レグルスさんのヒーローアカデミア   作:いる科

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※ノミ以下さんのクズ度は原作よりかなりぬるめです。


2.海浜公園の出会い

 ──僕は、ヒーローが好きだ。

 無欲で、他者を優先し、安寧を維持するために、勤勉に働いているから。

 

 ──僕は、ヒーローが好きだ。

 きっと世界中の全員がヒーローなら、争いは起きないから。

 

 ──僕はヒーローが好きだ。

 自分には、きっとなれないから。

 

「──君が、救けを求める顔してた」

 

 レグルスの脳裏に、風が吹き抜けた。

 

 気味の悪い体色をしたヘドロのようなヴィランに立ち向かっていく、無欲でちっぽけな少年。

 誰よりも輝かしい勇気を持った少年を見て、この世に存在する意味が、ようやく分かったような気がした。

 あの人が、あの刹那、そうしてくれていたように。

 

 守り、育てる──。

 

 

 

 ※※※※※※※※

 

 自宅近くの海浜公園。

 緑谷の尽力によって今や人気デートスポットとなったそこで、緑谷は項垂れていた。

 

「こんなんじゃ、全然ダメだ……!!」

 

 国立雄英高等学校。

 日本に住む者なら知らぬものは一人としていない、選ばれた者のみが校門をくぐることを許される、ヒーロー育成学術機関の最高峰だ。

 今のトップヒーローの殆どは雄英出身であり、必然、多くのヒーローを志す子供たちの目標は、雄英高校に入学して卒業することとなっている。

 緑谷 出久は、そんな雄英高校のヒーロー科、1-Aに配属された金の卵の一人だった。

 

 しかし、入学出来たことに喜ぶ間もなく、緑谷は洗礼を浴びた。

 折角オールマイトから受け継いだ個性も、制御出来なければ意味がない。

 

 ──個性の制御。焦れよ、緑谷。

 

 相澤先生の忠告が、痛いほど全身に染み渡る。

 この状況を抜け出すため、緑谷が自らに課したタスクは二つだ。

 OFAの5%制御──そして、器の強化。

 入学まで続けてきた筋トレのメニューを、緑谷は今でも愚直にこなし続けている。

 大きい力を小さく制御すればするほど、きっと難しい。

 5%を10%に、10%を20%にできれば、今の制御できない状況も抜け出せるかもしれない。

 そうしたもっともらしい理由はあったが、何より今は。

 

「何か、しなきゃ」

 

 前に向かって走り続けていなければ、不安に押しつぶされてしまいそうだった。

 同時に、愚直で盲目な努力に意味がないことも、緑谷はその身をもって実感していた。

 

「やあ、こんにちは。精が出るね、ヒーロー」

 

「……え、あ。僕の事ですか?」

 

「そうだよ、君だよ、君。そのジャージ雄英のだよね。生徒? 凄いね。僕はコル・レオニス、よろしく」

 

「あ……どうも、緑谷出久です」

 

「うん、うん。良い名前だね出久。名前を教えてくれてありがとう。互いの権利を尊重できる、素晴らしい関係にしよう」

 

「は、はい……? はい……」

 

 レオニスは緑谷の名前を噛み締めるように呼ぶと、何事かに感心したのか、うんうんと頷いている。

 何か距離が近いし、この外見だし、外国人だろうか? と緑谷は至極当然の発想をし、話しかけてきた男の顔を見た。

 だが、レオニスの顔はフードで隠れており、端整な鼻と、妖艶な弧を描く薄い唇のみが見えた。

 ほんの少しだけ様子を覗かせた髪は、色を忘れたかのような白だ。

 

 さぞかし綺麗な人なんだろうと思うと同時に、緑谷はレオニスへの疑問を募らせる。

 あそこまでフードを深く被ってしまっては、前も見えない。

 不便なことこの上ないだろう。

 それでも、ああも深く被っているという事は、顔を見られたくないと言っているのと同義だ。

 何か、困っていることでもあるのだろうか。

 そうした思考のプロセスを経て。

 緑谷とレオニスは、同時に口を開いた。

 

「あの、何か困ってることでもあるなら──」

 

「君、浮かない顔だね。何か悩み事でもあるのかな」

 

 ぱち、ぱち。 と、瞬きを二回。

 同時に喋りだしてしまった気まずさと、互いに相手を心配していた気恥ずかしさから、緑谷は顔を背けてうずくまった。

 

──うわあああああやっちゃったよどうしようどうしよう、要らない心配しちゃったよていうか僕そんな心配させるような顔してたかな。ていうかここから何を話せばいいんだ同時に喋っちゃうのほんと気まずすぎる──と。

