長くて本当にすみませんでした。
6.
*
覚えているのは、波に揺られているかのような感覚に陥っていたということと、不思議な女性と出会ったことだけであった。
体はまるで空気。
意識はまるで鉛のよう。
僕は、一体どうしたんだっけ?
ツバサは自問自答を繰り返した。
これまでの記憶が曖昧になってしまっている。自分はどうやってここまで来たのか、どうしてここにいるのか、理解できていない。
「それは、あなた自身がすでに終わりを迎えているからよ」
どこか近くで女性の声がした。
今まで聞いたこともない人の声だった。
一体どこから聞こえているんだ……と、ツバサは、ゆっくりと目を開いた。
景色は、無かった。
辺り一面が白に覆われていた。眩しすぎるほどの閃光を放っている。だが、ツバサは特に眩しさを感じなかった。
ゆっくりと、体を起き上がらせる。
ツバサは、そこで、自分の体が発行していることに気が付いた。
服も肌も、何もかもが見えない。自分自身が光の発行体だった。
四肢はしっかりとある。だが、それが一体誰のかという判別が全く出来ない。
訳が分からず、ツバサは混乱することしか出来なかった。
その時だった。
ツバサの眼前に一人の女性が現れた。
女性は、ツバサのように発光もしていない。輪郭も色もしっかりとついていた。
銀色の服に銀色の髪。明らかに現代の人間の姿にしては、違和感がありすぎる。どことなく古い感じがした。
だが、それとは別に、どこかで会ったことがあったような、懐かしい感じがした。どこか落ち着く感じがする――妙に安心感だった。そのおかげで、ツバサは落ち着きを徐々に取りもどしていった。
「あなたは……一体……。それに、ここは……」
ツバサは辺りを見回した。どこを見ても、景色はない。いや、むしろ、この空間はどこまで続いているのかすら分からなかった。
「私は、地球星警備団団長ユザレ。マドカ・ツバサ。あなたと会うためにここにあなたを召喚した」
「ユザレ……?」
また懐かしい響きがした。
どこかで聞いたことがあるような名前だった。いつだったか、どこかでその名前を耳にしたことがある。
だが、ツバサが不可思議な感触に襲われている最中、ユザレは淡々と質問に答えていった。
「ここは、生者と死者が交わる場所――」
ユザレはそう答えた。
ツバサは、ユザレが何を言っているのか分からなかった。
「ええと……つまり?」
「あの世とこの世の境目と言った方が分かりやすいかしら。そちらでは三途の川と名称されているものよ」
三途の川、なるほどそれなら分かる。
納得したのもつかの間、ツバサは、その言葉の意味をすぐに理解した。
「つまり……僕は死んだと?」
「有り体に言えばそうなるわね」
そんな、とツバサは頭を抱えた。
どうして死ななければならなかったのか。どうして死んだのか。ツバサはその理由も原因も思い出せなかった。頭に靄がかかったように記憶を引き出せない。
「そんなはずはない。脳の記憶領域にあるものだぞ。忘れたというのは、うまく引き出せていないからだ。何かきっかけがあれば、すぐにだって……!」
ツバサは一人でぶつぶつと呟いた。
ユザレは、ツバサが何を知りたいのか察した。
「あなたは、火星へ向かう途中で、怪獣に襲われて、シャトル諸共爆散したのよ」
ユザレの一言が、ツバサの頭を鮮明なものにした。
これ以上ない単純明快な回答が、ツバサの記憶を引き出す。
「ああ……そうだ。僕は確かにシャトルに乗って……それで怪獣に襲われて……。でも、どうして……?」
ツバサはユザレを見た。ユザレの方が、自分の事情に詳しいと、感づいたからだ。
「ユザレ、と言ったな。僕があの後一体どうなったか、分かるというのか?」
ユザレは頷いた。
「あなたは、あの後、怪獣に襲われて亡くなった。体も全て塵になった。あなたの魂は、そのまま常世に向かうはずだったのを、私がここまで連れてきたの。ただ、あなたをここに留まらせるためには、また現世との繋がりを作らなくてはならなかった。だから、あなたの魂を私の手で召喚させるという手段をとったのよ」
それが、この今よ、とユザレは説明した。
「つまり、死ぬはずだった僕を、半分生き返らせたということか?」
「実際はまだ死んでいる。あなたは肉体をまだ持っていないから、今はまだ魂だけの状態」
「魂だけ? だって、僕の体はここにあるじゃないか」
ツバサは、両手を差し出して、自分の形があることを説明する。だが、ユザレはそれをも論破していった。
「それはあなた自身が生前の形をイメージしているだけ。そのイメージを脱ぎ捨てれば、元の魂の形になるわよ」
非論理的すぎる、とツバサは吐き捨てた。
宗教を馬鹿にしたいわけじゃない。完全に信じないわけじゃない。
ただ、目の前に実際に起こっていることが、その宗教に則っているものだとは、一見では、納得できなかった。
「じゃあ、僕の体はどうなるんだよ! 肉体が無くなったんだろ? 一体どうやって体を手に入れればいいんだよ!」
「その心配はないわ。肉体はすでに用意してあるわ」
「どういうことだよ、それ……。それってもしかして、死体じゃ……しかも腐敗しているものじゃないのか!」
ツバサは、ユザレに質問する。ツバサには、頭で考えられないほど多くの質問があった。
だが、ユザレは、ツバサが納得出来る時間すら与えなかった。
「色々聞きたいことがあるのは分かるわ。でも、今は時間が無いの」
ツバサは、困惑しながらユザレを見た。
「今、正にこの瞬間に、人類が乗り越えなくてはならない巨大な闇が押し寄せようとしてる」
