尊敬する我が師、サー・マーティン・ジョージ・アストンへ。
行って参りました!
見て参りました!
触って参りました!
撮影して参りました!
あの5本首のヒドラ『サキマタノオロチ』の遺体を検分して参りました!!
私達の前を『サキマタノオロチ』が通り過ぎた翌日朝には皇帝や政府の各閣僚への遺体を献じる儀式がおこなわれたそうで、その儀式の後は皇帝家の居城の庭にて国民への『サキマタノオロチ』の見学会がおこなわれたそうです。
私はそれにも行きたかったのですが、前の手紙で記したとおりに公使館業務といえる撮影したガラス乾板の現像と写真プリントで手一杯だったのでいけませんでした。
ただ先生にだけは正直に告白しますが、それらの作業を放置し、公使閣下よりお叱りを受けるのを覚悟の上で、写真機をもって秋津洲国民に混ざり見学に行こうかと目論んでいたのです。
しかし道案内をお願いした通訳氏から身の安全が全く保証できない混雑であるとのことで強く止められた上、更に彼が私が抜け出す可能性があることを先任書記官にそれとなく伝えたようで、先任書記官が度々写真室前にやって来て、ドア越しに私がしっかりと乾板の現像作業やプリント作業にあたっているかを繰り返し確認したので、無理を承知で1人で公使館を抜け出して・・・公使館は皇帝居城西側の堀の脇に建っているので、堀沿いに進めばたどり着けるだろうという浅はかな考えで見学に行くという蛮行をおこなう事もできませんでした。
しかしその我慢のかいもあり、先ほどまでじっくりと、食事もとることを忘れ、予定時間を過ぎても戻ってくる気配がない私私達一行を心配した公使閣下がコック氏に全員分の携帯食を用意させ、それを届けられる事もありましたが、遺体見学を堪能することが出来ました!
今回の『サキマタノオロチ』の見学は、当然のことながら私だけではなく、他に2人の秋津洲人の学者と共同でした。
私は撮影する写真が膨大になることを予想し・・・いや、それが絶対であると確信していたので、秋津洲の首都中から・・・といっても知る限り3店舗ほどしかありませんが、ガラス乾板と印画紙、各種薬剤を根刮ぎ、店主が他の方に売る分がなくなるから勘弁して欲しいと、通訳氏を通じて懇願するのを鋼の心で無視し、先生はお叱りになるでしょうが、最後は卑劣にも外交官であることを前面に出して押し通し、強引に買い上げました。
もちろん即金かつお詫びを込めて10%ほど高い代金を私が自費で立て替えて支払って購入したのですが、その3枚の領収書を公使館の会計担当に示したところ、しばらく眺めた後に『来月以降の精算とします』とだけ冷たく言われました。
間違いなく、卑劣な私に対する神よりの罰かと思われます。
そして通訳氏が『朝早く行っても皇帝家居城の門は閉まっているので無駄です』と止めるのも聞かず、本日の早朝から出発しました。
今回は私、通訳氏、学生2人、いつもの護衛の警官3人と、予備と緊急用を含めた写真機3台に、更に今回はガラス乾板が大量になりすぎたので、またいつもの馬引き2人にもお願いし、荷物の大半を彼らに運んでもらいました。
深い堀に囲まれた居城にある巨大な木製の門の前に、指定された時間よりも圧倒的早くに到着した私達一行でしたが、驚くべき事に私達が最初に到着したのではありませんでした。
既に先に門の前で待っている人達がいたのです。
それは先ほど記した秋津洲の学者達でした。
しかし驚くべき事に、通訳氏を通して話をした彼らは在野の研究家で、大学の教授ではなかったのです!
