尊敬する我が師、サー・マーティン・ジョージ・アストンへ。
もしかしますとこの手紙は前回の第二回報告と同時に先生の手元に届くかもしれません。
先生、私は大変興奮いたしております。
大変興奮しています。
前回の報告の最後にて伝えました、公使閣下より指示された『秋津洲国における魔種族、魔獣調査』は、想像以上の悪路のために予定していた日数より1日ほど超過しましたが、先ほど無事に公使館に帰着しました。
そして今、旅装を解くのも惜しみ、この先生への手紙を書いています。
私は大変興奮しています!!
そしてどうして私がここまで興奮しているのを説明するために、まずこの秋津洲国の宗教について説明せねばなりません。
この秋津洲国においては完全に異なる2つの土着宗教があり、この2つの土着宗教は外国人たる私の目から見ますと大変不思議なもので、それぞれ信徒を得るために敵対するどころか、緩やかに一体化しているといえます。
正直、私は未だにこの2つの土着宗教を理解しているとはいえず、これから先生に説明することについても多々誤謬があるやもしれませんが、まずは先生にこの興奮をお知らせするためにペンを走らせています。
そして先ほど記した『緩やかに一体化している』という意味ですが、私は未だに自身が通訳氏より伝えられた言葉を誤解、もしくは通訳自体の誤りがあったのではないかと常に考えているほどなのですが、2つの土着宗教、それぞれの祭事施設敷地内に互いの小型化している祭事施設が同居しているのです!
我が国で例えるのならば、精星教の教会敷地内に我らが国教会の小さい教会があり、国教会の教会敷地内に精星教の小さい教会があるかの如くです!
いや、この例えも正確ではないかもしれません。
国教会は精星教より分離したものであり、敵対しているものの同源であるといえます。
しかし秋津洲国の2つの土着宗教は、外国人の私の目から見ると全く異なる宗教であり、通訳として同行した秋津洲人も、通訳を介して質問した護衛として同行した3人の秋津洲人警官も異なる宗教だと答えていました。
それなのに、少なくとも全体的には敵対することなく、それどこか信徒を分かち合う事どころか、信徒を『共用』しているのです。
私はこの秋津洲の2つの土着宗教の信徒に関して『共用』と言う言葉しか思いつきません。
先生は意味が全くわからないかと思います。
私も理解しきっていませんし、もしかするとやはり誤解をしているかもしれません。
ただ通訳氏が語ったことをそのまま伝えるのならば『願い事や悩みがあるときは、朝はジンジャに詣で喜捨し、夕方にはテラを詣でて喜捨する』と申しておりました。
ちなみに『ジンジャ』とは土着宗教の内、古来からこの秋津洲に根ざしている宗教の宗教施設でキャメロット語に当て嵌めるのなら『神殿(Shrine)』に当たるかと思われ、もう1つの約1500年ほど前に海外より伝わってから土着化した宗教の宗教施設が『テラ』で、キャメロット語では『寺院(Temple)』に当たるかと思います。
話を『秋津洲国における魔種族、魔獣調査』に戻しますが、今回の公使閣下指示の調査ですが、秋津洲国からの許可と同時に通訳1名と護衛の警官3名が派遣され、当公使館からはこの不肖の弟子である私と、私がこの国に着任した際にこの秋津洲国についてレクチャーをしてくれた先任書記官、そして先日オルクセン公使館にて私と共に静養した若手コック氏が・・・今は友人である彼が下男としてつけられ、さらにオルクセン公使館からも魔種族の国として大変興味があり、是非ともキャメロット国の魔種族調査に同行したいという申し出があり、先日の返礼も兼ねて公使閣下が快諾した結果、オルクセン公使館からはシェパード種の某コボルト書記官・・・おそらく実際には駐在武官と思われる1名が同行し、計8名での騎乗での旅となりました。
早朝に秋津洲首都を出発し、その日の夕方には首都北西にある、河川輸送の拠点である街に到着して投宿。
翌日はコック氏が通訳氏と宿の者と一緒に作った食事をとってから宿を出発し、先任書記官やコック氏、コボルト書記官、通訳氏と会話しつつ、段々と険しくなっていく道を進んでいき、途中で休憩を挟み、コック氏が作ってくれたサンドイッチで腹を満たし、山の中をさらに進んでいき、日が暮れる頃にようやく目的地である山の中の小さい町に到着しました。
なおこの道中のことですが、例えるのならば我が国の田舎町にてシェパード種の某コボルト書記官が道を進んでいた場合、それをみた我が国の人間は大変驚くかと思います。
先生ならおわかりかと思いますが、おそらく生まれて初めて見る魔種族だからです。
実際私が幼少の頃、初めてオークの巨体を見たときは恐怖のあまり泣き出し、動けなくなりました。
しかし今回の旅では沢山の秋津洲人とすれ違いましたが、彼らは同行している某コボルト書記官の姿を見ても『珍しいのを見た』程度の反応のものが大半であり、それどころか最初の目的地である神殿・・・ジンジャに近づけば近づくほど反応が敬意あるものに変わっていき、すれ違う者全てから某コボルト書記官に対してのみ敬意に基づいている以外に解釈ができない丁寧な会釈がされていました。
正直、それがどうしてかは全くわかりませんでしたが、早朝に町を出発して更に山道を登り、首都を出発して3日目の昼にようやく目的地あるジンジャに着きましたところ、その疑問が解けました。
なんと、そのジンジャの神官の1/3ほどがコボルトだったのです!
