を表せ、とね」

 まるで人間が塵を見て、それを嫌悪するのと同じだ、とキリュウは呆れながら言った。「もっと言葉を考慮して穏便に言うのなら、『ガリバー旅行記』に書かれている話に例えて言うなれば、我々が高貴な馬の一族であるフウイヌムであり、人類が野蛮人ヤフーだろうな」

と、キリュウは説明する。

「我々が導けば、人類は我々を敬愛する。そして、彼らの文明もまたより一層発展する。合理的に見えるが、あまりに強引だ。その行く先は、狂気を真実として信じ、檻にしか生を感じることの出来ない未来だ」

 まさに『ガリバー旅行記』だ、とキリュウは言った。我々に導かれた人類の到達点は、まるで『ガリバー旅行記』のラストシーンのような、類似したものになる、とキリュウは言った。確かに、言っていることが正しいなら、その説明は全て納得がいく、とツバサは思った。

「だが、私にはそんなもの何一つ興味は無かった」

 キリュウは、今までの説明したことを全て投げ捨てた。

「興味がない?」

「ああ。人類を導くだの何だのと、そんなことは私には一切の興味は無かった。仲間は皆、私を軽蔑の眼差しで見つめていたよ。そんなことを思っているのは、私だけだった」

 それは、何故だ、とツバサは尋ねた。

「私が興味を示していたのは、『知識』なんだよ」

「知識?」

「そう。元々私は、自分で言うのもあれだが、私は学者なのだよ。あらゆる星々の、あらゆる次元に存在する世界の――ありとあらゆる知識を極めることが、私の生きる目的なのだ」

 知識を極める――つまり、知識を吸収して自分のものにするということだ。

「だけど、そんなことをして何になる? 侵略のために使うのか?」

 ツバサが聞くと、キリュウはきっぱりと否定した。

「いや、そんなことはしない。確かに今まで得た知識を使えば、私一人でも星々を征服はおろか壊滅させることは出来るだろうが、それは違う」

 キリュウは言った。

「私はただ、知識を吸収することに快感を覚えているだけなのだ。言うなれば、地球でいうオタクというやつだな」

 となると、私は知識オタクかな、と小さく笑いながら言った。

 ツバサは、それを見て何となくだが気持ちが分かった。自分自身も、同じようにあらゆる分野の知識を学ぶことが好きだったからだ。

「まあ、そういうわけで私は、仲間たちと行動しながら、一人、知識を吸収することに熱中していたわけだ」

 それからだ、私にある任務が与えられたのは、とキリュウは言った。

「過去に我々は人類と何度か戦った。持っている知識の量や戦闘力、世間で言う科学力は間違いなく我々が圧倒的優勢だった」

 だが、全ての戦いで我々は負けた、とキリュウは言った。

「幾度かの戦いの末、我々は地球を離れた。我々よりも邪悪な存在が蘇ったからだ。仲間は私一人と私への任務を残して去って行った」

 キリュウが遠い目で言った。ツバサは、キリュウの任務が何となくだが分かった気がした。

「もしかして……沖津教授への接触?」

 そうだ、とキリュウは言った。

「接触というのは、間違ってはいないが……当時与えられた任務は、教授と接触した後、すぐに教授が持っている我々が欲している情報を全て盗み、教授を始末するというものだった」

 キリュウは続ける。

「我々は、教授が、我々が忌むべき存在の研究を行っているという情報を突き止めた。そこで、私に白羽の矢が立った。私ならば簡単に教授と接触出来ると考えたのだろう」

 だが、実際は違った、とキリュウは続けて言う。

「教授は、あまりにも家族以外とは関わらない閉鎖的な人間だった。私自身、何度も会おうとしたが、全て門前払いをされた」

 その時だった。あの事故があったのは……、とキリュウは重い口調で呟いた。

「教授の妻と息子が交通事故で亡くなった……」

 ツバサが代わりに言った。キリュウは、そうだ、と呟いた。

「あまりに突然のことだった。当時、教授は学会があったためにその事故を聞いたのは、二人が亡くなってから一日経った後だった。それを聞いた教授は、死に顔を見に行くことも出来ずに精神を病んだ。そして、そのまま入院してしまった。そのせいで、教授への接触はさらに困難を極めてしまった」

 だが、逆にチャンスだった、とキリュウ。

「精神病棟に入ったと聞き、私はこの手しかないと考えた。それが、亡くなった息子悠仁の体を借りることだった」

 キリュウは当時のことを思い浮かべながら言った。

「始めは周りに悠仁が生きていたという記憶を刷り込ませ、彼の体を借りた私は、精神病棟へ行き教授と面会した。私は、死んだ息子は実は生きていた、という設定で教授に接触することに成功したが、すぐに看破されてしまった」

 

 ――お父さん。僕です。

 ――お前……。

 ――僕ですよ! 悠仁です。何とか生きて戻ってこられたんですよ。

 ――お前は、誰だ?

 ――え?

 ――お前が生きていることは、記憶にあるが……何故だろうか、お前が生きていることに矛盾を感じてしまっている。お前は今ここに居てはいけない存在ではないだろうか、と思っている俺がいる。

 

「あれやこれやと工作したが、教授は、何の証拠もなしに記憶の矛盾にいち早く気付いた。そして、あらゆる事を論破され、私も後がなかった。こうなれば、最終手段だ。彼の知識を一刻も早く奪って逃げよう、と」

「ちょっと待ってくれないか?」

 キリュウの説明にツバサが間に入った。

「お前の力はよく分かった。今までの能力などを考えると、どうやらお前は実体を持たない宇宙人のようだ。生きている死んでいるに関わらずに人を乗っ取ることも出来る」

 そうだ、とキリュウは頷いた。

「なら何故、沖津教授への接触を人と同じやり方でやったのか理解できない。その気になれば、沖津教授を遠隔操作して自分のところへ持って来たり、教授そのものを乗っ取って脳を奪い去ったりすることだって出来たはずだ。どうしてそんな回りくどい方法をとったんだ?」

 何故だ、とツバサは聞いた。

 キリュウは答えた。

「簡単なことだ。知識を奪うよりも先に、沖津浩三という人間に会って、話がしてみたかったからだ」

 はっきりとした答えにツバサは目を丸くした。

「君も私と同じタイプなら分かるだろう? 沖津浩三という人間は、科学者を志すものからしたら、是非とも一度会って話がしたいと思うものだ。今までの生い立ちや学問に携わるにあたって、彼がどういう方法で今まで乗り切ってきたか、これから目指す者たちにとっては是非とも参考になることがあるはずだ」

 確かにそうだ、とツバサは思った。

 ツバサ自身も、一度でいいから沖津に会ってみたいと思ったことは多々あった。尊敬する人の全てを知りたいと思う気持ち――それをキリュウは持っていたのだ。

「彼という人に会って、話をしてからでも始末するのは遅くない、とそう思ったんだよ。もしかしたら、彼が話さなければ得ることの出来ない情報があるかもしれない、と期待してしまっていたんだよ」

 キリュウは、説明を続けた。

「全てを看破された私は、自分自身の正体を明かした。そして、どうしてだか分からないが、自分が来た目的も全て、洗いざらい話した」

 どうして話してしまったのか、ツバサには分かった。それは、キリュウが彼に尊敬の念を抱いたからだろう。

「反応次第では、教授を殺す覚悟だった。だが、教授は特に驚きもせずに私にこう言った。」

 

 ――お前はどうやら知識を身に着けるということが何なのか分かっていないようだな。

 