「巨大な闇……?」
「それを止める可能性があるのは、光の巨人だけなのよ」
意味が分からなかった。
光の巨人が、巨大な闇を止める可能性があるというのは、何となく分かる。何故なら、これまで人類はその光の巨人と共にその闇と戦ったからだ。
「でも、光の巨人はもういないじゃないか。アスカ・シンは、そのまま闇に飲み込まれていってそれっきりだ」
そうだ。
アスカ・シンは――英雄はもういない。
「アスカ・シンを探し出してほしいのなら時間が必要だ。彼が行ってしまった向こうの世界の次元を、算出する方法を実用化しなければどうにもならない」
ツバサは、ユザレに怒鳴るように言い返した。
だが、ユザレは眉ひとつ動かない。一切動揺していないようだ。
「私が言う光の巨人とは、多分あなたが言っている巨人とは違うもののようね」
「違う?」
ユザレは、ツバサに向かって指をさした。
「光の巨人とはあなた――マドカ・ツバサ、あなたのことを言っているのよ」
体が硬直した。
ツバサは、ユザレが何を言っているのか理解するのに時間がかかった。
「僕が、光の巨人? 何を言っているんだ。僕にそんな力なんて……」
「力じゃない。あなたの血がそうであるの」
「僕の血? どういうことなんだ?」
ユザレはツバサの質問を遮るように言葉をつづけた。
「かつてあなたの父がそうであったように、あなたにもそれが受け継がれているの」
さらにユザレは続ける。
「もう彼には光になる力はない。だけど、あなたになら、過去への伝聞者たるあなたになら、これから起こる災厄を阻止できるかもしれない」
ユザレは、右手を広げ、ツバサの胸にあてた。
その瞬間、さらに眩い光がツバサを包み込んだ。
「な……何だこれは!」
「あなたに突然押し付けるようで本当にごめんなさい。でも、もうこれしか道がないの。これからの人類を、宇宙を守るためには」
「ちょっと待ってくれよ! 全然意味が分からないぞ!」
ツバサは、ユザレの両肩をつかんだ。だが、ツバサの手がどんどん宙に浮いてくる――いや、体ごと宙に浮いているのだ。
「今は分からなくてもいつか分かるわ。でも、これだけは出来れば覚えておいて! あなたの光は、まだ完全なものじゃない! もしかしたらどこかで不安定になる場合もあるかもしれない。でも、あなたが何を守りたいのか、何のために戦わなくてはならないのか、決して見失わないで! そうすれば必ず光はあなたを助けてくれるから!」
ツバサの体は、どんどん速度を上げてユザレから離れていく。抵抗しても、落ちる気配を見せない。
ユザレが遠くなっていく。まだ、彼女に聞きたいことは山ほどあるというのに。
光がさらにツバサを包み込んでいく中で、ツバサは、ユザレの最後の言葉を耳にした。
「決して、あなたが光の巨人であることをたとえ信頼できる人物であったとしても、誰にも言うことはしないで。その時が来るまではまだ――」
「大丈夫。あなたの味方はすぐ近くにいる。臆せずに前だけ進んで。決して立ち止まることはしないで」
光は、ツバサの体、意識、そして心まで浸透していく。
ツバサの、決して忘れることの出来ない瞬間だった。はっきりと意識が覚醒した時のことだ。
あらゆる建物や人が小さく見えた。何もかもがまるでミニチュアで、一瞬、自分がどうなったか理解できなかった。
だが、すぐに分かった。
目の前に倒れてのたうちまわっている怪獣――自分を殺した怪獣が、そこにいた。
これは、自分がやったのだ、とすぐに理解した。自分の手で、怪獣に一撃食らわせたのだ。
そうやって自分の手を見る。明らかに人間の手じゃない。
巨人の手。そう、巨人の手を自分が動かしている。
いや、違う。
巨人の手が自分の手なんだと、理解する。
そこでツバサは確信した。
自分が光の巨人になったということに。
*
「ティガ……」
イルマがそう呟いた。
「ティガ。アスカがダイナになる前に地球の平和のために戦った光の巨人……」
ヒビキがイルマに続いて呟いた。
「しかし、どうして今になって……?」
ウチダが尋ねた。
だが、今はそれよりも重要なことがあるのを全員が察した。
「まずは、避難の確保だ。ウチダ副参謀が主導で皆を安全に確保してください。隊員は直ちに防衛ラインを構成すること」
急げ、とヒビキが命令した。
ウチダは困惑しつつも、ヒビキの命令に従い、急ぎ足で部屋を出ていった。その後に続いて、職員もいなくなる。
「指揮権は私に委ねてもよろしいでしょうか?」
ヒビキはイルマに尋ねた。隊員の指揮なら、イルマの方が的確に行えると考えていたからだ。
だが、ヒビキはあえて自分にやらせてほしいと頼んだ。
イルマは微笑んで、頷いた。
「今は、あなたの方が、隊員を上手に動かせると思います。全て総監の指示に従います」
と、イルマは、言った。
ヒビキは、謙遜しながらも、感謝します、と言った。
二人は、すぐに部屋を出ていく。
向かうは、この施設にある防衛システムを総括する部屋だ。そこからヒビキが命令を下すのだ。
ヒビキとイルマが入ってくると、防衛システムを管理している職員たちが敬礼する。ヒビキとイルマも敬礼で返した。
「状況はどうなっている?」
ヒビキが尋ねると、職員は答えた。
「防衛システムは完全に起動が完了しています。先ほど、S‐GUTSと通信が出来ました。現在連携をとりつつ、迎撃準備を整えているところです」
目の前にあるモニターから外部の映像が見えた。
迎撃システムと、S‐GUTSが上空を旋回しているのが見えた。
