尊敬する我が師、サー・マーティン・ジョージ・アストンへ。
先生、いよいよ秋津洲の夏が訪れつつあります。
地獄のような暑さと湿気が襲いかかる夏です。
しかし今年は昨年オルクセン公使館より送られた『冷えたもの』があるのでまだ過ごしやすいのではないかと思われます。
先生は長年魔種族の研究をなさっている、星欧においての魔種族魔獣研究家の第一人者であります。
そして私は先生の弟子であります。
しかし私はこれから記すことを先生に読んで頂いた後は先生より破門を仰せつかるかもしれないという恐怖と共に記し続けます。
先生、大変今更ですが『魔術力』とは一体何なんでしょうか?
私が実際に体験した『魔術力』とはそれを使った遠距離での意思伝達のみです。
他には探知と、自身の気力を負傷者に流すという『療養』があると聞いております。
星欧のコボルト族、白エルフ族が使っているという魔術力による意思伝達の到達距離は、推定もありますが、おおよそ1と1/2マイル程度で、探知はその倍の距離である3マイルほどではないかといわれております。
そしてこの秋津洲のオニ族は60マイル程、各種コボルト族は星欧同様の1と1/2マイル程度の距離で魔術による意思伝達が可能であると主張してます。
オニ族に関しての最大観測距離は20マイル程でしたが、その観測をして頂いたオルクセンのコボルト書記官曰く『20マイルでも明瞭に伝わっている。最大意思伝達距離が60マイルというのも十分あり得る』とのことでした。
なお魔術力による探知距離は、繰り返しですが星欧においては意思伝達の倍ほどといわれており、秋津洲での聞き取りでもオニ族、コボルト族共に意思伝達到達距離の倍程度の距離までで気配が探れると、実際の確認はできていませんが、証言しております。
『療養』に関しては先生の著作では、少なくとも近年においては負傷者に対する気付け程度であると記されていたと記憶しております。
そしてオルクセン国王であるグスタフ・ファルケンハイン陛下がその『療養』の使い手だということも。
なお秋津洲においては現時点ではその『療養』にあたる魔術力の行使については確認が出来ていません。
我が星欧の遙か太古の伝説では魔種族だけではなく人間族ですら魔術力によって火や風、水、土を操り、それらをもって相手の攻撃していたというものがありますが、先生の調査や各魔種族への聞き取り等ではそのような事ができる魔種族は現時点では1人もおらず、一説によりますとオルクセンの先王であるアルブレヒト二世が意思伝達と探知、療養以外の何かしらの魔術力の行使ができたのではないかというものがあったと記憶しております。
そしてこの秋津洲では現在も狐系コボルト族と、私が未だに出会えていないタヌキという犬に似た動物のコボルト族と猫系コボルト族に相手に対して魔術力によって幻覚をみせる能力を持ったものがまだ数頭ですが生存しているそうです。
ただ実体験をしていないのでそれがどの程度の能力かは全く不明です。
で、私が何故この様なことを、先生からしてみれば呆れるようなことを今更記しているかと申しますと、星欧では伝説か有史以降でも未確認のものしかない意思伝達と探知、療養以外の魔術力の行使が秋津洲では有史以降はっきりと記録されているものが2例ほどあり、私はそれを信じられないのですが、当時の記録や現在秋津洲で生きている魔種族達の証言からすると実際にあったとしか思えないのです。
もちろん秋津洲でも伝説といえるものではそういった事例は星欧同様多々あるのですが、魔種族の永遠といえる寿命からすると近年といえる今から約1000年前と、600年前にそれがあるのです。
ただこの2つの記録は魔種族側が詳細を記した記録であり、人間族側のものは概略程度であり、更に人間族も魔種族がそう記し、主張しているのは認知しているものの、人間族側では実際にそうであったかはずっと議論の的となっているそうです。
その秋津洲における魔種族側のものとはいえはっきりとした記録がある、魔術力による意思伝達と探知、療養以外の行使について記したいと思います。
先生、どうかこの愚かな弟子を破門なさらないようお願いいたします。
まず1000年前の記録から紹介と説明をさせていただきます。
