今回は特にこれといった『新発見』等は記されていない、日常報告に近いものです。
尊敬する我が師、サー・マーティン・ジョージ・アストンへ。
いよいよ秋津洲も冬の足音が聞こえてきました。
先任の書記官曰く、冬になると、降雪は少ないもののの冷たく乾ききってきた風が吹き続け、夏とは逆の意味で地獄のような気象になるのがこの秋津洲の首都だそうです。
その地獄のような冬を迎える前に、先日訪れた2箇所のジンジャを再度訪問してきました。
今回は調査というよりも前回訪れた際の写真を手渡すため、首都南方ある港街『館浜』にあるオルクセンのファーレンス商会に注文していた大判のガラスの写真立てが届いたからです。
小さい写真立てや、大型の物もデザインやサイズがバラバラでしたら館浜や首都の店舗でも販売していたのですが、やはりある程度の数毎にサイズとデザインを統一した方が良いと思い、本国や華国の『寧海』、さらにこちらにあるファーレンス商会の支店へ、将来的なことも考えてそれなりの数を注文していました。
それらが届いたので、アルバムに挟めるサイズの小判写真ととも大型のガラス写真立てに入れた大判写真を用意し、写真立てのガラスが割れないようにゆっくり慎重に・・・あまりにも秋津洲国の道が悪路のためにそのようにゆっくりと進む必要がありましたが、通訳氏と前回も同行してくれた護衛の警官3名、オルクセン公使館のコボルト書記、友人のコック氏、そして荷物運搬を請け負った秋津洲の馬引き人足2名と共に前回と同じルートで進みました。
初日の夕方に到着した河川輸送の拠点となっている町の、前回も泊まった宿に泊まった際に2箇所目のジンジャに届ける分の写真立てと写真を預かってもらい、まずは山中のジンジャに向かい、前回よりも少し遅い3日目の昼過ぎにようやく到着することが出来ました。
が、ここで大変面白いことがありました。
前回、巨狼族は人間族の神官達の強い依頼により撮影ができなかったのですが、写真を手渡したコボルト族達がそれをみて大喜びではしゃいでいるのを見て気になった巨狼族が、その撮影した写真をみて、通訳氏曰く『凄い、うらやましい、ずるい』を連呼し、人間族やコボルト族の神官達と険悪な状態になってしまったのです!
正直、手渡した写真を見てはしゃぎ、驚き、喜ぶコボルト族の姿は、私より遙かに長生きしている魔種族にもかかわらず、言葉がわからないにもかかわらず、『大変愛くるしい様子』であったといえます。
そしてそのコボルト族の様子から興味津々となり、写真を見た後の巨狼族の姿は、その巨体にもかかわらず『明らかにすねている犬』、『怒っている犬』の様にみえ、大変失礼ながら微笑ましいとすら感じました。
その後、巨狼族より明らかに激しく詰め寄られ、身体が一回りも二回りも小さくなったように感じる人間族の神官より、通訳氏を介して、『もうそろそろ冬になり、ここに来るのは大変なので、春になったら巨狼族の写真を撮っていただけないか?もちろんここに至る旅費と写真の代金、それ以上の支払いはさせて頂く。魔種族のことを研究されていらっしゃるのでしたら、当ジンジャに伝わる魔種族に関する逸話も纏めさせて頂く。外国より国の仕事できている方にこのようなお願いは大変失礼であるが何卒お願いしたい』と、文化が違うながらも大変丁寧であることが伝わる仕草でお願いされました。
幸いというべきでしょうが、今回の行程を秋津洲政府に届け出て、コボルト書記官にも声をかけた際に、双方より『念のために写真機を持っていた方が良い』とのアドバイスを受けて写真機を持参しており、今撮影できると伝えた際の人間族の神官の喜びようといったら、先ほどの写真を渡したときのコボルト族のようでした。
なお聞き耳を立てていた通訳氏曰く、どうも巨狼族は写真に興味があり撮って欲しかったらしいのですが、人間族の神官が猛反対していたらしいとのことでした。
そして写真が今すぐに撮れると知った巨狼族ですが、突然5頭揃って遠吠えを二度ほどしました。
私は最初喜びのあまりの遠吠えかと思ったのですが、人間族とコボルト族の神官達が慌てだし、何事かと思いましたが、通訳氏より『面白いことになりそうですよ』といわれ、何かと思いつつ撮影の準備を始めてから約15分ほどたちました。
するとコボルト書記官より『凄い勢いで何かが20頭近く接近している』と、彼がもつ魔術の力で察知したことを伝えてもらい、さらに10分ほどすると、18頭もの巨狼族がジンジャの東西南北全ての方角からやってきたのです!
私が先生と共にオルクセンに赴いた際も、こんなに沢山の巨狼族が同じ場所にいるのを見たことがありません!