だが、肝心の怪獣は、目の前にいるティガの様子を見ているのか、次の行動がまだない。
そして、ティガは、メルバに身構えるどころか、自らの手や体を見ていた。自分に違和感があるのか、メルバと戦う様子ではなかった。
「自分を自覚していない……?」
と、イルマは呟いた。
イルマの言葉は誰も気にせず、全員がモニターにくぎ付けだった。
イルマは、あのティガが――ティガに変身している人間がまだ、自分が光の巨人であるということを自覚していないように感じていた。かつて、ダイゴがティガであった時は、すぐに怪獣と戦いに挑んだ。アスカ・シンが戦っていた時も、そうだった。
だが、あのティガは違う。明らかに、自身がティガであることと、戦うための覚悟が出来ていない。
恐らくユザレだろう。まだ覚悟が決まっていない時に、ティガに変身する力を与えたのだろう、と確信した。
だから、困惑している。動揺が、見てとれる。
だが、だからと言って、メルバがここで引き下がるわけでもなかった。
メルバは、意を決したようにティガに向かって突進していった。
地響きが鳴り響く。ティガは、メルバが向かってくる音でようやく前を向いた。
だが、遅かった。
ティガは、メルバの体当たりに対応することも出来ずにそのまま食らい、そして、倒れた。
ティガはすぐに起き上がる。だが、メルバは反撃の速度を落とさない。
メルバは、鉤爪を一撃、二撃とティガに与える。ティガは、防ぐ術も出来ずに、攻撃を受けた。
火花が散った。だが、それはティガの強靭な体に傷をつけることは無い。
ティガは、ゴロゴロと後ろへ転がっていく。だが、最後の回転で体勢を建て直し、後転して体を起き上がらせた。
だが、それだけだった。ティガは反撃することなく、ただ怪獣をおびえるように見つめた。
再びメルバが迫ってきた。今のティガには、戦う意志がない。攻撃を防ぐ手立てがティガにはない。
だが、それでも。再びティガが戻ってきた。人類が再び迎えようとしている暗黒の時代を止めるのはティガしかいない。今はティガに頼ることしか出来ないのだ。
イルマの横で、ヒビキが通信マイクを付けて、命令を下した。
「S‐GUTS及び防衛チームに全通達。光の巨人を――ウルトラマンティガを援護しろ!」
*
防衛システムが作動した。
砲塔は、全て怪獣へ。弾薬は全てメルバに打ち込まれた。
弾薬は火花を散らしてメルバに命中する。メルバは叫び声をあげるが、傷をつけるには程遠い。
その中で、S‐GUTSのガッツイーグルがそれぞれ三機に分かれていた。
出動しているのは四人――α号に隊長、β号に副隊長と隊員、そしてγ号にもう一人の隊員がいた。
「光の巨人……本当に来たんだな」
隊長が、感慨深く見つめながら言った。
「ティガか……懐かしいな。まさかまた来るなんてな」
副隊長が言った。
「副隊長はあの巨人のことをよく知っているんですか?」
「ああ、昔、餓鬼の時に上の従兄と一緒に助けられたことがあってな」
隊員が副隊長の話を話半分で聞き流した。
「とにかく、攻撃命令が出された。相手が何であれ、ティガを援護するぞ」
「ラジャー!」
隊長の指令と共に、ガッツイーグル三機は一気に攻勢に出た。
*
防衛システムとガッツイーグル三機による一斉攻撃は、メルバをティガまで届かないようにするための足止めには役に立っていた。
だが、それでもメルバには致死的なダメージにはならない。
メルバは冷静だった。砲弾が止み、次弾装填の隙をついて、正確にメルバニックレイを放ち、防衛システムを次々に破壊していった。
S‐GUTSの連携攻撃でかろうじてメルバの足を止めているが、それでも確実にメルバはティガに近づいていた。
逆に、メルバが足止めを食らっている今、ティガが動けば、メルバに間違いなく攻撃が通る。だが、ティガは混乱しているのか、ぴくりとも動かない。
そして、メルバは、防衛システムがほぼ全壊したと同時に翼を広げ、空中へ浮かび、ティガに突進していった。
食らってはいけないという反射か、ティガは咄嗟に回避運動をとる。右斜めへ前転して体制を整えようとする。
だが、間に合わない。
体勢を整える前に、メルバは、すぐさま旋回してティガに再度襲い掛かったからだ。
嘴がティガの胸をとらえた。火花が散り、ティガは再び倒れた。
メルバは、ティガのすぐ近くに降り立ち、再び鉤爪で幾度となく、攻撃を繰り返す。
S‐GUTSの応戦も空しかった。
一瞬攻撃を止めることは出来た。だが、それだけだった。メルバは、今度は相手を逃さなかった。
メルバニックレイ。
今度は確実に、突いた。
副隊長が乗るβ号に攻撃が当たったのだ。
「エンジン部分に被弾! コントロール不能!」
隊長からの通信だった。ヒビキは、即座に脱出命令を下した。
それと同時に、副隊長は、隊員と共にすぐさま脱出をする。機体は、湾岸へ墜落していった。
メルバの攻撃は止まない。ティガへの猛攻撃は留まる事を知らなかった。
そして。
メルバの鉤爪が、再びティガに襲い掛かった。
凄まじい斬撃音がティガに炸裂した。
メルバの渾身の一撃で、ティガは数十メートル後ろへ吹き飛んだ。
ティガは再び倒れ、そしてのたうち回った。その痛々しさは、メルバの攻撃がどれだけ効いたかを物語っていた。
そして、ついに胸のカラータイマーが点滅を始めた。
メルバは、一歩一歩確実にティガに近づいて行った。今度は完璧にティガを仕留めることが出来ると確信しているのか、その歩みは遅い。まるで強い自信と殺意が込もっているようにも見えた。
