直接的な観察の報告ではなく、秋津洲で最後に発生した魔種族と人間族の大規模武力衝突について記したものとなります。
尊敬する我が師、サー・マーティン・ジョージ・アストンへ。
暑さと湿度いう二大悪魔達が消え去り、ようやく秋津洲も過ごしやすくなりました。
相変わらず纏まった休暇がないので、先生のように古典の比較による魔種族研究をおこないたいのですが、秋津洲語が壁となり、私個人では全く進めない状況です。
信じて頂けないかもしれませんが、秋津洲語はこの原語を構成する文字が3種類、1字で事象を説明することも可能な象形文字、その象形文字を分解した象形文字間を接続する文字が2種類も存在し、私の理解を阻む高い城壁と深い谷と広い河となっています。
現在も数日おきにやってくる通訳氏、通訳氏に同行してやってくる秋津洲在住魔種族に関して熱心に研究しているコボルト書記官、そして通訳氏の手配で2名ほど私が日払いで雇ったという形になっている秋津洲語をキャメロット語に翻訳をしてくれている学生が2名がいなければ研究は全く進められないことは間違いありません。
なお学生2人への、日雇いとはいえ提示された報酬は2人分という事もありそこそこのものでしたが、私が彼ら2人の別な日にキャメロット語を教えるという条件で格安という金額になりました。
更にこの2人はすこぶる優秀で、当初は通訳氏を介してのやりとりでしたが、片言かつ語彙が少なくはありますが、キャメロット語の直接のやりとりも可能となっています。
この様な複雑極まる秋津洲語を自在に操る秋津洲人・・・驚くべき事に日雇い労働者ですらある程度の文字の読み書きができるという、私達キャメロット人からしてみると信じられない秋津洲人ですが、この国において魔種族と人間種の『種族同士の全面衝突』や『一方的虐殺』はかなり少なかったそうです。
既にお伝えしているとおり、土着宗教2つの内、1つに魔種族が大きく関わっているのが遠因かと思われますが、やはり精星教の教えが秋津洲人の間に存在していないのが大きいかと思われます。
今から300年ほど前の大内乱期には精星教の教えが伝わったそうですがさほど広がらず、さらに当時の大将軍が色々な事情から精星教を絶対禁止としたために完全に途絶してしまったそうです。
そのような秋津洲ですが、今から約200年ほど前の騎士達による前政権期に最後の魔種族と人間族の大規模武力衝突が起き、子爵相当と推測できる人間種の騎士家と伯爵家相当と推測できる魔種族の騎士家がそれぞれ1つずつ滅亡したそうです。
その秋津洲における最後の魔種族と人間種の武力衝突について、私が理解できた限りに先生へお伝えしたいと思います。
まず武力衝突にいった経緯ですが、騎士達による前政権下で唯一ただ1頭のコボルト族が伯爵相当の騎士として大将軍に仕えていたそうです。
彼の役目は大将軍がおこなう様々な儀式の教師役だったそうで、前政権が誕生した際に大将軍に請われて仕えたそうです。
彼の出自は少々複雑で、彼が直接周りに語った事を書き記した書物によりますと、少なくとも700年ほど前には皇帝に仕えていた人間族の侯爵家相当の貴族家の下級家来として働いていたようです。
ただ長命な魔種族のため、当主が代替わりしても続けて勤めている内に、皇帝家の儀式に詳しくなっていき、最終的には魔種族コボルト族でありながら人間族の皇帝家儀式に関しては筆頭といえる知識を身につけたようです。
その後も彼は皇帝家と前々政権の大将軍に請われる形で独立した貴族相当の騎士として前々政権の大将軍に仕えたそうですが、その大将軍が直々に周辺に伝えたこととして『私の将軍家が途絶えた際は、次期大将軍は某侯爵家相当の騎士家がなれ。もしその騎士家も途絶えたのならば次の大将軍はコボルト氏に決めてもらうのだ』というものがあったそうで、魔種族のために大将軍にはなれないものの、その権力は前々政権下で並々ならぬものがあったと推測できます。
ただ本人は『儀式に詳しく、長生きしているので調停役として適任というだけだ。迷惑この上ない。人間族からの嫉妬が凄い。もう辞めたい』と日記に記していたそうです。
そのような彼ですが、大内乱期を生き残り、再び前政権にて伯爵家相当の騎士として、唯一の魔種族の騎士として仕え、皇帝家と大将軍家を繋ぐ使者として、大将軍家内での儀式全般の教師役として勤めていたそうですが、ある年の皇帝家からの使者を大将軍家が迎える際の儀式にトラブルに巻き込まれそうです。