通訳氏を介し、神官長である巨狼族がいうには『近隣にいた巨狼族を全て呼んだ』とのことでした。
ガラス乾板と薬剤を多めに持ってきていて正解でした。
私は、ジンジャの人間族やコボルト族の神官達がやってきた新たな巨狼族の身を清らかにしている間に撮影の準備を終わらせ、巨狼族一体一体と、巨狼族全てがなんとか1枚の範囲に入るようなそれぞれのポーズに工夫してもらった写真を撮影しました。
そして最後は、こちらも苦労して巨狼族、コボルト族、人間族の神官達の集合写真を撮影しました。
最後の写真を撮影した後、日が暮れ始め、これ以上の写真撮影はできなくなってしまいました。
そしてこの時間から町の戻ると、途中で完全い日が暮れてしまう状況となりました。
私達は暗闇の中を無理して町まで戻るか、ジンジャ側の好意に甘えてこのジンジャに宿泊するかで迷いましたが、最終的には巨狼族の神官達や撮影のために集まった巨狼族全てが私達を護衛し、さらにコボルト族の神官達全てと数人の人間族神官が松明を掲げて同行するという、魔種族研究家の私としては、たまらない、得がたいシチュエーションで麓の町まで送って頂くこととなりました。
これには通訳氏や護衛の警官、さらには人足の秋津洲人達も大変恐縮している様子が見てとれ、かなり特別な待遇であったことは間違いない様子でした。
実際、町外れに到着した段階で町はそれなりの騒ぎとなっており、町の中に入りますと、住人が皆、手に紙製の何かしらの文様が黒いインクで記されているランプを持って並び、更に私達一行が彼らの前に来ると頭を下げながら私達を出迎え、通訳氏曰く、町長や警察署長まで出てきていたそうですが、私達一行を町を挙げて出迎えるという大変貴重な体験をしました。
もちろん主役は巨狼族とコボルト族でしたが、彼らがそこまでして送り届けた私達一行も、私をはじめとしてコボルト書記官、通訳、護衛の警官、そして人足達も全てが大切な貴人であるとして大変丁寧な応対を受けることとなりました。
この時の様子に関しては可能な限りイラストに記しましたので、この手紙に同封させて頂きます。
なおコボルト書記官いわく、先頭に3頭の巨狼族が三角の形でいて、そのあと少し間隔をあけて人間族の神官が2人並び、そのあとにコボルト族が続き、再び3頭の巨狼族、そして護衛の警官2人、コボルト書記官、私、コック氏、人足2人、護衛の警官1人。
さらに私達の左右の道幅に余裕があれば、左右をそれぞれ巨狼族2頭ずつとコボルト族がいました。
そして私達の後ろ…護衛の警官の後ろに少し間隔をあけて3頭の巨狼族にコボルト族が続き、間隔がまたあいて3頭の巨狼族でした。
姿が見えない他の巨狼族も、見えない場所で私達についてきていたそうで、町につくとどこからともなく現れ、隊列の先頭につきました。
通訳氏いわく、これは『オクリオオカミ』、無理にキャメロット語に訳しますと『Escort Wolf』になり、神事にあたるものだそうです。
ただ人間族やコボルト族の神官いわく、ここ100年でここまで大規模な『Escort Wolf』をおこなったことがないそうです。
気分的には、まるでオルクセン軍の将軍のような大変貴重な経験ができました。
なお前回も訪問時に興奮なあまりコボルト族の魔術による意思疎通について聞きそびれておりましたが、今回改めて聞き取りをしましたところ、全員ではないが魔術による意思疎通が可能であること。
意思疎通が可能な距離は約1.5マイル。
コボルト書記官が前回使われていた魔術による気配探知は約3マイルほどの距離で可能だそうです。
このような素晴らしい体験の後、翌日には河川輸送の拠点の町に戻り宿泊。
翌々日の昼前には広大なジンジャに到着しました。
こちらでも写真は大変喜ばれ、お礼に彼らオニ族による『カグラ』という神に捧げるというダンスを見せてもらいました。
こちらもオニ族がおこなうことは大変珍しいそうで、大変貴重な体験となりました。
先生、今回の報告は以上となります。
龍についても報告したかったのですが、両方のジンジャの魔種族ともに『最近は見ていない』とのことです。
さらに龍が魔種族か魔獣かついても、オニ族の1名からのみ『話が通じない連中だ』という情報のみが入手できただけで、文字通り意思の疎通ができない魔獣なのか、文化的に意思の疎通が円滑にできないだけの魔種族なのかの判断が付きませんでした。
申し訳ありません。
龍については以後も情報を収集したいと思います。
では失礼いたします。
先生のおかれましては、ご健康には何卒ご留意の程をお願いいたします。