ウルトラマンティガ THE SECOND   作:ヤステル

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めちゃくちゃ長くなってしまいました……。
長いのは、ドラマでいう初回拡大放送だと思って読んでください。
第二話は短くなります(なるよう努力します)





第1話 巨人が蘇る日
其の1


   1.

 

   *

 

 Code 274366

 F計画及びそれらに関係するいかなる資料を、これをもって破棄するものとする。

 破棄後、速やかにFO計画に移る。

 この計画は、地球人類を滅亡から救うためのものである。

 ネオフロンティア時代最終楽章と謳われた今――新たな時代へと移り変わろうとする今、我々は三度訪れるであろう脅威と戦わなければならないのである。

 この報告書を提出してから丁度一年――そう、一年後の今日、人類の英雄を讃えるこの日に来るべき災厄が訪れる。

 それは滅亡への始まりだ。

 かの邪神が三千万年前に古代人を滅ぼしたように。

 かの球形生命体が太陽系を滅ぼそうとしたように。

 我々は、これより来る新たな敵と戦わなければならないのである。

 おそらく敵は、二十年以上前に現れた『闇の支配者』その全てであると推測する。

 これまでの襲撃を考えると、今までは序章と考えていいだろう。

 此度の戦いは、敵にとって集大成と言っても過言ではない。『支配者』達は、本腰を挙げて世界を闇に陥れようとしている。

 これからの未来を紡ぐためには、奴らを止めなければならない。

 だが、我々には、英雄はもういない。世界を、宇宙を救ってくれた人類最後の砦たる英雄はもうこの世界にはいないのだ。

 だからこそのこの計画なのである。

 如何なる妨害も、脅しも、流血も厭わない。

 地球を、人類を守るために――我々が悪となろうとも。

 必ず成功させなければならないのである。

 願わくは、全てが成功へ導けることを祈るばかりである。

 

 尚、この報告書は、情報局参謀殿への報告は無視し、速やかにブラックボックスへ保存されたし

 

   *

 

「参謀。そんなに急ぎ足で無くても大丈夫ですよ。まだまだ時間がありますから、落ち着いてください」

 目の前を早歩きで進んでいく上司に止まってもらえるよう、ウチダ・テラヒト副参謀は冗談交じりに頼んだ。

「何言っているんだ。今日だからこそなんだよ。今日というこの日は、俺にとって重要な日なんだからな」

「だからと言って、これからの会議を全てほっぽりだすなんて……まあ、相変わらずですよ、参謀は」

 ウチダは目の前にいる上司――コウダ・トシユキにそう言うと、聞こえないように小声で、よくみんな付いてくるよなあ、と微笑しながら呟いた。

 豪傑なのかただ真っ直ぐな性格なのか、一言で表すなら「熱い奴」と説明すれば大抵の人が納得するだろう。

 ましてや彼と一緒に過ごした人々からは、それ以上の存在であるのだろうが、ウチダにはそこまで深い所にいたことはなかったから、まだ分からないが。

 まあ、いずれ分かるだろう――ウチダは進みを速めた。

 目的地へと繋がっている硝子パイプの一本道を進んでいくと、途中で、見慣れた顔を見つけた。

 男だ。かつてコウダと同じ隊にいた仲間の一人。

「よう、ナカジマ」

 ナカジマ、とコウダが呼んだ、その男はコウダの声に応えるように振り向いた。

「ああ、どうもコウダ隊員」

 ナカジマは咄嗟に出てしまった「何時もの癖」にすぐに気づき、参謀と言い換えた。

 コウダは、笑いながら答える。

「毎回会うたびにその呼び方だな」

「だって仕方ないでしょう。今までずっとみんなコウダ隊員って呼んでいたんですから」

「あの時は誰一人として、副隊長って呼んでくれなかったもんな」

「だってねえ……副隊長って言っても、コウダ隊員はコウダ隊員でしたからねえ」

 癖なんてすぐに抜けないですよ、とナカジマは言った。

 多分、「すぐに」という表現は正しくないだろう、とウチダは考える。彼らがその癖を仕事として使っていたのは、十数年も前であるが、彼らが完璧に直すのはまだまだ時間がかかるだろう、とウチダは思った。

「ま、公の場では何とか口調を直せよ」

 コウダは、ナカジマの背中を軽く数回叩き、足を進めた。ナカジマはそれが合図となったのか、コウダの後を追うように歩みを進めた。

「それよりも遅いじゃないですか。待ち合わせの時間をせっかく決めたのに、まさかの三十分の遅刻だなんて」

 ナカジマは不満げに言った。

 どうやら、ウチダには内緒でコウダはナカジマと会っていたようだ。

「仕様がないだろ。会議をずらすように何とか頼み込んできたんだから。こっちも色々大変でな。おかげで後々が怖くて仕方ないんだよ」

「まあ、実際に大変なのは、スケジュール調整とそれの許可をもらうために各国の首脳陣を説得する私なのですがね」

 と、ウチダは割って入るように言った。

 皮肉交じりに言ったのか、コウダは苦笑いで返すしかなかった。

 ナカジマはそんな光景を見て、思わず笑ってしまった。

「ははは。さすがは、コウダ・トシユキ宇宙開発局参謀殿だ。どうやら、一人で勤まる仕事ではないようですね」

「まあ、その点に関しては、ウチダには感謝しているさ。ちょっと毒を吐くのは気に入らないがな」

 ウチダは、笑いながら、恐縮です、と答えた。

 目的地はもう目の前だ。

 歩みが小さく、遅くなっていく。

 そこはホールだった。五階ほどの高さをくりぬいた天井。そこに巨大なスクリーンがあった。とはいえ、ボードは一切存在しない。重力操作によって浮いている巨大なスクリーンだ。

