尊敬する我が師、サー・マーティン・ジョージ・アストンへ。
こちら秋津洲の冬は想像以上で、私達のいる公使館の暖炉は文字通り24時間火が絶えることはありません。
宿舎の食堂も同様ですが、各個室には暖房がなく、最初の内は朝起きる際は大変辛い思いをしておりました。
しかし通訳氏より秋津洲における暖房器具『ヒバチ』を勧められ、寝る際にこれに木炭に載せて火をつけておくことで、朝の辛さはかなり弱まりました。
廊下の寒さは相変わらずといえますが。
先生が秋津洲を訪れる際は夏は絶対に避けるべきであると過去の手紙にて記しましたが、冬も可能な限り避けるべきであると強くお伝えいたします。
そして魔種族、魔獣の調査研究ですが、今日も大変驚くべき事がまたしても起きました!
興奮を通り越し、唖然と、呆然としたほどでした!
先日2度目に赴いた山中のジンジャで巨狼族一体一体や彼ら全員、そして神官全員の集合写真を撮影したと報告したのを覚えていらっしゃいますでしょうか?
一体一体を撮影した写真はこの公使館内に仮設してある写真室での現像が可能だったのですが、集合写真はどうせならと可能な限りの大きさ・・・入手している最大サイズの写真立てに合わせてプリントしようとしたのですが、公使館の設備ではそこまでのプリントが出来ず、館浜にある写真館に依頼しておりました。
その写真が届いたのですが、この寒さの中どうやってジンジャまで届けようか、春まで待つべきであるかと悩んでいたところ通訳氏より、前回のジンジへ向かった際に荷物運搬を引き受けてくれた人足が、この命の危険を感じるほどの寒さにもかかわらず運搬を引き受けてくれるとのことで、彼ら2人に写真を託しました。
ちなみにこの秋津洲の馬はポニーのように小さく、悪路もあって馬車は乗用荷物用共に私達各国公使館の関係者がこの首都内で使用している以外見たことがありません。
なので彼らはその馬の背に荷物を載せて馬を引いて運搬していくのですが、前回の旅でも騎乗している私達に遅れずについてくるという健脚ぶりでした。
そして彼らが私の予想よりも速い4日目の夕方に慌てて公使館に戻ってきました。
正直、私は写真に何かあって慌てて戻ってきたのかと思いましたが違いました。
彼ら身振り手振りや地面に描いた絵、さらに片言のキャメロット語や私の片言の秋津洲語で懸命にやり取りしたところ、私達が巡った2つのジンジャが共同で、たまたま山中のジンジャ近くに現れた魔獣を退治したとのことで、それを皇帝に献上するためにこの首都へ運搬するらしいというのです。
さらにジンジャ側が記したおおよその日程が記されていたメモと、簡単ではありますが運搬ルートがある地図も受け取ることが出来ました。
もちろんそのメモは読めませんでしたが。
たまたま彼らに遅れること1時間ほどで、珍しく夜にやってきた通訳氏に興奮しながら説明し、そのメモと地図を見せると、彼はまだ残っていた馬引き達に確認を取ると、私の解釈はほぼ当たっており、4日後にこの首都に魔獣の死体がやってくるというので、勤務時間を終える直前であった公使閣下に急ぎ報告し、準備と予備日もいるので明日から4日間の休暇を申請したところ、公使閣下が指示している魔種族魔獣調査の一環なので公務であるとし、通りかかるであろうその魔獣の撮影並びに秋津洲政府への死体調査の申請をするようにと指示がくだりました。
私は宿舎に戻ることなく、慌てて魔獣の死体を詳細に撮影する許可を得るため秋津洲政府への要望書を制作しました。
それを夜遅くまで残って秋津洲語に翻訳してくれた通訳氏に、キャメロット語で私が制作した原本と共に託しました。
すると速くも翌日の夕方には、秋津洲政府において魔種族と魔獣に関する取り扱いをしている官庁であるという『ジンギカン』より、死体の詳細撮影の許可が降りたとする、私にはさっぱりと読むことが出来ない秋津洲語で書かれた手紙をもって通訳氏が公使館にやってきました。
その時の私は、先生を差し置いて大変失礼ではありますが、大変な喜びに満ちあふれました!!
