尊敬する我が師、サー・マーティン・ジョージ・アストンへ。
先生、秋津洲の心地の良い春はそろそろ終えようとしており、これから地獄のような季節がまた襲ってくるかと考えると、すぐにでも辞表を提出してキャメロット本国に帰りたくなります。
そして先生が沢山送ってくださいました、キャメロットの最新の語学辞書や先生の著作、ありがとうございます。
辞書は通訳氏と学生2人に、先生の著作はタシロ氏とハナブサ氏にプレゼントしたところ、皆大変喜んでおりました。
ありがとうございます。
タシロ氏とハナブサ氏は先生の著作をなんとか翻訳し、将来的には秋津洲で出版したいと考えているそうです。
その際は私、もしくはキャメロット公使館が間に立ち、先生との権利交渉をさせて頂きたいとのことです。
ただ現時点では、まずはキャメロット語の勉強だと張り切っており、私が教えている学生2人に更に習っている状態です。
私が直接教師役になろうかと提案しましたが、お2人からは『現時点では能力が低すぎて理解できないのが明白なので、まずは初級能力から身につけていきたい』とのことで、研究熱心な方は洋の星道は関係ないと感じました。
なおハナブサ氏はとうとう写真機を購入し、現在操作法の習熟に努めています。
それとハナブサ氏とタシロ氏のお2人から、秋津洲の魔種族魔獣に関して纏められている本を複数冊、先生へとプレゼントして頂きましたので、この手紙と共にお送りさせて頂きます。
あと前にお伝えしましたヒドラの飼育観察日記の翻訳ですが、お願いしていた学生2人が、他の学生仲間にも声を掛けてくれたおかげで短期間で終了しましたので、原本と共にお送りいたします。
そして大変失礼なお願いではございますが、今回先生が送ってくださった最新の語学辞書を更に10冊ほど送って頂けませんでしょうか?
通訳氏と学生2人にプレゼントした最新の語学辞書は秋津洲の教育機関にもまだないものだそうで、学生2人が通っている学校の学生間で垂涎の的となっているそうです。
そのため、貸し出し要望が多く、肝心の2人が中々読めないと溢していたので、彼らの献身に答えるためにも、そして利己的なものとしては彼らやその仲間のキャメロット語の能力が高まれば、秋津洲の魔種族魔獣に関する書籍の翻訳スピードが高まると思われますので、何卒お願いいたします。
それではここからは先日のウシオニ討伐の後について報告させて頂きます。
まず最初は無事にウシオニを撃退というか、他の魔獣に襲わせて退治に成功したわけですが、このウシオニを食べた亀の魔獣について報告させて頂きます。
ハナブサ氏とタシロ氏曰く、今の秋津洲の首都は約300年ほど前に前政権であった騎士政権の創始者が湿地帯だらけの場所を当時の政府から命令されて開拓したそうです。
その開拓の際に巨大な亀の魔獣がその湿地帯にいることが判明し、当初は討伐を検討したそうなのですが、積極的に襲ってこない比較的大人しい魔獣だということが判明したのと、開墾作業で使役した畜獣の死体や開墾途中で現れて討伐された魔獣の死体、そして人間族や魔種族では討伐しきれなかった魔獣を襲い、それらを積極的に食べたことから、神獣として祀ることになったそうです。
ただ当時の騎士達の日記には『討伐は不可能と考える』という記述が複数あるそうなので、次善の策であったのかもしれません。
開墾が進むにつれて、住処を移動してもらうために複数回餌で誘導し、最終的には現在は皇帝陛下の居城になっている城の『ウチボリ』という最も内側にある掘を住処となるように固定したそうです。
住処が固定されてから150年ほどの間は月に一度は顔を水面から出しているのが観察されたそうなのですが、以後段々と少なくなり、ここ50年でははっきりと目撃されたという例はなかったそうです。
先生としては『掘から移動していないのならば餌はどうなっている?』とお考えになるかと思いますし、私も当初はそう思っていたのですが、その謎は単純なものでした。
過日、先生へお贈りした牙と鱗を持っていた討伐された5本首のヒドラですが、首都の皇帝陛下への献上は首都市民への披露パレードという意味合いだけでなく、その亀の魔獣への餌という面もあったそうなのです。
