尊敬する我が師、サー・マーティン・ジョージ・アストンへ。
この秋津洲の身も凍る寒さもようやくやわらぎつつありますが、寒さがやわらんで来ると今度は逆に雪が降りやすくなるそうです。
秋津洲の天候は複雑怪奇です。
肝心な魔種族魔獣研究ですが、先日送りました手紙に記しました秋津洲での魔種族魔獣研究の大家であるハナブサ氏が我がキャメロット公使館に訪れてくださいました。
もっともご本人は『我が国ではまだ魔種族魔獣の研究は体系だったものはなく、研究者各人は数寄者扱いですし、そもそも酷い者も多数おります』と謙遜されていましたが、ハナブサ氏が拝見させてくれた彼の著作や研究ノートは、私は理解できないので通訳氏や学生氏を介してですが、かなりの物だそうです。
氏がキャメロット公使館までわざわざいらしてくださったのは、先日のヒドラ見学の際に約束したもので、星洋と道洋での魔種族魔獣の情報交換をしようという趣旨でした。
その中で特に気になったのは以下の点です。
・先生も著作の中で記している伝説上とされている単眼巨人の魔種族『サイクロプス』、これとほぼ同等といえる存在が過去の秋津洲にも存在していたが、現在では絶滅している。
・我が星欧ではヒドラ種は切った首を焼かねば再び生えるという伝承があるが、秋津洲では若干異なりながらも、ほぼ同等ではないかという事象が観測されている。
・白エルフ族が魔種族の1勢力として秋津洲に存在したという記録はないが、単体では白エルフではないかと思われる人物の記録が存在する。
まず1点目のサイクロプス族に関してですが、秋津洲でも伝説に近い伝承だそうですが、単眼巨人の種族が秋津洲を構成する主要4島の内、首都がある最も巨大な島の西方に存在していたそうです。
この単眼巨人の種族が魔種族なのか魔獣だったのかは不明ですが、伝承ではオニ族よりも更に巨大だったとのことです。
この単眼巨人の種族は人間族やオニ族と激しい抗争を数百年にわたり繰り広げ、記録上では約1200年前には絶滅したようだとのことです。
ちなみにハナブサ氏の見解では、この単眼巨人の種族は魔獣ではなく魔種族で、皇帝に仕えるをよしとしなかったことや、周辺の人間族や魔種族から略奪を繰り返していたので激しい抗争になったのではないか、最終的には皇帝が発せられた大規模な討伐軍によって滅んだらしいということを説明してくださいました。
更に彼らは高度な鉱山開発能力や冶金技術を有していたらしく、抗争初期はあのオニ族ですら敵わず、ほぼ一方的な蹂躙であった可能性が非常に高いそうです。
その後は彼らの技術を数百年かけて吸収していった人間族の鍛冶師によって彼らに対抗できる武器が作られ、オニ族の重要な武器になっていったそうです。
確か先生の著作にもサイクロプス族が高度な鉱山開発能力や冶金技術を有していた可能性が考えられると記述されていた憶えがあります。
もしそうなりますと、同一種族であった可能性が高いのではないかとこの不肖の弟子は愚考いたします。
続いてはヒドラについてですが、こちらは現在も時折秋津洲各地に出没していることから、先人の詳細な記憶が複数存在しているそうです。
星欧では『ヒドラの首は切断した後その切り口を焼かねばすぐにまた生える』という伝説が先生の著作をはじめとして、各古典に記されていたと憶えがあります。
ハナブサ氏は私のその質問に対して、明瞭に否定した後に続けて『すぐに生えると間違いで、実際には脱皮の際に傷が完全に塞がり、2回目の脱皮で切断された首が生え戻ります。サキマチノオロチは通常、3~4回の脱皮の際に首が増えていきます』と、恐ろしいことに実際にヒドラを30年にわたり飼育し観察していたという50年ほど前に死去した騎士が出版したヒドラに関する一大傑作といえる書籍を手に説明してくださいました。
その騎士は飼育中のヒドラの首を切ったというわけではなく、彼が子供の頃にその領地に現れたヒドラを父や祖父が追い返したそうですが、その際3本首だったヒドラの首を1本切り落としたそうです。
そして5年後にまたヒドラが現れた際には、首の一本はまだ生えていなかったものの、完全に首のあった部分の傷は綺麗に塞がっていたそうです。
その時も撃退のみで討伐するのには失敗したそうですが、残った首2本の内1本を更に切り落とすことに成功し、たまたまだったらしいですが、その傷口に火矢が数本刺さり、傷口を焼いたそうです。
そして彼の初陣となった、最初にヒドラが現れてから8年後のそのヒドラ再々討伐では、ヒドラは2本首になっていたそうですが、前回火矢が刺さった部分の傷口はまだ傷が癒えておらず、前回のように綺麗に塞がっていなかったそうです。
彼らは総力を挙げてこのヒドラを討伐したそうですが、ヒドラが巣としていた洞穴から人が抱えるほどの卵を1つ発見し、どうしてかは不明ですが、それを持ち帰ったそうです。
約2ヶ月ほどでその卵から大型の蛇が孵ったそうです。
ただその彼の記録に寄りますと、3年後の4回目の脱皮の際に2本首になったと記されています。
つまり彼の記録が正しければですが、ヒドラは生まれる際は普通の蛇と変わらないという可能性が非常に高いと思われます。
そして彼は死ぬまでヒドラを飼育し続け、他の断片的な記録や伝承、さらには自身や父、祖父の討伐時の記録をまとめ上げ、この素晴らしいヒドラに関して一級品と断言できる著作を纏めたそうです。
その著作の中で『ヒドラの切断面は焼けばもう生えない可能性が高い』と記しています。
実際、出版されてから50年、この著作のおかげで秋津洲ではヒドラ対策と研究が一気に進み、討伐がしやすくなったそうです。
なお彼が飼っていたヒドラですが、不思議なことに極度に飢えていない限りは人を襲うことはなく、人を襲おうとする際も他の餌があれば人を無視してそちらを食べるようになったそうです。
そして騎士の死後は山に放たれたそうですが、少なくとも現時点でそのヒドラが人間を襲ったという事件は発生しておらず、この騎士が治めていた領地では他の魔獣を退ける神獣扱いとなっているそうです。
今でも年に1度かならず牛を1頭生け贄として捧げるという神事をおこなっているそうですが、そのヒドラは静かに現れてその牛を食べると大人しく山の中に戻って行っているそうです。
個人的には是非とも見学したい神事ですが、ハナブサ氏は過去に2度ほど見学したそうですが、牛を捧げている場所に静かに現れ、牛を食べると静かにまた山に戻っていったそうです。
最後となるのは白エルフと思われる人物についてです。
この白エルフと思われる人物について語る前に、秋津洲でのコボルト族について改めて語らないといけません。
私もハナブサ氏よりの教示によって今回初めて知ったのですが、秋津洲のにはコボルト族が数種、犬以外のコボルト族が生息しているそうです!
