ヒーロー重傷者二名。
一般人死傷者ゼロ名。
奇襲を受けた形だが、被害が小さく済んだのは、レグルスらの功績だ。
重傷を負ったヒーロー二名にも、命に別状はない。
とりわけ、レグルスの戦闘活動には華があった。
刹那のうちに駆けつけ、対処不能と思われた複数個性の脳無を瞬殺した。
その背中に、どれだけの人々が安心した事か。
公式に行われたアンケートにおいては、レグルスをプロヒーローとして受け入れることに、56%の賛成票が入った。
15%はどちらでもなく、反対票は29%という内訳だ。
これまでの世間の評価では、レグルスは己の私欲で悪を断罪している、という見方が最も多かったが、大勢が変わった。
模擬戦における己の勝利、ヒーローになるための道を閉ざしてまで、レグルスはその優れた嗅覚で人々の窮地を救ってみせたのだ。
人々は、レグルスを身勝手なヴィランではなく、魅力的なダークヒーローとして受け入れるようになりつつあった。
蛇足だが、ここにはレグルスの顔が整っており、それでいてパッと見どこにでも居そうな優しげなルックスをしていた事も作用している。
彼がギャングオルカやエンデヴァーのような、ヴィラン寄りの見た目であれば、こうもスムーズなプラスイメージの普及は為されなかっただろう。
そこに、さらにレグルスを後押しするリークが舞い込む。
レグルスは既に百歳を超えており、若い見た目は個性によって保たれているもので。
かつては『菜月 昴』という偽名でヒーローになり、雄英に勤めた教師であり、更にあのオールマイトを育てたヒーローだった事が明るみになったのだ。
そうして賛成票はついに、85%に達した。
オールマイトのネームバリューは、それほどに強く。
元々最凶のヴィランとして指名手配されていたレグルスを、これだけの民意が許した。
この意味は、とても大きい。
極端に一つの観点から見れば、法治社会の敗北ともとれる結果だが──。
レグルスはこうして、大衆の一部を味方につけ、かつて失効したプロヒーロー免許を取り戻した。
こうして、『ヴィラン殺し レグルス』は、『ダークヒーロー レグルス』となった。
本人は『無欲ヒーロー』と名乗っているものの、メディアによって大々的にダークヒーローとして取り扱われたことでコチラが浸透してしまい、『無欲』と呼ぶ者はいない。
ヴィランがヒーローになる。
本来、国としては動きづらい異例の事態。
ここまで順調に事が進んだ背景には、ホークスによる公安委員会への働きかけがある。
公安はレグルスについて掴んでいる情報を慎重に選択し、世に流して民意を誘導した。
一ヴィランとして自由に動き回られるよりも、ヒーローとして受け入れた方がまだ良い。
扱いづらいアンタッチャブルである事に変わりはないが、味方でさえいてくれれば、オールマイト級の心強さがある。
それが、ホークスら公安の背中を押した理由であり、かつ、国の出した結論だった。
──そして、今。
ヒーロー総合事務所のロビーにあるカフェ。
真ん中のソファを陣取って、我が物顔で寛ぐ白い狂人に、ホークスは声をかけた。
「どーも。プロ復帰おめでとうございます。ここまで全部計算通り──なんて言わないですよね? レグルスさん」
「まさか。僕は確かに頭が回る方ではあるけど、人を思いのままに動かそうなんて思ったことは一度もないさ。それは僕の身に余る『強欲』だ。過ぎた『強欲』はいつだって人を滅ぼす。バチが当たる。僕はただ、僕による私財を守る権利を欲しただけだよ、ホークス。これだけ己の身を削って色々とやってあげたんだから、僕にも何か得するところがあってもいいんじゃないか? ってちょっと思っただけなんだ。そしたら幸い、こうして社会の方が僕に歩み寄って来てくれた。正しい行いで正しく尽くしたからこそ、僕は今こうして社会の恩恵にあずかっているんだよ。君たちヒーローがそうした社会を実現しているからこそ、正当な者が正当に評価されているんだ。誇りに思うといい」
「意外に楽観的なんすね。気が合いそうだ。ああ、俺、あなたとはずっとゆっくり話してみたかったんですよ。ホラ、ずっとバタバタしてましたから、機会がなくて」
「いいよ、ホークス。君は人事を尽くした。僕の個性は、多くを助けるのは苦手とするところだけど、君はその穴を完璧に埋めてみせた。幾つか言動が気に障る場面もあったけど──僕は今気分がいい。そのことは、水に流そうじゃないか。さて、話……話か。男二人、ただ飲食を共にしながら話に花を咲かせるというのも一興だけど……折角だ。ついでに、アレを見に行かないかい?」
「アレってなんです? ……あ、そうか、今日でしたっけ」
