僕たちは広間の壁際まで下がった。
「リン、前に出すぎだろ」
「ここが一番見えるから」
「危なくなっても手は出せませんよ。そういう約束ですから」
「分かってる」
カナメの念押しに頷いてそのまま壁を背にして立つ。道中の戦闘は全部こちらがもらった代わりに階層主は彼女が一人で倒すことになっているからだ。
アキラさんが広間の中央へ歩いていく。手に持つのは一本の刀だった。今までの配信では一度も刀を使ったことはないはずだ。
城ケ崎晶、この人のことは切り抜きで知っていた。
611階層で攻撃がすり抜けるコボルトを倒した回だ。【認識攻撃無効】を持った相手に勝ったという話を聞き、同じスキルを持つものとしては彼女がどう対処したかを知りたかった。切り抜きを見た感想としては圧巻の一言だ。間違いなくトッププロに入る実力者だろうと思った。
だから今日、通路の向こうから彼女が出てきたとき、僕はカナメに一緒に攻略させてもらえないか提案してくれと頼んだ。
第一印象は彼女には常に一切の隙が無いことだった。
強者には余裕がある。強い力を持っていて、実力に自信があるがゆえに、同時に隙が生まれやすい。当然、戦闘中などは隙は無くなるが、こういった道中では割と不測の事態にも対応できてしまうから常に本気を出すわけではない。
しかし彼女にはその余裕や隙といったものが無かった。それが彼女の全力だからないのか、それとも強者でありながら隙が無いことが彼女の強みなのかは分からない。
などと考えていると、ブラッタガーディアンが動いた。
4本の腕を胴へ畳んで真横の壁へ走り込む。壁を駆け上がって天井へ移ると逆さのまま広間を横切っていった。かなりの速さだった。
「うわ、きもっ!速っ!」
「壁と天井を地面として使ってますね。落ちてくる方向が読みにくい」
ハヤトの声にカナメが短く返す横で、僕は完全に動きを追うことができていた。左の壁から天井へ移って、天井から奥の壁へ落ちる。アキラさんは刀を下げたまま体の向きだけを変えている。
次の瞬間に階層主が彼女の背中側へ降りた。完全に視界の外から4本の腕が彼女へと一斉に伸びる。
アキラさんは振り向かないまま刀を背後へ払った。読んでいたか。
刃が届く前に階層主の背が割れて薄い羽が広がり、そのまま真上へ跳ね上がったので刀は空を切っている。ブラッタガーディアンは天井の近くで体を丸めたまま脚を伸ばして落ちてきて、そのまま上からの回し蹴りに入る。
しかし、アキラさんは刀を振り切った姿勢のまま大きくかがんで避ける。脚が彼女の頭のすぐ上を通り過ぎていく。
そして伏せた体が跳ね上がった。かがんだ反動をそのまま使って彼女の足が階層主の顔面へ伸びる。
――入るか。
しかしブラッタガーディアンは4本の腕を顔の前で交差させ防ぐ。蹴りはそこへ刺さって巨体が吹き飛んでいく。
一瞬、アキラさんの体がぶれたように見える。
俺は何かが引っかかったが、アキラさんが着地と同時に走り出しすのを見て考えを後回しにした。
吹き飛んでいく階層主を追いかける。
追いつく。そう思えた瞬間に階層主の羽が広がり距離が一気に開いた。
「……逃走」
「あんなの追えねぇだろ」
観戦する声が上がる中彼女は一言つぶやいた。
「DGI起動、“ブースト”」
彼女の装備の肘と膝と腰、それから背中の装甲が割れて開く。そして出現した隙間から光が噴き出した。ジェット機が滑走路を走る時と同じ音が広間に響く。
「速さには自信があったのかな?」
と、彼女が言い終わる時にはブラッタガーディアン真横についていた。
刀で斬りつけようとするが、ブラッタガーディアンも体をひねってさらに逃げる。壁を蹴って角度を変えても天井へ抜けても、光を噴いた彼女が必ずすぐ横へと張り付き攻撃を仕掛ける。立体的に動けば動くほど差が詰まっていく。
やがてブラッタガーディアンが降りてきて、広間の中央で脚を揃えて4本の腕を開いた。
「……逃げるのをやめた」
「そりゃそうだ。追いつかれるなら迎えた方がいいもんな」
腕が4本と脚が2本、その全部が別々の間合いから飛んでくる。
アキラさんは刀の腹で何とか防いでいく。受けて流して半歩ずつ下がっていって、さっきまで追っていた側が一瞬で押されていた。
「やばいって、手数多すぎる」
左の腕が刀の外側から入った。避けきれない。
次の瞬間、ブラッタガーディアンの腕が彼女の胸部を貫いた。
――いや、当たっていない。腕は彼女の肩を通り抜けてそのまま空を掻いた。
【認識攻撃無効】――じゃない!
