尊敬する我が師、サー・マーティン・ジョージ・アストンへ。
先生、秋津洲は複雑怪奇な国です。
今はまだ頭の中で文章として記すことは出来ませんが、秋津洲で魔獣が絶滅していないのは複雑怪奇さが原因ではないかと思っています。
今更ですが、なんとか生きてこの公使館の宿舎へと帰ってきて、公使閣下達への簡単な報告をすませた後、宿舎で一眠りしてしまい、深夜に目を覚まして本国より持ってきたウィスキーを1杯だけ飲んでこの手紙を記そうとしたとき、ようやくその事実に気がつきました。
前の手紙を書いた2日後の朝、とうとうあのウシオニが三度現れました。
私は非常事態を知らせる鐘が鳴り響いたのと同時に準備を始めました。
すぐに通訳氏が警官3人と初めてお会いした犬系コボルト氏を連れて、全員騎乗にてやってきました。
そして公使館の全ての皆様に送られて出発しました。
なお今日の私は写真機を首から提げ、予備のガラス乾板を入れた、肩掛け出来るように改良されたバックは持っていましたが、紳士たるべく三つ揃えのスーツに身を包み、トップハットを被っていました。
少々動きにくいかつ紳士たる者としてはカメラとバックが邪魔をしていると思いましたが、キャメロット国を代表する外交官として、紳士たる者として、そして軍人であった祖父が、私が子供の頃に過去に着ていた軍服を眺めながら言った『軍服とは死に装束でもある。死に際し恥をかかない服でなければならない』といっていたのを思いだしたからです。
私は軍人ではありませんが外交官です。
そして我が家は末席ではあれ、キャメロット王国の貴族に名を連ねている家でもあります。
となれば私が持っている最上の服をもって挑まねばならぬからと思ったからです。
しかし同時に私は先生の弟子である魔種族魔獣研究家の雛でもあるわけです。
となれれば、観測機器である写真機は絶対であるといえます。
そのため、この様な紳士であるのか紳士でないのかわからない姿となりました。
今日も緊急のため、特別に皇帝居城内の通行が許可されました。
私達一行は公使館近くの門から皇帝居城内に入り、先日ヒドラの死体検分をさせてもらった広場に到着しました。
そこには待機場所となっていました。
10人以上のオニ族が鎧を着てそこにいました。
全員が用意されたとても大きな椅子に座り、カナボウを脇に置いてじっとしていました。
他にも沢山の兵士達がいました。
大砲も数門かありました。
大鍋で何かしらの料理も作られていました。
犬系コボルト族もおり、彼らだけはテーブルが用意されている椅子に何人もが集まって座っていました。
私はその広場近くの建物、こちらも先日のヒドラ死体検分の際に最初に案内された部屋に再び案内されました。
そこは作戦室となっていました。
沢山の軍人や警官が部屋の中央に置かれたテーブルの前にいました。
入口近くの壁際に置かれたテーブルには10人近くの犬系コボルト族が皆がこめかみに手を当てている姿勢で椅子に座っており、それぞれの前には紙とペンが置かれ、時折何かを記して、後ろで控えている人間族の兵士に手渡していました。
そしてその兵士はその紙を中央のテーブル脇にいる軍人にさらに渡し、新しい紙が渡される度に何かしらの秋津洲語が飛び交いました。
中央にあるテーブルにはこの首都と思われる地図が置いてありましたが、最初はどうも違和感を感じる地図でした。
つい立ち止まってその地図を見入っていると、どうも北側ではなく西側をテーブルの上席側にしていることに気がつきました。
これも星洋と道洋の文化の違いだと感じました。
私が入室したことに気がついたのか、部屋にいた軍人の中でも階級が上の方と思われる軍人が近づいてきて私に握手を求めました。
私が自己紹介をし、それを通訳氏が訳すと、彼はかなり訛っているキャメロット語で挨拶と簡単な自己紹介をされた後は、通訳氏が間に入り、秋津洲語で話し始めました。
彼はこの秋津洲で現在唯一の陸軍大将の階級を持つ軍人で、我が国と西の大公国との軍事衝突以前からの騎士であり軍人だったそうで、秋津洲での内戦をずっと戦い抜いて大将の位を勝ち取ったそうです。
