ウルトラマンティガ THE SECOND   作:ヤステル

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どうしてだろうなあ…… ←しつこい


ストーリーの最後のあとがきにこれから、参考にした話や文献、登場怪獣などを記載しようと思います。登場怪獣は、テレビでは前に持ってきていますが、やっぱそれってネタバレになる、と思うので。


其の2

   4.

 

 メトロポリスの中心街から少し離れた場所に作戦本部があった。

 開けた未開拓の土地であり、テントで拵えた簡易的なものだが、その中に機材や人員は揃っていて、いかなる作戦においても対処できるようになっていた。

 その作戦本部に、ツバサはフドウとマリナと名乗るS‐GUTSの隊員と共にそこに案内されていた。

 ツバサは辺りを見回す。TPC職員が慌ただしく動いていた。やはり専門のチームとなると、ここまで真剣度が違うのか、と実感した。

 中央のテントに案内される。ツバサは、そこでフドウやマリナと同じ隊員服を着ている隊員をもう二人見つけた。

「ああ、お帰りなさい、隊長。そちらはどうですか?」

「ああ。中々面白い情報を得ることが出来た。シンジョウの方はどうだ?」

「どうもこうも……。打開策なしですよ。ずっと見ているだけで、歯痒い思いです」

 そうか、とフドウは言った。

「……あれ、その子は?」

 若い男がツバサに気づいた。

「おやおや。作戦本部に民間人を連れてくるとは、隊長はいつも予想の斜め上のことをする」

 もう一人の男が笑いながら言った。フドウが笑って返す。どうやら皮肉で言っているわけではないようだ、とツバサは気づいた。

「もしかして、彼が面白い情報……ですか?」

 若い男が言った。

 フドウは、待ってました、と言わんばかりにツバサを自分の前に連れてきた。

「紹介しよう。彼はエンジョウ・ツバサ君だ。彼は、あの船の対処法を知っている唯一の存在かもしれない」

 

 ツバサが出会った二人は、それぞれが副隊長のシンジョウ・シンイチと隊員のミドリカワ・ヒロキという、共にS‐GUTSの一員だった。

 ツバサは、フドウにデータを渡し、スクリーンなどを準備していく。

 まるでプレゼンの前準備だ。この類のことは、ツバサは何故だか緊張はしていない。前に何度もしていたかのような感覚があった。

「エミ。そっちにもデータは送られているか?」

 フドウが通信機越しに言った。

『はーい。全部届いてまーす』

 やる気のない若い女性の声だった。聞くところ、この人もS‐GUTSの一員なのだろう、とツバサは思った。

「じゃ、ツバサ君。君の見解を聞かせてくれないか」

 フドウは言った。

「あんたの妄想だったらはっ倒すから」

 マリナ、という少女が釘を刺した。

 ホノカとも折り合いが悪そうだったが、もしかして、憎まれ役なのか、それとも素でああなのだろうか。どちらにしても一番関わりたくないタイプだ、とツバサは思った。

 ツバサは頷くと、TPC側で用意したプレゼンマウスを使って説明を始めた。

 

「一週間前にこの船が現れたのは皆さんご存知だと思いますが……」

 ツバサは、データをモニターに出していく。

「僕は、あの船を『方舟』と呼んでいます」

「方舟……」

 フドウが呟いた。

「はい。旧約聖書、創世記に出てくるノアの方舟の大きさと概観がほぼ同じであることから、そう呼んでいます」

 なるほどね、とシンイチが言った。

「僕の方の機材で全長を計ってみました。とはいえ、TPCの機材よりも正確性が落ちるので、僕の目測からの数値も合わせての大きさになります」

 ツバサは、そう言って、『方舟』の全長を示した。

 

全長:133.49284721m

幅:22.28374932m

高さ:13.3987271m

 

『すごい……』

 通信からエミがそう漏らした。

「どうした、エミ。あまりのデカさに驚いたか?」

 フドウが、エミに言った。

『いえ……確かに大きさはすごいんですけど……。あの、ツバサ……君でいいのかな』

 エミは、どうやらツバサに声をかけているようだった。フドウは、ツバサにマイクを渡す。ツバサは遠慮したが、大丈夫だ、という言葉に従って、エミに話しかけた。

「はい。ツバサで合ってます」

『これって、あなたの目測も合わせて計測したのよね?』

「はい。測定器を使って、その情報に僕の予測も載せて計算したものです」

「どうした? 何か問題でもあるのか、エミ」

 横からヒロキが入ってきた。

『ああいや、そうじゃないんですけど……こっちの測定とツバサ君の測定を比較してみたんですよ』

 エミが説明をつづける。

『誤差は確かにあるけど、それでも誤差は0.0043%なのよ』

「それがどうかしたのか?」

 ヒロキがまた聞く。

『すごいってものじゃないわよー! ツバサ君の使った一般の測定器だけの誤差を考えると、多分10%くらいは誤差があるはずなのよ。それを人間の予測の数値でほぼ完璧な数値に修正できるなんて……勘を使ったにしても不可能なはずなのに』

 ほお、とフドウが感心した。

 フドウは、ツバサの横で呟く。

「あいつは、いつもは淡々とした奴なんだが、ここまで興奮したのは初めてだ」

 そうなのか、とツバサは思った。確かに、最初のエミの一言は確かに覇気がない、やる気のない声だった。だが、今は物凄く生き生きとしている。

『一体どうやってここまでの数値を出したのか知りたいわ』

 エミがツバサに言いよってきた。言葉に勢いがあったのだ。

 ツバサは、一歩引いた。何かに興味を持った人はここまで強気になれるのか。

「まてよ、エミ。まだ話の途中だ。彼のことは、この一件が解決してからにしよう」

 困惑するツバサに、シンジョウが助け船を出した。エミは渋々、分かりましたー、と言って、それ以上は追及しなかった。

「それで、ツバサ君。『方舟』が大きいというのは分かった。だが、あれにはどういう対処をすればいいのか分からない」

 シンイチが聞いた。

 ツバサは、答える。

「あれが幻であることは、隊長さんにもお伝えしたのですが……」

 ツバサは新しいデータを映した。

「簡単なことなんです。要は、あれが幻なら本体がどこかにあるはずです。本体を叩けば全て解決します」

 確かにそうだ。幻があるなら本体があるはずだ。

 だが、マリナはここで皮肉を込めて反論した。

「そんなのは分かっているわよ。問題は、その本体がどこにあるかってことでしょ? まさか本体をどういう風に見つけるのか分からないでそういう仮説を立てたの?」

 ツバサは、マリナを一旦見た。マリナは、ツバサの見えない気迫に押されて一歩後ずさる。

「根拠のないことは言いませんよ。その点も予測はついています」

 ツバサは、次のデータを表示した。

「次のことについても皆さんが知っていることですが、『方舟』は、明るいうちにだけ現れて、夜には消えます。それはどうしてだと思いますか?」

 どうして、とツバサに問われると、隊員たちは考えた。確かに、その理由に対しては一切考えていなかった。明るい時に現れ、夜に消えるということが雑誌やニュースで掲載され、それが当たり前の現象として、頭に刷り込まれていたからだ。