ですが彼らと話を更に続けていくと、近代化を遂げたばかりの秋津洲ではまだ大学といえる程の研究教育機関が設立されていないそうで、現在あるのは前政権の前時代的な教育機関を元にした、まずは私達星欧諸国の先進的な知識を吸収することを目的とした教育機関があるだけだそうです。
あなた方の国に比べて遅れている我が国は研究という段階にはまだ入れないと、恥ずかしそうに述べていました。
しかし私は先に到着していたお二人・・・1人目はまだ大変若く、私と同い年のようなみえるタシロ氏と、もう1人・・・こちらは50代ほどと思われるハナブサ氏達は、近代的な教育を受けていない粗野な研究家とは少しも感じず、通訳氏を通じた会話にもかかわらず教養と理性と知性に満ちあふれ、さらには数々の研究事例を有している・・・まるで尊敬する先生のような方達であると感じ取りました。
そもそもよく考えれば、あの様な素晴らしい魔獣の遺体検分に参加できるような方達なのですが、この秋津洲でトップレベルの魔獣、魔種族研究家か、博物学者なのは当然といえます。
彼らに比べれば私の方がずっと粗野な研究家ではないかとすらまで感じました。
私はふと、こんな失礼なことを、道洋にて独自に研究を続けている尊敬すべき研究家である2人を一瞬ですら侮辱する思いを抱いたしまったことを愚かにも記したため、帰国したら先生より強く厳しい指導を受けるのではないかと恐れを抱いてしまいました。
話を戻します。
それぞれ共もつけずに単独でやって来ていたタシロ氏とハナブサ氏も合わせた私達一行は、通訳氏を介し、星洋道洋の魔種族魔獣について寒さを感じないほどの熱意で語り合っていましたが、私達3人以外がこの寒い中で凍えた様子で待っているのを見ていられなくなった守衛により、特別に居城内にいれてもらいました。
ちなみに私達キャメロット人からみると大変面白いのですが、秋津洲の名家の邸宅にある門はその構造が独特で、メインの門の脇に小さいサブの門があるという構造で、メインの門は邸宅の主人もしくは彼と同格か目上の訪問者のみが利用できるというマナーがあるそうです。
なおもちろんと言うべきでしょうが、秋津洲にも裏門といえるものも存在していますが、このサブの門は裏門ではないという扱いだそうです。
なので私達一行も、当初は守衛が開けてくれた、メインの門の脇にあるサブの門より入ろうとしたのですが、私がキャメロットの外交官であることがわかると守衛達は混乱し、メインの門を開けるかどうかで議論を始めました。
ですが通訳氏とタシロ氏とハナブサ氏が彼らと相談し、さらに私の同意もとった上で、サブの門から入ることとなりました。
ただこれが外交官として不利な先例となってはいけないので『今日は国を代表する外交官として参ったのではなく、1人の魔種族魔獣の研究家としてお許しを得て参った。なので本日はこのサブゲートから入らせて頂きたい。もちろん外交官として参った際はメインゲートを通ることを願いたい』と通訳氏を介して伝えた上で、サブの小さい門から皇帝の居城内に入りました。
もちろん門を越えただけであり、未だに屋内には入っていません。
私達一行は守衛の案内にて、火の気が全くない寒々とした屋内に案内され、そこでしばらく待っているようにと告げられました。
ただこれは私達を冷遇したのではなく、私達が速く到着しすぎたために準備が間に合っていなかっただけで、すぐに従僕達によってヒバチが用意され、部屋は段々と暖まり、温かい茶も皆にだされました。
馬引きが運んでくれた予備のカメラや、大事なガラス乾板や薬剤もポーター達が馬引きと一緒に部屋に運び込んでくれ、私達3人は再び通訳氏を介し、魔獣や魔種族のことを話し続けました。
