「僕が、来た」
大袈裟に、大仰に、空を仰いで。
レグルスは、事態の収束を約束するオールマイトの──その口上を模倣した。
「ヴィランが一丁前にヒーロー気取りか……? 見てるこっちが恥ずかしいぜ、『無欲』のレグルス!!」
「僕はヒーローじゃないよ。そもそも恥ずかしいって、そんな奇抜なファッションしてる君が言えたことじゃないよね。その手、一体何? 気持ち悪い。おぞましい。有り得ないよ。普段から身だしなみに気をつけて、他者の目を害さないように気をつけるなんて、社会の一員として当たり前のことだよね。していて当然の努力を、こなすべき当たり前を、君は放棄した。あまつさえ、そんなに沢山の人の手をつけて、自分は普通の人間じゃありません、ってアピールまでしているんだからいよいよ救いようがない。常人でないことにアイデンティティを見出そうなんて、過ぎた『強欲』だ。自分が平凡であることを認めて、身の丈にあった幸福を噛み締めて、『無欲』に生きていく事こそが幸福の道だっていうのに。努力の方向性が間違ってる。間違いすぎてる。それで、自分が救いようのない存在だって薄々勘づいてるから、こんな人の足を引っ張るような真似をするんだ。正しい努力の形を知らないくせに、正しくあれないくせに、劣っているくせに、立ち止まって己を見つめ直すことを恐怖しているから、盲目なまま訳の分からない方へ突き進んで、自分の領域まで、頑張っている人達を引きずり下ろそうっていうんだ。あー、やだやだ。愚かな発想なことこの上ないよね。生きてて恥ずかしくないの?」
「──決めた……ああ、決めたよ……ッ!! こいつ──殺す」
死柄木 弔の沸点は、低い。
癇癪を起こした子供のように、ひとしきり首を掻き散らすと、弔はレグルスへと掴みかかった。
「ぶっ壊れろ、お喋りクソ野郎」
「その手に掴まれたらどうなるの?」
通常であれば、答えるはずのない状況。
だが死柄木 弔は、この後に及んで、どこまでも未熟だった。
「俺の五指に触れたモノは、全部破壊される!! 粉々になって地獄に行く気分がどんなもんか、教えてくれよ、なァ!!」
「ふうん。個性の情報を教えてくれるなんて親切じゃないか。その気持ちに応えて、触らせてあげよう」
「────は?」
レグルスは、避けなかった。
死柄木の五指が、レグルスの首に触れる。
首をがっしりと掴んで、持ち上げる。
だというのに。
個性を、確かに発動しているのに。
「どういう、ことだ」
レグルスは相も変わらず、なんでもない様子で喋り続けている。
「地獄に行く気分? だっけ? 心配してくれてありがとう。ただ、君には残念なお知らせになるかもしれないけど、至って僕は平静で平常だ。昼下がりにランチを取っているときと、何ら変わりのない日常だよ。あるとすれば、君というノイズに対する不快感かな。そう、不快だ。あぁ、ほんと嫌になるよね。君みたいなやつってたまにいるんだ。自分のことを特別と勘違いしている可哀想な人。そんな人にね、僕はとても親切だから教えてあげるんだよ──」
レグルスは、五指をピンと伸ばして、手刀の姿勢をとる。
そして、まるで、虫を払うように。風を仰ぐかのように。
酷く緩やかに、なんでもない動作で。
──静かに、振り下ろした。
「君は、弱い。ってね」
──ごとん。
ふと、何かが、落ちた音がする。
「……ぁ゛?」
死柄木は、遅れて。
「ご、ぶ。あ、ぁ゛あ゛……ッ!!゛?」
それが、真っ二つに切断された、己の片腕だと気づいた。
「授業代はそれでいいよ。いや、おめでとう。この痛みが君を立ち止まらせるかもしれない。そしたら、君みたいな底辺の阿呆でも、もしかすれば社会復帰が出来るかもね。そのときは僕に感謝しておくれよ。何せ授業代ですら、君に得のある痛みだ。あぁ、僕はなんて『無欲』で慈悲深いんだ。君も、見習うべきだ。この僕の『無欲』さをね」