 

 緑谷 出久は、大概コミュ障だった。

 

「困ってないよ、僕は」

 

 気まずい無言の空間を先に打ち破ったのは、レオニスだった。

 

「え?」

 

「だって、僕は平穏無事に、五体満足でここに生きている。それ以上の事は望んじゃいないし、望まないことが幸福の第一歩だって信じているんだ。この海浜公園は、本当にいい景色だよね。この景色を蘇らせたのは君だろう? 見ていたから、知っているよ。自分の責務を全うできない愚かな人たちが汚していったものを、君が拭った。君たちみたいなヒーローが平和を支えてくれるからこそ、人々の怠惰や甘え、強欲の受け皿になっているからこそ、僕は、僕たちはこの緩やかな世界の流れに乗って、善人として暮らしていける。いつもありがとう、ヒーロー」

 

「え、いや、いや……!! ここ掃除したのは確かに僕ですけど、修行の一環で、そうじゃなきゃやらなかったと思うし、それに僕はまだヒーローらしきことなんてほんと何も……!!」

 

「──ヘドロ事件。飛び出して行ったの、君でしょ? いいや、聞くまでもない。君だ。君なんだ。僕は覚えている。僕は僕の記憶に対して誠実だ。だって僕の記憶は僕による僕だけの、僕の私財だ」

 

「──!」

 

 緑谷は決して、レオニスの妙ちくりんな言い回しに呆気にとられたわけではない。

 やたら理屈くさい人だな、とは思ったが、言っていることを噛み砕けば、素直にいい人だな、と緑谷は思った。

 ヘドロ事件──あの事件において、緑谷の行動は褒められたものではなかった。

 オールマイト以外の全ての大人は、緑谷を厳しく叱責した。

 お前が飛び出す意味は全くなかった、と。

 ヴィランの脅威から、当時の緑谷のような子どもを守らなくてはならないからだろう。

 たとえその心根が美しくとも、否、美しいからこそ、守らなくてはならない。

 力の伴わない美しき心を、前線に立つことを許してはいけない。

 

 だが、理屈では理解出来ていても、感情による納得はそうではない。

 今でこそオールマイトに認めてもらえて充実しているが、あの時は。

 自分が叱られる傍らで、ヒーローにスカウトされている幼馴染を見て。

 その刹那は。

 

 ──理不尽だ、と。そう思う心がなかったと、どうして言い切れようか。

 

「素直に凄いと思ったよね。誰にでも出来る事じゃない。何せ、君は自分を弱いと自覚してたんだから。何せ、恐怖で震えて、泣いていたからね。つまり君はあの瞬間、自分の持つ自分の権利を、命を、他者を救うためにのみ使ったんだ。私財を(なげう)った。誰よりちっぽけで、力を持たない君が、あの場で誰よりもヒーローだった。なるほど、ようやく合点がいった。君のような人間を待っていたんだね、アレは。にしても度し難かったけど──」

 

「……?」

 

「いや、こっちの話だよ。何にしろ、あのときオールマイトが動いたのは、君の力によるところが大きいと思うんだよね。だって、彼──」

 

 続く言葉に、緑谷は絶句した。

 なぜならそれは──。

 

「凄く辛そうだったからね。病気か怪我でもしていたんじゃないかな」

 

「あ……」

 

 返す言葉がなかった。何かを知っているということを、気取られるわけにはいかなかった。

 レオニスは、その緑谷の様子など気にも留めない様子で続ける。

 

「にしても、僕たちは気が合うね。お互いに同時に、同じことを聞くだなんて」

 

「そ、そうですね……あはは……」

 

 誤魔化せたのだろうか、と緑谷はフードの中に隠れているレオニスの表情を窺う。

 すると、何かが気に食わないのか、レオニスは口をへの字に曲げていた。

 

「あの、さあ。僕は君の質問に答えたよね。困ってないよ、ってさ。だから次は君が質問に答える番だ。君がどう話を進めたものか困っている様子だったから、それを気遣って、先に答えたんだ。あまりこういったコミュニケーションが得意な方に見えないしね、君は。勿論そんな恩着せがましいことを、誰にでもずけずけと明かすわけじゃないさ。でも君は、その僕の気遣いに感謝したはずだ。僕の些細な気遣いを看破して、この人は優しいなと思ったはずだ。そういう目だった。何より君はそういう人だ。君が優しいからこそ、人の優しさに敏感に気づくことができるんだ。素晴らしいことだよ、それは。中には、人の気持ちに鈍感で、人を傷つけることしか出来ない哀れなヤツもいる。でもさ、君。僕の気遣いを受け取ったからには、それ相応の態度ってものがあるよね。相手に甘えるだけ甘えて終わりだなんて、そんなやり方君だって好まないだろうに。ああ、さっき僕たちは互いの権利を尊重し合おうと確認したばかりだっていうのに、ほんと傷つくなあ。傷ついたなあ」

