レグルスさんのヒーローアカデミア   作:いる科

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3.個性は発動するものじゃない

 停止。凍れる時間の秘法。

 そう聞いて、緑谷は首を捻った。

 緑谷はオタクとはいえヒーローに首ったけで、アニメや漫画、ゲームは殆ど通っていない。

 ドラゴンクエストの、それも外伝──ダイの大冒険のネタなど、分かるはずもなかった。

 

「コオレルトキノヒホー……?」

 

 察しの悪い生徒に実演を交えて解説をはじめるため、レグルス──この場ではレオニスと名乗った白い男は、緑谷の肩に手を置いて、

 

「つまりこういうことだよ」

 

 刹那、緑谷はレオニスの個性を体で理解させられる。

 頭の頂点から指先まで──まるで金縛りにでもあったかのように、微塵も動かせない。

 まるで、神経が根元から切断されたかのような感覚に恐怖を感じずにはいられなかった。

 だが、どうやら口だけは動くらしい。

 会話まで出来なくなってしまっては、面倒だからだろう。

 

「ほら、動けないでしょ? 僕の『停止』は触れたものの時間を停止させる。今みたいに君全体に『停止』をかけるだけじゃ意味ないけど、細分化すれば──」

 

「……凄い個性だ。触っただけで無力化できるなんて……。あ、あの、細分化、というのは……?」

 

「…………」

 

 この個性の真に強力な点はそこではないのだが、レオニスは敢えて説明をしない。

 万が一にも、『無欲』のレグルスと勘づかれては困るからだ。

 楽しく話していたところに割り込まれた上に、個性の強力さを過小評価され、腸の煮えくり返るような思いがレグルスを襲っていたが、顔を歪ませる程度に抑える。

 

「真の目標を達成するまでの忍耐や我慢なんてあって当然だ。特に僕はちっぽけで、矮小で、そんな僕が他者に干渉することに挑んでいるのだから、試練が与えられるのは当然。至極、当たり前のことが起こっているだけ。今僕は人間として真に生きた行いをしているんだ。その権利が満たされている僕は今幸福だ。これ以上は望まない。望まないことが、僕の僕による、与えられた試練の達成だ」──と、心の中で自分に強く言い聞かせて、緑谷への説明を続けた。

 

「そう。細分化。実際、今も口は動かせているよね? 同じように、君の『個性』だけ、動けるようにしてあげるよ」

 

「それって──」

 

「早い話が、君の個性がどう暴走しようが、君の体はちっとも動かないし、まして壊れるなんてこともない。おめでとう。これで、安心して特訓が出来るじゃないか」

 

「え、あ……本当、だ。個性を発動してる感覚があるのに……体は動かない……!! ありがとうございます!! レオニスさん!!」

 

「礼はいらないよ。僕が君の未来に期待して行った、僕による僕のための行動だ。むしろ、君のためにしていると思ったなら、それこそ、僕の動機に対する軽視だ。それはよくない。僕が何をどう思っているかは僕によるもので、その権利は決して侵害されるわけにはいかない。そこに君に対する譲歩はないから、勘違いしないようにしてほしいかな。勿論、次から気をつけてくれればそれでいいんだよ。それと、個性を『発動』するって言ったね、今君は。その発想はよくないな。個性は常に持っている身体機能だ。使って当然の個人の権利だ。走ることを、足の筋肉の発動とは表現しないよね? するんだとしたら僕とは価値観が違いすぎるけど、まぁ、ものの例えだしどうでもいい。大切なのはそこじゃない。つまり君はその個性を技か何かだと思っているってことだ。それは君の持つ君の権利、君の私財を軽視しているってことだ。君が持っている力を使いこなせない理由はそれだ。お節介のように思うかもしれないけど、正直、見逃せないね」

 

「えっ、と……??」

 

 至極抽象的な物言いに、緑谷は困惑した。

 レオニスの意図を理解するため、言葉を慎重に反芻する。

 

「個性は……発動するものじゃ、ない……?」

 

 考えてみれば、確かにそうだ。

 異形型は言うまでもなくそうだが、たとえば幼馴染の──爆豪の爆破であっても、個性によって生じた汗がニトロの性質をしているという状態は、常に適用されている。

 

 爆豪は個性によって生じた性質を使っているのであり、個性を発動しているわけではない。

 実際には個性の発動、と称してなんら違和感のない、一歩間違えば言葉遊びの領域だが、この詳細な理解が今の緑谷には必要だった。

 つまり、個性は常に持続するからこそ最大の効力を発揮する、という事。

 つまり、OFAの最も強力な使用方法は。

 

「常に、全身に、かけ続ける──ッ!!!?」

 

 回答を得て、顔つきに似合わぬ獰猛な笑みを浮かべた緑谷に、レオニスは酷く満足した。

 己の試練は、これにて達成された。

 

「い、今……全身100%をかけてます……!! このまま、調整の感覚を掴ませてください!!」

 

 そんな事をして、レオニスが気まぐれに停止を解いたらどうするつもりなのか。

 

「──愚問だね」

 

 さっき知り合ったばかりの自分に、強烈な信頼が寄せられていることを、レオニスは実感した。

 そしてそれが、己の胸中を満たす満足感の理由であることを理解した。

 

 ──二時間後。

 