 ここで毎年、コウダやナカジマにとっては、何時も見慣れていた人の演説が行われるのだ。

 ウチダは、腕時計を覗いた。どうやらまだ時間まで少しだけ猶予があるようだ。

 さて、どういう話題を出して時間を潰そうか、とウチダが考えていると、ふと、ナカジマが何かを思い出したように言った。

「そういえば、もうすぐでしたか? そっちに一人、新しい研究員が来るって聞きましたけど」

 コウダも思い出すように答えた。

「ああ、そういえば、そうだったな。確か、今日そいつの卒業式があったはずだ」

「となると、来るのは早くて二、三日後ってくらいですかね」

「ああ、そうだったはずだ」

「とすると、僕は多分すれ違いになってしまいますね。明後日には火星に戻らないといけないから」

 二人は、自分達だけの世界に浸っているようだ。ウチダには、一体何の話なのかさっぱり分からなかった。

 話を中断させてはいけない、という遠慮があった所為かウチダは話に切り込めなかった。

 だが、このまま置いてけぼりもさすがにどうか、とウチダは考えた。思慮深さは、今は必要ない! 今しかない! と、自分に言い聞かせ、ウチダは意を決し、尋ねた。

「あの、参謀。一体何の話をしておられるのですか?」

 ウチダが尋ねたのがそれほど不思議だったのか、ナカジマは目を丸くした。

「あれ? ウチダ副参謀も一緒に会議に出席していたんじゃないんですか?」

 えっ? とウチダも目を丸くした。互いに見つめ合っている。それ以上に、その次の会話を誰がどうするのか、お互いに見いだせていないようだった。

 ただ、コウダだけは、その答えを知っているようだった。

「ああ、ウチダはその時、俺の代理で北アメリカ支部のハイデル主任と会議していたから知らないんだよ」

 ナカジマは、それを聞いて納得した。

「えっと……参謀? もしかして、どうしても出なくてはならない会議があるって言っていた件があった時ですか?」

 ウチダが尋ねると、コウダはそうだ、と答えた。

 ウチダには一つだけ心当たりがあった。

 数週間前、宇宙開発局で進められていたプロジェクトの会議の為に、北アフリカ支部へ行かなくてはならない時があった。

 本来は、コウダが出なくてはならないはずだったのだが、コウダは、急遽開かれることになった参謀会議に出席しなくてはならなくなり、代役としてウチダに頼んでいたのだ。

 最初は、嘘かと思ったが、後々で確認したら、どうやら本当に会議があったらしく、それ以上のことは聞きださなかったのだ。

「それで、一体どんな内容だったのですか?」

 ウチダが恐る恐る尋ねると、コウダは、何も遠慮することなく答えた。

「ああ、実は、宇宙開発局と科学局に新しい研究員を招請することになったんだ」

「新しい研究員……ですか?」

「ああ。何でも科学局からの推薦らしくてな。かなり優秀な奴らしい。そいつの研究内容のメインが宇宙開発局と科学局で研究する内容が多かったから、二つの局で数年間特別研究員として招待したらどうかを話し合っていたんだ」

「なるほど……まあ、確かに現在は我々や科学局が、この時代における最前線での活動をしていますからね。人員は多いに越したことはないですが……」

 しかし、腑に落ちない。

 ウチダは、今まで研究員を何人も見てきたが、どれも確かに腕はいいが、突出したものを見出すことはできなかった。優秀ではあるが、みんなそれだけであって、それ以上のものは一切なかった。だが、これまでやってこられたのは彼らのおかげなのは言うまでもないが。

 しかし、科学局が推薦してくるほどの人材というのは、今まで初めてだ。

「して、その人物とは一体?」

 ウチダが尋ねると、コウダは答えた。

「ああ、何でも、火星から来るらしくてな。まあ、そいつが来る時は、迎えに行こうと思っているから、ウチダも付き添ってほしい」

「また唐突ですね……。しかし、火星というと……マリネリスからですか……それほどの人材がいましたかね?」

 火星に人類が植民したのはまだ二十年超えたかどうかくらいの年数だ。その殆どは、地球から移動していった人々のはずだ。その中にそんな人材がいたなら上層部が黙っているはずがないのだが……、とウチダは考えていた。

 コウダは、笑いながら答えた。

「俺も最初聞いたときは驚いたぞ。何でもそいつはスターチャイルド第一世代らしいからな」

 はっ? とウチダは声が裏返った。予想していたものの斜め上を行く回答に、ウチダはそれに理解するのに時間がかかった。

「ちょ……ちょっと待ってください? 参謀、あなたは今何をおっしゃっているのか分かっているんですか?」

 コウダは何も不思議に思っていないようだ。むしろウチダが慌てているのが不思議でならないようだ。

「もちろんさ。しかし、すごいよな、最近の若者は。昔に比べて優秀になったよな」

 コウダは、ナカジマと目配せをした。ナカジマも、そうですねえ、と言って互いに笑った。

 二人は、優秀と簡単に済ませているようだが、ウチダはどうにも納得が出来なかった。

 スターチャイルド第一世代ということは、年齢的にまだ十代中盤の子供ということになる。

 つまり、これから宇宙開発局にまだ遊び盛りな十代の子供を特別研究員として招待しようとしているということだ。

 それなのに一体どうして、周りは何も不思議がらず、むしろ歓迎しているのだろうかウチダには理解できなかった。

 考えられるのは、自分はまだ詳細を知らない所為なのか。それとも周りが馬鹿なのかの二つだけだ。

「本当に羨ましいですよなあ。出来ればうちに来てくれたら、もっと研究が捗るんですけどねえ」

 だが、S‐GUTS科学班主任のナカジマもこのように受け入れているところを見ると、どうやらあながち嘘ではないらしい。

 だが、しかし……。

「まあまあ。ここで考えていたも仕方がないことだ。当日にお前の目で見て、そいつがどういうやつなのか見極めてみるといいさ」

 コウダはウチダの肩にぽん、と手を乗せた。

 何だろうか、とウチダは思う。この人は何時も、こういう慌てた時でも冷静だ。やることは暑苦しいはずなのに、だが、安心する。

 信じてみよう、と何時も思う。この人が言うのだから、間違いはないだろう。

「ああ、ほらほら、二人とも。もうすぐ演説が始まりますよ」

 ナカジマは二人に画面を見るように促す。コウダもウチダもそれぞれスクリーンへ目を向けた。

 そこに何も変わらない――総監には似つかわしくない――コウダより熱い男がそこにいた。

「相変わらずだな、隊長は」

 コウダが思わずその姿を見て呟いた。

「コウダ隊員? その癖直したほうがいいですよ」

 ナカジマは、にやけながら言った。

 コウダは、やられた、という顔をしてナカジマを軽くどついた。だが、それもまた、かつての仲間を尊ぶこの日に相応しいものだと、ウチダは二人のやりとりをみながらそう思った。

 

   *

 

火星基地マリネリスの中にある休憩スペースに、大勢の隊員や作業員がそれぞれの憩いの為に席についていた。

 というのも、この日は、TPC総監によるある演説があるため、人々は、その時を心待ちにしていたという理由もあった。

 演説を待つ人々の間を縫うように、二人分のコーヒーの入ったマグカップを持った男がいた。

「ああ、ちょっとごめんよ」

 と、周りをよけながら、カップを上へ下へと持ち上げたり下げたりしていた。それを遠巻きから眺めていた女性が一人。男はその女性も元へ向かっていたのだ。

 いつコーヒーが零れてもおかしくないその状況を、女性は、呆れながら眺めていた。

「おっとっと……。ふう、危なかったなあ」

 女性が待っているテーブルまで男は何とかたどり着いた。

「カリヤ隊員? コーヒーくらい持ってくるときは、もう少し慎重にしてもいいんじゃないの?」

 と、女性は諭されるように言った。男――カリヤ・コウヘイは、毎度のように言われているためか、女性の言葉に全く動じなかった。

「まあ、仕方がないじゃないか。これでも結構慎重にしていたんだから。それにこんなに集まるなんて考えてもいなかっただろ? だったら零れなかっただけ良かったじゃないか」

「でもねえ。毎度のことだけど、去年だって同じくらい混雑していたんだからそんな言い訳通じるとでも思っているの? 少しは副隊長として、節度ある行動をしてもらいたいものだわ」

 カリヤはむっとした。

「それなら、毎度の如く、僕に席とりを頼んで自分だけ高みの見物しているかのように僕を見下ろすその態度は、隊長としてどうなんでしょうね――ユミムラ・リョウ隊長!」

 と、カリヤは、女性――リョウの名前を皮肉りながら言い返した。

 すると、リョウの怒りの部分を突いたのか、リョウの目つきが鋭くなった。まるで鷹が獲物を狙うかの如き鋭い眼光。毎度のことながら、リョウの睨み付けるその目は迫力が違う。

 カリヤは、何時もながら、リョウに屈服され続けている。その言葉なき姿を見ると、何も言い返せない。

 だから苦手なのだ、とカリヤは思っていた。苦手なのに、何故かいつも同じ隊に所属するという運命。自分だけ貧乏くじを引いているのではないか、とネガティブに考えてしまう。

