ウルトラマンティガ THE SECOND   作:ヤステル

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長らくお待たせしてしまいました。第三話です。
第二話投稿直後に左腕を負傷してしまって、しばらくPCでの執筆が出来ない状態でした。そのため、ほとんどスマホのメモ帳とかでせっせと書いていました。

次からはもっと早く投稿します。一応、今後30話分くらいプロットを作ったので、今後は早くなると思います。

そして、今回は、あまりに捻りが多すぎた所為か、自分自身でも頭がこんがらがってしまったので、流す程度で読んでいただけると幸いです。次回から捻りを少なくします。

尚、例の如く、作中に書いてある科学的なものは、事実っぽく無理矢理押し通している部分があるので、間違っていたら笑ってスルーしてください。(誤字脱字などに関してはどうぞ遠慮なくご指摘ください。質問も可能な限り答えます)



第3話 地の神、地の悪魔
其の1


  1.

 

   *

 

 安寧は簡単に崩れ去った。

 それと同時に宇宙、そして地球上の生きとし生けるものたちも、無意識にその生活の行動を変化させていく。

 天候や地殻の変動はもちろん、地球そのものも、平和が瓦解したと同時に、その環境を変えていく。

 地球が生き物だとすれば、今、地球は防衛体制を取ったと言ってもいいだろう。

 全ての生物を守る、その使命の為に。

 そして、光の巨人。

 地球を守るために、超古代から、そして現在も――光と共に現れ、人類を災厄から守る英雄。

 地球は今、危機にさらされている。

 全てが変化し、それらが通常として機能した時、時に起こりえなかった現象が目の前で発生するのだ。

 

 そして、今宵も、今まであり得なかった現象が起こる。

 小さな地震だった。

 数秒の小さな揺れ。物がかたかたと音を立てて、震える程度の小さな揺れだった。

 ここ一週間の間、日本各地で小さな地震が起こっている。地震大国がゆえの避けられない運命なのだろうが、それにしても少し多すぎる。

 地震が止まると、人々は一瞬の安堵。

 そして、その後、恐怖する。

 

 叫び声だった。

 

 今まで聞いたことのない声だった。野犬? 熊? いや、そんなものではない。

 大音量で、恐らく街全体に広がるほどの声量だった。人々は慌てて外へ飛び出し、一体どこから聞こえたのか、辺りを見回す。

 だが、そこは夜の街。間もなく眠りに入ろうとする街の姿しかなかった。

 ある者は気のせいか、と言って気にせず眠りにつく。

 ある者は、過去に似たようなことがなかったか、調べる。

 ある者は、怯えて、互いに大丈夫だ、と励ましあう。

 そして、ある者は電話を取り、あるところへ電話する。餅は餅屋。こういう怪現象は専門家が調査して原因を究明した方が一番得策だ。

「あ……もしもし? TPCですか? 実は……」

 

   *

 

 TPC総合本部基地アンダーグラウンド。その中にTPC特務部隊S‐GUTSの各隊員たちに部屋が設けられる。

 その中の一室に、エンジョウ・ツバサは、夜中にも関わらず一人、開発に没頭していた。

「端子をつないで、電波が通るか……よし、通った。これで完成だ。さて、果たしてうまくいくか……」

 テーブルには、開発に使い、ごみとなったコードや、今まさにツバサが開発した機械に繋がり、作動しているコードが絡まってしまっていた。テーブルはおろか地面にも工具が散らばっている。横にはTPCが用意したパソコンとキーボードが設置されているが、パソコンの上にも部品が置かれている。

 ツバサの机は物が置ける状態ではなかった。ツバサは放置する性格ではないが、片付けても片づけても、開発する度に散らかっていき、そしてその醜悪さは増していくばかりだった。

 ツバサは、パソコンからあるデータを映した。メトロポリス中心街の断面図だ。表示されているのは、リアルタイムの電波状況だ。その中に一つだけ、赤色の波形があった。それこそがツバサの探していたものだった。

「さて、接続開始……!」

 機械のスイッチを入れる。機械は、パソコンに接続されている。接続状況は、画面上で確認できる。

 

 40.383737289%

 

「よし、いいぞ……」

 

 77.928372823%

 

「順調だ……!」

 

 94.298382929%

 

 前回はここで止まった。だが、数字は、着実に伸びている。

「よし……! ここまで来たら……」

 確実に成功する! ツバサは確信する。

 だが、現実はそう甘くはない。

 

 99.999999998%

 CANNOT CONNECT!

 SYSTEM ERROR!

 

「嘘だろ……」 

 エラーの表示が出た瞬間、ツバサはがくりと肩を落とした。今にでも画面を殴りたい気分だ。

 ここまで来たら、確実に成功すると思い込むのが普通だ。だが、まさか、最後の最後で障害が出るなんて、誰が思うだろうか。

 ツバサは、画面を落としてそのままベッドに潜り込んだ。

 時刻はもうすぐ深夜零時を回ろうと言うところだった。

 業務を終えた後で、この機械の開発に取り組んだが、これで二十六回目の失敗だ。

「やっぱり、RFIDに使う磁力は、人工的なものじゃ駄目なんだな……」

 はあ、とツバサは溜息を吐いた。

「自然界の磁力を含むものなんて、たかが知れているし……かといって二十世紀に使われたアンテナの電波なんて骨董品だろうし……」

 ツバサはぶつぶつと呟く。

 どうしようもない問題にぶち当たり、ツバサは若干やさぐれていた。これが完成すれば、緊急事態の時に大いに役に立つというのに……。

 

 ツバサがS‐GUTSに入隊してから二週間あまりが経過した。

『方舟』事件以降、S‐GUTSが出動する事件は起きず、つかの間の平和が訪れていた。

 そんな中、ツバサはイルマの提案によって、フドウ直々の指導の下、隊員としての基礎知識を学んでいった。

 とはいえ、やることは訓練学校ZEROと大して変わらない。

 始めは、昼間のうちにZEROに赴いて基礎訓練を受ける予定だったが、すでにS‐GUTSの正隊員としてイルマが登録したために、正隊員の業務もやらなくてはならなかったのだ。

 だが、イルマはもう一つ提案があった。昼間は正隊員としての業務を覚えてもらい、そして、夜にZEROに赴き、ミドリカワ・マイ教官の下、個人授業を受けるという形になった。

 本来ならZEROに入った訓練生は数年かけて、必要な知識や技術を学んでいく。だが、ツバサが正隊員という事情もあるため、マイが作り上げた短期間用のプログラムを受けることになったのだ。

 夜に行われた訓練というだけあって、教室にはツバサとマイの二人しかいない。ツバサはZEROの訓練生と出会う機会は一度もなかった。

 朝はS‐GUTSとして、そして夜は訓練生としての二つの仕事をこなすという、重労働を二週間の間ずっと行ってきたのだ。

 自称デスクワーク派としては、重労働は地獄だが、どういうことか、ツバサは耐えられた。体力もそれなりにあるためか、さほど苦ではなかった。

 ツバサの隊員としての能力は、強いて言えば平凡より上といったところだった。

 座学に関してはぐうの音も出ないほどの出来だが、肝心の実践訓練は、可もなく不可もなくといったところだった。

 フライトシミュレーションから射撃、格闘――基本の技は講義すればすぐに覚えた。だが、実戦――ましてや次の一手が分からない本番になると、ツバサの基礎は意味を失くす。

 そこでマイは気がついた。ツバサは勉学に対してはあらゆる場面でも適応出来るが、実戦では応用が利かないということに。シミュレーションや射撃、格闘はその後の一手が決まっている。仮にランダムに変化させても、ツバサの頭の回転は、そのパターンと次に来る一手の確率を瞬時にはじき出す。

「うーん……。悪くはないんだけど……実戦だとなあ……」

 マイは何度も頭を傾げた。

「座学だと面白い応用が出来ているんだけど、実戦だとそれが出来てないのが痛いね」

 ツバサは目を逸らす。

「正直言って、もしあなたが訓練生ならS‐GUTSには入隊出来ないわね」

 体は出来ているのに、惜しいなあ――と言いながら。

 マイはツバサに直球で、事実を突きつけたこともあった。

 だが、それはツバサが一番分かっていることだった。

「正直言えば、僕は科学者向きです」

 と、一言言って、マイを納得させようとする。

 だが、マイは何か引っかかっていた。

「でも、科学とかでの緊急事態なら対応出来るの?」

 マイの質問にツバサは、口を開いた。

「まあ……可能な限りなら。科学とか計算とかなら、頭が回転するんですけど……」

 ツバサの言葉は、どこか気になる。マイは、ツバサの言動やこれまでの行動を見て、手元の端末を検索する。端末にあったツバサの個人データを覗いた。

 そういうことか、とマイは確信した。

「じゃあさ。わたしから実戦でも何とかなる方法を教えてあげる」

「本当ですか?」

 マイは頷く。

「とは言っても、考え方を変えるだけだけどね。あなたは科学と実戦を無意識のうちに区別しちゃっているんだと思う」

「区別……ですか?」

 そう、とマイは説明を続ける。

「勉強が得意か、運動が得意か……どちらかが得意な人って、そのどちらかが苦手っていう人が多いでしょ?」

 確かに、とツバサは言った。自分も、運動よりは勉学に勤しむ方が向いている、とツバサは思っていた。

「だからね、その区別を取り払っちゃった方がいいと思うんだ」

「区別を取り払う……」

「うん。きっとうまくいくよ」

 簡単に言ってくれる、とツバサは思った。言葉では簡単だが、実戦だと難しい。頭の中で区別しないということを意識するなんて出来っこない。

「何か方法があるんですか?」

 ツバサは思い切って聞いてみた。だが、マイは、微笑みながら、

「方法は自分で見つけてみること。答えを探すのは、ツバサ君の得意分野でしょ?」

 と、言って答えをはぐらかした。

 頑張ってね、とマイはエールを送る。

 答えを探すのは得意分野……か。ツバサは考える。

「脳領域における勉学や運動における場所は違うんだ。区別は脳のメカニズムだ。そんなこと出来る訳がないじゃないか……」

 ツバサは独り言を呟く。

 結局その日、ツバサは答えを得ることが出来なかった。

 

 全ての業務が終わると、すでに時刻は夜の九時を回る。

 短い自由時間であるが、ツバサの一日はまだ終わらない。

 ツバサは、自室へ戻ると、開発に没頭するのだ。

 

 S‐GUTSに入隊した後に、フドウに連れられ、アンダーグラウンドの内部を見せられた。

 参謀本部もそうだが、各局もそこに在中している。TPCの全容と、それを統括し、機能しているシステムをツバサに大観させてやろうというのがフドウの目的だったらしい。

 ツバサはかねてから見たかったものだったから、願ってもないことだった。

 様々な場所やシステムを見学して、ツバサは一つ、やってみたいことが浮かび上がった。

 ツバサは、それを嘆願書として、上層部――ツバサはイルマとしか面識がなかったため、イルマを介してそれを提出した。

 翌日には、上層部の会議でその議題が出された。

 そして、その後に、イルマから指示が出たのだ。

「昨日の案件だけど……全員が賛成してくれたわ。あなたの提案が実現できるのは、願ってもみないことだって。総監からも、是非にとお願いされたわ」

 イルマが嘆願書を返した。

「一応、極秘として扱うから、他言無用で開発して欲しいんだけど……出来る?」

 イルマは言った。

 