 ツバサは、一定時間待ってから答えを言った。

「あれが幻だということは、本体から投影されていると考えられます。だとすると、ここで新しい疑問が生まれます――投影が明るいうちしか出来ないのは、何故か、という疑問です」

 ツバサは、説明を続ける。

「すると、どうでしょう。これなら、何かが原因で夜には投影出来ないのでは、という意見が出来上がり、すっきりしたでしょう?」

「うむ。確かに」

 フドウがうなる。

「そういう風に考えたなら、『方舟』は幻を投影するときに、何か必要な条件があるということが考えられるね」

 ヒロキが言った。

「その通りです。条件が揃わないと投影が出来ない――つまり、夜には投影するための条件が揃わない、だけど昼ならそれが可能、ということになります」

「昼にあって夜にないもの……か」

 シンイチが考える。

 すると、通信機からエミが真っ先に答えを言った。

『なるほど。紫外線の量ね』

 ツバサは、ご名答、と言った。

「そうです。僕が真っ先に思いついたのは紫外線の量なのです。あの投影はどういった理屈かは分かりませんが、恐らく、紫外線が一定量超えていなければ投影が出来ないのではと思ったのです」

「なるほど。夜は紫外線の量が少なくなる――つまり、一定量の紫外線がないから、夜に幻を投影することが出来なくなるというわけか」

 これで全員が納得した。

『方舟』は、夜に消えるのではなく、夜になると現れることが出来ない、ということだったのだ。

「だとすると、昨日の電撃攻撃も納得できる。場違いなところから電撃が発せられたということは、あれは幻影からではなく、本体から放たれたと考えるべきだな」

 フドウが言った、

「でも、それでも本体はどうやって見つけるんだ? 仕組みは分かっても本体がどこから投影しているかを突き止めないといけない」

 ヒロキがツバサに聞いた。

 ツバサは、大丈夫です、と答えた。

 ツバサは次のデータを出した。

「これは『方舟』が現れてから二日目の昼と夜の上空の映像です。当然のように『方舟』は、昼にはあって、夜にはいません」

 確かに、と全員が頷く。

「注目してほしいのは、夜の映像です。どこかに『方舟』があるはずですが、どこにあるか分かりますか?」

 ツバサにそう聞かれても誰も分からない。

「まずどこにもない。というより、船は透明で見えないのか?」

 フドウが答える。

「半分正解、半分不正解と言ったところですね。ですが、この場合、僕はもう一つの可能性を考えます」

「それは?」

「迷彩機能を使って周りの景色に同化している、という仮説です」

 ツバサがそう言うが、誰も納得しない。だが、エミだけはそれに気が付いた。

『なるほどねー。要は、カメレオンのみたいに景色に擬態している、とツバサ君は言いたいんです』

 ああ、なるほど、と全員がエミの説明を聞いて納得した。

「だが、擬態しているとなると、簡単には見つけられないのでは?」

 フドウが聞いた。

 ツバサは答えた。

「可能です。完全に見つけることは保証できませんが、予測することは可能です」

 ツバサは新しいデータを映す。

「これは船が現れる前の夜のメトロポリス上空の画像です」

 ツバサは、その横に三日前の夜の画像を並べた。

「右が『方舟』がある画像。左が何もない画像です」

「どれも同じじゃない」

 マリナが言った。

 ツバサは、違うんです、と言って、二枚の画像を重ね合わせた。

「見にくいとは思いますけど、何か気づく点はありますか?」

「んー? 特に違いは分からないが……」

 フドウやシンイチが目を凝らして見ているが、よく分からない。だが、マリナとヒロキは画像に違和感があった。

「西の空……それぞれの星々がほとんどくっついているように見えるな。なんか画像がずれているように見える……」

 ヒロキがそう言うと、マリナが完全に理解した。

「違うわ。『方舟』が擬態している景色の星の位置が、本物より若干ずれているのよ」

 ツバサは、うなずいた。

「擬態は完璧に見えて、完璧ではなかったんです。星々のずれの範囲を計測すると、先ほど見せた『方舟』の大きさとほぼ一致しています」

 つまり、今夜また画像を重ね合わせて、星の位置がずれている場所が『方舟』の本体の在りかがあるということになる。フドウは、おお、と唸った。

「だったら、今夜にも見つけられますね。そしたら、船に総攻撃を仕掛けられます」

 ヒロキが言った。

 だが、フドウは、駄目だ、と言ってヒロキの提案を否定した。

「どうしてですか?」

「作戦を開始するとしても、住民の避難を完了させなくてはならない。それに、昨日の一件もあったんだ。こちらが手を出したらまた何かしらの反撃をされるかもしれない」

 ツバサは頷いた。

「そうですね。それに夜戦は、こちらに不利だと思います。明るい時に戦った方が得策かもしれません」

「だが、昼になったら本体の予測は出来るのか? 星がない昼間だと、雲の流れから見るのが先決か?」

 シンイチが尋ねたが、ツバサは首を横に振った。

「雲の流れは無理でしょうね。雨雲に覆われています。それに船は目測だと雲よりも高いところにありますから、昼間の計測は不可能です」

 だからこその……、とツバサが言おうとしたら、マリナが続けた。

「今夜の船の位置を調べて、明日にどこに船があるのかを予測する――」

 ツバサは、頷いた。

「そもそも、この雨が船の仕業であるということに気づくべきでした。雨は船が現れる一日前に現れた。そして、夜にはそのまま流れて行って晴れたでしょう? 船はそれを真似たんです。これなら自然と船が夜に幻を投影できないという事実を隠せますから」