本来ならば彼は既に退役して、故郷の西の大公国にて生活していたそうなのですが電信と魔術による意思伝達にてウシオニ出現を知ると、大公国にたまたま停泊していた軍艦に、彼に従う退役軍人たちと共に飛び乗り、危険を冒して昨日深夜にこの首都の港に直接乗り付け、その脚でそのまま皇帝居城に向かい、未明にもかかわらず皇帝自ら現役復帰と今回のウシオニ戦の総指揮を執るように指示されたそうです。
そのサーゴー大将閣下は私にも丁寧な対応を心がけてくれ、御婦人と子供を助けたことを称え、同時に最悪の場合は私を囮にすることを何度も謝罪されていました。
そのような紳士であり歴戦の勇士たるサーゴー大将は自ら私に戦況を説明してくれました。
ウシオニは先日の会議でハナブサ氏が主張していた通り、これまで二度上陸した地点付近の海上にて発見されたそうです。
直ちに要塞と軍艦が猛烈な射撃を加えたそうですが、悠然と泳ぐウシオニに命中弾を与えることができなかったそうです。
しかし砲撃自体は命中しなくてもウシオニに対してそこそこ有効だったようで、その内に1箇所の要塞にウシオニは上陸し、その要塞を毒で制圧して再び海に入ったそうです。
さらに海軍の軍艦が体当たりを敢行し、体当たり自体は成功したもののウシオニに大した打撃を与えることは出来なかったようで、ウシオニの反撃に遭い、その軍艦は転覆してしまったそうです。
そしてその説明を受けている真っ最中にとうとう上陸したとの知らせが、コボルトの魔術による意思伝達を介してこの作戦室に伝えられました。
上陸地点はウシオニにこだわりがあるのか、上陸前にあれほどの攻撃を受けていたにもかかわらず、これまで2度上陸した地点とほぼ同一といえる場所だそうです。
テーブルの上の地図をみると、ウシオニを模している思われる人形が地図の上に置いてあり、兵士達がそれを軍人の指示の元で少しずつ棒で動かしていました。
他にもよくみると軍艦や兵士、馬、大砲、その他色々な物を模した人形も沢山あり、それらも逐一動かされていました。
上陸したという知らせから私への戦況説明をやめたサーゴー大将閣下は腕を組んだまま黙ってそれをみていました。
他の軍人達や警官達は忙しそうにやりとりをしていました。
気がつくと隣にハナブサ氏がいらしていました。
通訳氏を介しハナブサ氏は『技術が進んでいる外国の方にこの様な時代遅れのものをお見せするのはお恥ずかしいのですが、私達はこの様なやり方で魔獣の移動や兵士達の移動を把握し、軍人達が次にどうするのかを決めているのです。これもコボルト族やオニ族が魔術により意思伝達をおこなってくださるからです』と説明してくれました。
私は黙ってその地図と動かされていく人形達を見ていましたが、少なくとも私はこの様なものが我が国でおこなわれていることは知りません。
もしかしたら既に軍ではやっているのかもしれませんが・・・いや、もっと大規模でピンを使って各軍の位置配置程度を確認するのはあると聞いたことはありますが、1つの戦場に限定して即時と言っていいスピードで部隊配置がめまぐるしくかわっていき、戦場が全くみえない司令部が即時に戦況を把握し、それに基づいて新たな命令をだしていくというのは私は知りませんでした。
なので私は、この魔種族の力を借りた即時連絡に基づく人形と地図を使った戦況把握が本当に時代遅れのものなのかは全くわかりませんでしたが、魔種族が存在しない我が国でこういったことは出来ない・・・いや不可能ではないかと感じました。
そしてこの様なことが星欧諸国で出来るのは、魔種族達の国であるオルクセンとエルフィンドだけではないのかと。
そして過日、ヴァイス少佐殿が魔種族と人間族の衝突について凄まじい関心を持っていたのはこういったことなのかと気がつきました。
ただ私はそれを口にしてはいけない気がして、ただ『ハナブサ氏の予想通りの場所に上陸しました。流石です』とだけ通訳氏を介してハナブサ氏に伝えました。
ハナブサ氏は『ウシオニは特に縄張りにこだわると本に記してありました。それに私も若い頃に1度だけこの国の西方でウシオニが暴れたのを実際にこの目で見て、そして戦っているのです。ただ今回のような大きさではなく、もっと小さいウシオニでしたが』と返してくれました。