   *

 

 S‐GUTSに入隊する前に、ツバサはイルマと話し合った――情報局のイルマの部屋で、ツバサの家で使った機械を使って――。

「私が持てる権限であなたのことを守るけど、私でも敵わないことは多くあるわ」

 イルマはそう言った。

「私の目が届いていない時、あなたを守ることは出来ない」

 それは、ツバサは承知している。

「あなたがティガとして戦う時、当然皆が不審に思う。その時その時に、私が誤魔化すことは出来るけど、いつもは出来ない」

「参謀がいない時に、隙を見て戦うのにも無理がありますしね……一応、今は前線に出ない分誤魔化しようはありますが、いずれは前線に出るでしょうしね」

 そうね、とイルマは言う。

「でも、それ以上に気を付けてほしいのは、隊員に気づかれることじゃないの。TPC職員全てを疑ってほしいの。あなたが信頼する人物――私であってもよ」

 それはつまり――、とツバサは確信した。

 

 ――敵はTPC内部にもいる。

 

「肝に銘じておいて」

 ツバサがやるプロジェクトは、イルマによって全て極秘にすることで決定した。時間は決められていないが、ツバサにとっては、S‐GUTSの科学技術担当としての重圧を与えられたようなものだった。

 

   *

 

 許可が出たことで、ツバサは必要な機材を借りることが出来た。

 そして、夜中の短い自由時間に、実験に実験を重ね、そして、完成間近まで来たところで、最後の壁にぶち当たったのだ。

 

 ツバサが開発していたのは、新たな通信システムの構築だった。

『方舟』事件以降、ツバサは、敵は人類が操ることも敵わない天候も操ってきた。敵は、人類の予測の斜め上を行く。こちらに反撃の糸口がなければ確実に負けると知った。

 その中で人類が必ず必要なものを、敵は断ち切ってくる――そう思った時に、ツバサはTPCとして、S‐GUTSとして必要なものとは何かと考えた。

 その結果が、通信による連携の確認だった。

 通信における連絡は隊の戦闘指揮から連携を保つことまで重要なものだ。仮に、通信妨害や通信を完全に遮断されれば、甚大な被害は免れない。

 そこで、ツバサが提案したのは、他の電波や妨害など、あらゆる敵の攻撃に干渉されない独自の通信チャンネルを作り上げることだった。

 だが、ただ通信のみに対応できるわけではない。

 このシステムの応用として、コスモネットとは別にTPC専用のネットワークを形成することもツバサは考えていた。

 通信妨害で通信が不可能になったら、自動でこのシステムに切り替わることが出来る、バックアップシステムとして。

 敵の電波遮断やハッキングなどの妨害や対策、敵そのものにも感知されず、すり抜けることが出来るネットワークシステム。

 サイバーテロにおいても、攻防どちらにも対応できる、現時点の技術では正に最強のサイバー兵器である。

 ツバサは、必要な機材を揃えてもらい、開発に挑んだ。

 ツバサは、自動認識危機をベースにRFタグを作成した。

 はじめは一般のものを用いて、数回の実験は失敗することを目標として行った。

 そして、その際に出てきた失敗データを元に、再構成していくのがツバサのやり方だった。

 他の電波と同調、干渉されてしまったり、システムが百パーセント接続出来なかったりすれば失敗だ。

 現時点で、多くの失敗がこの三つに該当する。

 ツバサは、改良と実験に合計で二十回以上の実験を行った。

 そして、失敗する度に、改良し、失敗を乗り越えていった。

 だが、最後の最後で接続に失敗したのだ。

 現在ある電波に干渉や同調されてしまうなら、自分でオリジナルを作ればいいと考えるが、最新機器を使って電波を飛ばしても、必ず誰かが見つける。

 そこで、ツバサが最後の最後で思いついたのは磁力だった。

 RFIDには電波の他に磁界を用いたデータ送信がある。電波ではなく磁力を用いた送受信システムにすればクリアできるのではないかと考えた。

 そこで、RFタグを作り直し、新たにツバサ自身で考えた磁界でネットワークを構築するルーターを作って実験を行った。

 だが、その結果が、今の実験結果だった。

 最後のコンマ一パーセントで繋がらない――接続エラー。

 電波の同調や干渉ではない。ましてや磁力が弱かったわけでもない。

 考えられる結論は、ツバサの中には一つしかなかった。

 ――人工的な機械で発生させる磁力ではなく自然界で発生する磁力が必要になる、ということだった。

 だが、自然界で発生する磁力というのは、力が弱い。ネットワークとして使えるだけの強力な磁力を持つものなどありはしない。それこそ地球そのものを媒体とするという机上の空論でしか実現できない。

 なら、考えを戻して電波にするか、とまた考えたが、それも不可能だ。

 ツバサの発案したものは磁力でなくても電波でも可能と言えば可能だ。

 だが、それには現在使われている電波ではなく、以前に使われていた電波が必要になるのだ。

 現在使われている電波は、二〇一〇年代に開始された地上デジタルを含んだ電波だ。高い周波数を用いるもので、今ではそれが当たり前となっている。そして、スマートフォンが主流となった時代で、今は、さらに性能が上がったのが普通となっている。

 だが、地上デジタルが始まる前の電波の時代――VHFアンテナと呼ばれる魚の骨のようなアンテナを使っていた時代だ。

 現在のものとは違い、受信できる周波数が小さいため、このままだと現在の放送は見ることは出来ない。改造が必要となる。

 ツバサの代替案は、VHFアンテナを使ったネットワークを使えば、外部からの妨害も干渉も、さらには外部から認知すら出来ないネットワークを構築することだった。

 古い機器はセキュリティが低く、最新機器から攻撃を受けやすいというのが通常だが、ネットワークやハッキングになるとそうはうまくいかないのだ。

 使用する電波が違うため、古い機器への介入はほぼ出来ないといっても過言ではない。

 それらを実現するためには、改造されていないVHFアンテナが必要だ。しかも、過去に設置されたままで、未だに使え、そして、VHFアンテナを未だに使っている住宅地を探さなくては、ルーターを作成できないのだ。

 そんな場所果たしてあるのかどうか、と調べる時間は、ツバサにはない。中国の青磁器の本物を見つけるようなものだ。

 どちらかの方法でこの開発は成功するが、どちらも打つ手なしという結果を突きつけられたツバサはこうして、ふて腐れることしか出来ないのだ。

「はあ……分かってたさ。分かっていたけど、やっぱり現実を突きつけられると気持ちが沈むな……」

 ツバサは独り言を言う。

 机上の空論であることは分かっていた。もし、今が二十世紀だったら簡単に作れるのに……いや、その時代に今ぐらいの技術はないからあり得ないか……。

 答えを探そうにも見つからない。いや、答えがあっても実戦できない。

 突如マイの言葉がよぎった。

「区別を取り払う……」

 ツバサ呟く。

「違う……。これは意味が違う! これはそういう区別じゃない。可能か不可能かの区別だ!」

 ツバサは、思い切り布団を被る。

「教官の言っていることは、意味が分からない」

 ツバサは、目を瞑る。

「明日は朝も早いから、もう寝た方がいいな」

 そう言ってツバサは、床に伏せる。混乱した頭は、寝て整理しよう。そうすれば、きっと良い答えが明日には浮かぶはずだ。

 刹那、かたかたと音がする。

 揺れている――地震だ。

 小さい揺れだが、テーブルに身を潜めることが絶対必要だ。だが、ツバサは、ぶつぶつと言いながら地震に気づくことが出来なかった。

 

   2.

 

 翌日。

 いつものように、ツバサは司令室へ向かう。

 司令室に入るには、TPC専用のIDカードを認証させる必要がある。

 認証カードをスキャンする機械はあるが、それはあくまでいつもの方法が出来ない時だけに使うものだ。

 認証カードは携帯するだけでいい。扉の前にある認証システムが、瞬時に隊員の体をスキャンする。健康状態、体温、心理状態など、あらゆる面でスキャンし、それはデータとして端末に記録される。そして、認証カードがある場所を特定し、そこからIDナンバーやそれが偽造かそうでないかなどを自動的に認証する。

 だが、司令室にその方法で入ることが出来るのはS‐GUTSとTPC参謀クラスの人間のみだ。一職員が入るには、機械にカードを通して、機械の横にある認証マイクで個人情報と入る目的を言わなければならない。機械は、心理状態や体の状態をチェックして嘘かどうかを見極める。そして、その審査が通った時に職員も入ることが出来る。

 だが、これには例外がある。

 職員が緊急事態の案件を伝えなければいけない時、今までの手続きをしていると、間に合わない可能性がある。

 その場合、機械が瞬時に判断して、隊員や参謀らと同じようにIDカードの認証だけで入ることが出来る。

 ツバサは、隊員のIDのため、何もせずに司令室に入ることが出来た。

 中にはヒロキを除いたお馴染みの隊員たちがそれぞれ寛いでいたり、資料を除いたり、端末に入力をしていた。

「おはようございます」

 ツバサは挨拶をする。

 フドウは、おう、おはようと言ってツバサに向かっていった。

「来て早々で悪いが、今からZEROに向かってくれないか? そこにヒロキもいるから」

 唐突だった。いつもなら、そのまま業務作業に入るはずだというのに。

「急ですね? 何か話があるんでしょうか?」

 フドウは、目を逸らした。

「さあな。だが、ミドリカワ教官直々の呼び出しだ。行って来い」

 フドウは、そう言って、一枚の紙を差し出す。急に言われたのだろう、文字が殴り書きになっていた。だが、読めないわけではない。

 明らかにフドウは何か知っている。だが、ここで追及することは出来ない。

 ツバサは、どういうことなのか理解できないが、言われるがままにZEROに向かった。

 

