尊敬する我が師、サー・マーティン・ジョージ・アストンへ。
先生、恐怖と共に記した手紙は無事に伝令に託すことが出来ました。
前の手紙でも記しましたが、伝令は最短ルートである海岸線を避けて、西の内陸部を大きく迂回してタテハマに向かうそうです。
日の出と共に出発した伝令は、予定では日が暮れる前にタテハマに到着できると予想されているそうです。
先生の元へ無事に手紙が到着することを祈ります。
この手紙は翌日の夜に記しています。
昨日は恐怖でなかなか寝付くことは出来ませんでしたが、1度寝てしまうと恐怖感はだいぶ落ち着くこととなりました。
この秋津洲首都にも数は少ないですがキャメロット人は色々な形で在住しており、その大半が公使館へ避難してきました。
状況を理解した上ではなく、なれぬ外国の地で突然発生した状況がわからない緊急事態からの不安で我が国の旗の下に寄り集うことを選択しただけなのと、公使閣下の努力により避難民の間で今のところ大きな混乱は発生しておりません。
ただ海兵隊の諸君が避難民に宿舎を提供したので、オルクセン公使館の警備兵諸君共々庭でのテント暮らしになったのが最も大きな変化なのかもしれません。
夜が明けて少しすると、秋津洲の魔種族魔獣研究家のタシロ氏がたった1人で公使館を訪ねてきてくれました。
緊急事態であり、本来であるのならば来客は断るのですが、秋津洲の魔種族魔獣研究家であるタシロ氏がいらしたのは何かあったのだろうという公使閣下の判断の下、私と通訳氏、何らかの情報を強く欲していた公使閣下、さらにこちらも情報を欲していたオルクセン公使閣下との立ち会いの下でお会いすることとなりました。
公使閣下の執務室にタシロ氏をお通しすると、昨夜にジンギカンからキャメロット公使館への出頭要請を受けたと教えてくれました。
キャメロットの外交官である私と面識がある魔獣の専門家であるタシロ氏が、現在の状況に深く関わっている上に状況を説明しても理解できるであろうこのキャメロット公使館へ行って状況を説明し、可能ならば公使館を一時移転しているオルクセン側からも状況を聞き取りして欲しいと要請されたそうです。
なお他のグロワール、ロヴァルナをはじめとする他国の駐箚公使館には昨日夕方までには、秋津洲国外務省が状況を報告したそうですが、各国共に『魔獣出現』を真剣に取り合わず、クーデターか何かが起こったのを隠蔽しているのだろうと強く詰問されたそうです。
私は過日のヒドラ死体の行進を把握していないのかと、他国の鈍さに頭を抱えたくなりました。
あと我が公使館に秋津洲外務省からの報告がなかった訳ではなく、外務省から使者が到着した際には、既に私達がオルクセン公使館一行と共に帰着した直後で、我が公使館の方が外務省からの使者より状況を把握していたため、対応した参事官殿との簡単なやりとりで使者が短時間で戻ってしまったそうので、私がそれをこの時はまだ把握していなかっただけでした。
タシロ氏と私、そして両公使閣下はテーブルに着き・・・オルクセン公使閣下だけはサイズの合う椅子がなかったので、失礼ながら沢山のクッションを載せた丈夫な木箱でしたが、タシロ氏からの話しを通訳氏を介して話を聞きました。
それを纏めると以下のようになります。
・首都に魔獣が出没すること自体は珍しくないが、ここまで暴れる銃弾や剣が通じない魔獣は100年ぶり以上かもしれない。
・かなり大人しいかつここ50年ほど姿を見せていないが、実は皇帝居城の掘にも巨大な、人は食べない亀の魔獣がすんでいる。
・私が知らされた今回の状況は、魔獣はひとしきり暴れた後に海に戻っていったが、数日以内に再度現れる可能性が高い。
・何故また数日内に現れるといえるかというと、過去の魔獣の行動事例から推測して、魔獣が暴れた一帯を縄張りとして認識した可能性が高いため。
・なので数日中に縄張りの巡回で再び現れる可能性が高い。
・倒せなくとも最低でも1回、多くても数回追い返せば、危険と判断して縄張りは放棄する。
・今回は追い返したのではなく、勝手に海に戻っただけというのが現状での判断。
・放置しておくとそこを基点として縄張りを広げる行動をとるのが間違いないので、出現した地域を中心として、陸海軍と警察が防衛線を構築している。
・銃弾が効かないことから、ジンギカンは周辺のオニ族に招集をかけている。
・オニ族のカナボウで滅多打ちすることを予定している。
・軍も砲兵隊を招集し、要塞も魔獣が出現次第、躊躇なく砲撃するようにと命令がくだった。
タシロ氏はそう説明すると、続いて私とオルクセン公使閣下にどのような魔獣であったかを尋ねました。
まず公使閣下がキャメロット語にて説明し、それを通訳氏がタシロ氏へ伝える。
続いて私が通訳氏を介して説明しました。
説明を聞いたタシロ氏は、持っていた布包みを開き、中に入っていた本数冊を凄い勢いでめくり始めました。
そして何事かを口にすると、1冊の本のページを開いたまま私達に差し出しました。
そこには全く読むことが出来ない秋津洲語と共に私達が見た魔獣に似ているイラストが記されていました。
オルクセン公使閣下と私は顔を見合わせて頷きました。
私が代表して、このイラストとそっくりな魔獣ですと伝えると、タシロ氏は天を見上げて何事を秋津洲語で呟いた後、私達にこの魔獣が何であるかを説明してくれました。
