しかし、やりましたよ。前回より字数少ないですよ(白目)!
6.
スペリオルでマリナを本部に送った後、ツバサはそのままアンダーグラウンドへ帰還した。
情報を纏める、とは言ったものの、本部に戻ってフドウに状況を説明すればいいだけだ。
だが、あそこには――マリナがいる場所には行きたくなかった。
嫌いになったわけじゃない。生理的に嫌だというわけでもない。
ただ、考えが正反対である以上、彼女とはうまくいかない――彼女に迷惑をかけるだけだ。
なら、新人である自分が退けばいい。そうすれば、マリナを傷つけずにすむ。
マリナは怪獣という存在を、忌むべき存在だという考えの人間だった。ツバサのように怪獣にも善悪があるという考えではない。
ただ、マリナの言うことを間違いであるとはいえない。ああ言えるのは、本当に怪獣に憎しみを抱いているからだろう。そういう心を持ってしまった以上、ツバサが介入してどうこう出来るものではない。
だが、それでも――。
全ての怪獣を殺していいという理由にはならないはずだ。
ツバサは、端末に情報を纏めながら考えた。
司令室でカタカタとタイプする音が響く。
ツバサの他には、オペレーターとして待機しているエミがいるだけだった。
「結構疲れているねー」
エミが突然ツバサに話しかけた。
「分かるかな?」
「うん。多分、マリナちゃんのことでしょ? 一緒にいたから気疲れしてるのかなーって思ってた」
気疲れか……とツバサは呟く。
ツバサは、今までを思い返してみる。確かに体中がだるく、何時ものように意欲もわかない。
だけど多分これは、気疲れではない。
ツバサはエミに事の全てを説明した。
ツバサは、マリナが自分の意見を完全に否定することは決してないと思っていたのを完全に期待を裏切られたことに、無意識にショックを受けているのだ。
反論すれども、意見は聞き入れてもらえる、とどこかで期待していた。
「でも、どこかで無理なんだろうな、とも思っていたんだろうな」
ツバサは、そう説明し終える。
エミは、ツバサの説明を微妙な顔で聞いた。何か引っかかっているような、そんな顔だった。
「本当にそれだけ?」
エミの質問にツバサは、えっ、とエミの方を向いて言った。
「本当にそれだけなの?」
「それだけって……元々正反対同士、何をやってもうまくいかないものだったんだよ。マリナ隊員だって、僕のお守りとして仕方なくやっていたんだし……そりゃ、うまくいくはずはないよね」
エミは、はあ、とため息を吐いた。
「科学的な予測は長けても、人の心を予測するのは下手だよねー、ツバサは」
エミの言葉に再びえっ、と声を出す。
「何だかツバサの人となりが分かってきたな」
「どういうことだよ?」
「ツバサってさー、他人の事はおろか、自分のことに関して答えを出せないよね。今までの言動の中にその人の心を映した答えがあるのにそれを見つけられない。科学的なことは多角的に考えられるのに、どうしてだろうね」
「そんなの……」
分かる筈がないじゃないか、とツバサは言おうとした。だが、エミがここでそう言うということは、エミはマリナや僕の気持ちが分かっているということなのか、とツバサは予想した。
エミは、答えを言った。
「マリナちゃんのこと、信じようとしていたんでしょ?」
信じようとしていた、という言葉にツバサは、現実に戻されたような感覚に陥った。
「マリナちゃんの言葉を信じてあげようとしたんでしょ? 文句は言いつつも、話を聞いてあげてたじゃない」
それは、とツバサは口を噤む。
「マリナちゃんもそう。彼女もツバサのこと聞いてあげた。じゃなかったら、ツバサの個人的な興味に付き合うことなんてない」
「……」
「本当に正反対なら、そんなこともしないで、全て否定して解散よ。でもツバサとマリナちゃんは違う。肯定して、反論しつつも、お互いを信じてあげようっていう気持ちがあった。だから、隊長だって二人を組ませたんじゃないかな」
隊長が? とツバサは驚く。フドウが、そこまで読んでいた……こうなることを想定していたということなのか。
「ああ、もちろん隊長がそう考えていたかは知らないわよ。でも、わたしでもマリナちゃんとツバサを組ませるかな」
どうして、とツバサは聞いた。
エミは、笑いながら答えた。
「だってあなたたち、似た者同士だもの」
「……はい?」
ツバサの思考はまだ追いついていないようだ。
似た者同士、とエミは言ったのか? いや、聞き間違いかもしれない。
「僕と彼女が何だって?」
「似た者同士」
うん。どうやら聞き間違いじゃないようだ。
ツバサは、吠える。
「いやいや、どうして似た者同士になるんだよ! どう見ても真逆の人間じゃないか!」
えー、とエミは微笑む。
「さっき言ってたこと忘れてるじゃない。それが根拠なのに」
「いや、全く分からないよ。もっと分かりやすく説明してくれ」
エミはまた溜息を吐いて、科学者って本当鈍感ね、と言った。いや、科学者なら君もそうじゃないか、とツバサは言い返した。
「もっと分かりやすく言うとね……要は、あなたたちはどっちも優しい性格なのよ」
優しい性格……と言われて、ツバサは思い返す。
自分の過去……に対しては何も記憶がないから意味がないが、マリナを思い返すと、どこに優しい部分があったか分からないくらい少ない。
エミが言ったようにマリナは自分の個人的なことに付き合ってもらった。そのあたりは感謝しているが、それ以外は……。
「もっと分かりやすく言うと、あなたたちは他人を優先するところが似ているかな」
「他人を優先する?」
エミは、説明する。
「自分には曲げられない信念があるでしょ? 今聞いた話なら、ツバサは怪獣が現れた理由を調べることが大事だ、と断言して、マリナちゃんは、怪獣は確実に殺す、って言ったわよね」
はい、とツバサは頷いた。
「でも、ツバサはこう考えたんでしょ? 彼女の言っていることも正論だって」
確かに思った。彼女の言い分はあながち間違っていない、と確かに思った。
「曲げられない信念のはずなのに、相手の言い分を否定せずに受け入れて、自分の信念よりも相手の信念を考慮してあげる――それがあなたたちなのよ」
これが、そうなのか、とツバサは自分の手のひらを見つめた。
「そう。そして、今のように、聞いておいた方が良かったかな、って後悔しつつも、いや、やっぱり駄目だったんだって、後悔した自分を隠している」
それが、僕の今なのか、とツバサは呟いた。
エミは頷いた。
「本当に分かりやすいからねー。今頃マリナちゃんも同じように悩んでいるんじゃないかしら。何であんなこと言っちゃったんだろーって。いや、でも自分の言っていることは間違っていないはず! って」
本当なのだろうか? マリナが? 僕の言い分を肯定すべきだったかもしれない、と悩んでいる? 想像も出来ない光景だ。
エミは、ふう、と息を吐く。
「まあ、怪獣のことに関しては、マリナちゃんは仕方ないかもしれないかもね。怪獣は必ず殺す……その信念はマリナちゃんの生き方そのものだから」
信念が生き方そのもの? ツバサは不思議に思った。
「どういうことですか?」
マリナは、何かを抱えている? エミの言い分からそう読み取れた。
エミは、椅子をくるりと一回転させてから答えた。
「うーん。わたしも詳しいことは分からないけどね。彼女が怪獣の事になるといつもその考え方だから、どうしてそう思うのって聞いたことがあるのよ。そしたら、彼女は、いつもこう答えていたのよ」
――これがあたしの生き方だから。
ツバサは口を半開きにしている。
「詳しいことは教えてくれなかったけど、でもあの目は本気だった。それで分かった。彼女は怪獣に何かを奪われているって。それ以上は詳しいことは聞けなかったからどうしようもなかったけど」
それを聞いて、ツバサはマリナの何かを掴んだ気がした。
全て、分かっていてやっていたことだった。蔑まされると分かっていながら、ああいう道をあえて選んだ――彼女の信念に従って今まで生きていたから。
不器用なのだ、とツバサは思った。
彼女は不器用で、自分のように細かいことが出来ないのだろう。だから、いつも他人を傷つけて、自分はもっと大きな傷を負っていたのだ。
「本当に僕も……彼女も馬鹿だな」
ツバサは呟いた。
「うん。本当に馬鹿ね。だから言ったでしょ。似た者同士だって」
そうかもしれない、と今ならそう思える。
ツバサは、目を見開く。
今度は分かる。次に自分が何をすべきかということに。
「怪獣が現れた原因を調べる。手伝ってくれ」
エミは、微笑む。
そして思う。もう大丈夫だ、と。
「分かった。必要なデータがあったら言って」
エミも端末と向き合った。
ツバサが考えていたのは当然、どうして怪獣が現れたかということだ。
だが、その前に、どうして怪獣が『地霊神』として神格化されたのか、その理由を探ることから始めた。
「それって、話は聞いていたんだよねー? 巨人が落とした石とか何とかって」
エミが尋ねた。
「あくまでそれは街に伝わる伝説だ。自然の物や人物が神格化されるには、神がかりな出来事の他に、今は当然だと言われている行為が当時の人々からしては、神がかりなものだと思わせた出来事もあるんだ」
「というと?」
「マジックなんかがそれだ。物を消すマジックとか、お札を変えるマジックなど……あげたらきりがない。歴史上では、奈良の大仏の建設に協力した行基という僧が、まず人々の信頼や仏教への信仰のために、指に火をともすマジックをやったという話が伝わっているくらいだ」
へー、とエミが感心した。
「人々にとって超常の力が目の前で起きた、と思わせ、そして後から事実を知る。すると、それを残す際に、いかにすごかったかを綴る。だけど、そのまま真実を綴っても理解出来ないもしくは、信じてもらえない。だからこそ物語として比喩を用いて残すんだ。日本は物語と神話にあふれた国だからね。そういう物語が最も人々の心に残りやすいんだ」
エミは、ツバサの言いたいことが分かった。