意外なことでしょうが、私達3人はこれからみることが出来るヒドラについては一切触れず・・・どうせこれからたっぷりと堪能できるからですが、かわりに星洋と道洋でお互いがまだ見ぬ魔種族と魔獣・・・といっても星洋では魔獣は絶滅していますが、それの情報を交換し続けました。
私は魔種族よりも魔獣について聞いたのですが、彼らはエルフィンドに住まう清らかで美しい精霊であるエルフ達に強い興味を持っていました。
彼ら2人は私のエルフについての話をある程度聞くと、2人で何かしら話していました。
彼らが言うにはエルフに当たる魔種族は秋津洲には存在していないそうですが、どうも伝説上の魔種族と特徴が一致する部分があるように感じているとのことでした。
そうしている間にいよいよ時間となり、私達一行は通訳氏はもちろんのこと、学生2人や警備の警官3人、更に予備のカメラやガラス乾板等をポーター達と一緒に運んでいる馬引きも、広大な庭園の中央に置かれている『サキマタノオロチ』の前に案内されました。
私、タシロ氏、ハナブサ氏の3人は、先生もきっと私達と同じ行動をとる可能性があるのではないかと考えておりますが、『ジンギカン』の担当者が死体のだいぶ手前で立ち止まり、何かを説明しようとした前に我慢できずに走り出し、巨大な魔獣の死体に触れ、堅い鱗を叩き、5つもある頭を眺め、通じるはずもないのに興奮のままにキャメロット語と秋津洲語で言葉を交わし続けました。
通訳氏がなんとか私達3人を落ち着かせ、我に返った私達が振り返ると、サーカスをみつけた途端に親を置いて走り出した小さい子供を見るような暖かい目で私達3人を眺める、私達以外の全ての人間がそこにいました。
流石は年長と言うべきでしょう。
ハナブサ氏が咳払いをし、秋津洲語で何を言いました。
私は未だに秋津洲語がそれほど理解できないにもかかわらず、何故かこの時だけは彼が何を言ったのかだけを、魔種族魔獣研究家として本能で理解することが出来ました。
私も彼に続いてキャメロット語で言いました。
『お恥ずかしながら少々興奮してしまった。さぁ研究を始めよう!』と。
落ち着いた私はこの魔獣の全身を撮影することを早々に断念せざるを得ませんでした。
持っている写真機で撮影するためにはある程度以上は離れなければならず、そうなるとこの魔獣を恐ろしさを感じることが出来る迫力ある写真とならないことが明白だったからです。
なので私はまずはこの魔獣の大きさを測定することにし、その後に各部位を中心として撮影することに決めました。
しかし後ほど、学生の1人からの提案のおかげで迫力ある全身が撮影できたこともお伝えいたします!
改めてこの5本首のヒドラ『サキマタノオロチ』の大きさは巨大であるといえます。
魔獣以外で対抗できる生物は鯨ぐらいではないかと思います。
いや、魔獣ですらこの魔獣に対抗する大きさのものはなかなか存在しないと思います。
まずこの魔獣の長さを・・・博物学者ならばフィートとインチ。
建築家ならヤード、フィート、インチ。
鉄道技師ならチェーン、リンクで表現したくなるでしょうが、私が入手できた素人でも扱うことが出来るヤード・ポンド法の測量道具は、現在我が国が売り込んでいる鉄道の建設用のチェーンのみでした。
私は学生を助手とし、尻尾から5本首の内最も長い頭の口先まで測量しました。
タシロ氏とハナブサ氏も共同で、私が使っている測量用のチェーンと全く同じもの・・・ただし長さが違う秋津洲の測量体系のものを使って測量していました。