私はこの様子をどうしても撮影したくなり、部屋がかなり明るかったのでなんとか撮影できるだろうと判断し、なるべく全体の様子が写る位置を探し、入口近くでシャッターを切りました。
そのとき、後ろから来た方とぶつかってしまいました。
私はすぐにキャメロット語で『失礼しました』と謝罪の言葉を口にしつつ振り返ると、立派な髭を蓄えた、これも大変立派な、サーゴー大将閣下の軍服よりも立派な軍服を身につけた男性が数人の共を連れて立っていました。
私はもしやと思った瞬間、室内に一瞬の静寂が訪れ、魔術により意志疎通をおこなっているコボルト族以外が一斉に最敬礼をしました。
私も慌てて最敬礼をしました。
そして最敬礼をしつつ頭の中で『わかりやすく前もって21発の祝砲を撃ってほしかった』と場違いかつ、見当違いなことを思い浮かべていました。
同時に『神よ、外交問題だけにはしないでください』と心の底から祈りました。
しかし、その人物は落ち着いた声で私に何ごとかを秋津洲後で話しかけてくださり、通訳氏が慌てて『異国の方、今回は我が国の問題で大変なご迷惑をおかけして申し訳ない。そしてもしもという時に何卒お願いしたい』と通訳してくれました。
私は『キャメロット秋津洲両国の友好、そしてキャメロット紳士として、さらに魔種族魔獣研究家の雛として当然のことでございます』と混乱したままだったのでついうっかり余計なことまで付け加えて喋ってしまいました。
しかしその御方・・・秋津洲の皇帝陛下は通訳氏が通訳した言葉を聞くと、豪快に笑われた後『では討ち取ったウシオニの首はキャメロット国に進呈せねばならんな』とだけ通訳氏を介して言い、そのまま上席に着かれました。
その脇にはサーゴー大将閣下がつかれ、戦況の説明等をおこなっているようでした。
私は冷や汗で身体を冷やしつつも、ハナブサ氏の隣に戻りました。
ハナブサ氏の顔は大変真剣なものでした。
地図を見るとウシオニの人形は海岸線を越えて、街道と思われるところを少しずつ北上していました。
通訳氏が『海岸線の防衛線が突破されました。上陸阻止は失敗。現地にいた4門の砲を装備していた砲兵隊は全滅、歩兵部隊は後退しました』と教えてくれました。
通訳氏の説明や人形達の動きを見ていると、海岸より上陸したウシオニに騎兵隊や歩兵部隊が散発的に接近し、射撃を加えているそうでしたが効果はなく、北へ向けて進んでいるウシオニを止めることはできないそうです。
そうしている内に、ウシオニは小さい川にぶつかりました。
そこが2つめの防衛線になっているような人形の配置でした。
コボルト族、軍人、警官達のやりとりがかなり活発になりました。
回りから新しい人形がどんどんと移動して川沿いに追加されていきますが、元々あった人形が同じような勢いで後ろに下げられるか地図上から取り払われていきます。
ただ30分近くウシオニの人形は小さい川沿いに右往左往しているような動きが示されていました。
しかしとうとうウシオニの人形が川を越え、また北上を再開しました。
おそらく参謀長だと思われる人間が、コボルト族が書き記した紙をもって何かを大きな声で伝えていました。
通訳氏はそれを私に伝えてくれました。
『ウシオニが放ったこれまでにない大量の毒により被害甚大。砲の被害は8門。兵と警官100名以上がその場で死亡の模様。同数以上が毒の症状をみせつつも退却に成功。しかし既に大隊規模の戦力を消耗。他にも負傷者多数。これまでの2回の戦闘や、上陸阻止戦での被害も遭わせると、軍と警察併せて連隊規模の損害が発生』と。
回りの軍人や警官達はうめき声を上げたり、慌てていましたが、サーゴー大将閣下と皇帝陛下は微動だにせず、皇帝陛下が落ち着いた声で何かを口にされました。
通訳氏が『市民の被害だけは押さえるように。避難を勧めるように』と仰っていましたと伝えてくれました。
私は『これはキャメロット紳士として覚悟を決めないといけない』と思いました。
もう少しすると、この皇帝居城部分に置かれていた一回り大きい人形達が動かされ始めました。