司令室から、ヒビキやイルマは、防衛システムが瓦解した今、ティガを心の中で応援することしか出来なかった。
それでもイルマは、自分が何をすべきか頭の中で考えていた。
――いつもの自分ならどうする。
――いつもティガと戦った時、自分はどうしていたか。
答えは、一つしかなかった。
気づけば、イルマは、司令室を飛び出していた。
「参謀!」
職員の一人が、イルマを呼び止めようとしたが、ヒビキが首を横に振って、行かせてやるように促した。
「きっと参謀には、何か策があるのかもしれない。信じてみよう」
ヒビキは、職員にそう諭した。
「まだ、俺たちが諦めるわけにはいかない。防衛システムの生きているものを探し出し、再構成しろ。俺たちが最後の砦だ。ふんばれよ!」
ヒビキの激励と共に、職員たちが奮起した。まだ、全員が諦めていなかった。
イルマは、施設の屋上へと駆け上がっていた。
自分に出来ることなんてたかが知れている。だが、今までティガと戦ってきて、自分が出来たことは、一つしか思い浮かばなかった。
屋上にたどり着き、イルマは、柵のそばまで駆け寄った。すぐ近くにティガと怪獣が見えた。
イルマは、自分が出来る限りの力を使って、ティガに向かって叫んだ。
「ティガ! あなたの守りたいものは一体何なの?」
声が届いたのか、ティガは、イルマの方へ顔を向けた。カラータイマーの点滅間隔が早くなってきていた。
ティガはもう持たないかもしれない。だが、それでもイルマは、ティガに言わなければならなかった。
そうだ。
いつだってティガに声をかけることしか出来なかった。
ティガに祈るように、叫ぶことしか出来なかった。
ティガはその声に応えてくれた。その声に応え、どんな危機からも救ってくれた。
そして、今も。
今もまた、声を届けられる。
今まで祈っていた分も全て、ティガに向かって、全力で――。
「あなたが誰であろうと、人類の敵だろうと構わない。でも、あなたが今ここにいる理由はあると思う!」
イルマの声が響く。ティガだけじゃなく当然メルバにもだ。
「守りたいものがあるから、そこにいるのでしょう? だったら、自分の守りたいもののためだけに、何も恐れずに、前を見て! ここで屈したら、守りたいものもあなた自身も終わってしまう! だから、立って!」
*
声が聞こえた。
どこかで聞いたことのある、女性の声。
つい最近、どこかで聞いたことがある。
ああ、でも、一体どこでだろうか、とツバサは自問する。
記憶が曖昧になってきている。ついさっきまで誰と話していたのか、あまり思い出せなかった。
輪郭だけがおぼろげに浮かんで見える。銀髪の女性だ。
だけど、そんなことはどうでもいい、とツバサは諦める。
体中が痛い。
自分は一体どうしていたんだろうか? どうしてこんなに痛い思いをしなければならないのだろうか。
ただ、あの人に憧れて、必死に勉強して、研究したかっただけなのに。
どうしてこんな辛い目に遭わなければならないのだろう。
もうどうせ死ぬのなら、このまま倒れてしまえばいい。
ツバサは、すでに死を悟っていた。
だが、声がそれを許してくれないのだ。
「あなたの守りたいものは一体何なの?」
守りたいもの。そう聞こえた。
僕の守りたいもの? と、ツバサはその質問の答えを探そうとしていた。
「あなたが誰であろうと、人類の敵だろうと構わない。でも、あなたが今ここにいる理由はあると思う!」
理由? 理由なんて……僕がここにいる理由はあるのだろうか……?
でも、昔にその声が、自分に何かを託した記憶がツバサにはあった。どこかで、彼女にその力を無理矢理だが、託された気がするのだ。
それは一体何だ。
ツバサは、ぼやけた視界から脱そうと、必死で眼を開けようとした。
女性が建物の屋上で、柵を握って、こちらに向かって声をかけていた。
そこで、ツバサは、ああ、と思い出した。
そうだ。自分は今、戦っているのだ、と
そして、その女性の声がまた響く。今度は、ツバサの脳天を貫くように、正確で鮮明に。
「守りたいものがあるから、そこにいるのでしょう? だったら、自分の守りたいもののためだけに、何も恐れずに、前を見て! ここで屈したら、守りたいものもあなた自身も終わってしまう! だから、立って!」
刹那。
ツバサの目の前の光景が鮮明に映し出された。
ツバサは、はっきりと、その女性の姿を見ることが出来た。
その姿を、ツバサは見たことがある。
かつて遠い昔に、どこかで出会ったことがある――共に戦った記憶が――。
その人の言葉が、かつての人の言葉と重なり合う。
「――臆せずに前だけ進んで。決して立ち止まることはしないで」
その人はそう言ったのだ。
そして、さらに続いて、懐かしい声が聞こえてきた。
「――ツバサ! 最初は何も恐れずに思いっきりやってこい! 苦しんだり、悩んだりした答えより、楽しんだり、落ち着いたりした時の答えの方が救われる時だってあるんだ!」
男の声。今はその声の主が誰かは、思い出せない。
だが、どこかで、いつも一緒にいて――一緒にいることが当たり前のような、そんな感じがした。
一体誰が、そんな言葉をかけてくれたのか――今はそんなことはどうでもいい。
ツバサは、怪獣の方へ顔を向けた。
そうだ。誰かは分からないが、皆が言ってくれたんだ。
――止まることは決してせずに、前に進め。
――何にも臆することなく、思い切りやってみろ。
そして。
今、自分が守りたいと思うもの。
今は、明確な答えが出てこない。
だが――だが、それでも今は、今だけは。
この女性を、この女性が守りたいと思うものを守りたい――!