 だけど、とツバサは続く。

「『方舟』の存在に気が向いていて、明るい時に雨が降り、夜に止むという不自然さに気づくことが出来なかった」

 これは僕も反省しています、とツバサは言った。

「だが、それを気にしていたらどうしようもない。俺たちは君の仮説にも到達できずに右往左往していたんだからな。自分を責める必要はない」

 フドウは、ツバサを慰めた。

「話を続けてくれ、ツバサ君。今は一刻も早く一つでも多くの情報が欲しい」

 フドウは、ツバサに言った。ツバサは、次の新しいデータを出す。

「今日の夜に本体の位置をつかんで、明日の本体の位置を予測して攻撃する――これが最終目標なのは理解したと思いますが、これにもう二つ、準備しなければならない情報があります」

 ツバサは、画像を次々と表示させた。

 出てきたのは一週間の夜の空の画像だ。星の位置のずれが赤く表示されている。船の形をしていた。

そして、星の位置のずれが東から西よりに移動しているのが分かった。

「まず、星のずれが移動しています。これらの位置のずれから、船の速度を割り出しました」

 モニターに船の速度が表示された。

 時速四キロと表示されていた。

「人間が歩く程度の速度か。船にしてはやけに遅いな」

 シンイチが言った。

「恐らく、船は他の機能を優先しているため、速度などの基本的な機能が弱いのだと僕は考えています」

 これを考えると、とツバサは続く。

「船は、急発進や急転回による回避運動は不可能であると予測できます。そして、画像が表すに、『方舟』は、東から西へ円を描くように移動している」

「自分の位置を相手にあまり悟らせないようにするためか」

 ヒロキが言った。

「効果は薄いですが、恐らくそうでしょう。そして、もう一つ、これが重要なデータです」

 ツバサは、三日前の昼と夜の空の画像を出した。

「これらの画像を見て、何かおかしい場所はありませんか?」

 おかしい所、とツバサに言われて全員が画像に目を凝らして見つめた。

 すると、全員が一同にあることに気が付いた。

「あれ? 本体と投影されている船の位置が、直線じゃない……?」

 ヒロキが言った。

「曲がっている?」

 と、マリナが呟く。

 二人の言葉を聞いた後、エミがその答えに気が付いた。

『光の屈折……!』

 ツバサが頷いた。

「そうです。これが『方舟』を予測する上で最大の情報です」

 つまり、『方舟』は東から西に周回しつつ、光の屈折を利用して投影をしている――そして、船が雨を降らす機能を使って本体の位置を悟らせないようにしている、ということになる。

「そして、この仮説が浮かび上がると同時に、もう一つの出来事の答えが浮かび上がります」

 もう一つの出来事、とフドウが呟く。全員がうすうすと感じていることだった。

 ツバサは答えを言った。

「メトロポリスで起きた交通事故――被害者の証言です」

 なるほど、とフドウとシンイチが言った。

 交通事故にあった被害者は、皆が口々にこう言った――信号が青だった――と。

 そして、ツバサは、事故にあった時、両方の信号が青であった、と証言していた。それはつまり――。

「『方舟』が光の屈折を利用して、信号機の本来の色を隠して青色を投影していた、ということか」

 フドウが言うと、ツバサが頷いた。

「でも、待って。信号機に投影するとなると、それと同時に空に投影されていた船はどうなるの? 屈折角が違うじゃない」

 マリナが聞いた。

 ツバサは、ここで冷や汗をかいた。ツバサは、何か納得していない様子だった。

「どうした、ツバサ君」

 フドウが尋ねた。

「いえ……実は、イチカさんの問いに僕は百パーセントの回答をすることが出来ないんです」

「出来ない? どういうことだ?」

 シンイチが尋ねた。

 ツバサは、近くにあったパソコンを借りて、モニターに新しいデータを作成して映した。

「船の予測は可能です。ですが、相手側がどういった理論で今までの現象を起こしているのか、を全て証明は出来ません。今までの僕の理論には、少々無理があります。現実的なものじゃない」

 多分、誰もが分かり切っていることだ。ツバサはそう思った。敵が地球人より優れた技術を持っていることなど、はるか昔から知っていることだ。いちいち理論を証明しようとしたら、命がいくつあっても足りない。

 それでも、ツバサは諦めていなかった。立っている土俵が違うから諦めるなんて、ツバサには出来ないのだ。

 出来るのなら、足掻いて、負けたい。だから、ツバサはこの説明に命を懸けるくらいの思いで隊員たちに伝えているのだ。

 ツバサは、証明できないことを承知してもらった上で説明を続けた。

「地球の大気は、多い順で、窒素、酸素、アルゴン、そして二酸化炭素で構成されています。空気による屈折は、こういう成分の量や大気の温度や湿度に関係してきます」

 ですが――、とツバサは続ける。

「現代の科学では、これらを百パーセント分析することは不可能なんです」

「不可能?」

 ヒロキが聞いた。

「ええ。大気の構成量は天候や航空機などの物理的な接触でいとも簡単に変わります。それらを小数点以下で分析するのは事実上不可能です。ただ、変化するといっても大まかな数字では、高度が高かろうが低かろうが、大きく変化するものではないので、地上からの観測でも、大まかなデータを算出することが可能です。しかし……」

 ツバサが次を言おうとすると、エミが代弁した。

『あの船は、それらを百パーセント計算している』

 ツバサは頷いた。

 全員が驚く。

「だからこその今までの現象なんです。投影、信号機の改竄――これらを予測程度でやると、うまくはいきません。船はビルの上に乗っているように映されるかもしれないし、信号機の上にうまく投影が出来ずにずれてしまうかもしれない。だけど、それが出来ているということは、『方舟』は、大気の分子構造や量を完全に把握しているからにほかなりません」

