「ぼ……僕を見れば、って。どういう事ですか……!!?」
緑谷は困惑を隠せない。
レグルスがおかしな冗談で自身をからかっているわけではないことは、その目を見ればすぐに分かった。
だからこそ、尚のこと混乱した。
「だって『停止』はレグルスの個性で僕の個性は『OFA』で……」
「うん、あのさ。僕が喋ってる途中だ。疑問が湧くのも当然だけど、僕がこれから話す内容を信頼して、一度のみこんでくれないかな? ていうか当たり前のことだよね。まず相手の話を全て聞いてから、その上で、解決出来ていない疑問を提示する。コミュニケーションの基本の形だ。勿論、基本の形だけをなぞらえることが、いつでも正しいわけじゃない。でも、僕は今回に限ってはそうしたいんだよ。何故って、君の質問に答える形で話を展開しても、君が困るだけだと思うから。君がコミュニケーションを苦手としていることは重々承知しているし、今回話すOFAの事は、世間一般の常識──個性というものへの認識とは随分かけ離れた話だ。詳細な説明が必要なんだ。決して僕が気持ちよく話したいってわけじゃない。他の誰でもない君自身のために、今はその口を閉じることをオススメするよ」
「は、はい……」
叱られてしまった、と緑谷は口に手を当てる。
コミュニケーションへの苦手意識は直らないまま──緑谷はどこまで行っても、ナードだ。
緑谷が忠告に従ったのを確認すると、レグルスは頷いて、淹れたての紅茶を手元に運び、話を続けた。
「僕はかつてOFAの継承者だったんだよ。だから、君の中には僕の力もストックされている」
「……レグルスが!!?」
「そうだよ。『停止』が僕自身にかかるようになったのは、OFAが他者に渡ってしばらくしてからだった。もう分かっただろ? 君の中──OFAの中にいる僕が、僕を『停止』させているって事だ。だから君のOFAを『抹消』すれば、僕の『停止』も解ける。……それとこの事は俊典も知らない秘密だから、あまり騒ぎ立てないようにね。ちっぽけな力しか持たない僕が、誰にも負けない理由は単純、僕のことを誰も知らないからだ。酷く脆い力だよ、これは。──だからこそ、君はこの秘密を誰にも話してはいけない。僕の権利を、私財を守るためにね」
「そ、そんな重大な秘密をなんで、僕なんかに──」
「それだよ。僕『なんか』。俊典に選ばれ、僕に指導を受け、僕がここまで来たのは、今ここで秘密を話そうと思ったのは──君がまだ、自分ではない他の誰かが選ばれた方が良かったんじゃないか、とか思ってそうだからだ」
「……!!」
図星だった。
無個性の何の取り柄もない少年だった緑谷 出久は、オールマイトに見初められてここにいる。
その意味を実感する度に増していく重圧。
爆豪や轟の凄まじさを間近で感じ、本当に自分で良かったのか、と思ってしまうのは仕方のないことだった。
爆豪や轟にOFAが備わったとすれば、瞬く間に使いこなし、元々持ち合わせていた強力な個性と合わせて、スーパーヒーローになるだろう。
緑谷も、レグルスに助けられたおかげでここまでOFAをなんとか使えているが、あれがなかったのなら、きっと未だに──。
「僕はね。──かつて、俊典と道を違えた時にアドバイスをしたんだ。後継を選ぶのなら、必ず無個性の者にしておけ、とね。まぁ彼がそれを鵜呑みにしたかどうかは定かじゃない。彼が君を選んだ理由は、かつての自分と君を重ねたからだろうしね」
「…………え?」
「人は強力な個性を幾つも持てるようには出来てないんだよ、出久。そういう意味で、俊典の力を受け継ぐことが出来る新世代の人間は、君だけなんだ」
「──そんなこと、オールマイトは、一言も…………」
「勿論、精神性も重要だ。俊典と君はよく似ている。無鉄砲なところ、人を助けると決めたらてこでも動かないところ──本当にそっくりだ。でも僕は、俊典にないものを持つ君にこそ期待している。──だから、元々無個性であったことはむしろ誇るといいよ、出久。この世界には、君こそが必要だ。僕がかつて俊典を選んだのも、無個性って前提条件を満たしていたからだよ」
「────オールマイトが、無個性……!?」
あまりにも衝撃の事実だ。
考えてみれば確かにそうなのだが、信頼と尊敬が強すぎたのか、半ば思考を放棄していた。
オールマイトは受け継いだ個性──OFAしか使用していない。
それはつまり、生まれ持った個性がないということだ。
こんな、単純な事に思い至らない。
緑谷は、自身の視野が酷く狭まっていることをここにきて強く自覚した。
