カチコチ、カチコチ……。
部屋の時計の秒針の音が、やけに鼓膜を震わせる。私は黙々と手を動かして、青い毛糸を編み進めるが、遅々として捗らない。
バレンタインデーまで、あと数時間。
チョコレートも作りたい、マフラーも編み終えたい。
しかし、時間は非常であり、不器用な私はチョコレートかマフラーか、どちらかを選ばねばならない。
こんなことならもっとはやく準備していればよかった!
なんて泣きごとを言っても始まらない。
チョコレート作りはお姉ちゃんに教えてもらうので、そろそろ用意をしなければ。
友チョコと本命チョコ。
お姉ちゃんがお風呂から上がってきて、チョコレートを作るよと声をかけられ、私は編み物の手を止めた。
あと少しなのに……。
私はキッチンに向かい、お姉ちゃんと一緒にチョコレート作りをした。
お姉ちゃんにはカレシさんがいて、私も二度ほど顔を合わせている。爽やか系のお兄さんだった。まあ、かっこよさでは私のカレシには負けるけどね!
といっても、付き合い始めたのは、半月前。
【お試しで付き合ってみる?】という、告白なのかそうでないのかわからないことをいわれて、私は有頂天で頷き、初めて迎えるイベントのバレンタインデーを完遂すべく、カレシの友人たる夏油くんと家入さんにリサーチした結果、手作りのセーターが欲しいらしいと聞いて、セーターは無理でもマフラーならと編み始めたが、生来不器用な私は編み目を飛ばしたり、力加減を間違えてがたがたにしたりで、何回も編み直していた。
チョコレートも手作りがいいと聞いたから、挑戦してみてるのだが……。
「ちょっ、あんたココアパウダーかけすぎ!」
「え、でもたっぷりのが美味しくない?」
「粉が喉に張り付いて食べにくいわよ……」
我が妹ながら、不器用極まれり、と、お姉ちゃんが嘆く。
そのお姉ちゃんは完璧なトリュフチョコレートを作り、もうラッピングを始めている。カレシさん用には、ちょっと豪華な包装だ。
私は友チョコを作り終えて、本命チョコを作り始めたが、これがまた上手くいかない。
甘いもの好きなカレシ(五条悟くん)のために、ビスコッティを作ってみたけど、失敗の連続で、とうとうお母さんから【材料費の無駄! キッチンをこれ以上汚さないで!!】といわれてしまい、私は五条くんのぶんは不本意ながら妥協して、ラッピングを豪華にして誤魔化した。
「あんたもお風呂入ってさっさっと寝なさいよ」
お母さんに釘を刺され、私はお風呂に入ってから、編み物の続きをしようと思っていたら、いつの間にか寝てしまった。
バレンタインデー当日。
私は友チョコを配り終えて帰ろうとしたら、五条くんに捕まった。
「おまえ、今日なんの日かわかってる?」
「バレンタインデー」
「せーかい」
五条くんが片手を差し出す。
これは……。
「俺にはないの、チョコ?」
「えっと」
「傑にはやったのに、彼氏の俺にはないの?」
圧が怖い。
口は笑ってるけど、目が笑ってない。
「あの」
「なに?」
「ひとつ聞いてもいい?」
「どうぞ」
「私たちって……その、付き合ってるんだよね?」
「……」
五条くんの口があんぐりと開かれる。
「おまえ……いまさらでしょ」
「うん、いや、確認」
「……もしかして、彼氏じゃないからチョコないとか?」
私はぶんぶんと首を横に振った。
「あるよ! あるけど、その」
「じゃ、ほれ」
くれ、と、五条くんがさらに手をひらひらさせる。
私は隠し持っていた袋をおずおずと五条くんに渡した。
「でけー袋だな」
喜色満面の笑みでそれを受け取ると、中身をみてさらに驚く。
「これ……マフラー?」
五条くんの瞳の色に似た、青い色のマフラーを手にして、五条くんがケタケタ笑う。
「ひっでぇ、編み目ガタガタじゃん!」
「ごめん、やっぱり返して! 今度ちゃんとしたの買ってくるから!!」
「やーだね」
五条くんがマフラーを自分の首にくるくるっと巻いて、「あったけー」と幸せそうにしてくれたから、私の心もぽかぽかになる。
「ほんとはね、セーターがよかったんだけど、私じゃマフラーが精一杯で」
「もしかして、傑に聞いた?」
「う、うん」
「俺さ、おまえが他のやつらにチョコあげてるのみて、腹立ったんだよね」
「……えと、それは【嫉妬】?」
「いわせんな、ばか」
マフラーに顔を埋める五条くんの耳は真っ赤だった。
「……チョコ、一緒に食わねえ?」
「う、うん!」
私たちは公園のベンチに座って、チョコレートを食べた。チョコレートはほろにがく、五条くんも私も咳き込むほどだったけれども、今までに食べたチョコレートの中でいちばん美味しかった。
「来年はセーターが欲しい」
そういう五条くんは、照れくさそうに私にキスをした。
夕陽が真っ赤に染まり、私たちを染めあげ、ひとつに解け合わせたのだった。