 訓練学校ZEROは、アンダーグラウンドと隣接されるように出来ている。

 雨天時でも訓練が行えるように、同じく地下に建造されている。

 様々な訓練が行えるこの施設では、TPCの特務部隊を目指す若き精鋭たちが日夜訓練に励んでいる。

 かのS‐GUTS隊員であったTPC宇宙開発局参謀コウダ・トシユキや、アスカ・シン、そしてフドウの兄であるフドウ・タケルも訓練学校ZERO出身だ。

 今や伝説的な人物も出たということで、入る倍率は年々上がってきているのだ。

 ツバサが訪れたのは、本教室ではなく、普段は使われない別館にある教室だった。

 行く道中、やはり訓練生とは誰とも会うことなく、そのままやってきた。

 中に入ると、ヒロキがガッツブラスターを整備して待っていた。

「よっ。時間通りに来たな」

「ヒロキ隊員……これは一体どういうことですか?」

「さあな。俺じゃなくて、姉さんに言ってくれよ。俺も朝方に姉さんから呼び出しを受けたんだよ。全く……いきなりだから本当は嫌だったんどな」

 まあ、俺が欲しくても変えなかった限定版ハネジローストラップをくれるって言うから……、とツバサに聞こえないようにぼそっと呟いた。

 しばらく待ってみると、マイが教室に入ってきた。

「ごめんごめん。ちょっと待たせちゃったかな」

 確かに少し遅刻している。ツバサは、大丈夫ですよ、と言って気遣うが、ヒロキは正直に言った。

「待ったさ。全く、自分から呼び出しておいて、遅刻はないだろ、姉ちゃん」

 姉弟だから正直に言えるのだろう。ツバサは、ホノカにあまり正直に言うことが出来ないだけに、何だか羨ましくなった。

「あーはいはい。ごめんね」

「別にいいけどよ。それよりもちゃんと持ってきたんだろうな」

「あるわよ。後で渡すから」

 二人で何かを話しているがツバサは気にしないでおいた。

「さて、ツバサ君。君に来てもらったのは他でもありません」

 マイは、ツバサの方に向き直して、ツバサの目の前に数枚の紙を置いた。

「これは……?」

「テストよ。ツバサ君ならすぐ終わると思うから」

「テスト?」

「ああ、後、テストが終わったら、昨日できなかった射撃訓練をやるから。ヒロキは、その監督役ね。やっぱりプロに見てもらうのが一番だと思うから」

 ツバサの質問を受け流し、次々と指示を出すマイ。ツバサは、一気に色々なことがおきたことで、頭が混乱していた。

 だが、とりあえずこれを解けばいいのか、と頭を整理させる。

 ミドリカワ教官のことだ。何か意図があるのだろう。じゃなければ、わざわざ呼び出さない。

 ツバサは、言われるがままにテストの問題を解き始めた。

 

 テストは一時間足らずで終わった。普通なら三時間かかる試験を、ツバサは難なくやってのけた。

 そして、そのままヒロキが監督をしながら射撃訓練を行う。

 的には命中するが、正確性はない。狙って撃っているのは分かるが、それでも何かなあ……とヒロキも眉をひそめる。

 射撃訓練が終わり、再び教室に戻る。

「うーん。聞いてはいたが、確かにあれじゃ、実戦だと外す可能性があるな。まあ、素人にしては上出来だとは思うが……」

 ヒロキの講評にツバサは、すみません、と言って謝る。

「いや、別に怒っているわけじゃないぞ? ただ、敵と一対一や一体多数になった時を考えると、あれじゃ生き残れないぞ。俺たちは、そういう状況にならないとは限らないからな」

 その時は、ティガになればいい、とツバサは言おうとしてがやめた。ヒロキの言っていることは最もだからだ。

「ヒロキ隊員は、射撃の名手なんですよね? TPCでもトップクラスの腕の持ち主だって。いつもどうやって撃っているんですか?」

 ツバサに質問に、ヒロキは頭を掻いた。

「うーん……どうって言われてもなあ。こういうのって説明しづらいんだよ」

「何となくでいいんです。ヒロキ隊員だって、最初は素人だったんでしょう? それからどうやって上達したのかだけでもいいんです」

 まあ、それなら……、とヒロキは言った。

「俺の場合、自衛隊で銃の撃ち方を学んだんだよ。ハンドガンやライフルだと少し違いがあるが、まあ、ガッツブラスターとかのハンドガンを例にするとだな……」

 ヒロキは実際にガッツブラスターを構えながら説明した。

「まず、利き手の親指と人差し指だ。指をしっかり伸ばして、Uのような字を作る。そしてグリップを高い位置で持つ。こうすることで撃った時のブレを減らして安定させることが出来る。もう一方の手は利き手を包み込むように持つ。支えている方の手を逆にレバーを引く感覚で自分の方へ持ってくる。こうすることで銃を安定して構えることが出来る」

 ヒロキは続ける。

「体は、両足を肩幅くらいに広げて両膝を軽く曲げて、上体を軽く前に傾ける」

 ヒロキは言葉通りにする。見る限り、想像しているものより格好悪い。

「そして、両腕は前へ突き出すように、胸の中心から真っ直ぐに押し出すようにして、顎を前斜め下に落とす。最後に肘を内側にねじりこんで腕を固める。これは銃の反動を抑え込むためにする。もし、銃の口径がでかい時は、反動を抑えると、肩を痛めるから肩の力は抜けよ。まあ、ガッツブラスターは反動面で自動的に抑えるように作られているから問題はないだろうがな」

 それって、とツバサは思い出す。

「アイソセレスタンスですか?」

「そうだ。射撃では一番スタンダードな型だな。まあ、広範囲に素早く撃ち込みたいなら、肘を伸ばさずに軽く曲げたままのモディファイドアイソセレスタンスっていうのがいいな」

 まあ、こういうことだ、とヒロキは言う。

「最初は色々説明を受けて、言葉に従ってやってみたよ。こうすれば出来る、ああすれば出来るって言われてそうしたさ」

 だがな、とヒロキは続ける。

「うまくいかないんだよ。素人だからっていうのもあるだろうが、基本形を言葉で聞いて百パーセント出来るなんて誰も思っていなかった」

「それで、どうやってうまくなったんですか?」

 ツバサが聞くと、ヒロキは、一言で答えた。

 

「全部忘れた」

 

「えっ?」

「忘れたよ。説明を何もかも」

 これ以上ない簡潔な答えだった。

 説明を聞いて実践したのに、うまくならなかった。だからうまくなるために忘れた。それでは始まりに戻ったに過ぎないじゃないか。

 ヒロキは、言い換えるとだな、と説明した。

「要は、自分のやりやすいフォームを探したってことよ。基本を全て捨てて自分で色々な型を編み出しては試す。体で覚えるってやつだよ」

 体で覚える……。ツバサは呟いた。

「そう。俺は説明云々でうまくいくとは思わないって考えているんだよ。ああ、別にツバサを批判しているわけじゃないぞ? ただ、俺には頭で考えて動くのは苦手ってだけだ」

 ヒロキは、また銃を構える。撃つふりをしながら言った。

「全部感覚なんだ。体が撃つ感覚を覚える。それが俺に向いていたんだ。型にはまらない自分なりの撃ち方を覚えて、ただひたすら練習した。それが今の結果なんだよ」

 ヒロキの言い分は分かった。だが、ツバサは納得がいかない。何故なら、自分はそれで成功した試しがないからだ。

 ヒロキは、ツバサの肩に手を置いた。

「人の真似ごとじゃ上手くはならないよ。こういうのは得手不得手があるからな。ツバサの場合は感覚で覚えるタイプじゃないってことだ」

「どういうことですか?」

 ツバサが尋ねる。ヒロキは微笑みながら言った。

「ツバサは俺と対極的なタイプってことさ」

 ヒロキは、そう言ってツバサから離れる。俺は、先に司令室に戻っているよ、と言って教室から出ようとする。

「待ってください! まだ意味が分かりません!」

 ヒロキは人差し指を自分の口元に置いて言った。

「これ以上は言えないな。後は自分で考えてみろよ。答えを探すのはツバサの得意分野だろ? こんなの難しい計算問題を解くより簡単だぜ」

 ヒロキはそう言って、教室を出た。

「……全然わからない。一体、何が僕に必要だって言うんだ?」

 ツバサは呟く。

 答えが出ないままツバサは、頭を抱えた。ただ、分かったことは、ヒロキはミドリカワ教官の弟だ、と改めて認識することが出来たくらいだ。

 そして、ヒロキと入れ違いでマイが入ってきた。

 

   *

 

 ヒロキが教室から出た。

「あれ? 帰るの?」

 マイがいくつかの書類を抱えていた。

「ああ。ずっといても、ツバサを混乱させるだけだしな」

「そう言って、しっかりとアドバイスしているじゃない」

 ああ、とヒロキは言う。

「あんなのアドバイスにもなんないよ。むしろ殆ど答えを言っているようなものさ。でも、ツバサは何にも分かっていないようだったが」

 あれが、ツバサの弱点なのかもな、とヒロキは言った。

「でも、すぐに分かると思うわよ。実戦をすれば、明日にでも」

「そうだな。あいつの悩みは自分の型を見つけられていないだけだ。見つければ、かなりのものになる。それこそ、マリナ隊員と張り合えるくらいに」

 マイはにやにやしながら言った。

「ずいぶんと気にかけているんだねー」

 まあな、と言ってヒロキは微笑んだ。

「出来の悪い弟を持った感じだな。姉ちゃんもこんな気持ちだったのか?」

 ヒロキは尋ねた。だが、マイは笑いながらヒロキの頭を撫でた。

「違うよ。かわいい弟を持って鼻が高いって感じ」

 マイの返答にヒロキは度肝を抜かれる。顔を伏せて顔を赤らめた。

 そして、すぐさまマイの腕を払った。

「……やっぱ姉ちゃんはつかみどころが分からないや」

 ヒロキはそう言って、廊下を歩き出す。

 

「ああ、ヒロキ隊員! お久しぶりです」

「お久でーす!」

「おお、ヒカリちゃんとカリナちゃん! 久しぶりだなー。今から訓練か?」

「今からフライトシミュレーションなんですよ。今日はお姉さんに会いに来たんですか?」

「んなわけないだろ。出来の悪い姉を笑いに来たのさ」

「またまたー! 何だかんだ言ってお姉さんのこと大好きなくせにー!」

「何だとう! 俺が愛するのはハネジローだけなんだよ!」

 

 マイは遠巻きにヒロキを見つめる。

 立派になった弟を見つめると、ツバサもああいう風になってほしい、と心から願っていた。

 そして、扉を開けた。

 

   3.

 

 司令室に戻ったツバサは、どっと、椅子に座り込んだ。今までの疲れが全て出てしまったのか、これ以上ない溜息を吐いた。

 まさかこんなことになるなんて……、とツバサは呟いた。

「お疲れ。どうだった? 何か言われたのか」

 フドウが、ツバサの両肩を後ろから掴んでいった。

「何かって……知っていたくせに……」

 フドウは、にやにやとして何も答えなかった。

 

 ツバサがマイから言われたこと――それは、あれを持ってツバサ専用の短期プログラムを終了するということだった。

 本来なら、数年かかるプログラムをマイが再構成し、二か月ほどで終了させるものだったが、さらにそれを短くして二週間足らずで終わることを言われたのだ。

 最初は納得いかなかったが、マイは、これが当然のように言った。

「卒業テスト――座学は完璧で実戦は合格ラインを一応いっている。全部合格しているのに、留める理由がないわよ」

 ですが、とツバサは言おうとするが、マイの言葉で遮られる。

「後はさっき言った答えね。それさえ見つければ実戦でも問題はないよ」

 そう言われて、ツバサは司令室に戻ってきたのだ。

 

「何ぐったりしてるのよ。そんな態度で、もし今襲撃が起きたらどうするの? 臨機応変に対処するなんて出来っこないじゃない」

 マリナが横から割って入ってきた。相変わらずの嫌味だ。この人はあまり苦手だ。

 フドウは笑いながら言った。

「まあまあ、そう言うな。今しがたまで訓練学校の卒業試験を受けて合格してきたばっかなんだから、むしろ祝ってやれよ」

 フドウが、そういうと、マリナを除いた隊員たちがおお、と言いながら拍手した。

 マリナは、はあ? と驚いた顔で言った。

「卒業試験? 合格した? あんたそれ本当なの」

 迫ってくるマリナにツバサは、気負いになりながらも答えた。

「は……はい。テスト、とか言われて、言われた通りにテストをしたら、あれが卒業試験だったって言われて……」

 マリナは、そんな馬鹿な、と言いたいようだった。

「あり得ない……あり得ないわ! だって、あれは数年かかって学んでいくものなのよ! 