「なるほど。怪獣が神格化された原因が、歴史上に残っているはずってことね。今でこそ怪獣は、現実として受け入れているけど、過去がどうだったかは分からない。怪獣が悪魔だったかもしれないし、神の使いだったのかもしれない。その怪獣の行動次第で神か悪魔か見定められて、そして人々が、物語を綴っていく。だから、今回は、怪獣は神として受け取られているから、つまり、怪獣が人類に何かをもたらしてくれたと考えるべきなのね」
そういうこと、とツバサは言った。
「その『何か』こそが、人々が怪獣を神格化させた原因なんだ。彼らはその行動を見て、怪獣を神として扱い、それを物語にした。でも、物語は曖昧な表現でとらえているから事実は分からない」
でも、とツバサは言った。
「科学的な情報から予測は可能だ。怪獣が現れた時、何が起きたか、それを洗い出す。そこにヒントがあるはずだ」
ツバサとエミは早速情報を集め始めた。
だが、怪獣がFに現れた形跡はここ数十年一度もなかった。
歴史上に怪獣が現れた形跡がある記述があったのは、今から七百年前くらいの記述でそれの事実性を証明するのも難しい。
「結構見つからないものだねー」
エミが両腕を伸ばす。画面と格闘した所為か、腕が疲れていたようだ。
ツバサは、また考えた。
「考え方を変えよう。歴史上の記述が殆どないということは、この怪獣は滅多に、いや元々地上に出るはずのない怪獣だったのかもしれない」
エミが、ツバサの方に体を椅子ごと向ける。
「じゃあ、つまり、怪獣は地中で生活しているってこと?」
「そう考えるのがいいかもしれない。地上に現れたのは、自然のトラブルか、怪獣が迷い込んだのか、とにかく理由があるはずだ」
なら、とエミが言った。
「昨夜の怪獣の鳴き声の騒ぎが一番調べやすいわね」
そうだな、とツバサが肯定した。
昨夜の出来事なら、怪獣は、地上に現れ、鳴いた後で地中に戻った。その際に周りでは何が起きたのか、それを調べればヒントになるかもしれない。
ツバサは昨夜の怪獣が現れた時に周辺で何が起きたのか、その情報を集めた。
すると、その中で一つだけツバサの気を引く情報があった。
昨夜、怪獣が現れた時間帯にF市を震源とした地震が発生したという。
地震は小さいもので、特に被害は無かった。
確かに昨日、メトロポリスでも基地内からでも小さな揺れは感じたのをツバサは思い出した。
確か、その時は、自室で開発をしていた時だったからあまり気にはしていなかった。
だが、この地震のデータは妙だった。
マグニチュードや震源地のデータが無い。『現在調査中』と気象庁のサイトにはそう載っているだけだ。
記録中に問題が発生した? だとしたら一体何が、とツバサは疑問に思った。
ツバサは、すぐに気象庁に連絡を入れた。S‐GUTSの隊員からの要請というだけあって、すぐにその理由が分かった。
データがはじき出された瞬間に、数字が一気に改変されたのだという。その誤差があまりに凄まじかったために、コンピュータがクラッシュしてしまったのだ。
ツバサは、クラッシュする前の記録を送るように頼んだ。
気象庁からは、あり得ない数値だったので多分間違いだとは思いますが……、と前ふりをして、ツバサにデータを送った。
ツバサとエミはそのデータを閲覧する。
そして、二人は驚愕した。
「震源地の深さが、わずか二百メートル弱……」
ツバサがデータを読む。
「しかもマグニチュードは7.8……」
「そんな……これってほぼ地上すれすれに大地震の震源があったってこと!?」
一般の震源の深さは数十キロが普通だが、それでも過去の震災で多大な被害をもたらした。
だが、この地震は、ほぼ地上を震源としている。
だが、それだけではない。
地震の発生した場所は、正にあのL字型の岩が発見されたあの台地だった。
これは偶然だろうか? いや、違う。
多分、怪獣が現れたことと何か関係があるはずだ。
だが、まだ確証がない。まだ分からないことがある。
「昨夜は確かに地震が発生した。でも、軽い揺れだったし、特に被害は無かったはずだ」
なのに、どうして、とツバサは呟く。
「これが実際に起きれば、街が壊滅するどころの話じゃなくなる」
ツバサは即興で計算する。恐らく、都市はおろか、周辺の県をも壊滅させるはずだ。さらに海に近いことも重なって、周辺の海境の県に巨大津波が押し寄せる。さらに地殻変動で大地がずれ、そして沈む場合もある。
「それが何も起こらなかったということを考えると……」
「怪獣が……守った?」
エミが言った。
ツバサは頷いた。
「多分、それが理由なんだろう。怪獣が『地霊神』と人々から崇められた理由は多分、それなんだ。人々が見たのは、怪獣が壊滅するほどの規模の大地震を幾度も緩和してきたからかもしれない」
「でも、壊滅的な被害は過去に何度も起こっているわよ? 怪獣が守っているとは言い難いんじゃない?」
エミの意見は最もだ。
「そうだね。あくまで仮説の一つとして捉えるべきなんだろうね。でも、この上なく有力な仮説だ」
だが、ツバサの中に、一つだけ引っかかることがあった。
もしこれが正しいとするなら、あの残されたL字型の岩はどう説明すればいいのだろうか?
組み立ててきた土台の中で一つだけ抜け落ちているものがある。
何かが足りない――ツバサはそんな感じを覚えていた。
ツバサが考えていた時だった。
司令部の通信機が鳴った。
エミは、すかさず通信を取る。
「はい。こちらS‐GUTS司令室」
エミが通信相手と会話をする。ツバサは考えたままでエミの会話の内容を聞いてはいなかった。
だが、すぐにツバサは思考することから外される。
「ツバサ。あなたと話がしたいって」
「話? 一体誰から?」
ツバサと個人的に話をする間柄がいただろうか? いたとしてもS‐GUTSのメンバーや家族、そしてイルマ参謀以外思いつかないが……」
「うーん。何か、E大学からなんたらとか……」
E大学……。どこかで聞いたことのある名称だ。
ツバサは記憶をたどっていく。それはすぐに見つけられた。
「ナリオ助教授のいる大学か」
ツバサは、エミから通信機を手渡されるとすぐに、話を始めた。
「はい。こちらS‐GUTSのエンジョウです」
『ああ、エンジョウさん!』
つい数時間前に聞いたことのある声。ナリオだ。
「ナリオ助教授ですか!」
『ああ、はい。いや、良かった。やっと見つけられた』
「よく僕がここにいるって分かりましたね」
『ああいや。あなたと一緒にいた……イチカさん、でしたっけ? 戻ってきたときは彼女一人だったから、あなたの居場所を聞いてみたんですよ。そしたら基地に戻ったと聞きまして……』
そうだったんですか、とツバサは言った。マリナはなんだかんだ言って、やることはやってくれたんだな、とツバサは内心喜んだ。
『何か、機嫌悪そうでしたけど、何かあったんですかね?』
「ああいえ。多分、低血圧なんでしょう」
はあ、そうですか、とナリオはツバサの咄嗟の嘘に疑いもせずに納得した。
「ところで……何か伝えたいことがあるようですね」
『ああ、はい。そうなんですよ。実は、あの岩を調べている内に一つ疑問が浮かびましてね。必要なサンプルをお借りして、大学の方に戻って調べてみたんですよ。そしたら、すごいことが分かりましてね』
「すごいこと?」
『はい。とにかく、大学に来てくれませんか? そこで説明させていただければ、と思います』
ツバサは、分かりました、と答えて通信を切った。
ツバサはヘルメットを手に取る。
「ちょっと行ってくるよ」
「はーい。いってらっしゃーい」
ツバサは、スペリオルを格納したハンガーまで急いだ。
ツバサの乗るガッツウィングは、大学の競技場付近に着陸した。
借りていたスペリオルは、整備のためにそのままドックに運ばれてしまった後だった。整備から貸してもらえたのは、火器を整備していたばかりのガッツウィングだった。
攻撃手段は無いものの、飛行するだけなら問題がないはずだ、ということで貸してもらえた機体だった。
ツバサはさっそく一階の受付でナリオ助教授のいる研究室を訪ねたが、受付が案内したのは、ナリオのいる研究所ではなく、生物学のいるセクションだった。
「ナリオ助教授はここにいます」
受付が案内された場所の名称をツバサは眼にした。
微生物研究所
そう書かれた場所だった。
明らかにナリオの専門外の場所だ。ここにどうしてナリオがいるのか分からなかった。
ただ、ナリオはここにいるのは確からしい。ツバサは、受付に礼を言って、中に入った。
中は一般の研究室と何ら変わりなかった。
試験管に液体が入れられ、それぞれに名前が書かれたシールが貼ってあり、それが無数に棚の中に保管されている。中には、粘菌を研究するためなのか、無数のシャーレも保管されていた。
ナリオはその中央の大きな机の後ろで立っていた。
「ああ、エンジョウさん。お待ちしていました」
ツバサは一礼して近づいた。
「まさか生物学のセクションにいたとは思いませんでした」
「いや、すみません。どうしても確かめたいことがあったんですが、個人で生物を調べるには限界がありまして。それで餅は餅屋ということでここに伺ったんです」
なるほど、とツバサはナリオの横にいる女性を見つめた。
年齢は二十代前半と言ったところだろうか。大学の教授ではなさそうだ。もしかしたら、研究生か。
「ああ、そうだ。エンジョウさんにもご紹介します。こちらは、ここの大学院で微生物を専攻しているクキ・アイラさんです」
アイラと名乗る女性は、ツバサに礼をした。
「どうも。クキです」
「どうも。S‐GUTSのエンジョウです」
アイラは、ツバサの姿を見て、多少戸惑っていた。
「あの……かなりお若いんですけど……失礼ですけど、年齢は?」
ああ、とツバサは思った。
まあ、そうだろう。こんな子供がまさかS‐GUTSに所属しているとは思えないのは当然だ。
ツバサは苦笑しながら答えた。
「まあ……見たままの年齢ですよ。一応十五です」
アイラが驚愕する。
ここまではツバサも予想通りだ。だが、一番予想外だったのは、ナリオが驚いたことだった。
「ええ! そうだったんですか! 私はてっきり若作りかと思っていたんですが……」
そうだったのかよ!