実際の対応役として2家の子爵相当と伯爵相当の騎士が任命され、その教師役としてこのコボルト氏がつけられたそうなのですが、子爵相当の騎士が過去にも、規模は違うながらも対応役に任命された経験があったため、コボルト氏の助言や指導を徹底的に無視し、コボルト氏がそれら案件の修正に忙殺され続けたそうです。
特に有名な事例として伝わるのが3つほどあるそうです。
1つ目の事例は、コボルト氏が対応役の騎士家2家が任命された直後にに直接『費用はそれぞれの騎士家毎に最低でも金貨1200枚ほどかかると推測できる』と、コボルト族らしい計数能力の高さから導き出した数字を伝えたものの、子爵家相当の騎士はそれを無視。
過去の対応での予算案をそのまま流用したそうですが、当然のことながら大幅な予算不足に陥ったそうですが、何故かコボルト氏を逆恨みしたそうで、周りのは騎士家に愚痴をこぼしたそうですが、既に伯爵家相当の騎士が遙かに多い予算を用意していたことが騎士の間で広まっていたので呆れられたそうです。
2つ目の事例は皇帝家からの使者をとあるテラにて迎えることになっているそうなのですが、マナーとして皇帝家の使者を迎える際はテラの絨毯を新品なものに変えるそうです。
もちろんコボルト氏は対応役の子爵家相当の騎士と伯爵家相当の騎士には交換するようにと伝えたそうです。
しかし子爵家相当の騎士は『あの寺の絨毯はテラ自身が最近交換したばかりであるから交換不要』と勝手に判断し、もう1つの担当である伯爵家相当の騎士家が自分達の担当エリアのみ絨毯を交換したことを、使者を迎える数日前に子爵家は知り、慌ててテラの担当域の絨毯を新品に交換しようとしたそうです。
しかし子爵家相当の騎士が相場を遙かに超える大金を積んで何とかしようとしたようですが、沢山の枚数が必要な絨毯は通常ならすぐに手に入る訳がありません。
しかしその事実を驚きと共に知ったコボルト氏がその魔術による意思伝達もって魔種族ネットワークを活用し、首都周辺の絨毯屋も動員してなんとか必要枚数の絨毯を子爵家相当の騎士のプライドのために彼らが気がつかないように・・・というかその子爵家相当の騎士だけが気がつかなかったようですが、無事入手出来るように手配したそうです。
しかしなぜか子爵家相当の騎士はその件でもコボルト氏を逆恨みし、周囲にコボルト氏の嫌がらせであると触れ回ったそうです。
てすが既に伯爵家相当の騎士側が絨毯を新品に余裕を持って変えていた事実と、絨毯入手にコボルト氏が奔走していた事が魔種族を介して広まっていたためにまともに相手にされなかったそうです。
なお当時のコボルト氏の日記には子爵家相当騎士に対する罵詈雑言が書かれていたそうです。
そして最後の事例が使者を迎えた当日に発生したそうです。
コボルト氏が繰り返し『皇帝家からの使者が訪れるこの部屋には、この紋章を捧げておくように』と指導されていたのも関わらず、子爵家相当の騎士はそれを無視して別な紋章を捧げるという大失敗を犯し、それまで我慢を続けていた流石のコボルト氏も声を荒げて叱責したそうです。
もちろんその別な紋章はコボルト氏と伯爵家相当の騎士によって速やかに交換されたそうです。
ですが、子爵家相当の騎士はこれについても何故かコボルト氏を徹底的に逆恨みし、何故そのような考えに至ったか不明と秋津洲側の書物やコボルト氏の日記にも記されていますが、皇帝からの使者を迎える儀式直前にコボルト氏を殺害しようとナイフを持って『この犬っころが人間を愚弄するとは何事か!!手討ちにいたす!』と叫びながら襲いかかったそうです。
幸いなことにコボルト氏は顔を切りつけられたもの一命は取り留め、周りにいた騎士達によってその子爵相当の騎士は取り押さえられたそうです。
本来ならば他の騎士の命を奪おうとしたことだけでも死刑相当な上、さらにそれが皇帝からの使者を迎える儀式の際だったので大将軍は激怒。
