メリー・バッド・エンド   作:宇宮 祐樹

6 / 6
06

 

 有馬記念当日、中山レース場の喫煙所にて。

 

「お疲れ様です、センセ」

 

 煙草をふかす彼女から返ってきたのは、ゲンコツだった。

 

「痛ってえ! うーわ、マジ殴りしましたね今!」

「当たり前だろこのクソガキ! どの面下げて帰ってきやがったんだ!」

「いつもの暗い顔ですよ。ほら、久しぶりでしょ僕の顔も」

「減らず口は相変わらずだね!」

「痛い痛い痛い痛い!」

 

 ぐりぐりとこめかみを拳で抉られる。いつものやつだ。

 

「ったく……。元気そうで何よりだよ」

「ええ。お陰様で色々と踏ん切りがつきました。ありがとうございます」

「そう思うなら、今から煙草の一つでも買いにいってきたらどうだい」

「言うと思って買ってきてありますよ」

 

 口を尖らせるセンセに、ポケットから取り出した煙草を差し出した。

 

「……ふん。気が利くじゃないか」

「ワガママな誰かさんのせいで、人の機嫌を取るのは上手くなりましたからね」

「なら、あの子に感謝しないとね」

 

 そうしてセンセが二本目に手をつけようとしたところで、ふと。

 さっきからずっと立ちっぱなしの僕に、不思議そうな視線を送って。

 

「アンタは吸わないのかい?」

「ついに止めろとジェンティルから言われまして」

「そうかい。寂しくなるね」

 

 なんとも適当な返事をしてから、センセがライターに火を灯した。

 

「それで、どうするんだい?」

「学園に戻れたらと思いますが。前途多難でしょうね」

「あの理事長のことだから、案外簡単に済むと思うけどねえ」

「だけど問題は多いでしょうから。ひとつずつ地道に解決しますよ」

「あっそう。ま、せいぜい頑張りな」

 

 僕の目を見ないまま、センセが煙と共にそう答えた。

 

「じゃあ、僕はこれで」

「もう行くのかい?」

「ええ。あの子を一人にしたら、また悲しませることになりますから」

「そうかい。なら、さっさと行っちまいな」

 

 そうやって鬱陶しそうに手を払うセンセに。

 僕は最後に一度、頭を下げてから喫煙所を後にした。

 

 

「入るよ」

「ええ、どうぞ」

 

 控え室の扉を開けると、勝負服に身を包んだ彼女が僕のことを出迎えてくれた。

 

「……なんだか。久しぶりだな。その衣装を着た君を見るのは」

「そうでしょうね。改めて、ご感想は?」

「君に相応しいと思う」

「ふふっ……。月並みな言葉だけど、許してさしあげます」

 

 口元に手を当てながら、ジェンティルはそうやって微笑んだ。

 

「調子は?」

「悪いように見えますかしら?」

「……見えないな。むしろ、今までのどのレースよりも万全に見える」

「ええ、ええ。そうでしょうね。だって今ここには、貴方がいるんですもの」

 

 そんな口上を並べながら、ジェンティルは僕の元へと歩み寄って。

 

「私が捧げる勝利。貴方は受け取ってくださるかしら」

「ああ。君の一番近くで、その姿を目に焼き付ける」

「……ふふっ!」

 

 満足そうな笑顔を浮かべて、ジェンティルが僕から離れていく。

 そんな彼女の後姿を眺めながら、僕は口を開いて。

 

「……行き止まりのことを、考えてた」

 

 後ろ手で、ドアノブの先についた鍵を閉める。

 かちゃりという音に、ジェンティルが振り返った。

 

「行き止まり?」

「君は僕の人生の行き止まりだって、ずっと思ってた。僕の人生はそこで終わり。そして積み重ねた後悔と諦めを抱えたまま、朽ち果てるのを待つだけだって」

「後悔と、諦め……貴方が私に見出したのが、その二つ?」

「ああ。君と出会ってしまった後悔と、僕のこれからの未来への諦めだよ」

「それは今でも変わらない?」

「……残念ながら、変わってないな。何も」

 

 そうして、不安そうに瞳を揺らす彼女の手を。

 今度は僕が、手に取った。

 