 隊に入る倍率は、何十倍なのよ! 試験を合格するにだって、何十人かに一人の割合なのに……それをいとも簡単に?」

「ま……まあ、座学は簡単でしたけど……でも、実践は平均点って言われました」

 マリナ隊員には敵いませんよ、とツバサは言った。

「ほう。実戦でも平均点をとったのか。それはそれですごいな!」

 シンイチが言った。

「そんなにすごいんですか?」

 ツバサが聞く。

「ああ。普通は何年も訓練してそのくらいになるんだが、ツバサは、銃もろくに握ったことがないんだろ?」

 はい、とツバサは頷く。ここまで聞けば、ツバサも何が言いたいか分かった。

「ツバサは、天才の部類に入るんだろうな。まあ、この隊にはそれぞれの分野で天才はいるが、君みたいにオールラウンダーで天才は滅多にみないな」

 シンイチがそう言って笑う。

 その横でマリナは、歯ぎしりを噛んでいた。

 ツバサをちらちらと横目に、イライラしているようだった。

 ツバサは、マリナに気づかれないように彼女を見やる。どうして自分にあたってくるのだろうか? 自分が何か気づかない所で彼女を傷つけてしまったのだろうか?

 だが、それでも気遣うことはしない。それはツバサのプライドだった。ここでマリナに従えば、何だか自分にも負けた気がするからだ。

 フドウは、ははは、と笑いながら話を締める。

「まあ、何がともあれ、ツバサは正式にS‐GUTSの隊員になったということだ! それを大いに喜ぼう」

 わー、とマリナを除いて拍手が送られる。

「よかったねー。これで本当に一緒にお仕事出来るねー」

 エミが拍手をしながらそう言った。

 ツバサは頷いた。少し照れくさい。

 そして、拍手が止むと、フドウが、また口を開いた。

 

「さて、ツバサ。正式に隊員になったところで悪いんだが、お前に任務がある」

 

 えっ? とツバサは口を開ける。あまりに唐突だったためか、自分でもどんな顔をしているのか分からない。

「まあ、いきなり言われたらそうなるでしょう、隊長」

 ヒロキが言った。

 フドウは、そうかそうか、と笑いながら言う。

 そして、事のあらましを説明した。

 

 それは、C県F市に住む人からの連絡だった。

 昨夜の小さな地震の後に、突如怪獣の鳴き声を聞いたのだという。

 鳴き声は、今まで聞いたことのないもので、明らかに無機物の音ではなく、動物が叫んだ声だと相手は言っていたのである。

 声は市全体に響くほどの大音量で、すでに床についている人を飛び上がらせるには十分すぎるほどだったという。

 人々は起きて、外へ飛び出した。そして、声のする方へ目を光らせる。

 するとそこに、山があったのだ。

 大きな岩山――だが、そこに岩山はなかったはずだ、と誰もが思ったらしい。そこには台地があったはずだ、と。

 そして、その岩山は地面にも繰り込むように下がっていったという。ずずず、と大量の土砂が落ちていく音と共に、岩山は地中へ潜っていったのだ。

 

「……まあ、とにかく、ツバサには怪獣の鳴き声の正体を調査してもらいたい」

 フドウが説明を終えると、ツバサはうーん、と唸る。聞きながらメモを取っていたのだ。

「情報が曖昧すぎますね。でも、怪獣だっていう証拠はないけど、現象としては怪獣が地面に潜ったと想像できます」

「まあ、それを含めて調査してもらいたいということだ。まあ、これがツバサの隊員としての初任務にして、俺からの最終試験だと思ってくれてもいい」

 なるほど、とツバサは答えた。最後の言葉は思い付きで言った感じが拭えないが、初任務という響きは嫌いじゃない。むしろやる気が出る。

「分かりました。行ってきます」

 ツバサは立ち上がる。もしかしたら、スペリオルを操縦できるかもしれない――ツバサは密かに楽しみにしていた。

 だが、次のフドウの言葉がツバサの望みを打ち砕く。

 

「ああ、ちなみにイチカと一緒に行ってもらうからな」

 

 その言葉の後、ツバサとマリナは一斉にフドウに顔を向けて、はあ!? と声を荒げた。

「何を驚いているんだ?」

 フドウはツバサたちの気持ちが理解できていないらしい。

「驚きますよ! 何であたしがこいつと一緒に任務に就かないといけないんですか! こいつの任務でしょ? 一人で行かせてくださいよ!」

「いやあ、だってなあ……」

 ツバサもマリナに同意した。

「僕も反対ですね。これから調査するというのに、彼女に横やりでも入れられたら調査もへったくれもないですよ」

 ツバサがそう言うと、マリナは、今度はツバサに牙を向けた。

「何よ、その口の利き方は! 随分思い切ったこと言ってくれるじゃない」

「別に何も間違ったことは言っていませんよ。お互い嫌なんだから、そこは同意してもらわないと。むしろ、マリナ隊員の意見に賛同したんですから、責められることはないですよ」

「何ですって!」

 二人が睨みあう。目に見えていないが、火花が散っているような気がする。フドウは溜息を吐く。それ以外の隊員たちはほほえましそうに二人を見つめていた。

 フドウは、何とか止める。

「まあ、落ち着けって。ツバサは自分の任務を監督してくれる上司が必要だし、マリナは自分のリーダーシップ能力をテストする必要がある。だから、この人選にしたんだ」

 フドウが、そう説明すると、理屈は分かりますが……、とマリナが言った。ツバサも同意する。

「でも、それだったら隊長が監督すれば……今までだって隊長がこいつのお守りだったじゃないですか」

 マリナが意見するが、フドウは、そうもいかない、と言った。

「俺とシンイチはこれから会議でな。エミとヒロキは司令室の留守とソフト開発で手一杯でな。で、消去法でマリナしかいないってわけ」

 かなり単純で投げやりな理由だった。だが、フドウの言葉なのか何故か納得してしまう不思議な感覚があった。

「まあ、とにかくこれは隊長命令だ。きちんと任務を遂行して来い」

 フドウはツバサとマリナを送り出した。

 

   4.

 

 ツバサの訓練もかねて、という理由からガッツイーグルには乗らずに代わりにガッツイーグルスペリオルの量産型訓練機に乗ってC県まで行くことになった。

 ツバサが操縦し、マリナがそれを監督するという形だ。

「言っておくけど、シミュレーションとは違ってGがかかるから、それだけは気を付けてよね。言わないと多分、あんたぺちゃんこになって踏み潰れているわよ」

 また嫌味だ。だが、ここで反論すると止まらない。フドウもいないのだ。ここは癪だが、折れるしかない、とツバサは思った。

 忠告感謝します、と一言言う。

 スペリオルが発射するハンガーにたどり着く。徐々に外が見えてくる。

 そして、指示に従い、ツバサは、シミュレーションで覚えたことを活かし、ツバサはスペリオルを発進させた。

 多少のGがかかるが、ツバサには何ともない。多分、人間が潰れるだろうGがかかっても生きていられる自信がツバサにはあった。

 

 C県F市。

 春になれば桜やツツジにあふれる自然と伝統に彩られた街だ。

 人口は約五万人。

 その昔、かの日本武尊の物語で、海神の怒りを鎮めるために海に身を投じた弟橘姫の来ていた着物の袖――布流津が海岸に流れ着いたことからその市の名前が付いた。縄文、弥生にかけての遺跡や古墳の発掘や源頼朝が平家敗走時に訪れたなど、歴史をたどればより深い所までたどり着くことが出来る。

 ツバサたちの乗ったスペリオルは、開けた台地に着陸した。ここから現場までは、すぐ近くだ。

 マリナが先導するように向かう。ツバサは、必要になるだろうと、機材を入れた大きめのバッグを担いて後をついていく。

 ツバサたちは、指定された場所へ向かう。途中で、市民だろうか、様子を見に来ていた人たちとすれ違った。

「ああ、あんたたちはS‐GUTSの人たちか?」

「ええ。そうですけど……」

 ツバサが答える。

「あれ? さっき専門家の人たちが来ていたから、彼らかと思ったんだが、あれは一体誰だったんだろう……」

「この先に怪獣の鳴き声が聞こえたという場所があるんですか?」

「ああ。そうだよ。そりゃ大きな泣き声だった。俺の親父があまりの五月蠅さに、近所の仲の悪い昔馴染みのばあさんの仕業かと思って、喧嘩しに言ったくらいだ」

 はあ、とツバサは言う。最後はどうでもいい話だ。

「まあ、専門家とS‐GUTSなら解決も早いか。だったらなるべく早く解決してくれよ。もう親父を止めるのは限界なんだ」

 そう言って、去っていく。

「あたしたちの他に現場に入った人がいるっていうの?」

 マリナが呟く。

「このあたりにTPC職員が在中しているという話は、聞いたことがありませんね」

 もしかしたら、誰かが好奇心で調査しているということか。明らかにそれは、現場の状態を壊す違法行為だ。

 とにかく急がなければ。ツバサたちは足を速めた。

 

 現場は平たい台地だったが、その面影はもう無い。

 台地は、まるで削り取られたかのように大きなクレーターのような穴となっていた。

 所々に穴があり、その深さは場所によって違う。

 深いもので二十メートル以上から浅いもので一メートル弱のものまで色々だった。

 これだけ見れば、怪獣が潜ったと考えるのは妥当だ。

 早速調査しなければ、とツバサとマリナは浅い穴を探す。深いものは調査するには相応しくない。

 一メートルぐらいの手頃な穴を見つけた。ここなら、調査も楽だろう。

 だが、そこには先客がいた。

 白衣を着た男だった。ツバサたちよりも一足先に穴の中に入って何かをしていた。後ろ姿でしゃがんでいる。その先はよく分からないが、何かがあるのは分かった。

 恐らくさっきの人が言っていた『専門家』と言うのはこの人のことだろう。

 ここは、どう言って退散してもらおうか、とツバサが考えていると、マリナが前に出て威圧するように言った。

「すみません。ここは、立ち入り禁止ですよ。部外者はここに入らないでもらえないでしょうか?」

 マリナの声に驚いたのか、一瞬肩をびくっとさせた。そして、ツバサたちの方へ振り向く。

 三十代くらいの男だった。顔はそれなりに整っている。白のワイシャツに、だらけたネクタイ――会社員には見えなかった。

「ああ、すみません! 駄目だとは分かっていたんですけど、居ても立っても居られなくなって……」

 男は、慌てて何かを拾い始めた。それらをバッグに詰め込む。

 工具や理科で使う小型の実験用具が一瞬だがツバサには見えた。

 もしかしたら、とツバサは思った。

「すぐに退散します! ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 男は立ち去ろうとした。だが、ツバサは止めた。