おそらくオニ族が移動を開始したのでしょう。
他の海岸線に配置してあった大砲を模した人形達も少しずつウシオニをもした人形に近づいていき、ウシオニの人形が上陸してから2つめの川・・・隣にニイハシ駅があるに差し掛かったところで、他所から移動してきた大砲や兵士の人形、そしてオニ族と思われる人形がウシオニの人形を半包囲しました。
しかしそこでも30分ほどで大砲の人形は地図上から取り払われ、オニ族と兵士を模した人形はウシオニの人形から離れ、ウシオニの人形はまたも北へ向かって少しずつ動かされました。
また参謀長と思われる軍人がコボルト族が書き記した紙をもって大きな声で何かを言いました。
通訳氏曰く『再度のウシオニの北上阻止に失敗。砲の損害は2門のみだが、弾を撃ちつくしたところで毒を吐かれて砲兵は砲を放置して後退。毒のかかった砲は洗浄がすむまで使用不能。その後オニ族が交代でカナボウでウシオニを滅多打ちにするものの、やはり毒を吐き散らしたためにオニ族も後退。ただしオニ族の行動不能の被害は無し。休息の後に再度攻撃は可能』。
それを聞いて皇帝陛下はサーゴー大将閣下に話しかけ、サーゴー大将閣下は最敬礼すると私に向かって一礼すると秋津洲語で私に向かって話しかけられました。
通訳氏曰く『キャメロットの貴人のあなたにお願いする時がきてしまった。何卒お願いいたします』と。
私はキャメロット語で『両国友好のため、魔獣観察のため、行って参ります』といい最敬礼をしました。
私が顔を上げると、皇帝陛下を除いた全員が、私に向かって最敬礼をしてくださいました。
そして畏れ多くも皇帝陛下も私に向かって、お座りのままでしたが礼をしてくださいました。
私は部屋の入口にあった帽子掛けにかけていたトップハットを手に取ってから作戦室を出ました。
通訳氏はもちろんついてきましたが、何故かハナブサ氏もついてきました。
私は何故という顔で彼の方をみると、ハナブサ氏は大変拙いキャメロット語で、彼が口にしたのをそのまま記しますと『友達、置いていく、悲しい。私、ウシオニ、見る』と言ってくださいました。
私は何かの聞き間違いかと思い、通訳氏の方をみると『ハナブサ氏もお供するそうです』と。
私は黙ってハナブサ氏と握手をしました。
建物の外に出ると、新しい鎧に身を包んだツノダ女史と狐系コボルト氏、さらに今日ここに伺う際に始めてあった犬系コボルト氏、そしていつもの護衛の警官3人がいました。
ツノダ女史曰く、この犬系コボルト氏もキャメロット語がある程度話すことが出来るそうで、狐系コボルト氏と2人で魔術による意思疎通を担当するとのことでした。
もちろんツノダ女史もそれをおこなうことは出来ますが。
全員が騎乗し、ゆっくりと進みました。
広場に出ると、残っていた兵達が私達に向かって歓声を上げてくれました。
ツノダ女史曰く、投入するタイミングを逸してしまったので、決戦に投入する兵力となる兵士達だそうです。
私はトップハットを脱いで彼らに挨拶を返しました。
私達は皇帝居城の東側の門から外にでました。
そしてその後は、ツノダ女史の先導でゆっくりと、なるべく馬に負担を与えないような速度で進んでいきました。
しばらく進むと瓦礫が目立つところに到着しました。
私がガラス乾板等をよく買いに来ていた高級小売店外の成れの果てでした。
私は『これではしばらくガラス乾板や薬剤の買い出しが出来ないな』と場違いなことを思ってしまいました。
南の方へとゆっくりすすんで行くと、とうとうウシオニの姿が見えました。
私達は立ち止まりました。
ウシオニはゆっくりと進んできて、80ヤードほどのところで立ち止まりました。
私達とウシオニは見合いました。
私はもしかするとツノダ女史のことを警戒しているのか、そして服装が違う私のことに気がついていないのではないかと、思いました。
なので私はトップハットを脱いで、それを頭上に掲げながらウシオニに大きな声ではありましたが、紳士らしく話しかけました。
『これはこれはウシオニ殿、この様なところでお会いするとは奇遇ですな!先日、目を怪我されたと聞き及びましたが、傷の具合はいかがですかな?』と。