 つまり、とツバサは結論を言う。

「船の位置を予測して攻撃したとしても、計算がずれていることに変わりありませんから、いくら図体が大きくとも、攻撃が当たらない可能性もあるということです」

 それは、つまり、当たらなければ市街地にこちらの攻撃が降り注がれてしまうということだ。

 いうなれば、敵は、百パーセントの情報を持っているが、こちらは七十パーセントの情報しか持っていないのだ。

 土俵が違う――つまりはそういうことなのだ。

 残りの三十パーセントの情報は、自分自身の予測――勘で補わなければならない。文字通り、一か八かの危険な賭けなのだ。

 そして、科学が人を殺すという言葉を証明するものでもあるのだ。

 科学によって立てられた仮説を実践する時は、百パーセントの確証を持ってやらないと、成功しない――いや、実践できないのだ。

 今のツバサ達にある情報は完璧ではない。可能性としては高いが、失敗することも考えなければならない。

 もし、ここに科学者が複数人いたとしよう。賛否両論になり、全員が賛成出来なければ実践は出来ない。

 だからこそ、不完全な状態での挑戦で命を落とし、消えていった者たちは少なくない。

 あのアスカ親子だって、そうだった。

 完璧でない状態で挑戦し、そして消えていった。

 そして、また今回も同じことを強行しようとしているのだ。

 ツバサの一週間で集めた情報で戦いに挑む――それはツバサにとって大きなプレッシャーであり、恐怖だった。自分の言葉で人が死ぬかもしれない、そう思うと胸が張り裂けそうな気持ちだった。

 だが、そんな不安をフドウは、払い落とす。

「だが、やらなければ、さらに被害は拡大する。一か八かはともかく、光明が見えたのなら、俺は、それに賭けてみたい」

 どうだ、みんな、とフドウは隊員に声をかけた。

 マリナを除いて、意志は固かった。マリナは怪訝な顔をしていたが、反対しているわけではない。後がないなら、それに賭けるくらいの気持ちはあった。

「でも、危険です。僕の集めたデータはやっつけと言ってもいい。ちゃんとした機材をそろえてもう一度やらないと……」

 ツバサが、反論しようとしたが、エミがそれを止めた。

『ツバサ君は自信をもっていいと思うけどなー。このデータを見る限り、一般の機材でよくここまで計測できていると思うよ』

「でも……」

 ツバサは、納得いかない。ここで挑戦するなんて、どうしても……。

 だが。

突然だった。

ツバサは背中に痛みを感じた。パンという高い音を立てた。

フドウが、背中を叩いたのだ。

「科学だけに頼るのが全てじゃないぞ。データじゃ表せないことだって時にはある」

 データじゃ表せない……ツバサは、呟いた。

「人の力は科学を超える時だって必ずある。先代の隊員たちから聞いてみろ。どうにもならない時でも、諦めずに気合と根性で乗り切ったんだ。当然、当時の科学技術班だって最後は、気合いだー! って、叫んでたくらいなんだからな」

 ……本当なのだろうか、とツバサは思った。

 いくらなんでも、科学技術班が最後に気合い頼みだなんて、信じられない――科学者失格なのでは? と思う。

 だが、科学を成功させるには気合と根性は必要だろう――それは何となく理解していた。

 でなかったら、僕は一週間も続けて『方舟』を調べることなんてしなかっただろう、ツバサはそう思った。

 フドウは、つまりはそういうことだ、とツバサに言った。

「やらないで駄目より、やって駄目だった方がよっぽどいい。俺はツバサ君の仮説を信じる。どんな結果であろうと、この決断が間違いだったとは絶対言わない」

 ツバサは、俯いて微笑んだ。顔を見られたくない。だが、何故だか笑わずにはいられなかった。

 信じてくれることが、こんなにも嬉しいことだったなんて、思いもしなかったのだ。

 ツバサは、顔を上げていった。

「そうですね。僕も諦めたくはありません。諦めたら、僕じゃない。決して立ち止まることだけは……したくありません」

 そうか、とフドウは微笑んだ。

「今日はもう遅くなる。これから家まで送ろう。夜の船の観測はこちらでやっておく。必要なデータは揃えておこう」

 そして、とフドウは続ける。

「明日――作戦決行日に、君はどうする? ここに来て、自分の仮説の証明と、皆の勇士を見届ける覚悟はあるか?」

 覚悟――そう言われて、ツバサはまた俯いた。

 これに失敗すれば、多くの人を死に追いやってしまうかもしれない。相手は得体のしれない化け物だ。これから先、どういう結果が起こるか予測が出来ない。

 だが、それ以上に、ツバサは思った。

 ここで立ち止まるわけにはいかない。自分はティガとして戦うと決めた。なのに、自分の仮説の実証に怯えている。

 馬鹿げている。

 こんな決断で迷うことなんてあり得ないだろう? だって――

ティガとなって戦う以上の覚悟なんてありはしないのだから。

ツバサは、フドウに面と向かって力強くうなずいた。

「お願いします」

 

   5.

 