この数週間があまりに忙しなく、目まぐるしく過ぎていったせいか、ホークスは忘れていた。
今日は──人々が待ちに待った夢の祭典。
雄英体育祭が催される日だ。
※※※※※※※※
レグルスが雄英で教鞭を振るうがために暗躍したこの数週間。
緑谷 出久をはじめとした雄英の生徒たちもまた、目まぐるしく忙しない日々を送っていた。
何せ、いつも通りの日々の授業に加えて、体育祭に向けた自己鍛錬が必要なのだ。
時間がいくらあっても足りない。
それでもエンデヴァーとホークスvsレグルスが行われたその日、生徒たちの話題にあがったのは、待ち受ける体育祭の事ではなく、やはりレグルスのことだった。
ヒーローという存在を目指し、肌で感じる彼らのレグルスに対する心象は、まさに多種多様。
特筆するべきは、困惑の色が大きかった事だろう。
その源泉は、抱いて当然の疑問だった。
──こんなに立派な人が、何故殺しを? と。
「あ! USJんときのイケメンの人だ!?」
「ヴィラン殺し、レグルスかぁ……全然いい人そうだったけど……」
「なあなあこの人さあ、めっちゃ俺らのこと助けてくれたよな? な?」
「自分の事より人助けか……漢だぜ……!! ヴィランってのが信じられねえよ」
「漆黒の光……ダークヒーローか……フッ」
「ヴィランだけ殺すヴィランかあ……ヴィジランテの超過激版みたいな感じよな。委員長、これどう思うよ」
「殺しは看過出来ないが……公に認められたからには、これからヒーローとして活動するのだろう? そうする以上は、今までのようにやりたい放題とはいかないだろうな。ヒーローは、秩序を重んじる仕事だ」
「かったりいなァ。勝って守って湧いてんだからいいだろうがよ」
「爆豪に賛成するわけじゃねーけど、かっけえよなあ、正直」
1-Aの生徒たちは特に、レグルスに好意的な解釈を持った。
ヴィランの脅威をその身で感じたことと、そこから大人として守ってくれたこと。
殺しをしていることに引っ掛かりはするが、在り方を否定するまでには至らない。
レグルスの殺しの現場を、直接見ていないことも影響としては大きいか。
だが、爆豪 勝己のみは尊敬ではなく、憧憬を抱いた。
天上天下唯我独尊の力で、身勝手に振る舞い、世界を揺るがす男の姿が──。
爆豪には己にとっての勝利の象徴、オールマイトと重なって見えた。
目標は、これだ。
全ての戦いに勝てば、他の全ては些事。
勝って、救ける。勝つことで、平和を守る。
「こいつァ、滾るわ」
爆豪 勝己の目指す勝利の形そのものが、そこには在った。
反面。
緑谷出久は困惑を隠せずにいた。
USJでのレグルスと弔、脳無の戦いを間近で見たこと。
日々ネットで巻き起こるレグルスの個性論争。
多くの情報を頼りに、緑谷はレグルスの正体に辿り着く。
「コル・レオニス……獅子の心臓。しし座だ。しし座は、レグルス……。あの日、僕に個性の使い方を教えてくれたのは……ヴィラン殺しだったのか……!? レオニスさんは、僕に気づかせたかったのか……? だとしたら、一体何のために……何を……」
気づかれたくないのなら、繋がりのない偽名を使うはずだ。
だが、レグルスはそうはしなかった。
「しかも、オールマイトの師匠って……本当、なんですか? オールマイト」
「……ああ、本当だよ。緑谷少年。私はかつて、彼から学んだ。君に教えたということも、本人から直接聞いたよ……言えなくてすまなかったね。迷っていたんだ、君に伝えるべきか」
「…………いえ。そんな!! 謝らないでくださいオールマイト! だ、だって僕を思ってのことなんですよね!? ……ただ、僕、レオニスさん──レグルスと、話がしてみたいです。なんで、僕なんかに良くしてくれたのか。それに……なんで、ヴィラン殺しなんて極端な事をするようになったのか……ちゃんと聞いて見なきゃ、何も分からない」
「緑谷少年……」
オールマイトは、緑谷の悪癖が発動していることを咎められなかった。
──何か事情があるに違いない。力になりたい。助けたい。
その手の感情をレグルスに抱くことは危険極まりないが、オールマイトとて、同じ立場であれば緑谷と同じように思い、行動してしまうだろう。
「危険は、冒さないようにするんだよ」
「はい!」
理解できるからこそ──止められなかった。
緑谷は、頭を下げて部屋から出ていく。
「……教師って、ほんと難しいな……」
教師として、師匠として。
どのように接し、どのように導くのが正解なのか。
悩みに悩んだオールマイトはその日、自らを鍛え上げたもう一人の恩師──グラントリノを頼ることを決めた。