「すみません。ちょっと待ってください」

 去っていこうとする男は、足を止めてツバサの方に顔を向けた。

「はい?」

「ツバサ……?」

 マリナが不思議そうに呟く。

 ツバサは、前に出て男に尋ねた。

「その鞄に入れたもの……実験用具ですよね? もしかして、ここから何か採取したんじゃないんですか?」

 男は、驚く。

「ちょっと待って! それって本当?」

 マリナも驚いて、穴の方を見やる。

 穴の底は黒と白の半々の大きな岩の表面が見えるだけだった。特に荒らされた形跡は目測では見られない。

 だが、ツバサは確証があった。

「あの……もしかして、駄目でしたか?」

 男は尋ねる。

「まあ、駄目と言えば駄目なんですけど……でも、それを没収する前に、少しだけお話を聞かせてもらえないでしょうか?」

 話ですか、と男は尋ねた。

「はい。もしかして、あなたは科学者なのではないですか?」

 えっ……、と男は口を開けて驚いた。

「科学者? この人が?」

 マリナが尋ねた。

「ええ。実験用具を持った白衣の人――コスプレしただけの人には見えません。雰囲気が違う」

 それに何より、とツバサは指をさした。

「白衣にネームプレートがあるじゃないですか」

 男は思い出したように胸にあったプレートを見やった。

「ああ……あはは。確かに、推理するほどでもないですね」

 男は、堪忍したように笑った。

「お話聞かせてもらえないでしょうか?」

 ツバサがもう一度尋ねる。

 男は、今度ははい、と笑って答えた。

 

「私は、こういう者です」

 穴の前で男は、自分の名刺をツバサに渡した。

「E大学地質学部鉱石研究科助教授 ナリオ・ヒデフミ教授……?」

 ツバサが名刺を読み上げる。

「はい。そこで地質と鉱石に関する研究をしています」

 なるほど、とツバサは言った。

「それで、助教授さんはどうしてここに?」

 マリナが聞いた。

「ああ、はい……ツバサさんと、えっと……」

「イチカです」

「ああ、そう。イチカさん。すみません」

 いいえ、とマリナは言った。だが、少しいらついているように見えた。

「昨日の鳴き声の騒動の際に、丁度近くで地質調査をしていたんです。その後、避難したんですが、今日になって気になってきてみたら、こうなっていまして……それで……」

 なるほど、自分で調べてみようと思ったわけか、とツバサは思った。

「これは私の分野にあたりますから、何か分かるかもと思ったんです」

 ツバサは、ナリオの言葉に導かれるように、彼が調べていた穴に入っていった。

 さっきも見たが、穴の底に白と黒の半々の岩が若干突起していた。岩の色がまじりあっているのは別に何とも不思議ではないが、これは違った。

 綺麗に白と黒で半々になっているのは不思議で仕様がない。

 ツバサは、肩に背負っていたバッグを降ろし、機材を取り出した。

「なにそれ?」

 マリナが穴の上から聞いた。

「測定器です。隊長の話を聞いてもしかしたら、と思って持ってきたんですけど……やっぱり正解でした」

 測定器は、小型の箱型で、そこから一本の線が伸びていた。先端は金属が飛び出していて、そこから対象物のデータを読み取る仕組みだ。

 ツバサは、岩の黒い方に金属をつけてみた。

「なんだこれは……」

 測定器に記されている磁力のメーターがカンストしたのだ。

「ちょっと、計測不能になっているわよ。っていうか、これ磁力あるの?」

「自然界において、鉱石には微量ながら磁力を帯びているものもあります。でもこれは、おかしい。明らかに強すぎる」

 ツバサは念のためにW.I.T.を取り出す。適当に誰かと連絡を取ろうとするも、電波が遮断されている状態だった。

「通信回線を遮断させるほどの強い磁力……こいつは一体……」

 ツバサは、岩の正体を探るために、岩の正体を識別した。

 測定器に結果が表示される。

 

 SEARCH MODE START

 DATA CHECK……100% CONNECT

 

 ……SiO2 : 45.4

 ……TiO2 : 3.00

 ……Al2O3 : 14.7

 ……Fe2O3 : 4.10

 ……FeO : 9.20

 ……MgO : 7.80

 ……CaO : 10.5

 ……Na2O : 3.00

 ……K2O : 1.00

 

 ALKALI

 

 ……MATRIX

 ……XY(Si, Al)2O2 SEARCH:PYROXENE

 ……NaAlSi3O8‐CaAL2Si2O8 SEARCH : PLAGIOCLASE

 

 CONCLUTION : ALKALI BASALT

 

「輝石と斜長石を含んでいるな……これは玄武岩か」

 ツバサが測定器に表示されている文字を見てそう呟いた。

「玄武岩?」

 マリナが聞いた。

「中学とかの理科で習いませんでした? 溶岩が冷えて固まった鉱石のこと」

「ああ。そう言えばやったわね。理系は平均点だったからあんまり覚えていないのよね」

 と、マリナは呟く。

 ほう、とナリオが口を開いた。

「詳しいんですね。もしかして地質学とかに興味があるのですか?」

「まあ、ありますね。というより勉学に関することなら何でも、と言った方がいいかもしれませんね」

 と、ツバサが返答すると、ナリオは、素晴らしい、と評価した。

「ということは、この近くで溶岩が固まったってことなのかしら」

 と、聞いた。

「いや、違いますね」

 ナリオが否定した。

「違う?」

「ええ。地中近くにマグマがある場所ではないですから、こんな浅いところで玄武岩が見つかる筈がないんです」

 なるほど、とマリナは言う。

「でも、もっとおかしいのは、これです」

 ナリオは、白い方の岩を指さした。

「あれですか?」

 ツバサが尋ねると、ナリオは、はい、と言った。

「こっちもマグマが固まって出来たものなら、あっちもそうなんじゃないかしら」

 マリナがそう言った。

「そうですね。それは確かに正しいんですが……でも、それでもこれはここにあってはいけないものなんです」

 ここにあってはいけないもの……と、マリナは復唱する。ナリオの言いたいことは、ツバサには何となくだが予測がついていた。

「まずは、この岩も測定器で計測してみましょう」

 ツバサは、そう言って、今度は白色の岩に計測器を付ける。

 やはり、磁力を表すメーターがカンストする。

 まあ、多分そうだろう、とツバサは予測していた。だが、問題はこの後だ。

 

 SEARCH MODE START

 DATA CHECK……100% CONNECT

 

 FIND OUT

 ……SiO2 : 76.83

 ……TiO2 : 0.044

 ……Al2O3 : 12.47

 ……Fe2O3 : 0.33

 ……FeO : 0.57

 ……MnO : 0.016

 ……MgO : 0.037

 ……CaO : 0.70

 ……Na2O : 3.54

 ……K2O : 4.71

 ……P2O5 : 0.002

 ……H2O+ : 0.33

 ……H2O- : 0.12

 

 CONCLUTION : GRANITE

 

「え……?」

 ツバサは、表示された文字を見て絶句した。

「そんな馬鹿な……」

 マリナは画面をのぞき込む。ツバサが表示された文字を見て絶句している理由がよく分からなかった。

「花崗岩じゃない」

 マリナが呟いた。

 ツバサは、マリナの方へ顔を向けた。

「英語分かるんですか?」

「まあ、一応ね。訓練学校に入る前まではイギリスにいたから」

 それは初耳だった。ツバサも英語に関しては、本を読んで辞書で調べまくったおかげでそれなりに自信はある。だが、恐らく完全な会話に関してはマリナに劣るだろう、とツバサは思った。

 見た目では何が得意かは分からないものだ。

「それで、花崗岩って専門的に読めるけど、これって何なの?」

 マリナは聞いた。

 ナリオが答える。

「深成岩の一種です。地中深くのマグマが時間をかけて冷えて固まった岩のことです」

「じゃあ、こっちの玄武岩と一緒というわけ?」

「大雑把に分ければそうなりますが、細かく分ければ違うものです」

 ふーん、とマリナは呟く。

「よく岩に地名が彫られた縦長の石が設置されているのを見たことはありませんか? ああいうのに使うのがこの岩なんですよ」

 ああ、とマリナは完全に納得した。綺麗に研磨され、文字が彫られた趣がある石の表札か、とマリナは思い出す。

「それで、花崗岩がここにあることで何か分かるの?」

 マリナは聞いた。

 ツバサは冷や汗をかいている。ナリオの言いたいことが完全に理解していたのだ。

「マリナ隊員。花崗岩がここにあることで何かが分かるんじゃないんですよ。彼が言いたいのは、花崗岩がここにあること事態が問題だということなんですよ」

 花崗岩がここにあることが問題――マリナはその言葉の意図を掴めなかった。

「意味が分からないわ。岩なんてどこにでもあるものでしょ? どうしてこれがここにあっちゃいけないわけ?」

「証拠をお見せします」

 今度は、ナリオが口を開いた。

 ナリオは自分が持っている端末を取り出してあるものを検索した。

「これを見てください」

 ナリオはマリナとツバサにあるデータを見せる。

「これは、毎年更新されている――各都道府県にある鉱石の分布図です」

 マリナは画面をのぞき込む。こんなのが、毎年作られているんだ、と感心した。

 ナリオは、そして、と呟きながら端末を更新する。

 出てきたのは新しい分布図だ。

「これが花崗岩の分布図です。これを見て何か分かりませんか?」

 マリナは分布図を観察する。だが、それは観察せずとも、簡単に答えが分かるものだった。

 それを見て、マリナは一瞬でツバサとナリオが驚いていたことを理解した。マリナも絶句した。

 

「C県に花崗岩が分布していない……!」

 

 そう。

 その都道府県にその鉱石が存在する場合は、分布図に赤い点で示される。

 分布図を見ると、他の都道府県には花崗岩の分布が多数見られるのに対して――。

 C県には一つとしてその点がないのだ。

 まるできれいさっぱり――そこだけ取り除かれたように。

「どうして? どうしてこうなってるの?」

 マリナが困惑している。

 驚くのも無理はない。まるでマジックのようなものだ。

 だが、これは紛れもない事実だ。

 ツバサは、理由を述べた。

「簡単な理由なんですよ。深成岩が形成されるのは活火山がある場所だけなんです。要は、火山の下に深成岩があるということになるんです」

 うん、それで、とマリナは尋ねる。

「このように赤い点に花崗岩があるということは、そこに火山が存在するということを意味しています」

 つまり、とツバサが言うと、マリナはようやく理解した。

 

