ウルトラマンティガ THE SECOND   作:ヤステル

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平成ウルトラマンでは太田愛さんの脚本がすごく好きですね。幻想的で感動的で。
私が好きなのはウルトラマンガイア第29話「遠い街・ウクバール」ですね
幻想的なんですが、特に寺田農さんの演技が最高でした。ちょっとやさぐれた兄貴みたいな性格ですが、
長嶋のおっちゃんを心配して、最後に空を見上げて「おっちゃん……」と呟くシーンは感動ものでした
これが「見ろ!人がゴミのようだ!」とムスカを演じていた寺田さんとは思えなかったですね
ああいう雰囲気は大好きです。

番外を間違えて載せてしまいました。番外は別枠でアップするのでどうかここでアップされたのは読まないでー


其の2

   6.

 

   *

 

『日本アルプスは、先週発生した大雨によって登山を全面禁止していましたが、雨雲は、このまま北上していくものと思われ、早ければ明日には晴れる見込みでしょう』

 

「……やっと登れるかもねー」

 美琴がテレビを見ながら言った。

「やっとか。宿の予約変更はまだ大丈夫で良かった。この調子なら明日の朝には出発出来るかもな」

 登山に行くための準備をしながら、私は言った。

「そうね。結構宿の予約のタイミングが絶妙になってきているよね。向こうの人が吃驚してたわよ」

 私は、笑いながら返した。

「天候の具合が分かってきたって感覚があるよ。いや、何度も登って自分の感覚が分かってきたような気がする」

 そりゃ、あれだけ登ればねえ……、と美琴は優しく答える。

「多分、これを逃せば、しばらくは登れなくなる。これで駄目だったら、もうあきらめた方がいいかもしれない」

 私がそう言うと、美琴は、不安そうな顔で言った。

「無理して休みをもらって行くことって出来ないの?」

 私は否定する。

「無理だよ。どうなろうと、僕らにどうこうすることは出来ないよ。僕たちは僕たちの未来を決めてしまった。それは話し合って決めたよね?」

 私が少しきつく言うと、美琴は、うん、と尻すぼむ。

「ライラもきっと分かってくれる。ライラはライラで事情があったんだ。僕たちには僕たちの事情がある。それを僕たちは理解したし、ライラは理解してくれるはずだ」

「それはそうなんだけど……」

 美琴はあまり了解していないようだ。

 美琴の気持ちは充分に理解できる。私だって出来れば美琴の気持ちに立ってあげたいし、出来ることなら、美琴と一緒にそうしてあげたい。

 だが、私たちの将来を考慮すれば、全てをライラに捧げることは出来なくなっていた。

 ライラとの四か月がいかに大事だったか、というのを思い知ったはずなのに――。

 大切なものよりも、目の前の私たち自身を大事にしてしまう――。

 それも理解できるが――。

 それでも――。

 あまりに残酷な話だ。

 人間というのはつくづく例外を除けば最後は自分中心になってしまうのだろうか。目の前で大切な思い出が崩されそうになろうとしている時、保身を選んでしまうのだろうか?

 光の巨人のように、自己よりも他者を選択することが出来ないのだろうか?

 

 あれからさらに四年の月日が流れていた。

 

   *

 

 ライラと別れてから四年の月日が流れてしまっていた。

 既に私たちは、卒業論文を書き終え、就職も決まり、次の人生の出発点へ向かっている途中だった。

 美琴と二人で新しくマンションを借りて、家賃を折半しあおうと話を決めて、色々が順調に進んでいたが――。

 ライラには一向に会えずじまいだった。

 

 ライラと別れてから一か月たった頃。

 言われた通り、秋学期の学期末試験を全て終えて、私たちは再び北岳に登る準備をして、日本アルプスが大雨から晴れに変わるのを待って、すぐに出発した。

 暫く登れば、あの靄が私たちをライラのいるあの桜の樹まで連れて行ってくれる――。

 そう信じてやまなかった。

 

 だが、靄は現れることは無かった。

 

 気が付けば宿までたどり着いていて、宿で食事をしている時にようやく何故あの靄が出てこなかったのか気づいた。

 それくらい、頭の中が真っ白になっていて、考えることも出来なかった。

 結局、その時は体力がある限り、北岳のルートを行ったり来たりして、靄が現れるのを待ったがその気配は一向に訪れなかった。

 そして、大学二年――。

 大学三年――。

 大学四年――と、気が付けば、もう就職活動も卒論も終わり、卒業を待つばかりの身となっていた。

 そして、大学四年――最後の冬。この登山でライラに会えなければ、そのまま就職だ。

 就職すれば、纏まった休みを取ることは難しいだろう。夏休みだって二週間と、たかがしれてる。学生のように一か月や二か月の長い休みなんてもらえないのだ。

 何故ライラに会えないのだろうか。私はずっと考えていた。

 ライラに会えない事情があるのだろうか、それともまだ会うにはその条件が満たされていないのだろうか。

 答えはライラに会えば分かる筈なのに、その答えにたどり着くことすらままならない。

 もし、これがライラの意志ならば――。

 私たちもこれで最後にしよう、と私は決意したのだ。

 思い出は思い出のままに、胸の内に仕舞って、お互い生きていこう、とそう考えたのだ。

 そして、最後の登山の日――。

 

 私たちは、遭難した。

 

   *

 

 晴れた朝だった。

 絶好の登山日和、とは心では簡単には思えなかった。

 今日会えなかったら、それで終了、という大きなプレッシャーが私たちにのしかかっていたからだ。

 いつもとは違って、真剣な表情だった。

 私と美琴は、互いに見やり、互いの覚悟を確認しあった。

 うん、と頷く。

 行こう、と私たちは歩き出す。

 就活よりも、卒論口頭試験よりも緊張した、と言えば、きっと美琴に怒られるのだろうな、と私はその時そう思ってしまった。そうでもしなければ、重圧で心が潰れそうになっていたからだ。

 

 いつものように、慣れた足つきで山を登っていく。

 何人か登山家らしき人影があるが、私たちはそれを気にせず登っていった。

 私たちは頂上に登ることが目的ではない――そこにいる大切な友人に――いや、家族に会いに行くためだ、と言い聞かせていた。

「ライラ……今日こそ会えるかな?」

 美琴が不安そうに言った。

 ここで大丈夫だ、きっと会える、なんて言葉をかけたても出来なかった。その台詞は、ライラと別れた一か月後に使って、その期待を裏切ってしまったからだ。

 私は、何も言えなかった。

 ただ、会えるように、と祈りながらその歩みを進めることしか出来なかった。

 

 あの靄がかかるのは、中腹付近に差し掛かろうとしているところだと、今までの経験から確信していた。

 ここを過ぎれば、ライラに会えることはまずなくなると言っていい。

 私たちは少しでも長くいられるように、休憩をはさみつつ、かなりゆっくりとした足取りで進んだ。

 

 しかし、靄は現れなかった。

 

「……駄目だったね」

 美琴が残念そうに言った。

「……ああ」

「どうしてライラは、わたしたちに会ってくれないのかしら?」

 分からない、と私は答えた。

 ライラに会わなければ、ライラと会えない理由なんて分かりっこない。なのに、ライラは私たちの声に気づいてくれない。

何がいけないのか。何が足りなかったのか。私はまた自問自答を繰り返していた。

「大丈夫……?」

 美琴は、私の手を握ってきた。

「辛いよね……」

 ああ、辛いと、私はそう言う。

 だが、それだけではなかった。

「どこかで悟っていたんだと思う……。ライラとは、もう二度と会えないんじゃないかと。会えそうな気がしないって思ってしまっていたのかもしれない」

「……」

 私は、諦めながら、無情に微笑む。

「そもそも、鳥が僕たちと繋がっていたなんて思ったのが間違いだったのかもしれない。こんなことなら、もっと早くに潔く諦めておけばよかったんだ……」

 私がそう言うと、美琴は、体を私に寄りかけ、優しく言った。

「そんなこと言ったらだめ。一体何のために今まで登ってきたの? 何のために、今まで頑張ってきたの? ライラがそんな気持ちになったことなんて今まで一度だってあった?」

