彼は帰ってこなかった。

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彼は帰ってこなかった

 彼は自衛官だった。PKOで中東に派遣されてPTSDになって帰ってきた。よほど、怖い思いをしたらしい。私のそれが想像できなかった。少しも彼の辛さを理解できることはなかった。

 

「俺は大丈夫だよ」

 

 彼は笑顔を作って私に話しかける。その笑顔はとても痛々しい。ほぼ毎週精神病院に通っていた。自衛隊をやめてからの彼はなにかが抜けてしまったようだった。

 

 私は彼の墓の前で立ち尽くす。彼の一番そばにいたのに助けることができなかった。私は無力だ。彼が死に場所に行くことを止められたかもしれないのに……。

 

 三年前、二月にヨーロッパで戦争が始まって彼は義勇兵として参加するために出国したのだ。それを私は止めようとした。けど彼はこう言った。

 

「誰かが戦わないといけないんだ」

 

 戦争に参加した日本人は七十人、そのうち元自衛官は五十人、彼はそのうちの一人だった。

 

「俺は戦わなくちゃならない、そうじゃないと生きてはいけないんだ」

 

 彼は死ぬことを願っていたように見えた。どこかで、戦死することを望んでいたように見えた。ほおを紅潮させ熱弁する彼を止めることは私にできなかった。

 

 それから一ヶ月が経った。彼からはスマホを通じて写真が送られてきた。写真の中の空爆で壊された街は日本で生まれ育った私には異常な光景だった。けど、彼は違った。壊れた街の中で生きている彼の顔には今までにないほどに生気に満ちていた。日本で暮らしてきた頃より彼は生きていた。彼は戦争の中で生きていた。きっと戦争に取り憑かれていたのだろう。私はそれに気づけなかった。

 

「新しくできた友達だ」

 

 彼は向こうでできた日本人の友人と肩を組んだ写真を送る。その写真に映る彼は無邪気な子供のようだった。PTSDだったのが嘘のように見えた。正直、私もその姿に安心していた。彼は死ぬことがないとすら思えた。

 

 彼は死んだ。最前線で味方を逃すために最後まで戦って死んだ。死ぬ前日に電話をかけてきたのだ。

 

「そっちに帰れそうにない。すまない。愛してる。」

 

 たったそれだけを伝えて彼は電話を切った。私は突然すぎてなにも話せなかった。怖かった、私の一言が彼の心を殺すようなことをしたくなかった。

 

 彼の葬式は遺体がないまま行われた。みんな、葬式ではなにも言わなかった。彼を止められなかった私を責める人もいなかった。彼が死んでからマスコミからの取材があったが全て断った。自ら望んで戦かって散った彼の名誉を貶すようなことは避けたかった。

 

 彼が死んでから一ヶ月後、私のもとに男が尋ねて来た。その男はPKO派遣時彼の同僚だったようで彼になにがあったのか教えてくれた。

 

「あいつの前で子供が殺されたんだ」

 

 彼は中東で派遣されて、子供がガソリンで焼き殺されるのを目の当たりにしたらしい。けど、自衛隊である彼は交戦規定に基づいて攻撃が許されなかった。子供を助けれたのに助けられなかった。その日を境に彼は自問自答し始めたようだ。自分が自衛官である意味を、なんのために自衛官になったかを。もし、その日彼が交戦規定を破って子供を助けていたら彼はPTSDにならなかったのだろうか。私にはわからない。

 

 だけど、私にはわかる戦争のなかでしか彼が生きられなくなったのは、戦うことでしか彼は彼自身の命を肯定できなくなったのはその日からだ。


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