「C県に火山がない……?」

 

 ご名答、とナリオが変わって言った。

「不思議なことにね。C県には活火山が一つとして存在しないんです。他の都道府県にはただの山だと思ってもそれが火山だという山はいくらでもあるのに、ここにはそれがない。ただの山はただの山。マグマを溜めているどころか下にあるのは土砂だけです」

 ツバサはナリオに続くように説明する。

「下にマグマを溜める火山がないということは、深成岩が形成される可能性はゼロだということです。外から流れたマグマが固まって火山岩が形成されても、地面の下にマグマを溜める場所がなければ深成岩は形成されないんです」

 不思議なものなんですよ、とツバサは締めた。

「でも、その花崗岩がここにある……」

 マリナは言った。

 ツバサとナリオが考えていたことはそこなのだ。無論、おかしい点はそれだけにとどまらない。

 例えば、玄武岩と花崗岩がどうして一体化してここにあるのか、そもそもこの岩はどこから来たのか、など上げればきりがない。

「簡易的な調査では、限界がありますね。見たところ、むき出しになっている岩の大きさからみて、地中にはこれ以上の大きなものがあるかもしれない」

 ナリオは言った。

 確かにそうだ、とツバサは思った。

 無数の穴の中の一番浅い場所の岩を調べたところで何も分からない。ここは研究チームと必要な機材を揃えないと、フドウから与えられた任務は達成したとは言えない。

 ツバサは、ナリオの名札を見る。そして、あることを思いついた。

「もしよかったら、僕らと一緒にこの岩の調査に協力してもらえませんか?」

 ツバサの突然の提案にマリナはおろかナリオも驚いた。

「ツバサ!? あんた何馬鹿なこと言っているの?」

 マリナはツバサの袖を引っ張った。

「彼は部外者なのよ! それなのに一緒に調査するってどういうことよ!」

「彼がここにいたのは偶然だったとしても、僕らにしてみればまたとないチャンスです。鉱石の専門家なら、僕らの調査の中に多角的な意見を取り入れることが出来る。そうなれば、答えに近づくことが早く、正確になるはずです」

「でも! 機密情報だってあるのよ! それを見せるわけにはいかないじゃない!」

 ツバサは、はあ、とため息を吐く。

「では、こうしましょう。本部と調査機関をそれぞれ設置して距離を置きます。調査機関は、本部より後方に置き、本部が採集してきたものを調査する。調査機関はここに立ち入ることはせずに本部が持ってくるもののみを調べる。ナリオさんは、その調査機関に入れて一緒に調査をさせる。これで文句ないでしょう?」

 ツバサの提案にマリナは、少しの時間考えた。こんな回りくどい方法は、本当は取りたくない。むしろ周りからどうしてこんな方法を? と疑問に思われるかもしれない。だが、マリナを説得させるには、今はこれしかない。

 マリナは、しばらく考えたのち、ようやく口を開いた。

「……それでいいわよ。部外者を入れるのは癪だけど、あんたがそう言うなら従うわ。後輩の提案を全部却下するほど頭は固くないからね」

 十分固い、固すぎる、とツバサは言いたかったがそれは心にそっとしまっておく。

「……というわけです。ナリオさん、お願いできますか?」

 ナリオは力強く頷いた。

「では始めましょう。まずは、この磁力から外に行かないと。通信が出来なければどうにもなりません」

 

   5.

 

 TPCの調査チームとナリオ助教授の共同調査の下、数時間で調査の算段は整った。

 ツバサの提案通り、万が一に備えて防衛チームと数人の科学者で構成された本部と、ナリオらと共に鉱石の調査を担当する調査機関の二部で構成された。

 現場は危険が伴うため、本部は現場から少し離れた場所に置き、その後方に調査機関が設置された。

 音波により地下に埋まった岩の全体像を確認する。すると、岩は大体七、八メートルほどの大きさがあるのではないか、という結果が出た。

 ツバサは、本部のチームと共に作業を見守った。

 やるべきことは掘削作業だ。岩を崩さないように周りを掘削しながら、岩の全体像を確認する。

 岩の掘削には数時間を有した。

 巨大ということもあったが、何より周囲の地盤に何等かの影響がないかが一番の不安だったのだ。

 所々の穴から察するに、地下には空洞がある可能性が高かった。

 だが、ツバサの予想はいい意味で裏切られた。地盤沈下による被害はなく、掘削は無事成功した。

「掘削成功です」

 職員が言った。

 ツバサは、それらを覗く。

「これは大きいですね……」

 岩は想像していたものより壮大だった。

 全長で八メートル弱。花崗岩が主だが、所々で玄武岩が混じっている。

 丸い岩ではなかった。所々でこぼこしているが、L字型になっていた。

 見る限り、自然にこういう形になったとは言い難い。L字の曲がっている部分は、ほぼ直角になっていた。

 人工的なものか、と問うたらそれはどうだが分からない、と答える。もしこれが人工的なものなら、今まで地盤沈下も起こらずにここにあり続けた理由を探らなければならない。

 ツバサは、職員がかけた梯子で穴を降りる。そして、他の職員が集まっている場所に近づいた。

 岩が眼前に見える。最初のむき出しのものより遥かに巨大なのが分かった。

「お疲れ様です」

 職員が言う。

「何か問題がありましたか?」

「ええ。これを見てください」

 職員が指をさす。

 そこは、L字型の短い方の部分だった。端の方が半月上に欠け、さらにそこから粘液のようにねっとりとした液体が垂れているのだ。

「何なんだ、これ……」

 ツバサは、測定器で毒物かどうかを計る。測定器は毒性ではないと答えた。

 ツバサは、ポーチから容器を取り出して液体と半月に欠けた断面を削って採取する。そしてさらに、半月に欠けた部分を観察した。

 綺麗に半月上に欠けてはいなかった。均等に凸凹上になっていた。何か凸凹の固いもので砕かれたのか、それとも切られたのかは分からないが、掘り出さなければ絶対に見つかるはずのない大きな手がかりだった。

 ツバサは端末で写真を撮る。

 用意は整った。

 ツバサは、後方で待っているナリオとマリナのもとに急いだ。

 

 ナリオはそわそわした状態だった。

 ツバサがやってくるのを見ると、今か今かと待ちわびていた。

「どうでした?」

 物凄い剣幕でツバサに迫る。ツバサは一歩引きながらも冷静に答えた。

「予想していたよりすごい収穫でしたよ」

 ツバサはナリオを連れてテントの中に入る。マリナはその後に続いた。

 ツバサはまず、写真を見せた。

「何これ? 自然にこういう状態になったってあり得ないわよね」

 マリナが最初の感想を言った。

「確かに。凸凹で半月とはいえ、半月が乱れていないし均等です。明らかに自然のものとは思えない」

 ナリオはそう言うと、あることを予想した。

「もしかして、これが怪獣の鳴き声と関係があるのでは?」

「怪獣の?」

 マリナが言った。ツバサはそれを聞いて納得した。

「可能性は充分にありますね。この半月の部分が、怪獣が噛み砕いた部分であると考えると、昨夜の怪獣は岩に咬みついて、何等かの理由で鳴いたと考えるべきなのかもしれませんね」

 と、ツバサが予想する。

「理由って何よ」

 と、マリナが聞いた。

「それははっきりとは分かりませんが……たとえば、最初に岩を噛んだ時に固くて鳴いてしまったとか」

 ツバサはその場で思いついた予想を言う。

「なんだ。結局何も分からないってことじゃない」

 と、マリナはまた皮肉交じりに言う。ツバサの眉間が歪んだ。

「まあ、とにかく写真からでは億足しか飛びません。何やらもう一つ面白いものがありそうですね」

 ナリオがツバサのポーチを見て言った。

「さすが鋭いですね」

 ツバサは、ポーチから容器を取り出して見せた。

 一つは半月に欠けた岩の断面を削ったもの。もう一つは断面から零れ落ちていた謎の液体だった。

「何それ、気持ち悪い」

 マリナが正直に言った。

 確かに初見では気持ち悪い。それはツバサも同意した。

 だが、ナリオは興味津々に液体を覗いた。

「ほう……これは新しい……岩から謎の液体が漏れだすなんて……」

「一応毒は無いのでそのまま調べられると思います」

 ツバサは、容器をナリオに渡した。

「どうも。TPCの研究チームと一緒にやればすぐに解析できると思いますが……」

 ナリオは何か引っかかったように言った。

「どうかしたんですか?」

「ああ、いや別に」

 と、ナリオははぐらかした。

 そして、突然だった。

 テントの布が開け広げられると、そこから見慣れた姿が現れた。

「どうだ、うまくやっているか?」

 フドウだった。

「隊長、お疲れ様です」

 ツバサが言う。

「報告は一通り聞いた。通信が出来ないというのは厄介だが、口頭伝達出来る範囲の調査なら問題はないだろう。後は好きにやって構わないぞ。俺は、これからヒロキとシンジョウと共に前線の本部に顔を出すが、お前らもどうだ?」

 フドウが、二人にそう提案する。

 マリナは、是非、と即答したが、ツバサは答えを詰まらせた。

 マリナは、まさか、とツバサを見る。

 しばらくの間考えた末、ツバサは答えを出した。

「街に行ってもいいでしょうか?」

 ふむ、とフドウは言う。マリナは驚愕する。街に行くということは、まだツバサと同行しなければならないということだ。

「ちょっと、どういうことよ!」

 マリナが叫ぶが、フドウは気にせずツバサに聞いた。

「何か調べたいことがあるのか?」

「街の人の意見も聞きたいんです。この騒動についてどう思っているのか」

 なるほどな、とフドウは言う。

「分かった。そう言うならやってみろ。マリナには悪いがツバサについてもらうぞ」

 フドウはそう言って、テントを去る。マリナは、ツバサと二人になった途端に肩を落とした。

「何でよ……何であんなこと言いだしたのよ……」

 そりゃ、こっちだって嫌ですよ、とツバサは本音を言いたかったが、一人で行動することをフドウは許してくれないだろう。

「まだ調べたいことがあるんです。マリナ隊員にも先輩としてご同行願えないでしょうか?」

 ツバサは、皮肉を返した。

「この……! でもどういうことよ。後は教授の結果待ちでしょ。これ以上何を調べようっていうのよ」

 マリナが聞く。

「少し……気になることがありまして……」

 と、ツバサは答えた。

 ナリオが何かに引っかかったような言動――それはツバサも後々で、もしや、と思う部分に気づいたのだ。

 何か足りない、何か一つ隠されているような気がしてならないのだ。

 確証はないが、これからの調査次第でもしかしたらそれが真実になるかもしれない。

 