 美琴は怒っていた。

 優しい口調だが、どことなく覇気があった。

 私のくだらない言葉に、これでもかと怒っているのだ。

 私はすぐに自分の愚かさに気づいた。

「いいや……。今のは、忘れてくれ。僕らしくなかった」

「うん。そうだよ」

 中腹を抜けたからと言って、まだ半分ある。その間に、まだ会えるかもしれない。

 私たちは歩みを進めようとした。

 

 その時だった。

 

 地響きが私たちの体を貫いた。

「何!? 何なの!?」

 美琴が叫んだ。

 私たちは膝をついてしまった。

 こんな時に地震? まさか、あり得ない。

「もしかして、火山の噴火? こんな時に!?」

「いや、それはないはずだよ」

 そう。火山の噴火なんてここでは一番あり得ないことだ。

 北岳は、火山ではないのだから噴火どころかマグマがない。だからそんなことはあり得ない。

 しかしこの地響きは噴火に相当するほどの揺れだった。一体、何が起きているというのだろうか。私たちは混乱する。

 私たちが立ち上がると――。

 目の前――恐らく目測で一キロ満たない所だろうか――。

 

 山肌から巨大な顔が覗かせていた。

 

 白い毛並みのイタチのような顔だった。

 遠巻きからあの大きさはあり得ない。あまりにも巨大すぎる。

 それを見て、すぐに悟った。

 

「か……怪獣?」

 

 美琴がそう言った。

 その瞬間、登山者が一斉に荷物を捨てて山を全速力で走り始めた。

 私たちも気が付けば、荷物を捨てて走り出していた。

 下山するのに駆けるのは、危険だ。だが、命の瀬戸際に立たされると、そんなことを考えている暇すらない。

 何故、怪獣が山にいるのだろうか? 何故、今まで怪獣が出なかったのか。

 怪獣がいるのなら、真っ先に登山が禁止されて、TPCが迎撃にあたるはずなのに。

 まさか……TPCもこれに気づいていない? もしくは、今気づいたか?

 だとしたら、一大事だ。救助が来るまでに、私たちの命が危ない。

 

「どうしよう! このままじゃ……」

 美琴がそう叫んだ時だった。

 あっ、と美琴が声を荒げた。

 私は振り向いた。

「美琴!」

 美琴が、転んでいた。

「大丈夫か」

「う……うん……」

 美琴は右足首を抑えていた。

 大丈夫そうではない。見るからに、重傷だ。

 私は、美琴をおんぶして、再び駆ける。

 だが、人を一人抱えた状態では、まともに山を下ることも走ることも出来ない。

 怪獣は刻一刻と迫っている。私たちに、猶予は無かった。

「駄目よ! わたしのことはいいから、逃げてよ!」

「出来るわけないだろ!」

 私はとにかく駆ける。

 絶望的なのは分かる。こんなこと、人生に一度あるかないかの出来事だ。

 だが、二人の内のどちらかしか救えないと、迫られた時、人はどういう答えを出すのだろうか?

 己が保身のために自分を選んで他者を捨てるか。

 他者を守るために他者を選んで己を捨てるか。

 永遠を誓って二人で果てるか。

 喪失の後悔も犠牲の後悔をも打ち勝ち全てを救うか。

 人とは傲慢なものだ。

 私は、あまりに不愛想でうまく表現出来ないから――。

 どんなに一番最後を選んでも、きっと理解されないだろう。

 だが、それでも、自分を含めて誰かが悲しむのなら、果てることを拒むのに理由が必要だろうか。

 だから走る。

 私の目の前にある命を救えるのなら――。私を含めて全部救いたい。

 

 ライラを救った時のように。

 

 刹那、私たちの周りを靄が覆いかぶさった。

 逃げることに必死だった私は、気にせずただひたすら走り続けた。

 やがて、靄の向こうに――。

 綺麗な青空と山が見えた。

 

 かなり急斜面な場所だったが、一か所だけ、洞窟の穴のようにくりぬかれた場所があった。

 急斜面が抉れたためか、斜面が屋根のようになり、日陰にもなっていた。適度に日の光も入っている。

 私たちはそこに入り、息を整えた。

「助かった……のか……」

 私は息をひそめた。

 必死だった所為か、怪獣のことなど微塵も考えていなかった。

 だが、怪獣の気配はおろか、足音一つすらない。地響きも消えていた。

「助かったみたいね……」

 美琴は安堵した。

 私は、穴から山を見下ろした。

 下の方であの靄が渦巻いていた。山の中腹を全て囲うようにしてぐるぐると動いている。

「何とかなったか。しかし、こんなところに都合のいい隠れ場所があるなんてな」

 私は言った。

「ねえ、ここってどこか分かる?」

 美琴が言った。

 確かに、ここがどこだか把握する必要がある。

 登ってきた道を戻って行ったのだから、そのままスタート地点に戻る筈だ。こんな穴があるなんて知らなかった。まるで、ライラのいたあの桜の樹にたどり着いたように。

 私は周囲を見渡す。

 すると、周りが白と灰色で形成されていることに気が付いた。

 どうやら石灰石のようだ。

 それで私は、どこにいるのか分かった。

「多分……ここは北岳バットレスだ」

 私がそう言うと、美琴がえっ? と驚いた。

「東側に来ちゃってるの? でも、さっき走ってきたルートは北側だから、絶対辿りつかないじゃない」

「でも、この表面と斜面から見てそうとしか言えないよ」

「ここって、確かアルパイン・クライミングで使ってた場所じゃなかったっけ?」

「昔はね。だけど、二十年以上前に崩落があって、それ以降禁止になったんだよ。クライマーからしたらここは、一つのクライミングの聖地みたいなものだったけど……もったいなかったな」

 だとすると、この穴も崩落の影響で出来上がったものだと考えていいかもしれない。

 私はもう一度、あの靄を見下ろす。

 今までのことを考えると、あの靄がどういう用途のものなのか少しだけ分かった気がした。

 だが、分かったところで、どうにも出来ない。

 私は穴に戻って、美琴の足首を見た。

 美琴は痛がっていた。

 足首は完全にはれ上がっていた。

「捻挫確定だな……」

「うう……ごめんね……」

 私はポーチから、タオルを取り出して、美琴の足に巻いた。

 なんていうか、危険で逃げている時に、ヒロインが転んで怪我をするなんてよくあることだが、実際に体験すると、かなり命懸けだということが分かった。あんなシーンで男は、本当に漢を見せるものなんだな……、と私は自分の状況に置き換えて、赤面していた。

「とにかく、救援を要請しよう」

 私は、腰につけていたポーチから、携帯端末を取り出した。

 遭難に備えて、本当に必要なものはこっちに入れておいていたのだ。

「おー、本当に役に立つなんて思わなかったよ」

「だから言ったろ? 前にやったサバイバルで、持っていけるものが一つあるなら、何がいい? という問題。あれに真面目に一つだけ選ぶなんて滑稽だよ。必要なものが入ったポーチか鞄を一つって言えば万事解決なんだよ。捻らないと」

