ウルトラマンティガ THE SECOND   作:ヤステル

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今度こそこれで終わりです。
お疲れ様でした。
最後に、自分で言うのもあれだけど、エミ=サンカワイイヤッター!


其の5

 9.

 

   *

 

 ――また夢だ。

 

 石の建造物で彩られた街だった。

 石で造られた柱、家、宮殿……。

 精巧に、滑らかに削られた石を正確に組み立てている。街並みは、左右対称で整えていると思えばそうでなく、どこか遊び心もあり、不自然さも味を醸し出している。

 一言でいえば、美しい。

 世界のどこを見ても、ここまで美しい街は見たことがない。

 欧州の世界遺産とは違う――石本来の鼠色を自然と見事に合わせている。

 だが、人の気配はない。

 美しい街――だが、無人の街――。

 何故、人々はこの街を放棄したのだろうか。

 

 ――そう、大きな戦争が起こっていたからだ。

 

 ああ、そうだ、戦争だ。光と闇の戦い。

 

 ――人類は一つだった。大いなる闇が来るまでは……。

 

 街に現れた巨大怪獣。数は、分からない。突如現れた怪獣は、街を無差別に破壊し、そこに生ける者たちを悉く破壊し、殺していった。

 

 ――そう。そして、人々は戦うために、光の巨人となって迫りくる敵を打ち倒していった。

 

 だが、怪獣を倒して得た平和は仮初だった。

 光の巨人の力を手に入れた人類は、己の力を過信し始めた。

 

 ――そして、戦いが起こった。巨人同士の争い。

 

 視点が移る。

 目の前に、巨人。

 互いに取っ組み合っている。

 咄嗟に相手を引き離す。脇が空いた。すかさず、脇にめがけて右足を払う。

 巨人は、左に逸れた。体勢が崩れていくのが分かった。

 そのチャンスを、見逃すはずが無い。 

 巨人の左脇と右肩を掴み、そして持ち上げた。すぐに敵はばたついて意地でも降りようとするだろう。だが、そんなことはさせない。

 周りを見渡した。

 左の方に敵の巨人が二体。

 それにめがけて巨人を投げ飛ばした。

 巨人は、宙をばたつかせて、敵の巨人に激突してそのまま倒れこんだ。

 倒れた三体の巨人の前に歩いていく。足音は低いが冷静だ。

 三体の巨人は、自分を見上げた。怯えるように、見上げ、反撃することもしなかった。

 もう戦う気力もないようだ。

 自分は、エネルギーを溜める。敵を一体でも多く仕留めるために、溜めたこのエネルギーをこの三体に――無慈悲に――残酷に――。

 

 ――放つ。

 

 見えるのは爆炎だった。

 まだ敵は残っている。このまま次の敵を倒すとしよう。

 

 戦いに明け暮れ、自軍の勝利を確信し、勝利に酔いしれる。

 荒廃した街。血を流し倒れている数多の屍。その中のどれが、自分が殺してしまった人たちなのか判別出来ない。

 そして、自分自身に問いかける。

 

 ――一体自分は、何のために戦っているのか? 愛する者のためか、死にたくないためか?

 

 答える者は誰もいない。

 それでも、問いかける。

 

 ――なあ、アリア。僕は、君を守れたのだろうか。

 

 天を仰ぎ、すでにいないいずこかの「君」へそう呟いた。

 戦いの中で、自分が何のために戦っていたのか、その誇りも、矜持も、同情心も、罪悪感も――何もかもが灰と化していた。

 

 そこにいたのは、戦うことでしか生を見いだせなくなった哀れな巨人だった。

 

   *

 