しかも今まで全く見たことのない、先生をはじめとする他の先達達が記した書籍にもない種のコボルトばかりでした!!!
おそらく道洋・・・秋津洲固有種のコボルト種だと思われ、実際にコボルト書記官も『オルクセンでは見たことがない同胞ばかりだ』と述べていました。
しかし驚きはそれだけではありませんでした。
なんとそのジンジャの神官長が巨狼族だったのです!!
しかしこちらもオルクセンにて目撃し、先生の書籍に記されているよりも小型かつ顔つきが違う巨狼族でした。
オルクセンで目撃した牡の巨狼族は地面から頭まで8フィートほどの高さがありますが、このジンジャの神官長の牡の巨狼族は5フィートほどの高さであると思われます。
最初見たときはまだ子供の巨狼族かと思ったのですが、通訳氏とジンジャの人間の神官の2人を介しての質問に対し、その神官長である巨狼族は年齢は比較的若い150歳であるが既に成獣であり、神官長として既に15年その任に当たっていること。
このジンジャには他にも5頭の巨狼族がおり、付近の山中には更に多くの巨狼族がいるとのことでした。
おそらくこの巨狼族も秋津洲固有種だと思われます。
先生の著作に・・・確か比較的近年に星洋でもオルクセン在住種以外の、わかる者が見れば明らかに外見が違うと判断できる他種巨狼族が現れ、オルクセンが討伐したことが記されていたかと思いますが、その件と合わせてもこの神官長である巨狼族は秋津洲固有種だと思われます。
そしてこのジンジャの神事は巨狼族とコボルト族が主としておこない、人間の神官達は神事の補助とジンジャ運営実務に当たっているとのことです。
どおりで道中でコボルト書記官を見ても誰も驚かず、ジンジャに近づけば近づくほど、敬意ある反応を示したわけです。
少なくともこのジンジャ周辺の秋津洲人にとってはコボルト族は神官なのですから。
なおこのジンジャの巨狼族は秋津洲首都においても信仰対象とされているそうで、その理由は遙か昔からこのジンジャ周辺の魔獣をコボルト、人間と共に狩っていたこと。
更に近代化する以前の、騎士達が政権を担っていた前秋津洲国政権において、当時から既に秋津洲国首都であった都に、騎士達の長である大将軍の要請によりこのジンジャより巨狼族とコボルト族数頭が常に派遣されて首都の治安維持にあたり、騎士達の警察部隊と共に数知れぬ『オシコミ』と呼ばれていた殺人強盗集団や『ヒツケ』と呼ばれていた放火犯達を狩りたてていたそうです。
そのためか当時より、そして現在でも秋津洲首都ではこのジンジャで印刷された巨狼族とコボルト族が描かれている護符が強盗避け、火災避けとして大人気だそうです。
そして先生、申し訳ありませんが、報告の途中ですがそろそろ体力の限界が迫ってきました。
あまりの興奮に、旅装も解かずにランプの明かりを頼りに今回の調査のことを一気に記そうとしましたが、もはや体力の限界で今にも眠ってしまいそうです。
体力の限界で今にもペンを握ったまま眠ってしまいそうです。
それでも最後に記すべき事として、今回の調査では写真機を用意することができ、ジンジャにてコボルト族数人を撮影できましたので、その写真を次の報告に同封させて頂きます。
この報告と共に送りたいのですが、まだガラス乾板の現像すらすんでいません。
明日の朝に出発する外交行李にて発送する予定のこの手紙に写真を同封することはかないそうもありません。
本来でしたら次回以降の外交行李で発送し、この手紙と共に写真を同封すべきなのですが、まずこの興奮を先生へお伝えしたいと思います。
先生からしてみると既知のことであろうと思われますが、この不肖の弟子の興奮を先生にお伝えしたいとおもいます。
そして次の報告では必ずや、このジンジャの後にもう1箇所いったジンジャの報告とそこでも撮影した写真を共にお送りいたします。
ただ巨狼族を撮影することは、彼ら巨狼族が神扱いであることから拒絶されてしまったので、かわりに私が描いたイラストを同封させて頂きます。
あと先ほど述べましたジンジャの護符も同封させて頂きます。
以上にて、不肖の弟子により秋津洲国からの3回目の報告を終わりとさせて頂きます。
次の第4報では、写真以外にも秋津洲の魔種族について、もしかしますと先生ですら驚くであろう報告があります。
ただ明日からは公使閣下への報告書を制作しないといけないので、先生への次の報告を記すことができるのは数日後となってしまい、更に発送となりますと次回の外交行李の発送に合わせないといけないので更に遅れてしまうとおもわれますが、現像した写真やイラスト、護符と共に必ずやお送りいたします。
期待と共にお待ちください。
そしてお休みなさいませ。