直ちに大将軍と騎士政権は子爵家相当の騎士を死刑にしようとしたそうですが、被害者であるコボルト氏が『同意の上での私闘であるならば私と子爵は2人して死刑であるが、まずこれは私闘ではない。子爵家相当の騎士が一方的に襲いかかっただけである。更にそのようなこと正常な心を持つ者はおこなうはずがないので、あの子爵家相当の騎士は心を乱しただけである。ならば心を乱したものを罪を問うのは法律的にも問題ではないか?子爵家相当の騎士に必要なのは死ではなく静養である』と話し、大将軍も、文字通り長年仕えている唯一皇帝家に関する儀式の知識を有する、さらに子供の頃に『お犬さんの爺』と呼んで遊んでもらっていたコボルト氏の言葉を無視することはできず、皇帝からの使者へもコボルト氏からの内々の願いと同時に渡された金貨により、こちらも子供の頃から世話になっていたコボルト氏の願いと金貨の力で『今回の一件は心を乱した者の行動のために不問に処す』とし、皇帝からの使者に関する儀式は全く問題なく終了したそうです。
しかし強制的に静養に入らされた子爵家相当の騎士は、彼の寄親から『コボルト氏の奔走によって処刑や改易が免れた。せめて内々の手紙でもよいから謝罪と感謝を示すように』という言葉も無視し、逆恨みを続け、最終的には1年半ほどたった後に家来を使いコボルト氏の邸宅を、キャメロット人の私ですら卑怯と感じることに、夜に無警告で襲い、仕えていた人間達共々コボルト氏を暗殺、さらに野蛮なことにその首を切り取り、さらしたそうです。
これが人間族同士でしたら、当時の人間族同士でもっとも迅速な情報伝達やその情報に基づいた命令が伝達され、その後の行動が押さえられたのでしょうが、コボルト氏は暗殺される直前に自分が誰に暗殺されたのかを、残った命全てを使ったといわれている強力な魔術による意思伝達により、少なくとも首都のある州全ての魔術による意志伝達が出来る魔種族にそれを伝達。
魔種族達からすると、事実や実態は兎も角、騎士政権での魔種族の利益代表としてみなされていたコボルト氏が人間族に不当に暗殺されたと解釈したこの事件を、騎士政権がこの事件を各所からの通報と、何故か暗殺を実施した子爵家相当の騎士から『法律に基づいた報復行動である。よって私は無罪』という頭を抱える外がない届け出で知ったときには、既に魔種族ネットワークによって秋津洲全土へ伝わっており、当時の魔種族の長により直ちに子爵家相当の騎士への報復が決定。
その主力をコボルト族とし、政権がこの事件をどう処理するのかで大混乱している中、私が先日訪れたジンジャ周辺ともう1つの地域のコボルト族を主力とし、報復行動を命令。
その報復活動に、秋津洲では古来よりコボルト族と共同生活をおこなっているといっても過言ではない巨狼族も協力し、彼らコボルト族と巨狼族は直ちに出発し、魔種族ネットワークを利用して子爵家相当の騎士家領地へ至る途中で武器や食料を受け取っていき、人間族からするとあり得ない速度で子爵家相当の騎士の領地へ移動。
その子爵相当家の騎士領地へのコボルト族や巨狼族の大移動を知った騎士政権は更に大混乱に陥り、皇帝共々なんとかそれを止めようとありとあらゆる手段をこうじたものの、当時の人間族の馬や船、人間自身での命令や情報のやりとりの速度が、魔種族の魔術による意思伝達に勝てるはずもなく。
さらに皇帝の命令による魔種族の魔術による意志伝達による指示命令情報収集も、それを実施する魔種族のサボタージュにあい、遅々として進まず、結局ありとあらゆるものが間に合わず、大将軍も皇帝も止められない状態に。
そしてその隙を突いて数日差で首都へ向けて分散して移動する集団もあり、子爵家相当騎士の領土にある城と、首都にある邸宅が同時に襲撃される自体となったそうです。
もちろんというべきでしょうが、子爵家相当騎士側は、領地側も首都の邸宅側も愚かなことにこの報復を全く察知することが出来ず、コボルト氏が暗殺されたように夜間突如として襲撃を開始したコボルト族と巨狼族の前に、騎士であるにもかかわらず全く抵抗できないままに、女子供や非戦闘員とみなされた雇われていた民間人を除いて皆殺しとなったそうです。
この大規模報復活動は騎士政権下でも『禁止されているかもしれないと解釈できる事例』という複雑な状況らしいのですが、この事件では誰も処罰されなかったそうです。
その理由を以下に挙げさせて頂きます。
1,そもそも大将軍からも皇帝からも魔種族に対して報復禁止の命令が成されていない。
2,魔種族の長は大将軍ではなく、皇帝に仕えている。
3,騎士政権において報復活動そのものは禁止されていないどころか奨励されている。
4,報復活動は事前の届けが必要ではあるが、状況によっては後日届けでも可能である。
5,報復活動を阻止し、失敗させる権利も存在する。
6,報復活動は一回のみ許される。報復活動に対する報復活動は許されていない。