ウシオニには言葉は、キャメロット語が通じるはずはないのに私だと、目を潰した人間だとわかったのか、気持ちの悪い例えようのない大きな声で鳴くと、私の方に一直線に走ってきました。
とはいえその速度はそれほどではなかったので、私は落ち着いてトップハットを再び被り、シャッターを切ってから、元々きた来た方向に向かって逃げ出しました。
もちろん全員がついてきてくれました。
しかし馬の速度の方がずっと早いので、ツノダ女史の指示で角を曲がるときは一旦止まり、護衛の警官達が射撃してさらに挑発し、その間に私はガラス乾板を交換し、再び逃げるということを繰り返しましたが、どうも来たときとは違うルートで逃げているのは間違いないようでした。
そうしている内に、道路の右側で兵士が手を振っているのがみえました。
私はここで止まるのかと思いましたが、ツノダ女史が『そのまま!止まりません』といい、駆け抜けました。
そしてそこから更に60ヤードほど行った交差点でまた立ち止まり、ウシオニを挑発してから角を曲がりました。
そして角を曲がってから1分もしないうちに後ろから凄まじい爆発音が聞こえました。
訓練されていたであろう馬はその音に耐えましたが、私は驚き、その方向を見てしまいました。
凄まじい煙が上がっているのがみえました。
ツノダ女史が『工兵隊が道路の下に仕掛けた電気発火式の爆薬です』と教えてくれました。
私は『これで死んでくれよ、ウシオニ君』と思いましたが、すぐに狐系コボルト氏が『効果無し。一時停止するもウシオニは前進を再開』と言いました。
犬系コボルト氏も秋津洲語で何かしら言っていたので、護衛の警官向けに秋津洲語で同じことを伝えたのだと思います。
その後更に2回ほど同じような工兵隊が仕掛けた爆薬の所に誘導しましたが、1回は手前で爆発させてしまい失敗し、もう1回は成功しましたが今回もさほど効果がないとのことでした。
そうしている内に、とうとう私達が皇帝居城からでた門の近くに到着しました。
ここは皇帝居城前の一等地だというのに建物はさほど多くなく、残っている建物も無人ではないかと思われる建物が多い地区でした。
見通しの良いところを選び、兵士達が壕の中に隠れていました。
大砲も数門ずつ上手く隠されていました。
そして門の前の橋の上には、傷ついた鎧を纏っているオニ族が並んでいました。
私はツノダ女史の馬のスピードに合わせてゆっくりと進んでいき、並んでいるオニ族達の前で立ち止まり、彼らに向かってトップハットをとって一礼してから、今来た方角を向きました。
1ハロンと120ヤードほど離れたところにウシオニがみえました。
かなりの距離を離したようです。
砲撃と銃撃が開始されました。
私は馬に乗ったままそれを眺めていました。
もしかするとこれが将軍の視線かと思いました。
ウシオニはゆっくりとゆっくりと近づいてきました。
疲れているのか、私を追い詰めたと思っているのかはわかりませんが、ゆっくりとした速度でした。
しかし砲撃や銃撃は嫌なのか時折、毒を吐いたりしていました。
気がつくとハナブサ氏と犬系コボルト氏はいなくなっていましたが、私は気にせず、まるで将軍になったような気分で状況を眺めていました。
もしかすると過去の我がキャメロットの将軍達は、自軍を突き破って突き進んでくるデュートネの老親衛隊や騎兵隊をこの様な視点で見ていたのかもしれません。
とうとうウシオニとの距離が150ヤードほどの距離になると、私の後ろにいたオニ族がツノダ女史の掛け声と共に喊声を上げて突撃していきました。
私はトップハットを脱ぎ、彼らを敬意をもって見送りました。
ツノダ女史、通訳氏、狐系コボルト氏、護衛の警官3人はまだ脇にいてくれています。
おそらく私が更に下がれば私を城内に入れてくれるのでしょうが、私は何故かそのような気分にはなれませんでした。
わたしは時折、写真機のシヤッターを切り、ガラス乾板を交換し、ずっとその場にいました。
勇敢この上ないオニ族はウシオニを取り囲むように動き回り、常に誰かが1人はウシオニの正面にいるように・・・おそらく囮となってウシオニの気を引きつつ、カナボウを叩き付け続けていましたが、ウシオニも徐々に動きが鈍くなっていきましたが、オニ達も流石に疲れや時々ウシオニからの攻撃を受けたことによって動きが鈍くなっていきました。