ツバサは、仕方がないとは思いつつも、ナリオの言葉に度肝を抜かされた。
「でも、ナリオさんと専門の会話をしていたということは、よほど優秀な人なのでしょうね」
アイラが言う。
「ただのオタクと変わりませんから」
ツバサが謙遜した。
アイラとナリオは、いやいやそんなことないですよ、と言いながら笑った。
話が逸れた。ツバサは本題に入った。
「それにしても、ナリオ助教授。一体どうしてここに? 確か、すごいことが分かった、とおっしゃっていましたよね」
ツバサが問うと、ナリオが、ああ、そうなんですよ、と思い出したように言った。
「いや、実は本部でツバサさんが回収してきたサンプルから妙なものが見つかりましてね」
「妙なもの?」
「百聞は一見に如かず。まずは見てください」
ナリオは、予め用意していた顕微鏡をツバサに見せた。
ツバサは顕微鏡をのぞいた。
玄武岩の表面のようだ。黒々とした岩肌だが、所々に輝石などの白い石が散らばっていた。
だが、それ以上にツバサは眼を疑うものを見つけた。
黒々とした玄武岩の岩肌をよく見つめる。よく見ると、黒い岩肌の中に形の定まっていない、細胞のような模様が散らばっている。
アメーバのような形のないもの――いや、どう見ても生物にしか見えない。
「これは、一体何なんですか?」
ツバサが顕微鏡から離れてナリオに聞いた。
「私は久しぶりに見ましたから驚きましたよ。鉱物の中から化石などの生物の死骸や微生物の死骸を見つけることはよくありますが、これは違う」
そう。ツバサもそれはよく分かった。鉱物に微生物の死骸の化石は調べられる。だが、これは違う。鉱物に微生物の死骸が混じっているのではなく、微生物そのものが鉱石と化している、と説明した方が分かりやすい。
ナリオは説明した。
「実は、鉱物の研究と生物の研究は、違っているように見えて、実は鉱物の生物を調べるという点から共通しているんです」
なるほど、とツバサは言う。
「我々の分野ではこれを鉱物環境学と言いまして……環境がメインですが、生物の研究もあるので、これは正にその研究対象としているものです。ですが、私ではこれはあまり専門ではないので……」
「だから、生物学の教授と共同で調べようと思ったわけですか?」
ツバサがナリオの言葉を予想して言った。
ナリオは頷いた。
「はい。ですが、当の本人は、今日は出張だっていうのを忘れていまして、それで急遽アイラ君を呼んだんです。彼女は、大学寮に住んでいますから……」
ごめんね、アイラ君、とナリオは謝った。アイラは、全然気にしていませんよ、と答えた。
鉱物生物学はツバサも知らない分野だった。その分野から見て、これは一体どういうことを意味しているのだろうか。ツバサは聞いた。
「それで、これは一体どういうことなんですか?」
ツバサの問いにアイラが答えた。
「えっと……まず、結論から言うと、そのままで――微生物が鉱石になったんです」
本当にそのままだ。しかし、そんなのが可能なのだろうか? ツバサは尋ねる。
「実は、かなり昔からこの手の研究がされていまして……実は、微生物が鉱物を生成する現象は珍しくないんです」
「そうなんですか?」
「はい。詳しいことはまだ解明されていませんが、微生物が水の中などに存在するイオンを固定させて鉱物を作っているという仮説があります」
なるほど、とツバサは言う。
だが、それとこれとは話が違うのではないだろうか。
今までの話は、微生物が鉱物を生成する話だ。だが、これは微生物そのものが鉱石になったものだ。
だが、ツバサは考える。二人がこの話をしたということには意味がある。
ああ、そうか、とツバサは理解した。
「つまり、微生物が鉱物を生成したのちに同化したということなんですね」
ツバサがそう言うと、ナリオが頷いた。
「その通りです。ですが、思い出してください。この鉱石は玄武岩と深成岩です」
「そうですね」
「ここからは推測の域を出ませんが、とにかく仮説を立てていきましょう。そもそも溶岩の中に微生物が存在するのかということに」
あっ、とツバサは声を出した。
有機物や無機物を溶かす高温のマグマ。その中に生物が存在するというのは果たしてどうなのだろうか。
「だからこそ、アイラ君の教授にも話を聞きたかったんです」
ナリオの説明にアイラが代わりに言った。
「溶岩の中の微生物の研究は、わたしの教授の現在の研究テーマの一つだったんです。高温多湿の環境下で生きる微生物がいるのは証明できていますが、溶岩に微生物が生きているかとなると、話は違います。何しろ、生物が生きていける環境が何一つ存在していませんから」
ツバサはその意見に同意した。
「でも、あり得ない話ではないのも事実なんです。今まで議論して、いるかいないかで話が分かれていましたが、殆どがいないと論破してきました。当然ですよ。そもそも溶岩をそのまま機材を使って調べる方法が昔はありませんでしたから」
でも、とアイラはある物を取り出した。
それはビンだった。だが、中に入っているのは、溶岩だ。
「ようやく、溶岩を固めることなく容器に保存して、中身を調べることが出来るようになったんです」
アイラが取り出したビンは、最近開発されたもので、あらゆる環境下の中でその環境でしか存在することが出来ない物を、そのまま原型をとどめながら保存できる容器だ。
まだ一部の大学での実用実験の段階で、容器を作る際に、作る環境を設定して作らないといけないため、全てが一品もので、一般用としては向かないのだ。あくまで研究用としての実用性しかない。
ツバサは初めてみるそのビンに大きな興味を抱いた。
「これはすごい。個人的に一つ欲しいくらいです」
と、絶賛するほどだった。
アイラは微笑みながら、ツバサに予め溶岩をセットした顕微鏡を見せた。
「これが、正体です」
ツバサは、顕微鏡をのぞいた。
アメーバのような微生物が、溶岩の中で活発に動いていた。
ウイルスや微生物は殆どの生物と同じで超高温の世界では生きていけない。
だが、これは生きている。溶岩という環境が、微生物にとっては人間が暮らす地球同然に快適だと言わんばかりに。
「これが……怪獣の正体」
ツバサの中で欠けていたピースが一つずつ組み合わさっていくのを感じた。
だが、まだ足りない。ツバサは、まだ自分の中で凝り固まったしこりが一体何なのか、それを突き止められていない。
だが、アイラは、さらに追い打ちをかけるように説明した。
「さらに面白いのは、この微生物のメカニズムです」
アイラは、ビンから溶岩を少しだけ取り除いて、それをビンと同じガラスで出来ているシャーレにのせた。
「これに振動を与えます。すると……」
アイラはシャーレを手に取って、小刻みに手を震わせた。
すると、シャーレの上の溶岩が瞬く間に黒く変色し、固まったのだ。
ツバサは自分の目を疑った。
「一瞬にして鉱石になった……!」
「これは私も驚いていまして……」
ナリオが代わりに説明した。
「どうやら、この微生物は、ある程度の振動を与えると、鉱物を生成して一緒に固まる能力があるようです」
振動を与えると固まる……。ツバサは、過去の出来事を思い出す。それはもしかして……。
「しかも、さらに面白いことに……」
ナリオは、さらに溶岩を救い出して、振動を与えた。だが、今度は固まらない。
「あれ? どうして固まらないんですか?」
ナリオは、最初に固まった鉱石を取り出して、地面に置いた。そして、予め用意したハンマーで思い切りたたき割った。
大きな音が鳴った後、割った後の鉱石は細かな石になった。
その後に、先ほどの固まらなかった溶岩にまた振動を与えてみる。
すると、今度は固まったのだ。
「どうしてですか? あれほど固まらなかったのに、先に固まった鉱石を砕いた瞬間に固まった」
アイラは、これが答えなんですよ、と答えた。
「多分、同じ溶岩だまりの場所に生息する微生物は、振動を与えられた時に、固まる量や個数を決めているのではないでしょうか?」
「決めている?」
「はい。実際、このビンに入っている溶岩で作った鉱石では、二個まで砕くと、次の溶岩では新たに二個鉱石を生成できました。ですが、三個目を作ろうとしても、溶岩が固まってくれません。多分、これは二個までが限度なのでしょう」
つまり、既に二個鉱石があったとして、溶岩に振動を与えても鉱石にはならない。前の鉱石が一個または二個が壊れると、微生物が反応して、新たに一個、または二個鉱石を作るということだ。しかも、必ず二個までという制限つきで。
恐らく微生物の生まれながらの本能なのだろう。鉱石が壊れたと感知して、新たに鉱石を作り出す本能。
「不思議ですよね。一体生まれてからどういうことを教え込まれてこのような仕組みを作り上げたのでしょうか」
アイラが言った。
だが、ツバサはアイラの言葉を聞いていなかった。ただひとりぶつぶつと呟いている。今までの情報を頭の中で整理しているのだ。
ツバサは、一つ試したいことがあった。それは、答えを得るためには絶対必要なものだった。
ツバサは、鉱石を一つ砕いた。そして、新たに溶岩を入れたシャーレを置く。そして、ツバサは机の端に移動した。それから携帯端末のバイブレーション機能を常にオンにして、机の端で振動を出した。
「ツバサさん……一体何を……」
ナリオが聞いた。
ツバサは、確認です、と答えて、その答えを待った。
ツバサの予想が正しければ、これで怪獣の全貌が分かるはずだ。
そして、振動が始まって十秒ほど経った後だった。
シャーレに置かれた溶岩が固まりだした。
ここまでは、先ほどと同じだ。だが、ここから先は、ナリオとアイラも予想だしていない出来事が起こった。
固まった溶岩が、ツバサが持っている携帯端末に向かって転がりだしたのだ。
ナリオとアイラは驚いた。
「嘘……」
「そんな……! 動くなんて……!」
鉱石は、携帯端末の振動にめがけて転がっていった。ツバサは振動を止めて、鉱石の動きを止めた。
そして、鉱石は動かなくなった。もう一度振動を加えても、鉱石が動き出すことはなかった。
「やっぱり固まった……一度限りだったんだ」
ツバサは、ようやく確信した。
ツバサの脳裏で情報が整理されていく。
――昨夜起きた怪獣の鳴き声騒ぎ。
――怪獣が鳴く前に、地震が発生していた。
――怪獣が消えたとされる場所で見つかったL字型の岩。それは端が半月に欠けていた。
――鉱石は溶岩が固まった玄武岩と花崗岩。
――怪獣の正体は溶岩の中で生きる微生物の仕業だった。
――地表近くの地震のマグニチュードから予想される被害規模と実際の被害規模の解離性。
――溶岩は振動に反応して鉱石になる。そして、遠く離れた振動は自ら動き出して、その振動の近くまで行く。
――一度完全に固まったら振動を与えても動かない。
――溶岩が鉱石になれるキャパシティは二個まで。それ以上の鉱石は生成されない。新しい鉱石が生成される場合、元からある鉱石を砕かないと生成されない。
――そして、『地霊神と地霊魔』の伝説。
「そうか……抜け落ちていたのは、このことだったのか」
ツバサは真相にたどり着いた。
「あの……ツバサさん。一体何が分かったんですか?」
ナリオが聞いた。
ツバサは、言った。
「僕が行った実験こそが、この微生物に与えられた役割だったんです」
「与えられた役割……」
アイラの言葉にツバサは頷く。そして、ツバサは説明をしようとした時だった。
突然、W.I.T.から通信音が鳴った。
「はい。こちらエンジョウ……」
『ああ、ツバサ? 良かった!』
エミからの通信だった。
「エミ? 一体どうしたんだ?」
エミは何やら慌てているようだ。エミは、息切れをしていた。だが、そんなことはお構いなしに続けた。
『本部付近の台地で地震が発生! でも、かなり小さい地震だったから被害はなし。だけどそれと同時に怪獣が出現したわ!』
何だと! と、ツバサは驚く。
『驚くのはそれだけじゃない。この地震もさっき調べたのと同じように、地上付近で発生している。気象庁からデータを貰ったから間違いないわ』
そして、その後に怪獣が現れた……間違いない。
ツバサは、実験で使った鉱石に目をやり、それを手に取った。
「やっぱり、そうだった。あれは『地霊神』なんだ!」
『周辺が強力な磁場で覆われているからレーダーに敵影が映らないの! 多分隊長たちはうまく連携していると思うけど……』
エミが不安そうに言う。
「それは僕が確認しに行く。エミは、そのまま情報を集めてくれ」
ツバサはそう言って、通信を切った。
「あの……一体どうしたんですか?」
ナリオとアイラが不思議そうに聞いた。
「すみません! 緊急事態です。僕は、これで失礼させていただきます」
ツバサはそう言って、走り出す。
「ああ、ツバサさん!」
ツバサは、研究室を出る前に、思い出したように言った。
「ああ、そうだ! 色々教えていただいてありがとうございました! この岩の正体ですけど、また後ほど説明します!」
ツバサはそう言って、ナリオとアイラを残して研究室を出ていった。
7.