それが今のツバサの答えだった。
瞬間、ツバサは横へ飛んだ。
胸に激痛が走った。
だが、それでもただ痛いだけだ。決して死ぬようなものじゃない、とツバサは理解した。
力はもう残り少ない。だが、それでも戦える。
戦えるのなら、下手でも、自分に出来ることをするだけだ。
僕は、ウルトラマンなのだから――ツバサは、そう胸に誓った。
*
イルマの声に反応したのかティガは、メルバの方へ顔を向けた。
カラータイマーの点滅がさらに早くなる。活動限界までもう時間が無かった。
だが、先ほどのティガとは違い、すでに混乱する様子はもうなかった。
覚悟を決めた――そうイルマは感じ取れた。
その直後、メルバは眼に力を溜めた。またもメルバニックレイを放とうとしていた。
メルバニックレイが放たれる。だが、それはティガではなかった。
イルマ――そして、イルマのいる施設諸共、メルバは狙ったのだ。
イルマは、その攻撃を見て、ほんの一瞬だけ、死を悟った。顔を伏せて、反撃することも忘れてしまった。やられる、とほんの一握りでもそう思った自分を呪った。
だが、光線は当たらなかった。
イルマは、顔を見上げた。
ティガが、目の前にいた。盾となってイルマを――施設にいる人々を庇ったのだ。
「ティガ……」
ティガは、一瞬イルマの方を向いて小さく頷いた。まるで、もう大丈夫だ、と言っているかのように。
ティガは、再び立ち上がった。今度は、迷うことなく、堂々と、相手に挑む決意を抱いて。
メルバは、ティガに構わずに鉤爪を振り下ろした。
これで終わった。誰もがそう思うだろう――つい先ほどのティガならば。
ティガは、鉤爪を両手で受け止めた。さらに反対の鉤爪がティガに襲い掛かる。だが、それは最早脅威ではなかった。
ティガはすばやく右足で回し蹴りをして、鉤爪を払う。そして、左足に力を溜めて一気にメルバの腹部へ前蹴りを炸裂させた。
メルバは、奇声を上げながら後退した。
明らかに、メルバの攻撃を理解し、受け流せている。間違いない、とイルマは分かった。ティガは、いや、中身が戦いを認識したのだ。
ティガは、メルバに向かって構えた。ティガのマルチタイプでの構え――左拳を握り、軽く腕を曲げ、右手は手のひらを広げ、指と腕を真っ直ぐに伸ばしている――誰もが知っているティガの構えだった。
ティガはすかさずメルバに突進する。左足で前蹴りを食らわすと、腹部へ一撃、二撃、三撃と、正拳を連打した。
明らかに動きは素人だと、素人目からも分かった。だが、それでも確実にメルバを押していた。
四撃目でメルバは、吹っ飛ぶ。ティガは、再び構えて次の攻撃への準備を整えた。
メルバは、躍起になったのか、翼を広げ再び空中へ浮いた。そして、突進してきた。
食らえば大きなダメージになることは、ティガは先ほどの戦いで理解しているはずだ、とイルマは思った。だが、今度のティガなら、しっかり避けて、第二波にも備えられるはずだ、とイルマは思った。
だが、ティガの行動はイルマの予想を大きく覆すこととなった。
ティガは回避行動を取るどころか、どっしりと構えていた。このまま避けなければ食らうのは間違いないのに。
だが、ティガはメルバの攻撃に挑んだのだ。
メルバがティガに突進した。その瞬間、ティガはメルバを真っ向から止めた。
両腕でメルバの首元をホールドしていた。メルバは、声を上げて地面と平行のままティガに持ち上げられていたのだ。メルバは、脱出を試みようと、ジタバタする。
だが、メルバの足が地面に付くことはなかった。ティガは、最後の力を振り絞り、メルバをそのまま振り回した。
回転数は誰にも分からない。だが、回される方にとっては、途轍もない不快感に襲われるのは間違いない。目が回る、という言葉では表せないほどに。
そして、ティガは、メルバを地面に叩きつけるように投げ飛ばした。
案の定、メルバは体勢を整える力もなく、無残に地面にたたきつけられ、そして転がっていった。
ティガは、構え、次の行動の準備を完了している。だが、メルバはもうすでに立ち上がるにもしっかりと立ち上がることが出来ず、足元がおぼつかないまま立ち上がった。
完全に目が回っている。
それに続いて、ガッツイーグルが、すかさず攻撃してティガを援護した。攻撃は、メルバの関節や体の部位の接合部分として補っていたスフィアに直撃した。
その瞬間、スフィアが溶け出した。スフィアがメルバの足元から垂れ落ち、接合していた部位も落ちていった。
一番接合にスフィアが使われていた両翼は、完全にもげた。
もはや、飛ぶことも出来ない。空を切り裂く怪獣の名はただの空しいものになった。
止めは今しかない! 誰もがそう思った。
「お願い!」
イルマが叫んだ。
「今だ!」
ヒビキが司令室越しから叫んだ。
ティガは、エネルギーを振り絞った。
両手を前方に持っていき、交差させる。そして、左右に広げエネルギーを集約させる。そのエネルギーは光の線となってティガの腕に集まる。
そして、両腕をL字型に組み――放った。
ウルトラマンティガ、マルチタイプの必殺技――ゼペリオン光線を。
光線は、一直線に意識がもうろうとしているメルバの腹部を貫いた。
そして、メルバは最後に奇声を発することもなく爆発四散した。
瞬間、イルマは、安堵した。それと同時に一気に力が抜けたように膝をついた。
ヒビキもまた司令室で歓喜に沸く職員たちの横で微笑んだ。
ウルトラマンの再来、そして勝利。
