朝八時。あれから寝ようとしても眠りに就けず、結局起きていた。その間に風呂や気晴らし程度に食事をして時間を潰した。
朝の光、小鳥の囀りを聞いたときはどれだけ安堵したかは覚えていない。もうこのままなんじゃないか、死なずとも時間を繰り返しているのでは? 時間がとまっているのかと疑問に思ったりもした。
チャイム。急いで扉を開けると、霊夢がいた。
「おはよう。なんの話?」
「……いや、まあ、揃うまで待っててくれ。揃ったら言うよ」
「わかったわ。じゃあ中に入るわね」
靴を脱ぎ、居間のソファーに座った。底がお茶を入れて渡す。すぐにレミリアも来た。同様にお茶。残すはアリスだけ。
九時。十時。
時計の針は動く。
十一時。十二時に針が差し掛かるとき、インターホンが鳴った。
「アリス」
「なによ……」
アリスは気まずそうに視線を外した。弱々しいその声。普段に比べるとぼさぼさの髪。肌は少し荒れていて、底と同様、あまり眠ていなかったことがわかる。
「来てくれてありがとう。待ってたよ、入ってくれ」
招き、全員のお茶を注ぐ。
「待たせてごめんな。さて、なにから話そうか……」
底が話あぐねていると、アリスがポツリと。
「まず、私と霊夢は死んだことがあるっていうの……」
「それを話すには、まず、俺の能力を話さないといけないな」
「能力? 天才の能力じゃなかった?」
博麗が言った。
「もう一つあるんだ。それが、『死に戻る程度の能力』だ」
三人が一斉に首を傾げる。
「早い話、俺は死ぬと時間が巻き戻るんだ」
三人が一斉に驚きの声をあげた。
「レミリアがわかりやすいな。レミリアと俺は、俺の中では少なくとも三十回は戦ってたんだよ」
「私は一回しか戦ってないわよ?」
「ああ、名のって戦い始めただろ? 一回目は一瞬で殺された。二回目もすぐに殺された。何回も死んでは名乗る前に戻り、同じことを繰り返す。俺は刀の練習をしながら死んでいった。魂魄妖夢のときは十回近く。伊吹のときは……覚えてないな」
「そんな……私は何度も底を殺したっていうの……?」
「いや、気にしないでくれ。まあ、アリスの疑問に答えると、アリスと一緒に家にいるときだな。あのとき、アリスが胸をおさえて苦しがったんだ。俺はなにも出来なかった。悔しかったよ。悲しかったよ。最愛の恋人が目の前で……なんてさ。アリスが死んだのを確認してしまって、俺は自殺した。因みに、戻ってからは特になにもなかった。霊夢のときも一緒」
笑ってはみせるものの、多分三人から見ると歪んでいるだろう。底自身でもわかる。
三人もしんじられない、と口をあんぐりしている。
「嘘じゃないんだよ。本当。俺は今までに何百と死んできた。狂うことはしなかったよ。精神状態も戻るからな」
「え、じゃあ、美鈴を倒した時にナイフがくるって予言したのは死んだから?」
恐らく、紅い霧の異変時だろう。
「そうだな。気づいたらナイフが三本刺さってた。盲目の時は、フランドールにも三回くらい殺されたな……」
今となってはおぼろげにもなった記憶。見えなかったことも作用しているのだろう。
「じゃあ、私のお願いを聞いてくれなかったのは?」
「あれは……隠し事をして一線を越えたくなかったんだよ……俺としてはやっぱり嬉しいぞ? でも、こんな大きい隠し事をして、後ろめたい気持ちで一杯だったんだよ。まあ、言い訳臭いけどな」
静寂に包まれた。気まずく、視線は下を向いていく。
「私は一番下ってわけじゃないの?」
昨日の言葉だろう。
「もちろんそんなことはない。お前ら三人とも愛してるよ」
「なにがあったの?」
レミリアが聞く。
昨日の出来事を説明する。改めて自分が何を言っていたのか理解したらしいアリスは、その間ずっと顔を赤くしていた。
「そんなことが……。でも、アリスの不安は尤もだわ。言うこともわかる。でも、それ以上に私は安心しているわ」
「なんで?」