「私自身、覚えは早いほうでね、まさに釈迦の如く、数日もあれば理解出来るほどだった。だが、教授は、それは違うと私に言った」

 

 ――お前はただ、メモリーの中にそれらの知識の詳細を糊付けしただけの上辺だけのものだ。知識を身に着けるとはそうじゃない。時間をかけて体の一部にすることだ。

 

「君の言う通り、我々は実体を持たない。だから、体の一部するという表現は私には理解し難かった。そう言ったら、教授は笑ってこう提案したよ」

 

 ――なるほど、そうか! お前は体がないのか! なら問題ない。今持っているその体に叩き込んで、そしてお前の本当の体に染み渡らせればいい! なら、俺のところで学んでみないか? 俺が教えてやる。

 

 それは突拍子もない提案だった。自分自身が持つ知識を奪い、あまつさえ殺されるはずの沖津は、目の前にいる敵にさらに塩を撒いたのだから。

 ツバサも、さすがにその提案には驚いた。

 多分、一番驚いたのはキリュウ本人だろう。

「当然始めは断った。だが、教授は私の言葉を聞くどころか、すでに決定事項として今後の方針を私に語りだした。だが、それを聞いているうちに、段々と教授に対する興味が増していった」

 こんなのは初めてだった、とキリュウは言った。

「もしかしたら、私個人が求めているもの以上のことを学べるかもしれない、と直感ながらにそう思った。あの頃は、仲間たちも既に地球を出払ったところで、私は、任務以外でやるべきことは何も言わされていないから、これは好都合だと思った」

「だけど、速やかにと言われたんだろう?」

 ツバサがキリュウの会話を思い出しながら聞くと、キリュウは微笑しながら答えた。

「すぐに、なんて言葉は我々からしたら意味のない言葉だ。我々には時間という概念はない。それすらも超越した存在だからだ。我々にとって一秒も一分も一年も百年も、意味がない――ただの概念に過ぎないんだよ」

 一体それがどういう感覚なのかは分からないが、キリュウはそういうことを言い訳に沖津の提案を呑んだということなのだろう。

「そして、君に訂正してもらいたい一つがここにある――」

 

 ――さて、全て決まったわけだが……まだやることがあるな。

 ――やることとは……教授?

 ――お前のことだ。俺の記憶に矛盾が出来たということは、記憶の改竄や操作が出来るのだろう?

 ――まあ、出来ますが……むしろそうやってあなたに辿りついたんですけど……。

 ――そうか。なら、今すぐやってほしいことがある。

 ――やってほしいこと?

 

 ――ああ。悠仁のことを知っている全ての人間から、お前と悠仁の関連する記憶を全て改竄してほしい。そうでもしないと、お前、家族の前で顔を出せないだろう?

 

 何てことだ、とツバサは驚愕した。

 エミたちの記憶を弄るように提案したのは、沖津本人だったのか! 

「今思えば、人間ではない私が言うのも何だが、やはり精神病棟に入っている以上、彼は狂気なのだな、と思った。言っていることは論理的にも成立しているが、マナー的から見れば、ただの廃人の戯言だった。だが、当時の私はそれを受け入れるためにすぐにそうした」

 それはツバサも同意した。わざわざキリュウを向かい入れるために、キリュウが行った『悠仁が生きている』という嘘の記憶をまた改竄し、キリュウを悠仁ではない第三の人間となるように沖津は考え、実行するように促したのだ。

「こうして私は、新たに『キリュウ』という名で教授の弟子となり、公式では行方不明だった三年間の間、彼のもとで学んだ。そして、教授が表舞台に戻ったと同時に、私自身もここに根を下ろす覚悟で住居を構えた。教授の計らいで私自身もR大学で教授の弟子として、研究員として職についた。そして、今に至るわけだ」

 キリュウは、そう説明すると、

「最も、結局教授は、他人に教えるのは嫌だ、と駄々をこねて、講義や論文発表の全てを私に押し付けたがね。思えば、教授はいい身代わりを手に入れたと笑っていたから、もしかしたら、このために私を引き入れたのでは、と疑ってはいるが……」

 まあ、教授の下手な冗談だろう、とキリュウは笑った。ツバサは、沖津はいくらかそう思っていたかもしれないと内心思ってしまっていた。

「まあ、これが私のいきさつだ。信じてもらおうとは思っていない。ただ、いきなり君に様々なことを押し付けてしまった詫びとして話しておきたかった。頭の片隅に入れてもらえれば幸いだよ」

 ここまで聞いて、ツバサは、キリュウに対する懐疑心は殆ど消え去っていた。だが、だからといってまだキリュウが犯人ではないという証拠にはならない。

「本当に沖津教授を殺していないんだな」

 無論だ、とキリュウは即答した。

「さっきも言ったが、私は教授を殺してはいない。あの日、私は教授に呼び出されて急いで自宅へ向かった」

「呼び出されて? 一体何の?」

「それは分からない。ただ、あの時電話で一言――」

 

 ――お前が知識を身に着けるとは何なのかを理解したかどうか、テストしてやる。

 

「テスト? 沖津教授はそう言ったのか?」

 ツバサが聞くと、キリュウは頷いた。

「いきなり言われたから驚いた。私はまだその域に達していない、答えようがない、と答えたよ。そうしたら、教授は笑ったんだ」

 

 ――なら、安心だ! ほら、さっさと来い!

 

「そう言って電話が切られた。そして、教授の自宅へ向かってみると……」

 書斎で死んでいる沖津の姿があった……。

「目を疑った。いや、元々こういう結果にならなければならなかったのに、私がそれを拒絶した。二十五年かけて、知識も奪うこともなく、手も下すこともなく、教授は死んだ」

 キリュウは、肩を落とし、俯きながら言った。宇宙人である自分自身がこれほどまでにショックを受けるとは思ってもみなかっただろう。

「どうして教授は、あんなことを言ったのだろうか、と私は今でも考えている。今、一番可能性があるのは、あれは教授の遺言だったのではないか、と私は考えている」

「遺言……」

 ツバサは呟いた。

「今まで教わってきて、あれほど私自身に大きな衝撃を受けた言葉は今までなかった。あれが、教授が今まで生きてきて導き出した答えなのだとしたら、私は、あの時予想でも何でも良かったから答えを言った方が良かったのかもしれない。そうすれば、教授は答えが違う、と怒って私にまた教えるために生きていてくれたのかもしれない、とそう思ってしまうのだ」

 キリュウは寂しそうに言った。

 ツバサは、キリュウの言葉を蔑ろにするつもりはなかったが、どうしても聞かなくてはならない疑問があった。

「教えてくれ。教授はお前が来た時には死んでいたことは分かった。だが、どうして、教授が宇宙人に殺された可能性があると考えたんだ?」

 キリュウは、その質問には答えようとはしなかった。ただ無言でツバサの目を見つめるだけだった。

 だが、それで十分だった。キリュウが考えていることは、ツバサが思っていることと同じであると、直感した。

「分かった。もういい」

 ツバサは、淡々と話を打ち切った。そしてその代わり……とキリュウに言った。

「一昨日お前は言ったな。次に会うときには、いくつかの質問に答えようと」

「……今答えたものだけでは不十分かな?」

 ツバサは、にやりと笑った。

「それは僕が聞いたことじゃない。お前が勝手に喋ったことだ。僕の要望はこれからだよ」

 やれやれ、とキリュウは苦笑した。

「君はなかなかどうして思っている以上に賢い。さて、一体何を聞きたいのかな」

 ツバサは聞いた。

「沖津教授の自宅にあった電磁波遮断機構……あれは、一体何のためにあそこにあったんだ?」

 ツバサの質問に、キリュウは、ああ、あれか、と思い出すように答えた。

「別に大したことじゃない。あれは、いつかさらにコンパクトに出来ないか、と私が提案したら、教授は乗り気になって、あれをばらしながら小さくする方法を考えていただけに過ぎない」