なお沿道での撮影ですが、通訳氏曰く、国民にみせるための行事であるのに特別に許可がいらず、見学はおろか撮影するのも自由とのことでした。
馬引き2人が戻ってきた翌日朝には、死体の詳細撮影の許可は未だに来ていませんでしたが、行列だけは撮影しようとさっそく準備に入っていました。
写真機とガラス乾板、乾板に塗る薬剤をしっかりと確認し、念のために予備の写真機も準備。
ガラス乾板が少し不足してきたので、この首都でガラス用のガラス板を取り扱っている商店に慌てて買い出しにも行きました。
さらに通訳氏と相談しつつ、翻訳を手伝ってくれている学生2人も巻き込み、ルートのどのあたりで撮影するかを相談し、ルートの『事前偵察』も実施しました。
もちろん後ほど死体の撮影許可は得られていますが、急に心変わりをされることもありますし、更にこれが儀式だというので、魔種族魔獣調査の一環ではないかと考えたわけです。
そしてなんとか撮影に適した場所を、道路沿いにあって周りより4フィートほど高くなっている、それなりの広さがある空き地をみつけることができましたが、問題は当日にその場所を確保できるかです。
既に首都では今回の魔獣退治とその死体の皇帝への献上が話題になっていることを通訳氏や学生2人から教えてもらいました。
なので当日、このとても良い場所が確保できるか疑問でした。
そのため、私は日が昇る前からこの場所を確保しようと心に決めていましたが、それを伝えた通訳氏が自分に任せて欲しいと強く繰り返しお願いしてきたので、この寒さの中で大変申し訳ないながらも彼に任せることとしました。
そして当日・・・今日の朝を迎えました。
今日の朝早くから、それこそ日が昇るかどうかというまだ暗い時間に友人のコック氏と一緒に撮影予定地点にやってくると、なんと既に通訳氏と学生2人、今まで二度ほど私達の事を護衛してくれた警官3人がその場所をかなり広めに、私達一行が5グループいても更に余裕を感じるほどのスペースを確保してくれていました。
私は彼らに心からの感謝を述べ、失礼だったかもしれませんがお金を渡し、交代で食事をとってきて欲しいとお願いしました。
彼らは私達キャメロット人だけをこの場に残すのが不安だったからか、最低でも秋津洲人2人が残った状態で交代で食事をとりに行ってくれました。
魔獣通過の予定時間が近づいて来ると、やはりこの場所近くは人がかなり多くなってきました。
屋台ですらやってきました。
私達はその屋台で購入した秋津洲料理や、コック氏や学生の1人が持ってきた合わせて2つの『ヒバチ』で交代で暖まりつつ、時折それを使ってお湯を沸かして、紅茶や秋津洲のお茶を淹れて皆で飲んで待っていました。
そして予定時間の1時間ほど前になって予想外の事態が起きました。
まず我が国の馬車が2台やって来て、公使閣下と公使夫人、そして先任書記官、駐在武官の少佐殿がやって来ました。
さらにそれに続いてなんとオークのオルクセン公使閣下と公使夫人一行が乗った馬車達もやって来たのです!!
顔なじみとなっているコボルト書記官は休暇でオルクセン本国へ帰省しているため当然いませんでしたが、かなり広めに場所を確保していたのはこれが理由かとようやく気がつきました。
そして気がつけば周りに、私達を護衛するためであるのは明白な沢山の警官がいるのにもようやく気がつきました。
ただ確保していたスペース内には当初からいてくれた3人の警官以外は入ってきませんでした。
コック氏はやってきた我が国公使一行やオルクセン公使一行にも紅茶やコーヒーを淹れ、こちらもいつの間にかあの2人の馬引きが運んできた沢山の秋津洲のカップに秋津洲の茶を淹れて、この寒い中で私達を警備してくれている沢山の警官達にも振る舞いました。
みんな驚きつつも喜んでくれた様子が見てとれました。
馬引きの2人はヒバチも2つほど燃料となる木炭と共に運んでくれたので、それらは用意された椅子に優雅に座っている2人の公使夫人達の前に配置しました。
なお魔種族に耐性(?)がある秋津洲人達も、どうもオークを見るのは初めてな様子で、周りで魔獣死体輸送を見学をしようと集まっていた秋津洲人達は、オルクセン公使館の一行を見てそれなりに、恐怖でなく好奇心といった様子でざわめいていました。
いよいよ予定時間が近づいてくると、遠くから・・・魔獣輸送の隊列がやって来る方向から不思議な音が聞こえてきました。
通訳氏曰く、秋津洲の伝統楽器とのことでした。
通訳氏は私達一行だけではなく、キャメロット人を介してのオルクセン側への通訳もおこなっていてとても忙しそうでしたが、基本的には私の隣が定位置でした。
そして隊列がみえてきました。
先頭は不思議な音がする楽器を吹き、叩いている神官服に身を包んだ4人の人間族でした。
それに巨狼族が4頭ほど続いていました。
その後ろには、その巨体を秋津洲の伝統的な鎧とヘルメットで身を包んだオニ族が2名、カナボウをもって続きました。
その後ろに間隔を少し開けてから、不思議な形をした槍・・・穂先が太いサーベルのような槍をもった、これも秋津洲の鎧とヘルメットで身を包んでいるコボルト族4人が続き、その後ろはサーベルを腰に差し、ライフル銃を肩に載せている・・・通訳氏曰く、ライフル銃を持っているが軍人ではなく警官とのことで、確かによくみると警官の制服を着た3人が続いていました。
なお3人の三角形の形で行進していましたが、先頭にいるのが署長だということで、確かに帽子に彼だけ飾りがついていて、ライフルは持っていませんでした。
そしてその後ろに、手紙だけで先生が信じてくるとは思えないほどの衝撃でしたが、ヒドラが・・・100人以上のコボルト族や人間族が担いでいる数え切れない数の輿に載せられた、伝説の魔獣ヒドラがやってきたのです!!