「──おめでとう、出久」

 

 緑谷出久は、OFAの調整と、フルカウルの維持をモノにしていた。

 

「ホント、なんとお礼を言っていいか──。あ、いや、レオニスさんがそういう気じゃないのは分かってるんですけど、でも。──僕の感謝の気持ちは、受け取って欲しいなって」

 

「うん、うん。いいよ。それは君の権利だ。有難く受け取ろう。──体育祭、君がどれだけの活躍を見せてくれるか、楽しみにしているよ」

 

「──はいッ!!」

 

 

 

 ※※※※※※※※

 

「緑谷のヤツ、昨日までと別人じゃねえか!?」

 

 クラスメイトの切島が、驚くのも無理はなかった。

 OFA5%完全制御、そしてOFAフルカウル。

 その新たな力が緑谷にもたらした変化は、まさに劇的だった。

 5%とはいえ、あのオールマイトの力の5%だ。

 それを全身にバフとしてかけ続ける。

 

 あらゆる挙動が通常の何倍もの速度と威力を生み出し、三次元的な機動の組み立てが可能となった。

 クレバーな緑谷の脳内ではじき出された正解の行動を、今まででは間に合わなかったそれを、的確に実践することが出来る事も大きい。

 正に疾風迅雷。

 飯田のスピードには遠く及ばないが、小回りの効くオールラウンダーとして他生徒に差をつける。

 その姿はまるで──。

 

「緑谷ちゃんの動き、爆豪ちゃんみたい」

 

「────ッ!! クソデク……!!」

 

 蛙吹の端的な感想に皆が心の中で同意する中、爆豪は焦燥を隠しきれない。

 自分のずっと後ろを歩いていた出来損ないが、凄まじい早さで追い上げてくる。

 

「──チッ」

 

 舌打ちをしながらも、爆豪の芯はブレない。

 ──ここから。ここからだ。

 

 全てここから、やり直す。

 己の弱さを、全て克服する。

 緑谷と麗日に負けた、まだ新しい、忌々しい記憶を糧に。

 ここから自分もまた、強くなる。緑谷には決して追いつけないスピードで。

 

 ──そして、放課後。

 今日の訓練の成果を見て、オールマイトは緑谷に話しかけずにはいられなかった。

 扉の隙間から手招きする、女子のような仕草を見せるオールマイト。

 それに緑谷は即座に気づくと、談笑を切り上げて世界で一番尊敬する師の元へと向かう。

 

「皆ごめん、ちょっとトイレ!」

 

「おう、いってら」

 

 緑谷とオールマイトはそのまま、会議室へと向かった。

 

「コツを掴んだのか、緑谷少年。見ていて痺れたよ、凄い成長だ」

 

「いえ……すごく親切な人につきっきりで教えて貰えたんです」

 

 緑谷は、性格はどこかおかしかったけど──と、頭の中で注釈を入れた。

 口に出すほど、恩知らずではない。

 

「ふむ? というと?」

 

「えっと──停止させる個性を持ってる人で、個性因子以外の身体を止めて貰えて、そしたらOFAを使った時の反動が体に来なくなったので、それで調整の感覚を掴むことが出来て。しかも普段と違って、感覚じゃなくて個性の輪郭を理解出来たというか、体の一部として知覚できた……? みたいな……今までは体に力を入れて間接的に……みたいな感じだったので、体を動かす感覚と個性の感覚を切り離せたのが大きいというか、ああ後アドバイスも──」

 

 慌てて口を動かす緑谷に、オールマイトはお茶をつぎながら、

 

「──ゆっくり、ゆっくりな少年。ちゃんと聞くから」

 

「あ、は、はい!! すみませんオールマイト……!!」

 

 そうして話を全て聞いたオールマイトは、レオニスなる青年に感謝の意を抱くと同時に、自身の教師としての未熟さを実感した。

 OFAの全身への適用。

 そもそも5%を制御できていない段階で教えることではないのだが、それを鑑みても、オールマイトにとっては当たり前すぎることで、思いつきもしなかった。

 

「──だが、何者だ……?」

 

 聞いた限り、個性に対してプロヒーロー並の練度と理解を持っている人物だ。

 それだけならば、いい。いいのだが。

 オールマイトにとっての問題は、そんな理屈から導かれたものではない。

 強大なヴィランと対峙したとき特有の、背中に針を刺されるような感覚が、オールマイトを襲っているのだ。

 

「……」

 

 どんな人物にせよ、己と同じ卵を育てる師匠だ。

 既に抱いてしまった感謝と親近感と、警鐘を鳴らす己の勘という矛盾。

 

「…………気の所為で、あってくれよ」

 

 そう願わずにはいられなかったが──。

 オールマイトは、常に現実と向き合っている。

 己の勘は、何よりも頼りにできるオールマイトの生命線の一つだ。

 見て見ぬふりをする事など、決して出来ない。

 矜恃と自覚が、それを許さない。

 

「頼むから、何も出てこないでくれよ……!!」

 

 祈るようにして、オールマイトは顔も知らぬ恩人──コル・レオニスを探り始めた。

 そして。

 ──そんな人物は、この世のどこにも居なかった。

 

「Holy shit……!」

 

 何も出てこないでくれとは、そういう意味ではなかったのに。

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