それは、多くの人々に希望と勇気を与えてくれた瞬間でもあった。
だが、これはまだ始まりにすぎない。
司令室に通信が入る。
ヒビキが通信を取った。
「こちら、ヒビキ」
「隊長! こちら、ミドリカワです」
通信の主は、マイだった。
「マイか。どうした、いきなり。お前が連絡するなんて珍しいじゃないか」
「隊長。それどころじゃないんです。今、S‐GUTSのオペレーター担当と一緒にTPC全職員に通信をかけているんです」
「何かあったのか?」
ヒビキがマイに尋ねた瞬間、職員の一人が、その異変を察知した。
「そ……総監! たった今、コスモネットが何者かに介入された模様です!」
「何だと?」
「犯行声明文のようなものが延々と流れているんです。こちらからの逆探知もハッキングも出来ません」
コスモネットへの介入――それは、ヒビキもかつて身に覚えがあった。
S‐GUTSにいた頃、幾度となく同じことをされたことがあったのだ――あのスフィアに。
ヒビキはマイに状況を聞いた。
「介入したきたのは一体誰だ?」
「分かりません。現在PWIのホリイ技術開発部長とも連携して調査していますが、未だに特定が出来ずにいます」
「とにかくその内容を聞いてみよう。話はそれからだ」
ヒビキがそう言った直後だった。再び職員がまた異変を見つけた。
「先ほどから、コスモネットに流れている声明文が外で聞こえているようです」
「何だと?」
「とにかく、声明文を再生させます」
職員は、声明文を再生させた。
*
その声は、イルマもティガも、そして恐らく人類全てがその声を聞いていた。
ティガは、空を見上げ、声を聞いた。
『お前は一体誰だ?』
低い、強調された女性の声だった。
その声をイルマやヒビキも聞いたことがあった。
かつてスフィアがコスモネットを通して流していた声と同じだったからだ。
『何故、お前は三度も我々の邪魔をするのだ? 我々の元へ集い、その者たちの声に耳を傾けることこそが、未来であるということが何故分からないのだ』
声は、人類が十五年前に刷り込まれた恐怖を呼び起こす。その不気味な予告は、聞くのを拒否しても、頭の中にまで押し込まれるように流れ込んでくるのだ。
『地球人類よ。遂にこの時が来た。お前たちの生存を守り、歩むべき未来が間もなく実現する』
『地球は今、滅亡への一歩をたどっている。宇宙の誕生から今に至るまで、宇宙はその者たちの声を聞き、壊し、そして創造されてきた』
フレーズごとに流れてくる声。それは、十四年前に聞いた内容に酷似していた。
『人類は、その者たちへ同化しなければならないのだ。痛み、悲しみ、苦しみ――生きとし生けるものが持つその負の感情を今こそ捨て去らなければならないのだ』
『今ならまだ、間に合う。これが最後の忠告だ。地球人類よ。その者たちの中へ同化せよ』
『我々こそが、人類の歩むべき未来だ――』
不気味な声は、ここで途切れた。
声が消えたと同時に、コスモネットへの介入は完全に消え去っていた。
人類は、狼狽えてしまった、とヒビキは予想した。もう一度、スフィアが介入してくると、人類の記憶に刷り込まれてしまったのだ。
司令室でも、職員たちは動揺を隠せなかった。ヒビキが何とか職員たちを宥めようとするが、今回ばかりは無理もないだろう。
「スフィア……今度もまた、我々人類に挑戦してくるか……」
ヒビキは、そう呟いた。
だが。
「スフィアが黒幕とは言い難い可能性があります」
後ろから声が聞こえた。ヒビキは振り向くと、そこにはイルマがいた。
「先ほどは突然飛び出してしまって済みませんでした」
イルマが謝ると、ヒビキは、平気です、と答えた。
「あれのおかげでティガが本当の意味で復活出来た。全てあなたのおかげです」
イルマは、感謝します、と礼を言う。
「しかし、スフィアとは言い難いとはどういうことなのですか?」
ヒビキは、それが疑問に感じていた。やり口は十五年前と同じだ。一体どこが違うというのだろうか。
「十五年前、最初の襲撃は単調であったものの、それは光の巨人がいなかったという理由があったから、あの戦力で火星を襲ったにすぎません。しかし、ダイナが現れてからはどうでしょうか? 彼らは太陽系をも飲み込む巨大な闇を携えて挑んできた。それはウルトラマンに対して徹底的に準備していたことを表しています」
「しかし、ウルトラマンがいなくなって十五年が経っているんです。今回もウルトラマンがいないということを考えれば、スフィアはそれを見越して襲ってきたと言ってもいいのでは?」
イルマは、違うんです、と答えた。
「すでにスフィアの本体は完全に消滅しています。残りの残党がいたとして、本体ほどの力は無いに等しいです」
「そうですね。しかし、可能性はないとも言い切れません」
「確かに。でも、考えてもみてください。どうして十五年もスフィアは待っていたのでしょうか? ダイナがいなくなったと考えるなら、間隔を開けるのなら、一、二年経ったくらいで、残党を集めて怪獣になって襲撃すれば、現状では間違いなく勝てたはずです」
確かにそうだ、とヒビキは、イルマの意見に納得する。
「さらに、メルバの構成も雑でした。四肢、関節に自分たちを補っているのは分かりますが、何より、スフィア合成獣特有のバリアを張らなかったのが不可解でなりません」
そういえばそうだ、とヒビキは、はっと思い出した。