──強すぎる憧れは、無理解を生む。
一人の人間として意識的に、正面からオールマイトに向き合ったことが、果たしてあっただろうか。
論点のズレた反省を一人行う緑谷の事はつゆ知らず、レグルスは衝撃の事実を連ねていく。
「君の体には、僕のものを含めた──六つの個性が宿っている。いずれその種は、君という土壌の中で芽吹くよ。──忘れないでね、緑谷 出久。僕は君を──君だけを、君こそを。最高のヒーローに育てるために、ここにいる。──OFAを完遂させるのは、君だ」
──期待と、信頼。
──執着と、盲信。
人の純粋無垢なきもちを疑わない緑谷は、レグルスの瞳の奥底に潜む冷たい闇に、昏い狂気に気づかない。
ただ、どちらにせよ、それはあまりに強固な決意であった。
もしこれがコミックで、モノローグが流れているとするなら──こう綴られただろう。
『──これは。
僕が君を、最高のヒーローに育てる物語だ』──と。
「君だ。君だけだ。君じゃなきゃ、ダメだ。君以外にはいないんだ!! 90年……90年だ。僕が僕を諦めたあの日からずっと、ずっとこの日が……この時が来るのを待っていたんだよ。最初は、俊典がそうだと思ったけど、彼じゃなかった。早すぎたんだ。まだ、その時じゃなかった。だから君なんだ、出久! 君なんだよ!! 分かるかなぁ!? 分かっておくれよ!! 世にも珍しい存在となった無個性で、利他の強い精神を持ち、頭が良く、身体センスも光るものがある──この世界で唯一君だけが、OFAを受け継ぐに値する人間なんだってことを!!」
「──僕、が」
まるで異性にプロポーズをするかの如き熱意で、綴られる真実の、その咀嚼に時間がかかる。
理解が、遅れてやってくる。
レグルスは今、九十年と言った。
五十五になるオールマイトの、更に昔から生きていて、かつてのOFA継承者というのなら、妥当な年月なのかもしれない。
──ただただ、あまりにも気が遠くなる数字だ。
それほどの人が、オールマイトをも退けるほどの力を持ったヒーローが、緑谷を見初めている。
「──恵まれすぎてる」
──ずっとずっと、どうして自分だけが人より劣って生まれてきたのか、疑問に思っていました。
──それでも諦めきれなくて、諦めたくなくて、自分を嫌いになりたくなくて。
──全てを持った幼馴染のイメージを、追っていました。ヒーローを勉強していれば、いつか、と、中途半端な努力で己を鼓舞していました。
──そんな自分で、こんな自分でいいのかと。よかったのかと。夢のような日々の中で、師匠の言葉を、信頼を疑うような葛藤を、ずっとずっと続けていました。
──だから、僕は今幸せです。
「──期待に、応えてみせます。レグルス。必ず、今日知らしめてみせます──」
──背負った期待を、生まれ持った宿命を、力に変えて戦えることを幸せに思います。
──今の僕が背負うにはあまりに重たいけれど。その重さは、あまりにも心地が良いから。
「──『僕が来た』って」
※※※※※※※※
「ああ、昔の話なんて、久しぶりにしたな。いや、まぁ僕は過去は振り返らない主義だからね。大切なのはいつだって今と今に連なっていく未来。過去を思うことに時間を浪費するなんてあまりに無意味。それは愚者の行いだよねえ」
誰に向けているわけでもない講釈を垂れながら、律儀に頭を下げて去っていく緑谷に手を振る。
──そのあまりに平凡な姿に、誰かの面影が重なる。
「──昴?」
口に出てから、レグルスはその意味を反芻した。
すばる。すばる。すばる──。
自分の、かつての偽名で、ヒーロー名だ。
確か、由来は──。
「はて……。誰、だったっけかな……?」
モヤがかかって、思い出せない。
──思い出す価値のない、他愛もない記憶なのだろう。
だから、蓋をするのだ。
聞こえないフリをするのだ。
己の名前を呼ぶ声を。
かつての友の名前を呼ぶ己の声を。
『■■、AFOは絶対俺たちで倒すぞ。あのクソ野郎のせいで、ブルースさんは……!! 許せねぇ。許しちゃ、ならねぇ』
『誰にものを言っているのかな、■。僕は完成された個だ。あんな不完全な雑魚なんて、脅威でもなんでもない。だけど、完全な僕から奪おうなんて『強欲』は、AFOは、如何に無欲で平和主義者な僕でも許せない。君の意見に賛同するわけじゃない。僕は僕個人として、個が当然に持っている権利の主張として、AFOを討つんだ』
──思い出すな。思い出せないことを、思い出してはいけない。
自分が狂っている証明など、してはいけない。
今を見ろ。
──今を、見ろ。