 墓前に九本の線香が焚かれた。

 一人三本――三人は墓前に手を合わせた。

 暫くの間、既にいないその人に向けて、自身の功力を送る。

 せめて早く成仏できるように、そう祈った。

「今日は有難うねー。一緒に大叔父さんの墓参りに来てくれて」

 エミはそう言った。

『沖津浩三之墓』と書かれた墓。エミ、ツバサ、そしてキリュウはそこにいた。

 ツバサは、首を横に振った。

「むしろこちらが有難うだよ。沖津教授のおかげで僕たちはキリエル人に勝つことが出来たんだから」

「そうだな。ようやく清子さんと眠ることが出来るんだ。教授もきっと喜んでいるだろう」

 と、キリュウは沖津の横にある『木佐貫清子之墓』を見ながら言った。

 エミは、墓を見つめながら、拳を握っていた。手が震えている。顔も引きつっていた。

「……有難う、ツバサ」

 エミは小さく呟いた。

 えっ? とツバサは、エミに顔を向けた。

「どうしたの?」

「……ツバサがいなかったら、きっと大叔父さんは救われなかった」

 エミは低い声で言った。

「僕は何もしていない。勝手に調査した所為で、エミやその家族の踏み込んではいけない場所へ土足で入って、傷つけた」

 そんなことないよ、とエミは微笑みながら答えた。

「こうでもしなかったら、犯人は見つからなかったし、大叔父さんだって浮かばれなかったと思う」

 だから、有難うだよ、とエミは言った。

 静寂が霊園を包んだ。

「……何だか、しんみりしちゃったね……。わたし、桶に水を汲んでくるね」

 エミはそう言って駆け出していった。

 少し無理をしているようだったが、きっとそれも乗り越えてくれるだろう、とツバサは思った。

「……私からも改めて礼を言わせてもらおう」

 キリュウが言った。

「どうしたんだ? いきなり」

「本来なら、私がこの一件を片付けるはずだった。それを全て君に押し付けてしまい、挙句の果てに死なせる一歩手前まで追いつめてしまった」

 本当に申し訳ない、とキリュウは頭を下げた。

「別に気にしていないさ。お前だってあまり動けなかった身だったんだから、誰かに頼むしかなかったんだろう?」

 ツバサはそう言った。

「エミや周りの人の記憶を弄ったのには理由があった……それは、今は納得している。僕の所為でエミはお前と悠仁の矛盾に気づいてしまったからね」

「……それに関しては、また改竄させてもらった。今度は顔を見ても同一と判断させないように厳重とな」

 本当なら、それは許されざることなのかもしれない。だが、沖津教授から提案したことなのだ。キリュウがこの星で暮らせるように、という弟子に対する愛情だったのかもしれない。

 ツバサは、今回は仕方がない、と言った。

 だが、とツバサは言った。

「だけど、少しだけ気に食わないことがある」

 キリュウは頭を上げた。

「キリュウ――お前はまだ僕に隠していることがいくつかある」

 キリュウは、目を細めた。

「一つは想像出来るが、もう一つはいくら考えても予測がつかない。だから答えてもらおうか」

 ツバサがそう言うと、キリュウは、ふむ、と言ってツバサの話を聞いた。

「大学の研究室で、僕はお前に聞いたな。どうして沖津教授が殺されたということを知ったのか、と」

「聞いたな」

「あの時は、分からなかったが、イタハシに自分の推理を説明している時に気付いたんだ。あまりにも簡単な答えをね」

 ツバサは説明した。

「まず、沖津教授の書斎だが……あそこで僕は教授が殺されたと確証づけた証拠を見つけた」

 ツバサは指を一つずつ立てて説明する。

「一つ目がファイルの中身の資料だ。問題の『A-18』のファイルには、元々あった資料が抜き取られて、『Paleontology』と書かれた資料のコピーが入れられていた」

「コピーね……」

「そして、元の『Paleontology』が入っているファイルを調べると、そこにあの写真が挟まっていた――そして、あの写真に写っていた男――イタハシを見つけて事件の全貌が見えてきたんだが……」

 ツバサはキリュウにこう告げた。

 

「あれはお前が細工したんだな」

 

 キリュウは表情を変えない。

「誰かが事件の真相に気付くように、お前は空になった『A-18』のファイルにあえて『Paleontology』の資料のコピーを入れ、そしてあの写真を入れた」

 ツバサは、呆れながらも苦笑しながら言った。

 

「『Paleontology』の資料を入れたのは、イタハシが何の学問に関する資料を盗んだかのヒントを与えるためだったんだろう? 『Paleontology』――古生物学だ。盗まれた『Archeology』――考古学に類似するものを入れれば見当がつくだろうと考えたんだろうが、おあいにく様、あれを見たときはご丁寧に、と笑ったね。少なくとも、盗まれたものに関しては何となくだが見当はついていたからな」

 