そしてその測量結果ですが、約2チェーン80リンクでした。
秋津洲の単位系ですと『30ケン4シャク8スン』と言うそうです。
胴体の太さは11リンク、首1本1本の太さは4~6リンク。
頭の高さは胴体とほぼ同一ですが、幅は6~8リンクほどでした。
その口は一番小さい頭のものでも私ならば間違いなく簡単に一飲みにされる大きさまで開きました。
皆で協力して道具まで使って強引に開けた口の最大開口サイズは20リンクほどでした。
とにかく巨大であるといえます。
ただこの巨大な身体もあちこちに銃創や刀傷、さらにはおそらくは巨狼族が噛んだ際に出来たと思われる咬傷やオニ族がカナボウで殴りつけた際に出来たと思われる打撲痕が多々ありました。
特に頭の1つは完全に頭蓋骨が叩き潰されており、オニ族の力の恐ろしさが伝わってきます。
他にも首が1本切断されかかっており、ジンギカンの職員曰く、コボルト族がもつ『ナギナタ』という武器で何度も切りつけた結果だそうです。
各部位の検分がすんだ時点で既に終了時間と定められていた昼となっていました・・・というか後ほど通訳氏から伝えられて知った有様でしたが、ジンギカン側の好意と私の後ろにいると誤解しているキャメロットという国家の力から、何も言われずに調査時間が延長されました。
もちろん繰り返しですが、私はその時は全く気がついていませんでしたし、タシロ氏とハナブサ氏も同様だったと思います。
続いてタシロ氏とハナブサ氏の了承の元、各部位の撮影に入りました。
後で撮影した写真を渡すという条件でした。
2人は写真機に興味津々という様子で、念のために持ってきた巨狼族を前に撮影した写真を見せると『コウガ、コウガ』といっていました。
通訳氏曰く、秋津洲では写真のこと『コウガ』、キャメロット語に直訳すると『光りの画』というそうです。
ただ2人の目は、失礼な表現ですが、未開人が初めて見たものに驚いたというものではなく、『これは学術研究の役に立つ』という研究者の目をしていました。
実際、この後2人から写真機の値段や撮影にかかる経費等を細かく質問されました。
そうして部位ごとの写真の撮影が済み、今度は記念写真も兼ねた人間との対比写真を撮りました。
これは私、タシロ氏、ハナブサ氏、通訳氏、学生2人、そして警官や馬引きもいろんな理由をつけて撮影しました。
ちなみに私を撮影するときは、興味津々だったタシロ氏とハナブサ氏に失敗を覚悟の上で任せてみましたが、現像すると2人とも見事に撮影できていました。
なお流石に『サキマタノオロチ』をバックにして撮影した集合写真・・・対比写真は流石に私が撮影したので、同封した写真の1枚である集合写真には私は写っていません。
そしてその後に学生の1人が、写真機の位置と高さを測量て完全に固定した上で、撮影角度だけ変えて頭から尻尾まで複数枚に分割して撮影し、それを現像した後につなぎ合わせることが出来ないかと私に質問しました。
私は全く気がついていませんでした。
写真機を保有している唯一の人間だというのに全く気がついていませんでした。
幸いまだガラス乾板にはかなり余裕があったので、失敗する覚悟で撮影に挑みました。
持っていた道具で簡単な測量道具を作り、写真機を覗いたハナブサ氏がだいたいの撮影可能範囲を把握してから、魔獣全体を撮影するのに必要な角度の計算を暗算にて、一切の道具やメモもとらずに暗算で計算してくれました!!
それは大変な驚きでした!
果たしてキャメロット人に、この様なことが暗算で出来る人間が一体何人いるのでしょうか?
先生はおこなえるでしょうが、私には出来ません!
心の底からの驚きでした!