「……正しいんだけど……だからまともに友達作れなくて、似たような友達しか作れないんだよー」

 得意げに語る私に呆れたように言った。

 私は、生き残るための最前の策を練っただけだ、と反論したが、美琴は、はいはい、と適当に流すだけだった。

 携帯端末を見る。

 私は血の気が引いた。

「……圏外になってやがる」

 嘘……? と美琴は怪訝な顔で言った。

「え? もしかしてGPSも駄目?」

「ああ。駄目だ。靄がかかっていないのに、どうしてか知らないけど、ここまで届いていない」

 美琴が、そんな……、と不安そうに言った。

「じゃあ、もしかして、救助の人が気づくまでここでいなきゃいけないってこと?」

 私はもう一度、山を見下ろした。

 普通ならそれしか道はないだろう。

 しかし、鞄は全て置いてきた。いくらポーチに必要なものがあるとはいえ、それは必要最低限のものだ。一日持つのが限界だ。

 電波がない、GPSが使えない――誰も見つけてくれない。

 可能性はほぼない。だが、僅かながらでも可能性があるのなら、それに賭けたい。

「やってみる価値があるかもしれない……」

「え?」

 私は、もう一度穴の中に戻った。

「紙とペンは持ってない?」

 美琴は首を横に振った。

「ううん……そのポーチにない?」

「いいや……あいにく、簡易的なサバイバル用の道具しかない」

 困った。いきなり問題にぶち当たったぞ。

 うーん、やはり紙とペンはポーチに用意すべきだったか、と後悔した。

 だが、一瞬だった。

 そんな時、周りの壁を見て思いついた。

 原始的な方法だが、可能性はあるかもしれない。

 私は、平べったい殆ど白が混じっていない石を探した。崩落した時にそんな形の石があってもいいと考えたのだ。

 手ごろなのを見つける。

 そして、私は、石灰を多く含んだ石をいくつか探した。

「お、あったぞ……。さて……」

 まずは、こぶし大の石灰石を別の石で砕く。

 石同士をぶつけると、手がじーんときた。下手をしたら手を挟んで怪我をしそうだ。

 だが、諦めずに砕く。

 何とか粉になるまで必死に砕き終えると、ポーチからライターを取り出した。

「温度は足りないだろうが……まあないよりはましだろうな」

 火で砕いた石灰石を炙った。

 そして、炙った石灰石の温度が下がるのを待ち、下がったら、それを平べったい石に手で塗り込んでいった。

「何をしているの?」

 美琴が不思議そうに見ていた。

「まあ、見てろって」

 私は、黙々と作業を続ける。

 次に、ポーチから、小さいペットボトルを取り出した。中には、水が入っている。

 貴重な飲み水だが、ここは臆せず使おう。

 他の石灰石に水をかけて濡らす。

 そして、濡らした石灰石を手にとり、私は、平べったい石に文字を書き始めた。

 

救助求む、のメッセージと――。

自分が持っているこの携帯端末のシリアルナンバーだ。

 

「なんなの? それ?」

「一応の救助メッセージだ」

「それで書いてもすぐに消えそう。それって、グラウンドとかに引く白い粉の原料よね?」

「ああ。だから、消えにくいようにコーティングしたんだ」

 美琴は理解出来なかったようだが、まあ後で説明するとしよう。

「後は、念のために布でくるんでおくか……」

 だが、それは美琴の足首に巻いてしまった。

 少しちぎっても石をくるめないし、ちぎれば美琴の足首を巻くには短くなってしまう。

 私は、ポーチの中を探ってみた。

 すると、見覚えのある少し大きめの布を見つけた。

「あ、それって……」

 美琴も気づいたようだ。

 そうだ。

 これは、ライラを日の光から守るために自作したかぶせる用の特製ハンカチだ。

「こんなところに入れていたのか……」

 ライラがいなくなったあと、どこにいったか探していたが、こんなところに無意識に入れてしまっていたようだ。

 だが、これなら石を包める。

 私は、石を布にくるんだ。

 そして、もう一度、下を見下ろす。

 

 私は、布でくるんだ石をその靄にめがけて投げた。

 

「え!? 何やってるの?」

美琴が叫んだ。

「なんでメッセージを投げちゃうのよ! それを掲げて助けを待つんじゃないの?」

無理に決まってるだろ、と私は答えた。

「あんな小さいので分かるものか。もっといい方法を見つけたんだ」

「いい方法?」

 ああ、と私は美琴に説明した。

「今まであの靄に入って気づいたんだが、あの靄に入った先は、今まで見た事もない場所だった」

「うん」

「今まで登ってきたルートでそんな場所があったのか、見落としていたんだな、と思うけど実際は違う。元々ルートには存在しないんだ」

「どういうこと?」

「つまり、あの靄の行く先は、全く別の場所に繋がっているんだよ」

 ええ!? と美琴は驚いた。

「そんな……それじゃ、あの靄は、別の場所にワープ出来る靄なの? 猫型ロボットの使っていたドアみたいな?」

「そういうこと」

 その証拠が、この北山バットレスだ。

 元々北側のルートを道なりに進んでいたはずなのだ。なのに、全く違う東側にいた、ということは、東側にいくためのルートがあるはずだ。

 だが、それがなかった。

 なのに、辿りつけた。

 どうして辿りつけたのかを考えるなら――。

 あの靄がそういう仕組みである、としか考えようがないのだ。

「じゃあ、あの靄に石を投げたのは……」

「そういうこと。あの靄をくぐった先がどこか別の場所に繋がっている、ということになるんだ。なら、そこに僕たちの居場所を書いたメッセージを送れば、どこか人のいる場所にたどり着くかもしれない。そのメッセージを拾ったら、後は救助のプロがメッセージの意図に気づいて助けに来てくれるかもしれない」

「でも、ここはGPSも届かないんだよ? どうやって助けが来るのよ」

 もっともな意見だ。

「だからこそ、逆に考えるんだよ。GPSが届かないからこそ、ここが分かるということだ」

 美琴は、私の言ったことが分かっていないようだった。

「見てろよ。君は助かった時には、捻くれた考えが時には役に立つってことを思い知るだろうね。そうしたら、君は、僕をもっと見直してくれるだろうね」

 

 救難信号、のようなものを送ってから一時間半が過ぎた。

 とにかく無駄な体力の消費を防ぐために、あれ以降無駄に動くことはしなくなった。

 ただ、ゆっくりと息を吸って吐く――なるべく水を求めないように意識を高めていた。

 美琴は、怪獣騒ぎの所為で疲れたのか、私の肩を枕替わりにして小さな寝息を立てて眠っていた。

 あのメッセージが、人のいる場所に送られなかったら……それはもう殆ど助からないことを意味している。

 ある意味の賭けだ。もし、あの靄の向こうが湖やはたまた宇宙のどこかとかだったら……。

 だが、私は大丈夫という確信があった。

 後は、その確信を信じてただひたすら待つだけだった。

 ふと、遠くから鳴き声が聞こえた。

 私は、はっと気が付き、耳を澄ませる。

 また鳴き声だ。

 聞き覚えのある鳴き声――いや、間違いない。あの鳴き声は――。

 あの声の正体を知った直後――突然周辺に靄が立ち上るように迫り、周りを囲んだ。

「何だ……。こんなところに靄が来るなんて……」

 このまま足を進ませれば、どこかにたどり着くことが出来るだろう。

 だが、怪我のしている美琴を担いでいく体力はもう残っていない。

 美琴を置いて一人で行くのも出来ない。この靄が、私が戻ってくるまでの間その場に留まっているとは考えづらい。

 来るものは拒まず――だ。何が来ようと、受け入れる覚悟は出来ている。

 あの声が聞こえてから数分経った後だった。

 近くで飛行機が通過したような音を聞いた。

 音からして、戦闘機のような早い空音だった。その音で、美琴は目を覚ました。

 近くでジェット音が鳴り響く。それが止むと、今度は足音が近づいてきていた。

 美琴は寝ぼけ眼ながら、私の腕にしがみついた。私も美琴の体を抱きかかえ、臨戦態勢を取った。

 ポーチを手元に置き、石を投げつけられるように手元にいくつか置いた。

 石を踏む音が徐々に近づいてくる。私の眼前にライトの光が見えた。靄で少し隠れてしまっているが、あれは間違いなく、ライトの光だ。

「誰か! 誰かいませんかー!」

 若い男――いや、声のあどけなさから、少年のような声だった。

 一体こんなところにどうして子供が? と思ったが、そんなことはどうでもいい。誰かが来てくれるのなら、助かるのならこの際子供大人だろうと気にはしなかった。

「ここだ! ここにいるぞー! 助けてくれー!」

 私の声が聞こえたのか、足音が早くなった。

 そして、彼らはこの異質な靄を潜り抜け――。

「大丈夫ですか!」

 ライトと何かしらの端末を持って、私たちの眼前に現れた。

 