 あれをさらに小さくしようとしていたのか、とツバサは驚きながらも聞いた。

「じゃあ、あれの基本構造は全く変わりないんだな?」

「ああ、ない。むしろコンパクト化するにあたって、さらに性能を上げられないか検討していたところだったからな」

 そうか、とツバサは納得した。

 なら、やはりあれはおかしい。

 ツバサは、一枚の写真を取り出して、キリュウに見せた。

「これは手掛かりを探している上で、沖津教授の書斎から見つかったものだ」

 キリュウは手に取った。

「書斎から……? ……ん? 何だこの写真は? ……ああ、数週間前に三人で撮ったもの……か……」

 おや、とキリュウは片手で頭を抱えた。

「どうした?」

 キリュウは、脂汗を掻いていた。明らかに様子が変だ。

「どういうことだ……あの時、確かに三人で写真を撮ったはずだ……なのにどうしてここには四人いる……?」

 頭を抱え、キリュウは項垂れる。ツバサは思わずキリュウの体を支えようとするが、キリュウは、大丈夫だ、と言って姿勢を治した。

「済まない。どうやら頭が混乱していたようだ」

 キリュウは、写真をツバサに返した。

「一体何があったんだ?」

「いや……エミたち同じだ。どうやら、私自身も記憶を弄られていたようだ」

 キリュウは衝撃的な発言をした。

「弄られた……お前がか?」

「どうやらそのようだ。私は、この写真の男によって記憶を弄られた」

 ツバサは、写真を見つめた。

「やはり……こいつも……」

「ああ、そうだ。そいつも私と同じ種族だ。どうやら、私から奴の記憶を消したのだろう。私に知られないように、奴も教授に接触をしていたのだろう」

 ツバサは、写真の男を見つめる。

 やはり、宇宙人であったか。しかも、どうやら雰囲気からしてこの事件の首謀者だと考えてもよさそうだ。

「写真の雰囲気からして、どうやらかなり昔から教授やエミに接触をしていると考えられる」

 キリュウがそう言うと、そう言えば、とツバサはあることを思い出した。

「エミが言っていた……あれは……」

 

 ――助手って……どっちの方? もしかしてキリュウさんのこと? いつも白衣を着ていた方の……。

 

 なるほど、とキリュウが言った。

「奴は教授の助手として潜り込んでいたわけか。どういう交渉術で教授に迫ったかは分からないが、やりかねないな。言葉による洗脳は、我々の得意分野の一つだ。交渉事も難なくこなせるだろう」

「となると、エミの脳から、TPCに関する情報も引き出している可能性があるかもしれない」

 ツバサはそう言って懸念する。

「可能性としてはあり得るな。それに、記憶を弄る以外にもエミを操作してTPC内部を攻撃することも可能だ。確か、TPCにはアカシックレコードがあったはずだ。そこから重要な情報を――君自身の情報も抜き取られている可能性だって……」

「いや、それは大丈夫だと思う」

 ツバサは断言した。

「本当なのか?」

「ああ。エミが閲覧できるのは、あくまで職員レベルの情報だ。そこから情報が見られても大体は、向こうからしたら役に立たないものだ。それに、僕や光の巨人に関するものは、全てブラックボックスに管理されている。エミを操作したとしてもそれ以上はどうしようもないはずだ」

「しかし、上層部の誰かを操作していたら……どうしようもないぞ」

「それも平気だ。ブラックボックスの情報は、上層部でもごく一部しか存在自体知らされていない」

 ふむ、とキリュウは唸る。

「とにかく、犯人が分かった以上、このまま野放しにしているわけにはいかない。お前は、この男が誰なのか、知っているのだろう? 教えてくれ」

 ツバサは写真を見つめながら聞いた。

 キリュウは、ゆっくりとした口調で答えた。

「それに関しては……私ではなく、別の人物から説明した方がいい」

「別の人物?」

 キリュウは、苦笑した。

「君も知っている人だ……詳しい話は、彼女から聞いてみるといい。あっちに聞いた方が、これからのする手順を大幅に省略出来る」

「それって一体……」

 ツバサが不思議そうに尋ねる。キリュウは、その人物の名を言った。

「君が特に世話になっている人だ。君と私以外に、君が光の巨人であることを知っている人物……TPC情報局に所属しているイルマ・メグミ参謀だ」

 

   7.

 

 アンダーグラウンドに戻り、ツバサはイルマの元へ急いでいた。

 キリュウとの会話を思い出しつつ、ツバサは、一刻も早く情報を引き出さなければ、と急いでいた。

 

   *

 

「イルマ参謀が……この男を知っている?」

 ツバサは、キリュウからの言葉を聞いて愕然とした。

「どうやらな。奴は……というより奴の中身は別人だろうが、随分と参謀にご執心のようだった」

「じゃあ……最初から参謀に聞いていれば……」

「まあ、今まで苦労した調査が楽に出来ただろうな」

 ツバサは、下を見つめながら無言で固まっていた。

 参謀が知っていた……ということは……。

 ツバサは少しだけ笑った。どのみち、イルマに会いに行くつもりだったから、これは好都合だ。

「……こんなところか? まだ聞きたいことはあるか?」

 キリュウが、息を整えながら聞いた。

 ツバサは、視線をキリュウの方へ向けた。

「もう一つだけ、頼みたいことがある」

 ほう、とキリュウはツバサに関心を持った眼差しで見つめた。

「やるべきことは決まった。だったら、後はこちらがどれだけ手の内を隠し通せるかだ」

 ツバサはある物を取り出し、それをキリュウの目の前の机に置いた。

「これを預かってほしい」

 キリュウはツバサとそれを二度見しつつ驚愕した。

「……正気か?」

「正気だ。言っただろう? 手の内を隠し通すと」

 ツバサは本気のようだった。キリュウはいや、しかしこれは……と困惑するも、はあ、とため息を吐いて、それを受け取った。

「分かった。預かろう。それで、具体的にはいつまで預かればいいのかな……と、それを聞くのは野暮だな」

 キリュウはそう言った。ツバサがこれから行おうとしていること……それを預かるという意味を考えれば聞かずとも一目瞭然だった。

 大胆ではあるが、ある意味で敵の本陣に突入することを考えれば、妥当だろう。スパイがよくやる手の一つだ。

 キリュウは、思わず笑いがこみ上げてきた。私の目に狂いは無かった――これ程までに面白い人間は沖津に次いで二人目だ。

「なら、こちらからも提案をしよう」

「提案?」

「なに、君にとっては悪くない提案だ。この事件が完全に収束したら……」

 キリュウは、自分の頭を指さしながら言った。

「君の失った記憶……それを私が探してあげよう」

 ツバサは、鋭い目でキリュウを見つめた。

「どういうことだ?」

「言葉通りの意味だ。君は記憶を失っていて、その失った記憶を取り戻したい。私は、人の体に入る時に様々なことが出来る」

 そう言って、キリュウは両手を回し始める。

「一つは、人の体を借りて自分の意思で動かすことが出来る」

 そして、もう一つが、とキリュウは言った。

「他人と自分の精神を交換することが出来る」

 精神を交換……と、ツバサはキリュウが言った言葉を繰り返した。

「いわゆる体を交換することだな。例えば、私が君の体に乗り移っている間、君は私の体を使うことが出来るわけだ」

 なるほど、とツバサは呟く。だが、それにどのような利便性があるのか理解しがたかった。

 キリュウは説明を続けた。

「私は、精神を入れ替える時に二つの選択が出来る。一つは、ただお互いに精神を交換するだけ。これは、単純に互いの精神を交換して体を使うだけのものだ。そしてもう一つ、これが重要だ」