 街中で怪獣の鳴き声に関して問いただしてみても、人々からは恐怖心と 早く撃退して欲しいという気持ちをツバサたちに吐き出した。

 あの怪獣の鳴き声に心当たりがあるかをツバサは聞き出そうとしていたが、特に知る人はいないようだった。

「ちょっと、一体何を聞こうとしているのよ」

 マリナは聞いた。マリナはツバサの考えていることが一向に分からないのだ。

「昔、少し調べたことがあるんですよ。ここいらでは石を信仰している時代があったって」

 石を? とマリナが聞いた。

「大昔になるそうですが、いかんせんコスモネットの情報を鵜呑みにも出来ない。現地の人に直接聞きたいと思いまして」

「でも、これと怪獣の鳴き声と何の関係があるのよ」

「何も関係ありませんよ」

 ツバサは即答した。

「はあ!? 関係ない?」

 マリナは驚く。

「もしかしたら関係あるかもしれないですが、殆どは僕の個人的興味です」

 マリナは、あんたに付き添ったのは本当に間違いだったわ! と大声で怒鳴った。

 ああ、それは僕もです、とツバサは言いたい。だが言えない。

 ツバサの目当ての話をしてくれる人は、いなかった。

 だが、ついに、近くに住むある老夫婦の家を訪ねて昨夜の騒動について聞いてみると、興味深い話が聞けた。

「どうだろうか。よければ家の中に上がってお茶でも飲みながら話をしようじゃないか」

 と、老人が言う。

 ツバサとマリナは互いに顔を合わせてお言葉に甘えることにした。

 

「まあまあ、こんな可愛らしい子たちがS‐GUTSの隊員さんだなんて。歳はいくつなの?」

 老婦人は嬉しそうにしながらツバサとマリナに湯呑を置いた。二人は、それぞれ歳を言うと、老夫婦は驚愕する。

「すごいね。孫と年齢が近い。その歳であんな危険なことをしているなんて信じられないなあ」

「望んでやっていることです。この制服を着ることに誇りを感じていますから」

 マリナは堂々と言った。さっきの態度とは大違いだ。猫かぶりなのだろう。

 感心する老婦人。ツバサは、さっそく話を聞いた。

「僕たちが聞きたいのは昨夜の怪獣の鳴き声のような声を聞いたという話についてです」

 ツバサがそう言うと、老人は思い出す。

「そうそう。昨日は本当にびっくりしたよ。何せ寝ている時だったから、誰かが爆音鳴らして外を走り回っているかと思ったよ」

 でも、と老人は続ける。

「明らかに乗り物の音じゃなかった。どっちかと言うと生き物の鳴き声のようなものだった。婆さんは、あれは泣いているのよって言ってたっけ?」

 老人は老婦人の方に目をやった。

「泣いている? 涙を流していたということですか?」

 ツバサが聞いた。

「ああ、そうそう。何ていうか、悲しそうな声に感じたのよ。きっとどこかにぶつけて痛がっていたんじゃないだろうねえ」

 と、老婦人は言った。

 うーん、とツバサは腕を組んだ。あくまで老婦人の個人的な感情なのだろう。しかし、悲しそうや泣いているだなんて聞いたことがない。

「何だか怪獣に関してかなり寛容な感じがしますね。恐怖に感じないんですか?」

 ツバサが聞くと、老婦人は笑って答えた。

「そりゃ近くに現れたら怖いさ。でも、あれが『地霊神』さまだったら敬意を表さないといけないだろう?」

「『地霊神』さま?」

 ツバサは聞いた。

「それはどういう神様なんですか?」

「他の県の人や若い人は分からないから仕方ないわ。この場所には『地霊神と地霊魔』という話があるの。『地霊神』というのは、このあたりに伝わる神様のことだよ」

「『地霊神と地霊魔』」

 マリナが呟く。

「なるほど、土着信仰の一つですね」

 ツバサが言った。

「それって、この土地に根付いた神様ってことなんですね」

 マリナが聞くと、老婦人は頷いた。

「ふーん。なるほど。うちが住んでいた場所だとライヴァーバードがそれにあたるのかもね」

 マリナが独り言を言う。

 ツバサは、再び老婦人に聞いた。

「その『地霊神』ですが、一体どういう神様なのですか?」

 老婦人はツバサの問いに、うーん、と唸った。

「どういう神様って言われてもねえ。詳しいことは分からないんだよ」

「分からない?」

「その昔、『地霊神』さまという巨人がいたのさ。彼はとにかく大きくて、ここからYまでを一歩で跨げるくらいだと言われているぐらい大きいのさ。だけど『地霊神』さまは自分と同じ巨人がいないために、話し相手を求めて旅に行ったという話なのさ」

 巨人、と聞いてマリナは反応する。

 巨人と聞けば、必ず、ウルトラマンティガを含めた光の巨人が頭に浮かぶ。

「自分の話し相手を探しに行くって……寂しがりやなのかもしれませんね」

 マリナが言った。

「そうかもしれないねえ。でも、この話には続きがあるのさ」

 老婦人は、その続きを言う。

「ある日、『地霊神』さまが旅立った日に、彼は懐から、大事な石を落としてしまったんだそうよ」

「石を落とした?」

 ツバサが聞いた。

「ええ。その石を落とした場所がここF市だと言われているわ」

 歩んだ時にたまたまここに落としたということなのだろう。

「でもそれって伝説なんですよね?」

 マリナが聞く。だが、老婦人は絵替えで答えた。

 

「いいや、石はあるよ」

 

「あるんですか?」

 ツバサが聞く。

「ああ、あるよ。バスでUという場所に行ってみるとそれが見られると思うわよ」

 今では、その石が『地霊神』と呼ばれているから、見に行くといい、と老婦人は言った。

 実在する石、ということにツバサは興味が湧いてきた。この目で実際に見てみたい、という好奇心が抑えられない。

 だがそれ以上に、まだもう一つ聞いていない話があった。

「では、『地霊魔』というのは一体どういうものなのですか?」

 ツバサが尋ねると、老婦人は、それもあまりよく分からないのよねえ、と答えた。「よく分からない?」

 ツバサが言う。

「ええ。話の中ではこう言っているわ。『地霊神』が落としたあの石には、実は対になる石が存在した」

「対の石……つまりもう一つあったということですか?」

「そう。実はその石は門の礎石として存在していたんだけど、人々の往来の邪魔になるということで撤去しちゃったの」

 すると、と老婦人は言った。

「疫病や凶作……村に凶事が起こった。人々は、あの石を撤去したからだ、と真っ先にそう思った。そこで、代わりの石をUにある巨石の丁度くぼみになっているところに置いて、それを『地霊神』として崇めることになったの」

 なるほど、とツバサは言った。

「巨人である『地霊神』の存在が、石を信仰――つまり磐座としての『地霊神』に成り代わったということですね。そして、村で起こった災厄を『地霊魔』と総称した、ということでいいですか?」

 ああ、それで正しいよ、と老婦人は言った。

「いわ……くら?」

 マリナが横から聞く。ツバサは、自然の物に神様が宿っているという考え方だよ、と答えた。

「あたしが知っている話はこれくらいだよ。もっと詳しいことは調べないと分からないかもねえ」

 ツバサは、頭を下げた。

「いえ、充分です。おかげで色々分かりました」

「そうかい。それなら話したかいがあったよ。何だか孫と話したようで楽しかったわ」

「出来れば、お孫さんにも話してあげてください。そういった話は今後伝えないといけないものでしょうから」

 ツバサはそう言って礼を言い、家を後にした。

 

「あの話を聞いて何か分かったの?」

 マリナは先に行くツバサを追いかけながら聞いた。

「確証はありませんけど……けど、予想は出来た気がします」

 ツバサは、端末を取り出す。

「ここからだとすぐか……」

 ツバサは、振り向きもせずにマリナに言った。

「これから僕はUへ行ってみようと思います。マリナ隊員は戻ってもらって結構です。ここから先は、僕の個人的な興味ですので」

 マリナは、顔をしかめた。自分が取り残されたという感情を覚えたのだ。妙にプライド高いマリナはのけ者にされるのが気に入らなかった。

「あのね、新人を一人勝手にのさばらせるわけにはいかないのよ。あたしも行くからね」

 ツバサは溜息を吐く。まあ、そうなるだろうな、と薄々感じていた。

 二人はスペリオルに向かい、そのままUへ向かうことになった。

 

 目印であるUと書かれたバス停付近は、林に囲まれた県道だった。

 スペリオルが着陸できる場所を探すには少々時間がかかった。木々に覆われている場所にスペリオルが着陸できる平地が全くなかったからだ。

 だが、何とかスペリオルが着陸できる場所を見つけ、そこに着陸することが出来た。

 目印のUと書かれたバス停があった。その横に川が流れていて、その川の脇に例の石があるのだという。

 ツバサとマリナは、川を渡った。

 川は何てことない――どこにでも見る川だった。

「本当にこんなところに石があるのかしら」

「おばあさんがあるって言ったんですよ」

「まあ、そうなんだけど。でも、『地霊神』さまって言っているくらいだから、立派な社で祭られているんでしょうね」

 マリナがそう言う。

 ツバサもマリナと同意見だった。

『地霊神』を祭っている社があるはずだ、と考えて川を渡っていた。だが、社はおろか、それらしき建物は一向に見当たらない。

 道を間違えたのか、と考えた。だが、端末は間違いなくここをさしている。

 そして、ツバサとマリナはその石を発見した。

 老婦人が言っていた特徴に類似した石――だが、それは社に祭られているものでもなく、特に解説もされているわけでもなく――、

 

 ――ただ川の横にひっそりと置かれていたただの石だった。

 

 大きさは一メートルを超え、周囲も八メートルは超えるのでは、とツバサは目測で予測した。

 確かに巨石だ。巨人が落とした石ならば、これくらいが丁度いいサイズなのかもしれない。

 そして、中央に窪み――これも間違いなく老婦人が言っていた通りだ。そこに小さな石が置かれていた。

 これが、『地霊神』と崇められている石なのだろう。

「信仰心って何だっけ?」

 マリナが聞いた。

 確かにこれでは信仰も何もない。磐座ならせめてそこまで行けるように道を整地したり、太巻で目印をつけるものだと思ったが――。

「林に捨てられたただの大きな石という風にしか見えないですね」

 ツバサが言った。

 だが、物語を知らなくなった世代を中心とした現在では、知られずにこうなる結果になるのは多分分かり切ったことなのかもしれない。

 だが、こういうものを忘れてそのままにしていいわけがない。

 ましてや昔からあるものに対しては、敬意が必要だ。

「……ああいけない。余計なことを考えた」

 ツバサは、頭から余計なことを振り払った。

「これが、巨人が落とした石っていうなら、巨人は相当大きかったんでしょうね」

 マリナの言葉にツバサが頷く。

「もしかしてウルトラマンだったりして?」

 ああ、やはりマリナもそう考えていたか、とツバサは思った。

 だが、ツバサはそれを否定した。

「僕もそうかな、とは思っていたんですけど……」

「何か疑問でも?」

「はい。お婆さんが言っていたでしょ? 巨人はF市からYまでを一歩で跨ぐって」

 確かに言っていたわね、とマリナが言った。

「距離を概算すると、約三八〇キロです」

 うん、とマリナは言う。

「身長を割り出すには、歩幅を割り出す計算を逆算します。歩幅は仮に普通の歩き方だった場合、身長×0.45(cm)という係数をかけることになります。ならば、身長を割り出すには歩幅にこの係数を割ります」