「大丈夫ですか?」

 少年が言った。

 本当に少年だった。眼前には、TPCの隊員服を着た少年と――歳は近いだろう――同じ隊員服を着た少女がいた。

「ああ。僕は大丈夫だが、彼女が足首を怪我した」

「失礼します」

 少年は、美琴の足首を見た。

「……外側靱帯のどこかが断裂していると思いますが、どうでしょうか?」

 少年は後ろを振り向いて言った。

 少量の靄から、白衣を着たもう一人の少女――いや、女性だろう――私たちと同い年くらいか――が、美琴の足首を見て頷いた。

「そうだと思います。多分、一番腫れている個所からして踵腓靱帯かと……早く処置したほうがいいですね」

 その女性はそう言った。

「申し遅れました。S‐GUTSのエンジョウです」

「イチカです」

 少年少女はそう挨拶した。

 後から聞いた話だが、二人は十六、十七歳だったらしい。私よりも若い人たちが地球防衛のエリート部隊にいるとは……。世の中分からないものだ。

 しかし、一人――白衣の女性は明らかに場違いな気がした。

「あの……その人もS‐GUTSの人なのですか?」

 エンジョウと名乗る少年とイチカと名乗る少女はその女性を一回見てから答えた。

「ああ、違います。彼女はE大学大学院の大学院生で生物学を研究しているクキ・アイラさんです」

「どうも」

 エンジョウ少年の紹介と共に、クキと名乗る女性はお辞儀をした。

「大学院生……」

「はい。まあ、専攻は微生物なんですけど」

 クキはそう言う。

「S‐GUTSと大学院生が繋がっているなんて……優秀なんですね」

「ああいえ。全部ツバサさんが仲介してくれたんですよ。TPCとE大学で共同研究しているものがありまして。わたしが一応リーダーとして勤めているんです」

 そうだったのか、と私は納得する。だが、ここにいる理由が分からない。

 その答えは、エンジョウ少年が説明してくれた。

「彼女は、今回の一件のアドバイザーとして来ているんです。この靄の正体やこの山の異変についてある程度の結論を見出しているので、その証明のためにいるんです」

 この靄の正体が分かる……、そうエンジョウ少年は言った。彼女がこの靄の正体を知っているのなら、それは何なのだろうか。

それは後にしましょう、とエンジョウ少年は言い、私に見覚えのある布を渡した。

「これは……」

「メッセージ。確かに受け取りましたよ。あなたの機転のおかげで見つけることが出来ました」

 エンジョウ少年は、私にあの石をくるんだライラ用の特製ハンカチを返してくれた。

「本当にあの石で助けが来たんだ……」

 美琴が唖然としている。

「ほら見ろ。どうだい。僕を見直してくれよ」

 私は、美琴に胸を張って言った。

「……なんか誰かさんみたい」

 イチカ隊員は何故かエンジョウ少年を細めで見つめながら呟いた。

 エンジョウ少年は、ほっとけ、と言い返した。

「とにかくここから離れます。動けますか?」

 エンジョウ少年が尋ねてきた。私は、頷き、美琴を抱きかかえた。

「それじゃ皆さん、わたしたちについてきてください」

 イチカ隊員はそう言って、私たちを先導する。

 その時だった。

 

 怪獣の鳴き声が響いた。

 

「え?」

 全員が辺りを見回した。

「靄が一帯を覆っているからな。そうなってもおかしくはないけど……」

 エンジョウ少年は言う。

「急ぎましょう。我々の機体がすぐ近くに停めてあります」

 エンジョウ少年は、最後尾に回って私たちに進むように促した。その間も、周囲を見回して警戒している。

 ふと、通信音が鳴り響いた。私のではない。聞いたことのない音だった。

 エンジョウ少年は、隊員服からそれを取り出した。

「はい。こちらエンジョウ」

 見たところ通信機のようだ。

 だが、電波が届かないはずなのに、何故通信が出来るのだろうか、私には分からなかった。

「……そうですか。了解です。直ちにここを離脱します。……はい。他に逃げ遅れた人がいないか探してみます」

 エンジョウ少年は、誰かと通信を終えた。

「隊長から?」

「ああ」

 隊長、とイチカ隊員は言った。どうやらリーダー直々の指令が下ったようだ。

「怪獣がこっちに向かってきている。とにかく急いでここを離れよう」

「あんたはどうするのよ」

「僕は残って、他に逃げ遅れた人がいないか探してみるよ」

 エンジョウ少年の言葉に私は驚愕した。

「そんな……。こんな状況の中でそれは無茶だ!」

 私は思わずそう言った。

「この靄が一体どこに繋がっているかも分からないのに……しかも怪獣がこっちに来ているのなら尚更ここを離れなければ……!」

 私は必死に説得する。だが、彼らは特に何も驚いた様子もなく、冷静だった。

 エンジョウ少年は指をさしながら答えた。

「ああ……それは大丈夫です。あの靄の中で、二つのルートに分岐していますから。怪獣が来るルートとは別のルートを通っていきます。そうすれば怪獣の背後――もとの登山ルートに戻れると思いますので」

 何だ? どういうことだ?

 私はエンジョウ少年の言葉を理解するのに時間が掛かった。

 淡々と説明しているようだが、理解が追いつくころにはそれが、とんでもないことだと分かる。

 まるで、靄の繋がっている先や靄の構造そのものを本当に理解しているようだ。

 クキという大学院生が立てた仮説とやらがそれに当たるのだろうか。

「詳しい話は、安全な場所まで移動してから話しますから!」

 イチカ隊員は、私たちを強引に連れて行こうとする。

「ツバサ! 無理するんじゃないわよ。いくら命令だからって、あんたが隊員の中で一番弱いんだから。ルート間違えて怪獣に踏み殺されたらただじゃおかないんだからね!」

 ツバサは、苦笑いをながら、分かってるって、と答えた。

 私たちは、エンジョウ少年に背を向けて歩き出す。

 歩いてすぐのところに本当に戦闘機が留まっていた。

 翼が前後に四つ別れ、前方の二つの翼に、アンテナのようなものが付いていた。

「ぎりぎり四人乗れるってところね。さあ、早く! 男性の方は、申し訳ないけど立っていてもらえますか? 窮屈ですけど、我慢して」

 イチカ隊員の言葉に従って私たちは戦闘機に乗り込む。確かに窮屈だが、贅沢なんて言っていられない。

「しっかり捕まっててくださいね」

 戦闘機は上昇した。高度を上げ、北岳より少し高いところまで上昇した。

「このまま、病院に行きます。いいですか?」

 イチカ隊員がそう言った。

 だが、私は、それに待ったをかけた。

「待ってくれ。出来れば、今どういう状況になっているのか見てもいいか?」

 私の提案に、イチカ隊員は、はあ!? と驚愕した。

「何言ってるんですか! ここは危険なんですよ! それに、あなたの彼女さんの怪我が深刻なのを分かっているんですか? すぐに治療しないとさらに悪化しちゃうかもしれないのに」

 分かっている。分かっているが……。

「わたしからも……お願いします」

 座席にもたれかかるように座っていた美琴が弱弱しい声で言った。

「あそこにわたしたちの友達がいるんです。あの子が……ライラが無事かどうかだけでも確かめさせてください」

 美琴の言葉にイチカ隊員は、さらに驚く。

「友達って……。他に登山者がいたんですか!? だったら、ツバサに早く言わなきゃ」

 イチカ隊員は、戦闘機の通信でエンジョウ少年の名前を叫んだ。

「ツバサ! ツバサ! 応答しなさいよ! ……ってああ! あいつったら! スペリオルにまだシステムνを導入していないの!? 全くもう!」

 私たちへの態度とは打って変わって苛烈だった。多分、エンジョウ少年に並々ならぬ感情があるのかもしれない。

 私は、美琴のお願いを聞き入れてもらえるように頼んだ。

「僕からもお願いしたい。助けを待っている時に、確かにあいつの声がしたんだ! あいつは、もしかしたら苦しんでいるかもしれない。そんなことをほっとくわけにはいかないんだ」