 キリュウは言った。

「君の精神を私の体に入れずに、私の領域に一時的に閉じ込める」

 ツバサは、その能力が一体どういうものかあまり理解できていなかった。

「つまり……どういうことだ?」

「分かりやすく言うと、君の精神は私の体ではなく、別の場所で拘束されるということだ」

 なるほど、とツバサはようやく理解した。

「それで、拘束されるとどうなる」

「その間、私が君の脳領域に潜り込む。君の脳が封印した記憶の扉を私がこじ開け、その記憶を強引に引き出す」

 すると、どうなる、とツバサは聞く。

「拘束されている間、君の意識は無くなっている状態だ。だが、私が君の記憶を見つけ出し、引き出している時に、私と君の精神が一時的に繋がる。そうなると、私が覗いている君の記憶が君にも断片的だが俯瞰して見ることが出来る――言うなれば、私が記憶を見ている間、君は、私が見ている記憶が夢として見ることが出来るようになる」

 夢……、ツバサはそう呟いて、何かを思い出した。

 あれ……確か、僕は何か変な夢を見ていたような……。どこかで、その経験があるが、曖昧すぎてしっかりと思い出せない。

「私自身は君とは違って全体像が俯瞰出来るから、目覚めた時に、私が見た事を君に伝える。そうすれば、君が見た断片的な夢の正体も理解出来るようになるだろう」

 なるほど、とツバサは言った。思った以上に使える能力だ。

「それで構わないのなら、これが事件解決の君にあげられる成功報酬ということにしよう」

 ツバサは、その提案に乗った。

 

   *

 

 キリュウの提案を思い出しながら、歩みを進める。

 この事件が解決すれば、もしかしたら記憶が蘇るかもしれない、という淡い期待がこみ上げていた。

 もしかしたら、この先の未来についても、色々と対策が立てられるかもしれない。

 そう考えれば、自分がいるべき理由も、やるべき事も、もっと明確になる――そんな事を思い描いていた。

 そして、イルマの部屋にたどり着く。

 予定では、閣僚会議が終わっているはずだ。なら、次の業務のために一旦自室に戻って準備をしているはずだが……。

「……………!」

 何だ、とツバサは思う。

 中から何か声が聞こえていた。

 誰かが先にイルマと面会しているのだろうか。ならタイミングが悪かったな……と面会が終わるまで待とうとしようとした時だった。

 静かになったイルマの自室へ繋がる廊下。静寂と共に、ツバサの耳に何も聞こえなくなっていく。そして、イルマの自室の中の声が、微かではあるが鮮明にツバサの耳に届いてきた。

「やはり懲りないようですね……。これだけの言葉を以てしてもあなたがたは我々へ敬意を表さないか」

 男の声だ。しかし、今まで聞いたことのない声だ。

 ゆっくりとした聞きやすい声だが、その中に静かで邪悪な陰湿さが隠されているのが分かる――実に不快になる声だった。

「何度言っても同じよ。私たちはあなたたちに屈しない。人が光を持つ限り、決して諦めない!」

「……すでに人の中に光などありはしません。それはただのまやかしだ。仮初の平和で人類が得たものと捨てたものは、あなたも気づいているはずだ。現実から目を背けているだけの愚かな行為ですよ」

「いい加減にしなさい!」

「……やむを得ないのか……。あなたには何度も拒絶されたが、期待していた……だがやはりそれは無意味だったということか」

 直後、何かが壁に叩きつけられる鈍い音がツバサのいる廊下からも響いてきた。それと同時に、一瞬の呻き声。

 参謀……! ツバサは無意識の内にガッツブラスターを構え、なりふり構わず部屋へ突入した。

 まずツバサが目にしたのは、イルマが床に項垂れている姿だった。右手にはガッツブラスターを握っている。

 そして、机のものが散乱し、床に散らばっていた。イルマのPCも画面が割れて無残な姿に変わっていた。

 ツバサはイルマに駆け寄った。

「参謀! しっかりしてください、イルマ参謀!」

 ツバサはイルマを抱きかかえる。イルマは、小さな呻き声と共に、ゆっくりと目を開けた。

「ツバサ……君……」

 イルマの瞳がツバサに向けられた。良かった、とツバサは安堵した。

「大丈夫ですか、参謀……」

「ええ……何とか……ね」

 イルマはそう言って、立ち上がる。部屋を見回し、溜息を吐きながら、床に散らばった物を拾い上げていった。

 ツバサは、手伝います、と言ってイルマの私物を片付けた。

 机に物を置き終わり、ツバサは一息つく。

「一応、PCを除いて全部無事でしたね……」

「ええ。有難うね。わざわざ手伝ってもらって」

「いえ。お役に立てたら、嬉しいです」

 イルマは、二人分のコーヒーを用意していた。インスタント程度なら自室でも簡単に作れる。

 ツバサはイルマの机にあったいくつかの写真楯を見つめた。

 そこには、イルマと青年が写っていた。その横には幼い子供の写真。

「気になるの?」

 イルマは、ツバサに入れたばかりのコーヒーを渡した。ツバサはそれを受け取った。

「ああ、いえ……。TPCでは見たことない人だな、と思って」

 イルマは微笑した。

「まあ、いなくて当然でしょうね。その子はTPC職員とかじゃないから」

「というと、参謀のご家族の方?」

「息子よ。今はメトロポリスでIT企業を立ち上げて頑張っているわ」

「その小さい子も?」

「それは小さい頃の写真ね」

 イルマは間髪入れずに答えた。

 イルマとツバサは部屋の中央にあるソファーに座り、向かい合った。

「ツバサ君には感謝してるわ。もし誰も来なかったら、今度こそ、私は殺されていたでしょうね」

 イルマは落ち着いた様子で言った。

 今度こそ……? ツバサはイルマの発言が気になった。

「一体何があったんですか……? ついさっきまで、誰かと口論していたようですが……」

 ツバサは部屋を見回した。

 ツバサが突入した時、そこにはイルマしかいなかった。口論していた声の主は姿形もなかった。

「もしかして、僕たちの敵が侵入していた……?」

 イルマは、TPC職員用の通信端末を取り出し、そこからメールボックスへ飛んだ。

「実は、ついさっき、こんなメールが来たのよ」

 メール、と聞いて、ツバサはキリュウからのメールを思い出す。イルマはツバサにそのメールを見せた。

 メールにはただ一文だけ書かれてあった。

 

 我々に敬意を表しなさい。何故あなたは今も尚、ウルトラマンを認めるのですか。

 

「どういうことですか?」

 イルマに端末を返す。イルマは、それを仕舞い、手を組んで言った。

「似たようなことを、二十八年前にも聞かれたわ。ここじゃなかったけど、私の自室で、さっきのように突然現れて、預言者とか名乗って、さっきのメールのようなことを言い残して消えた……」

 二十八年前……。ツバサが前に読んだ記録を思い出すと、その頃のイルマはS‐GUTSの前進であるGUTSの隊長を務めていた時のことだ。そんな昔にも同じようなことがあったというのか……。