 すると、とツバサは別端末の計算機機能を使って答えを出した。

 

 844,444.44444444444444444444……

 

「うーんこれは。確かにあり得ないわね」

 マリナが呟いた。

 身長約八四四キロ。とてつもない巨人だ。

「ちなみにこれはウルトラマンの身長が五十メートルだと仮定しても、一万六千九百体分の大きさです。距離なら、メトロポリスから札幌間の距離と同等です。これが立ち上がれば体の大半は宇宙空間にいる……まあ生きることはできないでしょうね。常に寝転がらないと酸素を供給できないわけですから」

 まあ、とツバサは端末を仕舞った。

「多分、これは物語を記した人が比喩表現で表したものでしょう。それくらい大きかったんだ、って伝えるために大げさに書いたんでしょう」

 くだらない話でしたね、と言ってツバサは測定器を取り出した。

「これを測定するの?」

 マリナが聞いた。

 ツバサは頷く。

「巨石には特になんの反応もないから、ただの岩だと思います。でも、あの小さな石――色や形を見てください。何かに似ていると思いませんか?」

 マリナは小さい石を見つめる。

「あれ……あの白と黒の色使いはどこかで……」

 マリナは石に近づく。

「ああ、これって!」

 マリナも気づいたようだ。

 ツバサは、近づいて石を測定器で計った。そして、その結果を見せた。

 さっきと同じ結果だった。

「玄武岩と花崗岩が組み合わさった石……」

 マリナが呟いた。

「そうです。そして、強力な磁力線。これで分かりました」

 ツバサとマリナは石の方を見やった。

「この石は、平地で見つけたあの巨大なL字型の石と同じもの。つまり――」

 

 ――『地霊神』とは、怪獣のこと。

 

 ツバサはそう断言した。

「簡単に怪獣だって言っていいの?」

「鳴き声自体は恐らく怪獣でしょうね。夜だったとはいえ、怪獣らしき巨体が見えたという証言もあったわけですから」

 多分、とツバサは予想した。

「表面が岩石に覆われた怪獣なのでしょうね。理由は、何かは分かりませんが、あの台地にやってきて、体の表面が剥がれてしまったのかもしれません」

「それが、あの残った岩石ってわけね」

「多分、そういうことなのでしょう」

 なるほどね、とマリナは感心する。

「それにしてもよく分かったわね。地元の話からこういう結果を導くなんて出来ないでしょ? 『地霊神と地霊魔』の話を聞けたのも偶然だし、狙っていたわけじゃないでしょ?」

 ツバサは、狙ってなんかいませんよ、と答えた。

「可能性を一つずつ潰していっただけですよ」

「可能性を潰す?」

「ええ。遅かれ早かれ、街の民俗は後で調べるはずでしたから」

 ツバサは説明した。

「街の人に話を聞いたのは第一段階です。もし、そこで何も得られないなら次は街の資料をあさる。それでも駄目ならコスモネットを見る、役所に聞く、などとにかく可能性のあるものは一つずつ検証していくんです」

「なるほどね。それがあんたの性格なのね」

「いいえ。科学者を志す者として――いや、文系でも理系でも同じです。仮説は一つずつ検証していく。これは誰であろうと変わりません」

 ツバサは力説した。

 マリナは、淡々と分かった、とツバサの説明に全く耳を貸さなかったような雰囲気で言ってW.I.T.を取り出した。

「ああ、駄目ですよ。一応この石も電波を遮断するほどの磁力がありますから」

 ツバサがそう言うと、なら、と言ってW.I.T.を仕舞った。

「さっそく隊長に報告しましょう。相手が怪獣なら話が早いわ。さっさと見つけて殺すに限るわ」

 マリナの当たり前のように言ったその言論にツバサは、唖然とした。

 さっさと殺す、と彼女は言ったのか?

 何故だ。何故こうも簡単に怪獣に対して殺すということが言えるのか。

 ツバサの目が鋭くなった。

「どうしたのよ。さっさと行くわよ」

 マリナは本気で言っている。冗談で言っているわけではない。

 マリナは善悪をはっきりと分別しているだけだ。彼女は彼女の中の正義に従ってそう言ったに違いない。

 だが、待て、とツバサのプライドが声を上げた。だとしても、それはツバサの持つ正義じゃない。

「ちょっと待ってください」

 ツバサはマリナを止める。

「何よ。何かまだ調べたいことでもあるの?」

 マリナの眼光がさっきと比べて鋭い。怪獣の仕業だと知った途端に言葉が冷たく感じた。

「マリナ隊員は……本気で言っているんですか?」

「何をよ? 名詞はつけなさい。小説みたいに神の視点が説明してくれるわけじゃないのよ」

 ツバサの心に怒りの火が灯される。とはいえ、怒鳴るほどのものじゃない。

「怪獣ですよ。怪獣を本気で殺すつもりですか?」

 マリナは数秒黙った。そして、ふー、とため息をついて答えた。

「当たり前じゃない。そのためにあたしたちがいるんじゃない」

 やはり本気だ。マリナは本気で怪獣を殺そうとしている。

「怪獣がどうして現れたか――その理由も調べないでですか?」

「……何がいいたいのよ」

 マリナは分かっている。だが、あえてツバサの口から聞きたいのだ。自分が反論するために、マリナはツバサを誘っているのだ。

 相変わらず嫌な奴だ、とツバサは思いながら、マリナの口車に乗った。

 

「僕は、怪獣が悪意を持って今回の騒動を起こしたとは思えません」

 

 そう。

 怪獣はただ、夜中に鳴き声を発しただけだ。

 様々な証拠を残していったが、決して街を破壊し、人を殺したりなどしなかった。

 なのに何故、怪獣を殺すという決断が出来るのだろうか。

「悪意がないですって……」

「はい」

 マリナは歯ぎしりを噛んだ。今までに見たことがないくらいの怒りの情念。マリナは、他人にも嫌というほど分かるくらいに、怪獣を憎んでいる――それがツバサにも分かった。

「悪意があるないの問題なのよ! 怪獣は存在するだけで人を恐怖させる存在! ただ現れただけで、人の心に傷を残すのよ!」

 それは正論だ。

 人は、未知のものと遭遇した時、好奇心よりも恐怖が上回る。実際に居もしない存在に興味を持っても、いざ出会うと畏怖することしか出来ない。

 だが、それでも相手が善であったらどうなるのか、ツバサは問うた。

「全ての怪獣がそうではないでしょう? 元々地球上に住む怪獣たちはどうなるんですか? 彼()らは、この星に生まれてただ暮らしてきただけなのに、間違って地上に出てしまったことだけで敵になるなんておかしいですよ。だって彼らだって人間と同じ星で暮らしているじゃないんですか!」

「星が同じでも住む場所が違うの! 人間と怪獣は相容れない存在。決して共存は出来っこない!」

「光の巨人はどうなるんですか!」

 マリナは口を閉ざす。

「ウルトラマンだって、はたから見れば未知の存在――言うなれば怪獣と同義ですよ。なのに人はウルトラマンに敬意を表する。ウルトラマンだって最初は畏怖されたはずなのに」

「それはただの屁理屈よ! ウルトラマンが正義の味方であることは、誰もが知っていること。だからみんな彼を信じる」

 でも、怪獣はどう? とマリナは尋ねた。

「今回の怪獣だってそう。お婆さんが『地霊神』さまと言って怪獣が神格化されていても、他の人たちはどうなの?」

「それは……」

 ツバサは口を噤む。

「あの怪獣はこの土地を守る神様なんだ、と言えば、そうなんだ、じゃあ信じよう、ってみんなが言ってくれると思っているの?」

 それは、無理だ、とツバサは答えた。

『地霊神』の存在が本当であったとして、怪獣が『地霊神』という神であることを説明しても、彼らにとって怪獣なのだ。決して、それが正義の味方や神に昇格することは決してない。

「誰もがあんたみたいに、利己的に物事を考えることなんて出来ないのよ。怪獣はその姿だけで人を恐怖させる存在。だから、否応なしに殺さないといけないのよ」

 間違ってはいない。間違ってはいない……だが。

 それでも、怪獣にも生きる権利はあるのだと思う。

 ツバサは、反論した。

「それでも、怪獣が現れた理由は知るべきです。善悪が関係ないにしても、理由が分かれば、いくらでも対処が出来ます。殺すことだってしなくてもいい解決方法があるかもしれません」

 マリナの顔は険しいままだ。

「……理由なんていらないのよ。怪獣は敵。それは絶対に変わらない」

 マリナの言動で。ツバサは確信した。

 そうか、そういうことなのか、と自然にマリナの今までの会話の意味が分かってきた。それと同時に今までの皮肉は本当のマリナの姿ではないのかもしれないという錯覚に陥った。

 ツバサは、寂しそうな声で呟いた。

 

「マリナ隊員は……そういう人なのですね」

 

 マリナはツバサの言葉の真意を察した。それは、マリナとツバサにしか理解できない言葉。

「そうよ。あたしはそうなの。あんただって薄々は分かっていたんじゃない」

 多分、そうかもしれない、とツバサは思った。

 どこかで分かっていた。だが、それでも彼女は違うものだとどこかで信じてもいた。

「最初から無理だったのよ。あんたとあたしは、相容れない存在。全てが正反対のあんたと、共有するものなんて元から何一つないのよ。怪獣の有無も、自分の誇りの云々も、語り合うだけ無駄なだけ。いい加減に懲りたんじゃない」

 マリナはそう言って頭を少し下げた。

 そして、思い出す。

 小さな少女が泣きながら手を伸ばす。その先に、怪獣によって切り裂かれ、血塗れになって死んでいる男女の姿を。

 ――ああ、また思い出してしまった。

 マリナは、ツバサに気づかれないようにツバサを見つめた。

 ――あんたの所為なんだから。

 マリナは顔色がばれないように踵を返した。

「……あたしは、これから本部に言って隊長と合流するわ。あんたは来る……って言っても愚問かな」

 ツバサは、しばらくの間顔を伏せて何かを考えていた。

 そして、口を開いた。

「基地に戻って今まで得た情報を纏めます」

 ツバサがそう言うと、マリナは、そう、と呟いた。

「そう。じゃあ、あたしは隊長に報告するから。纏めたらこっちに送って……って言っても本部には通信が出来ないか。まあ、いいわ。あたしたちが戻るまで待機でも何でもしてなさい」

 マリナは、ツバサの手を引いた。

「な……なにを……」

「ほら、早く本部に連れて行って、それから基地に戻りなさい。もう自分一人で飛行くらい出来るでしょ」 

 




続きます。
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