おそらく7分程の間、13人のオニ族達はウシオニ相手に戦い続けてしいましたが、ツノダ女史が私が耳を押さえるほどのかけ声を掛けると共に一斉に散って下がりました。
そして城門に通じる橋の上に私の後ろから、城壁の上によじ登っていた兵士達と、ウシオニの左右の斜め前にいた兵士達が一斉に凄まじい射撃を始めました。
同時に砲撃も始まりましたが、何故か砲弾が爆発するような音は一切しませんでした。
後で聞きましたところ、砲弾の信管を抜き、砲弾自体をウシオニに叩き付ける攻撃方法に切り替えていたそうです。
当たりは完全に白煙に・・・砲煙弾霧に包まれました。
風は弱く吹いていましたが、それを晴らすほどではありませんでした。
この猛烈な射撃は5分ほど続いたでしょうか。
再びツノダ女史の耳を押さえるほどのかけ声と共に銃声と砲声は止みました。
白煙は中々晴れませんでした。
ツノダ女史は歴戦の将軍下の如く、地面つけたカナボウを両手で支え、悠然と立っていました。
その姿は歴戦の将軍の勇姿そのものでした。
正直、私は隣にツノダ女史がいてくださなければ、恥も外聞も紳士であることも棄て、恐怖から逃げだして城門を一心不乱に叩き、中に入れてくれ!と泣き叫んだことでしょう。
しかし私は馬上で、既に下馬して私の馬の轡をとって暴れないように押さえてくれている通訳氏や、こちらも既に下馬し銃を構えている護衛の警官3人と共にその場に居続けました。
もしこの光景を誰かが撮影し、それが後世に残った場合、私が人間族や魔種族の兵士達を従えたこの戦場の将軍であるかと誤解されるかもしれません。
短かったかもしれませんし、長かったかもしれませんが、少しするとようやく白煙は晴れました。
ウシオニは射撃開始時と同じ位置にいました。
しかしその前脚はしっかりと顔を庇う位置にあり、その脚が動き、残っている右目でこちらを、私を見てニヤリと笑った気がしました。
ウシオニは銃砲撃が止み、これからの攻撃にも耐えきれると判断し、周りの状況を把握するために白煙が晴れるのを待っていたのでしょう。
私は『ウシオニ君、そこまでして左目の敵をとりたいのかね』と半ば呆れて思いました。
なぜならば、流石のウシオニも完全に無傷というわけではなく、身体のあちこちから、体液らしい物を流していたからです。
ウシオニはまた気持ち悪い声で鳴くと私達に向かってゆっくりと進んできました。
しかしまたも私が耳を押さえるほどの声量でツノダ女史が秋津洲語で叫ぶと、私達から見て左側、ウシオニからすると右側から凄まじい銃撃が加えられました。
その射撃はウシオニの顔面を狙ったもので、おそらく残った右目を潰そうとしているのでしょう。
ウシオニはその場で立ち止まり前脚で顔を庇いました。
しかし、私はすぐにその銃撃がおかしいと感じました。
なんと言いますか、数人の兵士があり得ないほどの速度で射撃をしているというな違和感でした。
私はその違和感の原因はなにかと、銃撃の元となっている場所を見ました。
そこには4門ほどの小型の大砲がいました。
いや、大砲にみえる物がいました。
確かに大きさは小型の大砲ほどで、砲身が乗っている砲架や車輪もありますし、1門につき数人の砲兵達がついていましたが、それは大砲ではなく、1門当たりが100人の歩兵が銃撃を加えているような速度で銃弾を発射している砲でした!
私はあれは一体何なんだろうという目でそれをみていました。
その砲の隣にはオニ族が2人いて、それぞれが棒の先についた巨大な扇子を動かし続け、視界を遮る白煙を吹き飛ばし続けていました。
時折、1門毎に少しの間だけ射撃は止まりましたが、4門全体からすると射撃が止まることはなく銃撃を加え続けていました。
どのぐらいの間がわかりませんがその4門の大砲が打ち続けていると、とうとうウシオニは怒ったのか、銃撃を加えている不思議な小型砲の方を向き、身体を持ち上げ凄まじい鳴き声で鳴きました。
おそらく威嚇だったと思います。
そしてその時でした!