「あれの顔を見るのも、これで三度目だけど……相変わらず何も変わっていなかった……。てっきり、地球からいなくなったものだと思っていたのに……」

 と、イルマはぶつぶつと独り言を呟くかのように言う。

 イルマは、ツバサの存在に気づき、一回咳払いをした。

「ああ、ごめんなさい。あなたにはまだ関係のないことよ。もう少し調べたら、あなたたちに調査を依頼するかもしれないから」

 ツバサは無言だ。

「そういえば、今日はどうしたの? ここに来たということは、私に何か聞きたいことがあるんじゃなくて?」

 もしかして、システムνの実験交渉のことかしら? とイルマは予想する。

 ツバサは面と向かってイルマに言った。

「もしかして、フード付きのローブを羽織った男のことじゃないですか?」

 イルマは驚愕してツバサを見つめた。

「どうして知ってるの?」

「イルマ参謀。教えてください。その男は一体何者なのですか?」

 イルマは我に返ったようにツバサを見つめた。

「もしかして、今回も挑戦するつもりなの……」

「挑戦……?」

 ツバサは聞いた。

 イルマは、ツバサにその男の正体を言った。

 

「彼の正体は、イタハシ・ミツオという男の姿を借りている――キリエル人という悪魔よ」

 

 キリエル人――ツバサの脳裏にその名前が刻まれた。

 

   *

 

 ツバサは、メトロポリスに経っているあるマンションを訪れた。

 まだ昼間だが、マンションの周辺は人通りが少なく、閑静な場所だった。

 ツバサは、ガッツブラスターを手に周囲を警戒しつつ、マンションの中へ突入していった。

 ツバサは、頭の中で教えられた部屋の番号を反芻する。

 階段で駆け上がること一分弱――目当ての部屋はあった。

 そのマンションの「306」号室。ここがツバサの目当ての部屋だった。

 部屋の番号の下にローマ字で名前が書かれてあった。

 

 ITAHASHI

 

 間違いなく、イタハシ・ミツオの部屋となっていた。

 ツバサは試しにドアノブを下げてみる。何かが動く金属音が聞こえた。

「鍵がかかってない?」

 ツバサはそのままドアをゆっくりと開けてみた。

 灯りはなかった。ツバサは、静かに部屋の中へ入っていった。

 部屋の中は一つも電気がついていない状態だった。窓はカーテンで閉め切られ。遠巻きに水槽が見えた。アクアリウムの水槽に付けられた青色の小さなランプが水に反射してゆられるかのように淡く照らすだけだった。

 リビングと思われる大きな部屋には、テレビと、中央に巨大な台が置かれていた。

 人の気配はなかった。もしかしたら、既に出払われているのか、と思ったが、それはあり得ないとツバサは思った。

 ここに来る前に、この部屋のことは調べた。

 イルマが二十八年前にこの部屋に来た後も、何故か部屋が取り払われることもなく、契約者がイタハシ・ミツオのままになっていたのだ。

 恐らく、そのデータと、そのデータに関わる人間の記憶を改竄したのだろう。

 ツバサは、まずはカーテンを開けて光を取り入れようとした。

 だが、そこからツバサは負ける。

 背後に突如として殺気ともいえるほどの大きく邪悪な気配を感じた。ツバサは反射的に体を向けようとしたが、常人の反射速度では、相手の動きを止めることはおろか、避けることすら出来なかった。

 頭を殴られたかのような衝撃が走った。

 ツバサは、歪む視界の中で男の姿を見た。

 それは、紛れもなく、イタハシ・ミツオの姿だった。

 

   *

 

「キリエル人……?」

 ツバサは、イルマの言葉を反復した。

「ええ。彼はそう名乗っていたわ」

 正体は分かったが、一体どういう種族なのかまだ分からない。ある程度の予測がツバサにはあったが、まだ確定するに至っていなかった。

「一体、どういう奴らなんですか?」

 ツバサは尋ねた。

「私自身もあまり詳しくはないのだけど……キリエル人は、光の巨人が現れる前に地球に来たらしく……地球人を導く預言者だと彼は言っていたわ」

 ツバサはキリュウの説明を思い出した。キリュウはやはり真実を話していた。

 しかし、預言者か……それではどこぞの悪徳宗教団体のようだ、とツバサは言った。。

「実際のところは分からないわ。でも、彼らは過去に、人類に自分たちに従わなければ、『聖なる炎』によって全てを焼き尽くすと預言して大勢の人々の命を奪ったり、空に巨大な門を発言させて、それを天国の門と崇め、ティガこそが悪魔と、人々を洗脳したりして、ウルトラマンティガや私たちに挑戦してきたわ」

 それは、まさに預言者――宗教団体――悪魔の所業だ。

「どうしてそこまでしてウルトラマンや僕たちに挑戦をしているのですか?」

 ツバサが尋ねると、イルマはあいまいな答えをした。

「それについては、私もよく分からないのよ」

「分からない?」

 イルマは頷く。

「今まで私やティガに言っていたことは、人類が何故ウルトラマンを守護者と認めるのか、自分たちが人類の導き手、と言っていた」

 確かにイルマが見せてくれたメールには、そんな趣旨で書かれていた。

「となると、キリエル人は、人類の守護者は自分たちであって、ウルトラマンティガは自分たちに成り代わって人類を守護していることが気に入らない、ということになりますね」

 ツバサはそう仮定した。

 しかしそれは……。

「明らかに子供のような理由なのよね。もしかしたら、それは本当の理由を隠すためのカモフラージュかもしれないと考えているのだけど、今までのキリエルのやり方を見ていると、どうもそうではないように感じるのよ」

 イルマはそう言った後、思い出したようにツバサに聞いた。

「ツバサ君。あなたはどうやってイタハシ・ミツオの存在を突き止めたの?」

 ツバサは、これから起こそうとしているアクションの為に、キリュウの存在を伏せて今までの経緯とツバサが立てた敵の行動の理由の仮説を話した。

「……そんなことが……」

 イルマは驚きを隠せないようだった。

「正直に言えば、キリエルが沖津教授を狙った理由はあくまで想像の域です。でも、キリエルがティガに挑戦するために今まで行動を起こしていたのなら、この仮説は説明がつくんです」

 むしろ、キリエル人の正体はおろか、キリュウが事件の調査を頼んだ時から、その可能性も考えていた。キリュウのやり口などから、あまりに飛躍的すぎる仮説だったが、どうやらそれが当たりのようだったのだ。

「でも、それが当たりだとすると、相手は完全に有利な状況だということよ」

 イルマは言った。

「だからこそ、こちらが不利だと思わせておき、多くの手の内を作っておく必要があるんです」

「でも、そんな方法は……」

 ツバサは、大丈夫です、と言った。

 

「もうすでに、仕込みは完了しているんですよ」

 

 イルマは、少し困惑した顔になった。

「完了している?」

「はい。今日中に、参謀の元にそれが届くはずです。僕らがキリエルに勝つための切り札……そして……」

 ツバサの声が段々低くなっていく。ツバサは少し下を見ながら言った。

「ティガが負けた時の奥の手です」

 

   *

 

 最初に把握したのは、自分の目線が他の配置物より高いということだった。

 体が動かない。ツバサは腕や足を動かそうとした。だが、何かに固定されているのか、手首と足首しか動かすことが出来なかった。

 ツバサは完全に目を覚ました。

 自分の体を見る。そして、ツバサは自分が置かれた状況を理解した。

 ツバサは、壁に磔にされていた。

 手足には特に拘束されているものはない。何らかの力がツバサの四肢を拘束しているようだった。

 目の前にあの大きな台が見えた。そこには、自分が持っていた物が全て置かれていた。

 ガッツブラスターから通信機まで……! 全部盗られたか!