 満点の夜空は昼間の雲に覆われた空と打って変わって美しかった。

 フドウは、その空を眺めながら、あの少年――エンジョウ・ツバサについて考えていた。

 あの少年……普通の少年とは何か違う。

 知識の量はともかく、自分の仮説が立証できないことに納得がいっていなかったようだ。

 彼は、自分の仮説を百パーセント立証させたいという思いを描いていただろう。

彼は決して諦めたくはないのだろう。だから、明日の作戦の参加を希望したのだと思う。

「どうだ、うまくいきそうか?」

 フドウの後ろで声がした。

 誰もが聞き覚えのある声だった。フドウは、振り返った。

「よっ」

 ヒビキだった。

「ご苦労様です。わざわざ総監殿が直々にやってくるとは」

 フドウは敬礼してヒビキを迎えた。

「昔の感触がまだ忘れられないんだ。報告は聞いたが、実物を見たいと思ってな」

 そうでしたか、とフドウは返した。

「船はどうだ? 見つけられそうか」

「大まかな場所はすでに見つけています。今は、エミを中心とした解析チームが出来る限りの誤差を修正しています」

「そうか。なら、期待してもいいんだな?」

 大きなプレッシャーだった。ヒビキの言葉がフドウに重くのしかかる。

 だが、ヒビキは笑いながら、

「冗談だよ。そんなに真剣にとらえないでくれ」

 と言って、フドウの肩をぽん、と叩いた。

 だが、それを除いてもフドウには一抹の不安があった。

「……正直言って、作戦の成功率は極めて高いでしょう。ですが……」

「百パーセントじゃない、か?」

「はい。失敗すれば、市街地にこちらの攻撃が直撃するのは避けられません。市民の避難はさせていますが……」

 フドウは、奥のビル街に目をやった。

「壊したくはないですね。今まで築き上げてきたものは」

 そうだな、とヒビキは言った。

「それに、お前は、あのエンジョウ君……だったか、報告にあった……彼の仮説の失敗の重責を担がせたくはないと思っているだろう?」

 ヒビキが、フドウにそう言った。フドウは、俯いて、はい、と言った。

「彼はまだ少年だ。少年が立てた仮説を、いきなり実践してみるんですから。俺が科学者なら、相当の重圧でしょうね。多分、彼はそれを感じている」

 自分がそうするように押し付けたんです、とフドウは言った。

「だが、彼は、それを嫌だと言ったか?」

 えっ、とフドウは顔をヒビキに向けた。

「彼は、あの船を撃退したい――もとい、人々を助けたい一心であの仮説を立てた。そして、失敗がある可能性があるにも関わらず、君の言葉に従ったのだろう? それは、彼が覚悟を決めたからじゃないのか?」

 ああ、とフドウは漏らす。

 そうだ。そういえば、ツバサはこう言っていたではないか。

 

 ――そうですね。僕も諦めたくはありません。諦めたら、僕じゃない。決して立ち止まることだけは……したくありません。

 

 諦めたくない、とツバサは言った。

 それを聞いて、フドウは安心したのだ。

 まるで――あの人の――アスカ・シンがそこにいたような――そんな気がしたからだ。

 アスカとツバサ。比べたら対極的な存在だ。

 だが、諦めない、ということに関しては――同じなのかもしれない。

「結果論が全てじゃない。最後は九回裏からの逆転弾はないとは言い切れないだろう?」

 ヒビキは、そう言った。

「それ、アスカさんの受け売りですか?」

 フドウがそう言うと、ヒビキは豪快に笑った。

「あの時も、根拠とかどうでもよかったからな。最後は諦めないで、気合いで乗り切った場面が多くあったからなあ」

 全部、アスカが作り上げていったんだろうな、とヒビキは言った。

 フドウは、また夜空を見上げて言った。

「ええ……多分、我々もそれに染まってくるのでしょうね」

 アスカ・シンの、ではない。

 もしかしたら、彼の――。

 

   6.

 

作戦決行日は昼の十二時に決定した。

 メトロポリスの市民は、一時シェルターへの避難が完了し、街はまるでゴーストタウンのような静けさだった。

ツバサは、家族と共に避難していたシェルターから、迎えのTPCの装甲車に乗り込んで、朝一で昨日の作戦本部のテントにたどり着いた。

 そこには、フドウはおろか、他の隊員はいなかった。

 だが、同じ隊員服を着た、ボブヘアーの可愛らしい少女の姿がそこにあった。

 無表情で、淡々と作業に没頭しているようだ。

 少女は、ツバサが来たと分かると、振り向いて言った。

「おっ、君がツバサ君かなー?」

 ツバサは、その声を聞いて、思い出した。

「ああ。もしかして、昨日の通信機の……」

 通信越しで話していた声そのものだった。

「キサヌキ・エミ。S‐GUTSのオペレーションを担当しているわ」

 見たところ、年齢は、自分よりも一つか、二つ上のように見えた。

「ああ、よろしくお願いします、キサヌキ隊員」

「エミ、でいいよー。堅苦しいのは嫌いだから、敬語とか使わなくていいし。そういうのあたしは嫌いなんだけど、まあ年功序列とか最低限のルールは覚えとかないと社会に抹殺されちゃうから」

 エミがそういうと、ははは、と軽く笑った。笑ってはいるが、どことなく変だ。何か欠けているような、そんな気がした。

 面白い人ではあるが、つかみどころの分からない人なのかもな、とツバサは思った。

「じゃ……じゃあ、お言葉に甘えて……。えっと、エミ。他の隊員たちはどこに?」

「みんなガッツイーグルに乗って空にいるよー。一応あたしを除いた全隊員で、攻撃を指揮するから」

 ツバサはいったん外に出て、空を見た。

 雲の下に三機に分かれたガッツイーグルが、それぞれの戦闘機を主導し、三方向で待機していた。

「ガッツウィングで構成された部隊の指揮……」

 それだけではない。防衛省の戦闘機、実験段階の最新鋭の機体、と空には戦闘機であふれかえっているようだった。

 まるで戦争のようだ。かなりの戦力を注いでいるようだった。

 ツバサは、テントに戻った。

 エミが飴をなめながら、キーボードを叩いていた。

「お、どーだった?」

「ずいぶん、僕の仮説を信用しているようだね」

「まあねー。あたしも再度確認したけど、あれで辻褄があってると思うよ。あれ以外で考えられる仮説ってあるのかなーってぐらいだもん」

「だけど、あれは完璧じゃない。やっぱり確実にデータを集めないと」

 ツバサが、そう言うと、エミがツバサの方に顔を向けた。

 目を見開いて、真剣な表情――先ほどの淡々とした雰囲気とは大違いだった。

「無駄よ。時間をかけてデータを集めていたら、あたしたちの負けは確実。事実、もう一週間も野放しにしている時点で、本来なら、あたしたちの負けは確定していたのよ」

 でも、とエミは続けた。

「あなたが渡してくれたデータで試合終了どころか、同点弾――延長戦に持ち込むことが出来たのよ。だったら、大逆転をここらで欲しいでしょ?」

 確かに、とツバサは言った。

 だが、自分のデータがそこまでの貴重なものだったか、と思うと、そう思えない。

 エミは、ツバサの心配を振り払おうと言葉を続ける。

「大丈夫。絶対成功するわ。ツバサ君、心配するのは構わないわ。でも、どうしてあの仮説でこれだけの戦力を投入できると思う?」

 どうして、と聞かれてもツバサは、正解を割り出すことは出来なかった。

 考えられるとするなら、やけくそ、なのか……?