ガッツウィングが、目的地に向けて飛翔する。
だが、火器がないこの機体が戦闘に参加することは出来ない。どこか近くに降りて、地上から援護するのが得策だろう。
あるいは、ティガになって……。
ツバサは、とにかく隊長と通信をとろうとした。
だが、やはり、怪獣から発している強力な磁力の影響で通信が遮断されていた。
分かっていたことだが、やはり、通信手段があまりにも弱すぎる。これでは連携もとるに取れない。
ツバサが作った通信システムも、あと一歩のところで止まっている。
何かないか……何か、自分でも思いついていない逆転の発想がないか……、ツバサは考えた。
そして、ふと、自分のポーチに目をやった。
ツバサは思い出したようにポーチを開く。
そこには、研究室で徐に手に取って、そのまま持って行ってしまった鉱石が入っていた。
――そう言えば、微生物が鉱石になるというのを証明出来たんだよな……。確かこれは、怪獣の鳴き声の騒ぎがあったあの本部付近で見つかったL字型の岩と同じだと、考えてもいいかもしれない。
それと、Uにあったあの石も同じものだった……。
そして、前者と後者は、それぞれ強い磁力を帯びていた……。
はっと、ツバサは電撃が走るように閃く。
つまり……この石にも磁力がある……?
そこで、ツバサは、ようやく気づいた。
何てことだ! どうして今まで気が付かなかったのだろうか!
磁力が通信を遮断しているのなら、逆にその磁力を用いて通信してみれば、遮断するものはなくなるではないか!
ツバサは、さっそく、ガッツウィングに取り付けてある通信機のカバーを外した。
そして、予め持ってきた工具で、石に穴を空ける。
測定器で鉱石を調べる。
強い磁力がそこにはあった。
後は、磁力を通しての通信システムを構築することが出来れば……。
ツバサは、鉱石と通信機をつないで、端末を使って、新しいシステムを即興で作り上げていった。
全機に通信するシステムを構築するには、もっと時間が必要だ。だが、今は一機だけでも繋がるようにしないと……。
ツバサは額に汗を掻いていた。これだけ切羽詰って物を作り出すことは生まれて初めてだったからだ。
そして、構築が開始されてから二分弱。
システムが完成した。
「よし! これで隊長と通信できるはずだ……!」
ツバサは額の汗を拭く。これほど簡素で常識外れなシステム構築は始めてだ。到底うまくいくなんて誰もが思わない。
だが、これでうまくいくはずだ。
しかし、不思議なものだった。まさかこの騒動が自分の開発の大きな手助けになるなんて、思いもしなかった。
ツバサは、フドウのW.I.T.に通信を入れた。
*
怪獣は、地震が起きた直後に現れた。
地表から土が飛び散り、そこから山のように怪獣の体が隆起した。
フドウたちは、予め警戒態勢を取っていたことを幸運に思った。そして、そのままガッツイーグルに乗り込んだ。
怪獣は一体どういう攻勢に出る、とフドウたちは怪獣を見守った。
怪獣は、表面がごつごつした岩で出来ていた。四本足で歩くタイプの体系だが、明らかに足が三本しかない。右の前足がごっそり無くなっている。そして、先端が角のように突出していた。
怪獣は、地表から出てきたやいなや、そのままその場で固まった。特に動く気配はなく、ただその場にうずくまっているだけだった。
「どうして動かないんだ? 一体何を待っている?」
フドウは呟いた。
――隊長! 攻撃許可をお願いします。
γ号からの光信号だ。マリナだ。
強力な磁場の影響で通信が出来ない今、通信手段として使えるのは光を使ったモールス信号だけだった。
――今なら叩くチャンスです! あいつが動かないということは、今なら街に入ることなくここで倒せます!
遠巻きからγ号の中のマリナの表情が見えた。マリナは必死だった。どうして、マリナがここまで必死になるのかは、フドウには分からない。
だが、マリナの私情で攻撃許可を与えるわけにはいかなかった。
――駄目だ。下手に攻撃して刺激したら、怪獣が暴れかねん。今は様子を見て、どうなるかを見てみるしかない。
――そんな……! そんな悠長なこと言ってる場合ですか? 怪獣が出たんですよ! このまま野放しにしていいわけがありません!
マリナの言っていることは正しい。だが、それでも出来ない。
――駄目だ。隊長命令だ。
――そんな!
――マリナ! 俺たちは怪獣を倒すことが全てじゃない。現場を見て、どうするかを正しく判断することも大事なんだ。ここは、隊を無駄に動かさず、様子を見ることが大事だ。
マリナが、くっ、と歯ぎしりを噛む姿が見えた。
マリナの気持ちもよく分かるが、今は耐えろ、とフドウは、マリナに言った。マリナはしぶしぶ了解して、それ以上何も言わなかった。
ここから傍観をするか、それとも攻撃をするかはフドウの采配にかかっている。フドウは傍観を選んだ。だが、果たしてそれでいいのかはフドウにも分からなかった。
もし、ツバサがいたら、彼はこの状況からどういう答えを導き出す? とフドウは、マリナと仲たがいして基地に戻っていったツバサを思う。
やはり二人は駄目だったのか? いや、だが、二人ならいける、と思ったんだが……。
フドウが悩んでいた時だった。
突然、フドウのW.I.T.に通信が入った。
通信だと? 馬鹿な、とフドウは思った。通信が遮断されているはずなのに、どうして通信が入るのだろうか?
フドウは、通信相手の記録を見た。
ガッツウィングからの通信だった。
ガッツウィングだと? 一体誰が乗っているというんだ? まだ援軍を要請してもいないはずなのに……。
フドウはとにかく通信を取った。
「はい。こちらフドウ……」
『ああ、隊長ですか! 良かった、繋がった!』
ツバサからだった。
「ツバサだと? 一体どうやって通信をしているんだ?」
『そんなことはどうだっていいんです! 今はどういう状況ですか?』
ツバサが聞いてきた。
ツバサがそう尋ねてきたということは、ツバサには何か考えがあるのではないだろうか、とフドウは考えた。
とにかくフドウは答えた。
「怪獣は地上に現れたと同時にその場で固まって動かない。目立った動きもないな。俺たちは現状、警戒をしているが……」
フドウがそう答えると、ツバサは、良かった、と言った。
『なら、そのまま待機していてください! そのままにしていけば、自然に解決します』
ツバサはそう言った。
「つまり、放置しろ、と?」
フドウの質問にツバサは、はい、と答えた。
『あれは、僕たちが倒していい怪獣ではないんです。あれは、地上に生きる全ての生物たちにとって、なくてはならない存在なんです』
*
ツバサはフドウに力説した。
いなければならない存在。それがあの怪獣なのだと。倒していい存在ではないことをフドウに言った。
だが、簡単には信じてはくれない。
『一体どういうことだ? このまま放置しても何も変わらないと思うが……』
フドウがそう言った。ツバサも簡単には信じてもらえないことは分かっていた。
だから何だと言うんだ、とツバサは思った。批判されたり、意見されたりするのは学者にとって日常茶飯事だ。根拠は、揃っている。大丈夫だ。
「変わります。まだ、それが現れていないことを考えると、そろそろ現れるはずなんです」
『現れる? いや、とにかく、あの怪獣が一体どういう存在なのか、教えてくれないか?』
フドウは聞いた。ツバサは、いい質問が来たと思った。フドウがツバサの話を聞いてくれるという意思表示がそこにあったからだ。
ツバサは、とにかく集めた情報から得た結論を、順を追って説明していった。
この地に伝わる『地霊神と地霊魔』の伝説だ。
ツバサがそれを説明すると、ふむ、と興味深そうにフドウは聞いていた。
『なるほど。それがこの地に伝わる話か。つまり、ツバサ。お前はあの怪獣こそが『地霊神』であると、言いたいんだな』
ツバサは、はい、と答えた。
『しかし分からないな。どうしてその『地霊神』が今になって現れたのか分からない』
フドウは聞いた。
フドウの質問は最もだ。物語として登場している『地霊神』がどうして今になって現れたのか。
「その答えは地震にあります」
『地震だと?』
「はい。まず、あの怪獣の正体は、溶岩に住む微生物の集合体なんです」
『微生物だと? あれがか……』
フドウは信じられないだろう。恐らく、怪獣の大きさからしてどれだけ多くの微生物が集合しているのか想像もできないだろうからだ。
「ナリオ助教授らと共にその微生物を発見したんです。そして、この微生物のメカニズムも一緒に」
メカニズム……一体何なんだ、とフドウは聞いた。
「データが送れないので、口頭で言うしかありませんが……微生物は、振動を吸収すると、鉱石を生成して自らもそれに同化するんです」
『同化、だと。つまり、微生物が鉱石になるってことか? 一体何のために?』
フドウが聞いた。
「先ほども言ったように、微生物は振動を吸収する仕組みを持っているんです。恐らく、振動を吸収し、そのエネルギーを使ってその場で鉱石になり、その場所でまた振動を起こさないようにしているんだと思います」
つまり、とツバサは説明を続ける。
「微生物が鉱石になる、ということは、振動を一回吸収すると、命を終えるということを意味しているのです」
振動を一度吸収してしまうと、鉱石になる――それは、一度きりのそのためだけに微生物は自分の命を使っているのだ。
『何故、そんな一度きりのために……』
フドウは、疑問に思った。振動を吸収するという無意味な行動で命を落とす……あまりに不憫だ。一体どうして命を懸けてまでそれをする必要があるのか……。
それを考えた時、フドウは、理解した。
『そうか。だから地震なのか!』
その通りです、とツバサは言った。
「微生物の最大の役目は、地震を抑えることなんです。各地で起こる地震の揺れ――『地霊神』はそこに近づいて、地震の振動を吸収して、そしてその場で鉱石になる……怪獣は、そうやって今まで僕たちを地震の脅威から守っていたんだと思います」
なるほど、だから『地霊神』なのか、とフドウは納得した。
だが、まだ分からないことがある。
『だとしたら、今まで数多くの地震があったが。だが、やはりそれでも大災害となった地震は数多くあった。『地霊神』はどうしてそれらも食い止められなかった? そして、どうして今になって現れたんだ?』
フドウの質問。
そう。
それこそがツバサがこれから言おうとしている答えなのだ。
「これは恐らくですけど、多分、地震の数が多すぎるんだと思います」
『多すぎる?』
「はい。『地霊神』といえど、微生物が『地霊神』という怪獣になるのは一体だけだと思うんです。だから、一つの地震を食い止めても、また新たに微生物が怪獣になって次の地震を食い止める……ということをしても、他の場所でも同時に起きたら、どちらかしか食い止められないんです」
『しかし、それはおかしくないか? 微生物が溶岩にいるのなら、日本全国、地下にたまっている溶岩の微生物が地震を察知して一斉に地震を抑えることが出来るはずだ』
フドウの言っていることは最もだ。