 ツバサは、何とか磔から抜け出そうとした。だが、拘束はあまりに強く、ツバサの力ではどうすることも出来なかった。

 すると、目の前に一人の男がいた。

「お前は一体誰だ?」

 男は聞いた。

 ツバサは、強がる振りをして男に――イタハシ・ミツオに言った。

「直接会うのは初めましてかな? イタハシさん……いや、キリエル人」

 イタハシの顔が歪んだ。

「お前のことは初めて見る。見たところS‐GUTSの隊員のようだが……てっきりイルマさんが来るものだと思っていた」

「悪かったな。まだ、配属されたばかりの新人なものでね」

 イタハシは、鋭い眼光で聞いた。

「どうやって我々の計画に気づいた? イルマさんがあなたに伝えたか?」

 ツバサは、イタハシを睨んだ。少しの間だけでも、牽制して時間を稼ぐ。ツバサは、相手を言い負かす材料を頭の中で整理していた。

 相手が言葉巧みに人を騙すことが出来るのなら、こちらも言葉巧みに相手を言い負かそう。言葉で相手を論破したり批評したりするのは科学者の得意技だ。

「僕が参謀に聞いたのは、お前らの正体だけだ。お前らの計画については、参謀も気づいてはいない」

「なら何故」

 ツバサは、キリュウが教えてくれたことを伏せ、嘘も交えて反撃を開始した。強気で攻め、相手に反論する隙は与えない。

「確かに計画は完璧だったと思う。何も知らない人たちにとってはあれで問題ないと思う――沖津教授のことを知っている人以外はな」

 イタハシは、何? と呟く。

「新聞に書かれていた死因――心筋梗塞だった。だけど、警察はその原因を孤独死によるものだと断定した。普通に読めば何ら不思議はない。だけど、沖津教授を知っている人にとって、教授が孤独死することは絶対にあり得ないんだよ」

 そう。

 孤独死は、文字通り孤独である状態で過ごしていると、精神や人体に影響を及ぼし、心筋梗塞や脳溢血といった病気を発症して死亡する精神病の一つである。

 孤独死で死亡する人は、多くが自分の周りに話し相手が存在せず、また身寄りがいない――まさしく孤独な人が多いのだ。実際、孤独を感じる人に話を聞くと、一週間人と話さないだけで、頭がおかしくなりそうだ、と訴えてきた。

 沖津の場合、妻と息子を亡くした時点で一人になったと思われるが、実際は、親戚同士の付き合いや助手であるキリュウらとの交流が多い。そのため、沖津が孤独死によって死ぬことはまずあり得ないのだ。

「新聞を読んで疑問に思い、個人的に沖津教授のことを調べ始めた。教授の自宅に教授以外の第三者がいた可能性のある証拠を見つけたんだよ」

 イタハシは、無言でツバサを睨み続けた。

「お前は沖津教授を殺す時に墓穴を掘ったんだよ」

「墓穴だと……?」

 イタハシは動揺した。

 ツバサは、笑みを浮かべる。この圧倒的な不利の中、ツバサは自分自身の計略が悟られないようにさらに強気で言った。

「恐らく、お前は周辺に住む人たちの記憶をいつも改竄して沖津教授の家に行っていたんだろう。すでに教授の助手として潜入していたお前は、教授の家には簡単に入れる。だが、周辺の人に自分を見られるのはまずいと感じ、常に記憶を弄っていたんだろうな」

 だけど、それは今回に限ってまずいことだった、とツバサは言った。

「孤独死と疑わない世間にとっては、いくら情報を聞いても誰も気づかない。何しろ、沖津教授は家からあまり出ないから、周辺の人からもあまり目撃談がなく、あったとしても、それは、その時何をしていたかという情報だ。直接的な死因に繋がるものじゃないから、警察にとっても聞き込みは重要なものじゃなかった」

 だけどな、とツバサは言った。

「聞き込みをした情報の中で、たった一言、ある矛盾があった」

「矛盾……だと?」

 ツバサは、攻撃をやめない。イタハシはどうやらその矛盾に気づいていないようだ。なら、この後に来る衝撃は途轍もないものだろう。

「お前は、沖津教授が亡くなるあの日、教授の家を訪れた。だが、その後教授の死体を発見するのだから、周辺の人からは家に入っていったお前が殺したのでは、と疑うだろう。だから、お前は、『この日、教授の家に入っていった人は誰もいなかった』みたいなことを周辺の人の記憶の中に刷り込ませ、元の記憶を改竄した」

 イタハシは、動揺している。何故、それがいけないことなのか、その理由を知りたがっているようだった。

「周辺の人は警察に改竄された記憶を信じてそう発言する。世間からしたらどこにも矛盾が無いように感じる。だが、矛盾が一つだけあるんだよ」

 ツバサはそれを指摘した。

 

「教授を発見し、通報したのは助手のキリュウだ。なら何故、周辺の人は教授の家に入った人は一人もいない(・・・・・・)と言ったのだろうか?」

 

 イタハシはそれを聞いて愕然とした。

 ツバサは、してやった、と半ば勝利を確信した。

「おかしいよな。助手であるキリュウは周辺の人とからも認知されていた。いつも教授の仕事だけじゃなく、家事などの面倒も見ていたから、いつも周りに見られていた。だけどあの日は、近くの人が草むしりで外にいたが、その人は教授の家に入っていく人を誰も見ていないと言った。警察が来たことは覚えていたのにだ」

 ツバサは結論を言う。

 

「お前は、自分が目撃されたことを隠蔽するために記憶を改竄しようとしたが、『誰一人も見ていない』という情報を刷り込ませた所為で、後から来るキリュウの目撃情報すらも周辺の人の記憶から消してしまったんだよ」

 

 それが矛盾だった。

 ツバサが聞き込みをした時、確かに『誰一人も見ていない』と言った。なのに、ニュースでは助手が通報していると発表している。

 助手はいつ教授の家に入ったのだろうか? 夜中だろうか、翌日だろうか? 

 いや、違う。

 キリュウはこう言った。あの日、教授に呼び出されて急いで自宅へ向かったと。なら、教授が亡くなってすぐに家を訪れていることを考えれば、あの時、ツバサに話した近所の女性は、キリュウを見ていたはずなのだ。

 イタハシは微動だにしない。だが、明らかにツバサの論破が効いている。完璧だった計画が一つ、二つと、些細なミスで瓦解していく。

 ツバサはさらに追い打ちをかけた。

「あの日、お前は沖津教授の元を訪ねた。沖津教授からある情報を得ようとしたんだろう。その情報は、沖津教授の脳に蓄積されているだけではない。あの書斎にあった、教授が研究したあらゆる学問の膨大なファイルの中にもあった」

 イタハシは、一歩後ずさる。

「お前は沖津教授を説得して、そのファイルを見せてもらうようにした。そして、教授はメモ帳にファイルのラベルのナンバーを書いて、お前に渡した――『A-18』と書かれたメモを」

 イタハシの瞳孔が開いてきた。

「お前はそのファイルの中身を盗んだのだろう。だけど、盗んだことがばれないように別のデータをファイルして細工した」

 ツバサは一呼吸おいて説明を続けた。

 