 ツバサがそう言うと、エミは笑った。さっきとは違う――純粋な笑い。何だ、ちゃんと笑えるんじゃないか、とツバサは思った。

「ま、確かにそうとも捉えられるかもね」

 でも、違うわ、とエミは言った。

「今回のこれだけの戦力投入は、全部総監からの命令なのよ」

 ツバサは、驚く。

 TPC総監が、これだけの戦力を投入させた? 信じられない話だった。

「上層部で緊急会議をして、全員から賛成を貰ったのよ。総監は、あなたの仮説を全面的に信用しているのよ。だからこその、この戦力なの」

 どうしてだ。

 どうして見ず知らずの――しかもまだ子供の、馬鹿げたと言われてもおかしくない仮説を信頼したのだろうか。

 下手をすれば大惨事を招きかねない作戦なのに……。

 仮説に辻褄があっているから? でも、否定する点は上げればいくらでも上がる。

 完璧なデータでもないのに、いや、どれだけ頑張っても完璧なデータにすることが出来ないのに、どうしてそこまで信用するのだろうか。

 エミは、ツバサに言った。

「完璧なんて存在しない――それくらい分かり切っていることでしょ」

 それは……とツバサは呟いた。

「でも、それでも、百パーセントとはいかなくても、九十九パーセント、いや、コンマ一パーセントまで近づけることは出来るわ。そのために、ツバサ君やあたしみたいな理系男子女子がいるんでしょ?」

 最後の言葉は、何か表現が違う気がするが……。だが、百とはいかなくても九十九なら――、それは、ツバサの不安を払しょくさせるのに十分な言葉だった。

 ツバサは、エミの言葉に勇気づけられた。

 ツバサは、真剣な表情になった。覚悟はとうに決めている。だったら、あとは進むだけのことだ。

 ツバサは、エミの隣に座った。

「その端末使っていいからー」

 ツバサは、端末のデータを閲覧する。

「昨日のうちにあたしの方で作っておいたわ」

 エミがそう言った。

 船の位置から、船の進路予測など、昨日のうちに集められるだけのデータが揃っていた。

 短期間でここまで、とツバサは感心した。ツバサなら多分、ここまで集めるのに半日はかかってしまうだろう。

 これだけあれば、充分だろう。

 だが、ツバサが何もしないで待っていたわけではなかった。

 ツバサは、エミに、小端末を渡した。

「一応、僕の方でも船の位置やデータを予測してみた。まあ、エミのよりは全然進んでいないけど」

 エミは、目をきょとんとさせた。

「なるほどねー。結構そういう人なのね……昨日もあんなこと言ってたんだし」

「……? どういうことだ?」

 ツバサは、理解できない。

「こっちの話よー。そのデータ有難くいただくわ」

 エミは、小端末を自機にインストールさせた。

「へー、やっぱりすごいね。これも目測も踏まえているの?」

 ツバサは頷いた。

「やっぱりツバサ君ってすごい人ね。面白いわー」

 どういうことなのか、ツバサにはさっぱり分からなかった。

「あとは、こっちでデータを纏めるから、休んでていいよー」

「いいよ。僕も手伝う」

 ツバサは、エミの手伝いを率先した。

 TPCの機材の性能に驚きつつも、データを纏める。

 そして、作戦準備は全て完了した。

 

 戦闘部隊はすでに雲の上に上がっていた。地上からではもう見えない。

 α号にフドウ、β号にシンイチとヒロキ、そしてγ号にマリナが乗っていた。

『現在、『方舟』は、東の方へ周回しているものと思われます。ポイントはD。高度一万メートル付近と推測』

 ヒロキの通信だった。ツバサも聞こえた。

「昨日の夜からするに、三十キロほどは移動していますね。予測通りです」

 ツバサが言った。

「最新のデータ送ります。確認してください」

 エミが、データを各機に送った。

「すごい……これだと、目の前に船があるってことになるわ」

 マリナが驚く。

「昨日の今日でここまではじき出すとは……さすがはエミだな」

 シンイチがエミを褒めた。

「でも、誤差を修正したのはツバサ君の新しいデータのおかげですよー。ツバサ君には、報奨金を与えてもいいくらいの働きです」

 エミは、ツバサを見つめて軽く微笑んだ。

 ツバサは何故か、恥ずかしくなって顔をそらした。

「ははは。エミがそこまでツバサ君を褒めるなんて珍しいな」

 フドウが言うと、エミは、

「そうですかー? そんなことありませんよー」

 と返した。

「あとは、あたしが最終データを作戦開始十分前に送れば完了です。作戦開始直前の観測データ……まさしく新鮮ぴちぴちのデータですよー!」

 エミは自信ありげに言った。

 たとえが魚なのがよく分からないが、エミの作ったデータは間違いなく本物だ。頼りにしていいだろう。

 あとは、作戦の成功を祈るだけだ。

 

「最終データ送ります」

 エミが最終データを送る。

「よし……データを取り込んだぞ。ほお……さっきより東に少し動いている程度か。まあ、歩く速度を考えたらそんなもんか」

 フドウが言った。

「でも、三方向からの同時攻撃……これなら確実にこちらの攻撃は当てられる」

 シンイチが言った。

「くれぐれも油断しないように。三方向からの攻撃とはいえ、成功しない可能性も……」

 ツバサがそう言ったが、マリナが言い返した。

「見てるだけのあんたが心配しても何も変わらないわよ。こっちはプロよ。あんたのもしもは絶対ありえないって証明してあげるから。そしたらあんたを笑ってやるわ」

 皮肉たっぷりに言い返された。

 ツバサは、少し歯ぎしりを噛んだ。どうして、彼女は自分に突っかかって来るのか分からないが、何か腹が立った。

 成功して欲しくないが、成功しないといけない……私情が入り混じると哀れな考えしか浮かばなくなる。

「よろしくお願いします……あとは、みなさんに任せます」

 ツバサがそう言うと、全員が微笑した。

「任せておけ。ツバサ君の仮説が真実だということを、俺たちが証明してやるからな」

 フドウは、そう宣言した。

 

 作戦開始一分前。

「各機、目標地点Dに発射準備」 

 フドウが、そう言うと、機体は、指定位置に付く。

 ツバサは、その光景が見えないが、通信から大まかな予想が出来た。

 カウントダウンが入る。

 

10……

9……

8……

7……

6……

5……

4……

 

 ツバサとエミは息をのむ。

 あと三秒……そこで結果が変わる。

 

3……

2……

1……

 

0。

 

「攻撃開始!」

 