当時の秋津洲政府内の魔種族担当省庁であった『オンミョウリョウ』のトップには狐系コボルトがついていたそうです。
しかしこの『オンミョウリョウ』のトップの狐系コボルト氏はあまりにも優秀だったため、当時の皇帝の依頼で正式な貴族位を賜り、宰相としても働いていたそうです。
しかし本来ならば人間族のための貴族位を賜り、さらに職位をも魔種族が奪ったとみなされ、人間族の強い恨みを買っていたそうです。
ただ狐系コボルト氏も人間族の恨みを買っていたのは理解していたので、将来的には宰相から早期に引退することを視野に人間族の養子をとっていたそうです。
しかし我慢がならなかった人間族の貴族達は皇帝が代替わりするとクーデターを起こし、皇帝の命令としてその狐系コボルト氏の宰相の職位と名誉、財産を奪い、西の果てに追放したそうです。
ただ追放にあたり、養子氏も職務から追放した上で狐系コボルト氏への援助を禁止したそうですが、同時に魔種族側の恨みを買わないためにも『数年で養子氏の職務復帰、さらに狐系コボルト氏の追放解除、もしくは援助の許可を出す』と内々に通達を出していたそうです。
しかしこの通達が悲劇の遠因となったといわれているそうです。
追放から数年で養子氏へは職務復帰の許可が下り、実際に職務復帰が叶ったそうなのですが、狐系コボルト氏の追放解除、もしくは援助許可は出されませんでした。
正確に記しますと、政府側は養子氏の職務復帰により『家全体として罪は許した。なので狐系コボルト氏の罪も許した』と解釈しており、つまり『狐系コボルト氏の追放解除、もしくは援助の許可を出したつもり』になっていたそうです。
実際、当時の各貴族の日記には養子氏が狐系コボルト氏を呼び戻したり、援助しないことを疑問に思う内容が多々記されていたそうですが、原因を『家庭内の問題』とみなしていたそうです。
それに対して養子氏は『狐系コボルト氏の追放解除、もしくは援助の許可を出す』と明瞭に告げられていたため、自身の職務復帰と『狐系コボルト氏の追放解除、もしくは援助の許可』は別であるという判断を、他の魔種族共々しており、自身の職場復帰後に複数回、当時の魔種族のトップと共に『狐系コボルト氏の追放解除、もしくは援助の許可』の申請を政府に対してしたそうなのですが、すでに許可を出した気になっている政府側は家庭の問題…つまり養子氏の財力の問題から狐系コボルト氏を首都に呼び戻したり、生活資金の援助ができないと判断し、許可申請を『資金援助申請』と誤解し、全ての申請を却下していたそうです。
もちろん養子氏は資金援助は禁止されていたものの、状況を知らせる手紙を常に出し、手紙に忍ばせられる程度の援助をしてはいたそうです。
さらに追放地周辺の魔種族達も、自分達のトップであった狐系コボルト氏への、こっそりとした有形無形の援助や、魔術による意思伝達で首都の政治状況を伝えはしていたそうですが、実際はともかく『皇帝の命令』という形なので、皇帝に仕えている形になっている魔種族達も大々的な援助はできなかったそうです。
ですが魔種族の長すぎる寿命がさらなる仇となり、狐系コボルト氏は追放解除をひたすらに信じて待ち続けていたそうです。
そのうち、何故か首都では狐系コボルト氏が死んだことにされ、半ば忘れられた存在になってしまったそうですが、養子氏や新たにオンミョウリョウのトップについた魔種族からしてみると『もう相手にしない』とみなしてしまったそうです
それを知らされた狐系コボルト氏はそれでも追放解除を信じて養子氏が死んだ後も、30年ほど貧困に苦しみながらも待ち続けたそうですが、とうとう狂ってしまったそうです。
狂った狐系コボルト氏は首都へ30年ぶりに舞い戻り、信じられないことですが、その魔術力を使って雷を操り、政務庁舎も兼ねていた皇帝の居城を雷にて焼き払い、自身を追放した複数の貴族や、果ては時の皇帝までをも死に至らしめたそうです。
正直申しまして私としては狐系コボルト氏の追放先からの逃亡と首都への帰還時期と偶然落雷があった時期が一致していただけではないかと思うのですが、ジンギカン書庫に出入り自由となったハナブサ氏とタシロ氏が当時の史料を調査したところ、魔種族側は彼にそのような能力があるという前提で善後策を練っていた形跡が多々あるというのです!