 何とか、リョウのご機嫌をとらなければ、とカリヤは考え、リョウにお待ちかねのコーヒーを差し出した。ちなみに、カリヤのオリジナルである。

 リョウは、カリヤのコーヒーをすする。

「また、新しいの作ったの?」

 どうやら何時も飲んでいるのとは味が違うようだ。

 カリヤは、ああ、と淡々と返した。

「今日のはまた、一段と美味しくなっているわね」

 リョウは、自分ながら似合わない好評価を与えた。

 カリヤはリョウの褒め言葉に反応したのか、少し嬉しそうに返した。

「そうだろ。この前とは違ってブレンド率を三:五の比率にしてみたんだ。我ながらよく出来たと思う」

 自画自賛しているのは生意気に感じるが、まあ確かにいい感じではあるとリョウは思った。

 コーヒー好きは伊達じゃないということなのだろう。

「それにしても、いい加減そのマグカップを変えなさいよ」

 リョウはカリヤが持っている銀のマグカップを指摘した。

 カリヤがかつて地球にいたころからずっと使っているマグカップ。今でも趣味の考古学の本を片手にそのマグカップがあった。

 今までそれ以外でカップを使ったことがあっただろうか、と周りは口々に言っていた。それくらい年期の入ったものだった。

「嫌だね。お気に入りは何年たってもお気に入りだ」

 カリヤは頑なに拒む。一体、そのカップの何がいいのかさっぱり分からない。

「お気に入りって言ってもねえ……もう黒く変色している部分もあるじゃない。もうそろそろ潮時じゃないのかしら」

「大丈夫だ。まだ保てる。しっかりとコーティングをして変色の速度を落としているからまだ使える」

 それをしてこのざまか、とカリヤの持っているカップを見て溜息を吐いた。

「というより、それはTPCの備品でしょ。勝手に持って行っていいのかしら」

 リョウは、何度言ったか分からない言葉を放つ。だが、それはカリヤも同じだった。何度聞いたかわからない言葉に何度言ったか分からないほどの返事を返した。

「これを使っているのは僕だけだ。備品なのに全く使わない方がおかしい。僕はTPCが用意してくれた物にリョウが感じないであろう有難味を感じながら、こうして使えなくなるまで愛でるように使っているんだ」

 褒められるのはむしろ、僕の方だよ、とカリヤは自信満々に言った。

「あーはいはい。本当にカリヤ隊員は正に隊員の鑑ですね」 

 明らかな棒読みでカリヤを皮肉るリョウ。だが、それも周りから見れば、何時もの見慣れた光景だ。

「そういえば、カリヤ隊員。昨日の報告書は提出した?」

「報告書?」

 カリヤはコーヒーを飲みながらリョウの話を聞いた。

「ほら、昨日の巡回中に不自然な波長をキャッチしたって言っていたじゃない」

 ああ、あれか、とカリヤは思い出す。

「まあ、多分たまたまだとは思うんだけどな」

「いいから、話して」

 はいはい、とカリヤは適当に相槌を打ちつつ、コーヒーを完全に飲み干した後で、説明を始めた。

「火星街の外れを巡回中に、確かに不可思議な波長をキャッチしたんだけど」

「けど?」

「現場に近づいてみると、確かに不思議な波長があったんだ。だけど、それだと気づいてすぐに波長は元に戻った」

「レコーダーは?」

 リョウの質問にカリヤは間髪入れずに答えた。

「もちろん記録していたさ」

 そして、カリヤはその後、その波長を詳しく分析することにした。

 元々、こういった分析は、かつての仲間や今の部下達に調べさせていたが、その時は幸か不幸か、一人でやらなくてはならなかった。

 機器の扱いには心得はあるが、いかんせん普通より遅い。解析に少しばかり時間がかかった。

 その結果――。

「昔にキャッチしていた波長とよく似ているものがあったんだ」

「似ているもの?」

「ああ。しかも、僕たちがS‐GUTSにいたときにそれと何度も戦っている」

 カリヤの言葉に、まさか、とリョウは呟いた。

 カリヤは、リョウの反応に軽く頷いた。

「まさか、とは僕も思ったよ。でも、明らかに酷似しすぎている。しかも、奴らが最初に姿を現したのは他でもない――この火星だ。これ以上の他にどんな考えが浮かぶと思うんだ?

 

 ――あの球形生命体の存在を。

 

 リョウならどう思うんだ?」

「スフィア……!」

 リョウは、カリヤの言葉にそう答えた。

 球形生命体――呼称:スフィア。

 かつてリョウ達がスーパーGUTSの隊員としていた時に戦った――謎の生命体。

 球形をしていて、単体、集団での連携攻撃をする他に、有機物、無機物問わず寄生し、姿形を変えることも出来る――リョウ達にとって最強最悪の敵だった。

 だが、スフィアがいたとして、それには疑問が残る。

「ちょっと待って……」

 リョウは、一旦心を落ち着かせる。

「……確かスフィアは、あの時倒したはずよ。まだ生き残っているなんてあり得ないと思うわ」

 リョウの言い分はもっともだ。確かにあの時、本体を倒した。それ以来、スフィアが侵攻してきた事例は一度とてなかった。

「そうだ。確かに一度もなかった。だけど、あり得ない話じゃないよ思う」

「どうしてよ」

「あの時、全て倒したと思い込んだらどうなる? スフィアは単体では小さい。もしかしたら、あの時、残党が生き残ってどこかに潜んでいるという考えはないだろうか」

「まさか……でも……」

「奴らは意思を持っている。そうなれば、奴らにとって最大の障害がいなくなった現在にどう襲撃しようか虎視眈眈と狙っている可能性はあると僕は思う」

「……」

 カリヤの説明は的を射ていた。確かに、あの時、全て死滅したかと問いただせば、確実にそうだ、とは言い切れない。

「もし」が存在するなら、それは丁度このことを言うのだろう。

 Ifというとてつもなく高確率のもしも――。

 脳裏に悪い予感が過る。

 だが、それでもリョウは、逃げるような意見を言う。

「仮によ……仮にそれがスフィアだったとして、どうして今来るのよ?」

「リョウ……」

 カリヤは、リョウを見つめた。

「そうよ……何で今なのよ。もっと前にも責めるチャンスはあったはずよ。なのにどうして今になって……!」

「リョウ!」

 カリヤがリョウの名前を呼んだ。カリヤの言葉は正確に、リョウの不安定になった部分を破壊した。リョウは、我に返ったように目を見開き、カリヤを見つめた。カリヤの瞳は真っ直ぐとリョウを見つめている。

 リョウは冷静さを取り戻していった。

「……ごめん。らしくなかったわね」

「別にいいさ」

 カリヤにはリョウの気持ちは痛いほど分かっていた。そして、リョウにこの話は今日この日にするべきではなかったと痛烈に後悔した。

 スフィアによって大切な仲間が闇に消えていったこの日。

 無事であるということは分かっている。彼が、彼のやるべきことの為にその世界で生きていくことを決意したことは、誰もが重々承知していた。

 だが、それでも。

 あの日の光景は今でも忘れられないのだ。

 

『俺は必ず帰ってきます。――次もまた、空を飛ぶために』

 

 そう仲間に、らしくない優しい声で微笑みながら誓ったお調子者のあいつ――。

 

 負けてたまるか、と最後まで叫んだ単細胞なあいつ――。

 

 その光の中へ、消えていった照れ屋なあいつ――

 