実際、子爵家相当の騎士によるコボルト氏への暗殺は3と4を根拠としたものだと主張して届け出たそうですが、大将軍と騎士政権は一蹴し、報復活動ではないと即時に決定していたとのことです。
なので、この事件は『暗殺されたことに対する報復活動なので、報復活動への報復活動には当たらない』という法解釈がまず発生するそうです。
続いて『皇帝に仕えている魔種族の長の命令により実施されたことなので大将軍の責任外である』であるという政治的な判断がくだり、さらに『騎士政権での報復活動の奨励があること、後日しっかりとした届け出が魔種族の長から大将軍、さらには本来届け出が必要ない皇帝にも提出されたこと。更に子爵家相当騎士側が報復活動阻止に失敗したとみなされた』為、さらにこの後説明する悲劇によって魔種族側は完全に不問に処されたそうです。
ちなみに首都の子爵家相当騎士の邸宅襲撃に関しては、コボルト氏に仕えていた人間族も加わっておこなわれたそうで、子爵家相当騎士の首都邸宅を襲撃し、子爵相当騎士自身を討ち取った人間族、コボルト族、巨狼族の合わせて47人(?)は、秋津洲において現在もなお『47人の英雄』として賞賛されているそうです。
そしてこれが魔種族側が不問に処され、最悪の場合に発生したかもしれない人間族と魔種族側の武力衝突が回避された最大の理由ですが、首都の子爵家を襲撃した『47人の英雄』は、コボルト氏の遺体が仮収容されていたテラに赴き、その遺骸を前に報復活動の成功と終了を報告。
そして一番若かったコボルト族の1人に対して魔種族の長への首都邸宅の襲撃と子爵相当騎士自身への報復成功の詳細の直接報告を命令し、彼が去った後にその場で残った46人の人間族、巨狼族、コボルト族・・・一部には暗殺されたコボルト氏の親族もいたそうですが、今回の報復活動の責任の全てとるとしてその場で自殺してしまったそうです。
この報復活動が魔種族の長から命令されたにも関わらずです!!
これらの理由により、この事件を原因とする魔種族と人間族の武力衝突は完全かつ永遠に回避され、現在もなお魔種族の高潔さが秋津洲国内で称えられている理由の1つとなっているそうです。
なおコボルト氏が暗殺された後、騎士政権においては皇帝家由来の儀式については一時的に混乱していたそうですが、コボルト氏が養子として人間族を弟子としてとって教育していたために完全な断絶はさけられたそうです。
ただその弟子は、コボルト氏が暗殺された時点で他の人間族の騎士家に養子に出てその家を継いでいたために暗殺を免れていたそうで、当時は2人目の弟子として、その他の騎士家に養子に出た人間族の息子が、コボルト氏の養子という形で弟子になっていたそうです。
その2人目の弟子は負傷しつつも襲撃をなんとか切り抜けたそうですが、大将軍に対して『師であり父である方を守れなかったのは騎士としての恥である』として、養父であり師でもあるコボルト氏の葬儀が終わった後に騎士称号を返却すると申し出て、報復襲撃の際は自主的に謹慎していたそうです。
そのため、周囲があえて情報を途絶していたこともあり、報復襲撃に関しては一切知ることが出来ず、参加できなかったきなかったそうです。
さらにその父である1人目の弟子は、首都の屋敷において師が襲撃されたことを知ると、師であり養父であるコボルト氏と自身の子供を救おうと、直ちに首都邸宅にいる部隊を自ら率いて駆けつけようとしたそうですが、家来達のサボタージュにあい失敗。
『47人の英雄』による報復を知った際には、前回の反省に基づき、子爵邸宅に単騎武装の上で駆けつけたそうですが、襲撃の最中にそれを魔術によって察知した『47人の英雄』により、弟子を守るために子爵家邸宅前で『47人の英雄』の一部コボルト族によって実力で阻止され、慌てて駆けつけた彼の家来衆に無理矢理引き渡され、報復にも報告にも参加できなかったそうです。
以上が、秋津洲国での最後の魔種族と人間族の武力衝突に関しての報告となります。
もっとも武力衝突といっても、実態は奇襲だったこともあり、魔種族側の一方的殺戮に近かったようです。
ただ魔種族の戦闘力高さを示しているといっても過言ではないと思われます。
それではそろそろ冬を迎える時期となりました。
先生におかれましては、風邪をお召しにならないようお気をつけくださいませ。
江戸事件の某テロ事件をモチーフとしているそうですw
絨毯=畳です。