私達から見ると右側、ウシオニからすると左側の目が潰れている方から、うっすらと白煙を吐き出している四角い何かを4フィートほどの長さの棒の先端につけている何かをもった、四角い何かをつけている反対側を槍のようにもった4人ほどが飛び出していきました!
なんとその先頭を行くのはハナブサ氏でした!
他の3人は兵士達でした!
彼らは無言で一心不乱にウシオニの方に走っていきました!
身体を持ち上げて威嚇していたウシオニが再び地面につきました。
もう一度威嚇のためか、凄まじい声で鳴きました!
そしてその瞬間を狙って4人がウシオニの口の中に、棒の先端につけた四角い何かを突っ込んだのです!!
成功したのはハナブサ氏ともう1人の兵士だけでした!
他の2人の兵士の物を口の中に入れるのは失敗してしまいました。
彼らはすぐに元来た方向に逃げていきました。
ウシオニはそれを吐き出しもせずに、逃げていく彼らの方をみようとしましたが、私の隣にいたツノダ女史が既に凄まじい速さで飛びだしていて、手に持ったカナボウでウシオニの頭を真上から叩き付けました。
続いてツノダ女史は、その場でオシオニに向かって彼女の身体が横になるような位置で、盾のような大きい肩当てをウシオニの方に向ける形でしゃがんで丸くなりました。
私は一体何がと思った瞬間、爆発音と共にウシオニの顔が膨らんだ気がしました。
いや、ウシオニの下あごが吹き飛んだのでした。
私はようやく、さっきハナブサ氏達が口に突っ込んだ物が、棒の先にくくりつけていた導火線に火をつけていた爆薬だと気がつきました。
そしてようやく終わったと思いました。
私の轡をとってくれていた通訳氏も、ずっと銃を私の横で構えていた3人の警官達も歓声を上げました。
もちろん周りにいた全ての兵士達やオニ族もです。
流石に顔を吹き飛ばされて生きている生物がいるはずがないと思ったからです。
ツノダ女史もそう思ったのでしょう。
ゆっくりと立ち上がりました.
しかし次の瞬間、ウシオニの左前脚がツノダ女史の腹部を貫いたのです!!
私はこの時も、既に表情を出す顔がぐちゃぐちゃになっているにもかかわらずウシオニが笑ったように感じました。
回りの歓声が悲鳴に変わりました!
私は何を思ったのか、今にしてもわかりませんが、喊声を上げ、公使閣下が渡してくれた大ぶりなナイフを抜き、騎兵のようにウシオニに向かって突撃を敢行してしまいました!
大変よく訓練されていた馬でなかったら、通訳氏がウシオニを討伐できたと私を含めた皆と同様に誤解して喜びのあまり轡から手を離していなかったら・・・この愚か者のたった1人の騎兵突撃はおこなえなかったと思います。
しかし私はたった1人の騎兵隊として突撃を敢行してしまったのです!
首からカメラをぶら下げ、肩掛けのガラス乾板等を入れたままのバックを持ったまま大ぶりなナイフを構えて突撃してしまったのです!
そして愚か者の突撃は、神の恩寵か、なんと成功してしまったのです!
私がただ真っ直ぐに突きだしていたナイフがなんと、奇跡でウシオニの残った右目に突き刺さったのです!
間違いなく、ウシオニが口の中で爆発した爆薬のせいで聴力を失って、馬と共に接近していた私に全く気がつかず、ただ前脚で刺したツノダ女史にのみ集中していたからこそ成功してしまったのでしょう。
私は大ぶりなナイフから手を離し、ウシオニの脇をそのまま駆け抜けました。
いや、私の乗馬技術では止まれなかったと言うべきかもしれません。
馬はハナブサ氏達の脇まできてようやく速度を落としました。
私は馬から飛び降りました。
トップハットは既に頭から落ちていました。
ハナブサ氏が私のそばに駆け寄ってきてくれて、秋津洲語で何かを話しかけました。
しかし私はそれを無視すると今来た方向を、ウシオニの方をみました。
ウシオニは両目を潰されたことからのたうち回っていました。
幸いなことに倒れたままのツノダ女史を潰すようなことはありませんでしたが、のたうち回っていました。
そしてのたうち回るウシオニに向かって、とても大きな丸太を持ったオニ族達が全力で走っていき、それをウシオニに叩き付けたのです!