 イチカ隊員は、あいつ? と私の言葉を詮索していた。そして、まさか……、と何かに気づいた顔をした。

「……そう。そういうことなの」

 イチカ隊員は、前を向いた。

「少しだけですよ。周回してそっちのモニターで確認してください」

 私と美琴は顔を合わせ喜んだ。

「アイラさん? 悪いんだけど、あたしのW.I.T.であの馬鹿を呼んでくれない?」

「あの……今やってるんですけど、全然応答がなくて……」

 イチカ隊員は溜息を吐いた。

「あの馬鹿は……! いつもこういう時に出ないんだから!」

 戦闘機が靄の上空を飛ぶ。

 その時だった。

 突然、真下で滞留していた靄が一瞬にして消えた。

 消えたというより、吹き飛ばされたと言っていいだろう。

 吹き飛ばされた場所は、完全に見えるようになっていた。

 山の中腹あたりの広い平地だった。

 

 そこに怪獣はいた。

 

 白い毛並みの鼬のような怪獣だ。四足歩行なのか、後ろ足で立っている姿は、まさに鼬が立ち上がっているそれだ。威嚇をしている。そして、怪獣の前方に傷ついて倒れた見覚えのある鳥。

 鳥は巨大だった。

 遠巻きから見て、あの大きさは異常だ。怪獣と同等か、少し上か。

だが分かる。

 羽にある傷跡……私が手当てした時の傷だ。

 ライラだ……。あれがライラだ!

 そして、ライラの前に――まるでライラの盾となっているかのように、怪獣に向かって構えている――。

 

 ウルトラマンティガがそこにいた。

 

   7.

 

「実は、あの靄については、数年前からこちらで把握はしていたんです」

 クキは、説明した。

「数年前から……ですか?」

 私が聞くと、クキは頷いた。

「おおよそで四、五年前からです」

 イチカ隊員が間に入って説明した。

「当時、日本アルプスに突如発生した靄は、最初はただの天候不良かと思われていた。ですけど、電子機器の故障やGPSをも一切通さない謎の力が働くことが分かって、急遽、靄の研究に着手することにしたんです」

 イチカ隊員は説明を続ける。

「そこでTPCは無人偵察機『ゴッドアイズ』による数年に及ぶ観測を行ったんですが……靄の発生条件や法則性に多くの仮説が出てきてしまい、結論に至れなかったんです」

 ここでクキに話が回る。

「そこで一年ほど前からTPCからわたしの先生に仮説の検証と答えの絞り込みを依頼されたんです。そして、最近になってわたしとツバサさんが別プロジェクトの担当中に急遽呼ばれて、再び検証を行ったんです」

 そして、ようやく一つの仮説が真実味を帯びたんです、とクキは言った。

「それは、一体……」

 私が聞こうとした時だった。

「機体を上昇させます」

 イチカ隊員が突然そう言った。

 機体が上がる。

 ウルトラマンティガが怪獣に向かっていったからだ。

 