 ツバサがそう言うと、キリュウは、苦笑しながら答えた。

「そうか。やはり無用な気遣いだったようだな」

 それはキリュウが細工をしたことを認めるということだった。

 だが、ツバサの説明はまだ終わらない。

「それだけじゃない。あの細工をしたということは、こう結論付けられる」

 

「お前が沖津教授の自宅に行った時、そこには沖津教授の死体だけじゃなくてイタハシも一緒にいたはずだということに」

 

 キリュウはツバサを睨んだ。

「恐らく、細工も含めて証拠隠滅は自分がやると言って、イタハシを説得したのだろう。そして、そこでお前はもう一つの細工をした」

「もう一つの細工……」

 ツバサは説明した。

「お前に見せた写真――あの時、お前は記憶を弄られたと言ったな」

「確かに言ったな。本来なら三人で撮ったと思っていたものだったのだから」

 ツバサはキリュウに指をさして言った。

 

「弄られたんじゃない。お前がイタハシの記憶を弄ったんだよ」

 

 キリュウは口を閉ざした。

「研究室で記憶を弄られたと言ったのは、僕が教授の自宅周辺の聞き込みをしていた時、キリュウが家に入ったのに、その時誰も家に入っていないという矛盾が生じたことに関して、その矛盾がキリエル人による人為的なものであるということを、確信付けさせたかったためだ。現にお前は、イタハシを指さしてこの男に記憶を弄られたと言った。弄られたのに、すぐに思い出すのはあまりにおかしいと、後々になって気付いたよ。我ながら見落としてしまったことを悔やむばかりだ」

 ツバサは説明を続ける。

「イタハシは、周囲の人の記憶を改竄しようとしただろう――『警察が来るまで、沖津教授の自宅に怪しい人物は誰も入っていかなかった』と。だが、証拠隠滅を引き受けたお前は、記憶の改竄も自分でやると提案したんだ。そして、周囲の人の記憶を改竄した――『警察が来るまで、沖津教授の自宅には誰も入っていかなかった』と」

 キリュウは、口を歪ませる。

「こうすれば、警察が入っていったことは記憶に残るが、キリュウが第一発見者であるはずなのに、誰も沖津教授の自宅に入っていった人はいなかったという矛盾が生じる。後は、イタハシの記憶を弄り、それが自分自身のミスであると指摘されて気付くように改竄した。お前はそれを僕に知らせたかったんだ」

 それだけじゃない、とツバサは言った。

「イタハシは沖津教授が最後の抵抗として自宅にあった電磁波遮断機構を作動させて、追い込んだ。だが、当然イタハシは敵がその策を講じてくる可能性も考えて、対策を立てていたはずだ。だが、今回の戦いには、それが無かった」

 ツバサは言った。

「お前がイタハシの記憶を弄った時、電磁波遮断機構の対策に関する記憶も一緒に消したんだよ。この対策を立てることは、キリエル人にとって完全勝利を意味するものだった。お前は僕が奴らの弱点を見つけることを考慮して、奴らからその記憶を抹消したんだ」

 違うか、とツバサはキリュウに迫った。

 キリュウは、そうだ、と言って謝った。

「そうだ。全て知っていた。教授が奴に殺されたことも、何もかも全てだ。それを知っていながら、エミを含め誰にも真実を話さず、お前に調べてほしいなどと時間稼ぎのような暴挙に出てしまった。いくら自分が奴らを裏切ることを悟らせないためとはいえ、私自身に嘘をついたことは間違いない。今からでも、真相を警察に伝えて、私自身も裁きを受ける必要がある、とそう思っている」

 だが、それは仕方のないことだった。

 同族を裏切るためには、こういう回りくどい方法を取るしか他に方法はなかった。これがエミやその家族を裏切ることになろうとも、自分自身に嘘をついて、味方も敵も欺いてまでしなければ、沖津の弔い合戦をすることは出来なかったのだ。