考えている間に階層主の腕が2本落ちた。
右側の上下の腕がどちらも関節のところで斬られていた。落ちた腕が床で跳ねると巨体が大きく飛び退った。
アキラさんは腕が通り抜けた時の姿勢のまま動かない。
次の瞬間、その横で閃光が弾けた。
音と電気を撒きながらもう一人のアキラさんが立っている。刀の先には緑の体液がついていた。
「“ファントム”解除」
棒立ちだった方が一瞬にして消える。
幻影か。入れ替わったタイミングは……顔面へ蹴りが入った時。
階層主は4本の腕を顔の前で交差させて防いだが、あの一瞬だけは交差した腕により、向こうにいる彼女が完全に視界から消えていたはずだ。
あのタイミングで透明化と幻影を起動し入れ替わった。
これで手数の脅威がほとんど無くなった。
アキラさんは刀を収めて両手を空けると、何も無い空間から大剣が二本表れた。引き抜かれた刃は僕の背丈ほどあって根元から先まで炎が這っている。
「大剣二刀流だと?!」
「なるほど……」
「もしかして俺たちの武器でやる気ですか」
炎の大剣が上から下、横、斜めと続けて入り、階層主は残った腕を前に出して受けた。腕の外側だけ甲殻の色が違っていて、刃が当たっても炎が舐めるだけで削れてはいない。
2本が同時に振り下ろされると階層主は腕を交差させて真正面から受け止めた。
その瞬間に彼女の肩と足がまた光り急加速する。
彼女が踏み込み地面が抉れた。
噴射で押し出された体がそのままブラッタガーディアンの腕へ入っていく。交差した腕の外皮が内側から弾けて破片が広間じゅうに散った。
守るものを失った相手へ炎の刃が上と横から斬りつけられる。3つに分かれた胴が転がって動かなくなった。
「819階層、階層主の討伐を確認」
〇
素材を拾い終えたアキラさんに、僕の方から歩いていって声をかけた。
「アキラさん。さっきは失礼な質問をしてしまいすみませんでした」
「さっきのって、強さの話ですか」
「はい。自分本位に話してしまいました」
僕はあの時、勝手に自分の方が彼女より強いと決めつけて、彼女より強い人はいないかと聞いていた。しかし、現実は僕自身が彼女の強さに追いつけているかも怪しい。
「気にしなくていいですよ。プロのハンターやシーカーが配信で全部出し切っているとは限りませんし。リンさんだってそうでしょう」
そう言われて、冷や汗が垂れる。
自分がまだ見せていない隠し玉があるように、この人にもまだ何かがある。しかし、彼女の手数の多さを考えると、いったいどれほどの強さを秘めているのか。
「あと、これは余計なお世話ですけど」
彼女は広間の出口の方を見て僕から視線をそらした。
「最強とか、そういう言葉に引っ張られて戦う相手を間違えないようにしてくださいね」
彼女の言葉は今の僕には耳の痛いものだった。