だが、それは実験で不可能だと立証した。
ツバサは、そう伝えた。
『不可能?』
「はい。実は、微生物は、振動がある回数だけ鉱石になるということは出来ないんです。彼らには鉱石になる容量があるんです」
『容量?』
「正確には個数ですね。ナリオ助教授らと実験で試しました。一つの場所で振動があった場合、微生物が鉱石になるのは最大で二個までなんです」
『二個まで?』
「はい。例えば、その場所にすでに微生物が生成した鉱石が一個あったとして、その場所で微生物が鉱石を生成するのは残り一個だけなんです」
『二個生成されれば、後で振動があっても微生物は鉱石にならない、ということか』
その通りです、とツバサは言った。
『それは、地球にある溶岩全ての中の二つという意味か?』
「いえ。実験では、二つ鉱石が生成できましたから、それだと、『地霊神』がいる時点で鉱石は一つまでしか生成できないはずです。だから、溶岩全体じゃなくて……説明が難しいんですけど、多分、微生物が見える範囲で鉱石が生成されたかどうか、で判断しているんだと思います」
つまり、それぞれの場所――微生物が互いに感知できない場所でそれぞれが振動を与えれば、鉱石はそれぞれの場所で二つずつ生成出来るということだ。
「恐らくですが、鉱石が二個あるという判別は大きさや質量などで決まるんだと思います。それぞれの鉱石のレベルに応じて、それが二個すでに作られているのか、一個しか出来ていないのかなどを微生物が判断するんだと思います。つまり、それぞれの大きさの鉱石のは二個までしか存在できないということになりますね」
『そうか……では、これらの情報を整理して考えると、あの怪獣が地上に現れたのは……』
フドウの言葉を追う様に、ツバサが言った。
「地上付近で地震が起こったから、その揺れを止めるために地上まで上がってきてしまったなんです」
実際に、気象庁のデータで確認出来ています、とツバサは付け加えた。
ツバサは、説明をし終えた。
かなり分かりづらい説明だったが、フドウは理解してもらえただろうか。
『なるほど。一応、怪獣の正体とその目的については理解した。だが、どうしても腑に落ちない点がある』
フドウは言った。
『怪獣が地震を軽減するのは分かった。あれが地震を軽減して、自ら鉱石を生成して同化し、そして一生を終える……そこまではいい。だが、その後はどうなるんだ? 怪獣は一体どうなってしまうんだ?』
フドウは続ける。
『ツバサの言い分が正しいとするなら、あの怪獣はもう既に息絶えていると考えるべきだ。だが、その後、息絶えた怪獣はどうなるんだ? その場に留まるだけなのか?』
ツバサは、その質問に質問で返した。
「答える前に一つ。その怪獣の足は何本ありますか?」
ツバサの問いに、フドウが不思議がる。
『どういうことだ?』
「怪獣の足は……もしかして、三本じゃないですか?」
ツバサの質問に、フドウは、震えながら答えた。
『確かに三本だ。右の前足が無い』
やはりか、とツバサは確信した。
『しかし、どうして分かったんだ?』
ツバサは説明した。
「台地で発見されたL字型の岩……あれが、その怪獣の前足なんです」
『あれが……だと』
フドウは言った。
『確かに、形や大きさからだと、足に見えなくはないが……だが、待てよ。だとしたらおかしくないか? どうして足だけが残されていたんだ?』
フドウが聞いた。どうやらフドウも気づいたようだ。
『地震を吸収して命を落とすなら、昨日の地震で既に死んで、怪獣全体が残っていたはずだ』
そう。本来ならそうだ。だが、前足だけが残っていた。それは何故か。
「本来なら、昨夜の怪獣の鳴き声の時に発生した地震で、『地霊神』は息絶えていた……だけど怪獣は死ぬことなく今、出てきて地震を軽減させて死んだ。その答えがあの前足とさっき伝えた伝説、そして鉱石の仕組みにあるんです」
『どういうことだ?』
ツバサは説明した。
「はい。まず、ご存じのように微生物が鉱石になる個数は最大で二個までです。『地霊神』が微生物の集合体だと考えると、あれも一つの鉱石として扱っていいはずです」
『確かに……ああ!』
フドウは気づいたようだ。
『伝説の中にあった『地霊神と地霊魔』……!』
「そうです。『地霊神』を一つの鉱石として扱うなら、必ずもう一つ『地霊神』と同等のものがあるはずなんです。つまり――」
怪獣は、もう一体いることになるんです。
その直後、ツバサは通信から大きな音を聞いた。明らかな地響きの音。
ツバサの予想は、そこまでは的中した。
*
マリナは、その瞬間を見逃さなかった。
怪獣が静止している場所の丁度真後ろ――距離的に、二百メートルあるだろうか――そこから大量の土が天高く飛んだ。
その後叫び声が響いた。
今まで聞いたことのない生物の叫び声。
叫び声と同時に、巨大な顔が姿を現し、そして、胴体が現れた。
「まさか……もう一体いたっていうの?」
マリナは、今までのツバサの会話を思い出した。
「なるほどね……。『地霊神と地霊魔』か……。神がいれば悪魔がいて当然ってわけね」
納得したようにマリナは言った。だが瞬時に頭からツバサのことを振り払う。
「あーあ! 何であいつのことを考えてるのよ! あいつのくだらない説明の所為で頭から離れないじゃない!」
マリナは、目の前の『敵』だけに集中した。
怪獣は、最初に出た怪獣と同じく、表面は黒い岩石で覆われていた。ただ、最初の怪獣と違うのは、二本足で歩行していること、胴体は光の巨人と同じくらいの整ったボディだが、顔は、ティガの頭なら簡単に一飲み出来るくらい口が大きく、嘴のように長い。そして、意味をなさないであろう短い尾。
怪獣として、奇怪な体をしている。
だが、そんなことはどうでもいい。問題は隊長がどう判断するかだ、とマリナは思う。
だが、フドウから光暗号がない。何かに気を取られているのか、こちらの信号に一向に返事をしない。
マリナはもう一度怪獣を見た。
怪獣は、最初の怪獣の背後にいる。そのまま前進している。
だが、それよりもマリナはあることに関して懸念があった。
「この方角って……街がある?」
そう。
怪獣が、進んでいる場所から数キロ離れた場所に、街があるのだ。
怪獣は依然として足を進めている。止まる気配を見せない。
「あいつ……! 街を狙う気なの?」
マリナはそう確信した。
「隊長の命令を待っている余裕はない……。今叩かないと、もっと被害が出る!」
マリナはそう決断した。
γ号の速度を速める。
先手必勝。
最初の攻撃で混乱させ、そして一気に倒しに行く。
だが、それから十秒ほどで、マリナは気づく。
自分は、どれだけ愚かな行為に及んだかということに。
*
『怪獣が出やがった!』
フドウが叫んだ。
ツバサもフドウの通信から地響きと、怪獣の鳴き声が聞き取れた。
『ツバサ! お前が言った通りだ。もう一体現れた!』
やはりか、とツバサは思った。
「怪獣は……『地霊魔』は、どういう感じですか?」
『ああ、えっと……。見た目は全く違うが、表面は似ているな。もう一体の方へ向かっているな。ああ、だが、あの方角は街の方だ』
それもツバサは予想していた。
「大丈夫です、隊長。『地霊魔』の目的はあくまで『地霊神』です。だから、そのまま現状維持をしていてください」
『現状維持? だがしかし……』
「大丈夫です。僕の予想が正しければ、すぐに収束します」
『そうか……なら……ああ!』
フドウが何かに気づいたように叫んだ。
「どうしたんですか?」
『マリナ! マリナ! おい、戻れ!』
マリナと叫ぶフドウ。どうやら、マリナが何かをやらかそうとしているのか。
怪獣を憎むマリナの思考をツバサは読む。
『マリナのやつ……前に出て『地霊魔』を倒す気だな!』
フドウの言葉はツバサの予想通りだった。ああ、やはりか……なるほど分かりやすい。
『地霊魔』が『地霊神』を狙っているということではなく、街の方へ向かっていると思ったのだろう。だから、その前に叩いておく、と。
「通信は……駄目ですよね」
『光信号に気づいていない! くそ! このまま攻撃を許可すべきか!』
「いえ、駄目です! 攻撃をしたらいけない!」
『どうしてだ! どうして駄目なんだ!』
フドウが叫んだ。当然だろう。攻撃をここまで拒むには理由があるのだ。
「微生物に振動が加わることで鉱石になって死ぬということは、生きている間は溶岩の中にいるということです。そうなると、当然、怪獣が動くには……」
――溶岩の状態でないといけないということなんです。
ツバサの言葉にフドウも気づく。
『つまり、あの怪獣は、表面が岩石であっても、内部は全部溶岩だと言うのか!』
「はい。表面が岩石だったら、通常の戦闘機の攻撃程度でも簡単に壊れてしまう。つまり、溶岩が中から流出してしまうんです」
そうなるとどうなるか、フドウも分かった。
振動でないと、瞬時に鉱石にならない、つまり、傷ついた場所は振動を与えない限り溶岩が吹き出してしまうということだ。溶岩が普通に固まるにも時間がかかる。
噴出した溶岩は一体どうなるだろうか?
地形から察するに、台地と言われているが、若干傾いている――それも街の方に。
そうなると、漏れ出した溶岩は、街を襲うということだろう。怪獣がやってきて街を破壊するよりもっと防ぐことが出来ない。
『くそ! マリナ! 気づいてくれ!』
フドウが慌てる。このままでは、もしかしたら間違った選択をフドウはしてしまうかもしれない。
「落ち着いてください。これから、マリナ隊員に通信して事情を説明します! 隊長は、万が一に備えて隊員達を指示してください!」
ツバサの言葉で正気に戻ったかのように、フドウは落ち着きを取り戻していった。
「お……おお。分かった! ツバサ! 頼むぞ」
ツバサは、了解、と言って通信を切った。
さて、とツバサは呟いた。
フドウにはああ言ったが、そんなことはしない。
複数通信が出来るのに、あえて通信を切った……それには理由がある。
簡易的に作った磁力を用いるこの通信は――今は単線でしか繋げないのだ。
この通信は、それぞれの通信に使われているタグの周波数を検索して、繋ぐ仕組みになっている。
本来なら、それを行う
だが、ガッツウィングを通しての通信としては、単線でつなぐのが精いっぱいなのだ。
つまり、マリナの乗るγ号の通信信号をいちいちこちらで探し当てて、そして通信しなければならないことになる。
当然、そんなことをしている暇はない。
マリナが行動に至ったら、留まることを知らないだろう。通信を探している間に大惨事が起こるのは眼に見えている。
だからここは……強引だがこの手しかない。
ツバサは、スーツのチャックを少し降ろし、中からスパークレンスを取り出した。
こうすれば、マリナが攻撃したとしても溶岩の噴出はいくらでも防げる方法がある。
マリナの考えていることは理解できる。理解できるが、今はこちらの方が正しいということを理解してもらいたい。
「分かってはいるけど……今回は僕が正しい。だから、君を守って、今まで言われたことを全て相殺させてもらうよ」
ツバサは、スパークレンスを開いた。
8.