さらにツノダ女史、最低でも800歳ほどではないかという彼女からも『その狐系コボルト氏・・・スガワラ氏はドウジュツによって雷を操る力を持っていたと伝わっています』と証言されています。
なおその狂ってしまった狐系コボルト氏であるスガワラ氏はひとしきり暴れた後、魔種族と人間族の連合軍によって討たれたそうですが、人間族側は死んでも再び暴れるのではないかと極度に恐れ、聖人として祀り、その魂を浄化することを決定したそうです。
ですが首都で祀るのは恐怖感があり、追放先の西の果てに素晴らしい神殿・・・ジンジャを建てて、そこで聖人として祀ったそうです。
なおこの時の責任をとり、当時のオンミョウリョウのトップの魔種族が辞任し、代わりのトップに人間族が就任。
そしてその下で実質的にオンミョウリョウ・・・つまり魔種族達を取り仕切る立場として以前紹介しました、白エルフである可能性が濃厚であるタマモノマエ女史がついたそうです。
続いては約600年前に起きた事例です。
その時の秋津洲は初めての騎士による政権によって運営されていたそうです。
ただ少々複雑で、内政に関しては皇帝家より委任されていた騎士政権が担当していたそうですが、外交に関しては皇帝政権側が依然として担当していたそうです。
そしてある日、海を挟んで隣国である当時の華国で内戦をしていた2勢力の内、優勢だった勢力が秋津洲に対して降伏を勧告したそうです。
皇帝政権はそれを断固として拒否し、騎士政権に対して防衛命令を発令したそうです。
騎士政権側はその皇帝からの命令に従い、華国との距離が近い秋津洲西方に領地をもつ各騎士達に対し、警戒態勢を発令したそうです。
華国の内戦勢力は複数回、降伏勧告をおこなった後、突如として秋津洲への渡洋侵攻作戦を実施したそうです。
人間同士の争いには原則として種族全体として荷担しない魔種族でしたが、これに限っていえば『皇帝の敵』という認識で全面協力したそうです。
渡洋侵攻は2回あったそうですが、1回目の奇襲侵攻は秋津洲側に大きな犠牲があったものの、人間族の騎士達と駆けつけた魔種族達の努力と軍事力によって撃破し、華国側は秋津洲の西方海軍兵力の殲滅と上陸には成功したものの、陸上戦闘で被害甚大だったために早期に撤退したそうです。
しかし数年後に華国側は更に大規模な戦力を投入した再侵攻をおこなったそうです。
秋津洲側では2回目の侵攻は想定済みで、事前に防衛戦を構築し、西方海軍兵力も再建し、いざ華国側の侵攻となると人間族と魔種族の兵力による徹底的な水際防衛と海軍兵力による小規模逆襲を繰り返したそうですが、大規模な橋頭堡こそ与えなかったものの、華国側の全貌すら把握できない華国側の大兵力の前に、約2ヶ月半もの間を戦い続けていた秋津洲の騎士や魔種族達は士気こそは落ちないものの、閉塞感があったそうです。
そんな中、人間族の騎士側のトップ達や魔種族の各族のトップやそれに準ずる者達が集まり、魔種族のドウジュツをもって敵を壊滅させるという作戦が決定されたそうです。
そして実施されたのが『複数人の魔種族の命を使ったドウジュツによって気象を操り、タイフーンを呼び起こし、未だに大規模な橋頭堡を確保できない華国の侵攻軍に対して攻撃を実施する。タイフーンによって華国海軍艦艇を海上にて殲滅し、乗船したままの華国陸軍兵力を海の藻屑とする』という、私からしてみるとあり得ない作戦です。
実際、華国側兵力はタイフーンによって大打撃を受けて撤退したそうなのですが、2回目の華国側の侵攻開始時期はタイフーンが比較的発生しやすくなりはじめる時期だそうで、更に秋津洲の魔種族達が作戦を実施した日というのは、秋津洲でタイフーンが頻繁に発生すると言っていい季節だそうです。
なので秋津洲の人間族の史学、魔種族、軍事研究家達の間では『タイフーンによって華国侵攻軍が大打撃を受けたのは気象上の偶然である』と主張する一派が優勢だというのですが、これはそれら研究家達の間でも否定はされていないのですが、『タイフーンが襲来した日に、戦場に参集していた魔種族の各族リーダー級やそれに準ずる者達が皆死亡した』と各記録にあるそうです。
ただ否定していないだけで、彼らは『それまで前線で奮戦し、戦死していた各魔種族族長や有力者達を称えるために、彼らの命を引き替えとしたドウジュツによってタイフーンを生み出したということにした』と考えているそうです。
