冷静で論理的なウェディングは、感情に流されることを嫌う。計画的に進めるはずだったデートで、彼と共にホラー映画を観ることになった。恐怖など合理的に分析できるはずだったが、予想外の演出に不覚にも隣の彼の手を握ってしまう。動揺を隠しながらも、彼の温もりが指先に残る違和感を拭えない。――あれはただの反射か、それとも。静寂を好む彼女の心に生まれた小さな揺らぎが、やがて予測不能な恋へと変わっていく。

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第1話

映画館のロビーは思ったよりも混雑していた。ポップコーンの香ばしい匂いが鼻をくすぐり、カップルや友人同士が楽しげに談笑している。私はそんな喧騒を冷静に観察しながら、隣に立つ彼に視線を向けた。

 

「……こういう場所は、計画的に動かなければ時間を浪費します。」

 

私はそう言って、券売機の列と売店の待機列を素早く分析する。効率の良い動線を選び、まずポップコーンと飲み物を購入した。彼がパンフレットを手に取るのを見て、わざわざそんなものを買うのかと疑問に思ったが、口にはしない。

 

やがて劇場内に入る。暗がりの中、私たちは指定された席へと向かい、無駄なく腰を下ろした。周囲は楽しそうな会話に満ちているが、私には理解しがたい。映画というのは情報を受け取る場であり、無駄な感情の共有など不要なはずだ。

 

上映が始まる。

 

スクリーンに映し出されるのは、ありきたりなホラー映画の序盤。私は冷静に分析しながら観ていた。

だが、進むにつれて違和感を覚えた。

 

思ったよりも、これは――

 

不意に画面が暗転し、耳元で悲鳴が響いた。

 

その瞬間、私は無意識に隣の彼の手を握っていた。

 

……いや、違う。これは反射的な行動ではなく、状況判断の結果だ。突発的な刺激に対する防御反応……そう、決して怯えたわけではない。

 

「……ふむ。」

 

誤魔化すように小さく声を漏らす。彼が私の手を見ているのが分かったが、指摘されるのは癪だった。私は何事もなかったかのようにスクリーンを見つめ、手を離さなかった。

 

映画は続く。

彼の手の温もりは、不思議と心を落ち着かせた。

 

映画が終わり、館内の照明が灯る。私は何事もなかったかのように手を離し、立ち上がった。

 

「……映像の構成は悪くなかったですが、恐怖の演出は単純でしたね。」

 

手を握っていたことには一切触れず、淡々とした口調で感想を述べる。彼がこちらを見て何か言いたげな様子だったが、私は気にしない。

 

「帰ります。寄り道は不要でしょう?」

 

そう言って歩き出すが、彼の後ろをついてくる足音が妙に気になった。

 

――あの時、なぜ私は彼の手を握ったのか。

 

合理的な説明はつけたはずなのに、今もその温もりが指先に残っている。

 

「……くだらないことを考えていないでください。」

 

誰に向けたわけでもなく、そう呟く。

自分に言い聞かせるように。

 

 

 

映画館を出ると、夜の空気がひんやりと肌を撫でた。私は自然な動作で腕を組み、寒さを遮断する。

 

隣を歩く彼は、何も言わない。ただ、先ほどまでの映画の話を続けるわけでもなく、妙に静かだった。

 

「……何か言いたいことでも?」

 

私が問いかけると、彼は少し間を置いてから口を開いた。

 

「さっき、俺の手を握ったよな。」

 

……やはりその話か。私は歩みを止めず、淡々と返す。

 

「錯覚でしょう。もしくは、一時的な生存本能による反応です。」

 

「ふーん。」

 

彼はそれ以上追及せず、ただ静かに笑った。

 

私は顔を上げ、夜空を見上げる。

 

――合理的なはずなのに、なぜか胸がざわつく。

 

 

街灯の淡い光が歩道を照らす。私は視線を前に向けたまま、歩調を乱さない。

 

「……何か可笑しいですか?」

 

彼の笑みが気に入らなかった。問いかけると、彼は肩をすくめる。

 

「別に。ただ、ウェディングにもそういう反応があるんだなって。」

 

「くだらないことを言わないでください。」

 

即座に切り捨てる。けれど、心の奥に微かな違和感が残る。彼の言葉が、まるで私の何かを見透かしているようで。

 

夜風が吹く。無意識に手を握りしめた。そこに、もう彼の温もりはないのに――。

 


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