なので先日のヒドラも私達が調査した後は、掘りに投げ入れられ、翌朝にはその死体は綺麗さっぱりと消え去っていたそうです。
この皇帝陛下への、前政権では大将軍への魔獣死体の献上は最低でも年に1度はあるそうで、この市民への魔獣から守るというアピールの他にも亀の魔獣の餌にするという役目もあり、パレード後には餌として掘に投げ込まれているそうです。
そしてこの城が首都に魔獣が出現した際の最終決戦の場として選ばれているのも城という軍事施設なので戦いやすい、前政権下の場合は城周辺の建物が配下騎士の邸宅や政府施設ばかりなので市民の被害を押さえられる、そして掘に落としてしまえば生きていようが死んでいようが亀の魔獣が食べてくれるためだそうです。
実際、120年ほど前にもかなり凶暴かつ強力な魔獣が現れた際も、なんとか掘に落とし、堀に落ちた魔獣に亀の魔獣が襲いかかり食べてしまったそうです。
この様に魔獣と共存していると言っていい秋津洲は、前に手紙に記したように『複雑怪奇』であると、私は強く感じております。
他の例としても、ヒドラ飼育観察日記の著作者が飼い、彼の死後に山に放たれたヒドラも他の魔獣を積極的に襲っている例や、我が公使閣下が遭遇したシーマズ公王が飼っているという、軍事転用も可能な水龍という例もあり、秋津洲の魔獣と人間族、魔種族の関係は複雑怪奇です。
続いてウシオニに関してですが、残念ながら綺麗さっぱりと亀の魔獣が食べてしまったので、先生へお贈りできるものは全くありませんでした。
ハナブサ氏達が爆薬で吹き飛ばした下顎に何かないかと思ったのですが、そちらの方もとてもではないですがお贈りできるものはありませんでした。
なおこの先生へお贈りできるものが何もない件につきましては、驚くべきことに皇帝陛下より私と先生宛に正式な謝罪文を頂戴しました。
私は何故にそのようなものを頂けるのかと大変驚きましたが、サーゴー大将閣下曰く『皇帝陛下は勇敢この上ないあなたに、キャメロット国にウシオニの首を献上するとお約束したのにそれが果たせなかったことを申し訳ないと思われていらっしゃるからです』とのことで、私のような者としては逆に恐縮してしまうほどです。
その皇帝陛下からの謝罪文は、原典と翻訳したものをこの手紙を送る際に一緒に送らせて頂きます。
なお囮として行動した私ですが、我が公使閣下と秋津洲政府が外交問題化させないために色々と話し合った結果、私はたまたまその場にいて巻き込まれただけという形に落ちついたそうです。
なので囮として行動したのではなく、魔獣による被害状況を視察するための移動中に運悪く魔獣に遭遇し、秋津洲側の護衛と共に逃げ回っていただけとなりました。
ただ秋津洲政府からは『ウシオニの両目を潰した勇者は過去に1人もいない。そこだけはしっかりと称えたい』という強い要求があり、公使閣下も『個人的行動の結果』という条件でそれを受け入れ、私は秋津洲政府から勲章を、そして皇帝陛下から大変美しい秋津洲のサーベルを賜りました。
そしてウシオニと共に亀の魔獣の胃袋に入ってしまった公使閣下の大ぶりなナイフの代わりに皇帝陛下から改めて大ぶりなナイフが公使閣下へ、さらにはツノダ女史を救う原因となったエリクシル剤を私に渡してくれたオルクセン公使閣下にも同じように皇帝陛下から大ぶりなナイフが贈られました。
続いてウシオニの下顎を吹き飛ばしたハナブサ氏や勇敢な工兵達の爆薬攻撃ですが、ハナブサ氏が若い頃に遭遇して戦ったことのあるウシオニに対して実際におこなった攻撃方法だそうです。
ただその際はもっと小型のウシオニだったこともあり、口の中ではなく、身体の下に入れたそうです。
当時は現在の電気発火式の装置がなかったそうで、今回私が囮として誘導しておこなった、道路に埋めた爆薬による攻撃の様なタイミングを合わせた攻撃が出来るはずもなく、導火線すらなかった当時は、火薬を紙で包んでよじったものを導火線代わりにしてハナブサ氏達数人が決死の思いでウシオニの下に爆薬を差し込んで爆破したそうです。
しかし導火線と違い、燃焼速度が凄まじく速かったという導火線代わりのものを使ったその時の爆破作戦では爆発が早すぎて、逃げることもままならず巻き込まれて死亡した方もいた上に、それでもウシオニを殺しきることが出来ず、その後にオニ族がカナボウで滅多打ちにしてようやく仕留めたそうです。