何が起こったのか、まるで分からない。
どんな個性だ。どんな技だ。
分からない。分からねば。
何か、対策を講じねば。
何か。何か。何かを。
でなければ、待ち受けるのは。
死────。
「──脳無ッ!! そい、つを……殺せ!!! あァッ、クソッ!! 痛ェ……ッ!! 聞いてねぇぞ、先生ッ……!! こんな奴がいるなんて……ッ」
理不尽な力の差に対する怨嗟を口にしながらも、死柄木の思考はまだ冷静だった。
まだ切り札は残っている。
脳無は、オールマイト用に作られた最強の殺戮マシン。
こんなヴィラン程度、捻り潰すのはわけがないだろう。
「俺の個性が通じなかった……無効化系の個性ってことか……? あるいは」
あるいは、イレイザーヘッドに見られていたか。
少なくとも、かき集めたモブ達と戦うイレイザーにその余裕はなさそうに見えたが──片腕を負傷していても、プロヒーローだ。
いつか先生が言っていた。手負いのヒーローが最も恐ろしいと。
可能性がないと、断言はできない。
「関係ないね。──圧倒的な力に、小細工は効かない」
そう結論づけて、死柄木は嗤う。
そして死柄木の合図で、脳無の怪力がレグルスを襲った。
「ぶろぁっ!!?」
それはあまりに、情けない悲鳴だった。
顔面を思い切り殴られ、レグルスは吹っ飛んでいく。
「顔面クリーンヒット……ハハハッ!! 痛快だ!! 思い知れお喋り野郎……!! 畳み掛けろ、脳無!!」
結論から言うと、死柄木の推論は間違っていた。
死柄木の個性が通じなかったのは、イレイザーによって発動が無効化されていたからではない。
対峙する者が、あるいはレグルスでなければ、イレイザーも無理を承知でアシストをした可能性もあるが。
事実として、ここにいるのはレグルスだった。
イレイザーの手助けは、必要がなかった。
つまり。
──間違いなく、死柄木の個性は発動していたのだ。
そう、発動はしていた。だが、そこに起因する一連の現象は、レグルスには届かなかった。
要因は、個性『停止』の最大にして無敵の奥義。
『停止』は原則として、触れたものの時間を止める個性だ。
自身に適用することはできない。
だが、難解な条件を成立させ、個性『停止』のルールを超越し、己の肉体の時間を止めることで──レグルスは、無敵と化した。
時を止めたレグルスの肉体は、絶対にして不変となり、物理世界のあらゆる現象から隔絶した存在となる。
──よって。たとえ、悪の技術の結晶である脳無であっても。
「──全く。趣味の悪い見た目だね、君も。脳みそ剥き出しなんて、コンプライアンスってものを知らないのかな。吐きそうだ」
「は……?」
「──この流れ二回目だよね? 恥ずかしげもなく同じことを繰り返して、僕から見て酷く滑稽だってことが分からないのかな。そろそろ学習した方がいいよ、ホント。無学なやつに知能を合わせて会話してやるのもいい加減疲れてきた。しかもどうせ君はその僕の努力を理解してない。どんな努力かって? ……単純だよ。僕はさ。一度は相手の攻撃を受けてあげることにしているんだ。君にしても、その気色の悪い木偶の坊にしてもね。何故かって? だって、可哀想じゃないか。先に攻撃をしていれば勝っていたかも、だなんて希望的観測を抱いたまま負けるのは。そんな風に間違った認識のままで終わるのは、決していい経験じゃない。物事は正しく認識しないと、正しい反省ができない。正しい反省ができないってことは、可能性が摘み取られてしまうってことだ。可能性を失うってことは、未来を失うってことだ。これはもう、重大な損失だ。君にとってのね。だから──君のために、君の未来のために、教えてあげているんだ」
