レグルスさんのヒーローアカデミア   作:いる科

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幕間1.いつかの話

 ──放課後の教室がとても好きだ。

 この一日の果たすべき義務から、解放された気がする。

 

 違う。

 

 別に教室なんて、好きじゃなかった。

 ただの牢獄だった。

 どこで何をしていても、いつも、仮面を被っていなくてはいけなかったから。

 フツウじゃ、ないから。

 

 ──授業中の教室も、実はとっても好きだ。

 今にも寝そうなオトモダチ、マジメなオトモダチ、こそこそ仲良ししてるオトモダチ。

 皆違っていて、面白い。

 

 ──正直、この学校なら、どんな時間の教室でも、ぜんぶ、ぜんぶ大好きだ。

 皆がいるから。皆が、オトモダチでいてくれるから。

 この教室は、違っていることを認めてくれる。受け止めてくれる。

 ニンゲンじゃない自分を、ニンゲンだと言ってくれる。

 渡我 被身子に植え付けられたフツウを、嵌められた枷を、甘やかに溶かしてくれる。

 

 中でもこの二人は、特に大好きだ。

 かわいくて、やさしくて、何より──。

 やめろ、怖い、気持ち悪いと言われ続けてきたこの笑顔を、可愛いと褒めてくれる。

 

「今日も自主練しましょ、お茶子ちゃん、被身子ちゃん」

 

「はーいすぐ行く! ほら行こっ、被身子ちゃん!」

 

 ──でも。

 全ての枷を外して、衝動のままにやりたい事をやった自分を、血に塗れた黒い欲を解放することを、このステキなオトモダチ達は、きっと悲しむ。

 

 人をコロすのは、イケないコト。

 人をタスけるのは、イイコト。

 分からなかった。

 それがどうして良い事なのか、悪い事なのか、全く分からなかった。

 ──構造が、違う。

 フツウの人たちが当たり前に共有する、その常識を理解することが、渡我被身子には出来なかった。

 

 分からないまま、ガワだけフツウであり続けた。

 そうじゃないと、パパとママが怒るから。

 二人の怒った顔は、怖い。

 愛されないのが、怖い。

 

 幸い、皮を被るのは得意だった。

 

 ──苦しくて、たまらない。誰も助けてくれない。

 分かってくれないくせに、なかったことにするくせに。

 此方にばかり、分かることを強要する。

 分からなければフツウではないと。

 気持ち悪いお前のような奴は守ってやらないぞ、と。

 

 ──生きにくい、生きにくい、生きにくい。

 好きな人に好きとすら言えないこんな世界ならば、もう。

 嫌われても、悪になってもいい。

 誰か、わかってくれる人が現れるまで、己に正直に生きてもいいのではないか──。

 

 恐怖を忘れ、理性を失いかけ、衝動に振り切れそうになっていたその心は。

 ──ヴィラン殺しとの邂逅によって、容易く折れた。

 

 ──その日は、中学二年の冬だったか。

 いつも通りの日常を終えて、下校していただけだった。

 相も変わらず退屈で、窮屈で、どうしようもない檻の中で、何の変哲もない白黒の日々の、ただの一欠片。

 

 たまたま、そこにヴィランが現れただけ。

 たまたま、そのヴィランがヴィラン殺しによって、捕まえられただけだった。

 

「あのさぁ……。君、法を犯しておいて、僕から逃げるなんて何を考えてるわけ? 行動には責任ってものが伴うんだよ、分かるかな」

 

「ひっ……。ゆ、ゆるして、くれ!! つい、魔が差してっ!! 返す! 許してくれよお!! ちょっと万引きしただけじゃねえかよぉっ!!」

 

「はぁ……それが最期の言葉ってことでいいのかな? あのさ、普通に考えて欲しいんだけど、君をここではいそうですか、って逃がしたら、僕が勝手に許したら、それは社会の損失だ。まともに生きて、ちゃんと法律を守ってる善意ある人々が君のような人間のせいで害を被るなんて、許せるはずがないだろ? それとも、僕を舐めてるのか? 僕を甘く見てるんだとしたら、それは僕という人間に対する侮辱だ。冒涜だ。僕が保有する僕という存在の実在を損傷する、最低な行為だ。到底許せるものじゃない。まぁ、安心していいよ。痛みなく殺してあげよう。──僕は慈悲深いんだ」

 

 ──たまたま。

 目の前で、慈悲深いという言葉とは裏腹に。

 そのヴィランが、惨殺されただけ──。

 

「ひ」

 

 言葉を失って、後ろに倒れる。

 足が震えて動かない。いつもならいつも通りに出来てることが、何も出来ない。

 

「ぁ……?」

 

 気づけばその白い狂人は、すぐ隣に立っていた。

 冷や汗が止まらない。息の仕方が、分からない。

 ──どうすれば、死なずに済む?

 否。

 ──死のみが、結果として転がっている。

 

「おっと、君。大丈夫かい? ああ、この死体なら気にしなくていいよ。社会に仇なすヴィランだ。でも君には刺激が強すぎたかな……腰を抜かしてしまっているみたいだね。ごめんね。気分の良くないものを見せてしまった。安心していいよ、僕は善意ある市民には紳士として接する。家の方向を教えてくれるかい? 送っていこう」

 

 渡我は、血が好きだ。

 それでもこの瞬間ばかりは、恐怖が勝った。

 ──全身全霊で、理解してしまったからだ。

 もしも道を踏み外したなら、この白い死神は渡我被身子を決して許さないと。

 どのような手段で、どのように逃げようと。

 

「ころ、され、る……」

 

 その日は、ぐしゃぐしゃに泣いた。

 それから一年間、ずっと心がおかしくなって、何も出来なかった。学校にいけなかった。

 何かの心のビョウキということになって、病院に入って、パパとママはすごく優しくなった。

 ──フツウ、じゃ、ないのに、優しくなった。

 

 ──確かな死の恐怖が、絶対的な死神の存在が。

 渡我 被身子を初めて、ヒトにしてくれた。

 

 だから、アプローチを変えた。

 何としてでも、フツウを理解しなくてはいけない。

 ──あの男に、殺されないために。

 そうしてフツウを追い求めて、渡我被身子は──。

 

「退院おめでとう、被身子ちゃん。事情が事情だから、一年留年、ってことになってるよ。これから、君は中学三年生だ。まだまだ人生こっからだよ。……目指したい高校とかは、あるの?」

 

「──トガ、ヒーロー大好きです。頑張ってる人好きです。だから……雄英高校、とか……かなぁ?」

 

「おお。それは──頑張らなくちゃね」

 

「はい」

 

 なりたい自分になるために。

 ──ヒーローを、目指しはじめた。

 

 雄英に入学して、そこで友達が出来て。

 ボロボロになるまで頑張るカッコイイ人に──緑谷 出久に恋をして。

 それでも、渡我被身子の本性だけは、いつまでも変わることが出来ないままで。

 

「いつか」

 

 ──いつか。

 

「トガの全てを話しても、受け入れてくれたらなあ、って、思ってしまいます」

 

「被身子ちゃんの全部を? ……悩みがあるなら、聞くよ? 友達だもん」

 

「はい。──でも、ううん。まだ多分、私、怖いから……だから、いつかなのです」

 

 友人への信頼が、死神への恐怖を上回ってくれないから。

 だから、まだこれは。

 

 ──いつかの、話だ。

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