*
マリナの乗るγ号が着実に攻撃の射程圏に入っていく。
フドウが入れた光信号は、マリナの眼中には入っていなかった。もはや、完全に怪獣にしか向いていない。
「あんたたちは……いてはいけないのよ……」
マリナはまるで呪文を唱えるかのように呟く。自らを律するためなのか、他の雑念を振り払うように呟いた。
「ええ、そうよ……みんな……みんな……死んで当然なのよ」
発射ボタンに指を添える。
――マリナ隊員は……そういう人なのですね。
ふと、脳裏に響くツバサの声。
「……何よ……」
あたしの事情も知らないくせに……。
マリナは小さく呟いた。
ツバサにああ言われた時、ツバサが何を言いたいのか瞬時に悟った。
今まで、そう言われたことは何度もあった。だが、全て論破してきた。向こうにはただ、怪獣を動物と同じと思っていない――そういう輩に自分自身が正しいと常に言ってきた。
だが、ツバサは……。
ツバサのあの一言は、違う。他の皆と同じことを言っているが、それでも意義が違う。
あれは、あたしの言い分を理解していて尚、自分の意見も信じてほしいという懇願と同情だ。
今まで理解されたことは無かったのに、なのにあいつは……あいつは……。
マリナは歯ぎしりを噛む。
「何よ……。人を可哀想な目で見て……! あたしは……そういう人間なのよ! 怪獣はすべて殺さなくてはならない……そういう考えの人間なのよ!」
マリナは叫びながら、勢いのままに発射ボタンを押した。
γ号のビーム兵器――ガイナーが怪獣の首横に命中した。
その瞬間だった。
命中した直後、ガイナーが怪獣の表面で火花を散らすことなく、そのまま貫通した。
そして、貫通した場所から、赤いどろどろした液体が勢いよく、大量に噴射された。
それは、見ただけで分かった――溶岩だ。
マリナが旋回行動をとるという思考が回る前に大量の溶岩がγ号を覆うように襲い掛かる。
唖然としたマリナの表情――そこに恐怖と絶望がそこに籠っていた。
あ、死ぬ。
そう思った時だった。
光が、マリナの眼前を覆った。
あまりに眩しい光に、マリナは顔を覆った。
その神々しさをマリナは、つい最近見たことがあった。
数多の敵を打ち倒し、人類を災厄から救った光の英雄。
ウルトラマンティガが、溶岩からγ号を救い、そして現れたのだ。
*
ティガは、台地に着地した。
「……ティガ……」
マリナが呟くと、ティガは、声に反応するようにマリナの方を見やった。そして、一回頷くと、γ号を安全な場所に置いた。
そして、怪獣を見やる。
溶岩が吹き出している――すぐに止めなければならない。
ティガは、両腕を額のクリスタルの前で交差した。そして、スカイタイプに変身する。
ティガは、その場で小さな振動が伝わるように調節しながら、地面に拳を降ろした。
振動が、小さく怪獣まで響く。
そして、その振動は、正確に確実に怪獣の傷口に伝わり、そして瞬時に固まった。
その後、ティガは飛び出てしまった溶岩に、スカイタイプの技の一つであるティガフリーザーを地面に向けて放った。
地面に氷の結晶が爆散する。
「よかった……これで……!」
マリナが言った。
ティガフリーザーは流れ出た溶岩を瞬時に固めた。
これで街に溶岩が流れることはない。
だが、問題はこの後だ。
『地霊魔』は、何かに怯えるようにそのままティガに向かって突進していった。頭を下げて、頭突きをしてくる。
ティガは全身でそれを受け止める。力を入れすぎないように、ツバサは自分で両腕に加える力を頭の中で計算しながら受け止めた。一寸でも狂えば、ティガが吹き飛ぶ。だが一寸でも力めば溶岩が内部からまた漏れだす。だが、それを堪え、絶妙に力を入れることで『地霊魔』の攻撃を止めた。
『地霊魔』の体は、ガッツイーグルの攻撃ですら貫通してしまうほどの脆さだ。もし、ティガが打撃を加えるなら、どうなるか――明らかにガッツイーグルの攻撃よりも大惨事が起こるだろう。
ティガは、γ号を一瞬だけ見た。
「ティガ……」
と、マリナは小さくつぶやく。
ティガはマリナを確認すると、また『地霊魔』の方へ顔を向けた。
「ティガは……もしかして分かっていたの? こうなることを……」
マリナは言った。そして、それと同時に自分の行動がどれだけ愚かなことか悟った。
本来なら、ティガが現れる場面ではなかった。誰も何もしなければ、自然と事態は収拾出来ていたのだ。
だが、どこかの誰かが余計なことをしたせいで、予想していた最悪の一歩手前の出来事が起こってしまったのだ。
過ぎたことはもう遅い。
基地に戻ったら、上から目線な態度で、マリナを迎えてやろう。
マリナの事だ。きっと、何も言い返せずに悔しさを滲ませて、負け惜しみを言うのだろう。
その時が楽しみだ、とツバサは思った。
だから、ここは勝たなくてはならない。
ツバサは目の前に集中した。
ティガは、『地霊魔』から離れ、一旦距離を取った。この後の『地霊魔』の行動を調べようとした。『地霊魔』が冷静ならば、本来の動きをしてくれるはずだ。
だが、そうはならない。『地霊魔』は、ティガめがけて突進してきた。
『地霊魔』は、巨大な口を使って、執拗にティガを追い詰めようとした。だが、ティガは、『地霊魔』の口の大きさや攻める速度を、予測して、当たらないように回避した。時より、手を使って『地霊魔』を受け流した。
『地霊魔』は、体格の所為か、手足を使うことがほとんどなかった。ましてや短い尾を使う意味のないことは一切ない。
怪獣のイメージは、微生物にはないのだろう。たまたま集合した時にそういう形になった、ということなのだろう。
『地霊魔』は、ツバサにとって、たいしたことはない。ツバサの足りない経験からでも倒せる怪獣だ。
だが、それと同時、『地霊魔』は一種の動く『爆弾』だ。手を加えれば中から溶岩が吹き出してくる。
簡単なものほど裏がある――あまりに厄介な存在だ。
倒さずに済むのなら有難いがそうはいかない。『地霊魔』が冷静さを取り戻す可能性はほぼ皆無だ。このままでは、倒さなくてはこの事態を収拾できない。
だが、周辺に被害が起こらないように事態を収拾させる方法を考えなくてはならない。
もっと時間があれば、その答えを安心して導けるというのに、とツバサは思った。
『地霊魔』は、顔を振り下ろす。
ティガは両手でそれを受け止めた。
力を受け流しているためか、『地霊魔』の方が押している。ティガは少しずつ後ろに押されていく。
ティガは再び、両手を使って『地霊魔』を受け流した。怪獣は簡単に前へ倒れていった。
あまりにもジリ貧だ。ここからどうやって打開策を考えるべきか。
すると、ふと、ティガは死んでしまっていた『地霊神』の姿を見た。
ツバサは考える。
微生物が鉱石を生成するのは最大二個までが限度。それ以上は破壊されない。一個が破壊されれば新たに一個生成することが出来る。
それは『地霊神と地霊魔』にも同じことだ。
……ああ、そうか。
ツバサはようやく気づく。
分かっていたのに、どうして気づかなかったのだろうか。いや、知っていた。だけど、規格外な出来事に頭が回っていなかった。
『地霊神と地霊魔』も微生物が生成した鉱石だと考えるなら、それらを破壊すれば新たにどこかで『地霊神と地霊魔』が生まれる。
それが、ツバサが得た結論だった。
なら動く。
ティガは、横に駆けた。『地霊魔』の背後を取る。
ティガは、『地霊神』にめがけてランバルト光弾を放つ。
光弾が直撃する。
爆音が鳴り響く。そして、その直後、『地霊神』であった鉱石は、粉々に砕け散った。
爆音と同時に、『地霊魔』は、振り返り、その惨状を目の当たりにした。
ティガは、ゆっくりと『地霊魔』に振り返る。
『地霊魔』は、元々の目的だった『地霊神』が完全にいなくなったのを確認した。
さて、ここから、どう出るか……ツバサの脳裏には二つの可能性があった。
一つは、このまま『地霊魔』が地底に帰るか。
そして、もう一つは、目的を見失い、我を忘れて攻めてくるか。
前者が一番穏やかな解決方法――ツバサが元々願っていたものだ。
後者であっても解決方法はあるが、しかしあまりやりたくない。
ティガに不可能なことがないにしろ、今まで試したことのないことはやりたくない。これは、ツバサの予測が鍵となっている。
予測が少しでも外れれば、大惨事になることは、間違いない。
さあ、どう動く……!
ツバサは――ティガは身構えた。
そして、『地霊魔』は決断を下す。
『地霊魔』は、吠えた。
ティガは一歩退くが、狼狽えてはいない。
『地霊魔』は、ティガにめがけて突進していった。
やはりそうなるか! ツバサは、瞬時に計算する。
威力、速度、爆発範囲――成功するために、頭の中で予測し、答えを割り出していく。
その間は、一秒もかからない。
ティガは、再びランバルト光弾の準備にかかる。
両腕を広げ、エネルギーを溜める。
そして、溜めたエネルギーをそのまま『地霊魔』に放った。
光弾の速度は、『地霊魔』はおろかありとあらゆる生物でも捉えることは難しいだろう。
光弾は、そのまま『地霊魔』を直撃した。
通常なら、光弾が直撃した後、光のエネルギーが爆散して怪獣を爆発四散させる必殺技だ。
それが、内部が溶岩で出来ている『地霊魔』であるなら、一番やってはいけない――悪手だ。
だが、ツバサは計算していた。
光の爆散の威力を極限まで抑える――内部で小さな爆発を起こし、それにによって振動を与えることが出来るならば――。
光のエネルギーの量、それに発生する振動、光弾を貫通させずに内部にとどめるための速度――ツバサは全てを頭の中で出来るぎりぎりまでの数値を計算していた。その数値は、スーパーコンピューターの算出したものとの誤差がほとんどないほどに。
そして――。
『地霊魔』は、動きを止めた。
何かが、固まる音が響いた。
それは、ツバサにとって、成功を意味していた。
体内で小さく爆発した光のエネルギーが振動となって、内部の溶岩に――微生物に振動を認識させることに成功したのだ。
完全に固まりきるまで、それほど時間はかからなかった。
完全に固まると、完全に硬直してその場を一歩たりとも進むことは無かった。『地霊魔』は、完全な鉱石となった。
『地霊魔』だった鉱石は、そのまま地面に倒れていった。轟音が鳴り響く。そして、それと同時に、『地霊魔』の体はバラバラに砕けた。
ティガは、その姿を確認すると、天を仰いだ。
そして、飛び去っていく。
「ティガ……光の巨人……」
マリナはまるで呪文のように呟いた。何かを悟ったのか、空に消えていったティガの軌跡を追っていた。
こうして、『地霊神と地霊魔』の騒動は終わりを告げた。
9.