「だが、その細工は僕にある事実を伝えるには充分すぎる証拠だった」

 

 イタハシが驚愕の顔でツバサを見つめた。通っている。間違いなく、ツバサの言葉は相手の虚を突いている。

「僕たちが『A-18』のファイルを調べたとき、そこにはファイルされてあった資料が確かにあった。だが、そこに書かれていた内容は『Paleontology』とあった」

 だけど、それはおかしいんだ、とツバサは言った。

「あのファイルのラベルはアルファベットと数字で書かれているが、実はあれは、それぞれの学問のスペルの頭文字をアルファベット順に並べるためのラベルだったんだ」

 ツバサが、適当に『E』のファイルを取った時、そこには『Economics』の研究内容が書かれていた。

「なら、『A-18』にはスペル的に『A』から始まる学問じゃなきゃいけないはずなんだ。だが、実際ファイルされてあったのは『Paleontology』――『P』のラベルがあるファイルのものがそこにあった」

 なるほどな……、とイタハシはようやく口を開いた。

「迂闊だったわけだ。メモ帳も燃やし、ファイルの細工もしたが……迂闊だったな。ファイルはもっと細かく細工するべきだったな」

 イタハシは、驚愕はしたものの、完全に言い負かされたほど困惑しているようには見えなかった。

 そう。

 ファイルが抜き取られたとはいえ、一体そこに何の学問の研究が書かれてあったのかは分からないのだ。実際の物はキリエル人の手に渡ってしまっている。『A』から始まる学問は多い。一つ一つ探すのはきりがない。

 だが、ツバサはイタハシのさらに先を行っていた。

 

「恐らく、盗まれたのは『Archeology』――考古学の研究内容が書かれていたはずだ」

 

 イタハシは、今度こそ動揺した。

「何故分かる……。『A』から始まる学問は多いんだぞ。まさか、一つずつ調べていったのか」

 ツバサは、いいや、と答えた。

「あのラベルの数字――あれはそれぞれのスペルに該当する学問のファイルの数を表していたものだと思うが、実は違う。あの数字は、それぞれの学問の二番目のスペルをアルファベット順にしたものなんだよ」

 ツバサが読んだ『E-3』は、『Economics』――つまり経済学だった。

 そのスペルの二番目は『c』だ。『c』はアルファベット順では三番目の文字だ。だから『E-3』なのである。

 メモに記されていたのは『A-18』。つまり、『A』の頭文字であり二番目の文字がアルファベットの十八番目の文字――つまり『r』のことを指しているのである。

「だが、それだけでも断定は出来ないはずだ。『Ar』から始まる学問は他にもあるぞ!」

 ツバサは、それか……、と低音で言った。

「それは勘だよ」

 ツバサがそう言うと、イタハシは、目を丸くした。

「正確に言うなら、お前らの行動から予想しただけだけどな。一応最初から考古学じゃないかという予想はあったけど、確実じゃなかった。イルマ参謀の過去のお前らの話を聞いてようやく確信したんだよ」

 ツバサは、さらに続けて追い打ちをかける。

「お前らが知りたい内容なんて素人がよく考えても分かることだ」

 ツバサは、その内容を言った。

 

「そこにウルトラマンに関する考察が書かれていたんだろ?」

 

 イタハシは、戦慄した。

「大まかに言えば、ウルトラマンに関する詳細なデータ、歴史、さらに言えば生態系などか……?」

 イタハシはさらに冷や汗を掻く。

 ツバサは、もらった、と思った。恐らく、もう冷静さは欠けているはずだ。

「だが、お前らが一番欲しかったのは……」

 

「ウルトラマンの弱点というところか?」

 

 空気が変わった。体中に電流が流れるような感覚がツバサだけではなく、イタハシにも届いた。

「敵の不利になる時間、不利になる戦闘方法、不利になる箇所……敵の情報を予め得てから戦いに望めば勝率も上がるだろうな。ウルトラマンが完膚なく負ければ、お前らはそこにつけこんで人々を洗脳することが出来る……そんな所か」

 イタハシは俯いた。どうやら、ツバサの予想は全て当たっていたようだ。

 ツバサは、沖津は考古学に関する論文を数多く発表していた時、その中にティガに関することを研究していてもおかしくないと考えていた。無くなったファイルの中身を予想した時、自然とウルトラマンとその古代遺跡に関することが頭の中に浮かび上がった。そして、イルマが語った過去のキリエル人の動向――それらを考えると、あまりにも相手の愚かで子供じみた動機が容易に想像できたのだ。

「後は、イタハシ・ミツオの詳細を調べるだけだった。彼が三十一年前に死亡していることは既に分かっている。イルマ参謀がかつて来たこのマンション……名義がイタハシのままだった。死亡した人が部屋を借りることは出来ない――つまり、ここでも不動産や周辺の人の記憶を改竄してやり過ごし、今までキリエル人のアジトとしていつでも使えるようにしていた……そんな所か。後は、突入して真相を暴くだけだった」

 ツバサがそう言うと、イタハシは、笑った。乾いた笑いだった。

「そうだな。だがお前はこうして捕まった。逃げることも出来ずにここで死ぬことになる」

 だが、それは後だ、とイタハシは言った。

「お前はしばらくの間ここで待ってもらう?」

 待ってもらう? ツバサはイタハシの言っていることが理解出来なかった。

「どうしてだ? 真実を知られた以上お前らが僕を生かす必要性はもうないはずだが」

 イタハシは、ふっ、と上から目線でツバサを睨みながら笑った。

「知られたところで、我々の勝利は変わらない。お前には、ここでウルトラマンが我々に成す術もなく屠られる姿を見てもらい、絶望した中で殺すことにする」

 あれ? とツバサは不思議に思った。もしかして、質問の意図が噛み合っていないのではないだろうか?

 ツバサは、そうか……と、呟きイタハシに探りを入れてみた。

「なら、お前もウルトラマンの正体が誰か分からないということか」

 イタハシは、眉をひそめた。

「どういうことだ?」

「いや……TPCではウルトラマンの正体をいち早く暴こうというのが上層部の一部の考えでね。僕も興味があったんだ。お前らは何度もウルトラマンと戦ったことがあるとい聞いた。だったらそれもついでに聞こうと考えたんだが……」

 どうやらあてが外れたようだ、とツバサは言った。

 イタハシは、淡々と答えを返した。

「誰がウルトラマンであれ、殺しさえすればどうとでもなる。人類にとって必要なのは、その正体が死ぬことではない。ウルトラマンを倒すという結果が必要なのだ」

 イタハシはそう言って、部屋を出ていった。

 どうやら、予想は正しかったようだ――ツバサは確信した。

 イタハシは――敵であるキリエル人はティガの正体を知らない。

 ガッツイーグルでイタハシを見たとき、あの時「ティガ」と呟いたのは、正体を知られたからだと思った。

 だが違った。

 あれは恐らく、牽制しただけのことだったのだろう。ウルトラマンを地球の守護者と信じてやまないTPC――S‐GUTSを威嚇して不安を煽ることで、向こうに戦闘の意思があることを伝えたのかもしれない。

 イタハシが言った、ウルトラマンを倒すことが重要、ということを考えると、キリエル人は、正体を暴くところまでは至らなかったということだ。自らがアクションを起こせば、自然とティガは現れる――それが、妥協点であり、確信だったのだ。