そのヒドラは頭が5つほどあり、その頭一つ一つが人間を簡単に飲み込めてしまうほどの口をもった大きさでした。
通訳氏曰く、このヒドラは秋津洲で『サキマタノオロチ』、『サキマタ』と呼ばれているそうで、2~8本の頭を持っているとのことでした。
ただ8本首は伝説以外に目撃例はなく、はっきりとした記録が残っているのは6本首まで。
この様な5本首ですら彼が知っている限り退治されたどころか、現れたという話も聞いたことがない。
普段現れるのは4本首ぐらいまでだとのことでした。
なお伝説に出てくる8本首のヒドラは『ヤマタノロチ』というそうです。
このヒドラを、あちこちに何かが書かれた紙が何枚も貼られている死体を目撃した途端、我が公使閣下とオルクセン閣下は驚きにあまり、いつの間にか用意されていた椅子から立ちあがり、キャメロット語で『オルクセンにもこの様な怪物はいるのか?』『少なくとも私は400年ほど生きているがみたことがない』等の会話を興奮しながらしていました。
2人の公使夫人は椅子に座ったまま、恐怖のあまり唖然としている様子でした。
もちろんというべきでしょうか、先任書記官も駐在武官の少佐殿もオルクセン公使館の他の一行も唖然と、呆然としている様子でした。
その死体が載せている輿の周りにも、一定の間隔でオニ族、コボルト族、巨狼族が続いていました。
一番数が多かったのはコボルト族で続いて巨狼族、オニ族が一番数が少なかったです。
そしてその『サキマタノオロチ』の半分ぐらいまで行列が進んだところで、巨狼族の1頭が突然、遠吠えをしました。
すると隊列が停止し、楽器の音も止まりました。
『サキマタノオロチ』も地面に降ろされました。
そしてなんと私達の前に、行列にいた全ての魔種族・・・武装していたものも担いでいたのも含めて全てと人間族の神官、警官がやってきて並び、輿の元に残っていた人間族も含めてその場で私達に向かい深々と頭を下げし、オニ族の1人が私達に向かって、秋津洲語で何を述べました。
正直、その時は何が起きたかはわかりませんでした。
写真機から身体を出し、呆然というか、感動というか、そのような感じようが入り交じった様子でそれを眺めていました。
もちろんシャッターを切るのも忘れてはいませんでしたが。
オニ族が何を述べ終わると、2人の公使閣下と2人の公使夫人は、見るも美しく、敬意に満ちあふれている動作で最敬礼をしました。
その後、私達キャメロット人、オルクセン人、そしてスペース内にいた秋津洲人もそれぞれの礼節に基づいた最敬礼をしました。
周りにいた見学の秋津洲人達は無言になっていました。
そして全ての巨狼族が一斉に遠吠えをすると、再び魔獣は担がれ、行列は再開して目の前を通り過ぎました。
通訳氏は公使閣下2人に詰め寄られ、先ほどのオニ族が何を述べていたのかの説明を求められていました。
2人とも何を言っているか理解していないにもかかわらず、外交官の本能で最敬礼をしていたのです。
流石としか言いようがありません。
そして通訳氏曰く『外国から職務でいらした貴人の皆様に申し上げます。我が国にはこの様な魔獣が未だに生息し、魔種族や人間族の大いなる災いとなっています。しかし我ら皇帝に使える魔種族や人間族はこの様な魔獣が現れても、例えこの身が魔獣の餌になろうとも、あなた方外国人やこの国の民を守り抜きますのでご安心ください』とオニ族が述べていたと言いました。
その後は我が公使閣下とオルクセン公使閣下は何事かを相談し、公使館からやって来た一行は夫人達と共に一旦オルクセン大使館に向かうというので、私とコック氏、それと学生2人と通訳氏で後片付けをし、キャメロット公使館に引き上げることにしました。
そして公使館まで一緒に来てくれた通訳氏、警官3人、学生2人、馬引き2人とそれぞれ握手をしてから分かれました。
明後日の午後がいよいよヒドラの遺体検分となります。
今日撮影した写真は明後日の検分が終了した後の手紙にて必ず添付させて頂きます。
公使閣下より、本国に報告するためということで本国政府に送付する写真も含めて大量のプリントをしないといけないので明日1日は写真室に籠もろうと思っています。
それでは不肖の弟子が興奮しつつ、ランプの灯りの下で慌てて書いている手紙をこれにて終わりとさせて頂きます。
次の手紙でお送りできるであろう写真やヒドラの死体検分についてお楽しみにお待ちください。
魔境な秋津洲。