お茶を飲んで、相槌を打っていた博麗が聞いた。
「それも、半分は私達を想ってのことでしょう? それに、アリス」
うつむいていたアリスの顔はレミリアに向く。「あなた、底としたいんでしょ? なら、今日にでも出来るじゃない」
「え」
「別にしたいわけじゃないわよ。昨日は特別寂しかっただけ。それに、酔ってたからよ……あのときは神綺母さんの言葉に流されて……」
底の知らない間に話が進んでいる事に驚いた。どんなことでも大人しく言うことを聞く所存ではあるが。
「底、私達が呼ぶまで外に行ってなさい」
女の子通しのがいいだろうと思い、底は頷き一つ、外へ出た。
真上に太陽があり、日陰はない。あるとすれば、森や木の下であろう。底の家の周辺はあまり人がおらず、道を見遣ると、陽炎の奥に和服を着た人が、歩いているのが窺える。どれくらい待てばいいのか、しかし、離れてしまうとどこにいるかわからず、レミリア達は底を捜すことになりそうだ。
結局、考えに考えた結果、家の裏にある、木の下で座っていることにした。
――――ジジジジ。
周りに音がないため、蝉がうるさく感じる。まとわりつく熱気。鼓膜を震わせるような蝉の鳴き声。それらが集中的にやってくる。時々風は吹くが、どれも汗を誘うような風だった。
「底。帰ってきてー」
うつらうつらとしていたようだ。博麗の声がする。目を向ければ、家の近くで手招きしていた。
片腕を挙げてから家に入る。博麗とレミリアは二言喋って、どこかへ行ってしまった。
「底、ごめんなさい」
顔をあわせた瞬間、アリスが頭を下げた。
なんで? とも思ったが、昨日のことだろう。
底も頭を下げて謝る。何を謝ればいいかわからなかったため、ごめん、ただそれだけが口から出ていた。
「私、底のこと考えてなかったわ……。底にそんな能力があって、今まで苦しんでたなんて思わなくて……。底のことをあまり知らなかったのに」
「いや、言わなかった俺が悪いんだ。そりゃあ、言われなければわからないよ。でも、言ったら軽蔑しないか、なんて女々しく思ってしまってさ」
両手を振りながら返した。アリスに非なんてあるはずがない。
「そんなことないよ! 底のこと大好きなだもん、愛してるもん……」
アリスの目に涙がたまる。底ももらい泣きしそうになる。
「俺だって愛してるさ。でも、打ち明けても誰も信じないし、果てには『お前は病院に行け』とか言われたりもした。だから、誰にも打ち明けず、俺だけの秘密にしようと思ってたんだ。ここに来て、大切な人が出来て、本当にそれでいいのか、秘密をもったままじゃ、本当の恋人になれてないんじゃないかって。打ち明けたら」
鼻からつん、とした痛み。頬には温かい涙が流れる。アリスも同様なのだろうか。
「なにいってるのよ……私達、恋人でしょ? なんでも頼ってくれていいのよ!」
アリスは泣く。底も、少しながら涙が流れていた。アリスと抱き合う。
アリスの温かさが安心感を呼び、幸福を感じさせる。
「あ、だ、だめ! 底、離れて!」
唐突に顔を赤くさせたアリスが焦ったように。
「な、なんでだよ。嫌だよ離したくない」
底としてはこの安心感をもう少し感じていたかった。本当の意味で恋人として思えたのに、離れたくないのだ。
「お、お風呂入ってないの……。離してよ……」
そう言われれば、どこかアリスの匂いがいつもより強いことに底は気づいた。
「いい匂いじゃないか。俺は好きだな。もちろん、霊夢とレミリアの匂いもすきだけど」
首もとを嗅いでいると、アリスは軽く喘いだ。「へ……変な声出すなよ」
「首とか耳はだめなの。早くシャワー浴びたいから離れてよ!」
しかし離さない。むしろ離したくないというのと、ある欲求が底のなかで芽生えていた。
「なぁ、このまましないか?」
アリスの体が跳ねたように震えた。耳がリンゴのように赤くなる。
「……お風呂に入ってからね」
相当悩んだのか、結局アリスは風呂に入った。