 ツバサは、その事をよく分かっていた。

「警察には、あくまで病死で片付けてもらう。お前はもう悔やむ必要はないんだ」

「いや、それは出来ない。教授の傍にいた者として、しかるべき処分は免れないと思っているさ」

 キリュウの意志は固いようだ。

 ツバサは、はあ、と息を吐いて、ポーチから一枚のメモを取り出した。

「それは……」

「写真と一緒にファイルに入っていたメモだ」

 キリュウは、目を逸らした。

「これもお前が入れたんだろう?」

「ああ。証拠になると思ってな。何の証拠かはあの時は皆目見当もつかなかった」

 ツバサは、またポーチから一本の鉛筆を取り出した。

「これは、証拠じゃなかったんだよ。どちらかというと、沖津教授の葛藤と言ったところか?」

 どういうことだ、とキリュウは聞いた。

 ツバサは、メモを鉛筆で塗りつぶしていった。

 メモの上側に『A‐18』と浮き出てきた。

「やはり、そうやってファイルが盗まれたことに気づいたんだな」

 キリュウはそう言った。

 だが、ツバサは、それだけじゃない、と言った。

「それだけじゃない?」

「まだ続きがあったんだよ。このメモには」

 ツバサは、さらに鉛筆でメモを塗りつぶした。

 そして、そこに二つの文字が浮かび上がってきた。

 キリュウは目を疑った。

 

 遺書

 

 と、そう書かれていたのだから。

「遺書……だと……」

 ツバサは頷いた。

「そうだ。遺書だ」

「どうして教授はそんなことを……」

 キリュウはそう言いつつ、気付いた。キリュウはツバサに目をやった。

 

「そういうことだったんだよ。結果的に見て、沖津教授は、殺されたから死んだんじゃない。あの日、自らの命を絶とうとしていたんだ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ツバサがそう言うと、キリュウは、沖津の墓にめをやった。

「死のうとしていた……教授、あなたは……」

 ツバサは自身の見解を言った。

「イガワ刑事から沖津教授の死因と司法解剖の結果を聞いた時、ふと思ったんだ。教授は、自分の命が長くないと悟っていたんじゃないかって」

「何故……そう思うんだ?」

 ツバサは説明した。

「電磁波というのは知ってのとおり、人体に大きな影響を及ぼすものなんだ。体を壊したり、精神を壊したり――用例を上げたらきりがない。ましてや、沖津教授の専門分野だ。若いころから――電磁波遮断機構がない時代からずっと電磁波に関する研究をしていたんだ。そうなったら、当然、沖津教授自身も電磁波によって何らかの被害があってもおかしくはなかったはずだ」

「それが……心臓を悪くしていた……ということだったのか」

 ツバサは頷いた。

「結果的にキリエル人に殺されたということだったが、本当の意味で、警察の見解だった心筋梗塞は間違いではなかったんだ。偶然、情報を盗もうとしたキリエル人を追い払うために電磁波遮断機構を使い、その結果命を落とした。だけど、実際は、あの日、元から電磁波遮断機構を使って死のうとしていたんじゃないかと思うんだ」

「電磁波を研究してきた科学者が最後は電磁波によって命を落とす……か……。教授が好みそうな趣向だ」

 キリュウは、目を閉じて、沖津が亡くなる前の最後の会話を思い出した。

 

 ――お前が知識を身に着けるとは何なのかを理解したかどうか、テストしてやる。

 ――テストですって? 待ってくださいよ。それを答えることなんて出来ませんよ。まだまだ未熟なんですから。

 ――ははは! そうか! なら安心だ。ほら、さっさと来い!

 