 全てが、まるで昨日のことのようだった。

 もしかしたら、明日になれば、ひょっこりと基地に帰ってきて、くだらない言い訳をして隊長に諭されるのではないか、とそんなことをいつも感じてしまうのだ。

 今日、あいつがいなくなったこの日には、より強くそう感じてしまうのだ。

「リョウ」

 カリヤは、悲しそうな顔をしているリョウに言った。

「そんな顔してたら、どっかにいる誰かさんは、リョウのこと小馬鹿にして笑っているだろうな」

「……」

 ああ、そうだ、とリョウは思った。

 確かにらしくない顔している、と自分でも理解していたようだ。

 あいつは――あの馬鹿はいつもあたしを困らせていた。あんな破天荒でお調子者の馬鹿といると、本当に自分も馬鹿になるんじゃないかって思っていた。

 そういえば、コウダ隊員に言ったことがあったっけ? あいつと一緒にいると馬鹿が伝染りますよって。

 なんだ、結局あたしも、あいつに色々伝染させられていたのかな。

 毎年、今日になると、あいつとの思い出がまるで雪崩のように呼び起されてくる。その度に悔み、嘆いたが――。

 今年は、もう少し笑っていられそうだ。

「……そうね。あいつのことだもの。もし帰ってきたら真っ先に一発かまさないとね」

 リョウはそう言って右の正拳を突き出す。カリヤは、おお怖い、と冗談交じりに言った。

 それを見て、互いに笑った。

「……ああ、ほら。もうすぐ始まるぞ。総監の演説」

 カリヤが画面の方へ顔を向けながら言った。

「ええ、そうね。今年はどんなことを喋るのかしら。……まあ、多分大体はもう予測できているかもだけど」

 二人は、その演説の時まで、静かに、和やかに、待った。

 何故かその時だけ、コーヒーがやたら苦いと感じたリョウであった。

 

   *    

 

 TPC総合本部には隊員育成の為の機関がある。

隊員教育養成機関ZERO。

 かつての特務チームの隊員たちもここから始まり、巣立っていった。現在の参謀本部や特務チームの隊長格の人々も――。

 そして、地球を救った英雄もまたその例外ではなかった。

 現在は、かつてS‐GUTSに所属していたミドリカワ・マイが教官を務めている。

 マイも当然ながら、今日が、あいつが闇の中へ消えていった日であることを覚えていた。

 総監の演説の前まで、訓練プログラムの監督をしていたマイは、訓練が終わり次第訓練生全員と共にモニタールームへ足を運ぶ予定だった。

 だが、この日は、訓練生の一人がまたプログラムの成績で他の訓練生と言い争うという毎度お決まりのイベントが起こったため、予定よりも遅くなってしまったのだ。

「もう、今日くらいはやめてもらえないかなあ」

 マイは、二人を静止させようと必死だった。

 訓練生――名前をイチカ・マリナは、フライトシミュレーションの成績で、一位となったもう一人の男子訓練生――タイガ・ノゾムに負けたことが納得いかないために起きた喧嘩だった。マリナは、全てにおいて本気という真面目かつ完璧主義者の性格柄か、タイガに負けたことが気になって仕方がなかったのだ。

「お言葉ですけど、教官。こんな遊び人のようなおちゃらけた奴が、フライトシミュレーションで一位を取るだなんてあり得ません! 絶対何かずるをしたに決まってます!」

 マリナがそう言うと、タイガは馬鹿にするように反発した。

「これが実力の差ってやつだろ? いちいち気にしていたら彼氏も出来ないぜ」

「余計なお世話よ! 大体、いつも最後に言う『フィニッシュ!』って何? あんたふざけるのもいい加減にしなさいよ!」

「フィニッシュ!」

 タイガは、マリナを挑発するように言った。半分笑っている。

 タイガの挑発にのったマリナは怒り心頭だった。タイガに迫り、一発お見舞いしようと、拳を振り上げた

「はいはい! 喧嘩はそれくらいにして!」

 マイは、マリナの腕を握り、静止させた。握られた場所が悪いのか、力が入らない。マリナは、分かりました、と言ってマイに従った。

「マリナも本気になって相手にしないで。こっちは冗談で言っているだけだから。軽く流す程度でいいのよ」

 マリナはマイの言葉に一切耳を貸さずに反論した。

「お言葉ですけど、あたしはTPCの特務チームに入るために常に全力を尽くしているんです。凶悪な怪獣や異星人たちからの襲撃に備えるための特務チームです。当然、自分だけじゃなく、地球人全ての命を守るという重大な責務があるのですよ」

「うん、そうだね」

「だったら、生半可な気持ちでやっていいわけじゃないでしょう? 一つの選択を誤れば、どれだけの大きな被害か分かったものじゃないです!」

 冗談を言うくらいの余裕を持った人間に勤まるはずがないでしょう? と、マリナはタイガを睨みながら力説した。

 タイガは、口笛を吹いていた。反省の色はないようだ。

 だが、マイは至って冷静だった。

「マリナの言っていることは最もだと思う。間違っていないし、何も反論することはないわ」

 そうでしょうとも、とマリナは胸を張る。

「でも、ずっと緊張の糸を張りつめているままだと、いつか自滅するわよ」

「……っ!」

 マリナが小さく舌打ちしてマイを睨んだ。

「私たちは完璧に行動することなんて出来ないわ。現に私も昔、隊員として戦っていた時は、大けがして意識不明になったこともあるわ。だけど、今、こうして生きて、教官としてみんなに教えることが出来ている」

「……何が言いたいんですか?」

「もっと心に余裕を持ってほしいのよ」

 マリナは、マイの説明に何も答えることはしなかった。

 マリナは踵を返し、ただ一言、先に行きます、とだけ言って、友人たちと共にモニタールームへ向かっていった。

「さあさあ。みんなもモニタールームに行くのよ! 終わったらすぐに訓練再開するからねー!」

 マイの言葉が響く。訓練生たちはそれぞれの足並みでモニタールームに向かっていった。

 マイは、自分の手元にある訓練プログラムの成績表を見た。

 イチカ・マリナ。

 十六歳にして、訓練プログラムは全てにおいてトップスコアを叩きだした――機関創設以来の成績だ。

 紛れもない天才――十年に一度あるかないかの金の卵。そうなるべくして生まれてきたと言っても過言ではない。

成績は、フライトシミュレートを除けばトップタイ。来季から飛び級でS‐GUTSの入隊が決定している。

 おそらく、この先何事もなければ、彼女は史上最年少の隊員となるはずだ。

 まさしくエースの素質を持っている。女性なのが勿体ないくらいだ。

 そして、タイガ・ノゾム。

 フライトシミュレートはマリナを抜いてトップ。

 操縦の腕は抜群だが、あの性格は、まるで十四年前の今日、闇の中に消えていったあいつを彷彿とさせるものがあった。

 マイは、個人的にタイガには素質があると見抜き、そして、見事来季からS‐GUTSマーズに入隊が決まっている。

 確か、あいつの訓練生時代のスコアもトップタイだったと聞いたことがある。マリナとタイガは、あいつと同等か、それを上回る実力を持っていることになる。

 ライバル同士なのだろうか、確か、あいつも訓練生時代に同点を叩きだしたライバルがいたらしい。

 そのライバルは、殉職したと後で聞いたことがある。

 でも、マリナはライバル関係を一番嫌うタイプの人間だ。決して相容れないだろう。

 そうだ、とマイは思った。

 マリナをコントロールできる相手がいればいいんだ、とマイは考えた。

 マリナの行動をやんわりと止め、いがみ合いながらも、相手の手腕でマリナを暴走させずに、そして連携が取れるような相手。

 それが今のマリナの固い心を溶かす薬になるはずだ。

 だが、果たして都合よくそんな存在がS‐GUTSにいるかどうか……。

 いれば、マリナにとって自分とは違う世界を見せられるはずだ。

「まあ、そうなればいいけれど」

と、マイは、そう考えながら急ぎ足でモニタールームに向かっていった。

 