言い得て妙だが実の所は、自身の実力が過小評価されることが許せないだけだ。
万が一にも、勝てていた可能性を思考することなど許さない。
舐めプした上で、無双する。
まさに唯我独尊──。
それが、レグルスの決して曲げることのない唯一の戦闘スタイルだ。
「僕に勝てる方法なんてひとつもないっていう、不変の事実をね」
相手の心を折るためだけのセリフを、言い終わるが刹那。
脳無の四肢がズタズタに引き裂かれ、血の霧となって消失した。
声のない悲鳴をあげて、脳無は崩れ落ちる。
「……冗談じゃ、ねぇ。……スター状態、かよ、クソチートが……ッ!!!」
──死柄木 弔は、掻きむしる。
何故、こんなにも上手くいかない。
「脳無!! 何やってんだ……来た意味を少しは果たせ……ッ!! いや、やめだ……。もうそいつはいい!! イレイザーヘッドだ、あっちを殺せ!! 壊せ、壊せ──少しでも多く!!」
──掻きむしる。
何故こうも、壊せない。
「やらせると思ってるのかい? ほんと君さ、これがきっといい機会だから、よく学ぶといいよ」
──掻きむしる。
詰んだ。この男一人のせいで。全て、ご破算になった。
「──世界は君を中心には、回っていない」
なくした四肢を生やして、イレイザーの元へ急行した脳無を。
レグルスは、片手で受け止めると──。
「空に落ちる気分を、味わったことはあるかな」
『停止』。
レグルスは、物理法則から切り離されてしまった脳無を、空高くへと追放した。
腸が煮えくり返り、沸騰しそうな怒りと憎悪の中で、死柄木の冷静な危機意識が告げる。
──これ以上は、取り返しがつかない。
「…………ゲームオーバーだ」
認めるしか、なかった。
完膚無きまでの敗北を。何も為すことの出来なかった己の弱さを。
だらん、とやる気をなくしたように片腕を垂らして、通信機越しに死柄木は仲間へ話しかけた。
「帰るぞ黒霧。こりゃァ、無理だ」
「死柄木 弔──!? ……ッ、御意に」
黒霧は逡巡の後、死柄木の危機を察知したのか、すぐに死柄木の傍へと現れた。
「その姿……まさか、『ヴィラン殺し』……ですか」
「その呼び方やめてくれる? ていうか、どいつもこいつも、ほんと、自分から名乗るってことをしないよね。そんな事で、良好な関係を人と築けると本気で思ってるの? 他人の好意や優しさに甘えてばかりで恥ずかしくないの?」
レグルスは思考する。
このヴィランたちを、生かしておく価値が──逃がす理由があるのかどうか。
「成長には試練も必要……。そうだよね、出久。温室で養殖されたヒーローじゃ、真の困難には立ち向かえない。ここでコイツらを殺したら、彼らの進化の機会を奪うことになってしまう。ああ、僕が、この理性的な僕が、平凡な日々を愛する無欲な僕が、他人の機会を、権利を奪うだなんて、たとえ想像だとしても!! なんておぞましくて、忌々しいんだ。こんな想像を僕にさせるだなんて、なんて酷い奴らだ。酷い、許せない、煩わしい、馬鹿め、阿呆め、クズめ、愚図め、畜生め──。ああ、許せない。許せないからこそ、簡単に殺してたまるものか。その気になればいつでも殺せる僕の気まぐれに、温情に、慈悲に、頭を垂れて這いつくばって、ヒィヒィ言いながら感謝するといいさ。それが、今日の君たちにお似合いの末路だ」
そしてヴィランは、死柄木 弔は去って行った。
「覚えてろ、よ。クソ白髪野郎──絶対。後悔させてやる……ッ!!」
「その向上心が、正しい方向へ働くことを祈っておくよ」
こうして、組織犯罪の撲滅された日本に突如現れた悪の新星──ヴィラン連合のUSJ襲撃は、大失敗に終わった。
レグルスの興味は既に彼らにはなく。
──緑谷 出久をどのように導くか。その事で、頭がいっぱいだった。