 なら、そう考えると、一つだけ疑問に残る点がある。

「どうしてキリュウは僕の正体に気づけたんだろうか……」

 ……いや、今はそんな考察をしている場合ではない、とツバサは頭を切り替えた。

 まずはここから抜け出さなければ。

 とはいえ、イタハシが去った後とはいえ、両手両足の見えない拘束は解ける気配を見せなかった。

 常人の力ではどうこう出来るものじゃなかった。まるで鉄の楔が打ち込まれているかのように、手足をきつく拘束して、全く動かない。

 もし、このままここで拘束され続けていたら、ティガが一向に現れないどころかキリエル人がツバサこそがティガであることを知ってしまう可能性がある。

 事態は一刻を争う。だが、手足が動かないだけじゃなく、目の前の台にツバサが所持していた武器や通信機、工具類が置かれていた。

 しかも、どうやら部屋の外――廊下に気配を感じた。恐らく、キリエル人が監視とアジトの警護のためにいるのだろう。

 用意周到なことだ、とツバサは感心した。

「だが……」

 と、ツバサはにやりと笑う。

「それでこそ隠していた手の内が役に立つんだ」

 

 外から衝撃音が聞こえた。

 廊下から瞬間的に発光が見えた。独特な怪音がその発光と同時に響く。ツバサは、その音と光の方へ顔を向けていた。

 直後に拘束が解け、ツバサは床に落下して尻餅をついた。

 その後、ドアが開かれた。

「やあ。待っていたよ。やはり教鞭に立つ身だから、時間厳守はきっちり守っているようだな。職業病か?」

 ツバサは、軽い冗談を言って、その男を困らせた。

「全く……私は、戦闘は不得手なんだ。デスクワーク派の私にこんな労働を任せるなんてな……人使い、いや宇宙人使いが荒い」

 と、キリュウは、溜め息を吐きながら言った。

「だけど、警護していたキリエル人を倒せたじゃないか」

「まあ、元々仲間だったからな。私を見たところで警戒などなかった。一応、戦闘能力は向こうが上だが、不意を突けば、私の衝撃波でも倒すことは可能だ」

 ツバサは立ち上がって台にあった装備を所定の場所に装備した。

「一体どんな拘束だったんだ? 体が動かなくて焦ったよ」

「キリエル人の超能力だ。衝撃波を放つのと同じで、超常の力で相手を拘束することが出来る技だ。本来ならそれをかけた奴の念が無くなれば自然と解けるのだが、どうやら、拘束をしていたのはそこの警護していた奴のようだったな」 

 確かに、あの怪音が無くなった後に拘束が解けた。キリュウが衝撃波を放って倒したと同時に拘束が解けたのだ。

「外の状況はどうなってる?」

 ツバサが尋ねると、キリュウは答えた。

「静かなものだ。人ひとりもいなかったぞ」

 よし、とツバサは呟いた。どうやらイルマは、言った通りにしてくれているようだ。

「手筈は整った。後は直接対決だけだ」

 ツバサは、闘志を滾らせ、部屋を出ようとした。だが、キリュウはそれを止めた。

「ちょっと待て」

「何だ?」

 キリュウは呆れ果てた顔になって言った。

「これを持っていかなかったら、戦うことも出来ないだろうに」

 キリュウは、胸ポケットからツバサにそれを渡した。

 

 スパークレンスを。

 

 ツバサは、受け取った。

「そうだった。そういえば、お前に預けていたんだったな」

「しっかりしてくれ。これを守るのは意外と至難だったんだからな」

 キリュウは、そう忠告した。

 そう。

 大学で、ツバサがキリュウに預けたのは、スパークレンスだった。

 ツバサがキリュウの元に訪れた時には、既に事件の全体像が見えていた状態だった。ただ、その中でツバサの脳裏で未だに確信が得られていなかったのは、ツバサがティガであるという事実を敵が知っているかどうかだった。

 ガッツイーグルでイタハシと邂逅した時は、ツバサは思わず正体が知られたと疑った。その証拠に直後のキリュウのメールで完全に正体が知られたと確信したが――。

 メールの主とガッツイーグルで見た男はそれぞれ別人であること――それを踏まえるに、ガッツイーグルで見た男――イタハシは、果たして本当にツバサがティガであることを知っているかどうか疑問に思ったのだ。

 今回のキリュウの言動や行動から、明らかにイタハシらとは情報を共有していないように思えた。

 だからこそ、賭けてみたのだ。

 キリュウにスパークレンスを預け、ツバサが突入した時、恐らくツバサは襲われる。その時にイタハシがツバサの正体を知っているかそうでないかを。

 結果、後者だった。

 ツバサの装備品を回収した時に、イタハシはスパークレンスの有無について何の言及もしなかった。さらには、ツバサの探りの会話――あれでイタハシは、もといイタハシとその仲間であるキリエル人は、ツバサの正体を知らなかったという事実にたどり着いたのだ。

 そして、不利に陥ったツバサの元へキリュウが駆けつけ、スパークレンスを手渡す。

 これが、ツバサが仕込んだ最初の手の内だった。

「さて、改めて礼を言わなければならないな」

 ツバサはキリュウの顔を見てそう言った。

 キリュウは真剣な表情だった。

「礼など不要だ。それよりも、君に忠告しておくことがある」

 ツバサも真剣な顔になった。

「この戦い……いくら手の内や情報がこちらにあったとしても、戦況は圧倒的に君が不利だ」

 ツバサは何も言わなかった。それは、ツバサも重々承知していることだった。

「君の戦闘能力を考えても、味方の援護があったとしても、君が勝てる確率はほぼ0に近い。見ていると隠し玉があるようだが、それが果たして奴らに届くかどうか分からない」

「届くさ」

 と、ツバサは言った。

「確証はあるのか?」

「100パーセントとは言えないかな……でも、99パーセント自信はある」

 ツバサは、微笑みながらそう言った。

「沖津教授が、その可能性の事実性を死にながらも示してくれた」

 ツバサがそう言うと、キリュウは驚いた。

「教授が……示した?」

 ツバサは頷いた。キリュウは、腕を組む。部屋を後にするツバサにキリュウは、こんな質問を投げかけた。

「もし、人類がキリエル人に支配される未来を選んだら、どうなると思う?」

 ツバサは立ち止まった。

「どういうことだ?」

「いや、興味があっただけだ。ウルトラマンとしての君の意見が聞きたい。キリエル人に従っていた場合、人類は今以上に発展をしていたかどうか」

 ツバサは、微笑しながら即答した。

「お前が言ったんじゃないか。『狂気を真実として信じ、檻にしか生を感じることの出来ない未来だ』って。僕もそう思うよ。キリエル人に支配されていたら、今よりもすぐ早くに人類は滅んでいただろうな。それこそ光の巨人が現れる前にもっと早くにね」

 そう言って、ツバサは去っていく。

「なるほど、そう答えるか……」

キリュウは小さく笑いながら、去っていくツバサの背中を見えなくなるまで見つめていた。

 

 ツバサは、マンションの外に出た。

 雲一つない満点の空。戦うには、あまりにも場違いな風景だ。

 ツバサはスパークレンスを見つめた。まだ、ティガとして戦ってわずか。それでも何か掴めた気がしていた。

 今までとは違い、ツバサは自分だけの武器を得ている。後はどこまで切り札を温存することが出来るか――出来れば切り札を使わずに勝ちたいが……。

 行こうか。もう迷うことはない。

 ツバサは、スパークレンスは空に掲げた。

 




あまりに分量書きすぎたんでフラグが回収しきれてないのがあるかも……。
そんなのあったら誰か指摘お願いします。時間がある時書き直しますので。
続きます。
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