   *

 

 メトロポリス 国際フォーラム準備室内。

三代目TPC地球平和連合総監であるヒビキ・ゴウスケは、間もなく始まる演説に備えて準備をしていた。

 かつてあいつが命名し、それに倣うように命名したこの日が祝われる――今年で十四回目となるこの『記念日』は、ヒビキは自分でもどれくらいの思いがあるのか分からないくらい、感慨深いものだった。

 もうあれから長い月日が経った。

 かつての隊員達は、それぞれの道に進み、活躍している。

 だが、いなくなってしまったあいつは、一体どうしているのだろう、とヒビキは時より考えてしまうのである。

 馬鹿で単細胞なあいつのことだ。きっと自由気ままにやっているだろうが……。

 だが、もしかしたら、またあっちで何かやらかしているんじゃ、とヒビキは、それはそれで心配しているのだ。

 若いころの自分と似ていると感じていたからか、まるで自分の分身があちこちでやらかしていると思うと、恥ずかしくも、嬉しくもなる。

 もし、あいつが戻ってくる日があるなら、見せてやりたいなあ、とヒビキは窓から眺められる街々を見て思った。あいつが救った世界が、今、想像もつかないくらいに発展を遂げたことを。

 今やネオフロンティア時代は、いい意味で終幕を迎えているだなんて言われているくらいだ。

 あいつがもし、いなかったら訪れるはずのなかった光景がここにあるのだ。

 だからこそ、今日この日を感謝しなければならない。伝えなければならない。あいつが仲間たちと築き上げ、これから紡がれるこの世界を、未来を次の子供たちに伝えるために。

 ノックの音が聞こえた。

 ドアが開かれる。そこには、TPCの職員がいた。

「総監。そろそろお時間です」

 どうやら時間がきたようだ。ヒビキは、最後にもう一度街並みを見て、その光景を目に焼き付けた。

「行こうか」

 ヒビキは、職員にそう言って部屋を後にした。

 会場へ向かう途中で職員は若干不思議そうにヒビキを見つめていた。

 会場は一通りチェックしたが、向こうには何も無かった。だとしたら、総監が持っていると思っていたようだが、どうやら総監も持っていないようだ。

 毎年のように総監の演説があるわけだが、フカミ元総監はともかく、ヒビキ総監は演説用の台本をどうしているのだろうか、と職員は皆、気になって仕方がなかった。

 無論、ヒビキに台本は無かった。

 ヒビキは、ただ、心の中で思ったことを口にしているだけなのだ。かつて戦った仲間との日々を思い返し、あいつが何を思って戦っていたのか、何を守ろうとしていたのか、俺たちがどれだけお前に振り回され、そして救われてきたか、その思いをただぶつけているだけなのだから。

 壇上に上がると、そこには、多くの報道陣とマイクがあった。

 毎年ながら、この風景は壮大だ。皆、あいつを慕っている証なのだろう。

 ヒビキは、今年も、地球の人々と仲間たちの思いを自分の思いにのせて、いなくなってしまったあいつに届くように言葉を紡いだ。

 

   *

 

「地球に住む全ての皆さん。どうもこんにちは。毎年お馴染みの、三代目TPC総監のヒビキです」

 

 ははは、と報道陣の笑いが起こる。

 

「今年もこの日がやってきました。

 早くも今年で十四回目を迎える、この『アスカ記念日』ですが、かつてあいつの隊長であった私や仲間たちにとって、この日は、あいつとの一時の別れを迎えた日であり、また、あいつへあることを誓った日でもあります。

 十四年前の今日、我々人類は、存続の危機にありました。

 謎の球形生命体による太陽系消滅の危機。この危機の為、太陽系の惑星のいくつかが闇に飲み込まれ、消えていきました。

 ですが、あいつは――救ってくれたのです。私たちと共に戦い、ただ自分自身の身を挺して戦い――そして、あいつは、あいつの父親と同じように、自ら消えていったのです」

 ヒビキの声が大きくなっていく。

「あいつは多くのものを残してくれました。だからこそ、あいつに――今度は俺たちがあいつに見てもらう番なのです」

 ヒビキは、カメラに向かって真っすぐと指を突き立てた。

「十四年前に誓ったこと――、それを今一度いいます」

 ヒビキは深く息を吸い、そして、怒鳴るように言い放つ。

 

「アスカ! 俺たちは必ず行くぞ! お前に近づくために、お前に必ず追いついてやるからな! お前に一言二言言いたい奴らが大勢いるんだ。あんな行き方をしたことを絶対公開させてやるからな、このバカモンが!」

 

 ――と、ヒビキの豪快な言葉。

 だが、確かに響いている。

 

 コウダもナカジマも。

「隊長……」

「ははは……隊長らしいですね、コウダ隊員……あっ」

 

 カリヤもリョウも。

「アスカ……ちゃんと届いているでしょうね? あたしたちの思い……」

「ああ、届いているさ」

 

 そして、マイも。

「……アスカ……」

 

『アスカ記念日』

かつての仲間達は、それぞれ、闇の彼方へ消えていった戦友の姿をヒビキの言葉と共に思い描いていた。

 

   2.

 

 火星基地マリネリス

 ネオフロンティア時代開始直後に建造された防衛基地。主に、火星に存在する街――通称『火星街』と呼ばれる場所をあらゆる脅威から防衛するために建造された。

 火星は、ネオフロンティア時代初期から本格的に植民されてきた星であった。かつて水が存在したとされるその星で、人類は、開拓の手を入れ始めた。そして、今から約二十年前に、まずTPC職員による調査のための入植が行われた。

 それぞれの研究が功を奏し、ついに火星への移住が増えてきたのである。

 現在では、マリネリスの近くに建てられた移住区画には、多くの人々が暮らしている。

 それらの大半の大人子供は地球から移住してきた人々であるが、中には数少ないながら、火星で生まれ育った者もいる。

 年齢的に彼らはまだ子供だが、紛れもなく地球外で生まれた子供たちが存在するのである。

 人々は彼らを『スターチャイルド』と呼んでいる。

 

 火星街にある行政区画には、シンポジウムや講演などで使われる大講堂施設がある。

 収容人数は約一万人ほどだが、まだ火星では職員住居者を合わせてそれくらいである。大講堂が埋まるというのは滅多にないことだが、近い将来、移住者が増えることを見越してあえて大きく建造しているのが特徴的だった。