 フドウの命令と同時に、一斉に目標ポイントに攻撃を開始した。

 ビームからミサイル、ありとあらゆる対空兵器が目標地点へ放たれる。

 

 そして……。

 

 轟音が鳴り響く。

 攻撃が直撃した場所は……、

 

 目標地点に直撃した。

 

 何もない空の途中で、兵器が爆発した。いや、そこにいる「何か」に直撃したのだ。

 

「直撃を確認!」

 ヒロキが言った。

「やったぞ! ツバサ君! 君の仮説が正しかった!」

 フドウは、通信でツバサに言った。

 エミは微笑みながら、ツバサの手をつかんだ。

「やったよー! ツバサ君! やったよー!」

 ツバサは、脱力したように肩を落とした。

 仮説が立証された。ツバサにとって、初めての立証が、ここで成功したのだ。

 

 ――成功したかのように思えた。

 

 攻撃が命中してから数秒後だった。

 突然、雲が消えていった。

 まるで、そこにあるものから離れたいという気持ちがあるかのように、雲は四方に離れ、消えていった。

 それと同時に『方舟』の幻影が消えていった。

 誰もそれを逃さない。雲が消え、船が消えた。そこまでは分かる。後は、船の機能が停止したかどうかだ。

 ツバサは空を見上げた。

 雲が無くなったおかげで、戦闘機が見えた。

 あの場所は、『方舟』の本体があると思われるポイントだ。

 どうなったのか、その成り行きを見守る。

 

 だが、鋭く尖れた牙は、すぐにツバサたちに咬みつく。

 

 まるで、自分の体に色を付けるように、船はその姿を現した。

 迷彩機能を解いたのだろう。

 だが、それ以前に――。

 ツバサは船の姿を見て地に膝を付けた。

「そんな……」

 ツバサは呟いた。

 仮説は立証された。確かに立証したのだ。

 だが、仮説が立証した後の仮説を立てるのを完全に忘れてしまっていた。

 大きな見落としが、そこであったことにようやく気が付いたのだ。

 攻撃は確かに命中した。

 だが、それは、『方舟』に対してではない。

『方舟』の周囲を覆う、透明な防御壁に命中したのだ。

「どうして……」

 エミが呟いた。

「……『方舟』がどうして、雨を降らせ、迷彩機能を使って、投影をしていたか……それは、それだけの機能を使っているせいで、本体の防衛機能はないと思っていたからだ……」

 ツバサは、続ける。

「その証拠が移動速度の低さや回避運動が取れないことだった。本体に基本的な機能が最大限発揮出来ないとなれば、攻撃を本体にあてればそれで僕らの勝ちだと思っていた」

 だけど……、とツバサは結論を言った。

「それ自体が大きな間違いだった。『方舟』は、自分を防衛出来ないから、こんな回りくどいことをしたんじゃない……最初から、僕らがこういう攻撃をすることを予測していたから、こんな回りくどい方法を取ったんだ!」

 どれだけ大きな機能を回しても、本体にはそれでも防衛する機能が使える、ということを知らしめ、人類に大きな絶望を味わわせたのだ。

 ツバサは、通信越しで全隊員に言った。

 

「一旦退避してください。あのシールドは、人類の科学力では破れない――!」

 

 ツバサがそう言ったその直後だった。

 

 船が反撃に出たのだ。

 

