レグルスさんのヒーローアカデミア   作:いる科

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9.監獄の突破

「ヴィラン殺し、ヴィラン殺し、ヴィラン殺し──どいつもこいつもバカの一つ覚えみたいに……!! 俺らは端役かよ、おい」

 

 死柄木 弔はUSJ侵攻失敗の後、己の醜態に溜まったストレスを持て余していた。

 

「ぜん、ぶ。アイツのせいだ。チートが……ッ!! おい先生ッ!! どうすんだよこれから!!」

 

 モニターの奥に呼びかけるも、弔の求める具体的な打開策は返ってこない。

 

『それを考えるのが、宿題だよ。弔』

 

「チッ……。あんたでも持て余すモンを俺がどうやって──」

 

 あらゆる、破壊の方法を考えた。

 だがそのどれもが、通じる気がまるでしない。

 圧倒的な力。圧倒的な理不尽。

 オールマイトと並ぶ、ヴィランにとっての天敵。

 上位個体の脳無でさえ、赤子のように……。

 

 そこで弔は、無意識の内に発想を転換した。

 それは持って生まれた、相応に優れた頭脳が故か。

 それとも極大の負荷を耐え抜くために本能で導き出した、逃げ道か。

 

「──わかった。あいつは、社会的に殺そう」

 

「ほう? どうするのかな、弔」

 

「あいつの予定に合わせて、脳無を放ってやる。トップヒーロー二人、一時間釘付けなんだろ……? その間に暴れ回ればさぁ……!!」

 

 弔は、掻き壊して老人のようになった顔をさらに歪めて、嗤った。

 

「俺たち、仲間ってことになるよな? なぁ──ヴィラン殺し!! 壊してやるよ……お前の未来をさぁ!!」

 

 ──冷たく暗い闇の中。

 日本のどこか、まだ誰も知らないこの場所で。

 死柄木 弔もまた、敗北を糧に成長していた。

 一つ、誤算があるとすれば──。

 

 

 

 ※※※※※※※※

 

「どういう、つもりだ……」

 

 突如として勝負を投げ出したレグルスに、エンデヴァーはそう問いかけずにはいられなかった。

 ここで引き下がったとして、レグルスにメリットは何一つない。

 

「どういうつもりも何も、言葉通りの意味だよエンデヴァー。このまま同じことを一時間、延々と続けるつもりかな? ていうか一時間あれば勝てるって本気で思ってるの? 思ってるんだとしたら僕をバカにしてるって事だよね? でもさぁ、トップヒーローである君たちが、分かってないはずないんだ。僕の実力をさ。つまり君たちは一時間かけようが僕には勝てないし、それを知ってるわけ。それってさぁ、無駄だよね。時間を軽視してるよね。時間を過ごすっていうのは、命をそれだけの間費やすってことだ。時間の軽視は命の軽視だ。そもそもヒーローの時間を無為に費やすことを認められるほど、僕は腐っちゃいないんだよね。君の時間は皆の時間だ。君たちが自由に動けるって事実が、平穏を保証するんだ。というわけでさ──」

 

 エンデヴァーとホークスが言葉を返す間もなく、レグルスは物理法則を嘲笑う。

 スピードであれば誰にも負けないホークスでさえ、得物を盾に、受け身を取るので精一杯だった。

 その理由は──。

 

「な──」

 

「逆もまた然りってことだよねぇ! 勘違いだったら申し訳ないけどさ、少し付き合ってもらうよヒーロー」

 

 その理由は、レグルスに一切の害意がなかったからだ。

 まるで友人に、仲間にそうするかのように、レグルスは両手を二人の肩に置く。

 次の瞬間。

 三人は、音を置き去りにしていた。

 

 ※※※※※※※※

 

 レグルス達が戦う姿は、確かに途中まで正確に放映され、世間はトップヒーローの息のあった連携と、レグルスの無敵っぷりに湧いていた。

 ミラー配信のコメント欄は、目で追い切れないほどの盛り上がり様だった。

 だが、その平穏は長くは続かなかった。

 ヴィラン連合の改人、脳無が現れたのだ。

 

 演習場内には万が一を考え、バリア系の個性を元に開発された警備システムが張り巡らされ、誰一人入ることが出来ない。

 放映していたのは、無人ドローン機による映像だった。

 同じ場所にいながらも、エンデヴァー、ホークス、レグルスと、現地観戦者の間には──大きな隔絶があった。

 

 とはいえ、本来であれば。

 外で何か事が起きたその瞬間に、警備システムをオフにして、避難させることは出来た。

 出来るはずだったのだが──。

 

「み、皆様、ご、ご覧下さい……!! あ、あれは先日雄英を襲撃したという、ヴィラン連合なのでは……っ!!?」

 