その中で特に有名なのか、狐のコボルト族と、星欧にはいない『タヌキ』という犬に似ている動物のコボルト族だそうです。
狐系コボルト族は、皇帝が過去に住んでいた首都のある島の中央部付近にある都市近郊が最大の生息域となっているそうです。
そしてもう1つの『タヌキ』系コボルト族ですが、秋津洲を構成する4島の内、1つの島だけに生息しているそうです。
この2種の、星欧では存在していないコボルト族の数はやはり犬系コボルト族に比べるとずっと少ないそうですが、その魔術力は高いそうです。
魔術による意思伝達が出来る距離は犬系コボルト族よりも遠く、さらには過去においては人間に幻覚をみせることすら可能だったそうで、現在でも数頭それを出来るコボルト族が生きているそうです。
その2種族の内、狐系コボルト族が過去にリーダーとして付き従っていた人物が、ハナブサ氏曰く『白エルフ族ではないか?』とのことです。
その『タマモノマエ』と伝わる人物ですが、当然写真もなく、それを描き写した絵画もないそうですが、文章では以下のように書き残されているそうです。
・類い希なる美貌を有する。
・肌の色は白く、真珠の如く美しさ。
・その耳は狐の耳が如く長く、横に延びていた。
・その口から出る美しき言葉、誰も敵わず。言葉遊び楽しむ。
・彼女がもつドウジュツの力、恐るべし。
私個人としては、これだけで白エルフ族であるのは確定ではないかと思うほどです。
ただ繰り返しですが、種族として複数存在していたのではなく、ふと気がつけば彼女がただ1人、宮廷の女官として皇帝に仕えていたそうです。
その美しさと聡明さから、数代の皇帝に渡って寵愛を得ていたそうですが、子を成すことはなかったと記されているそうです。
そして、現在の魔種族や魔獣に関する事を所轄している官庁『ジンギカン』のベースになった官庁『オンミョウリョウ』の実質的な長官になっていたそうです。
この『実質的な長官』はどのような意味かとハナブサ氏に尋ねたところ『書類上のトップは人間族がついているが、実際にオンミョウリョウを動かしていたのは彼女だった』とのことです。
はっきりした記録では1200年ほど前には皇帝に仕えていたのは確実だそうです。
ただ7~800年ほど前に原因は不明ですが失脚し、何故か追討対象にまでなり、最終的には彼女に付き従う狐系コボルト族と、人間族と犬系コボルト族との軍事衝突に至ったそうです。
当初は人間族と犬系コボルト族は数回の戦いで敗北したそうですが、最終的には勝利したとあるそうですが、ここでやはり彼女が白エルフ族であった可能性が非常に高い伝承がありました。
彼女の最後は、付き従う9頭の狐系コボルト族と共に火山に追い詰められたそうなのです。
彼女の死は『付き従っていた最後の9頭の狐系コボルト族が皆討ち死にすると光と共に消えた。残ったのは毒気をだす大石のみ』と記されているそうで、これはもしかすると白エルフ族が絶望した際に消えてなくなるという『失輝死』を記した物ではないかとこの不肖の弟子は愚考しています。
ちなみに後世では最後まで従い戦い討ち果てた9頭の狐系コボルト族と彼女自体が融合してしまったらしく、彼女が9本の尻尾を持った狐系コボルト族であったとされてしまったそうです。
以上が今回の報告となります。
ハナブサ氏はサイクロプス種の特徴が星洋と道洋で一致していること、ヒドラの伝説と秋津洲での観察結果が一致していることと、『タマモノマエ』の文章で残る特徴とその死際が白エルフ族の特徴と一致しているのに興奮されていました。
なおハナブサ氏が持参してくださったヒドラ種に関する名著は、なんとか翻訳して先生の元に届けたいと思っております。
それでは先生、失礼いたします。