 ティガが駆けた。

 怪獣はティガが駆けてからコンマ一秒ほど遅れて四足でティガに向かっていった。

 怪獣は、ティガに攻撃が通る近さになった瞬間に二足になり、短い手にある鋭い爪でティガを切り裂こうとした。

 ティガは、怪獣の頭上を台座にして側方倒立回転をして怪獣の背後をとった。

 ティガは怪獣の振り向きざまを狙って左の後ろ回し蹴りを食らわせた。

 怪獣が一歩後退する。

 ティガは回し蹴りの遠心力を使って今度は右の回し蹴りを炸裂させた。

 後ろによろけた隙を見計らい、ティガは前方に飛んで手刀を怪獣の頭に当てた。するどい一撃が怪獣を襲った。

 怪獣の頭を抱えながら、そのまま膝蹴りを怪獣の腹部にぶつける。怪獣が少しだけ上に浮かぶ。ティガは、その後怪獣の頭を抱えたまま一回転して、怪獣を投げ飛ばした。

 怪獣が山肌まで転がる。

 ティガはさらに攻める。転がった怪獣にめがけて突進していく。

 だが、怪獣は、前方の脅威を振り払うことだけを考えたのだろう――悶えている中で、尻尾を振った。

 尻尾がティガの左脇腹に直撃した。駆けている状態からすぐに守備に入るほどの時間が無かったのだ。

 ティガが右へ一回転して倒れた。確かに、咄嗟の一撃にしては綺麗に決まったが、それでティガの体力を削るには足りなさ過ぎた。

 ティガは、すぐに立ち上がった。

 怪獣も立ち上がる。すぐに四足歩行で、低姿勢で体勢を立て直し、一回鳴いてティガを威嚇した。

 ティガは構わず前に進んだ。

 怪獣が突進していくと、ティガは、側転をしてこれを躱す。それと同時に、怪獣の背に乗った。

 怪獣が、振り払うように左右に体を動かす。鳴き声と共に、ティガの体が揺さぶられるが、ティガは、耐える。耐えながら、何発もの手刀を背中に与えた。

 だが、怪獣は急に体を揺らすのをやめた。体が自然と前のめりになり、その反動でティガは、前に飛んでいった。

 ティガは地面で一回転する。

 それと同時に振り返る。だが、今度は怪獣が攻めた。

 振り返ったと同時に、怪獣はそのまま再び突進してきていた。

 ティガの胸に当たり、プロテクターに火花が散った。

 ティガは、仰向けに倒れる。怪獣はその隙を狙ってティガに覆いかぶさるように襲い掛かった。

 鋭い牙、鋭利な爪――。

 怪獣の攻撃に法則はない。ただ、目の前の敵を排除しなければという動物の本能と、目の前にある食糧を確保するという、生存能力が働いていた。

 この戦闘機では攻撃は出来ないようだ。

 元は戦闘用として使われていたようだが、今は訓練生用の機体として改修されたという。

 目の前にライラがいるのに、何も出来ないふがいなさが私を奮い立たせていた。

 だが、私たち以外にも味方はいた。

 三機の戦闘機が、怪獣の背中めがけて攻撃を仕掛けた。

 怪獣の背に攻撃があたり、火花が散る。

 怪獣が一瞬だけ攻撃の手を止めた。

 ティガは、その瞬間を見逃さない。怪獣の両肩を掴み、右足裏を怪獣の腹につけて、巴投げの要領を使って、怪獣は投げ飛ばした。

 怪獣が背中から倒れ込む。ティガは、横に一回転がってから、膝をついたまま構えた。

 怪獣が体勢を立て直してティガと相対する。

 ティガが走り出す。

 怪獣はティガの距離を予測してなのか、ティガが駆けだしたと同時に尻尾を振った。

 ティガは、その尻尾の横振りを胴で受けて、両腕を使って抱え込んだ。尻尾を振った速度とその威力をティガは自ら受け止めた。

 だが、一瞬だけ尻尾が胴から離れた気がした。ほんの一瞬だが、恐らく、受けた衝撃の反動だろう――うまく受け流せなかったのかもしれない。

 怪獣は尻尾が掴まれたと分かると、左右に強引に振った。それに合わせてティガも左右に揺さぶられる。だが、それでも尻尾を離すことはしなかった。

 だが、それでもティガにも限界がある。力を常に保つことなど不可能だ。

 怪獣が渾身の力で尻尾を左にふるう。ティガは、握力が足りずに、尻尾の振る力に負けて、そのまま飛ばされた。

 怪獣が振り返り、倒れたティガに向かっていく。

 だが、三機の戦闘機がその行く手を阻んだ。三機が一直線に並び、順番ずつ急降下してビーム兵器を発射し、体勢を立て直して、怪獣の背後へ飛んでいった。

 ティガは、その隙に前転して怪獣の手前まで迫り、

滑り込むようにして怪獣の左脇腹を蹴った。

 そして、そのまま流れるように再び怪獣の背に乗って、再び手刀や正拳の殴打を繰り返した。

 だが、それも長くは続かない。

 怪獣は、学習したのか、今度は尻尾を上下に振った。尻尾がティガの背中に何度も直撃する。

 ティガの手が止まる。そして、意識が尻尾の強襲に向く。片腕で怪獣の頭を押さえ、もう片方で迫ってくる尻尾を振り払おうと必死だった。

 不安定な体勢から、それら全てを対処するのは難しい。戦闘の達人でも、迫りくる脅威に立ち向かえる許容範囲がある。ティガはまさにその許容範囲を超えてしまっていた。

 尻尾がティガの肩にあたると、そのまま前転して怪獣の目の前で倒れ込んだ。

 怪獣は一気に迫る。

 短い手でティガの両腕を封じ、そして、右肩に咬みついた。

 ティガの体が若干反った。怪獣が持つ鋭利な牙はまさに捕食者たる肉食動物のそれだ。肉を切り裂き、引きちぎるために特化した最強の武器だ。食い込めば、一瞬の油断が来るまで離すはずがない。

 怪獣は立ち上がると同時に、ティガを無理矢理立ち上がらせた。

 あらゆる攻撃を防御することの出来るティガの皮膚だが、怪獣の力は時にそれを超えることもある。

 だが、今回はティガも負けてはいなかった。右肩に力を入れて、それ以上の侵入を拒む。

 しかしそれだけだ。ティガにはそれ以上の対応は出来なかった。

 咬まれていることを考慮すれば、相当の激痛だと、私から見てもそう思った。右肩に力を入れるのもさらなる痛みを引き起こすはずだ。

 すると、旋回していた三機の戦闘機が再びティガを援護しようと怪獣の背後に回っていた。ティガに当たらない――怪獣の背後を狙う。

 ビームが発射される。

 だが、怪獣は本当に学習していた。

 怪獣はくるりと反転させ、ティガを盾として使ったのだ。

 ビームは、ティガの胸部や腹部に直撃した。

 ティガが膝をつく。怪獣もそれと同時に体勢を低くする。

 ティガの体力が削られると同時に、牙の食らいつく力は威力を増す。さらに激痛がしただろう――ティガは首をかしげて震えていた。

 怪獣は背後を山肌に、全面をティガで防御していた。自分なりの絶対防御なのだろうか、怪獣の表情に余裕が見えた。

 ティガの胸にあるクリスタルのようなものが点滅し始めた。言うには、あれはエネルギー残量が残り少ないことを意味しているらしい。

 残り少ない時間に、あの防御をどう回避すればいいのだろうか?

 私は、この悪夢から逃れたいがために、一瞬だけ目を逸らした。

 たまたまだった。

 そこは、ティガが守っていた――ライラが倒れていた場所だった。

 ライラは、そこにいなかった。

 

「ライラ……」

 私は呟く。

 機体の窓から辺りを見回す。

 だが、そこにいるはずのライラがいない。

「ライラが……ライラはどこだ……」

 私がそう言うと、周りもそれに気づき始めた。

「本当だ。さっきまでいたはずなのに」

 美琴が、近くの窓を見ながらそう言った。

「ティガとの戦いに乗じて逃げたのかしら?」

 イチカ隊員が言った。

 もしそうなら、それはそれでいいのだが……。

 だが、何か引っかかった。

 ライラは、一人でどこかへ行ったり、逃げたりすることはなかった。必ず私や美琴の傍にいた。

 まさか、と私は思った。

 機体の上を見上げる。

 ライラが怪獣めがけて急降下していった。

 

 ライラ!

 私のそんな声は空しく響く中で、ライラは決死の覚悟で、真下へ急降下していく。

 ぼろぼろの体から、血や羽がぼろぼろと零れていった。

 間違いなく、あれ以上いけば死んでしまう!

 私は叫ぼうとした。

 だが、出来なかった。

 ライラは、その両足で怪獣の頭を掴み、空へ引き上げようとした。

 怪獣の体が浮かぶ。それと同時に咬みつかれているティガも宙に浮いた。

 牙が今度は、引き上げられる力になってティガの肩を襲い掛かる。映画でフックに体をかけられ、そのまま引き上げられると、引き上げられる痛みに襲われるシーンによく似ていた。

 ライラはさらに空に上がる。

 そして、両足を左右に振る。振り子のように怪獣とティガが振られていく。

 そして、ライラは、そのまま足を離した。

 怪獣が前に飛んでいった。

 その瞬間、怪獣は咬みつくことを捨てて、うまく着地することを選択したのだろう――ティガを離したのだ。

 ティガは、逆方向に側転して地面に着地した。

 ティガが振り向くと、怪獣は、力を使い果たしたライラを爪や牙で攻撃していた。

 ライラ! という私の叫び。

 ティガは、怪獣に駆けていき、背後から怪獣を抱えた。

 ライラを怪獣から引きはがし、ティガは、渾身の力を込めて怪獣を投げ飛ばした。

 怪獣が山肌に激突するまで転がっていった。

 怪獣が起き上がる。一回鳴いて威圧するが、もうティガにはそんな恐喝まがいの行為は無意味に等しかった。

 勝負はついた。

 ティガは、残ったエネルギーを使い、額のクリスタルに手を添えた。

 光が発せられる。

 発せられた黄金の光は、そのまま怪獣めがけて放たれた。

 怪獣が光線を食らうと、爆散することなく、その巨体が一瞬のうちに小さくなっていった。

 神のなせる業――光の巨人であるティガが使える究極の還元光線――セルチェンジビーム。

「イチカさん! 済まないが、もう一度降ろしてくれ!」

 私は、必死にそう頼んだ。

 イチカ隊員は、私の想いを知ったのか、今度は反論することなく、分かりました、と言ってティガの近くに着地した。

 

 機体の窓を開けたままにして、私とイチカ隊員とクキは再び降り立った。美琴は安静を取って機体に残した。

 ティガと傷だらけになったライラに近づいた。

 ティガは、私たちの前にそっと手を差し出した。

 そこには、白い毛むくじゃらの鼬のような動物が寝ていた。

「これって……」

 私が言うと、クキは言った。

「オコジョ……」

 オコジョ、と聞いて私は眼を疑った。

「もしかして、あのオコジョなんですか?」

 クキは頷く。

「ええ。怪獣の正体は、多分このオコジョだったんです。オコジョはライチョウの天敵の一つですから、あれを襲ったことも納得がいきます」

 オコジョが威嚇する。可愛い顔をして、実際は獰猛なのがオコジョだ。無闇に手出しは出来ない。

 それに対抗するようにイチカ隊員は腰につけてあった銃を構えた。

「どうする? こいつが原因なら、今ここで処分した方がいいんじゃないですか?」

 クキは、首を横に振った。

「一応オコジョも天然記念物ですから……ここは逃がしましょう」

 クキがそう言うと、オコジョは、一目散に逃げていった。

 天敵も天然記念物。天然記念物同士で狙い狙われるなんて……人間にはどうすることも出来ない。

「ライラ」

 私が呼ぶと、ライラは、目を見開いて私を見た。

「よかった。本当にライラなんだな……こんな形の再会になってしまって……本当に申し訳ない」

 ライラは、弱弱しい声で鳴いた。

 そして、自力で起き上がろうとする。

 一瞬ふらついたが、ティガがそれを支えた。

 ティガは一瞬だけ肩を意識したのか、右肩をさすった。ティガが受けた傷もまだ癒えてはいないようだ。

 目の前にいる巨大なライラ。今までライラの身に何があったのか、私は察することも出来ない。

 全ては、クキとあのエンジョウ少年が導き出した仮説こそが私の頼りだった。

 クキは、私に説明してもらった。

「無人偵察機『ゴッドアイズ』の観測データをツバサさんと一緒に確認したんです。すると、ある共通点が浮かび上がったんです」

 共通点、と私は呟いた。

 クキは説明する。

「靄が発生する日は必ず大雨や雪の後で快晴になることが確認されたんです」

「大雨? 雪?」

「はい。雨や雪が地表に降り、太陽の熱で蒸発して靄が出来る。降った雨はそのまま靄となり、霧となります」

それは……、私はそう呟くと、あることを思い出した。

 そうだ。ライラと出会った日の前日も、今日ライラに会いに行こうとした前日も、雨に見舞われていた。

 そして、ライラに出会えなかった時は、天候は常に良好だった。

 それを踏まえると、私は気づいた。

「雨は……ライラが引き起こしたものだというのか……?」

 そうとしか考えられない。

 雨を降らせ、靄を作った。単純に考えればそれ以外ない。

 だが天候を操るなんて、そんなこと出来ることなのだろうか? 火を焚いて上昇気流を作り、雲を作り、雨を降らせるという人工的な方法は知っているが、自らが望む天候にするなんて、そんなの神の所業だ。