「滅茶苦茶や! タイミング、絶対おかしいやろ!!? ヴィラン殺しと結託してエンデヴァーたちやっつけようっちゅう腹やないやろうな!? おい誰か連絡せぇ!! 緊急時の連絡システムくらいあるやろ!?」

 

「避難だ、避難しろ!! 目つけられたら死ぬぞ!! ああ、クソ、携帯の電波が妨害されてやがる!! どいつの個性だよ……っ!! おい、誰か中入ってこいよ!!」

 

「無理、入れない!! ああもうどうすんのよっ!! 死にたくない……っ!!」

 

「おい中のやつは何やってんだ!? 早く開けろよッ!!」

 

「まさか、そっちも壊されたんじゃ……」

 

「ふざけんなヴィラン殺し!! 裏切ったな!!? 好きだったのに……っ!!!」

 

 まさに、阿鼻叫喚だった。

 警備システムがジャックされ、演習場は決して出られない監獄と化した。

 制御室からも、ホークスやエンデヴァーに知らせることが出来ない。

 仮にプレゼントマイクのような大声を出せる個性で状況を知らせたとしても、演習場の造りは世界一と言っていいほどに頑丈だ。

 出る方法は、ない。

 

 幸い、警備していたヒーローが脳無を足止めしており、まだ誰一人として一般からの被害は出ていない。

 だが、いつ出てもおかしくはない状況だった。

 脳無の上位個体が一体と、中位が二体。

 そこらのヒーローで太刀打ちできるものではない。

 既にベストジーニストら、トップヒーローへの通報は為されているが、到着までにどれだけの時間がかかることか。

 

「ねぇ、しっかりして!! ダメ……っ!! 誰か、回復個性持ちはいないの!? 血が止まらないの、お願い、助けて……っ!!」

 

「いねぇし、そんな暇もねえ!! 何としてでもここで食い止めるんだ!! 一般人に被害を出させるな、ヒーローだろ……っ!! 応援が来るまで持ちこたえろ!! あぁっ、なんなんだよコイツら!! 個性を複数使いやがる!!」

 

 全てを一望できるビルの屋上で、黒霧と共に弔は嗤う。

 

「せいぜい頑張れよ、ヴィラン殺し。その遊びが終わった頃にはお前──終わってるぜ!!?」

 

 そして。

 脳無はついに、ヒーローの包囲網を潜り抜けてしまった。

 

「おいそっち抜けたぞ!! 止めろ!!」

 

「無理だ! 速すぎる……!! おい! 逃げろ、逃げてくれっ!!!」

 

「あ……あ……っ」

 

 その脳無は、変わることのない顔で、目の前で震える女を見つめる。

 

 

 

  ※※※※※※※※

 

 ──目の前に、死が横たわっている。

 

 その女性は、大手マスメディアに勤務するレポーターだった。

 

 そして、今はじめて、実感した。

 平和な日本という国において、どれだけ自分が守られてきたのかを。

 体から、力が抜けていく。

 どう呼吸していたのかさえ忘れて、思考が覚束ない。

 

 ──それでも、矜恃があった。

 

 そうだ。考え方を変えろ。

 これは──独占取材だ。コイツらに、ずっと聞きたいことがあった。

 レポーターは、震える手を押さえつけて、滲む涙を無視して、脳無にマイクを向けた。

 

「な、ぜ……あなた達は街を、破壊しようとするんですか? なぜ、ここに、現れたんですか? ヴィラン連合の目的を、教えてください……!!」

 

 返す言葉の代わりに、振るわれる凶刃。

 恐怖が現実へと変わる、その刹那──。

 しかし、女性レポーターの命が奪われることは、ついになかった。

 

「もう大丈夫。──僕が来た」

 

 信じられないものを見るような、レポーターの視線の先。

 白い男が、脳無の攻撃を片手で受け止めていた。

 

 ──知り得るはずのない外の状況を看破し。

 出られないはずの監獄をいとも容易く粉砕して、レグルスは刹那のうちにここへ駆けつけたのだ。

 

「…………は?」

 

 死柄木 弔の笑顔が、消えた。

 

 

 

 ※※※※※※※※

 

「見なよ、エンデヴァー、ホークス。僕らが手を離せないのをいい事に、こういう事をする奴がいるんだ。到底許せない。不愉快だ。これを放置することに比べたら、勝敗なんてどうだっていいじゃないか」

 

「……なるほど。ヴィラン連合って奴らか……。とんでもない事をしでかすもんだな……。レグルスさん、感謝します。俺には気づけなかった。もう少し遅れていたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない」

 