なのでハナブサ氏としては自身の過去の経験と魔種族研究家として、持てる爆薬の量や導火線の点火スピード、その時と比べものにならない今回のウシオニの頑丈さ、ウシオニの左目が潰れているを考慮して、これもハナブサ氏が提案した道路に仕掛けた爆薬攻撃が失敗した場合は身体の下ではなく口の中に爆薬を直接入れる作戦を提案し、軍人や警官が色々な理由で反対をする中、『私自身がそれをおこなう』と宣言し、反対を押さえつけたそうです。
そしてそれをたった1人で、自分の命を犠牲にする覚悟でおこなおうとしたそうなのですが、それを知った爆薬や導火線を用意していた工兵隊から志願者が何人も出て、その中から3人を選抜してハナブサ氏共々決死隊を編制したそうです。
彼らに対して敬意以外のなにものも感じることが出来ません。
なおハナブサ氏や彼らに対してもに勲章と皇帝陛下からサーベルが贈られました。
さらにハナブサ氏にはジンギカンが保管している魔獣魔種族に関する資料の自由閲覧すらも許されました。
実はこの私も自由閲覧の許可を賜りましたが、ジンギカンが保管している資料は古秋津洲語で書かれた資料が多いそうなので、通訳氏や学生達も読み解くのが難しく、今の私には悲しいことかすぐには堪能できないものとなっています。
しかしハナブサ氏はタシロ氏と共に連日の如くジンギカンを訪れ、自身がそれまで所有していた資料との比較等をおこなっているそうです。
正直申し上げまして、大変うらやましいです。
我が国でいうのならば、王家が所有していると噂されている白エルフ族に関する伝承等が記されている古典等の原典の閲覧が許された様なものでしょうから。
続いて負傷したツノダ女史ですが、エリクシル剤の奇跡的効果とオニ族がもつ強靱な肉体と回復力で数日後には完全に回復し、動けるようになりました。
驚きでしかありません。
そして彼女がまだベットの上にいる際、前にお伝えした『タマノモマエ』という白エルフについてさらに色々なことが聞けました。
まずツノダ女史にキャメロット語を教えた理由ですが、実はアールブ語や古アールブ語を彼女に教える前段階として教えていたことが判明しました。
ツノダ女史曰く『お姉様はエルフの言葉は大変難しく、語源が全く違うこの国の言葉から直接教えるのは難しい。まずは古アールブ語の影響を多々受けている割にはかなり単純化された言語であるキャメロット語を教え、完全にマスターしたと判断してからアールブ語を教え、最終的には古アールブ語の習得を目指していたようです』と。
私はそれは大変な猛勉強が必要ですねと彼女に伝えたところ『私達、魔種族の寿命の長さをお忘れですか?実際、私がキャメロット語を習得するまで2、30年ほどかかりました』といわれて、驚きと共に魔種族の寿命の永遠ともいわれている長さを考慮していなかった魔種族魔獣研究家の雛としてお恥ずかしいがりでした。
ただアールブ語の習得に移行しようとしたところで政変が発生してその機会は永遠に失われてしまったそうです。
そして度々のお願いで大変恐縮なのですが、キャメロット語・アールブ語辞書やアールブ語文法集、著者名は失念してしまいましたが、我が国の勇敢な女史がエルフィンド国内を旅したものを纏めた旅行記が出版されていたと記憶しているのですが、それらも送って頂けないでしょうか?
本来ならば実家にお願いするべきなのでしょうが、当主である父がそのようなことを許してくれるとは思えないので、頼れるのは先生のみとなっています。
何卒お願いいたします。
ツノダ女史が強くそれを願っており、ジンギカンの長官を辞することが出来たら、彼女が姉と慕っていたタマモノマエ女史の故郷であるエルフィンドを是非とも訪れたいという夢を持っているそうです。
先生、何卒お願いいたします。
彼女に少しでも清らかなエルフ達が住まう神秘の国であるエルフィンドのことを伝えたいのです。
それでは先生へのお願いばかりの手紙となってしまいましたが、失礼させて頂きます。
今回の手紙は、皇帝陛下からの謝罪文やウシオニを撮影した大量の写真、書籍類と一緒なので、手紙というか荷物のような状態であることもお許しください。
大ぶりなナイフ = 脇差し
サーベル = 刀