「恐らく、この山の霊脈やこの地の地脈の影響によって、動物たちは生存のために能力を得たのだと思います。オコジョやこのライチョウの巨大化も恐らくその一種の突然変異なのでしょう」

 具体的な仮説は分からないが、生き残るために、ライラたちは急激な進化を遂げたということなのだ。

 そうだ。だから、そのことについて目をそらしていた。

 ライチョウは基本留鳥で、気温の高い所では生きられないはずだ。なのに、ライラは山を下りた後でも平気で、真夏の中でも悠々と暮らしていた。

 それもその突然変異によって人間の環境に適応することが出来たためなのだろう、とクキは言った。

「そして、もう一つの共通点があります」

 クキは、私に端末を渡した。

「これは、靄が発生した瞬間をとらえたレーダーの画像です。この鼠色のモクモクとしたものが靄で、白いのが山肌。そして緑や赤いのが動植物の分布地です」

 私は説明を聞いて納得した。

 靄が山を覆うようにして発生し、動物を示す赤が靄の周りに集中している。

 私はさらに画像を進めた。

 靄の発生場所は全く違う場所にある。なんら不思議なところはないように見えた。

 だが、一つだけ、おかしい所があった。

 動物を示す赤が、常に靄の周りに集中しているのだ。

 動植物が点在しない場所に靄がある時でさえ、赤色があった。山を見る限り、そこから元の動植物群がある場所は全くの真逆の方向だ。

 山を越えた、というより、靄と一緒に来た、という方が正しい。

「どういうことなんだ?」

 私の疑問にクキは答えた。

「それは、動物が捕食対象を探す時と時間が重なるんです」

 クキはそう言った。

「つまり、餌を探している時間帯に靄が発生するということか?」

「その通りです」

 私は、それを聞いて彼らが立てた仮説の答えが分かった。

 そうか……そういうことだったのか……。

 

「あの靄は、天敵から居場所を隠すために、逃げるために起こしたものだったのか……」

 

 そう。

 ライラは――ライチョウは、天然記念物ながら常に別の哺乳類から狙われている。その捕食者には、オコジョもそれに該当する。

 常に餌を探す敵――移動することの出来ない住処――移動せずに敵から身を守るためには、住処への道筋を狂わせればいい――。

 それが、ライラが考えた逃走方法だったのだ。

「靄の中は、電波やGPSが届かない所為で、正確なルートを算出は出来ません。しかし、画像解析から、あの靄の中は一種の異次元空間になっていて、どこか別のルートに繋がることが分かったんです。そのルート算出から、何回も考察を重ねて、どこがどこに繋がっているのか、大体のルートを把握することが出来たんです」

 そうか。だから、あの時、エンジョウ少年はあの靄の中のルートを言うことが出来たのか。

「じゃあ、初めて会ったあの時に、僕たちが靄に巻き込まれ、怪我したライラに出会ったのは……」

「恐らく、その時にオコジョに襲われて命からがら逃げ伸びた直後だったんだと思います」

 そうか。その時に私たちがライラを助けたのか……、これで納得がいった。

 だが、一つだけ分からないことがある。

「どうして、ライラは私たちをあの靄に入れたんだ? 下手をしたら、オコジョが後をつけて来てもおかしくないはずだ。どうして、四年もの間私たちと会えなかったんだ?」

 私はライラに問いかけるように言った。

「そんなの簡単じゃない」

 機体に座っていた美琴が即答した。

 

「恭一のことが大好きだったからだよ」

 

 私はそれを聞いて、え? と思った。

「靄の中で恭一がライラを助けたあの日――ライラはあなたを好きになっていたのよ。あなたはライラにとって命を救ってくれた白馬の王子様そのものなのよ」

 私はライラを見た。

 ライラが、私を? 好いていた? 私はにわかに信じられなかった。

「わたしもそうだと思います」

 クキが言った。

「彼女の言葉で、ようやく今までのあのライチョウの行動に合点がいきました。彼女にとって、あなたは家族と同じくらい大切な存在だったんです」

 どういうことだ? と私は聞いた。

「あなたが彼女を助けた日から全てが始まっていたんです」

 そう。

 全てはその日から始まっていたのだ。

 ライラを助けたあの日――。

 ライラと共に過ごしたあの日――。

 ライラと別れ、会えなかったあの日――。

 全てに意味があったのだ。

 ライラには家族がいた。私たちと同等に愛おしく、大切な家族が。

 だが、私たちと共に過ごしているうちに、ライラは私に陶酔するように傍を離れたがらなかった。

 だが、残した家族を放っていくわけにもいかなかった。

 だから、ライラは一つの決断をした。

 帰って、私たちに自分の家族を紹介しよう。

 家族と私――どちらが大切かを天秤にかけようという――やってはいけないことをしてしまったのだと。

 ライラが靄を作り出すのは、住処へのルートを狂わせることと、ライラたちが逃げることが出来るように時間稼ぎをするためだ。

 そんな中でライラが私たちと一緒にいる中で靄を起こせば、天敵たちはすぐに感づくだろう。何しろ、私たちに付いていけば、自然に餌がある場所に辿りつけるのだから。

 だから、ライラは賭けた。

 天敵が家族を襲うのなら、家族を見捨てて私たちと暮らすか、無事に辿りつけたら、家族を守るために私たちから手を引くか、どちらに転んでも自分が助かり、他が死ぬという残酷な選択肢を作ってしまった。

 結果は後者だった。

 無事にあの桜の樹に辿りつき、私たちはライラの家族と会いまみえることが出来た。

 そして、私たちは、あそこがライラのいる場所なのだから、これ以上いてはいけないと悟った。

 だから、ライラもそれを悟った。これが今生の別れになるだろうと。

 だが、それが出来なかった。

 四年もの間、私たちが通ったルートをかき消して、新しい靄を作って天敵から身を守り続けていた。

 毎年のように自分たちに会いに来てくれている愛しい人。だが、家族を守るためにはもう靄を作って中に入れるわけにはいかない。断腸の思いながら、私たちを拒んできた。

 だが、最後は出来なかった。

 オコジョが突然変異で怪獣となり、私たちを襲ったからだ。

 ライラは、その時、家族を一瞬捨てた。

 靄を作り出し、私たちを東側まで避難させた。

 靄を保ち、怪獣が私たちに向かないようにした。それは、家族のいる桜の樹が全くの無防備になっていることを意味していた。

 そして、私が送った救難信号。

 ライラは、それを届けようと、そのメッセージを地上にいる誰かに届けるために靄をそこまで伸ばした。

 救助が来て、怪獣が靄をかいくぐると、今度は自ら巨大化して怪獣に立ち向かった。

全ては私たちを救うため――それだけのために、ライラは家族を捨てたのだ。

 