「……そういうことだったんですね、教授……。知識を身に着けるということは、『分からない』ものがある、ということを常に持っていることだと」

 キリュウは独り言のように呟いた。

 そうだ。

 知識を身に着けることは、何事も『分からない』から始まることなのだ。好奇心を持ち、調べ、混乱し、そして答えを得る――その繰り返しなのだ。

 常に知を探求すること――それは全ての人間に課せられた義務なのかもしれない――そう、自分だけじゃない。全ての人間が『知の探究者』なのだ。

「お前に全てを任せられるから、沖津教授は安心して死ぬを選べたんだと思う」

 ツバサがそう言うと、キリュウは、ああ、そうだな……と答えた。

 それが、沖津なりのキリュウへの愛情だったのだ。

 幾度も人類と、光の巨人と争っていた相容れない敵を、宇宙人を――沖津は地球人として、一人の助手として、そして一人の息子として見守っていたのだ。

 キリュウは宇宙人ではなく、もう立派な人類の一員として、誰からにも迎え入れられる存在として、育てられたのだ。

 キリュウの目には一筋の涙が零れていた。

 いい歳した男が涙など情けないと思ったが、それもいいと、ツバサは感じた。

 キリュウは、涙を拭き取る。

「……有難う。これで残っていたわだかまりが解けた」

 なら良かった、とツバサは言った。

「だけど、まだ聞きたいことはあるんだ。お前が隠しているもう一つのこと――どうして僕がウルトラマンティがであるかを知っているか、その答えを未だに聞いていない」

 ツバサがそう言うと、キリュウは、またはぐらかした。

「それについては、今言うことではない。というより、まだ言えないのが現状だ」

「言えない?」

「そうだ。来るべき時が来たら、話すさ。それまで、待っていてほしい。だが、その他のもう一つ――お前に成功報酬を渡す――それで妥協してもらいたい」

 キリュウはそう言った。そう言えば、確かに貰っていない。

 どうやらキリュウには、考えがあるようだ。今は分からなくとも、その内知ることが出来るのなら、ここはキリュウに従って、その時が来るまで待つとしよう。

 なら、キリュウから貰える成功報酬――すなわち、ツバサの失われた記憶についての情報だ。

「僕について何か分かったのか?」

 キリュウは、少し間を置いた。どうやら何かあるらしい。

「結論から言えば、君に関する情報は何一つ探れなかった」

 キリュウの言葉に、ツバサは喉を詰まらせた。想定した答えの中で一番ありえない答えが返ってきたからだ。

「探れなかった……どういうことだ?」

「正確に言えば、君という存在――エンジョウ・ツバサに関する情報が何一つとして探ることが出来なかったんだ。君の記憶の深層へ介入し、隠された記憶を引き出そうとしたのだが……不思議なことに、そこに君自身の記憶は何一つなかった」