「僕の人生の行き止まりは、君が立っている」

 

 それが僕にとっての、今までもこれからも変わらない、彼女への想いだ。

 きっと彼女は僕を阻むために女神様が遣わせた、運命の相手なんだ、って。

 だから逃げ出した。行き止まりになった、自分の運命から抗うために。

 ……だけど、悪足掻きはもう終わりにしよう。

 どうしたって、彼女からは――運命の相手からは、逃げられないんだ。

 だったら。

 

「もう、どこにも逃げ出したりしない。君を悲しませることも、二度としない」

 

 あの時と同じ瞳で僕のことを見つめるジェンティルに、伝えた。

 

「いつか朽ち果てるなら、僕は君と同じところがいい」

 

 そして。

 

 開催:中山レース場

 番号:第十レース

 レース名:有馬記念(GⅠ)

 コース内容:芝二五〇〇メートル、右

 天候:晴

 バ場状態:良

 出走人数:一四人

 発走時刻:一五:二五分

 勝ちウマ:ジェンティルドンナ(四番)

 備考:なし。

 

 

「あまり、嬉しそうではありませんのね」

 

 トレーナー室に飾ったトロフィーをなんでもなしに眺めていると、いつの間にか部屋に入ってきた彼女に、そうやって不満そうな声をかけられた。

 

「当然の結果だったからさ。これといって感慨も湧かなかった」

「そう仰る割には、辛気臭さが足りませんわよ」

「それは前みたいな僕の方が、君の好みだったってこと?」

「いいえ。今の貴方の方がずっと好みですわ」

 

 僕の顔を覗きこみながら、ジェンティルが笑った。

 

「それで。有馬記念を制覇した担当ウマ娘に、何か仰ることは?」

 

 なんていつもの問いかけを渡してきたジェンティルに、僕は。

 

「君は、僕にとっての呪いだった」

 

 何度も君のことを嫌いになろうとした。

 運命や未来、僕の人生の全てを奪った君のことを。

 だけど、どうしても君のことは嫌いになれなかった。

 君の寂しい顔が、どうしても頭を過るから。

 そんな彼女は、僕にとって呪いと呼ぶに相応しい。

 

「だから、これからもずっと僕を呪い続けてくれ」

 

 やがて僕の言葉を受け取った彼女は、満足そうな笑みを僕に見せてから。

 

「今まで受け取った言葉の中でも、一番のものですわ」

「……それは、一人のトレーナーとして? それとも一人の男として?」

「どちらも。貴方が送ってくださった言葉の中で」

「それならよかった」

「ですが、あと一つ足りませんわよ」

 

 すると彼女は、僕の手を取って。

 

「口づけはどちらに落としてくださるの?」

「……そこまで必要かな?」

「ええ。だって今の貴方の言葉は、私への愛の囁きでしょう?」

 

 それは、そうだけど。

 

「でしたら、その誓いをいただきませんと」

 

 目を閉じたジェンティルが、静かに僕の方へと身体を寄せる。

 ……これもきっと、幸せな結末だよな。

 

 

 メリー・バッド・エンド 結




2025年2月2日に開催されたプリティーステークス40Rで頒布したものです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】(作者:宇宮 祐樹)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

トレーナー:メジロアルダンのことをハズレのウマ娘だと思っている▼メジロアルダン:トレーナーにメジロ家のウマ娘であることを"理解(わか)らせる"つもりでいる▼お婆さま:この状況を誰よりも楽しんでいる▼この前うp主が誕生日だったのでフォロワーにおねだりしたら設定画をくれました マジアザスアザス▼【挿絵表示】▼


総合評価:17424/評価:8.78/完結:34話/更新日時:2024年06月03日(月) 00:00 小説情報

百式観音を背負いて。(作者:ルール)(原作:NARUTO)

▼ 憧れた姿を追い求め、▼ ただひたすら繰り返し、▼ オッサンはついにソレに辿り着く。▼ そんな狂気のオッサンが混じった忍者活劇。


総合評価:31199/評価:8.19/連載:80話/更新日時:2026年05月30日(土) 11:13 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>