 

「あ、えと、ご、ごめんなさ──」

 

 豹変したレオニスの態度に、緑谷は咄嗟に謝罪を口にする。

 緑谷のことを褒めてくれた。オールマイトの事も、どこか理解している印象だ。

 ──この人に嫌われたくない。

 まくし立てるレオニスの言っていることも、話す量に対して中身が酷く薄いこと以外にはツッコミどころがない。

 

「いいよ。いいよ。分かってくれればいいんだ。僕は過去のことをいつまでもズルズルと引きずるような、不合理で非生産的な行いは嫌いだからね。さて、それでさっきの質問だけど、やっぱり答えなくていいよ」

 

「へ……?」

 

「何故って、分かるから。僕はこれでも結構人の分析には自信があるから言わせてもらうと、君、今余裕がまったくないんじゃないの? 僕との会話にリソースを割こうとしても、出来ないって感じだ。君は何か大きな壁に当たっていて、打ちのめされているんだ。だから、僕の僕による権利を、尊重することを、普段なら無意識にでも可能な当たり前のことを、出来なくなっているんだ。そうだろう?」

 

 ここで初めて緑谷は、レオニスの異質さに気がついた。

 権利だの尊重だの、それらしい言葉を使う割には、緑谷の心の大事な部分にズケズケと土足で踏み入ってくる。

 直視したくない自らの心境を、躊躇いもなく言語化して、突きつけてくる。

 さも、それが自らの持ち得る当然の権利であるとでも言うように。

 

「あ、あの……!」

 

 だが、それに抗議するための言葉を緑谷は持ち合わせていない。

 少なくとも、これは緑谷を心配して言っていることなのだと、緑谷には理解出来たからだ。

 やり方は強引極まりないが、他人も同然のレオニスが緑谷の悩みを引き出すには、これ以上の方法はない。

 本質的には、レオニスのこれは、ダブルスタンダードではないのかもしれない。

 根負けした緑谷は、素直に悩みを話すことにした。

 

「……はい。正直、どうすればいいか分からなくて」

 

「聞くよ、出久」

 

 レオニスの普段の言動からそこは、聞いてもいいかい? などと言われるものだと緑谷は思っていた。

 だから、恐らくこれが、至極強引なこの態度が、レオニスの本性なのだろう。

 

「個性が……扱いきれないんです。強力な個性に体が耐えきれなくて、破壊されてしまって。この歳になって初めて発現して、そのおかげで雄英にも入ることが出来たんですけど、制御がまるで出来なくて。皆、自分の個性を当たり前に使ってる。当然だけど、僕は凄く出遅れてしまった……この力を制御するために特訓している今の時間を、皆はもっと先のことに使っているんです。それに、制御するための取っ掛りも、まるで掴めなくて……本当に色々な人に助けられて、綱渡りでここまで来た……。このチャンスを、僕は絶対に離したくない……。でも、どうやって特訓すればいいのか分からないんです。もし個性の制御に失敗したら大怪我をしてしまうから、イメトレしか出来なくて……こんなんで本当にやれるようになるのかなって」

 

 緑谷は、自分の世界に入ると話しすぎてしまう所がある。

 頭の中で文を纏めてから、相手に分かりやすいように出力することが出来ない。

 そこも含めてコミュ障なのだが、そういう意味でレオニスと緑谷は同類と言えた。

 なぜなら、文量はさほど変わらない。

 聞き手は確実に疲れてしまうだろう。

 

「それで──」

 

 レオニスは緑谷の話を全て聞き、なおも言葉を紡ごうとする緑谷の口を、手を挙げて制止した。

 

「待った。次は僕の話す番だ。権利を行使させてもらうよ」

 

「あっ、はい」

 

「要するに君は、やれるようになりたいことに対して、それをやれるようになるための具体的な手段がないことに焦っているわけだ」

 

「はい、そういう事になります」

 

「なら、僕がその手段を提供しよう」

 

「…………え?」

 

「僕の個性を君に使う。そうすれば君は、その扱いきれない個性とやらを、存分に試すことが出来るはずだ」

 

「レオニスさんの、個性って──?」

 

「『停止』だよ」

 

 その後、レオニスはこう続けた。

 ──凍れる時間の秘法。そう言い換えてもいい──と。

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