 そして、この日。

『アスカ記念日』に合わせて、ある一つの大きなイベントが行われていた。

 おそらく、火星街の住居者の大半が今、そこにいるだろう。全ての人々が、壇上に上がる少年の姿を目に焼き付けていた。

 着慣れないスーツを纏い、慣れない足つきで壇上に上がるその姿は、まるで赤子のように初々しい。周りからも、思わず、頑張れ、と声をかけたくなるほどだった。

 壇上には、少年の他に、初老の男性が一人いた。

 両手には紙を持っている。

 それは厚紙のようで、なにやら金箔などの装飾が見られ、そして文字は丁寧に墨で書かれているのが分かった。

 初老の男性は、一回咳払いをして、紙を広げ、それを読み上げる。

「貴公が、教育機関における全過程を修了し、卒業したことを証明する」

 それは、卒業証書だった。

 壇上にいる少年――年齢は十代半ばだろうか。とてもじゃないが、それを受け取る人間には見えない。

 少年は、初老の男性から証書を受け取った。

「これから色々な困難が待ち受けているだろうが、是非とも、何にも恐れず、信念をもって頑張りなさい」

 少年は一礼して、感謝の言葉を述べた。

「有難うございます」

 初老の男性は、一回頷いた。

「うむ。では、次に、TPC宇宙開発局並びに科学局から贈り物です」

 その言葉と同時に、二人の職員が壇上に上がってきた。胸元には『TPC』と書かれた刺繍が施されていた。

 二人は、少年に、一枚の紙を渡した。どうやら証書とは違うもののようだ。

「この度、TPC宇宙開発局と科学局より、君を特別研究員として招待することにしました」

 会場の人々から、感嘆の声が漏れる。

「参謀本部での会議により、君の功績がTPC及び、これからのネオフロンティア時代を担うために必要不可欠なものであると判断し、これを渡します。是非、その身に付けた知識をこれからの地球のために、人類のために、そして、未来の発展の為に思う存分に使ってほしい」

 少年は、それも受け取り、宣誓した。

「感謝します。若輩者ながら、精一杯務めさせていただきます」

 少年の宣誓と共に、周囲から歓喜の声と拍手の音が鳴り響いた。少年は振り返り、周囲の人々に応えるように礼をし、そして手を振った。

「皆様からの盛大な祝福の声が上がったところで、これにて、マドカ・ツバサの卒業証書授与式を修了します。これより、TPC地球平和連合第三代目総監ヒビキ・ゴウスケの演説をお聞きください」

 少年は、そのまま壇上から自分の席に戻る。そして、スクリーンに映し出された総監の演説を少年――マドカ・ツバサは一言も漏らさず聞き、その言葉を噛みしめていた。

 

 式が終わり、講堂に来ていた人々は、それぞれのいる場所へ戻っていく最中だった。時間と共に動きはまばらになり、それぞれが式の感想を言い合いながら歩いていた。

 その中にツバサは、友人たちと共に帰路へつこうとしていた。

「おめでとう、ツバサ」

 友人の祝福の言葉に、ツバサは自然と笑みをこぼした。

「みんな、有難う」

「ついにツバサがTPCの科学者になるのかって思うと、めちゃくちゃ早かったなあ」

「ああ、俺なんてただの夢物語だと思っていたが……」

「まさか、こんなに早くになっちまうんだもんな。侮っていたぜ」

 友人たちが連れづれと自分たちの感想を述べていく。

 ツバサは、ははは、と微笑した。

「でも、みんなのおかげだと思っているよ。そんな夢物語を信じてくれたんだから。だから、こうしてチャンスが回ってきたんだよ」

 友人の一人が肘でツバサの胸を突いた。

「何言ってるんだよ。お前なら絶対出来るって思っていたからな。なんて言ったって、元GUTSの隊員にして研究者の両親と、TPCの訓練生にしてもうすぐその一員となる姉がいるエリート一家の息子なんだからな。お前がTPCに入らなかったらおかしいって思っていたくらいなんだぜ」

「ははは……別に父さんたちは関係ないんだけどな。学者になれるなら大学でも何でも良かったし」

 ツバサは謙遜した。

「まあ、それでも運命だよ。どうなってもTPCに行く運命だったんだよ、ツバサ」

 そうなのかな、とツバサは若干疑問に残るが、友人たちは異口同音に肯定した。

「さて、これからお前の祝賀パーティーとお前の一時のお別れパーティーをやるけどどうよ」

 どうやら友人たちは、ツバサに内緒で準備していたようだ。

「あ……どうしよう。明日とかでもいいかな?」

「明日か? まあ、別にいいけどよ。今日はこれから何か用事でもあったか?」

 友人の一人がそう尋ねると、その隣からその答えが返ってきた。

「ほら、確か今日は家族間でのパーティーがあるって言っていたじゃないか」

「あー、そうだったわ。そうだ、そうだ。だからパーティーは明日って決めていたっけ?」

 と、思い出すように言った。

「ごめんな。せっかく準備してくれたのに、水を差しちゃって」

 ツバサが謝ると、友人たちは笑って返した。

「いいっていいって。家族でのお祝いは重要だからな。まあ、俺たちが最後ってことは、トリは俺たちだってことから」

「ははは。そうだね。楽しみにしているよ」

 友人の冗談にツバサは笑って返した。

「じゃ、僕はこっちだから」

 ツバサは、自宅のある方角を指さして言った。

「おう、またな」

 友人たちはツバサに別れを告げると、それぞれが住む場所へ帰って行った。

 ツバサは、友人たちを見送ると、駆け足で自宅へと向かった。

 

 植物を育てるプラント施設に隣接するようにツバサの自宅はあった。

 十四年もの間見慣れた家の扉を開け、何時ものようにツバサは言った。

「ただいま」

 その直後だった。

 ぱん!

 と、何かの破裂音と共に、紙ふぶきがツバサの眼前に迫った。ツバサは思わず目を閉じて驚いた。

 目を見開くと、そこには笑っている三人の姿。

「ははは! 驚いたか、ツバサ!」

 男が、笑いながらツバサに言った。

「……心臓が飛び出るくらいだったよ……」

「ああ、ごめんごめん。何か、普通にサプライズするのもどうかなって思ってさ」

 男の横で少女――十代後半くらいだろうか――呆れた顔で言った。

「もう、お父さんったら、本当に悪趣味よねー」

「何言ってるんだ。ヒカリだって乗り気だったじゃないか。ねえ、レナ?」

 男は、少女の横にいた女性に同意を求めた。

「ほんとよ。時々だけど、ダイゴってば悪ノリするところがあるからねえ」

 男の予想は裏腹に、少女の言葉に賛同する女性。

 その光景を見て、ツバサは思わず笑ってしまった。

「本当に……どうしようもない家族だな……」

 ツバサは目の前にいる両親と姉にそう言うと、向うは、それに返すように、

「おめでとう」

 と、祝福の言葉をかけた。

 ツバサは、照れくさそうな顔をして答えた。

「有難う。父さん、母さん、そして姉さん」

 これが、マドカ・ダイゴ、マドカ・レナ、そしてマドカ・ヒカリ――生まれてきたときからツバサを支えてきてくれた、ツバサにとってかけがえのない家族である。

 

西暦二〇三四年。

 ウルトラマンダイナが、闇の彼方へ消えてから実に十四年の時が過ぎようとしていた。

 かつて、ウルトラマンダイナとなって仲間と共に戦った男――S‐GUTS隊員であったアスカ・シンは、グランスフィアとの最終対決で闇に飲み込まれて、そのまま消息不明となった。