「何もなかったのか? 僕の本当の出生や、本当の両親も。記憶を失った理由についてもか?」

 キリュウは頷いた。

「君としての記憶の始めは、君がエンジョウ家で目を覚ましたところからだった。それ以前の記憶は一切なかったんだ。こんなことは初めてだ」

 方舟事件の少し前――自身がエンジョウ家のベッドで目を覚ました瞬間――あの時以前の記憶は一切ない、という真実にツバサは理解が追い付かなかった。

 記憶は忘れていても、脳である程度管理されている。それはきっかけやちょっとしたことで思い出すことが出来るはずなのに、そのきっかけそのものが無いということになる。

 そんなのはあり得ない。ツバサの今の状況は、生まれたばかりの生後間もない赤子となんら変わりない状態なのだ。

 だが、とキリュウは言った。

「それ以外に関しては、面白い記憶があった」

 面白い記憶……? とツバサは聞いた。

「私が君の記憶を見ている時の説明はしたな? あの時、君は夢を見ていたはずだ。巨人同士の争いの映像を」

 ああ……、とツバサは思い出した。

 そうだ。確かに見た。

 巨人として戦う覚悟を決めた男の夢を――。

 戦ううちに、守るべきものが一体何だったのかを忘れてしまった哀れな男の夢を――。

「恐らく、あれが君という個の全てだと思う。君が光の巨人になれる理由は、そこにあるのかもしれない」

 ツバサは夢を思い出す。

 今まで、地球上では見たことのない街。見慣れない怪獣たち。そして、見慣れない巨人たち。

 どうやら自分の視点は、その巨人の一体であったが、妙に鮮明だった。

 あれは、一体どういうことを意味している夢なのだろうか。

 ウルトラマンティガ以外の巨人たち――ボディやフォルムは違うが、あれはまさしくティガと同等の存在だと、ツバサは確信していた。

 そして石造りの街――欧州を想像したが、あんな露骨な石造りは見たことがない。まるで古代都市みたいだ。

 そして、敵を圧倒していた自分の視点と、誰かに語り掛けていた自分の視点。

 あれは、一体何なのだろうか。

 戦い方だけじゃない。あの街も、あの巨人たちも、あの光景も――今まで一度も見たことのないもののはずなのに、どこか郷愁を感じる。

 そして、誰かの名前を口にした――あれは一体誰の事だったのだろうか。

 どこかでその名前を聞いたことがあるような――そんな気がするが……。

 ツバサは、自分の掌を見た。

 キリュウの言葉の意図はまだ分からない。だが、それが全てだ、と言われ、喪失感が出てきたことは間違いない。

 自分は本当に記憶を失っているのか? もしかして、エンジョウ家に拾われたあの時に生まれた人ならざる者だったのか。

 いや、そうなら、自分自身が何故あらゆる勉学の知識を予め持っていたか、その説明がつかない。

 その知識は今まで培ってきたもののはずだ。なら、必ず知識を蓄えていた期間――自分の過去が必ずあるはずなのだ。

 まだ掴めていない。直接記憶を覗くことが出来たキリュウでさえも知ることの出来ない何かがあるはずだ。

 とにかく今は、キリュウからの成功報酬は、紛れもなく自分が今後やるべきことを示す道標となったのは間違いない。

 ツバサは、キリュウに礼を言った。

 そして、その決意と同時に、エミが桶に大量の水を汲み、体を震わせながらゆっくりと戻ってきた。

 

   *

 

「以上で、システムν(ニュー)の実験結果の報告を終わります」

 ツバサはイルマにそう報告した。

 情報局の参謀室で、ツバサはイルマにシステムν(ニュー)の実験結果を報告した。本来ならもっと早く言うべきだったが、キリエル人の一件でそれどころではなかったのだ。

「ご苦労様。後は、残った実験をして、私たちやS‐GUTSの通信機全般に装備して実用性を確かめて、晴れて実用化ね」

「はい。僕の我侭に付き合ってくれて本当に有難うございました」

 ツバサは頭を下げる。

「どう。実験を主導してみて、何か分かった?」

 イルマの質問に、ツバサはゆっくりと答えた。

「……正直に言えば、今のTPCは昔ほど周りの人々に頼りにされている組織ではないと感じました。実験をするための交渉や事件調査に関する交渉も、思うように上手くいかなかった。迷惑がられたり、邪魔者扱いされたりと散々でした」

 そうね、とイルマは言った。

 だが、向こう側の都合は痛いほど分かる。自分たちやろうとしていることが、向こう側にとって邪魔であること、余計であることを。TPCだからあれこれに全て協力しろというのは甘えなのもよく知っている。地球を、人類を守るために必要だ、と説得して今まで周りの人々に協力を仰いできたことを考えれば、彼らにとっては、TPCは権力の横暴だとか、自分勝手だとか思っているはずだ。まるで、国民のためと言いつつ、国民を不利に追いやる――国民から非難される政府そのものだ。

 そして、イタハシの言葉――巨人が現れるから災厄がやってくる――巨人のいない世界が真の平和なのだと――それは的を得ていた。

 それが人間の本当の願いなのなら――自分自身は一体何のために戦っているのだろう。

 正直に言えば、ツバサは心が折れそうだった。

 無理もないだろう。まだ十五の少年に、大人がやるような交渉をして、怒鳴られ、巨人として戦って、現実を突きつけられて挫折するにはまだ早すぎる年齢なのだ。

 イルマは、それも十分理解していた。

「ツバサ君。確かにTPCは、以前と比べてもう必要のない組織かもしれないと思うかもしれないわ。それは仕方のないことだって」

 はい、とツバサは相槌を打った。

「無理もないもの。ティガが再び現れるまで、この十五年間は、怪獣にも宇宙人にも脅かされることのない平和な時だったから。これはキリエル人の言う通りよ」

 そうだったのか、とツバサは思った。

「平和だったから、私たちのように人類を守るための組織も光の巨人も必要ないと思うのも無理はないわ。だって、そう思う方が正しいことだから。それが普通だから」

 でもね、とイルマは言った。

「でも、それでも分かってくれる人はいるわ。今はまだ、敵の襲撃が来てから間もないから、みんな混乱しているだけなのよ。でもきっとみんな分かってくれる。今だって私たちを、あなたを分かってくれた人はいたはずよ」

 ツバサは、脳裏で自分に協力してくれたイガワを思い出した。

 最初は文句を言いつつも、協力してくれた、あの刑事を。

「だから、落ち込まないで。彼らも私たちも同じ人間なのだから」

 イルマの言葉にツバサは心が洗われた気がした。ツバサは、イルマに微笑みながら、はい、と答えた。

 それは紛れもない、ツバサの本心だった。

 