そして私は驚きつつ、彼が導き出した角度ごとに撮影をしました。
もちろんと言うべきでしょうが、それは大成功でした。
流石に私の技術では1枚にプリントアウトすることが出来ないので、で館浜の写真館まで赴き、私の指示の元にプリントしてもらいました。
それが今回先生への手紙というか書類封筒に入れることが出来た一番大きな写真です。
この写真で先生へ少しでもあの魔獣の凄まじさが伝わることを祈ります。
こうして私的には写真を撮り切ったと思った後、今度はタシロ氏が突如として大ぶりなナイフを取り出しました。
私は大変驚きましたが、続いて彼は刀傷の1つをその大ぶりなナイフで強引に、身体が汚れるのもいとわずに切り裂き始め、時間はかかったものの、最終的には全員の渾身の力で引っ張り出すことに成功した魔獣の内臓を調べました。
これは私もハナブサ氏も調べましたが、3人の意見は『通常の蛇と胴体部分の内臓に関しては同一である可能性が非常に高い。違う部分は5本ある頭部から食道が接続する部分ぐらいではないか?』で意見が一致しました。
もちろん引っ張り出した内臓も撮影しており、その写真も同封しております。
続いて完全に潰れている頭部をタシロ氏が、切断されかかっている首部分をハナブサ氏がそれぞれナイフで解体していくと、脳から続いている血管が食道接続部付近で脳と大変似た内臓と接続しているのを発見しました。
私達はこれが何か悩みましたが、おそらくこれも脳であると考えました。
先生もご存じの通り、脳は近年の研究によって思考を司っている内臓器官である事が断定されておりますが、よくよく考えますと頭が5個あるということは脳も5個あるということになり、どの頭の脳が思考を司っているのかわかりません。
ただこの胴体にて発見された脳にそっくりな内臓が脳であるのならば、頭にある脳は思考を司っておらず、この胴体にある脳が思考を・・・身体をどう動かすのか、何を食べるのかを指揮しているのかもしれません。
ちなみにこの頃には私はさほど汚れていませんでしたが、タシロ氏とハナブサ氏は酷い有様と言っていい様子で、解体調査はこれで終わりとなりましたが、2人ともこんなことはあろうかと着替えを持ってきていたそうですが、着替えだけですむはずがなく、ジンギカン職員に風呂に案内されていきました。
そして時間は既に昼をとっくに回っており、懐中時計は15時過ぎを示していました。
予定では12時までと言われていたのをようやく思い出しましたが、ジンギカンの職員は特に何も言わず、それどころか私達一行の様子を確認すめという任務も兼ねて食事を届けに来てくれた友人のコック氏を案内すらしてくれました。
彼は公使館で雇っている、働いている内に片言のキャメロット語がしゃべれるようになった下働きの秋津洲人を通訳として一緒に連れてきており、コック氏が作ったサンドイッチ、下働きの秋津洲人が作ったライスを丸めた秋津洲のサンドイッチにあたる携帯食を届けに来てくれました。
私達は・・・正確に言うと私はようやく腹が空いていることに気がつき、ずっと腹を空かせていたみなと一緒に不作法ながら立ったまま食事をしました。
そしてその食事の途中でタシロ氏とハナブサ氏も着替えた上で戻ってきたので、彼らにも食事を分けました。
彼らも風呂に入ってようやく腹が空いたことに気がついたそうです。
彼ら2人と学生と警官の1人にはサンドイッチは好評でしたが、通訳氏も含めた他の秋津洲人の口にはあまり合わなかったようです。
遅い昼食を終え、最後にどうするかを相談しようと考えていると、ジンギカン職員がやってきて、魔獣を背景に今回この魔獣を打ち倒した者達の記念となる写真を撮ってくれないかと通訳氏を介してお願いされました。
私をはじめとして、タシロ氏とハナブサ氏も特にこれ以上これといって調べることは思いつかないので撮影を快諾すると、まるで主人に呼ばれた飼い犬が全力で走ってくるかの如くの勢いで、30頭以上の巨狼族が全力で走ってきて、私を取り囲み興奮した様子でぐるぐる回りながら、秋津洲語で何かを盛んに訴えていましたが、私には『コウガ』という言葉だけが聞き取れました。