それ以来、彼は、英雄となって人々に語り継がれている。彼の武勇譚は、今や多くの人々の希望となり、いつの日か、彼のようになりたいと夢見る人々は多かった。

そう、ここにいるマドカ・ツバサも例外ではなかった。

ツバサは、アスカが消息不明になった後で生まれたが、彼の同世代でもアスカに憧れている人は多い。ツバサもその一人なのだ。

ツバサは、アスカ一人を尊敬していたわけではなかった。アスカの父である、アスカ・カズマにも敬意を表している。

アスカ親子を尊敬しているのは恐らく、ツバサの世代ではツバサ一人だけだろう。いや、それ以外の世代でもアスカ・カズマを知る人物は恐らく少ない。

ツバサは二人の生き様や携わっていたことに憧れと興味を抱いていたのだ。

彼らに幼いころから執着しつづけていた結果、ツバサはただ憧れというだけでなく、彼らに追いつこうと、それらの知識を貪欲に吸収し始めていった。十代の少年がまだ知る必要のない専門的知識を、十の頃には完璧に一字一句間違えずに、自然と口に出るくらいにまでになっていた。

俗にいうオタク――それを除けば何ら変わりない少年になったのだ。

だが、不必要な知識ではない。

 この時代において、ツバサのような稀有な存在ほど周りの人々から必要とされる世の中になったのである。

 あらゆる企業や大学はツバサを欲したのは言うまでもない。いち早く次の世代を担う金の卵は確保したい。いつの時代もそれは変わりなかった。

 そして、ツバサを獲得したのがTPCだった。というよりは、ツバサ自身はTPCに入ることをずっと希望していたから、なるべくしてなったと言った方が正しい。

 まず、四年間の間、TPC直轄の教育施設でこれまで以上の知識を吸収することになった。今まで学んできた基礎理論をもとに、それらを実践出来るようにする応用力を身に着けることになった。

 そして、四年――ツバサが十四になった今――『アスカ記念日』に合わせてツバサは教育課程を全て終了し、晴れてTPCの特別研究員として入ることになった。

 だが、TPCに入るのは期限付きであった。

 特別研究員という肩書を貰っているものの、言い換えれば、ツバサは教育実習生としてTPCを直に見て学ぶ機会を与えられたということなのだ。つまり、事実上ツバサは職員ではないため、研究には「参加」するのではなく、「見学」することが出来るということなのだ。

 だが、あくまでそういうルールがあるものの、それは言葉による曖昧な説明に過ぎない。

 実習生に、「実際に触れて体験してもらう」と言えば、前述の説明をかいくぐれる。何ら問題はない。

 確かに機密上出来ないこともあるかもしれないが、それでもTPCでツバサが出来ることはそれでもたくさんある。ツバサにとっては願ってもない機会なのは間違いないのだ。

 

「いやあ、まさかツバサが地球に行くなんて想像もしてなかったよな」

 ダイゴは、さすがは我が息子だ、と言わんばかりに豪語する。

「いつかは地球に戻って、みんなに会いに行こうとは思っていたけど、どうやら僕たちよりも早くに彼らに会えるかもしれないね」

 ダイゴは、ツバサの肩をぽん、と軽く叩いた。

 両親の仲間たち――ツバサは話や写真では知っていたが、実際に会ったことはなかった。何しろ、ダイゴたちがGUTSの隊員だったのは、もう二十年以上も前の話なのだ。今はどういうことをしているのかは、ツバサ自身は何も知らない。

「うまく会えればいいけど。でも、それよりも僕は、まず地上に立って歩いてみたいかな」

 ツバサは、そう呟く。ささやかな願いだ。

「向こうについたらいやでも分かるわよ――地球の重力は」

 ツバサの姉――ヒカリが言う。

「そんなにすごいの?」

「まあ、火星での重力制御装置による感覚とは違うって分かるわよ。人工的なものより、地球古来よりある――所謂自然に発生しているって感覚が分かると思うわよ」

「自然のものか……なるほど、確かに感じてみたいな」

 やっぱりすごいね、姉さんは、とツバサはヒカリにそう言った。

「まあ、ツバサよりも地球にいる先輩ですから」

 と、ヒカリは胸を張って言った。

 マドカ・ヒカリ。

 ツバサの姉で、ツバサと同じく火星で生まれたスターチャイルド第一世代。恐らく、スターチャイルドとしては最初の人間だろう。

 ヒカリは、ツバサよりも歳が四、五ほど上だ。ツバサよりも先に地球に行き、TPC特務部隊の隊員となるべく、訓練学校ZEROに所属している。順調に進めば、来季途中か、もしくは再来季には隊員として入隊出来るところまで来ていた。

幼少期からツバサの好奇心を擽らせるような話や知識を持ってきては、ツバサに話していた。それに興味を持ったツバサは、今度は自ら調べ、それよりさらに難解な知識を学習していく。ツバサが自ら興味を持ったアスカ親子を除けば、今のツバサを殆ど形成したのは、ヒカリだと言えよう。

そのためか、ツバサはヒカリに多大な尊敬をしている。尊敬と愛情の念の所為なのか、ツバサは、二人で撮った写真をネックレスとして肌身離さずつけていた。

異性としてではなく、ツバサはただ単に自身の姉への敬意を周りに知らしめたいと無意識に思っているのだ。

そんなツバサは、ヒカリから地球のことを聞かされ、ますます興味が湧いてきた。

「重力……地球から見る青空……天候……自然……」

 早く地球に行ってみたいという気持ちが募るばかりだ。

「まあまあ。地球は逃げないから。まずは、問題が起きないように準備することが大事よ」

 レナがはやる気持ちを募らせているツバサを宥めた。

「そうだな。ツバサ。期限があるとはいえ、火星にいたってことも覚えておくといいよ。ここだってツバサが生まれた場所なんだからね」

 ダイゴがそう言うと、ツバサは家の外から見える見慣れた光景を眺めた。

 帰ってきた時、自分は地球と火星の光景に何を思うのだろうと、考えながら。

 

「そういえば、ツバサは明後日の出発に準備は出来ているのか?」

 ダイゴがツバサに聞いた。

「うん。細かいものを除けば殆どね。明日は、姉さんを基地まで送ってから友達とパーティーをやって、最後に荷物を終わりまで纏めたら全部終わりかな」

「あー。わたしはもう終わりか。無理言って教官に休み貰ったとはいえ、明日戻ってまた訓練って思うと鬱になるわねー」

 ヒカリが腕を伸ばしてストレッチをしながら言った。

「そんなに訓練辛いの?」

「まあ、慣れれば辛くないけどね。わたしは、オペレータークルー志望だけど、時々前線に出るかもしれないから一応全部の訓練は受けなきゃならないわけ。現に今の教官は元オペレーターだし」

「確か、ミドリカワ・マイ教官だったよね? 元S‐GUTSの」

 ツバサが尋ねると、ヒカリは間髪入れずに頷いた。

「でもねー。それはいいんだけど、問題はそこじゃないのよねー」

 ヒカリは何やら若干不満そうな顔をしていた。ツバサは不思議そうに尋ねる。

「問題? 姉さんに問題なんてあるの?」

 尊敬の念を抱いているツバサにとってヒカリが何か問題を抱えているのが不思議で仕方ないようだ。

「いやあ、まあね……訓練生で、わたしより年下なんだけど、一応入隊が同じだったから……同期って言った方がいいのかな……まあ、そんな子がいるんだけど、その子がものすごくプライド高い子でねー。一緒にいると何かと気を遣うのよ」

「高飛車な子なのかしら?」

 レナが尋ねた。

「うーん。多分お母さんが思っているのとは違う気がする。完璧主義者っていうのかな、とにかく訓練や座学はほぼトップを維持してて、正に才色兼備って言うのが正しいかな。とにかく何でも出来る子なのよ」