突然、マイから呼び出しを受けたツバサは、ヒロキと共にZEROの射撃訓練場に赴いていた。
騒動が収まって一日と経たず、まだ周辺の調査が行われているという時に――。
マイはツバサを誘拐するかのようにS‐GUTSから連れ去っていった。
何となくだが、ツバサはそんな気がしていた。前回の試験があんな平凡なもので、S‐GUTSに入隊できるのか、と内心思っていたのだ。
「うーん、じゃあお願いできる?」
マイは、そう頼んだ。
ツバサが受けるのは、射撃と組手。
どちらも実技――平均点を出せるとはいえ、ツバサの苦手科目だ。
どうして、マイが自分を呼んだのか――その答えは既に予測していた。
マイやヒロキが自分に諭そうとした課題――その答えを。
『地霊魔』と戦って、何となくだが理解できた。
そして、今、確信した。ツバサは今なら導き出せる。
「それじゃ、構えて……」
マイの指示に従って、ツバサはガッツブラスターを遠くに用意された的に向けた。
「始め!」
号令と同時に的が現れる。
そして、撃つ。
的に命中する――中央よりやや右。だが、人間なら即死させられる。
「おお、当たってる」
ヒロキが呟いた。
ツバサは、その間も次々と出てくる的を撃っていく。
小さな火花が的から迸る。的が落ちると同時に新しい的が次々と現れる。ツバサは、それらを撃っていく。
以前とやることは同じだ。ただ、初めての時とは違って方法を知っている分、慣れている。
だが、本当の変化はそこではなかった。
ヒロキもマイも、そして当のツバサ本人も気づいた。
明らかに、前よりも命中率が高くなっている。
正確に言うなら殺傷率だ。
的を生物と例えるなら、前のツバサの射撃では、下手をすれば当たらない、当たったとしてもかすり傷程度のものだろう。
だが、今は違う。
今のツバサの射撃は、怪獣とまではいかないが、人間や動物、そして人間大の異星人なら確実に殺せる腕だ。
たった一日足らずでここまで変化したことに、マイとヒロキは特に驚くことは無かった。
そして、射撃が終了する。
「お疲れ様。ちょっと休憩したらすぐに組手するからね」
マイがそう言った。
軽い給水を済ませた後、ツバサはヒロキと組手をすることになった。
特に道着を着ることはなく、隊員服のままで戦うことになった。
武道は何でも構わない。大切なのは、敵に遭遇した時、武器を持たない状態でいかに対応できるかだ。
これに関しても、ツバサは平均点レベルの技術だった。相手の出方を待ちつつ、適度に仕掛け、適度に守る。だが、勝率は極めて低かった。護身レベルで使える程度のものだった。
だが、今回に限っては違った。
ヒロキが攻めあぐねているのだ。
特に攻撃や防御に関して、ツバサに変化はない。ツバサが変えたのは心構えと戦う上でツバサにしか出来ないこと――今回の答えを知っているということだった。
だが、結局の所、ヒロキが勝利した。経験則からして、ヒロキに軍配が上がるのは、目に見えている。ツバサの攻撃に合わせて、ヒロキは、反射的にツバサの腕を掴んで投げ飛ばす――背負い投げの要領だ。
倒し切る前にヒロキはツバサの体を静止させた。一本。紛れもなくツバサの敗北だ。
「……はい、お疲れ様」
マイがツバサたちに近寄る。
「やっぱり実戦は、まだまだ経験不足かな。これだとやっぱり負けちゃうね」
耳が痛い言葉だ。結果として聞けば、紛れもなく失格だ。
ツバサは、息を切らしながら、やっぱり向いてないんですかね、と答えた。
だが、次の瞬間、ヒロキが口を開いた。
「確かに実戦は弱い。俺に負けるようだからな。これだと隊員達はおろか、職員にも劣るだろうな」
さらに耳が痛い。
ティガになっている時は、相手が怪獣なのか、がむしゃらに戦っていた。負けそうになることは多々あるが、それでも何とか勝てた。
だが、人間とやりあうとこうも弱さを痛感してしまうと、この先ティガとして戦って、皆を守れるか不安になる。
ツバサがそう思っていた時、ヒロキは、だが……と続きを言った。
「相手の気持ちからしたら、ツバサは戦いづらい相手だろう。前と比べて格段に良くなっている。どう攻めたらいいか分からなかった」
ツバサは、目を見開いてヒロキの方へ顔を向けた。
「どういうことですか?」
「要はこっちの攻撃が見透かされているように、お前は受け流したり防御したりするんだよ。こっちがあらゆる方法で攻めても、お前は、それを予測していると言わんばかりに攻撃から身を守る。それは攻撃も同じだった。お前の攻めは、俺がどのように防御に入るかを予測して、その裏を突いた攻撃だった。だから、俺の防御はいつも裏目に出て、一本取られそうな機会が多々あった」
ツバサは、自分の手のひらを見つめた。
そこまで、自分が変わった……? と、不思議そうに見つめる。
「射撃の腕もよくなってるよ。さすがにヒロキの腕までとはいかないけど、これならどんな敵でも打ち倒せると思うほど技術は良くなっているわ。素人にしては上出来以上の出来よ。天才の部類に入ってもいいくらいね」
マイが追い打ちをかけるようにツバサを褒める。
「そんな……そこまで変われるなんて……。僕はただ、一つだけ変えただけなのに……」
ツバサは言った。
マイは微笑みながら、答えた。
「それが、君の武器――昨日あなたに与えた課題の回答よ」
ツバサが変えたこと――それは、戦う時に相手の身体能力や動きなどを全て目測で数値化することだった。
ツバサは目測での予測がほぼ正確であることを、『方舟』事件の時から周囲から言われていた。その能力を戦闘の際にも用いたのだ。
射撃に関して言うなら、ガッツブラスターを放った時の弾の速度、引き金を引いた時の反動の誤差、対象物の距離といったものを目測で数値化して、それに従って自分の体をどれだけの運動量で動かして次に備えるかを瞬時に割り出した。
そして戦闘に関してもそうだった。敵の身長、体重、戦い方の特徴、攻撃や防御を繰り出す時の速度、運動量、ダメージ、エネルギー、回避運動を取るときのタイミングやその速度など――あげたらきりがないほどのその場その時の動きを全て数値化して計算したのだ。
それは『地霊魔』との戦いにも用いられた。
『地霊魔』の脆い体を壊さずに触れるための力の数値化、ランバルト光弾の速度、エネルギー量の調整――『地霊魔』の体内でとどまらせ、振動を与える程度に、内部爆発をさせないほどの力――ツバサは、それらを瞬時に数値化させて、その通りの力を体に命令させて動いていた。
ツバサは、頭脳で自分の足りないものを補うことで、相手と互角に渡り合える力を手に入れたということなのだ。
ツバサはそう言うと、マイは、大正解、と言ってツバサの頭を撫でた。
「ヒロキが体の感覚で覚える人なら、あなたは、頭で考えてその通りに動ける人。あなたは無理に感覚に頼ろうとしながら動く傾向があった。確かにそれは、多くの人に当てはまるけど、でも君は、そのタイプじゃない」
そうか、とツバサは呟いた。ヒロキが言っていた、自分とは対極的、というのはこのことだったのだ。
ヒロキが感覚で銃の撃ち方を覚えたのなら、ツバサは人から教わったことをその通りに実行することで覚えることが出来るということなのだ。
「まあ、普通の人からすれば物凄く効率が悪いんだが、だが、ツバサにとってはそれが最大の武器になる。敵からしたら一番出会いたくない相手だな」
ヒロキは、そう評価してくれた。
ツバサは、俯く。
どう言えばいいか分からないが、少なくとも、自分がS‐GUTSのエンジョウ・ツバサとして、そしてウルトラマンティガとして、出来ることは、まだまだ沢山あるようだ、と再認識することが出来た。
訓練を終えて、ツバサとヒロキは司令室に戻った。
中には、既に全員が揃っていた。
「おうお帰り」
フドウが言った。
ただいま戻りました、と二人は言う。フドウやシンイチは、うん、と一回頷いた。
「その様子だと、いい結果が得られたみたいだねー」
エミがツバサに言った。
「うん。何だか迷いが晴れた気分だ。これから色々出来ることが増えるよ」
ツバサがそう答えると、エミは、良かったーと両手を合わせて微笑んだ。
「そうそう。さっき情報局の人が来てな、お前が提示した新しい通信システムについて回答が来たぞ」
シンイチがツバサに資料を渡した。
それは、ツバサが通信システムの最終案に関する纏めだった。『地霊神と地霊魔』の騒動の後すぐに、データを纏めて、最終案を情報局に送信していたのだ。
結果、TPCはそのシステムを構築することに完全同意――採用したとのことだ。
「読ませてもらったが良かったぞ。あの怪獣の――あの石の磁力を用いた通信システム。地球の自然の磁力を用いて人工的な妨害をもものともしない強力な通信能力。そして、あの石を用いた
ツバサは少し照れる。
「棚から牡丹餅でしたよ。この騒動がまさか僕の研究の答えになるなんて思いもしなかったんですから。本当に『地霊神』様様でしたね」
「本当だな。だが、これほど大規模なものを構築するにも、最低でも数か月はかかるらしい、と言われた」
「それなら、大丈夫でしょう。とりあえず、上層部そしてS‐GUTSを含む部隊の通信機を優先してシステムを付加します。それだけなら、それほどかからないでしょう。今後の戦いにおいては楽になると思います」
「『地霊神』様様というよりツバサ様様だな」
と、シンイチが笑うと、周りも釣られて笑った。
だが、ツバサに顔を向けずに頭を落としているのが一人だけいた。
マリナだった。
ツバサは、マリナの後ろ姿を見つめる。
多分だが――いや、確実に、昨日の件で色々悩んでいるのだろう。
ツバサに向かって怪獣の存在理由について、自分が正しいと断言し、その通りに動いた所、命令無視もあったが、あろうことか、自分の行動理念が仇となって死の一歩手前を経験してしまった。そして、まさかティガにも助けられ、最終的には自分は何も出来なかった。
マリナは自信喪失していた。
自分がやってきたことが間違いで、あんな生意気な奴の言うことが全部正しいのだろうか、と。
――とか何とか、思って自暴自棄になっているのだろう、とツバサは思考を読む。
やれやれ、とツバサは思い、マリナに近づいた。
ツバサに気づいたのか、マリナは、ちらとツバサを見て、そしてまたすぐに顔を逸らした。
「……何よ」
「いえ、今回はお疲れ様でした」
ツバサがそう言うと、マリナは苦笑し、皮肉交じりに応えた。
「何よ、それ。あたしに対する嫌味? あたしの言っていたことが全部間違っていたから、それを見越してあたしに、ざまあみろ、とか言いたいわけ?」
「いえ、そういうことでは……」
「皆まで言わなくてもいいわよ。今回はあたしが全面的に間違っていた。間違っていたわよ。認める、認めるわ。あたしの妄言の所為であたしは死にかけて、あろうことかティガに助けられて、自分では何にもすることが出来なかった。惨め以上に、自分が情けないわ」
ああ、駄目だ。やっぱりこの人は自分を見失っている――分かりやすい人だ。
「さあ、馬鹿にするなら馬鹿にしなさいよ。あたしは何にも反論しないわ。言いたい文句は全部聞いてあげる」
ツバサは、いい加減にしろ、と言いたかった。だが、それは根本的に彼女との間の溝を広げてしまうだけだ。
彼女と自分は決して相容れない――昨日まではそうだった。
だが、それは違う。相容れないのではない。ただ、相容れようとしても、その手前で止まってしまっているのだ。
交わろうとしても交わる勇気がないだけ――それが自分と彼女なのだ、と。