かつてのスフィア合成獣は全てがバリアを張れた。それでダイナが幾度も苦戦させられたのは周知の事実だ。
だが今回は、バリアを張るどころか、怪光線を除けば殆どが肉弾戦だ。
つまり、これらの根拠から導かれる新たな仮説は、一つしかない。
「もしかしたら……ですが、スフィアはバリアを張ること事態が不可能になってしまっているのかもしれません」
イルマは、そう予測した。
「メルバの挙動は明らかに不自然でした。そもそも地球に降り立った理由が見出せません」
「我々を狙ったのではないのですか?」
ヒビキが尋ねた。
「我々を狙ったのなら、どうして火星では基地や街ではなく、ハンガー、そしてシャトルとその発着場を攻撃したのでしょうか?」
「それは……」
確かにおかしかった。
メルバは、火星ではスフィアを恐らく囮として使って隊員たちの攻撃を躱し、裏を欠いて基地のハンガーやシャトルとシャトル発着場を破壊した。実に用意周到で、おかしなやり方だ。
だが、ここでは何もかもが不自然だった。裏を欠くどころが、正面から何の策もなしに突入してきた。確かにティガがいなければ、ヒビキたちの敗北は確実だったが、それでも火星での周到な攻撃方法ならば、すぐに済んだはずだ。
ここまで予想して、ヒビキもイルマが何を考えているのか大体わかってきた。
「つまり、あの怪獣は、元々マリネリスにある戦闘機とシャトルを破壊することが目的であって、地球に来たのは偶然ということですか?」
ヒビキが尋ねると、イルマは、
「偶然かどうかは分かりません。しかし、あれが、人や物の運搬方法を断ち切ることが主な目的であれば、今までの不自然さは解消されます」
と、答えた。
「そして、黒幕がスフィアではない最大の根拠は――」
イルマがそう言うと、ヒビキは頷いた。
根拠は、二人とも分かっていた。
声明文の内容で、声がティガに向かって言った言葉だ。
『何故、お前は三度も我々の邪魔をするのだ?』
三度――そう声は言った。
十五年前と今回のを合わせたら、スフィアが襲撃してきたのはこれで二度目だ。何故、相手は三度と言ったのだろうか。
もしかしたら、とイルマは考えていた。かつてティガが戦った、闇の支配者も数に入れているのではないか、ということに。
そうなると、ユザレの言った災厄という言葉は、妙に納得できる。本当に戦うべき相手、その正体を。
その直後、
「総監」
と、後ろから再び声が聞こえた。
ヒビキとイルマが振り向くと、そこにはウチダがいた。
「ウチダか」
「職員と近隣住民の避難は完了しましたが……もう終わったようですね、総監」
ウチダが、そう言うと、ヒビキは、ああ、と言い返した。
「見てください」
イルマは、モニターに映し出されているティガを指さした。
ティガのカラータイマーの点滅が極限まで早くなっている。もはや、点滅しているのか分からないくらい早かった。
そして、タイマーの点滅が消えた。
直後、ティガの姿が消えていった。まるで幻を見ていたかのように、徐々に景色に同化しながら、ティガは完全に消えた。
「活動限界だったんだ……」
ヒビキは、そう呟いた。
「しかし、本当に助かりましたね。あれがいなければ、どうなっていたか」
ウチダは、安堵の声を漏らした。それに、ヒビキもイルマも頷いた。
「しかし、一体誰なんでしょうね。ティガに変身していた人は」
ウチダは、周りにそう聞いた。
人類は、ウルトラマンは人間の誰かが変身しているということを、十五年前のアスカ・シンの最後の戦いで目の当たりにしていた。そこで、ウルトラマンは人であることを人類は知っていたのだ。
確かに気になるところではあった。一体誰が、ウルトラマンだったのか、それを知ることは一つの情報として大きなものだ。
だが、イルマは、ウチダの質問を一蹴した。
「今は知る必要はないでしょう。ウルトラマンが戻ってきた――今はそれだけでいい」
それに続いて、ヒビキも言った。
「そうだな。今は休む時だ。ウルトラマンが誰かは、また後だ。十五年前のような出来事を招かねんからな」
それを言うと、ウチダも、
「そうですね。守ってくれるのなら、誰であろうと関係ないですよね」
と、言い、それ以上は何も聞くことはなかった。
F計画――ウルトラマンを知ろうとして、ウルトラマンを兵器として造り出す計画――ウルトラマンが誰であるか、を知ることは、また同じ失敗を招くという一つの教訓なのだ。それを誰もが知っていた。
ウルトラマンが誰であるかは、知らなくていい――敵は、いつどこにいるか分からないのだから。
だが、その正体を、イルマは知っていた。
ユザレとの邂逅は、まだ続きがあった。
ユザレは、イルマに巨人が誰であるかを、そして敵が近くにいることも予言していたのだ。
「すでにマドカ・ダイゴは巨人になる術を失っている。本来なら彼にこの使命を託したったけど、ダイゴはこの時代で戦う使命はもう無くなっている」
と、ユザレは説明した。
「別の人間がいるってこと……?」
「ダイゴと同じく、光であり、人である存在。だけど、人としての闇が少し強いから、ダイゴほど完璧に戦えないかもしれない。けど、それは意思の問題だから、この先、あなたが彼を見守ってくれるのなら、闇が躍り出ることはない」
ユザレは、淡々と説明する。
ダイゴと同じ存在で、闇が強い人間――マサキ・ケイゴがイルマの頭に浮かび上がった。
だが、ユザレは、すぐにそれが誰なのかを言った。
「マドカ・ツバサ――。彼こそが此度の災厄を止められるかもしれない、唯一の可能性」