   *

 

 ツバサが去ったと同時に、別の人物が参謀室に訪れた。

「どうもお久しぶりです」

 イルマは、微笑みながら出迎えた。

「お久しぶりです。最後に会ったのは……ツバサ君をスカウトした時でしたね、お母様」

 イルマがそう言うと、カノコは微笑み返した。

「そうですね。こうして二人で話す機会なんて今まで滅多になかったでしたからね」

 イルマは、机の引き出しから、目的のものを取り出してカノコに渡した。

「これを、あなたにお返しします」

 それは、電磁波遮断機構の一時使用権限書だった。

 ツバサがカノコに頼んだ権限書――最初は、エミが基地に戻るついでに渡していったが、今回は、どうしても、この権限書をKISANUKIグループから借り受けたカノコに直接返したかったのだ。

「……確かに受け取りました」

 カノコは権限書を受け取ると、徐に聞いた。

「どうですか? ツバサはうまくやっていますか?」

 ただ純粋な、母として、心配しての言葉だった。

 イルマは答えた。

「ええ。よくやっています。むしろ他の人よりも良く頑張ってくれています。辛いことや悲しいこともあるかもしれないけれど、彼なら乗り越えていけると私は思っています」

「乗り越えられますよ。だって、わたしの自慢の息子ですから」

 カノコは、そう言って、踵を返す。

 参謀室を出ようとした時に、カノコは、思い出したようにイルマに聞いた。

 

「権限書……結局行使しなかったんですね(・・・・・・・・・・・・・)

 

   *

 

 参謀室で一人、イルマは考えていた。

 自分が見たものに対して、間違いなく見たと確証出来るが、確かに見たという真実を信じることが出来なかったからだ。

 そう。

 カノコが言ったように、ツバサが用意した切り札――電磁波遮断機構の一時使用権限書は使わなかったのだ。

 使わずして勝てない戦いだったはずだった。明らかにティガは死にかけていた。

 なら、何故勝てたのか?

 その答えの一端をイルマだけが知っていた。

 

 キリエロイドに首を掴まれ、持ち上げられたあの時。

 確かにティガには戦う力が残っていなかった。

 トモキが電力送電システムを直したところで、ティガにわずかに戦う力を取り戻させる程度のものだった。それだけでは、戦闘経験皆無のツバサがキリエロイドに勝つことはまず不可能だ。

 だからこそ、電磁波遮断機構を使う必要があった。

 だが、それをせずに勝てたのだ。

 イルマは確かに見たのだ。

 トモキが送電システムの送電実験を行った時、一瞬だけ街の電気が戻った時――その姿を目の当たりにしたのだ。

 そこから再び暗闇になり、ティガは両手でキリエロイドの両腕を掴み、そして、握りつぶしたのだ。

 悲鳴を上げたキリエロイド。ティガは、前蹴りしてキリエロイドの距離を離した。

 その後で、電力が完全に回復した。

 ティガは――光の巨人は確かにわずかながら力を取り戻した。

 だが、電力が一瞬灯ったあの瞬間だけは――。

 全てが違っていた。

 

 イルマは、あの時の状況を思い出す。

 あの瞬間がまるでこの世の終わりを表しているかのように、戦々恐々しながら、呟いた。

 

「黒い……ティガ……」

 

 




お疲れ様でした! 
まだ忙しいのでまた遅くなりそうですがよろしくお願いします!

登場怪獣
・炎魔人キリエル人(イタハシ・ミツオ)
・炎魔人キリエル人(キリュウ)
・炎魔戦士キリエロイド―シャイン・フォルコメン―

次回予告
冬から春に変わるとある日。恭一は自宅のベランダ越しに妻の美琴と二人の子供を呼んだ。そこには一本の桜と、春を謳う鳥の姿があった。
恭一は回想する。若かりしあの時、色々なことがあった。そして思い出す。美琴との出会い、そしてあの一羽の鳥との出会いと別れの物語を――。
次回 第五話「雪どけの回想」

参考にした話
・ウルトラマンティガ 第三話「悪魔の予言」
・ウルトラマンティガ 第二十五話「悪魔の審判」

参考文献
英文は、私が高校時代に書いたレポートをそのまま引用しました。特に意味はありません。
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