ツバサは、頭を下げて言った。
「本当にごめんなさい」
突然の謝罪にマリナは目を丸くしてツバサの方を向いた。
「は?」
「本当に……本当に申し訳ありませんでした」
「何よ……何で謝るのよ。あんたが謝ることなんて何一つ無いじゃない」
そう思うのが普通だろう。
だが、違う。本当に謝らなければならないのは自分だ、とツバサは分かっていたのだ。
「僕は、自分の意見をあなたに押し付けようとしていた。そのことを謝りたいんです」
え? とマリナは呟く。
「マリナ隊員が怪獣に対して果てしない憎悪を抱いていることに対して、僕は我慢ならなかった。怪獣にだって存在理由があって、その通りに生きているだけだと、僕は言いました」
「……言ったわね」
「でもそれは、科学者を志す者としての意見でした。僕は、僕自身の意見を――エンジョウ・ツバサとしての意見を何一つ言っていなかった」
マリナは神妙な顔をする。
「僕の意見は確かに一つの意見として捉えられる。だけど、決してそれが答えじゃない。それは一つの仮説に過ぎないんです。人間としての気持ちを言うなら、マリナ隊員の言葉の方が正しかった。怪獣や異星人――非日常的なものを畏怖するのは当然のことで、それに冷静になれる人なんて、僕のような頭がおかしい人間だけだ」
ツバサは続ける。
「マリナ隊員が怪獣を憎むには理由があるのでしょう。それがどんな、とは聞きません。でも、僕はすぐにそれを察することが出来なかった。マリナ隊員がマリナ隊員であるための本質を、僕は知ることもしなかった」
だから、エンジョウ・ツバサとして、イチカ・マリナ本人に謝りたいんです、とツバサは言った。
マリナは一回片手を頭の後ろにあててさすった。
「まあ……別に謝られるほどのことじゃないわよ。分かってくれればそれでいいんだし」
声が少し小さい。どうやら照れているようだ。
「それに……あたしもあんたの意見を何一つ聞いちゃいなかったんだもん。だからあんな目にあったんだし……」
なるほど、とツバサは理解した。
マリナは自分が隊長の光信号を無視したことが原因であることを十分に理解しているということだ。
「そういえば、ツバサ。お前、あの時一つ言っていないことがあったぞ」
フドウが割って入ってきた。
「言っていないこと?」
「ほら。何もしなければ、自然に事態が収拾するって」
ああ、そういえば、とツバサは思った。
確かあの時すぐにマリナの暴挙があった所為で、肝心の理由を言うのを完全に忘れてしまっていた。
ツバサは、説明した。
「簡単なことですよ。微生物が鉱石を生成できるのは二個までということはもう理解していると思いますが……」
ああ、とフドウが言う。
「それは『地霊神と地霊魔』にもそれに当てはまることもお伝えしましたよね」
「そうだな」
「最後に説明していなかったのは、地震の振動を吸収して鉱石となり、息絶えた『地霊神』がこの後どうなるかということです」
「ああ、そうだったな。あれが息絶えた後どうなるんだ?」
ツバサは説明した。
「まず、以前も言ったように、微生物が『地霊神』という怪獣になるのは、一体までです。従って、大小問わず、複数の地震をその時に止めることは出来ません」
そうだな、とフドウは言う。
「しかし、考えてもみてください。地震を吸収して息絶えた『地霊神』の死体――もとい鉱石はその後どうなると思いますか?」
どう? とフドウは呟く。
「そのままその場所に残る、とか?」
エミが間に入って答えた。
「いや、それだと矛盾してしまう」
どうして、とエミが聞いた。
「微生物が鉱石を生成する限度の仕組みは二個が限度だと言ったはずだよね。エミの予想をそのまま適応すると、地震を吸収した場所に『地霊神』の鉱石があちらこちらに存在していることになる」
ああ、とヒロキが唸った。それに続いて残りの隊員たちにも理解した。
「そう。鉱石の生成が、二個が限度である以上、それはあり得ないんだ。『地霊神』の鉱石が残っているのなら、それを砕かない限り、次の『地霊神』が生まれない――つまり次の地震を吸収できないことになる。以上から、エミの仮説は間違っていることになる。鉱石の内、一個が『地霊神』ならば、もう一個が『地霊魔』だ。そのまま『地霊神』の鉱石が残っていることはあり得ない」
「じゃあ、その『地霊神』の鉱石は一体誰が砕いているっていうの?」
エミが聞いた。
「PWウェーブとか?」
ヒロキが言った。
なるほど、確かにそれもありえるだろう、とシンイチが言った。
「確かに岩石を一瞬で粉々に出来ますが……違います」
「じゃ、一体誰が?」
ヒロキが聞くと、ツバサは答えた。
「そこで登場するのが、『地霊魔』何ですよ」
『地霊魔』が? と聞いた。
ツバサは、はい、と答える。
それを聞いて、フドウが納得した。
「そうか……そういうことか。『地霊魔』は死んでしまった『地霊神』を食べるための怪獣なんだな」
フドウが、言うと、ツバサは、大正解、と答えた。
「どうして分かったんですか」
マリナが聞いた。
フドウは答える。
「ああ。ツバサが聞いていてな。あの『地霊神』の足の数は何本だ、という質問だった。あの時、俺は三本だ、と答えた」
ああ、そういえば三本しかなかったですね、とシンイチが思い出したように言った。
「前足が無くなっている……そして、ツバサとマリナが調査した時に見つけたL字型の岩――あれが『地霊神』の無くなった前足だと、お前は言った」
ツバサは、はい、と答える。
「そう考えると、最初の鳴き声の騒動の時に起こったことは、『地霊魔』が『地霊神』を捕食しようとしていた、ということになる」
ああ、と周りが納得した。
「そうです。ですが、一回目の時は、地表すれすれで起きた地震――つまり『地霊神』にとって完全なイレギュラーだった所為か、地震を完全に吸収することが出来ず、息絶えることなく間違えて地表に出てしまったのでしょう。そこでどちらもパニックになった。『地霊魔』は間違えて生きている『地霊神』を捕食しようとしてしまい、前足を噛み砕いた。そこで『地霊神』が鳴いたんです。そして『地霊神』と『地霊魔』は慌ててそのまま地中に帰ってしまった」
そして、二回目は――、とツバサは説明を続ける。
「またも同じく地表近くで起こり、どちらも地上に出てきてしまった。だけど、一回目の経験があるおかげかどちらも慌てることなく対処が出来た。『地霊神』は、完全に鉱石となって息絶え、そして『地霊魔』は――」
「あたしが出しゃばらなければ、『地霊神』を捕食して地中に帰って終わるってことなのね」
マリナが結論を言うと、ツバサはその通りです、と答えた。
「あれは新しい『地霊神』を生み出すために、死んだ『地霊神』を食べる掃除屋のような役割を持った怪獣だったんです。ですが、マリナ隊員が攻撃した所為で、今まで無かったイレギュラーとして考えてしまった。だから再びパニックになってしまい、暴れだしたということなんです」
ツバサは、ここまで説明すると、ふう、とため息を吐いた。
「あのL字型の岩の半月に欠けていた部分は、『地霊魔』の噛み跡だったんだな……」
フドウが言うと、ツバサは頷いた。
「そうです。そして、あの岩から垂れていた液体は、『地霊魔』の涎だと考えればいいでしょうね」
ツバサは結論付けた。
あの時、あの老婦人があの鳴き声を泣いているようだったと言った。あれは、あながち間違いではなかったのね、とマリナは呟いた。
ツバサは頷く。
「結局、あたしが原因なんじゃない。あたしが何もしなければ、ティガも現れることもなく全て穏便に解決できたわけね」
マリナは言った。
マリナはしゅん、とする。ツバサは、それを見て思い出したように言った。
「そうですね……でも、過ぎたことを言ってももうどうにもなりません」
マリナは、顔を上げる。
「え?」
「だから……僕からあなたに罰を与えてもいいですか?」
罰? とマリナは言った。
「罰って……あんたがあたしに?」
「ええ。元々、この騒動の核心に迫ったのは僕ですし……それに隊長にそれを伝えたのも僕です。隊長の光信号で命令を出したということは、僕があなたに言っていたことと同義です。つまり、マリナ隊員は僕の忠告に従わなかった――それについての罰です」
「なんか無理矢理感が半端ないわね……」
マリナは、弱弱しく呟く。だが、決して嫌がっている様子ではないようだ。
「分かったわよ。罰なんでしょ? 出来る範囲で受けてやるわよ。同人誌みたいに痛ぶるのはやめてよね」
何を言っているんですか……、とツバサは言った。どうやら、彼女との間に「罰」といいう意味に大きな違いがあるようだ。
ツバサは溜息を吐いた。
「まあ、いいですよ。大したことじゃありません」
「何よ」
ツバサは、その罰を伝えた。
「これから僕は、あなたに対してため口で話させていただきます」
「……はい?」
マリナは、思わず聞き返した。
「だから、ため口で話すってこと」
「ため口? つまりあたしとあんたがこれから対等になるってこと?」
マリナが尋ねる。
ツバサは頷く。
「ちょっと待って……それはちょっと聞けないかな……」
「何で?」
「何でって……やっぱり先輩後輩の間柄っていうのは大事だし、それにあたしはあんたの教育係みたいなものだし……そこに対等関係を持っていくのはどうかなあと思うんだけど」
「というわけでよろしくな」
ツバサは、マリナの言葉を無視して話を進めた。
「ちょっと……話聞いてる?」
ツバサは笑顔で答えた。
「もちろん。これから色々よろしくってことだろ」
「ちゃっかりため口だし……」
マリナがそう呟くと、周りが笑い出した。
「と……とにかく! あたしは絶対認めないからね! 上下関係はこの先の社会で絶対必要なものなんだから! それを知らない無能後輩には教育が必要なんだから!」
「ああ、そうだ。マリナ隊員。今回の騒動についての報告書を詳しく纏めたいから、手伝ってくれ」
「聞けよ!」
マリナが怒鳴る。
笑い声が響く。
ツバサは、この時確信した。
マリナとは決して相容れない間じゃない。
ただ、まだ互いに互いのことを分かっていないだけなのだ。
きっとこれから、互いを理解しあう日が来る――ツバサはそう信じた。
そして。
このチームは強い、とツバサは感じた。このチームならどんな困難をも乗り越えられる強いチームワークで、これからの脅威に立ち向かえるだろう――と。
お疲れ様でした。これで終わりです。
これからもよろしくお願いします。
登場怪獣:
・地底溶岩鉱石怪獣 『地霊神』ウリゴザス
・地底溶岩鉱石怪獣 『地霊魔』バアリクス
次回予告:
「ウルトラマンティガであるあなたにどうしても頼みたいことがある」というツバサのPCに届いた一通の匿名のメール。ツバサは、そのメールの主の元へ向かい、ある事件の調査を依頼される。一方、TPC情報局参謀のイルマの元にも一通のメールが届いていた。そして、事件の真相に近づいた時、人類は己が隠し持つ闇の一端を目の当たりにすることになる……。
次回、第四話「知の探究者―The Darkness-」
参考にした話:
・ウルトラマンティガ 第二話「石の神話」
参考文献:
学研版 中学理科辞典(2005年 発行)
そのほか鉱石の化学式、花崗岩の分布図、鉱物環境学関連はインターネットより参考しました。
尚、分布図は2012年度版を参照しています。
また、『地霊神と地霊魔』の伝説はC県のとある伝承を下敷きにしています。その部分ので書かれている巨石は実在します。