・名前は『ウシオニ』もしくは『ギュウキ』。通訳氏曰く、キャメロット語に直訳すると『オックス・オーガ』。
・秋津洲国の西部で過去頻繁に現れている魔獣。
・首都近辺に現れたのは、伝説以外では私が知る限りない。
・その伝説では800年ほど前に、当時まだ首都になる前の荒れ地と沼地だらけの首都となる地域に現れて暴れたというものがあるが、その内容からいって現在でも秋津洲の魔種族魔獣研究者間において討論の対象となっている。
・毒を吐き、その身体は大変硬いと討伐に当たった者の証言が本には記されている。
・退治したという事例は少なく、大半が追い返すのが精一杯だったと本には記されている。
・ただ退治したという事例があり、実際に遺体の一部を保管しているところもあることから、複数個体が存在していると予想されている。
・過去の数少ない討伐成功事例は、人間族が弱らせたところでオニ族が倒している。
・ジンギカンがオニ族の招集をしたのは正解だった。
・今回の個体は、お2人の証言が間違いないのならば、そしてこの本に記してあることが間違いないのならば、過去に現れた個体より1回り以上サイズが大きい。
なおキャメロット語での直訳で『オックス・オーガ』としましたが、そのイメージに一番近い星欧に伝説として残る魔種族?魔獣?は『ミーノータウロス』になりますが、『ミーノータウロス』に近い存在は秋津洲側にも記録があり、それは『ゴズ』というそうです。
キャメロット語に直訳すると『オックス・ヘッド』というそうです。
私は少し考えた後、タシロ氏に聞き直しました。
『つまり今回現れたギュウキという魔獣は危険な魔獣ということですか?』
通訳氏を介して尋ねられたタシロ氏は、ゆっくりとした動作で本を再び布で包むと、私達の方を真剣この上ない目で私を見ながら秋津洲語で短く何か静かに言いました。
通訳氏は、それを聞くと一瞬息を呑んでから私達に向かってこう言いました。
『違います。非常に危険な魔獣です』
その後タシロ氏は公使館を辞し、ジンギカンに報告に向かうとのことでした。
ハナブサ氏は既に他の魔種族魔獣研究者と共に、アドバイザーとしてジンギカンや軍、警察の招集を受けているとのことでとした。
私も、強引にキャメロット公使館の連絡要員としてこのままあなたにお供したいとお願いしましたが、タシロ氏からは『申し訳ないが私にそのような権限がない』と断られました。
しかし両公使閣下より、口頭ではありましたが状況を把握するためにも連絡官派遣の正式な要請を秋津洲政府に伝えて欲しいということを通訳氏を介して告げられると、かなり困った顔をされた後、ジンギカンに到着した後にお伝えするが期待はしないで欲しいと言い残し、彼は1人で公使館を出て行かれました。
その後私は公使館での任務に戻りましたが、意外なことが夕方に再び起きました。
夕方に秋津洲政府の伝令がやってきて、公使閣下に一通の手紙を渡しました。
その手紙は秋津洲語で記されていましたが、通訳氏がそれを翻訳すると以下のことが記されていたそうです。
『秋津洲政府はキャメロット公使館に対し、今回の魔獣被害を記憶する写真技師並びに機材、そしてその護衛の派遣を要請する。なお写真技師とその護衛の生命の安全は一切保証できないため拒否されてもかまわない。もし要請を受諾してくださるのならば明日の朝にそちらにお伺いする者に付き従ってほしい』
公使閣下は大変面白そうにニヤリと笑い、オルクセン公使閣下は意味がわかっていらっしゃらない様子でした。
公使閣下は大変楽しげな様子でこう言いました。
『二等書記官君!ただ今をもって君を当公使館付けの写真技師とする。さぁ!自身のニセ身分証を作るのだ!』
先生、私は今またランプの灯りを共にして手紙を書いていますが、どうも秋津洲側は私のも今にして思うと、私がとっさに口にしてしまった危険で無謀で愚かな申し出を、両公使閣下の口添えがあったとはいえ真剣に検討したあげくに、大変不思議かつ後にトラブルが発生しにくい解決法を思いついたようです。
外交官の生命が失われるのは絶対に許されないが、公使館が雇っている外交官ではない写真技師の生命が失われるのは両国間でまだ話し合いの余地がある、と。
そして今まで出会った秋津洲の魔種族達の写真好きな様子から、この期に写真を撮って欲しいという思いがあるのだと思われます。
私は公使閣下が、繰り返しですが本当に楽しげにニセ身分証の制作を命じられた後、自身の新しい写真技師としての身分証を作り、それを元に公使館の人員名簿に記し、その後に自身の病気療養による休職願を制作し、それをまた名簿に記しました。
正直、なんで自分はこんなことをしているのだろうという気持ちもありますが、あれほど恐ろしい目に遭ったにもかかわらず、魔獣観察が出来るかもしれないと心が沸き立っている自分がいます。
先生はお叱りになるでしょうが、私は自身の気持ちに正直でありたいのです。
これが若さなのかもしれません。
明日、私は公使館にある写真機の中で最も小型な物と、持てるだけのガラス乾板を持っていきます。
魔獣という驚異に抗う人間族の姿を、人間族と共に戦う魔種族達の頼もしい姿を、恐ろしい生きている魔獣の姿を写真に収められたらと思います。
それでは先生、失礼いたします。
私は必ず帰ってきて、また先生への手紙を書きます。
若さとは無謀の証です。