しかしこれが論争となっている理由ですが、当時の参戦していた人間族側騎士の日記や報告書に、彼らの主張が正しければ既に死亡しているはずの魔種族の各族リーダー級やそれに準ずる者達とのやりとりが多々残されているそうなのです。
そして彼らの日記や報告書にも魔種族の各族リーダー級やそれに準ずる者達がタイフーンが襲来した日に、命を使ってタイフーンを呼び寄せ、皆死んだと記されているそうです。
つまり、タイフーンが襲来する当日まで、それ以前に戦死したと主張されている魔種族達が生きていた可能性が強いわけです。
さらに戦後、騎士達と魔種族達はどちらの戦果が上であったかで激しく対立したそうで、一般的な考えでは魔種族側が有利となる記録を対立している人間族側が残すわけがないのですが、人間族側は『魔種族がタイフーンを呼び寄せ、華国軍に大打撃を与えた。しかしそれがなせたのは私たち騎士の努力と献身によって華国軍の上陸を許さなかったからだ』と主張し、魔種族よりも人間族の方が戦果が大きいとしていたのです。
つまり、少なくとも従軍していた騎士達は魔種族がタイフーンを呼び寄せたということ自体は全く否定していないのです。
先ほど紹介した当時の人間族側の戦時中の記録や報告書でも、多々『各族リーダー級やそれに準ずる者達がタイフーンが襲来した日に、命を使ってタイフーンを呼び寄せ、皆死んだ』と残されているそうなのですから。
ですが、ここ300年ほどで秋津洲の人間族の間で論争となっているその最大の理由は『ドウジュツでタイフーンを呼び呼び寄せることが出来るはずがない。実際、今の魔種族はそれは出来ないと主張しているではないか』だそうです。
しかしツノダ女史曰く『この戦いで強いドウジュツを持っていた魔種族達がほぼ一掃されてしまったからです。もはや私たち魔種族全てがその命をなげうってもこの様なことはもう出来ません』と、つまり『生き残った魔種族では出来ないだけ』と主張されています。
そして実際にジンギカンの各資料を読んだハナブサ氏とタシロ氏は魔種族側の主張の方が正しいと考え始めたそうです。
この華国大侵攻をきっかけに魔種族の魔術力は一気に低下したと。
つまり『当時の魔種族のドウジュツがよって、魔術力が強い者達がその命と引き替えとしたドウジュツによってタイフーンを呼び寄せたのは正しい』と。
先生はどのようにお考えになるでしょうか?
私としては、ツノダ女史の言葉を否定するという訳ではないのですが、魔種族はその魔術力によって天候すら操ることが出来るというのが大変な疑問なのです。
これが神話に近い話しならば私は『神話』として受け入れます。
しかし秋津洲では、繰り返しですが魔種族の寿命的には『比較的近年といえる1000年前と600年前にはっきりとした記録』で残っているのです。
星欧にはそのようなものは神話以外に存在していません。
もし星欧でも神話以外で・・・せめて2、3000年前にそのようなことがあったという記録があれば私は信じたかもしれませんが、先生はもしかしたら存じていらっしゃるのかもしれませんが、お恥ずかしながら私は知りません。
なので私としては『流石にあり得ない』と判断しています。
族長やそれに準ずる者ということは、彼ら魔種族の基準では大変魔術力に優れた者達ばかりだというのは理解しているのですが、その彼らが複数人、命を引き替えにしたものとはいえ、神の所業である天候を操ることが出来るのかと。
ただ愚かな弟子である私は、この様にあり得ない、魔種族が天候を操ることが出来たという事例が神話ではなく記録として明瞭に残されているということは魔種族研究に必要なのではないか?と考え、恐る恐る先生へと報告してしまったわけです。
何卒お許しくださいますよう、破門なさらないようにお願いいたします。
あくまでも研究の一環として、秋津洲にある魔種族に関する記録をお伝えしただけだとご理解ください。
それでは先生、愚かな不肖な弟子ではございますが、失礼させて頂きます。
相変わらず、彼は大鷲族や闇エルフが魔術通信等をつかえることを知りません。
それ以前に闇エルフ族に関しては、彼がその存在を知るのは書籍情報のみなので存在自体を失念しているという状態だそうです。
そして天候を操る・・・現代でもいらっしゃいますねw