 船の周辺から強烈な電撃が発せられた。

 戦闘機の大半がその電撃の範囲内にいた。電撃は戦闘機のシステムを一時的にショートさせた。

『操縦システムにトラブル!』

『脱出装置が使えない!』

 次々と、隊員たちが報告する。フドウは、それらに指示をするので必死だった。

 船の攻撃はそれだけにとどまらない。

 雲の流れが一気に変化した。

 それは大きな入道雲となって、メトロポリスを襲った。

 轟く雷。そして降りしきる豪雨。ツバサたちは一瞬にして全身が濡れた。

 さらに、本部にあるエミの端末から、別のデータが送られた。

 データの受信音が聞こえ、エミとツバサは本部にもぐりこんだ。エミが素早くデータを閲覧した。

 それは現在の気象図だった。

「四国の南に、超大型台風が発生。強い勢力でこっちに向かってきている……!」

 中心の気圧が四十ヘクトパスカル、強風域で五十メートル、暴風域で六十メートルの風速と記録されていた。超大型だ。

「それだけじゃない。メトロポリス湾付近で津波が発生してる!」

「全部『方舟』の機能ということか……天候そのものも操る。戦っていることを考えうると、ノアの方舟というより、これはウト=ナピシュテムと言った方が合っていたかな?」

 ツバサは言った。落胆した声だった。

「津波の大きさは」

 ツバサが聞くと、エミが素早く答えを出す。

「今は、まだ二メートル弱だけど……えっ? これってどういうこと?」

 エミが言った。

「どうした?」

「変なの。津波の大きさが、等間隔の割合で、どんどん大きくなっていってる」

 津波が大きくなるのはそれほど不思議じゃない。しかし、問題は、それがどれくらいの規模で大きくなるかだ。

 エミが予測を言った。

「大体、三乗分ずつ大きくなっていっている」

 馬鹿な、とツバサは言った。

 最初が二メートル弱なら、それらが三乗ずつ上乗せになっているとなると……。

「駄目! 湾内にある災害対策システムが無意味だわ。あれの津波対策用防壁は、五十メートルが最大よ。でも……!」

 三乗ずつ高さが上乗せになっている津波は、すぐにそれを超えてしまうことになる。

「でも、とにかく、防壁は展開させた方がいい」

「もうやっているわ。でも、このままじゃ……!」

 エミが言った直後だった。

 ツバサの眼前で、テントが歪んだ。

 その歪みは一気に端末があるテーブルを襲った。

 ツバサはエミを椅子から瞬時に引き離した。端末がテントの歪みと共に地面にたたきつけられる。もう使い物にならない。

「何! どうなってるの?」

 テントの歪みの形が人のうずくまる形だった。

「外で人が飛ばされて、テントにぶつかったんだ。このままじゃテントが潰れる。いったん外に出よう」

 ツバサとエミは外に出た。

 そこは、もはやTPCの作戦本部とは言い難い場所になっていた。

 TPCの職員たちが、なりふり構わず、互いに殴り合っていた。誰を狙っているわけではない。その場にいた相手を無差別に殴っているようだった。

「何これ……みんなどうしちゃったの?」

 エミがその光景を見て困惑している。

 だが、その直後、ツバサは殺気を感じた。ツバサは、素早くエミの腕を引っ張って体を自分の所へ寄せた。

 瞬間。ツバサは出来る限りの力で蹴った。

 TPCの職員がパイプ椅子を持って襲い掛かってきていたのだ。

 一歩遅ければ、エミは確実に殴られていた。

「こいつら……!」

 ツバサは、職員の目を見て確信する。

 目が虚ろになっていた。確実に自分の意思で動いていない。

「みんな、もしかして操られちゃってるの?」

「分からない。分からないけど、そう考えるのが妥当……」

 ツバサが、はっ、と気づいた。

 今までの一週間を思い出す。自分が覚えている限りを一瞬で、頭の中で映像として映し出す。

 そこで、ツバサは、もう一つの仮説――いや、真実にたどり着いた。

「何てことだ。今までのことは、全部……これを隠すためのフェイクだったってことかよ!」

 ツバサは、自分の腰につけているポーチからプラスチックの容器を取り出した。

 ツバサは、いつも、ポーチにカメラや個体、液体を入れるための小さな容器を持ち歩いているのだ。

 ツバサは、容器を開けて雨水を入れた。

 そして、エミの腕を掴んで、

「逃げるぞ」

 と、言った。

 ツバサとエミは駆け出す。

 街中でも、すでに阿鼻叫喚としていた。TPC職員たちが無差別に互いを傷つけあっていた。

 中には何人かツバサと同じく、逃げている人もいた。

「どこに逃げるっていうの!」

 エミが叫ぶ。

「近くの地下シェルターだ。とにかく、地下に逃げるぞ」

「そんな……もしかしたら、地下の人たちだって同じことになっているかも……」

 エミが不安がった。

「そうかもしれないな。だけど、地下の方が地上よりも安全なんだ。少なくとも……」

 

 ――地上に――この雨に打たれている方がもっと危険なんだ。

 

『エミ! エミ! どうしたんだ!』

 エミの持っているW.I.T.から通信が来た。フドウだ。

『下がとんでもないことになっているぞ!』

「隊長! 地上にいるTPCの職員たちが一斉に暴動を起こしているんです」

『暴動だと? 一体誰に対してだ』

「分かりません。みんな一斉に無差別に殴り合っているんです」

『エミたちは無事か』

「はい。ツバサ君が助けてくれました。わたしたちは何も異常ありません」

 エミとフドウの会話にツバサが割って入った。

「フドウ隊長。皆さんはそのまま機体にいてください。何があっても外に出ないで、雨が止むのを待ってください」

『はあ? 一体どういうことだ?』

「事情を説明している時間はありません。とにかくそう指示してください。とにかく僕らはシェルターに向かいます」

 ツバサは、強引にW.I.T.を閉じた。

 ツバサは、エミの言葉を振り切って一気にシェルターに駆け寄った。

「ここなら雨に打たれる心配はない」

「……もう、走れないわよ」

 エミは完全に疲労困憊だった。

 ツバサは、容器をエミに手渡した。

「頼みがある。事態が収束したらこれの成分を調べてほしいんだ」

 突然のことでエミは、どういうことか理解できないようだ。

「え? どういうこと?」

「これが、この事態の全ての原因なんだ。僕の予想が正しければ、これがその答えとなる筈だ」

「わ、分かったけど……ツバサ君はこれからどうする気なの?」

 ツバサは、外を見た。

「……家族のいるシェルターが心配だ。恐らく、どのシェルター内でも外の職員と同じように錯乱している人がいるはずだ。それを確かめに行く」

 咄嗟に出た嘘だった。だが、嘘とはいえ、その可能性は捨てきれない。本当にそうなってしまっているかもしれない。

 だがそれでも、優先すべきは、家族じゃない。

「き……危険よ! 今はここで待機していた方がいいよ!」

 エミがツバサの腕を掴む。

 だが、ツバサは、エミを引き離した。

「ここで立ち止まるわけにはいかないんだ。ここで待っていたら、きっと後悔する。だから……」

 行くよ、とツバサは、エミを振りからって街中に消えていった。

 背後からエミの声が聞こえた。だが、それすらも振り払って、ツバサは走り出した。

 

 ビルの物陰から、ツバサは『方舟』と戦闘機の戦闘を観察した。

「船に覆われているシールドは一枚ものではないな。多分、タイルのような小さなプレート状のシールドを何枚も並べて覆っているタイプだろう」

 それはつまり、直撃したダメージをそれぞれのプレートが分散する役割がある。

「三方向からの攻撃だと分散して直撃する。ダメージがシールドの耐久地を超えることはまず不可能だ。確実性を求めた作戦が仇になったな」

 つまり、それは、とツバサは呟いた。

 やることは一つだけだ。あの手のシールドの突破方法はただ一つしかない。

 ツバサはスパークレンスを取り出した。

 光が、ぼんやりと輝いている。

 準備は整っている。後は、自分がやろうとしていることが果たして成功するかどうかだ。

「フドウ隊長なら、僕の真意に気づいてくれるはずだと思うけど……」

 それでも不安がある。

 制限時間の三分間。いや、ゼベリオン光線を使ったならそれより時間が減ってしまうかもしれない。

 それでも、これが最後の手段なのだ。

 ツバサは答えを出さなければならない。

 ユザレに託された光。これから人類が立ち向かわなくてはならない災厄。

 自分が――ティガがその最後の綱なのだ。

 自分が戦うための覚悟、勇気、そして決断。

 ここで、ティガとして人類のために戦うことを誓うか否かを決める。これが光の巨人になるための誓いなのだ。

 ツバサは、目を見開く。

「覚悟なんて、とっくの昔にしたじゃないか」

 まだ明確な答えはない。だが、今、ここで皆を守らなければ、自分が何を守りたくて戦うのか、その答えすら導けない。

 答えられないことは、科学者を志望する自分にとってあってはならないことだ。何故なら――。

 

「立ち止まることだけは、諦めることだけはしたくないから――!」

 

 ツバサは天高く、スパークレンスを掲げた。

 




其の3に続きます。
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