マドカ・ツバサ――ダイゴの息子。
なるほど、彼が巨人に変身できるというのは、イルマも納得した。
ユザレは、そしてここからが重要なの、と強調してイルマに伝えた。
「ツバサが巨人であることをあなたと彼だけの秘密にしてほしい」
ユザレの言葉は、イルマにとって当たり前のことだった。だが、ユザレはこの言葉に別の意味を込めていた。
「決してその時が来るまで、あなたの信頼できる人物にも言ってはいけない」
それは、つまり、その時まで、ヒビキやかつての仲間たちにも、さらにはダイゴにも言ってはいけないということを意味していた。
「どうしてそこまでしなければならないの? 私の仲間たちなら信頼できる。情報共有で、彼に変身させられる機会を作れるし、敵に有利に対処できるわ」
イルマはそう説明しても、ユザレはかたくなに拒否した。
「どうして駄目なの? あなたの条件では彼に不利よ」
ユザレは、イルマの疑問に答えた。
「敵は、あなたたちの近くにいるからよ」
私たちの近くにいる……? イルマはユザレの言葉を反芻した。
すると、ユザレが言いたいことが分かった。
「敵は、TPC内にいる……?」
「それもかなり昔に。敵は、すでにあなたたちの中に溶け込んでしまっている。深く根付いてしまっている」
ユザレは、そう言った。
もし、それが正しければ、一体誰が敵なのか分からない。もしかしたらかつての仲間たちもそれにあたる可能性が――。
「だったら、どうして、今まで敵は、何の介入もしてこなかったの? これまでだって機会はあったはずなのに」
「今までは、必要がなかったからよ。今までは、彼らにとっては準備期間。誰が巨人であるということを知っても、準備が終わっていない以上、どうでもよかったのよ。でも、今は違う」
準備期間は、すでに終わっているのよ、とユザレは言った。
夢を思い出しているイルマ。ユザレの言葉は、声の内容と一致する。ユザレはこのことを伝えたかったのだ。
だが、それなら、どうやってツバサを守ればいいのだろうか。内部に敵がいるのなら、彼を守りようがない。
研究員である彼は、周りから監視されていると言っても過言ではない。変身する余裕も時間もない。
ましてや、彼は死んだではないか。
そう考えると、イルマは、また夢を思い出す。そうか、あの言葉はそういう意味だったのか。
「あなたは近い未来、彼と再会する。あなたが迎えに行く形でね」
ユザレは、そう言った。
「私が迎えに? それはどういうこと?」
「彼は、今の立場から、全く違う立場でまたあなたたちの元へ戻ってくる。そうするように私は、彼の因果を変えるように準備している」
「違う立場?」
「そうしなければ、敵が完全に感づいてくる。あなたは、彼を迎えに行かせると同時に、彼についての情報を封印して欲しい」
つまり、マドカ・ツバサに関する情報をブラックボックス化しろということだ。
「彼に必要なのは、事情を知らなくとも、彼を守ってくれる仲間たちよ。かつて、ダイゴやアスカ・シンがそうであったように」
ユザレは、はっきりと言った。
彼の正体を知らずとも、彼を信頼して守ってくれる仲間たち――かつての自分やヒビキ総監たちのように。
イルマは、ようやくユザレの意図を完全に理解した。
イルマは、責任もってユザレの予言を実行することを誓った。
それが夢の続き――決して誰にも言ってはいけないユザレとの約束だった。
敵が誰であれ、人類はもう一度大きな敵と戦わなくてはならない。
そのためには、ウルトラマンは――マドカ・ツバサだけは守らなくてはならないのだ。
出来れば、敵の情報を、誰にも知られずに入手することは出来ないだろうか、とイルマは考えた。
アカシックレコードはすでに敵も承知済みだろう。
ならば、別の方法でTPC内の情報を入手するように頼むしかない。
出来れば、ダイゴとも極秘裏に情報を共有したい。勿論、ツバサがティガであることを伏せてだが。
せめて、ダイゴにも敵の情報を渡して助言をもらいたい。
それらが出来る方法があるとするならば――。
*
意識が朦朧としていた。
体中が痛い。まるで、切り刻まれているような痛みだ。
ツバサは、歩き続けていた。
行先も、目的も何もない。意識がはっきりしない中、ツバサは彷徨っていた。
今まで何があったのか思い出せない。今さっきまで、自分の身に何があったのか、混乱して思い出せない。
今、自分は何をしているのか、どこへ向かおうとしているのかさえはっきりとしない。それでも進めば何かが分かる、と意識がない中で得た答えだった。
だが、ツバサの体力はもう無いに等しい。下手をすれば、気を抜けば死んでしまうのではと思うほどに。
進まなくては、とツバサは自分に言い聞かせる。決して立ち止まってはいけない、と自分に鞭を打つ。
誰かがそう言ったのだ。それに共感したのだ。だから、進まなくてはならない、とツバサの無意識がそう決意させていた。
だが、もう足は動かなくなってきた。
体が石のように重い。足枷を何個もつけられているようだ。何かの所為で後ろへ引っ張られていくような感覚を覚えた。
ああ、まだだ。まだ止まることは出来ないのに……。
ツバサは、後悔した。
自分は何かを守った。なのに、それだけを果たしてここで終わってしまうなんて……。
微かに聞こえたエンジン音を最後に、ツバサは完全に意識を失った。
終わりです。
次回、第二話「天空の方舟」