 私はライラに向かう。

「ライラ……もういいんだ」

 私は震えた声で言う。

 ライラの罪、ライラの苦しみ、ライラの想い――彼女にとっては辛かっただろう。だから、その辛さが私には辛いのだ。

「何かを投げ打って誰かを助けることは悪いことじゃない。それは正しいことだし、時には正しくないかもしれない」

 でも、と私は叫んだ。

 

「自分自身の幸せを捨てて誰かを助けるなんてしてほしくないんだ」

 

 美琴を助けようとしたとき、こう思っていた。

 己が保身のために自分を選んで他者を捨てるか。

 他者を守るために他者を選んで己を捨てるか。

 永遠を誓って二人で果てるか。

 喪失の後悔も犠牲の後悔をも打ち勝ち全てを救うか。

 そこには、どれも自分自身への幸福があった。

 他者を守るために自分を捨てることは、自分自身の幸せを捨てて誰かを救うことと何が違うんだ? と思うだろう。

それは似ているようで全く違う。

他者を守るために自分自身を捨てることは、その人を守りたいという意思と、そうなってほしいという願いの上に成り立っている幸福だ。

 だが、ライラは私たちを救う上で自分を捨てただけじゃなく、家族までをも捨てたのだ――そこに幸福は一切成り立たない。

 愛する家族を捨てて、愛する者を救い、果てる――その果てには他者を守った幸福よりも自らの家族を捨てるという不幸しか残らない――第五の選択肢だ。

 それは、人間では絶対に選ばない、絶対的な献身的な愛だ。

 自らを犠牲にして成り立つ愛なんて存在しないはずだ。だが、それでも、目の前の最愛の人を守るために家族までをも捨てることが愛ではないと、誰が言えようか。その選択は、ライラにとって全てを投げ打って一人の人を救うためだけに捧げた愛故の選択なのだ。

 だが、そんなの私は望まない。

 献身的な愛であっても、自分を不幸にする救いは駄目なのだ。自分自身が幸せになるように、何かを救ってほしかった。

 それは人間故の傲慢だろう。

 だけど、ライラが体だけじゃなく、心までをも傷つけてまで誰かを救うことを私は望んでいないのだ。

 今生の別れになろうとも、互いにそれぞれの世界で幸せならば、それでいい。別れという悲しみは時間が経てば癒える。だが、失う悲しみは絶対に癒えない。

 だから、幸せになってほしい。

 私は、ライラにそう言った。

「でも、僕たちは思っている以上に我儘だ……だからさ……」

 私は言った。

 

「僕も家族を持つ。そして、お互いに片が付いたらさ……今度こそ会おう」

 

 私の言葉に、ライラは嬉しそうに鳴いた。

「全部が終わって……全部が安全になって……何年かかるか分からないけど……けど、きっと会おう。この山で。あの桜の樹の下で」

 ライラはまた鳴いた。

「はは……」

 私は小さく笑った。周りも、私に同意するように微笑んでいる。

 ようやく全てが満たされた――そんな気がした。

「じゃあ、ティガ。その鳥を無事に住処まで送り届けなさいな」

 イチカ隊員がそう言うとティガは頷いた。

 そして、ティガは、一歩引くと――。

 片腕を曲げて、掌を胸の点滅しているクリスタルにあてた。

 ティガの掌から光が輝きはじめる。

 そして、その腕を伸ばす。

 光が伸びて、ライラを優しく包み込んだ。

 眩い光がライラを包む。それは眼を覆ってしまうほどに恍惚だった。

 そして、光が消えると――。

 

 ライラは、元の大きさに戻っていた。

 

 傷ついた体でティガの掌まで飛んでいく。

 ライラが鳴く。

 ライラの作り上げた靄がティガの背後に出来上がった。

「ライラ……またな」

 私はライラに小さく呟く。

 口元がしょっぱかった。また、私は涙を流しているようだ。

 四年という月日をかけて再会を果たした私たちは、また長い別れを告げる。

 今度はいつになるか分からない。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。

 でも、それでいい。

 分からないから、会える希望が生まれる――それが胸に残っていた。

 ティガは踵を返す。

 そして、ライラを優しく掌で包みながら、ティガは、靄の奥へと消えていった。

 靄が晴れると、そこにはもうティガもライラの姿もなかった。

 

 全てが終わったのだ。

 

   8.

 

「……ふーん。そうだったんだ……」

 全てを話し終えて、美弥は少し寂しそうな声をしていた。

「結局、今まで会えなかったんだ」

「そうだな。何回かは、未練がましく山に登りに行ったけど、結局会うことは出来なかったな」

「それじゃあ、きっと向こうも呆れてるんじゃない?」

 美弥が言う。きっとその通りだろう。

「というより、よくそんな皮肉れた性格で父ちゃんは母ちゃんや他の女の子にモテてたよな。なんか不公平だわ」

 裕也が嫉妬しながら言った。

「まあ、確かに裕也はお父さんと結構似ている割にはモテないよね。やっぱりあれじゃない? お父さんの持っている魅力が裕也には備わってないのよ」

「よく言うよ。姉ちゃんだって今まで彼氏いたことないし」

「あ? てめえシバくぞ、コラ」

「上等だ、馬鹿姉。かかってこいや」

 目の前で子供たちがそれぞれ構えている。

「ほらほら、やめなさい」

 それを美琴が止めた。

「とにかく、あんたたちは北岳に登る気があるの? ないの?」

 

 ――あるに決まってるじゃん!

 

 美弥と裕也は異口同音に答えた。

「そのライラって鳥も見てみたいし、何よりその桜の樹に辿りつけば、彼女が出来るかもしれない!」

「そうそう!」

 どうやら美弥と裕也は自分のパートナーが欲しいとだけのようだ。

 まあ、なんていうか……。昔の私と比べたら、何か本当に大差ないような気がして来てならない。本当に赤面する思いだ。

「あーでも、そうなると一つ気になるなー」

 美弥が言った。

「何が?」

「だって、その桜の樹の伝説ってさ、結局はお父さんが最初なんでしょ?」

「そうだな」

「何でそれが噂として流れてるの? お父さんが流したの?」

「いや……それはしていないはずだが……」

 確かに不思議だ、と今になって思った。

 ライラを守るためにライラに関する噂は一切口外していなかったはずだが……。

「ねえ、もしかしたら……」

 美琴が私にそっと告げた。

「ライラが時々他の人をあの樹まで誘導していたんじゃない?」

 ライラが? と私は耳を疑った。

「まさか。ライラが僕たち以外の人をあそこに連れていくかなあ?」

「でもそうとしか考えられないわ。一体ライラは何を考えているんだか」

 なるほどな、と私は思った。それもライラに問いかけることにしよう。

 私は、また向かい側の家の桜を見つめた。

 桜は満開で、花弁が時より散っていた。

 ライチョウはさすがに来ないが、鶯やほかの鳥が春を謳っていた。

 幾度の春夏秋冬を過ごしてきた。

 そんな中で、もう一度北岳に登ろうと思った。

 

 今度こそライラに会える――そんな気がしていたのだ。

 

 結構な年月が過ぎてしまったが、きっと大丈夫だろう。

 私は、桜に留まっている鳥たちに心の中で尋ねる。

 鳥たちもそれに答えるように鳴く。

 春が来ていた――。




これで終わりです。次回もよろしくお願いします。次は遅れないようにし……ま……す……
誰か私の面倒くさがりな性格を矯正してくだせえ

登場怪獣
・突然変異巨怪鳥オオライチョウ-ライラ-
・突然変異鼬型怪獣グロスマルダー

次回予告
地球に謎の落下物が襲来したという要請を受けて、ツバサとS‐GUTSの隊員たちは出動した。
落下物の調査を進めていく中で、ツバサは一人気絶していた少女アリサを救う。
その裏で、15のツバサの心を傷つけるにはあまりにも悲痛で残酷な陰謀が迫っているとは知らずに……。
次回 第6話「ひとりぼっちの地球人」

参考文献
インターネットからの参考です

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