しかしそれだけが聞き取れれば十分といえます。
遅れてカラフルといえる秋津洲の伝統的な鎧、通訳氏が言うには『オオヨロイ』という、今から6~700年ほど前のデザインの鎧に身を包んでカナボウをもったオニ族が10名程と、オニ族と明らかにデザインというか、設計思想自体も違うように感じる胸甲や小手やすね当て・・・通訳氏曰く、最近まで前政権下の最下級の騎士がつけていた鎧をつけた100頭以上のコボルト族も走ってやってきて、やはり彼らも『コウガ』という言葉を盛んに発していました。
そして最後にやって来た3人の人間族の警官達が、たった3人なのに必死になって巨狼族、オニ族、コボルト族を落ち着かせようと努力している様子が、言葉が通じないにもかかわらず感じることが出来ました。
そして私は彼らがどうしてそれだけ興奮しているのも理解していました。
写真を撮って欲しいのだろうと。
ジンギカン職員や通訳氏、私達と共に来てくれた3人の警官、さらには学生や馬引き、タシロ氏やハナブサ氏も一緒になってなんとか魔種族達を落ち着かせたところで、早く写真を撮ろうということになりました。
このままだと暗くなって撮れなくなるからです。
少しでも暗くなると写真が撮れないと知った魔種族達はさっきまでの大騒ぎはどこへ行ったのか、どうも事前に打ち合わせと訓練をしていたようで、素早く魔獣の遺体の前に種族ごとに順番になるように列を作りました。
私は先ほどの撮影で撮影範囲の感覚をかなりつかめていたので、巨狼族は3回に分けて、オニ族は2回、コボルト族は5回、人間族の警官は1回で素早く撮影することが出来ました。
ここまで素早く出来たのは予備と緊急用の写真機も使い、学生を助手として交互に撮影、乾板差し替え、撮影待機中になるようにしたためです。
ただし失敗を考慮して1グループごとに2回ずつ撮影したので、総撮影回数は更にその倍となります。
そして全員を撮影し終わった後に、まだ写真が撮れる明るさだったので、全員の顔が確認できないぐらい離れて撮影することになる上、失敗する可能性もあるが、全員で1枚に入るように撮影するかと提案すると、彼らは大喜びで同意してくれました。
そして間違いなく事前に準備していたのであろう、複数の異なる高さの踏み台を沢山用意し、あっという間に魔獣の遺体の前に全員の顔がしっかりと写るように見事な整列をしました。
私はそれをみて、事前に散々練習と準備をこの短時間にもかかわらずしていたのは間違いないと確信しつつ、撮影しました。
撮影後、オニ族より魔獣の、私の拳ほどもある魔獣も頭ごとに2本あったもっとも巨大な牙を10本と、私の掌ほどのサイズがある巨大な鱗を30枚をプレゼントするといいました。
通訳氏をはじめとして、タシロ氏、ハナブサ氏は大変驚いていました。
理由を聞くと、魔獣の死体は皇帝と倒した者だけのものであり、本来ならばこの様なプレゼントがされることはないとのことです。
しかしオニ族曰く、まだこの秋津洲でまだ大変珍しい写真を撮影してもらった。
私達の武勇の証拠である写真を撮ってくれた。
この写真があれば、子に孫に私達の武勇を伝えることが出来る。
ありがとう。
このプレゼントは全員の総意である、是非とも受け取って欲しい。
私は最敬礼でそれを受け取りました。
受け取った牙と鱗ですが、タシロ氏とハナブサ氏に牙1本ずつに鱗を3枚ずつ進呈しました。
公使閣下には牙を4本に鱗を10枚を公務の結果として入手した物として渡しました。
そして先生に牙を3本と鱗を10枚、弟子として贈ります。
私は牙を1本と4枚の鱗を頂戴します。
それでは先生、凍えるような寒さの秋津洲より失礼いたします。
この手紙に同封した写真やイラスト、牙や鱗が先生の研究の役に立つよう祈っております。
2チェーン80リンク = 約56m
30間4尺8寸 = 約56m
20リンク = 約4.0m
11リンク = 約2.2m
4リンク = 約0.8m
6リンク = 約1.2m
蛇としては少し寸詰まっているような体型でしょうか?