「あの、さぁ……! 別に君のためにやったんじゃないんだけど!? 感謝するってことは、そう勘違いしたってことでしょ? でも実際は違う。全然、違うんだよ! 僕が僕自身の権利を、僕のために行使したんだ。勿論その中に、君たちへの配慮があったことは否定しない。でも、まず第一に僕自身がこうすることを決定したんだ。僕の私財である僕の思考による、僕のための決定だ。決断だ。その事実を軽視するってことは、勝手に自分のためだって決めつけるってことは、僕をその程度だと見積もってるってことだ。僕の在り方に対する軽視だ。君は今、礼を言ったが故に、僕に対しての礼を失したんだ。今すぐその礼は取り消して欲しいね」

 

「取り消しませんよ、俺は実際助かったんで。ありがとうございます。全く難儀な人だ。さ、さ、協力しましょう。俺は避難誘導をしながらサポートしますから、エンデヴァーさんとレグルスさんでアイツらやっつけてください。多分俺じゃ火力足りないんで」

 

「……言われなくてもそのつもりだよホークス。そのために、わざわざ連れてきたんだ。つまり、ヒーローである君たちの仕事ってことだ。──もう取り掛かっているのを見る辺り、流石の自覚だけどね」

 

 人々の避難は、レグルスが悠長に喋っている間に、ホークスの剛翼によってものの数秒で行われた。

 更に、ホークスは、各々の役割を告げながらエンデヴァーを見る。

 レグルスには分からない、刹那のアイコンタクトだった。

 

 ──あの脳無とやらは、出来るならば生け捕りにしたい。

 

 だが、レグルスはヴィラン殺しだ。

 確実にアレらを殺すだろう。

 理想は単純。エンデヴァーが脳無を戦闘不能にし、警察に引き渡す。

 

 目配せのみで目標を共有する、連携として最高の形。

 エンデヴァーとホークスは、背負う肩書きに恥じない働きをしていると言っていい。

 だが──レグルスの力は、二人のそれを遥かに超えていた。

 

 レグルスは元々、エンデヴァーとホークスに手柄を譲る気でいた。

 当然だ。自分はヒーローではなく、彼らの力で充分に脳無は撃滅しうるのだから、手を出す道理がない。

 それをすれば、彼らヒーローの権利の侵害となってしまう。

 だが、レグルスは見てしまった。

 

「……おい、おい、おいおいおい。おい──ヒーローを、刺したのか? 君。そう君だよ、気持ちの悪い見た目をした君だよ」

 

 血に染まり、意識を失ったヒーローの姿を。

 決して、知っている顔ではない。

 新米のサイドキックか、あるいは中堅以下のヒーローといったところだろう。

 だがそんな事は、どうでもよかった。

 ヴィラン如きが何の理由もなく、ヒーローを傷つけた──その事実が、レグルスの逆鱗に触れた。

 

「──死刑だ。クズ共め」

 

 レグルスは、空気に触れる。

 空気を『停止』すれば、『停止』された空気の層は不可視にして無敵の最強の刃となる。

 それを、飛ばす。飛ばす。飛ばす。

 不必要に、大仰に。宙を切り裂き、殴り、蹴って、嬲って──。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ!! 思い上がるからこうなるんだよぉ!! 虫けらの分際で……!! ヒーローの尊厳を踏みにじるなんて許されるわけないよねぇっ!!? 理解に苦しむよ、なんでこんなふざけた真似が出来るのか!! 僕を馬鹿にしているのか!? 僕のせいで、僕の選択した行動によってヒーローが傷ついたぞって当てつけなのかっ!!? 暴力だ。僕に対する精神的な暴力だ。耐え難い、許せない、許してなるものか、あぁ許せるわけがないッ!! 僕の選択を穢した罪を贖え!! 死ねよ、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね──ッ!!!!」

 

 一瞬の内に、脳無は一匹を残して粉々になって消えてしまった。

 次の瞬間。

 レグルスは、最後の一匹の喉元を掴んでいた。

 

「……あぁ……インタビューがしたいんだったっけ、彼女。こいつは死んで然るべきだけどさ……知りたいって思うことは、守られるべき人の権利だ。報道者である彼女の私財だ……。おい、犯罪者。僕の慈悲で生きていられることに感謝するといい。……未来永劫、頭を垂れたままでね」

 

 レグルスはそのまま、脳無の四肢を切り落とした。

 だが、血は出ない。死んでいない。

 レグルスの個性によって、動きを停止させられているのだ。

 

「────こりゃあ……」

 

 呆気に取られて、ホークスは頭を搔きながら、一つの感想を抱いた。

 ああ、これはもう、レグルスをヒーローに擁立することが──随分と、簡単になってしまったな、と。

 

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