「へー。すごいじゃないか。若いのにそれだけ出来る子なんて滅多にいないはずだ」

 ダイゴが関心しながら言うと、レナはにやけながら、

「そうよねー。現役時代のダイゴと比べたらもう分かりきっているわよね。どれだけ撃墜されてたかわたしにも分からないから」

 と、ダイゴの過去を激白した。

 ダイゴは、それはいいんだよ、と話をはぐらかそうとする。

「僕のことはどうでもいいんだよ。それより、その子はそれだけ出来るってことは、将来有望なんだろ?」

 ダイゴがヒカリに聞いた。レナは、内心、逃げた……とダイゴを細い目で見つめた。

「まあ、来季にはS‐GUTSの入隊が早くも決まっているのよね」

 すごいじゃないか、とダイゴが言った。

 だが、ヒカリは、ただ……と付け加えた。

「ただ、周りとの連携がとれてないというか……何でも一人で出来ちゃう感じの子だから、周りとしょっちゅう衝突しているのよね。出来る子なのは間違いないけど……」

 つまり、優秀だが、性格に難あり、とヒカリは言いたいのだろう――ツバサはそう思った。

 正直言えば、ツバサ自身、あまり関わりあいたくないタイプの人間だ。

 そういう人間が隊に入れば、後々どういう結果になるか目に見えている。

 馬鹿と天才は紙一重というやつだろう――とツバサは思った(自分もその言葉が当てはまるのは言うまでもないが)。

「まあ、隊に入れば、いやでもチームワークの何たるかを身に着けてくれるはずだよ」

 ダイゴがそう言うと、ヒカリは、そうだといいんだけどね、とあまり賛同しない様子だった。

「ああいう子って、目標はあるけど、本当に一辺倒な性格だからね。あいつに負けたくないとか思うと、勝つまでやりつづけるから。ああいうのを抑えることが出来る子や目標を見つけてくれればあの子も知らぬ間にそうなってくれると思うけど……」

 だが、ツバサはその部類の人間には落とし穴があることを知っている。

 そのタイプの人間だと、ヒカリの言う通り、一つの物に執着する傾向がある。つまり、それから抜け出せずに、痛いしっぺ返しを食らう可能性も否定できないのだ――ツバサは過去にそうやって講義で失敗したことを思い出した。

 まあ、自分には関係のないことだろう、とツバサは、思った。何せ、研究員としている時に、特務チームと会うなんてそうそうないだろうから、とツバサは高をくくっていた。

 家族パーティーは、他愛のない会話をはさみながら、夜遅くまで続いた。

 

 ヒカリが乗る地球行きのシャトルを見送ると、ツバサは、そのまま友人たちが集まっているパーティー会場へと足を運んだ。

 主役であるツバサを立てて、様々なゲームやトークに花を咲かせ、気が付けば、終了したころには翌日になろうとしていた。

 ツバサは急いで家へ帰ると、当然のように両親に小言を言われた。

 それから睡眠時間を削って最後の準備に取り掛かった。

 夜更かしは深夜勉強で慣れてはいたが、両親がいると早く寝ろ、という所為か何かとやりづらいという気持ちが胸の奥にあった。

 地球にいる期間、そういうこともなくなりそうだ、と内心嬉しいと思ったのは、ツバサだけの秘密である。

 

 朝方早くの時刻に、ツバサはダイゴとレナ見送りの元、マリネリスにいた。

マリネリスから地球へのシャトルは予定通りに搭乗の準備をしていた。

惑星と地球間を結ぶシャトルは、本数は少ないものの、定期的に運航している――地球外で働く人々にとって欠かせないものになっていた。

ツバサは、教育機関に向かう時は、毎日のようにそれらを眺めて、地球への渡航を夢見ていた。

そしてついに、その夢が実現しようとしているのである。

地球火星間定航行シャトル:エスポワール号。

ネオフロンティア時代中盤に創設されたTPC地球平和連合西ヨーロッパ支部より技術提供された定期シャトルである。

シャトルの中では古い型ではあるが、ネオフロンティア時代中期から活躍しているシャトルであり、定期シャトルの運用の先駆けとなったシャトルの一つである。

収容人数は乗客従業員合わせて五十人と、シャトルの中では中型のタイプである。

ツバサは、荷物と必要書類の確認をした。

「忘れ物はないよな」

 ダイゴは、ツバサに鞄を渡しながら言った。

「大丈夫だって。今日のうちに全部確認はしたんだ。心配することないって、父さん」

「そうか。それならいいんだ」

 ダイゴは何やらそわそわしていた。今にも泣きそうな顔になっている。レナは、またか、と内心呆れながらも、ダイゴの腹を軽く殴り、ダイゴを落ち着かせた。

「もう。しっかりしなさいよ。ツバサの晴れの舞台何だから。少しはシャキッとしなさいよ」

「いやね、レナ。僕たちの子供の晴れの舞台だからこそだよ。心配で心配で仕様がないんだよ」

 レナは溜息を吐いた。

「大丈夫だから安心しなさい。ダイゴったらヒカリが地球に行った時も心配して、泣きそうになってたじゃない」

 それについてはツバサも覚えていた。

 三年ほど前にヒカリが訓練学校ZEROに入るために地球へ向かうために、見送りに来た時に、ダイゴは今日と同じような顔をしていたのだ。

 だが、あの頃はツバサもいた。しかも、ダイゴと同じような――今にも泣きそうな顔でヒカリが行ってしまうのをじっと見つめていたのだ。

「あの時は、まるでダイゴが二人いたような感じがしたわね」

 似た者同士って本当に不思議よねー、とレナは笑いながら言った。

 ツバサとダイゴは互いに顔を合わせながら、一緒にしてもらいたくない、と互いに心でそう思った。

「まあ、うちの子供たちはこういう将来になるんだろうなって思っていたからいいけどね。というか、ダイゴだって覚悟はしていたんでしょ?」

「まあ、確かにそうだといえばそうなんだけどさ……」

 ダイゴも内心ではそう思っていたらしい。TPCに務めた人の子供もまたTPCへ――ツバサ自身は当たり前だと思っていたが、よく考えてみれば何だが不思議な因果だった。

「さ、もうすぐシャトルの出発時刻よ。ツバサ。いってらっしゃい」

 レナがツバサの背中を押すように言葉をかけた。

 ツバサが歩みを始める。ダイゴはツバサの後ろ姿を見つめていた。

 そして、我慢できなくなったのか、ツバサに向かって叫び始めた。

「ツバサ! 最初は何も恐れずに思いっきりやってこい! 苦しんだり、悩んだりした答えより、楽しんだり、落ち着いたりした時の答えの方が救われる時だってあるんだ!」

 それは、ツバサにとって最高の励ましの言葉だった。

 ダイゴとレナ――両親からの言葉は確実に、ツバサの旅路を後押ししてくれている。

 少しは不安だったのだ。ツバサは、優秀だが、まだ十四の少年だ。普通ならまだ遊び盛りの真っ最中のはずだ。だが、それでも自分の夢の為にそれらをある程度排除してきたのは、ツバサにとっては一つの不安だったのだ。

 だが、それも全て、父の言葉で消え去った。悩むことも今はもうない。

 ツバサは、両親の方へ振り向き、こぶしを握り、親指を立てた。グッドサインだ。

 それはかつてのS‐GUTSから続けられている了解を意味するサインでもあり、これからの希望を託すためのものでもあった。

 ダイゴとレナは、我が息子の全力の回答に応えるべく、グッドサインを返した。

 ツバサの長い旅路は、ここから始まったのだ。

 




其の1 終了です。
其の2に続きます。
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