その人間族ならばオニ族の5倍以上の数を集めないと持つことが出来ないであろう巨大な丸太を破城槌が如く、ウシオニに叩き付けたのです!
それを数度繰り返していくと、とうとうウシオニは掘りの中に落ちていきました。
顔が破壊されているためか、鳴き声もださずに落ちていきました。
私は倒れたままのツノダ女史に駆け寄っていきました。
既に女史には通訳氏や警官達が駆けつけていました。
私がようやくツノダ女史の元にたどり着くと、意識こそありませんでしたが、彼女はまだ生きていました。
しかし腹部の傷はこのままでは助かるような傷ではないと感じてしまいました。
私は絶望感に包まれそうになりましたが、ふとオルクセン公使閣下が渡してくださった、奇跡の薬であるエリクシル剤のことを思い出しました。
私はその瓶が割れていないことを祈りつつ、バックの中をあさりました。
割れずにいたエリクシル剤が満たされている美しい瓶はすぐに見つかりました。
私はその中身をみんなの協力の下、なんとかツノダ女史に飲ませようとしました。
飲んでくれ!飲んでくれ!
私はそう神に祈り続けました。
ツノダ女史はなんとか中身を飲んでくれました。
私がほっとすると、護衛の警官の1人が悲鳴を上げました。
私は一体何かと思うと、なんとその視線の先には掘をよじ登ってきたウシオニの姿と・・・その後ろにいた更に巨大な魔獣の姿が見えました。
周辺からありとあらゆる音が消えた気がしました。
ウシオニの後ろにいた巨大な魔獣はウシオニに噛みつきました。
それだけでウシオニの身体の1/4程が消えました。
咀嚼音が回りに響きました。
それが4~5回ほど繰り返されると、この秋津洲の首都を暴れ回った恐ろしいウシオニはこの世から消え去りました。
しかしさらに巨大な魔獣がどこからともなく現れたのです!!
私は『神よ・・・』と口にしながら拳銃をホルスターから抜こうとしました。
しかしそれはハナブサ氏によって止められました。
通訳氏を介してハナブサ氏は言いました。
『前政権からこの城を決戦の場としている理由があの大亀です。この堀にすんでいる大亀です。あのありとあらゆる魔獣を食べる大亀がここに住んでいるからこの場で決戦しているのです。掘にさえ魔獣を落とせばあの大亀が現れて魔獣を食べてくれるのです』と。
その巨大な亀の魔獣はウシオニを食べると静かにまた掘の中に戻っていきました。
呆然としている私以外の、その場にいた全ての人間族と魔種族が敬意ある姿勢でそれを見送りました。
先生、申し訳ございませんが私はもうこの手紙の続きを書く気力がありません。
ただツノダ女史の命は助かり、私は皇帝陛下やサーゴー大将殿、そしてあの場にいた全ての兵士や魔種族達によって英雄と称えられました。
しかし私はツノダ女史の命が確実に助かると知ると、疲れ切ってしまい、皇帝がもつ馬車によってこのキャメロット公使館に送り続けて頂き、両公使閣下への簡単な報告だけを済ますと宿舎に戻ってくると着替えもせずに寝てしまいました。
そして深夜に目を覚ますとランプの当たりの元でこの尊敬する先生への手紙を一心に書き続けていましたが、書く気力がなくなってしまいました。
紳士たる者が酒に逃げ、さらに先生への弟子たる者として全ての報告を記さずに書く気力がなくなるとは言語道断かと思います。
しかし今日に限っては何卒お許しをお願いいたします。
それでは先生、失礼いたします。
ウシオニを倒した巨大な魔獣が一体なにであった等は必ず次の手紙にてお伝えいたします。
写真も必ずお送りいたします。
お許しください。
ただ言えるとこは、秋津洲は複雑怪奇です。
討伐成功?
サーゴー大将は・・・どなたでしょうか?
秋津洲語を翻訳した言葉を耳にした書記官氏は、秋津洲で唯一の陸軍大将を『サーゴー』だと思っていますが、実際の発音は違います。
棒の先についた巨大な扇子 = 大団扇
銃撃を加えている不思議な小型砲 = グラックストン機関砲
※後書き部分は執筆者ではなく、代理投稿している私が記しています。